秘密の任務を受けました姫様は破滅型の恋愛が大好きっぽいのです秘密は守り通さなくては姫様とウェールズ王太子の秘密は守り通そうにも重過ぎます秘密は少人数で握られるから秘密なのです姫様は嫁に行くよりも婿を入れたほうが良いような気もするのです「なるほど、手紙…なのですか。」同年代だというのに気安さを感じたのでしょうか?お忍びで来たのに、姫様は意外とあっさり話してくれたのでした。「ゲルマニア皇帝と私の婚姻を知る者はまだ少なく、ウェールズ王太子も当然この事は知らないでしょう。 内容は告げられませんが婚姻が決まってしまった現在、手紙の存在が公に知れれば婚姻も同盟も破談となってしまうのですわ。 トリステインの国力ではアルビオンと単独で対峙する事など不可能と聞いています。 そうなればトリステインは、6000年続いたこの王国は、私の恋の不始末で滅びるなどという、不名誉な滅びを迎えてしまう事になってしまいます。 それだけは絶対に避けなければならないのです。 ケティといいましたか、トリステインを救う為に、どうか手をお貸しくださいまし!」…う、涙目で見られると正直辛いのですが、私は兎に角他の二人はホイホイ安受けあい出来る類の話でも無いのですよ、これは。「わ…私、ひょっとしてかなりまずい事を聞いちゃったかしら?」「ひょっとしなくても、物凄くまずい。」キュルケとタバサの二人は私に視線を向けます。主に非難の意味を込めて。「忘れていただいてもかまわないのですよ? 今回の件も関われば命の保証は出来ません。 しかも、フーケのときよりも格段に。 何せ、行くのは現在内乱の真っ最中なアルビオンなのですから。」「ケティ、貴方はどうするのよ? ジゼルが知ったら、絶対に止めるわよ。」そう言って、キュルケは私の瞳の奥を探るかのように、真っ直ぐ見つめてきました。「私はトリステインの貴族です。 その私が国家の一大事に結びつく可能性の非常に高い上に、公式に出来ない案件を王家から依頼されたのです。 《貴族の地位は血によって購われる》のですよ。 この件を受けないのであれば、私はトリステインの貴族である事を許されてはならないのです。 ジゼル姉さまが止めようが、私には為さねばならない義務があるのですよ。」「それだけ?」タバサの瞳が私を覗き込みます。「才人達の行く先には、これからとてもとても悲しい事が起きるでしょう。 ですが、私が行くことで悲しい事を少々ながらも減らせるかもしれないと考えているのですよ。」たぶん、奇跡は起きないのでしょうが、奇跡が起きないなら起きないなりに出来る事はあるのです。「それは、思い上がり。」眼鏡の奥から、タバサが私を睨みつけます。「ええ、思い上がりもいいところだと、私も思うのです。 下手を打てば、私の命は無いでしょう。 死ぬほうがまだましな目に合わされるかもしれません。 それでも、出来るかもしれないから、私は行くのです。」タバサの視線を私はしっかり受け止めながら、そう返しました。何で記憶を持ったまま転生したのかは、さっぱりわかりません。ただの偶然なのでしょうが、その偶然に意味と意義を見出したくなるのが人情なのです。記憶も15年以上前のものですし、忘れないうちにメモで残したものも、物心がついてまともに思考が出来るようになった3歳ころに書いたものですので、既に3年が経過しておりかなりうろ覚えなのです。そのせいで、予想通りに忘れていた事態がぽこぽこ起きては混乱を来します。それでも、彼らがこの後どうなっていくのかという大まかな記憶はありますから、そのうろ覚えを頼りに何とか彼らをサポートして行く事こそが私の転生してきた意味だと信じたいのです。「ケティって、以外と熱いわよね。 ぽやーっとしているように見えて、結構怒りっぽいし。」「思わぬところに残っていて急に出火するから、私は《燠火》なのですよ。」前にキュルケのところに来た男達を炎の矢で薙ぎ払ったのが妙な形で伝わったのか、なんだか最近《断罪の業火》とか、地獄の裁判官みたいな呼び名が裏で広まりつつあるようですが、気にしないのです。「…えーと、ひょっとして来るつもりなの、キュルケ?」ルイズが嫌そうに、恐る恐る声をかけてきます。「あら、嫌なの?」「これはトリステインの重大な問題だもの。 ケティは良いとして、よりにも拠ってゲルマニアのツェルプストーに手伝われたくないわ。」まあ、ルイズの言う事も一理ありますし、彼女なりにキュルケを心配して言っているのだとは思いますが、キュルケにそんな事言ったら…。「あら、何だか是非とも参加したくなってきたわ。」「なっ…! 何でいきなり乗り気になるわけ!?」ああキュルケ、なんてイイ笑顔。ルイズをおちょくるのが彼女のライフワークなのですから、ルイズが嫌がったら行きたがるに決まっているのですよ。彼女とタバサがはじめから加わってくれれば確かに鬼に金棒ではありますが、なんというしょうもない展開に…。「折角私がしん…じゃなくて、あんたの家はゲルマニアでしょ、来ないで!」「嫌よ、今回の件はゲルマニアにも関わる問題だわ。 それにねルイズ、私もつい先刻からトリステインの碌を食む身になったのよ? ほらほら、精霊勲章。」ルイズにキュルケがほらほらと精霊勲章を見せびらかします。まあ確かに勲章から年金が出るので、碌を食むと言えない事も無いですね。かなり強引な理論展開ですが。「ムキー!なんて事かしら!」「おほほほほ、お仲間ねルイズ。」悔しそうに地団駄を踏むルイズを、心底楽しそうにキュルケが笑っています。「ん?ああタバサ、何なのですか?」「私も行く。」私の袖をくいくい引っ張る感触があったので、振り返るとタバサがいました。「良いのですか?」「ん。 皆がとても心配。」私も彼女に心配されている身なのですが…やはり貴方は根っからの苦労人なのですね、タバサ。貴方の苦労は将来きっと報われる日が来ますから、その日まで頑張って欲しいのです。「キュルケのばーか!ばーか!」「おほほほほほほほほ!」…来ますよね、きっと報われる日が…来ると良いですねえ、タバサ。「…という訳で姫様、今回の件確かにお承りいたしました。 件の手紙、何とか回収または破棄して見せましょう。」「アルビオンには明日の早朝出立致します。」何とか話も纏まったので、姫様に跪いて礼をしながら儀式みたいな連絡会議を始めました。才人だけきょろきょろしていましたが、私が《空気読め》と意思を込めて視線を送ると頷いて同じポーズを取ってくれました。流石元同胞、視線でわかってくれるとは流石なのです。「現在王党派はロンディニウムからニューカッスルに拠点を移して抗戦を続けているらしいです。 ウェールズ王太子も必ずそこにいる筈ですわ。」「了解しました、アルビオンには姉たちと旅行に行った事がありますので、地理に関しては何とかなると思います。」ルイズの台詞は暢気な感じも受けますが、この世界の戦争は地球と違って戦場以外は結構長閑ですから、旅行で行った時の経験でも意外と何とかなるとは思うのです。「この旅は危険に満ちていますわ。 貴族派のアルビオン貴族達は、貴方の目的を知れば必ずや妨害してくる筈。 わたくしもあなた達の旅の安全を始祖ブリミルにお祈りし続けますわ。 それと…。」姫様はルイズの机に座って、まっさらな羊皮紙にさらさらと何かを書き始めましたが、急に動きが止まりました。「始祖ブリミルよ、わたくしをお許しください。 わたくしはやはりこの気持ちを偽る事などできないのです。」姫様はそう言うと最後に何かを書き足し、それを畳んでから蝋を垂らして封印用の指輪を押し付けます。「これをウェールズ王太子に渡してください。 そうすれば件の手紙をすぐに返してくれる筈ですわ。」そう言って、手紙をルイズに渡しました。「かしこまりました姫様、このルイズ・フランソワーズ、必ずややり遂げて見せます。」「あとこれを…《水のルビー》です。 あなた達の身分を証明する助けに使ってください。 もしもどうしても路銀が足りないのであれば、売ってしまってもかまいません。」《水のルビー》は戴冠式にも使う国宝級の宝物なのです。こんなもの売り払えませんけど、身分証明にはこれ以上無い品なのは確かなのですね。「水のルビーの加護が、あなた達をアルビオンの猛き風から守ってくれる事を祈っています。 だから皆様、どうかご無事で。」そう言って、姫様は私達に深々と頭を下げたのでした。「ジゼル姉さま、ジゼル姉さま、起きて下さい。」「んあー?」まだ靄のかかる早朝、私はジゼル姉さまの部屋を強襲しました。鍵ですか?ジゼル姉さまはそんな細かいことはしないのです。「あれーケティじゃない?どーしたのお?」ジゼル姉さまは極端に寝起きが悪いので、朦朧としています。かなり卑怯くさいですが、この機を狙って許可をもらってしまいましょう。「ジゼル姉さま、私はこれから一週間ほど旅に出ます。」「そーなの、いってらっしゃぁい…ぐー。」許可はもらったのです、覚えているのかどうか不明ですが。エトワール姉さまの眠りを妨げるとありとあらゆる意味で怖いので、ジゼル姉さまに伝えたという事実があれば良いでしょう。「なあケティ、アルビオンってどんな国なんだ?」一旦広場に集合してから、シルフィードに乗ってラ・ロシェールまで行く事になったので、集合場所の広場に集まると暇つぶしなのか才人が話しかけてきました。「でかいラピュタなのです。」「ラピュタかぁ…って、空飛んでんのかよ?」非常にわかりやすい例えがあって良かったのです。まあもっとも、アルビオンは滅亡寸前なだけで、ラピュタのように滅んではいませんが。「ええ、アルビオンは空飛ぶ大きな島にある国なのです。」「わけわかんねえよ、どういう原理で浮いてんだよ。 これだからファンタジーは嫌いなんだ!」わけわからないですよね、私もいまだにわけわからないのですよ。「なあケティ、僕の使い魔も一緒に連れて行きたいのだが?」「ギーシュ様の使い魔を?」急に肩を叩かれ振り返ってみると、ギーシュにそんな事を言われました。ええと、ギーシュの使い待ってなんでしたか?「ああ、おいで!僕の愛しいヴェルダンデ!」「ぎゅぎゅ!」土がボコッと盛り上がり、その中から現れたのは全長2メイルほどの大きなモグラでした。「大きいモグラなのですね。」「そう、この子が僕の使い魔、ジャイアントモールのヴェルダンデさ。 ああ今日もかわいいよヴェルダンデ、どばどばミミズはいっぱい食べてきたかい?」「ぎゅ、ぎゅー!」ギーシュは幸せそうにヴェルダンデを抱擁しています。「確かに目がつぶらで可愛いのですね。 ヴェルダンデ、はじめまして。 ケティなのです。」「ぎゅー。」私の言葉がわかるのか、ヴェルダンデはぺこりと頭を下げました。「でもギーシュ様、アルビオンは空の上なのですよ?」「船に乗せるさ、土の中じゃないと不安がるとは思うけれども、僕がついているから大丈夫だよ。」まあ、それなら何とかなりますか。ジャイアントモールは土の中では馬よりも早く移動できますし、この大きさなら人が通れるだけの大きさの穴も掘れますから、何かの役に立つかもしれないのです。「ではヴェルダンデが私達を見失わないように何か印を…。」「ぎゅ!?」そういった途端、ヴェルダンデが鼻をヒクヒクさせ始めました。「おはよう、荷造りに時間かかっちゃった…って、何よこのでかいモグラは?」「ぎゅぎゅぎゅ♪」ヴェルダンデはルイズに近づいていくと、その鼻面を水のルビーに押し付けました。「わ、何すんのよこのデカモグラ! 姫様からお借りした水のルビーに鼻面擦り付けるんじゃな…わ、なんかぬめっとした、ぬめって!」「ヴェルダンデは宝石が大好きなんだ。 時々宝石の原石や鉱脈を掘り当ててきたりするんだよ。」ギーシュが誇らしげに胸を張る横で、ルイズはヴェルダンデに必死で抵抗しています。体格がぜんぜん違うので完全に押し負けているのです。「そんなことどうでも良いから、このデカモグラを早くどけなさい!」「これがいい目印になりそうなのですね。 ギーシュ様、もう良いですからヴェルダンデに離れるように言ってあげてください。」ジャイアントモールは数リーグ先の鉱脈もその鼻で嗅ぎ分けるといいますから、水のルビーの匂いを覚えたなら問題無いでしょう。「ああわかったよケティ。 ヴェルダンデ、レディに失礼なことはやめて、僕のところに戻ってきておくれ!」「ぎゅぎゅぎゅー♪」…戻って来ません。水のルビーに夢中になって、他の事を忘れているようなのです。「ヴェルダンデ、戻ってきておくれ、ヴェルダンデ!」「ぎゅぎゅー♪ ぎゅ!?ぎゅぎゅぎゅぎゅぎゅ!?」いきなり、突風が起きてヴェルダンデをルイズから引き剥がしました。「ヴェルダンデ!?」「ぎゅー…。」ヴェルダンデは伸びてしまいました。「ああっ、ヴェルダンデ!ヴェルダンデ!なんて酷い事に!?」「いや、気絶しただけだろ?」涙を流しながらヴェルダンデに抱きつくギーシュに、才人がすかさずツッコんでいます。「君を早く止められなかったから、僕のせいでこんな事に。 本当にごめんよヴェルダンデ、君がこんな酷い事になるとは思わなかったんだ!」「いや、だから気絶しただけだろ。 微かにぎゅーとか鳴いてるし。」なんか、ギーシュと話すとツッコミに回りっぱなしじゃありませんか、才人?「君の敵は断固とらなければならない、君の無念は僕が必ず果たす。 だから君は綺麗な場所から僕を見守っていてくれ…。」「生きてるだろ、使い魔を勝手に死んだ事にするなよ!? そっちの方がむしろ可哀相だろ?」何という漫才コンビ。これを素で出来るとはギーシュ、やりますね。「僕の愛しいヴェルダンデをこんな酷い目にあわせた君、絶対に許しはしない。 …決闘だ!」才人の台詞をさらりと聞き流してゆらりと立ち上がったギーシュは、一瞬グリフォンに乗ったヒゲ帽子の方を見ましたが、クルリと向きを変えて才人に杖を突き付けました。「聞き流すんじゃねえよ! しかも俺かよ!? 違うだろ、お前の敵はあっち、あっちのあの帽子被ったもっさい髭面だよ! アレだろ、間違えるなよ!」「帽子被ったもっさい髭面…アレ…。」グリフォンに乗ったヒゲ帽子が肩を落としていますが、そんなモブキャラはとりあえず放置なのです。「うるさい!あの恰好はどう見たって女王陛下の親衛隊だろう。 滅茶苦茶強いのだよ、親衛隊は! おっかな過ぎるだろう、決闘申し込んだら一瞬で『ずんばらりん』と真っ二つにされてしまうじゃないか、何を言っているのかね君は!?」「お前が何言ってんのか分かんねえよ、俺は。」涙目で心底情けない事を全力で力説しないで欲しいのです、ギーシュ…。「…ところでアレ、誰?」「さあ?そう言えば親衛隊がなぜここに?」ヒゲ帽子に指差す才人の問いに、ギーシュが首を傾げています。「取り敢えず言える事は、アレがモグラ嫌いだって事だな。 じゃないと罪も無いモグラを吹っ飛ばすとかあり得ん。」「いやまったく、モグラに嫌な思い出でもあるのかね?」ギーシュと才人は腕を組んでお互いに頷きあっています。何時の間にやら仲良しなのですね、貴方達…。「アレとか言うな、指差すな、そこの君っ! 申し遅れたが僕の名はジャン・ジャック・フランシス・ド・ワルド。 女王陛下直属の魔法親衛隊隊長だ。 あと僕はモグラ嫌いじゃない。 あれはだな…。」ワルドは優雅に礼をしましたが、目が少し潤んでいるのです。「ワルド様…?」ルイズが呆けた表情でワルドを見ています。「ああそうさルイズ、僕の可愛い婚約者!」「婚約っ!?」あ、才人が固まったのです。好きな女の子に婚約者がいたと知ったら固まりますよね。「どうしたんだいルイズ、僕の事を忘れたのかい?」「あ、いいえ…違うのワルド様。 あまりにも久しぶりで、びっくりしてしまったのですわ。」そういうルイズの頬はほんのり赤いのです。…よくわからないのですが、格好良いのでしょうかあの人は?私は髭生やした男は格好良いかそうでないかの前に、信用できないのですが。「キャッ、ワルド様何を!?」「はっはっはルイズ、君は相変わらず羽のように軽いんだね。」ワルドはルイズの脇をつかんで高い高いを始めました。扱いが子供ですね、ルイズ。「は、恥ずかしいですわ、ワルド様。」「何を恥ずかしがるというのだい、僕たちは婚約者だろう?」婚約者であるなしに関わらず、16歳にもなって高い高いされたら普通は恥ずかしいと思うのです。「な、まさか…ルイズの婚約者がモグラ嫌いだったとは、こいつはびっくり仰天だぜ。」「こんなに愛らしいヴェルダンデにあんな情け容赦無い攻撃を加える事が出来るのだから、彼はきっと昔モグラに何か酷い目にあわされたのだと思うのだよ、僕は。」そっちの理由で固まったのですかっ!?「しつこいな、まだそのネタを引っ張るのか君たちはっ!? 先ほど言いそびれたが、僕にはその巨大モグラがルイズを襲っているように見えたんだ。」どう悪く見ても、激しくじゃれているようにしか見えなかったのです。ルイズにいい所見せようとして張り切りすぎたのですね、わかります。「ごめーん、皆もう待っていたのね。」「…眠い。」キュルケとタバサがやってきました。タバサ、次の朝が早い時は読書は程々にしないと…。「おはようございます、キュルケ、タバサ。」「おはようケティ。 あら、昨日のいい男じゃない。 どうしてここに?」キュルケがまたワルドを見ていい男と言いました。…私の男に対する審美眼は、どうやら少しおかしいのかもしれません。「お初にお目にかかります、お嬢様がた。 僕は女王親衛隊のジャン・ジャック・フランシス・ド・ワルド。 今回は王女殿下の依頼で、君たちとともに行動する事になった。 よろしくお願いするよ。」私達の方を向いて、ワルドが軽く一礼しました。「お初にお目にかかりますワルド卿。 ケティ・ド・ラ・ロッタと申します。」「お目にかかれて光栄ですわ、ワルド様。 わたくし、キュルケ・アウグスタ・フレデリカ・フォン・アンハルツ・ツェルプストーと申しますの。」「タバサ。」礼をしながらワルドを観察してみます。ううむ…彫りが深くて精悍な顔立ちなのです。目は鋭いのですね。体は鍛えているのがよくわかります。結論としては、やはり好みではありません。髭は置いておいても、こういうギラギラしたのは苦手なのです。私は牧歌的で細かい事を気にしない、のんびりした人の方が好みなのですよ。「俺は平賀 才人。 よろしくな、モグラ嫌いなルイズの婚約者さん。」「僕はギーシュ・ド・グラモンと申します。 今後ともよろしくお見知り置きを、モグラが嫌いなワルド卿。」才人、ギーシュ、飽く迄もそのネタを引っ張り続けるつもりなのですね。「…もう、モグラ嫌いで良いよ。」ワルドががっくりと肩を落としました。なんとも…格好がつかない登場なのですね。「しかし大丈夫かね、アレ?」「すげえ必死の形相だな、あのグリフォン…。」現在私達はタバサ、キュルケ、才人、私、ギーシュの順でシルフィードの背に乗っています。ヴェルダンデは捕まった獲物の如く、シルフィードの足に捉まれて宙ぶらりんで運ばれています。最初は抵抗していましたが諦めたらしく、おとなしくなりました。そしてルイズとワルドなのですが…「風竜とグリフォンでは飛行速度が段違いなのですから、仕方が無いのですよ。」「いくらなんでも無茶に過ぎるわよねえ…。」必死の形相でシルフィードを追いかけるグリフォンとワルド、それをワルドの腕の中で引き攣りながらルイズが見ています。シルフィードとしてはかなりゆっくり飛んでいるのですが、グリフォンは既に口から泡を吹き始めているのです。あれはどう見ても愛を語れる雰囲気じゃあないのですよ、御愁傷様なのです。「ねえタバサ、あのグリフォンはラ・ロシェールまで持つと思う?」「もう少しで墜落する。」確かにあの調子ではグリフォンもアドレナリン全開で、力尽きるまで飛ぶ事になるでしょう。「一度休憩を入れましょう。 グリフォンに力尽きられても、もう一人くらいしかスペースが残っていないのです。 最悪、誰かをシルフィードが咥えて運ばなくてはいけなくなってしまうのですよ。」そう言いながら、才人を見ました。「確かに俺に回ってきそうな役割だ…。」才人が頭を抱えて天を仰ぎます。なんという苦悩のポーズ、いろんな意味で絵になりそうなのです、前衛的な何かに。「タバサ、一度降りて小休止しましょう。 その方が効率も上がるのですよ。」「わかった。」ちょうど着陸に適していそうな開けた場所があったので、そこにシルフィードは降り立ちました。「おっ、あっちも降りてくるみたいだな。」ルイズがワルドの腕の中にいるのに、余裕なのですね才人。「やきもちは焼かないのですか?」「う…いや、確かに最初はちょっぴり悔しかったけどさ、必死に飛んでいるのを見ているうちにだんだん哀れになって来た。」いやまあ、確かに遠目で見ていてもワルドもグリフォンも飛ぶのに必死で、ルイズをかまっている暇なんか皆無でしたけれども。「しかしなぁ…ルイズに婚約者か。」「ヴァリエール公爵家は王家の庶子が始まりで、継承位は低いながらも王位継承権を持つ由緒ある家柄なのです。 婚約者はむしろ居ない方がおかしいのですよ。」私の姉が結果としてルイズの姉から婚約者を取ってしまいましたが、そこは気にしない方向でお願いしたいのです。「ところで、ケティには婚約者とか居るのか?」「いいえ、居ないのですよ。 ラ・ロッタ家は私を含めて娘が12人もいましたから、一人一人に許婚は流石に無理なのです。」私も思春期に入るまではかなり男っぽかったのですよ、居たとしても許婚なんて御免だったのです。それがまさか、ここまで女の子化してしまうとは私自身思っても居なかったのですよ。「学院で良い人が見つかればそれはそれでよし。 そうでなくても別に貴族はトリステインだけにいるわけではありませんから、嫁ぎ先に特に困る事は無いのですよ。」「いやでもさ、嫌じゃないのか?好きでも無い見た事すらも無い人のところに嫁ぐって…。」まあ、現代の日本人なら誰もが抱く疑問なのですよね、この世界の結婚観は。「嫁いでから好きになれば良いのですよ。 実際、嫁いでいった姉さま方も幸せそうですし。 良いではありませんか、結婚から始まる恋があっても。」「う、うーん、そんなもんかな?」やはり才人にはピンと来ないようなのです。「恋愛結婚じゃなければ駄目だ、不幸になるなどというのは、ただの迷信なのです。 結婚も恋愛も、色んな形と選択肢があって然りなのだと思うのですよ。 もっとも、そんな事を言っている私自身が初恋もまだなのでは格好つかないのですけれどもね。 …あ、ルイズ達が降りて来たのです。」ルイズたちを乗せたグリフォンが、着地直後に膝を付いて横になってしまいました。「はは…は、流石に風竜は、は…早いね。 僕の風魔法も使って加速させたけど、全然追いつかなかったよ。 流石に疲れたから、少し休憩させてもらうよ。」そう言うと、ワルドは地面に横たわってそのまま寝てしまいました。少々格好悪いですが、寝るのが精神力回復の一番の近道なのですよ。「わ、ワルド様大丈夫ですか? ちょっとあんた達、早過ぎんのよ。 ワルド様倒れちゃったじゃない? …まあ、風竜がグリフォン並みの速さで飛んだら飛行がとても不安定になってしまうのはわかるけど。」ルイズも事情はわかっている為、極端に怒ってはいません。「まあまあルイズ、落ち着いてください。 そろそろお昼ですし、お弁当を作って来ましたから一緒に食べましょう。」とは言っても、いつぞやのサンドウィッチなわけですが。「珍しい料理ね…で、ナイフとフォークは?」「いらない、こうやって食べる。」キュルケの貴族発言に、前に食べた事のあるタバサが率先して行動…と言うか、例を見せるついでに食べ始める気なのですね?兎に角、タバサはサンドウィッチを手でつかんでかぶりつきました。「おお、これはいつぞやのサンドウィッチでは無いかね? 僕もいただくとしよう…しかし、量が凄く多いような気が。」ギーシュも以前食べた事があるので、そのまま手にとって食べ始めました。量はタバサがいるので足りるかどうかわからないのですよ。「サンドウィッチか、美味そうだな、どれどれ…お、おおおおおぉぉぉぉ?」サンドウィッチを口に運んだ才人が、びっくりしたような表情でこちらを見ています。「ま、マヨネーズじゃんこれ!」「美味しいですか?」サンドウィッチを食べながら、才人が涙を流し始めました。「すげえ懐かしい味だよ、これ。 まだ一ヶ月くらいしか経っていないのにすげえ懐かしい。 そうか、マヨネーズ作ったのか、ケティ。」「マヨネーズくらいしか作れなかったのですよ、私は。」才人は物凄い勢いでサンドウィッチを食べ始めました。「負けられない。」タバサ、これはフードファイトではないのですよ。だから、急に食べるスピードを上げないで欲しいのです。「う、美味しいわこれ。 特にこのソースが凄く美味しい…。」恐る恐るサンドウィッチを手にしてルイズも齧り付き始めています。「ZZZZZZZZzzzzzzz…。」「ワルド卿は…無理そうですね。」眠りを妨げるのも可哀想なので、放っておきましょう。起きてもたぶん昼ご飯は無いでしょうけれども。