余りにも巨大なミルドラースの姿に、リュカたちは思わず呆然としていた。ミルドラースは哄笑した。
「声も出ぬか。ならば、こちらから参ろう!」
ミルドラースの口から、灼熱の炎が放たれる。同時に、破城槌のごとき豪腕が一閃する。ピピン、ピエール、サーラ、ロビンが自分の身体より巨大な拳の直撃を受け、炎の海の中から叩き出された。焼ける運命は逃れたものの、ロビンのボディは無残にへこみ、火花を散らして掴座する。
「ば、馬鹿な……」
「な、何もせぬうちに……」
「無念……」
他の三人は全身の骨が砕ける異音と共に、血を吐いて地面に倒れ伏した。
ドラゴンクエスト5 ~宿命の聖母~
第八十話 魔王猛威
「みんな!? くっ!!」
リュカは業火の中、ドラゴンの杖を起動させる。灼熱の炎がミルドラースのそれに拮抗して噴き出し、中間地点で押し合う。
「今だ、反撃しろー!!」
ヘンリーが号令をかけ、ユーリル、ゴレムス、ブラウン、アンクル、ヨシュアが武器を手に斬り込みをかける。「バイキルト!」
「バイキルトっ!!」
それをさらに支援するシンシアとマーリン。だが、ミルドラースの手から凍てつく波動が迸り、なんら効果を挙げぬまま呪文をかき消した。同時に尾が唸りをあげて振るわれ、突撃したヘンリーたちは一撃で薙ぎ払われた。
「ぐわあっ!」
「あぐうっ!!」
軽量のヘンリー、ユーリル、ブラウン、ヨシュアは壁まで吹き飛ばされ、あるいは地面を転がった。アンクルとゴレムスはそこまで吹き飛びはしなかったが……二人の上に、ミルドラースが足を振り下ろす。アンクルは蹴り飛ばされ、巨大な爪がその胸に風穴を穿つ。ゴレムスはアンクルの血で染まった足の下敷きとなった。ミシミシと嫌な音がしたかと思うと、無数の石がこすられ割れ砕けるような音が響き渡り、ミルドラースの足元から、明らかに周囲の地面と違う色の土煙が上がった。
「アンクル! ゴレムスっ!? うわああぁぁぁぁ!! よくも、よくもおぉぉぉぉっっ!!」
シンシアは逆上し、ミルドラースにメラゾーマを叩き込むが、腕一本を軽く振るっただけで、それは弾かれた。
「く、杖が……!」
リュカのドラゴンの杖が、魔力を消耗して炎がか細くなる。ミルドラースの炎が勢いを増し、再びリュカたちを飲み込もうとした。
「危ない!」
「させるか!」
とっさに動いたのは、サンチョとビアンカだった。サンチョがリュカを、ビアンカがユーリルとシンシアを抱いて炎の海から飛びのく。しかし、スラリンとジュエル、マーリンは間に合わず、火の海に沈んだ。
「大丈夫ですか、姫様!」
「サンチョさん……わたしは……でも、みんなが!」
炎の海を指差すリュカに、ビアンカが叫ぶ。
「今は戦うことだけを考えるのよ、リュカ!」
惨い言葉ではあったが、リュカは気を取り直し、賢者の石を振りかざした。その癒しの光を受けて、倒れていたヘンリーたちがよろよろと立ち上がる。
「くっ……なんて化け物だ。桁が違い過ぎる……!」
呻くヘンリー。賢者の石でもダメージを癒しきれず、全員がボロボロだ。
「ならば……」
メッキーがベホマラーを唱えようとするが、その前にミルドラースが動く。
「もはやその帽子は不要。死ぬが良い」
その言葉の間に、メラゾーマの大火球が二つ出現し、メッキーとホイミンをそれぞれ直撃した。消し炭となって崩れる相棒の姿に、オークスが激昂した。
「貴様ぁ!!」
雷神の槍を振りかざすオークス。さらにプックルがタイミングを合わせ、稲妻を身体から発する。ゲマさえ屈した威力の電撃が二つ、ミルドラースの身体を直撃するが……
「温いわ。その程度でワシに通じるか」
ミルドラースは嘲笑し、再び尻尾が振るわれようとするが、それを食い止めたのは、致命傷を受けて倒れたはずのアンクルだった。ミルドラースの尾に抱きつき、その動きを止める。
「ぬっ、貴様……!?」
驚くミルドラース。しかし。
「ごはあっ!?」
ミルドラースを直撃し続けている稲妻の威力が、アンクルにも襲い掛かった。青白色の電光の中で、アンクルの身体からブスブスと煙が上がり始める。
「駄目だ、止めるな!!」
アンクルは気迫を込めた声で叫び、手を止めようとしたオークスとプックルは、それに押されて稲妻を発し続けたままになる。
「今だ、シンシア様、ご母堂様! こやつを!!」
しかし、アンクルはミルドラースの傍にいる。もし今攻撃呪文を打ち込めば……
「できるわけないだろう!? おっさん、アンタも死ぬぞ!?」
ミニモンが叫ぶが、アンクルは怒鳴り返した。
「愚か者が! ワシに構うな!! どの道、ワシは助からん!! せめて、最高の死に場所を……!!」
くっ、とミニモンは下を向き、そしてフォークを振りかざした。
「ごめんよ、おっさん……! イオナズン!!」
「イオナズン!」
「イオナズン!!」
シンシアも、ヘンリーも涙を払って呪文を唱える。さらに。
「畜生、おっさぁーん!!」
涙を流しながら、シーザーが灼熱の炎を吐く。
「アンクルーっ!!」
リュカのグランドクロス、ヨシュアのバギクロス。暴風の刃は炎を巻き込み、煽りたて、通常の数倍の温度で燃え上がらせた。灼熱を通り越して青白い、眩しいほどの炎がミルドラースを包み込んだ。
「ギガデイン!」
ユーリルの雷撃魔法が仕上げとなって、炎の竜巻に巻き込まれたミルドラースに炸裂する。ひとしきり大音響がエビルマウンテンの胎内を揺るがし、吹き上げた炎は岩盤を突き抜けてさながら大噴火のように魔界の空をも照らし出した。
「やったか……?」
ヘンリーが爆煙の向こうを透かしてみようとする。その時だった。
煙の向こうから飛び出した真紅の尻尾。その先端の鋭い角が、ヘンリーの胸を貫いた。
「あ……?」
ずるり、と音を立てて引き抜かれた角は、鱗よりも赤い色に染まっていた。
「ヘンリー……?」
リュカは自分の目に写る光景が信じられない、と言う呆然とした声で夫の名を呼んだ。だが、それに答える声はなく、ヘンリーは光を失った目でその場に仰向けに倒れる。
「いやあぁっ! ヘンリーっ!!」
リュカは夫の身体を抱き上げたが、その目は光を失い、急速に冷たくなっていく。
「お父……さん……? お父さん!!」
「お父様……お父様ぁっ!?」
ユーリル、シンシアが悲痛な叫びを上げ、父の身体に取りすがった。そして。
「ベホマ!」
「ここに芽吹け、生命の力!」
回復呪文とストロスの杖を使うが、ヘンリーはもはや動かなかった。そして、晴れ行く爆煙の向こうから、悠然とミルドラースが姿を現す。ある程度焦げ、鱗が剥げたりもしていたが、さほどのダメージには見えない。
「おのれぇっ!」
「よくも!!」
サンチョ、ビアンカ、ヨシュア、プックル、シーザーが怒りに任せて突撃するが、ミルドラースは彼らの渾身の一撃を平然と受け止め、逆に豪腕をふるってその身体を掴み取り、シーザーには尻尾を絡ませて全身を締め上げた。
「ぐわっ!」
「きゃあっ!!」
「ぐお……!!」
「があっ……!!」
三人が、シーザーが、プックルが、苦悶の叫びを上げる。ミルドラースは言った。
「これで分かっただろう。余に勝てるはずが無いと。だが、お前たちは良く戦った。褒美に、せいぜい惨たらしく死なせてやろう」
そう言って、魔王が筋肉を膨張させる。次の瞬間、骨が砕ける音が五つ、同時に響き……握られていたサンチョ、ビアンカ、ヨシュア、プックル、シーザーは口から鮮血を吐くと、声も出せずにがっくり崩れ落ちた。
「……なんだ、つまらんな。力を入れすぎたか」
ミルドラースはゴミでも投げ捨てるように、その死体を放り投げる。
「ビアンカお姉さん! サンチョさん!! プックル!! みんな、そんな……!!」
リュカは立っていられず、その場に座り込む。
「あ……ああ……」
ミニモンも、もはや声も出ず、オークスはその場にがっくりと膝をついた。
(どうして? どうしてこんな事に……!)
リュカは力なく項垂れる。
(そうか……わたし達は間違えていたんだ)
何故、魔王に敗北しようとしているのか、リュカは悟った。だが……
「もはや……抗う気力もないか?」
リュカは放心状態で、シンシアもユーリルも、剣を持ち上げる事すらできなかった。そうした、まだ生きている者たちを見ると、ミルドラースはわざとらしいまでのため息をついた。
その時、ミルドラースの足元に何かが転がってきた。それを見下ろしたミルドラースと、それの目が合う。
ロッキーだった。全身にひびが入った状態ではあったが、彼はまだ健在だった。しかし。
「……メ……ガン……テ」
ロッキーの声……最初で最後の一声と共に、凄まじい大爆発がミルドラースを巻き込んだ。だが、それでさえも魔王を揺るがすことはできなかった。
「自己犠牲呪文か……それは余には通じぬ。だが、お前は立派だ。戦う気力を見せたのだからな」
これまでの攻撃でついた煤を払い落とすように、自らの身体を軽くはたき、ミルドラースはロッキーを賞賛すると、今度はリュカたちに死を宣告した。
「それに引き換え……つまらぬ。その程度か。遊びにもならなかったか……もはや幕を引くときだな」
その言葉と同時に、ミルドラースは四本の腕で複雑な印を結んだ。次の瞬間、空間に穴が開き、そこから眩く輝くプラズマの塊が出現した。それにまとわりつく、バチバチと音を立てる電光は、その一つ一つがライデイン級の威力だろう。
「余が神となった祝いに、とっておきのものをくれてやろう。目に焼き付けて地獄へ行くがいい……ジゴスパーク!!」
プラズマから、凄まじい威力を秘めた地獄のいかづちが解放される……その寸前、プラズマ球の中に飛び込んだ者がいた。
「ああああああぁぁぁぁぁぁ!!」
大広間に悲鳴が響き渡る。街一つをも消滅させる地獄のいかづち、その威力の全てを身一つで受け止めたのは……リュカだった。次の瞬間、プラズマ球は暴発し、術者であるミルドラースをも弾き飛ばした。
「お母さん!」
「お母様!!」
黒い煙を上げ、地面に落ちるリュカ。その身体に、ユーリルとシンシアが取りすがる。全身傷だらけ、火傷だらけのリュカは薄く目を開け、震える手で二人の頬を撫でた。
「ユーリル……シンシア……」
「お母様、私たちをかばって……」
シンシアが落とした涙が、リュカの頬に落ちる。その涙が火のように熱く感じるのは、リュカの身体から命の火が消えかかっている証拠だろう。
「喋らないで、お母さん。今回復を……」
そう言ってベホマを唱えようとするユーリルの口を、リュカは立てた人差し指で塞いだ。そして。
「ごめんね、二人とも……約束を守れなかったお母さんを許して」
「「え……?」」
戸惑う二人の子供。リュカは目を閉じた。これが、愛する子供たちのために……今まで一緒にいてくれた仲間たちのために、そして、この世で一番大好きな人のために、自分ができる最後の事。
みんな、さようなら……ありがとう。
リュカの唇が微かに動き、最後の一言を紡ぎだした。
「メガザル」
(続く)
-あとがき-
第二形態ミルドラース戦。なんか凄いことになってますが……
次回、決着です。