ラインハット王国は北の大陸のほぼ全域を統治する、世界有数の大国である。かつてこの大陸にはラインハットとレヌールの他、エンドール、ボンモール、ブランカといった国々があったが、戦や王統の断絶によって消えて行き、ラインハットのみが残ったのである。
その大国の王都にふさわしく、ラインハットの城下町は賑わいを見せていた。異国からの新奇な品々を売る屋台に、鋼鉄の剣などの他では見られない本格的な武器を売る店などが立ち並び、大勢の人でごった返している。
「ふむ、流石ラインハットだ。賑やかなものよ。リュカ、父さんの手を離すなよ」
「はい、父様」
リュカはパパスとしっかり右手を繋ぎ、左手にはプックルを抱いて、人ごみの中を歩いていた。王城前広場をようやく抜けて跳ね橋を渡り、城門前に来ると、二人の門番が槍を交差させて誰何してきた。
ドラゴンクエスト5 ~宿命の聖母~
第九話 黄昏の王城
「待て。我が城に何用か?」
パパスは手紙を示して名乗った。
「私はサンタローズのパパス。国王陛下のお召しによりまかり越した。開門を願いたい」
「はっ、これは失礼しました。陛下がお待ちです」
兵士は槍柵を解き、城内に呼ばわった。
「開門! 開門! サンタローズのパパス殿がお見えになりました!」
ギィ、と音を立てて城門が開き、初老の男性が姿を現した。
「あなたがパパス殿ですね。私は大臣のロペスと申します。陛下がお待ちかねです。さぁ、どうぞこちらへ……そのお子様は?」
ロペスがリュカに目を留めて尋ねた。
「私の娘で、リュカと申します。リュカ、ご挨拶なさい」
リュカはプックルを地面に下ろし、スカートの裾をつまんでお辞儀をした。
「リュカと申します、閣下。どうかよろしくお願いします」
その挨拶に、ロペス大臣は目を細めた。
「まだ幼いのに、なんと礼儀正しいお子さんじゃ。パパス殿、良いお子をお持ちですな」
「恐縮です。それよりも陛下に」
パパスの言葉に、おおそうでした、とロペスは手を打ち、中に父娘を案内した。三階まで登ったところで、ロペスは大声で呼ばわった。
「パパス殿がおいでになりました!」
「うむ、案内ご苦労、ロペス。お主は下がってよいぞ」
玉座に座った王が返事をする。エドワード三世王。大国ラインハットを治める二十代目の国王である。明るく公平な性格で、国民に名君と慕われる人物だった。先代の王の時代、レヌール併合で一時的に国力が疲弊した際に、それを立て直した手腕でも知られていた。
「はっ」
ロペスは一礼して下がっていく。パパスは堂々と絨毯を踏みしめて進み、ひざを突いて王族への礼を取った。
「サンタローズのパパス、お召しにより参上いたしました」
「大儀である、パパス殿。この度は招聘に応じていただき、まことに感謝しておる」
王は恰幅のいい人物で、パパスにもそんなに偉ぶった姿勢を示さない、度量のある人物のようだった。
「ところで、そちらの少女はパパス殿の縁者かな?」
王もリュカには興味を持ったらしい。パパスは頷いた。
「娘のリュカです。不束者ではございますが、殿下の遊び相手に良いかと思い、伴って参りました。リュカ、挨拶なさい」
「はい、父様。陛下、リュカと申します。お目にかかれて光栄です」
王はやはり目を細め、リュカを褒めた。
「うむ、なんとも利発そうな娘じゃ。それに礼儀正しい。ヘンリーの相手には申し分ないのう」
「光栄です。さて、リュカ……父さんは陛下とお話がある。しばらく城の中を見せてもらいなさい」
「はい、父様」
リュカが立ち上がると、王は衛兵に命じてリュカに金のバッジのようなものを渡してきた。
「リュカよ、城の中を見るときは、見張りがいればそれを示すが良い。通行章の代わりじゃ」
「ありがとうございます、陛下」
リュカは礼を言って退出した。人払いがされると、パパスはすっと立ち上がり、余所行きの仮面を外して、朗らかな声で話しかけた。
「エドワード、久しぶりだ」
「うむ、このように呼びつけて済まない。本来なら私から出向かねばならぬのだが」
二人はまるで旧知の友のように親しい口調で話し始めた。
「なに、お前は王。私は今は一介の戦士パパスに過ぎん。立場が違うのだから仕方がないさ」
「そう言ってもらえると助かるよ」
エドワードはパパスの言葉に笑い、そして真面目な顔になった。
「パパス、私はおそらく、もうそう長くは無い」
「……何を言うんだ、エドワード。そんな弱気で……」
パパスの言葉に、エドワードは苦笑で答えた。
「下手な慰めはいらんよ。手紙が来た時から悟ってはいたんだろう? そうでなければお前を呼びはしない」
そこでゴホゴホ、と咳き込んだ後、エドワードはパパスに頭を下げた。
「済まぬ、パパス。どうかヘンリーを守ってやって欲しい。私はヘンリーを次の王に指名するつもりだが、王妃はうんとは言うまい。実の母が無いヘンリーは、政治的に弱い立場だ。おぬしの後ろ盾があれば……」
パパスは瞑目し、尋ねた。
「私がヘンリー殿下を後見することで、逆に文句を言う者も多かろうと思うが?」
「それでもだ……それに、私はヘンリーを甘やかしてしまった。今のあやつには厳しい父親が必要なのだ。頼む。友として最後の願いだ」
「……わかった。言うとおりにしよう」
パパスは頷いた。化粧で隠してはいるが、病魔に冒され気弱になっている友人を袖にする事は、パパスには出来なかった。
「ありがとう、パパス……」
「なに、構わぬよ。では、一度ヘンリー殿下の顔を見ておくとしよう」
パパスは踵を返し、階段の方へ歩いていった。
その頃、リュカは廊下を歩いていた。この廊下自体、サンタローズの村の端から端までと同じくらいの長さがありそうなのだが、こんな大きな建物がこの世にあったのか、と感心するやらあきれるやら。
「凄いお城……レヌール城の何倍くらいあるかな」
そう一人ごちた時、廊下の向こうから何やら行列が進んでくるのが見えた。十数人の侍女や衛兵に囲まれて、美しいものの化粧の濃い女性と、気弱そうな少年が歩いてくる。少年の方は、リュカよりやや年下だろうか。それを見てリュカは廊下の端に寄った。貴人の列に対して無礼な事があってはいけない、と礼儀作法はパパスから教えられている。
すると、向こうでもリュカの姿は目に留めていたらしい。女性が煙管を上げて合図をすると、列はリュカの目の前で止まった。
「そなた、見かけぬ顔じゃな。何者じゃ?」
リュカは丁寧に一礼した。
「リュカと申します、貴きお方」
その挨拶に、女性は満足感を得たようだった。
「そうかそうか、まだ小さいのに良くしつけが出来た子じゃ。気に入ったぞよ。このデールの傍に仕える気はないかえ?」
デール、と言う名前にリュカは思い当たるものがあった。確か、この城の第二王子様の名前だったはず。
「ありがとうございます。ですが、父様に聞いてみないと、そうできるかどうかはわかりません」
リュカとしては丁寧に言ったつもりだったが、今度は女性の機嫌を損ねたようだった。
「娘や、このデールは次にこの国の王になるべき子ぞよ。ヘンリーなどよりよほど王にふさわしい。今のうちにデールに近づいておくのが、良い考えと言うもの。覚えておくことです」
言いたい事を言うと、女性は合図をして行列は行進を再開した。リュカは首を傾げた。良くわからないが、あの女性はちょっと変なところがある。
そこへ、今度は召使いらしい青年が近づいてきた。彼はしゃがみこむと、リュカの頭を撫でた。
「災難だったな、小さなレディ。今のは王妃のマリエル様と第二王子のデール殿下だ」
そう言うと、青年は小声で言った。
「デール殿下はいい子なんだが、マリエル王妃様はキツイお方だ。昔は優しいお方だったんだがなぁ……ヘンリー殿下のことも可愛がっていたのに、デール殿下がお生まれになると、人が変わったように……あまり逆らわない方が良いぞ」
「はい、ありがとうございます」
リュカは礼を言った。幼いながらも、どうもこの城の雰囲気はちょっとおかしいと思ったが、あの王妃様が理由なんだと感じる。
リュカは知らない事だが、ヘンリーとデールは異母兄弟である。王はヘンリーの母である先妻をなくした後、傾いていた国の財政を立て直すため、富豪の娘と再婚した。それが今のマリエル王妃で、デールは現王妃と国王の子である。
莫大な持参金で国の財政は立て直り、国力も上がったが、マリエルは自分の子であるデールを王位につけようと画策しており、悪い事に母親がなくひねくれて育ったヘンリーは、大人しく利発なデールと比べて、国王の資質を疑問視されていた。
お家騒動勃発前夜。それが、パパスとリュカが訪れた大国ラインハットの内情だったのだ。
そこまで難しい事情をリュカが悟るのはもちろん無理だったが、人に聞いて回るうちに、腕白でひねくれ者のヘンリー、大人しくて良い子のデール、と言う二人の王子の違いが明らかになってきた。とにかく皆が口をそろえて「大人しい」と言うデールに対し、ヘンリーの噂は酷いものだった。
曰く、背中にカエルを入れられた。曰く、スープに泥を投げ込まれた……そうやってイタズラの被害に遭わされた人たちは、口を揃えて嘆息した。
「あれで王様が務まるのかねぇ?」
父の仕事次第ではヘンリー王子の遊び相手になるかもしれないリュカとしては、気が気ではない。思えば彼女の友達と言えば、ビアンカやベラといった同年代(ベラはわからないが)の少女ばかりで、男の子と遊んだ事はないのだ。
ただ、安心できる証言もあった。例えば侍女頭の話である。
「ヘンリー様は、本当はお優しい方なんだよ。私の娘が熱を出したときに、城を抜け出して泥まみれになって薬草を取ってきてくれた事もあったし……幼い頃に母上様を亡くされて、今の王妃様がデール様ばかり可愛がるから、拗ねてしまったんだろうけど……」
(そうか、ヘンリー王子様も母様がいないんだ)
リュカもまた、物心ついたときには母親がすでにいなかった。パパスやサンチョは母親がどんな人だったか、何も語ってはくれないけど、きっと死んだのだろうと思っている。
だから、同じように母を失っているヘンリーの気持ちが、自分にはわかるかもしれない、と思った。侍女頭に礼を言い、ついでにヘンリーの部屋の場所を聞き出してそちらへ向かうと、廊下にパパスが立っているのが見えた。ヘンリーの部屋の直前である。
「父様、こんなところでどうしたんですか?」
リュカが近寄って行って聞くと、パパスは頭を掻いた。
「おお、リュカか。どうも父さんはヘンリー王子に嫌われてしまったらしい。部屋から出て行けと言われてしまってな……リュカ、お前なら子供同士話が通じるかもしれない。ちょっと話してみてもらえるか?」
リュカは頷いた。
「わかりました、父様。ちょっと待っていてください」
リュカはパパスをそこにおいて、ヘンリーの部屋に入った。正面に椅子に座ってこちらに背を向けている、緑色の髪の毛をした少年の姿が見える。リュカが歩いていくと、ヘンリーも彼女の存在に気付いたらしく、こっちに振り返った。
「何だ、お前は?」
王族とも思えない、乱暴な口の聞き方だったが、リュカはまず自分から礼を示した。
「リュカと申します、ヘンリー殿下。殿下の遊び相手として、お城に呼ばれて参りました」
ヘンリーは怪訝な表情をし、続いてけんもほろろに断った。
「遊び相手だと? オレはそんな話は聞いていないぞ。そんな奴は要らん。帰れ帰れ」
しかし、リュカも引かない。
「わたしは、殿下と遊びたいですよ?」
そう言ってニッコリ笑って見せる。すると、ヘンリーは妙な事を言い出した。
「オレと遊んで欲しいか? じゃあ、オレの子分になるなら遊んでやるよ」
「こ、子分?」
リュカは思わぬ単語に目を白黒させた。
「ああ。向こうの部屋に子分の証がある。それを持ってきたら、お前を子分にしてやるよ」
子分と言うことは対等の友人ではないわけで、年齢の割には人が出来ていて温厚なリュカと言えども、面白い提案とはいえない。正直に言えば不快だ。しかし……
(ヘンリー様は、本当はお優しい方なんだよ)
ヘンリーを心から心配していた侍女頭の言葉が頭を過ぎる。そうだ。一人ぼっちのこの子は、ちょっと素直じゃないだけなんだ、と思う。自分が助けになってあげられるならそうしたい。
「わかりました、殿下。少々お待ちください」
リュカは頷くと、隣の部屋に入った。さほど大きくもない部屋の真ん中に、宝箱がぽつんと一つ置いてある。他には何もない。おそらくこの中に「子分の証」とやらが入っているのだろう、とリュカは宝箱を開けた。
(続く)
-あとがき-
婿候補筆頭? ヘンリー君登場の巻です。今はまだ原作準拠で嫌な子ですが……
おかげでリュカの良い子っぷりが引き立ちますね。