リュカたちが火口の祭壇でそのまま待っていると、程なくして仲間たちが追いついてきた。誰一人欠けることなくヘルバトラー軍との乱戦を勝ち抜いてきたのだ。
「姫様! ご無事でしたか!!」
サンチョが手を振ってくる。リュカも手を振り返した。
「ええ、無事よ! サンチョさん!!」
馬車が祭壇までの橋を渡れないので、リュカたちは祭壇の島から火口壁の上に戻った。仲間たちと再会を喜び合おうとして、彼女は気がついた。さっき襲撃してきたヘルバトラーが立っていたのだ。
ドラゴンクエスト5 ~宿命の聖母~
第七十七話 地底の罠
「あなたは……」
リュカが声をかけると、ヘルバトラーは不満そうな口調で言った。
「ワシは負けた。しかし、お前の仲間たちはワシの命を奪おうとしなかった。そればかりか、お前の母の癒しの光は、ワシの傷をも癒した……敵の情けで生き永らえるなど、屈辱以外の何物でもない」
すると、アンクルが言った。
「ならば、その借りを返すためにリュカ様にお仕えすれば良いと言っているだろう、兄者」
ヘルバトラーほどの実力者が仲間になってくれるなら、願っても無い事だ。リュカは期待の視線を向けたが、ヘルバトラーは首を横に振った。
「それはできん」
「何故だ?」
アンクルが問い詰めようとすると、ヘルバトラーはなおも不機嫌そうな表情で答えた。
「ワシは武人だ。武人として、一度は主と仰いだミルドラース様に、すぐに刃を向ける訳には行かぬ。だが、そなたらへの借りは返さねばなるまい」
そう言うと、ヘルバトラーは先端の分銅部分が鏃のような形になっている、鞭が三本ついた武器を取り出した。見るからに凄まじい破壊力を発揮するであろう事が良くわかる代物だった。
「グリンガムの鞭……これを持って行くが良い」
「……いいのか?」
ヘンリーが聞いた。ヘルバトラーはふっと笑って言った。
「馬鹿者。これを持ったくらいでミルドラース様が倒せるなら苦労は無いわ。せいぜいいくらかでも力の差を縮める程度にしか役立つまいよ」
ヘルバトラーは背の翼を広げ、空に舞い上がった。
「せいぜいあがいて見せよ、勇者の一族よ!」
そう叫び、ヘルバトラーは去って行った。残されたグリンガムの鞭は、ビアンカが持ってみてその手ごたえに驚く。
「これは……」
ビアンカはグリンガムの鞭を振るった。近くにあった岩が一発で粉々に砕ける。
「なるほど、これは使えそうな武器だわ」
格闘戦向きの武器ではないが、気に入ったらしい。三本を束ね、腰に巻きつけるようにして持つ。
「兄者め……素直でない奴だ」
アンクルはフッと笑う。そこで、オークスとメッキーがリュカの前に進み出た。
「リュカ様、マーサ様は?」
「一緒ではないのですか?」
その問いに、リュカは黙って空を見上げる。それだけで、全員がマーサの運命を悟り、辺りに沈痛な雰囲気が立ち込めた。しかし、リュカは笑顔で首を横に振った。
「悲しまないで。母様は……最期は幸せだったわ」
そして、火口のほうを振り向く。数十メートル下で煮えたぎる溶岩に目を向け、彼女は言った。
「今は、魔王との戦いのことを考えましょう。相手は……ミルドラースはこの下にいるはずよ」
リュカは荷物の中から聖なる水差しを取り出した。それを傾け、溶岩に向けて水を注ぐ。まるで意味の無い行為に見えるそれは、しかし劇的な効果を発揮した。燃え盛る溶岩が見る間に熱を失い、黒く冷え固まって行く。
「こ、これは……」
ヘンリーが驚きの声を上げた。やがて火口の溶岩は全て冷え固まって、熱すら感じられなくなる。そしてそこで全員が気づいたが、祭壇のある中央の島、その付け根の溶岩に接する部分に、地下への入り口がぽっかりと穴を開けていた。
「あれが、魔王のいる場所への入り口?」
「たぶん、そうでしょうね」
ユーリルとシンシアが、火口壁から身を乗り出すようにしてそこを見る。リュカは水差しをしまいこむと、先頭に立って歩き始めた。
「さぁ、行きましょう」
そのまま、火口壁に螺旋状に刻まれた坂道を降りていく。一行はそれに続いて火口を降り始めた。さっきまで溶岩だった底の部分を横断し、見つけた入り口に入る。道は緩やかな坂になっていて、遥か地下へと続いていた。リュカたちは迷うことなく、その道に足を踏み入れた。
その道は、まるで巨大な生物の胎内を進んでいくかのような印象を与える空間だった。幾重にも襞が重なったような壁面からは、地下水が滲み出て床を濡らしている。何が含まれているのかは不明だが、その水は妙にぬめり、足元を滑りやすくさせていた。もし転んだら、止めようも無く最下部まで滑り落ちていきそうだ。
「実際、滑って行ったほうが早いんじゃない?」
ビアンカがそう言ったが、ヘンリーが止めた。
「いや、そりゃまずいだろ。降りていった先が断崖絶壁の中腹だったとか、そんな事になったら目も当てられない」
「それもそうか」
ビアンカは納得し、またそろそろと進み始める。転落しないように慎重に進むことしばし。道はようやく終点に辿り着いた。
そこはかなり広い空間で、奥のほうは光が届かず見渡すことができない。ヘンリーが指を舐めて顔の前に立てた。
「こっちから風が来てるな……とりあえず行って見るか」
ヘンリーは右のほうを指差す。リュカは頷いて、壁に沿って右のほうへ進み始めた。が、次の瞬間。
突然、リュカの足元が崩れた。
「きゃあっ!」
「落とし穴か!?」
ヘンリーは慌ててリュカに手を伸ばしたが、間に合わず彼女の姿は闇の底へ消えた。
「リュカぁーっ!!」
「お母さん!!」
ヘンリー、ユーリルが声を上げるが、声が木霊するだけだ。相当深い穴らしい。
「くそっ! 皆無事か!?」
ヘンリーが辺りを見回すと、いくらか仲間の数が少ない。
「ビアンカさんが! それにスラリンも!!」
サンチョが言う。ヘンリーは頷くと、ピピンに命じた。
「ありったけロープを持ってきてくれ!」
「はっ!」
ピピンが馬車に駆け込むと、十束ほどのロープを抱えて出てきた。ヘンリーはそれを確認してゴレムスを呼んだ。
「ゴレムス、クレーン代わりになってくれ。これからロープを穴の底に下ろす」
ゴレムスが頷いて、その場にずしりと座り込む。ヘンリーはロープを繋ぎ合わせ、自分の腰に巻きつけた。
「よし良いぞ。ゆっくり頼む」
ヘンリーの準備が整ったのを見て、ゴレムスがロープを持つと、ヘンリーは穴の縁を蹴って、ゆっくりと降下を始めた。
「リュカ、無事でいてくれよ……」
その頃、リュカたちは……
「あいたたたた……でも、下が水で助かったわね」
「そうね……スラリン、大丈夫?」
「ぴきー」
穴の底の水溜り、その岸辺に這い上がっていた。上を見上げると、どこまでも岩壁が続いている。かなり深い穴のようだ。もし下が硬い岩や、溶岩や針の山のようなデストラップだったらと思うと、ぞっとする。
「何とかして脱出する道を探しましょう……っ!?」
そう言った時、リュカは気づいた。闇の中に無数の悪意が潜んでいる事に。
「だれ!?」
ビアンカが言うと、闇の中から金色の身体を持つ大悪魔が進み出てきた。
「我はミルドラース様が二の将、ライオネック。ようこそ、お前たちの墓場へ」
嘲笑うようなライオネックの言葉に、リュカは聞いた。
「罠……という事?」
ライオネックは頷いた。
「私はヘルバトラーのような、正面からぶつかるだけの猪とは違う。強敵は分断し、少しずつ葬り去っていくが上策よ。最初の獲物が敵の筆頭とはついているが」
ライオネックはそう言うと手を挙げた。背後から無数の敵が湧いて出てくる。三人だけで相手するのは無理と言わざるを得ない数だった。
「やれい!」
ライオネックの号令に、魔物たちがリュカたちに向けて殺到する。が。
「リュカ、伏せて!」
ビアンカが言うや、リュカの返事も待たずにグリンガムの鞭を繰り出した。その一発はまず先頭のマヌハーンを捉え、堪える事すら許さず吹き飛ばす。続いて隣のバザックスが首をまともに鏃で貫かれ、その巨体自体が分銅となって、後続の敵を巻き込んでドミノ倒しのように薙ぎ払った。
「な、何だと、グリンガムの鞭!?」
驚愕するライオネック。その眼前に鞭が迫り、慌てて後方へ跳んで回避するが、横にいた悪魔神官がバザックスに叩き潰され、一撃で絶命した。見ると、この穴の底に配置していた魔物の相当数が、今のビアンカの攻撃で撃破されていた。
「なるほど、魔将の武器だけあって凄い破壊力ね……」
やったビアンカ自身が信じられない、と言った表情で言う。そして、再び鞭をじゃらりと鳴らすと、恐れた魔物たちが数歩退いた。
「ち、そんなものを持ってきていたとはな。ヘルバトラーめ、使えぬ奴……」
ライオネックは毒づくと、配下とは逆に一歩前へ出た。
「やりあう? 魔将さん」
構えるビアンカ。グリンガムの鞭の威力に、相手が誰であろうと戦える、と言う自信を持ったらしい。しかし、ライオネックは全く恐れた様子がなかった。
「いい気になっているようだな。だが、このライオネックには通じぬ」
「じゃあ、試してみる!?」
ビアンカが再び鞭を振るおうとした時、先手を打ってライオネックは叫んだ。
「ギガデイン!」
「なっ……」
リュカとビアンカ、スラリンが驚くより早く、轟く雷鳴と共に稲光が直撃した。
「きゃあっ!」
「やあああっ!?」
凄まじい威力の電撃を浴び、リュカとビアンカは身体が内側から破裂しそうな激痛と共に、その場に崩れ落ちた。スラリンも弾き飛ばされ、水溜りに半分身体を沈めたまま動かない。
「ぎ、ギガデイン……? 勇者の魔法を、悪魔のあなたが何故……」
動けないながらも、絞り出すような声と共にリュカが言うと、ライオネックは嘲笑した。
「それは、人間の常識だろう? 人間より優れた魔力を持つ我ら魔族は、その気になればこの程度の魔法は使いこなせる」
ライオネックは答えながら、手に金色の刃を持ち、リュカの前に立って振り上げた。
「死ぬがいい! 勇者の母よ!!」
まだ身動きの取れないリュカに、その凶刃をかわす手立てはない。リュカが目を思わずつぶった時、思いもかけない事が起きた。気絶しているのかと思っていたスラリンがぐっと身を起こすと、その口から灼熱の炎を吐き出したのである。
「な!? ぐわあああぁぁぁ!!」
炎を真っ向から浴びたライオネックは、全身を炎に包まれ、ごろごろと転げまわった。スラリンは容赦せず炎を吹き付け続け、ライオネックの配下たちも焼き払う。
驚いたのはリュカも同じだったが、すぐに立ち直り、自分とビアンカにベホマをかけた。その時にはスラリンの炎はやんでいたが、ライオネック以下の魔物たちは黒焦げになって転がっていた。
(続く)
-あとがき-
ヘルバトラーさんはツンデレです(殴)。
それは冗談として……同格のはずのライオネックがちょっと小物になってしまったかも。トータルバランスは凄い魔物なんですけどね。