「ケティ、何作ってんの?」10月30日。南瓜の臭いが充満している駐日トリステイン大使館のキッチンで、何やら黄色いものを一心不乱に捏ねているケティに、才人は声をかけた。「・・・よいしょ、よいしょ・・・・・・。」ケティはイヤホンを装着して何かを聞いていて、才人を認識していない。そして装着しているイヤホンから、メタル系と思しき激しい音楽が漏れ流れてくる。才人の質問など全く聞こえていないのも当然と言える。あと、リズミカルに黄色い物体を捏ねているせいなのか、体格に比して大きいと言って良い胸が微妙に揺れている。「ほほう・・・これは絶景かな。」鼻の下を伸ばしたまま1分ほどその光景を眺めた後、才人は正気に戻る。「はっ・・・違う違う、俺はこんな事をしに来たんじゃない。 おーいケティ、おーい!」「・・・よいしょ、よいしょ・・・・・・。」大きめの声で声をかけてみたが、矢張り反応しない。そして相変わらず、ケティのけしからん部位が美味しそうに揺れている。「このまま後ろから羽交い絞めにして、あの揺れるけしからん物体を揉みしだいてやろうか・・・?」それをやれば、流石のケティも気づくだろうが、才人は2度死ぬ事になるだろう。一度目は勿論ケティに、二度目はケティから話を聞いたルイズによって。意外と嫌がらないかもしれないが、可能性は飽く迄も可能性であり確定された未来ではない。そして才人の考える限り、ブチ殺される可能性のほうが圧倒的に高かった。ラブコメアドベンチャーゲームならばバッドエンド直行、面白酷い死を約束された選択肢である。「どう考えてもブチ殺されるから、やめておこう・・・。 さて、そうするとなると、どうすりゃ良いかな?」次善の策としては、イヤホンをケティの耳から引っこ抜くという手があるのに才人は気づいた。最初に思いつきそうなものだが、料理中の女性というのは一生懸命に料理を作っている為に普段よりも隙が多く、そこがまた魅力的に見えるものだから真っ先にエロい選択肢を思いついても仕方ない。更に胸が揺れているのだから、仕方無いったら仕方が無い・・・気がする。「おーい、ケティ。俺の声が聞こえていないようなら、イヤホン引っこ抜くぞ~?」「・・・よいしょ、よいしょ・・・・・・。」全く聞こえていないようなので、才人はイヤホンを引っこ抜いた。「ケティ!」「うひゃあああああああぁぁ!?」集中していて存在を全く知らなかった相手から急にイヤホンを奪われて声をかけられたケティは、普段の冷静な姿をかなぐり捨てて絶叫する。そのまま両手を万歳の状態にし、縦に2回転クルクルと回った後、左足に右足を引っ掛けて転倒した。「あ・・・あいたたたた・・・さ、才人・・・?」「あっはっはっはっはっは! ケティもなかなか可愛い悲鳴を上げるもんだ、新発見だな!」「ファイヤーアロー。」「ギャース!?」ケティのしていた指輪から炎の矢が現れて、才人に突き刺さった。炎に包まれて才人はのた打ち回り、終いにはぐったりして動かなくなる。「今度私に声をかける時には、もっと穏当にして下さいね?」「ふぁい・・・。」猛烈な勢いで再生しながら、才人は返事した。「コホン・・・それで、私に何の用ですか?」「いや、何作ってるのかなーって。 大使館中に南瓜の甘い匂いが充満してるぜ?」才人はケティが捏ねていた黄色い塊を指差す。「これですか?南瓜団子ですが。」「何それ?」「えっ?」「えっ?」ケティと才人の間に沈黙の時間が生まれた。「嫌ですね~。南瓜団子ですよ、南瓜団子。子供の頃おやつにして食べた事あるでしょう?」「無いし、初めて聞いたんだが・・・。」「えっ?」「えっ?」再びケティと才人の間に沈黙の時間が生まれた。そしてケティは震えながら手を挙げて才人に再度質問する。「ほ、本当に?」「うん、知らない。」才人はこっくりと頷いた。「なして知らないのさ、こんな美味いもんなのに・・・。」ケティの言葉は、何故か微妙に訛っていた。「北海道弁・・・?」「ま、知らないものは仕方がありませんね。 今作っているのは南瓜団子と言いまして。 南瓜を蒸かして砕き、片栗粉と砂糖を混ぜて団子状にしたものなのですよ。」才人の呟きには答えず、ケティは作っていたものを説明し始める。「そして捏ねる時にリズムがあった方が楽なので、マリリン・マンソンの《Antichrist Superstar》を聞きながら捏ねていました。 このアルバムには《This Is Halloween》という曲がありまして・・・。」「激しいの聞いてんなー・・・で、北海道弁は?」「ナンノコトヤラ?」才人の追求にケティは笑顔でとぼける。「才人、この世には知らなくても良い事がある・・・違いますか?」「アッハイ。」ケティの笑顔に気圧されて、才人はコクコクと頷いた。「で・・・南瓜団子はわかったんだけどさ、なんで南瓜団子を作ってんだ?」「明日はハロウィンで、うちでも一応細やかながらハロウィンを祝おうという話になったのですが・・・。」そう言って、ケティはオレンジ色の南瓜を刳り抜いて作られるジャック・オー・ランタンの陶器製の置物を見る。「南瓜のランタンを飾るケルト民族のお盆に当たる行事が元になったお祭りという事しか知らないのですよね。 しかもこのお祭りが盛んなアメリカでは、ただの仮装してパーティーやる催しになってしまっているようなのです。」「もぐもぐ・・・。」「きゅいきゅい・・・。」説明しているケティの背後では、何時の間にかやって来ていたタバサとシルフィードが、蒸かした南瓜を頬張っている。「この野菜、ただ蒸かしただけなのに無茶苦茶甘いのね・・・きゅい。」「ん、衝撃を禁じ得ない・・・これはハルケギニアで流行る。」一人と一匹は、その甘い野菜に驚愕しつつ、ガツガツ食い漁っていた。ハルケギニアに於いては、果物以外の甘い物というのは滅多に庶民の口には入らない。庶民どころか貴族でも、そんなに食べられるものではない。しかも今、一人と一匹が食べている野菜は、ちょっとしたお菓子よりも甘いのである。「フフフ、それは南瓜という野菜でして。 来年の春にトリステインに持ち込む予定の野菜なのです。 甘い美味い育てやすい栄養満点と、イイトコ尽くしの野菜ですよ。 あと、南瓜団子の材料が無くなるので、そのくらいでやめて下さい。」「ん・・・しかもお腹に溜まる。 これは庶民にも貴族にも受ける。 シャルに伝えておくから、ガリアにも種を。」口の周りをオレンジ色にしたタバサが、コクリと頷いて食べるのをやめた。シルフィードもそれに続いてやめる。ちなみに地球に於けるシルフィードの姿は人間形態が主となっている。そうでないと喋れないからだ。「分かりました、グラン・トロワにも種と栽培法を送りましょう。 ・・・ま、非常に育てやすい野菜なので、そんなに苦労はしないと思いますけれども。」「ん、感謝する。 じゃ、また。」裏のガリア大使と化しているタバサは、ケティに感謝の言葉を送った。そしてテクテクと歩いて、シルフィードとともに台所から去っていった・・・ちゃっかり南瓜を一欠片持って。「・・・で、話は戻りますけれども、私はパンプキンパイというものが作れません。 いやまあ、作ろうと思えば作れるのでしょうが、ぶっちゃけ面倒臭いので知ってる料理で代用しようかなと思いまして。」「それが南瓜団子か。」「ええ、才人が知らないというのを、此処で知れて良かったです。」ケティは安心したように溜め息を吐いた。「明日はそれを、さも知っているというノリで食べて下さいね。」「あー、はいはいわかりましたよ。懐かしいなーこれー。」才人は棒読み調でうんうんと頷く、勿論セリフには全く感情が篭っていない。そもそも才人は嘘を吐くのが物凄く苦手なタイプの人間であり・・・このままだと色々と不都合が起きそうな感じだった。「・・・本当は一日冷蔵庫で寝かせたほうが良いのですが、ちょっと今何個か焼きますから食べてください。」「え?食わせてくれんの?」ケティは冷蔵庫からラップに覆われた黄色いスプレー缶くらいの太さの棒状の物体を取り出し、ラップを外して平べったい形に切り分けて、フライパンで焼き始める。「ほー、これが南瓜団子?」「ええ、日本人なら誰でも子供の頃に食べた事がある・・・と、私の記憶ではそうなっていたのですが、勘違いだったようですね。 時々誤謬が混ざっているのですよ、恐らく前世の私の勘違いの類だとは思うのですが。」フライパンで焼かれる南瓜団子から香ばしくて甘い香りが立ち上り、才人の鼻と胃袋を刺激する。「これは確かに美味そうな香りがする。」「でしょう?もう少しで焼き上がるので、待っていて下さいね。」2人がそうやって焼き上がるのを待っていると、キッチンのドアがバタンと開いて、ピンク色のモサッとした毛虫のような物体が現れた。「美味しそうな、美味しそうな匂いがするわ・・・。」「あ、やべ・・・そうだったっけか。」ピンク色の塊はフラフラとケティに近づいてくる。そしてとうとう力尽きたようにケティに抱きついた。「ケティおやつ・・・おやつを頂戴・・・何か急にエネルギーが切れちゃって・・・体が重いの。 サイトにケティの執務机から何かお菓子をかっぱらって来いって頼んだのに、あいつ何時まで経っても帰って来ないし・・・。」「何で私の机からお菓子をかっぱらおうとしているのですか、ルイズ?」自分の背中に力尽きたように抱きつくルイズに、ケティは呆れたような声色で話しかける。「だって、この前サイトと一緒に食べた《よいとまけ》とかいう、ジャム塗りたくった上に更に砂糖をかけてある、あのロールケーキの妙な甘さが忘れられなくて・・・。」「一切れ食べただけで虫歯になりそうなお菓子ですし、疲れている時には効きそうですよね、アレ。 この前買ってきた分は、私が食べる前に何処かに消えちゃいましたけど。」ケティの執務机の横には冷蔵庫があり、中には麦茶とかユン○ルとかブラックコーヒーの1リットルボトルとかが詰まっているが、時々ケーキとかお菓子も入っている。そして時々入っているお菓子は、これまた時々持ち主が食べる前に消えていた。その前後にはピンクのもっさりした生き物が目撃されたり、蒼銀色の小さい生き物が目撃されたりしているという情報アリ。「見た事がないお菓子だったけど、アレはいったい何処の店で買ったんだ?」「ああ、あれは北海道物産展で・・・。」「また北海道物産展かよ! 北海道物産展好き過ぎだろケティ!?」そんなやりとりをしているうちに、南瓜団子が焼き上がる。「はい、才人もルイズも座って下さい。今、取り分けますから。」ケティが用意した2つの皿には、茶色く焦げ目のついた黄色い南瓜団子が同じ数だけ並べられた。「おおお、美味そう。」「わ、わたしは今、生まれてからこれまで数度しか味わった事の無いレベルの飢餓感に襲われているわ。」「はい、では召し上がれ。」ケティがそう言うと・・・。「いただきます!」「始祖ブリミルよ、この糧に感謝致します!」2人は焼きあがった南瓜団子を頬張り始めた。「うーん南瓜の風味と甘さがたまんね~。」「このお菓子も甘い!こっちの食べ物は美味し過ぎるわ。 こっちの世界の人間は、もっと節制の気持ちを身につけるべきよ・・・もぐもぐ。」南瓜団子の香ばしさと甘さを、才人とルイズは存分に味わっている。「ルイズルイズ、こんなのはどうでしょう?」ケティはルイズの南瓜団子に、蜂蜜をたら~っとかける。「美味しい!南瓜と蜂蜜の味が美味しい!」「そうでしょう、そうでしょう。 何せ産地が特別ですからね。」ケティは美味しそうに南瓜団子を頬張るルイズを見て、ニコニコと微笑んでいる。「あ~・・・ケティ、この蜂蜜はひょっとして、北海道物産展で?」「いいえ、違いますよ。」才人が恐る恐る尋ねるが、ケティはその問に対して首を横に振った。「嫌ですね才人、私が何でもかんでも北海道物産展で調達するわけがないでしょう。」「だ、だよなー。特別とか言うから、ちょっと疑っちゃったぜ。」ケティの答えに、才人はホッと胸を撫で下ろす。「それはネット通販で、北海道は十勝の上士幌町にある養蜂場から取り寄せたクローバーの蜂蜜なのです。」「結局北海道かよっ!」駐日トリステイン大使館のキッチンに、才人のツッコミが響き渡るのだった。「南瓜団子美味しい!」そしてルイズは幸せそうだった。翌日、10月31日ハロウィン当日。『ハッピーハロウィーン!』駐日トリステイン大使館では、ちょっとした仮装パーティーが開かれていた。まあ仮装パーティーと言っても大使館があるのは秋葉原なので、衣装の調達先がコスプレショップになった結果、カオスな事になっているが。何せ、ファンタジーな世界からやって来た住人が、ファンタジーな世界の服装をしているのである。服装のノリが一周してしまっていた・・・とは言えである。「フッフッフッフッフ、この鎧は良いね、実に良い! 銀色でピカピカしていて、まさに僕にぴったり!」ピカピカ光る白銀の鎧に身を包んだギーシュがご満悦である。彼の一族は兎に角派手なのが大好きという、成金趣味とかそういうものを超越した派手好き一族なので、この白銀の鎧を見るなり飛びついたのだ。「あっはっはっはっは!僕ぁ明日からこの格好で生きたいな! いつぞやのように傭兵団とか作って!」「やめなさい!」そんなギーシュの頭をスパーンとひっぱたいたのは、宇宙服と言うかロボットを操縦しそうな服を着込んだモンモランシー。元々はグラマラスなキャラのコスプレらしく、胸の部分が少々だぶついてはいるものの、それ以外は持ち前の身長とスタイルでカバーしている。「おー、盛り上がってんなぁ。」そんな騒動をのんびり見ているのは、旧日本陸軍っぽい制服に身を包んだ才人。体が無駄なく鍛えられているので、妙に軍服が似合っている。「盛り上がってるわねぇ・・・。」えらくでかい全身鎧が力無くそれに同意する。ちなみに中の人はルイズで、喋るたびに声が内部で反響しているので籠もった感じになっていた。「わたし、何でこんな格好にしたのかしら・・・暑い・・・周りが見難い・・・。」ルイズはぐったりしている。「ミス・ヴァリエール、大丈夫ですか?」そんなルイズに心配そうに声をかけるのは、黄色の縁のメガネを掛け緑色のジャージの上を着て下は制服のスカートというえらく活動的な格好のシエスタである。「大丈夫よシエスタ・・・選んだのだもの、根性で乗り切るわ。」「もう駄目だと思ったら声をかけて下さいね、人を呼んで何とかしますので。」「わかったわ、そうする。」どうやって操っているのか知らないが、ルイズの入った全身鎧はコクリと頷くのだった。「きゅい・・・お姉さま、大丈夫?」「ん・・・。」白いシスターのような格好をしたシルフィードが、古代中国の官服のような服に身を包んだタバサを気遣っている。タバサの格好が、あからさまに暑そうだからだ。「暑い・・・。」この面々の服装は、いずれもケティがおだてて宥めすかして着せた服だったりする。ケティ的には色々と思惑があったようだが、2名ほど迷惑を被っている感じがする。そして一方ケティはと言うと・・・。「ぬぅ・・・私は何を着れば良いのやら?」仮装に着る服を決めかね、更衣室で唸っていた。「元々モブですからね、私は・・・。」色々と着てみるが、どうにも主役級キャラの服がしっくり来ないのだ。「ケティ、ケティどうしたの?」そんなケティの所に、Yシャツミニスカートの姿の上に青いマントを身に纏ったアンリエッタが現れた。「服が・・・似合う服がないのです。」「似合う似合わないで言ったら、ルイズとかどうするのよ? 鎧よ、しかも自分よりも遥かに大きな全身鎧。」「いやまあ、それを言われるとそうなのですが。」ハ○太にしてあげれば良かったかなぁとか思いつつ、ケティは頷く。「大使である貴方が居ないと、パーティーを始められないでしょ。 何でも良いからさっさと着なさい、これは命令よ!」「わ、分かりました・・・。」ちなみにケティはというと、その後も迷いに迷った挙句、髪型をあんましいじらなくても良いという事で白いセーラー服姿に5連装の魚雷発射管を満載した姿になったという・・・。「す、スー○ー北上様だよ~。」とか、言わされたとか、言わされなかったとか・・・。