「す、凄いじゃない、スラリン! そんな技が使えるなんて!!」
ビアンカが褒めちぎると、スラリンはぴきー、と得意げに鳴いてぴょんぴょんと跳ねた。
「そういえば、スライムは一番弱い魔物だからこそ、物凄い可能性があるんだって聞いたことがある」
リュカは以前、モンスター爺さんことザナックから教わった事の一つを思い出した。
一見弱く見えるスライムだが、実は環境に適応する事で、どんどん進化して亜種を増やすことでは、他の魔物の追随を許さない。普通の生き物が住めない毒の沼地にも、彼らはバブルスライムに変化して住み着くし、山地、海上、地中とどんな場所にも分布している。
天空の勇者よりも古い時代には、スライム同士を戦わせて競う娯楽があり、そのチャンピオンともなれば、下手な魔王が泣いて逃げ出すような凄まじい強さのスライムもいたと言う。
それを考えると、スラリンが灼熱の炎を吐くくらいは、なんでもない事なのかもしれない。リュカはそんな事を思い出しつつ、スラリンを抱き上げた。
「ありがとうね、スラリン。さて、上に戻る方法を考えなきゃ……」
そうリュカが言った時だった。ビアンカの顔がいきなり凍りついた。はっとなって振り向くと、焼け爛れながらもまだ生きていたライオネックが立ち上がり、リュカに襲い掛かってきた。
ドラゴンクエスト5 ~宿命の聖母~
第七十八話 一本橋の死闘
「!」
声を上げる間もなく、掴みかかられ地面に押し付けられるリュカ。ライオネックはかすれた、しかし怨念の篭る声で言った。
「お……のれ……せめて、お前……だけでも……道連れに……」
そして、リュカの首を締め上げようとする。ビアンカがライオネックを攻撃しようとするが、ライオネックがリュカに密着しているため、リュカを巻き添えにするのを恐れて手が出せない。
「あ……」
リュカの視界が暗くなる。だが、その暗い視界に一点の光が映った。それは振り下ろされる刃の銀光。その光がライオネックの首に吸い込まれ、一撃でそれを胴体から叩き落していた。
「人の女房に何しやがる、この野郎」
刃の主……ヘンリーはそう言って剣を納めた。ギガデインやスラリンの炎の光で底の様子が見えたため、途中からロープを切り離して飛び降りてきたのだ。ヘンリーはそのまま屈みこむと、リュカを助けあげた。
「大丈夫か? リュカ」
「けほっ……うん、大丈夫。ありがとう、ヘンリー」
さっきから助けられてばかりで、ちょっとかっこ悪いなぁ、と思いつつもリュカは立ち上がった。が、何かに躓く。見ると、さっきライオネックが振りかざしていた武器だ。よくよく見てみると、なかなかの逸品のようだ。リュカはそれを拾い上げた。
その後、何とかロープを降ろしてもらい、上に戻ったリュカは、早速マーリンに拾った武器を見せた。しばらくその武器を叩いたりして調べていたマーリンは、やがて顔色を変えた。
「これは……間違いない、オリハルコンじゃ」
「オリハルコン?」
首を傾げるリュカに、マーリンは説明を始めた。オリハルコンは天界で取れる希少な金属で、錆びず、劣化せず、しかも重さの割りに強靭な、武器作りにおいて理想的な金属だ。異世界の勇者が使っていたと言う伝説の武器は、大半がオリハルコン製だと言う。
「これはさしずめオリハルコンの牙、と言う所かな。手で持っても良いが、魔物の仲間に使わせるほうが良かろう」
「なるほど」
リュカは頷くと、オリハルコンの牙はスラリンに渡す事にした。
「これを手に入れるのに一番活躍したのは、スラリンだもの。あなたが一番これを使う権利があるわ」
オリハルコンの牙を受け取ったスラリンは、嬉しそうにそれをくわえた。もはやスラリンも十分に歴戦の勇士の風格を漂わせるまでに成長したと言える。
「あの時、墓石の影でプルプル震えていたチビが、今は魔将をボコボコにしちまうんだから、時の流れってのは凄いもんだ」
ヘンリーはそう言ってスラリンの奮戦振りに感心する。そうした戦後処理も済んだ所で、一行は再び奥を目指して歩き出した。
それから滑る床や、スライドパズルのようになった仕掛けの部屋を突破し、奥へ進んでいくと、急に視界が開けた。
「これは……」
リュカは目の前の光景を見て言った。どうやら山の中腹に出たらしいのだが、そこはどこまでも続く断崖絶壁の只中だった。道は巨大な石橋となって、向かいにあるエビルマウンテンに匹敵するほどの巨大な山に続いている。今まではエビルマウンテンの影で見えなかったのだ。
そして、橋の上にブオーンにも匹敵しようかと言う巨体を持った魔物……一つ目の巨人が仁王立ちしており、その手には見るからに危険な香りが漂う巨大な鎖つき鉄球が握られていた。そいつは橋が震えるほどの大声で名乗りを上げた。
「俺の名はギガンテス。ミルドラース様が三の将よ。俺がここにいる以上、お前たちの運命もここで終わりだ」
ヘンリーが剣を抜いて進み出た。
「へ、魔将かい。ヘルバトラーもライオネックとか言う奴も既に倒したぜ? 部下ごとな。お前は一人でオレたちを止められるつもりか?」
ヘンリーの言うとおり、多くの配下を引き連れていたヘルバトラー、ライオネックと異なり、ギガンテスには一匹の配下もいなかった。しかし、ギガンテスは高笑いした。
「舐めるなよ若僧。俺はあの二匹とは違う。一人で一軍に匹敵するからこそ、ミルドラース様の門前を任されているのよ。この、ギガンテスと破壊の鉄球の組み合わせはな!!」
そう言うなり、ギガンテスは手にしていた武器、破壊の鉄球を振るった。一抱えもあろうかと言う鉄球と、リュカの腕ほどもあろうかと言う鎖が、唸りを上げて飛んできた。
「……ぐわあっ!?」
ヘンリーは光の盾でそれを受け止めた……が、勢いを殺し切る事はできなかった。いや、ヘンリーなどまるで小石のように軽々と吹き飛ばされ、鉄球は勢いを衰えさせる事なく、一行を蹂躙した。サンチョが薙ぎ倒され、ピエールが吹き飛び、ジュエルが弾き飛ばされる。
「危ない!」
飛ばされた者達が崖下に落ちそうになるのを、慌てて振るったビアンカのグリンガムの鞭が巻きつき、橋の上に引き戻すか、シーザーやメッキーなど、飛べる仲間たちが掴んで引っ張りあげる。リュカは叫んだ。
「みんな、橋の上は危ないわ! 洞窟まで戻って! ブラウン、ロビン、矢で牽制して!!」
リュカの声に従い、仲間たちが後退する。それを援護しようと、ブラウンとロビンがビッグボウガンを構え、巨大な矢を射掛けた。さらにシンシア、サーラ、ミニモンがメラゾーマを放つ。ところが。
「効かぬわあッ!!」
ギガンテスは引き戻した破壊の鉄球を、目の前で高速回転させた。必殺の矢が、火球が、鉄球と鎖に阻まれて叩き落され、ギガンテスにはかすり傷一つつけられない。
「畜生、なんて奴だ! 正真正銘の化け物か!!」
ヘンリーが言う。鉄球の直撃で受けたダメージのほうは、リュカが賢者の石を使ってまとめて治療したが、完全に癒しきれていない。
「このままでは、永遠に先に進めそうもないぞ。どうする?」
ヨシュアが聞く。ギガンテスは巨体過ぎて洞窟内までは入ってこれないが、こちらが一歩でも外に出たら、破壊の鉄球を食らって崖下に叩き落されかねない。
「どうした、雑魚共! かかって来い!!」
ギガンテスがそう言って馬鹿笑いしながら挑発している。
「この距離から、全員でイオナズンとか最上級の攻撃魔法を叩き込みまくったら?」
イラついた顔で提案したのはミニモンだったが、サーラがそれを否定した。
「あの筋肉ダルマが吹き飛ぶほどの攻撃を打ち込んだら、橋が崩れかねない」
確かに、頑丈そうな橋だが、イオナズンだのギガデインだのを連打して耐えられるような建造物ではない……というか、そんなものは存在しないだろう。どうにも手詰まりだった。
「なんとか、あの鉄球を止めるしかないですね……」
シンシアが言う。それはリュカも考えていた事だが、あれを止められるような仲間と言うと……
「……え?」
シンシアが肩をつつかれて振り向いた。そこに立っていたのはゴレムスだった。ゴレムスは自分で自分を指差すと、こくこくと首を縦に振って見せた。
「え、やらせて欲しいって?」
シンシアの言葉に頷くゴレムス。
「確かに、あやつの膂力に辛うじてでも対抗できそうなのはゴレムスくらいだな。ワシでも無理だ」
アンクルが言う。リュカとヘンリーは顔を見合わせた。
「……よし、やらせてみよう」
決断したのはヘンリーである。しかし、ヘンリーはゴレムスが鉄球を止めた後の事をさらに踏み込んで考えており、その策を全員に話した。
「なるほど、それなら行けそうだな」
ピエールが珍しくヘンリーの作戦を褒めた。リュカはゴレムスと、万が一に備えてフォローする役のアンクル、シーザー、ヨシュアを見て声をかけた。
「危ないけど、お願いね。無理はせず、駄目だと思ったら一度退いて。ここまで来て、魔王の手下なんかのために皆にやられて欲しくないから」
ゴレムスたちは無言で頷くと、配置についた。そして、思い切って橋の上に飛び出した。
鉄球をぶんぶん振り回しながら馬鹿笑いしていたギガンテスだったが、ゴレムスが出てきたのを見て、ますます笑いを大きくした。
「死に急ぐか、なら谷底に叩き落してやろう!」
そう言って振るわれた破壊の鉄球は、残像すら見える速度でゴレムスめがけて飛んできた。だが、ゴレムスはひるむことなく、溜めておいた力を解放し、自ら破壊の鉄球に体当たりした。
凄まじい大音響が轟き、ゴレムスの左肩が腕ごと砕け散る。シンシアがそれを見て悲痛な叫び声をあげた。
「ゴレムスぅーっ!!」
しかし、ゴレムスは耐えた。耐えて主の期待に応えて見せた。残る右腕で、身体に食い込んでいる鉄球の鎖を掴み、ギガンテスが引き戻そうとするのを阻止する。
「今だ!」
ヨシュアが叫ぶと飛び出し、ゴレムスを助けて鎖を掴む。続いてアンクル、シーザー、さらにヘンリー、ユーリル、サンチョにビアンカ、オークスとピピンも飛び出して、鎖に群がった。ギガンテスの顔に怒りの表情が浮かぶ。
「俺から武器をもぎ取るつもりか。だが、その程度で俺との力比べに勝とうなんぞ百年早いわ!」
そう言うなり、ギガンテスの腕の筋肉がさらに膨張し、十人がかりで引っ張っている鎖をぐっと引き戻す。自分たちが力負けしていると言う信じがたい事実に、ヘンリーが叫ぶ。
「ち、化け物が!」
「褒め言葉と受け取っとくぜ」
ニヤリと笑うギガンテス。しかし。
「ばぁか、コケにしてるんだよ。やれ、ブラウン!」
ヘンリーが言うや、背後から走ってきたブラウンがゴレムスの肩に飛び乗った。その手にはしっかり狙いを定めたビッグボウガン。
「な!」
驚愕するギガンテス。その一つ目に、ブラウンの手から放たれたビッグボウガンの太矢が吸い込まれるように突き刺さった。
「ぐわあああぁぁぁぁっ!?」
ギガンテスは鉄球から手を離し、自分の顔を覆った。反動で投げ出されるゴレムスたち。ギガンテスは苦悶と怒りの言葉を叫びつつ、リュカたちのほうに迫ってきた。
「き、貴様らぁ! よくも俺の目を!!」
目は見えなくとも、気配は感じるのだろう。ギガンテスは腕を振り上げ、まだもつれ合って倒れたままのゴレムスたちを薙ぎ払おうとしたが……
「メラゾーマ!」
「メラゾーマ!」
「メラゾーマっ!!」
ミニモン、サーラ、シンシアが続けざまに叩き込んだメラゾーマが次々と命中し、その巨体が炎に包まれる。そして、とどめとばかりに飛び出したのはロビンだった。ギガンテスの足元に飛び込むと、隼の剣を目にも止まらぬ早業で一閃、ニ閃させ、ギガンテスの両足の腱を切り裂いた。
「ぎゃああああぁぁぁぁぁぁぁ…………」
ぐらりと傾いた巨体が、悲鳴を残して底なしの谷に消えていき、見えなくなった。シンシアは飛び出すと、ゴレムスのところに駆け寄った。ゴレムスは彼女が最初に仲間にした魔物であり、思い入れも一入なのだ。
「ゴレムス、ゴレムス! 大丈夫!? 今治してあげるからね!」
シンシアは半泣きでゴレムスの砕け散った左肩にストロスの杖を向けた。やわらかい光が、ゴレムスの傷口を癒して行き、左腕が再生する。さらにユーリルがベホマを唱え、ゴレムスを完全に回復させた。
「……」
ゴレムスは無言ながらも、左手を振り回し、無事をアピールすると、シンシアに一礼した。
「ゴレムス、良かった……」
ホッとした表情のシンシア。そこへ仲間たちが追いついてきて、橋の上に全員が集まった。
「何とか片付いたな」
ヘンリーは汗を拭って、谷底を見下ろした。そして、まだ手にしていた破壊の鉄球を離した。
「ゴレムス、よくやったな。褒美にそれはお前が使え」
ゴレムスはそう言われて、まだ右手に持っていた破壊の鉄球を見下ろすと、こくんと頷いた。これまで徒手空拳でも十分な戦力と看做されてきたゴレムスだが、ここへ来てまさに鬼に金棒と言うべき戦力を手に入れた。
「さて、これで魔将とかいう連中は全員片付いたのかな?」
ビアンカが言うと、サンチョが答えた。
「さっきのギガンテス、ミルドラースの門前を守っていると言ってましたしねぇ。間違いなく……」
「残るはいよいよ魔王だけ、と言う事ね」
リュカは橋の先にある、もう一つのエビルマウンテンを見上げた。それこそが、ミルドラースのいる本丸と言う事なのだろう。
残る敵は、あと一人だけだった。
(続く)
-あとがき-
ラストバトル前の大一番。相手はギガンテス。見ての通り、キラーマシン以外で魔界で仲間になる可能性のある強豪モンスターを中ボス扱いでまとめてみました。
ついでに強力な武器もドロップ品扱いで配給。メタキン装備がないのはただ単に趣味です。
次回、いよいよラストバトル開幕です。