あんな強がりを言ったリュカではあったが、エビルマウンテンは、魔界のその他の地域に較べても、さらに強大な魔王直属の魔物と、複数の罠が幾重にも張り巡らされて侵入者を襲う、悪夢のような大迷宮だった。
流れ下る溶岩には、それ自体毒性の強い物質が含まれているらしく、湧き上がるガスや、地面を流れる、それを溶かし込んでいるらしい水は、どれも毒々しい紫色で、常時トラマナをかけていないと、歩く事すらできない。
地形も複雑で、道自体は一本道に近いのだが、曲がりくねっていて長い上に、魔物たちがひっきりなしに襲い掛かってくる。前の敵に手こずっている間に、背後や上空から別の敵が奇襲してくるのだ。
今も、巨大な戦斧を振り回してくるセルゲイナスと、火を吐く魔鳥、煉獄鳥の群れを、辛うじて退けた所だ。
ドラゴンクエスト5 ~宿命の聖母~
第七十五話 魔の山
「みんな、大丈夫?」
セルゲイナスをドラゴンの杖で焼き払ったリュカが振り向くと、地面に倒れている魔物の亡骸を崖下に蹴り落としつつ、ヘンリーが答えた。
「ああ、皆無事だ! ちょっとユーリルが怪我したが」
「え?」
リュカはそれを聞いて、慌ててユーリルに駆け寄った。片膝をついて荒い息を吐くユーリルは、激しい炎の直撃を受けたのか、身体のところどころから白い煙を上げ、火傷をしているのが見える。
「ユーリル! べホイミ!!」
リュカは回復呪文をかけ、ユーリルの傷を癒した。苦痛が取れた息子は、笑顔で母親の顔を見上げた。
「ありがとう、お母さん。もう大丈夫」
「でも、無理をしてはだめよ?」
そう言いながら、リュカはふと既視感を覚える。そういえば、自分が子供の頃……パパスと旅をしていた頃は、戦いの後は例えリュカに何の怪我がなくても、パパスは必ずホイミをかけてくれていたものだった。
あの頃は、パパスがどれほど大きく、力強い存在に見えた事だろうか。父が傍にいる限り、どんな事が起きても怖くないと、そう信じていられた。
「ユーリル、シンシア……怖くない?」
子供時代を思い出して、そう聞くリュカに、ユーリルとシンシアは一瞬戸惑ったような表情を見せたが、すぐに笑顔になった。
「全然! へっちゃらだよ、このくらい!!」
「お母様とお父様、それにみんなが一緒ですもの」
口々に言う子供たち。リュカは二人の頭をくしゃくしゃっと撫でた。
「そう……ありがとうね、二人とも」
リュカはそうしながら、麓よりだいぶ近づいた雲に覆われた空を見上げ、心の中で父に問いかけた。
(父様……わたしは、父様のように子供たちにとって強い親である事ができているでしょうか?)
もちろん、父は答えてはくれない。だが、リュカはその問いかけが、パパスに届いたと信じた。例えこの空が、パパスのいる場所に続いていないとしても。
「さあ、行きましょう」
リュカはローブの裾を翻し、再び山道を登り始めた。それを見てヘンリーは思った。
(大丈夫。お前はみんなの支えになっているさ)
リュカが何を思ったのか、ヘンリーには大体想像がついた。
無数の罠と敵の大群を跳ね除けつつ、リュカたちはひたすら山道を登っていった。やがて雲のかかる高さに到達し、そこを越えて行くと、雲の上にあったのは意外な光景だった。
「ここは……頂上?」
リュカは目を見張った。そこは広い平原のような場所だった。雲の上に浮かぶ島を連想させる。大神殿のあったセントベレスの山頂に似ているが、もっと広かった。おそらくグレートフォール山の頂上平原に匹敵する規模だろう。
しかし、そこには草木の一本もなく、赤茶けた荒野が広がっているだけで、天上の庭園のようなあのグレートフォール山の美しさとは比べ物にならない。
「ううん、お母さん。ここはまだてっぺんじゃないよ。ほら、あそこ!」
ユーリルが指差す。その方向を見ると、確かに闇に溶け込んで見にくいが、この平原よりさらに高い峰が聳えているのが見えた。そして、そこには僅かながら光が瞬いているのが見えた。この魔界の中で、唯一場違いなまでに暖かみを感じさせる、しかし儚い光。それは……
「この光は……」
「マーサ……様?」
あるいはリュカよりもマーサと縁が深いかもしれないオークスとメッキーが、呟くように言った。そして、その時にはリュカは駆け出していた。
「母様……母様……!!」
リュカにも、それが母マーサの放つ祈りの光だと言う事は、すぐに理解できた。そして、それが今まさに燃えつきかけている事も。しかし、駆け寄るリュカの前で、突然地面が割れた。
「!!」
慌てて立ち止まるリュカ。その前で、地割れから無数の魔物たちが湧き出るように出現した。
金色に輝く機械の竜、メカバーン。巨大な仮面をかぶった魔人、マヌハーン。魔界の魔物使いエビルマスターと、それに使役される矮躯の怪物、ゴルバとガルバ。冥界の王ワイトキングと、それに率いられる骨竜スカルドン。大猿に似た上級魔神、バズズ。
いずれ劣らぬ強敵たちが、ぐるっとリュカと、追いついてきた仲間たちを包囲する。その中から紫色の肌を持つ大悪魔が進み出て、堂々たる態度で宣言した。
「我は大魔王ミルドラース様が一の将、ヘルバトラー! 天空の勇者とその仲間たちよ、良くここまでたどり着いた! だが、ここがお前たちの墓場だ!!」
それを聞いて、リュカの仲間たちの中から進み出た者がいた。アンクルだ。
「その声は……兄者!」
「ええっ!?」
リュカは驚いてアンクルとヘルバトラーを交互に見た。確かに、二体の大悪魔は良く似ていた。肌の色以外にほとんど区別はないだろう。
「誰かと思えば、愚弟か。悪魔族の誇りを忘れ、人間に尻尾を振るお前など、とうに縁が切れておるわ」
ヘルバトラーが嘲笑する。しかし、アンクルはその痛烈な罵倒にも動じなかった。
「何を言うか、未だに闇に身を沈める愚兄め。その目、ワシが覚まさせてやろう」
睨みあう二体の大悪魔。そのやり取りに周囲の目が注がれている隙に、ビアンカがそっとリュカの傍にやってきて言った。
「リュカ、こいつらは私たちが引き受ける。あなたと子供たち、ヘンリー君はマーサさんのところへ行きなさい」
「ええっ!?」
リュカはビアンカの提案に驚いて目を見張った。
「そんな事……無茶よ、ビアンカお姉さん。この魔物たち、みんなとてつもなく強いわ! わたしたちが抜けたら……」
戦力の均衡が崩れる。そう言いたかったリュカだったが、しかしその時。
「何をごちゃごちゃと言っている! 貴様たちはここで死ぬのだと言っておろうが!」
ヘルバトラーが手を振り上げ、攻撃の合図を送った。殺到する魔物たち。
「させるか!!」
ヨシュアが目にも止まらぬ突きを放ち、襲い掛かってきたゴルバ・ガルバを団子のように串刺しにした。その横でマーリンがバイキルトを唱え、ブラウンの攻撃力を強化する。それを待って放たれたブラウンのビッグボウガンの一撃が、上空から襲い掛かってきたホークブリザードを射落とした。
そこへ、隊列を組んだフレアドラゴンが続けざまに激しい炎を浴びせかけた。火達磨になるヨシュアとブラウン、マーリン。
「かあっ!」
その後方から輝く凍気が吹きつけ、ヨシュアたちの火を消すと同時に、数体のフレアドラゴンを飲み込んで消し去った。シーザーの吐息攻撃だ。
「馬鹿野郎、もっと違う方法で火を消せよ!」
身体についた霜を振り払いながら、ヨシュアがシーザーに怒鳴る。シーザーは頭をかきつつも、今度は灼熱の炎を吐いてスカルゴンの群れを薙ぎ払いながら答えた。
「悪いけど、手加減してる暇も余裕も無いぜ!」
シーザーの言う通り、あたりは既に大乱戦の巷と化していた。
サンチョとビアンカがメカバーンの金色の巨体を殴り倒し、部品を地面にばら撒いたと思ったら、次の瞬間二人ともセルゲイナスの横殴りの一撃に吹き飛ばされる。
そのセルゲイナスがスラリンとロッキーの続け様の体当たりにくず折れたところを、踊りかかったプックルが牙の一撃で喉笛を掻き切り、その戦いのど真ん中で悪魔神官のイオナズンが炸裂し、プックルたちは爆風に巻き込まれ上空高く投げ飛ばされた。
悪魔神官が追い討ちをかけようとしたところで、右手の剣で魔族の剣士、グレンデルの群れと渡り合っていたロビンが左手の矢を放ち、そいつの首を貫く。その死体を蹴散らして突進してきた恐竜バザックスの群れが、ロビンもグレンデルも蹂躙して駆け抜けたところで、ジュエルのバギクロスを食らって肉片と化して飛び散ったかと思えば、ジュエルは「愚弟が!」「愚兄が!」と罵りあいながら殴り合うアンクルとヘルバトラーの足元に消えた。
「べホマラー!」
「ベホマラー!!」
そして、ホイミンやメッキー、両軍の回復役が全体回復魔法を連発し、倒れた者たちも起き上がって、また乱戦の最中に突撃していく。戦況はまさに混沌と化していた。そんな中で、リュカの仲間たちは叫んだ。
「もはやマーサ様のお命、一刻の猶予もございません。お急ぎください、リュカ様!」
オークスが雷神の槍を振るいながら言った。
「我らをお頼りください、と申したでしょう。今がその時です!」
ピピンが吹雪の剣をマヌハーンの仮面に叩き込みながら叫ぶ。
「母親との再会に、無粋な横槍は入れさせませぬ!」
奇跡の剣を一振りしながら、ピエールが言う。
「お行きください! 我ら一同、この程度の連中に遅れは取りません!」
メラゾーマを連発しながらサーラが言う。
その他の仲間たちも、みんな口には出さないものの、、目で語っていた。ようやく手の届く所にたどり着いたマーサを、リュカの手で救ってやれと。
「……わかった。みんな、すぐに母様を助けてくるから……お願い!」
リュカも覚悟を決めた。ドラゴンの杖を振りかざす。
「薙ぎ払え!」
杖の口から吐き出される灼熱の炎が、一番与しやすそうなゴルバ、ガルバの群れを焼き払って伸びた。
「よし、走れ、お前たち!」
炎が包囲網を貫通した所で、ヘンリーがユーリルとシンシアに叫ぶ。
「うん、わかった!」
「はい、お父様!」
駆け出す子供たち。穴の開いた包囲網を埋めようとする魔物たちを、剣と魔法で排除しながら進んでいく。
「俺たちも行くぞ!」
「ええ、ヘンリー!」
ヘンリーはリュカの手を取り、子供たちを追って走り出す。パパスの剣が舞い、二人の行方を阻む邪神の兵隊たちを立て続けに斬り捨てる。
「ぬぅ!? 貴様ら……ごふっ!?」
その動きに気づいたヘルバトラーが翼を羽ばたかせて後を追おうとしたが、アンクルがすかさず足を掴み、地面に叩き付けた。
「ワシに背を向けるとは、舐めてくれるな兄者! シンシア様とご母堂様の邪魔はさせぬぞ!!」
吼えるアンクルに、ヘルバトラーは身体についた土を払いながら立ち上がる。
「ぐ……腕を上げたものよな、愚弟よ。何がお前をそうさせる。そんなに人間に忠誠を誓う理由があると言うのか?」
ヘルバトラーは言う。本来ヘルバトラーとアンクルホーンでは、力の差が歴然としている。互角に戦うなどありえないはずなのだ。狼狽する兄に、アンクルは胸を張って答えた。
「そうとも。あの方々への忠誠が、ワシに限界を超えた力を発揮させるのだ!」
そう言うと、アンクルは豪腕を唸らせ、ヘルバトラーの顔を殴り飛ばす。
「くっ、黙れ。認めるものか!!」
ヘルバトラーも殴り返す。超重量級の二体が拳を繰り出す度に、地震の様な振動があたりを襲う。どちらかが倒れるまで続く、ノーガードの打ち合い。それを制したのは……
「ごばあっ!」
アンクルの鉄拳を顔と腹にまともに浴びたヘルバトラーが、血を吐きながら地面に沈む。アンクルも顔がボコボコに腫れ上がり、アザだらけになっていたが、それでも両足で地面をしっかり踏みしめて立っている。
「ワシの……ワシらの勝ちのようだな、兄者」
アンクルはそう言ってニヤリと笑った。何時の間にか、乱戦は終息を迎えていた。リュカの仲間たちは、全員がボロボロになりつつも立っていた。ミルドラースの配下たちは、全てが骸と化すか、もはや立つ事もできない虫の息、と言う有様だ。
「……くっ……」
ヘルバトラーは悔しげな顔をしつつ、力尽きたのか気を失った。
「みんな、大丈夫?」
サンチョと支えあいながら立っていたビアンカが声をかけると、全員が頷いた。
「こうしてはおれませんな。早く、リュカ様の後を……」
ピエールが言った時、リュカたちが向かった山頂のほうから、眩しい光が射しこんで来た。
「!? 姫様!!」
サンチョはリュカたちの身に何かが起きたことを悟った。
(続く)
-あとがき-
エビルマウンテンの決戦編、第一回。今回の中ボスはヘルバトラー。以前DQ5をしてたころは、全然仲間にならなくてブチ切れた思い出深い相手です(爆)。
次回は母親との再会です。