故郷は、遠くにありて思うもの我が故郷ラ・ロッタは今頃、農作業の真っ最中でしょう故郷は、遠くにありて思うもの勘違いしている人が多いですが、当家領に君臨するジャイアント・ホーネットはスズメバチなので蜂蜜は取れません故郷は、遠くにありて思うものそうそう話は変わりますが、才人は故郷が恋しくなる時は無いのでしょうか?姫様の言葉を聞いて絶句したルイズの姉二人に代わり、ヴァリエール公は戸惑いの色を視線に混ぜつつ、姫様に向かって口を開きました。「カリーヌ・・・妻からも聞きましたが、俄かには信じられない話です。 拳で魔法を砕くなど、前代未聞の話であります故に・・・。」ヴァリエール公の言葉に、私と姫様が思わず視線を合わせます。『・・・・・・・・・・・・(デスヨネー)』たぶん私達の心の声はハモっている筈なのです。ヴァリエール公の気持ちはよ~っく分かります、わかりますとも!ディスペルと身体強化の二つの効果によって、ルイズは大抵の魔法を拳で破壊出来てしまいます。おまけに物理攻撃も殆ど通りません。何なのですか、この可愛いチート生命体は。可愛いから良いですけど、良いですけど!これだからファンタジーは嫌なのです。「そこはそれ、論より証拠と申しますか・・・ルイズ~。 はい、ファイヤーボール。」「わーい、パンチ!」私の放ったファイヤーボールを、ルイズはものの見事に砕いてしまいました。うーむ、何度見てもデタラメなのです。魔法も地球人の視点で見れば、十分デタラメではあるのですが。「・・・というわけでして。」「私の知ってる虚無と違う・・・。」エレオノールが呆然とした表情で呟いています。わかりますわかります。私もそんな感じになったものです。「始祖ブリミルの時代から数えて早6000年。その間に変化している伝承もあるでしょう。 それよりも問題は・・・。」ここで私は言葉を切って、姫様に繋げます。何せここからは、私よりも姫様が話すべき領域ですから。「虚無の血統がルイズにあるという事がわかった以上は、ルイズが王位継承権第1位という事になります。」ルイズに問答無用で王様譲りますとは、姫様も流石に言いません。より優位な血統が王座をひっくり返した前例ができてしまったら、後々の世に禍根を残しますしね。そもそもが彼女は、鉄の悪魔を叩いて砕く!キャシャーンがやらねば誰かやる・・・ではなく、鉄の扉を殴って砕ける破壊力の持ち主なので、無理やりやらせたらどっかのサントハイムのお姫様みたいに壁砕いて脱走しかねませんからね。王様が逃げたら一大事ですし、何より壁の修繕代も馬鹿になりません。「この件に関しては、ルイズにも事前に告げてあります。 ま、私としてはルイズに王位を譲って、隠居というのもアリなのだけれどもね。」姫様はそう言って、茶目っ気たっぷりな笑顔になりルイズを見ます。「ぜええええぇぇぇぇぇぇぇったいに!お断りですわ!」冗談じゃないといった表情で、ルイズは全力で首を横に振り始めました。髪の毛がわさわさと浮き上がって、まるでピンク色の綿菓子みたいなのです。「成程、虚無の系統に目覚めたルイズには、王権の継承者たる資格があるのは間違いないですな。 《王家とは始祖の血が一番濃い血統であるべき》というのは、道理であります。 しかしその上で、陛下にひとつお聞きしたい。 我が娘の力を、虚無の力を陛下の意思にて《利用》されるおつもりか?」「私の意思にて《利用》とは、いかなる意味でかしら?」姫様の目が細くなり、それでも相変わらず口に浮かぶのは微笑み。怖いです、物凄く怖い笑い方してますよ姫様。え?私も似たようなもの?いやいや、今の姫様の微笑みのようなものに比べれば・・・。「例えば私がルイズを、ルイズの虚無の力をまるで矢弾の如く使い潰す意思があるのかと・・・そういう意味かしら?」「はい。まこと恐れ多い事でありますが、私はそれを危惧しております。 娘がまるで道具の如く擦り潰されるなどという事態は、一人の親として看過できませぬ。」ヴァリエール公はこの迫力の姫様に少しも動じること無く、それどころか平然と質問しています。流石は歴戦の勇士にして国内最大の貴族と言いますか。流石なのです。「御返答の如何によっては、王家に杖を向ける覚悟に御座います。」「ホホホホホ、ヴァリエール公も矢張り人の親であったと言うべきかしら? 親の情愛はまこと深きものね。そしてまこと罪深きものだわ。」姫様はどう見ても目が全然笑っていませんが、口だけで器用に笑っています。うーん、これはかなりキレていますね、姫様。「はわわわわわ。」怖いですね、恐ろしいですね、ルイズのお姉さん2人が抱き合って涙目になっていますね。「あわわわわわわ。」「姫様こえぇ、アルビオン軍よりもよっぽどこえぇ。」ルイズと才人もですが。「フフ・・・ヴァリエール公、《私は一体誰なのかしら?》 卿が私に対してどういう認識を持っているのか、それが知りたいわ?」「・・・トリステインの女王、アンリエッタ・ド・トリスティン陛下に御座います。」姫様の怒気に押され始めたのか、ヴァリエール公は少し言い淀んでからそう答えました。「よろしい・・・それならば、です。 《王》という立場は、私が私の信条や思いや友情に関係なく、それが必要とあらば外道の選択を強いられる立場である事も承知している筈ですわよね? 貴族の中の貴族であり、私と同じように必要であるなら外道の選択を強いられる大貴族の卿ならば。 卿がピエール・ロラン・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール公爵ならば!」「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。」姫様の怒気に、ヴァリエール公は瞑目して黙ります。ラ・ヴァリエールくらい大きい領地を持つ貴族ともなれば、世間的に汚いと言われることの1つや2つは避けられない選択と化しますからね。《貴族は汚い》とか《貴族は腐っている》だの言われますし、まあ実際に駄目な方向に堕ちてしまう人が居るのも確かなのですが、社会に汚い事や腐っている事が少なからずある以上は、支配者層として否が応でも関わらばならない時もあるのです。そして、汚い事や腐っている事を世間的に正しいと言われる手段のみを用いてきちんと是正できるかというと、残念ながらそんな事はまるで無いわけでして。「ヴァリエール公爵。貴方の娘を時と場合によらず矢弾のように使い潰すような事は決して無いという保証を、私は女王として致しかねますわ。 同時にこう宣言も致しましょう。私は私自身ですらも、時と場合によっては我が国の為に使い潰す所存であると! そしてルイズは虚無の力を持つ私の最強の駒であり、同時に掛け替えの無い私の代えであり、そして何より竹馬の友であり無二の親友であると!」つまり姫様が何を言いたいかを訳しますと『最後にして最強の手段であるルイズを使い潰すような展開になる前に、まず自分を使い潰してから玉座ごと押し付けるので安心してね。だってルイズは幼馴染で親友だし~』という事なのです。ちなみに口調がバカっポイのは私の訳のせいであって、姫様は非常に貴族らしい演技ったらしく修飾に満ちた口調でヴァリエール公に話しかけているので、そこはお忘れなく。貴族らしく修飾しているだけで、中身は結局アレなのですが・・・身も蓋も無い言葉が修飾の結果として、ある人には感動の名言に聞こえる事もあるわけでして。「ひ、姫様、わたしの事をそんなに思っていて下さるだなんて・・・グスッ・・・エグ・・・ズル・・・ゴシゴシ。」「ぎゃあああああ!俺の一張羅で鼻拭くんじゃねえ!? ほらここにハンカチあるから・・・はいチーンしろ、チーン。」「うん、有難うサイト・・・チーン。」虚無の守護者というより保護者と化してますね、才人。なんかルイズは感動して泣いていますが、コレ姫様が死ぬような事になったらルイズが次の女王として死ぬまで馬車馬のように働けっていう宣言でもありますからね?折角の感動に水を指すのもアレだし、何よりソレ聞いたら即座にルイズが窓を突き破ってダッシュで逃げ出しそうなので、言いませんけれども。ちなみに私はそんな事態になったら《こんな所に居られるか、オレは逃げるぞ!》とか言いながら逃げます。ええ、わかってますよ。お約束通り逃げられませんし、死にますよね。「勿論、卿が貴族であると同時に一人の親でもあるという事も理解できます。 我が母も、国王としては全く全然からっきし駄目、色気意外に特に取り柄無いからゲルマニアの色惚け皇帝の元に政略結婚で嫁いで貰おうかなー・・・とか、時々思ってしまう程の駄目母です。 それでも母親として己の知見内で、いつも精一杯私を気遣ってはくれています。 ですから親というのは立場も理性も飛び越えて、子供の事を心配してしまうものだと、私も理解しております。 もう一度言いますが、ルイズは私にとってとても大切な人間です。 政治的に、そして何より友として。 だからこそ私は、美辞麗句で誤魔化さずにルイズの立場と私の覚悟を卿に話したのですわ、ヴァリエール公。」ルイズと才人のコントに姫様はクスリと笑って怒気を収め、静かにヴァリエール公を見ます。やりますね、まるっきり天然で場の雰囲気を変える為のきっかけになってくれました。あと、姫様からのマリアンヌ様への評価が、色気と親としてのもの意外全部落第点扱いですね。「陛下、陛下はとてつもなく困難な綱渡りをされようとしていらっしゃる。 個人に於ける政治と友情の両立は、それはそれは苦労しますぞ。 私とて、魔法衛士隊の頃からつるんできた仲間であり親友でもある者たちと、何度か対立し疎遠になりかけた事すらありまする。」「もっともですわ。永遠不変の友情などありませんし、ましてや王侯貴族ともなれば政治的・経済的利害が友情への大いなる試練となる事も多いでしょう。 しかし卿らはそれを乗り越えたし、過去に飛ばされたケティとつるんで女である事を完全に隠し通していたカリーヌ殿とも結ばれましたわ。 私もきっと乗り越えます、皆で協力しながら。 ですからヴァリエール公には、何か困難があった際に先達として助言をお願いするかもしれません。」娘がただ利用されて使い潰されるというのは、流石に貴族としても親としても看過出来ない事でしょう。ですが姫様は、そういう事は姫様が女王であるうちは決して無いという事を、話の流れの上でヴァリエール公に保証した形になります。それはそれとして・・・カリンの性別隠しに私が協力してるって、いったい未来の私は何やらかしているのでしょうね。自分が制御不能な動きをしているというのが、とても怖いのですが・・・いくら聞いても絶対に教えてくれないのですよね。カリンに言われた未来の私からの伝言としては《何時までも、あると思うな親とカンペ》だそうで・・・。「あと私は私に諫言して下さる方を、枢機卿やルイズやケティ以外にも募集しております。 私が道を誤りそうだと思った時には、今回のように遠慮無く言ってくださいな、お待ちしておりますわ。」「はっ、かしこまりました。」ヴァリエール公は姫様の言葉に深々と礼をしたのでした。「・・・さてルイズ、ヴァリエール公の許可も出た事だし、これを公式行事では着用するように。」姫様はそう言うと、鞄の中から何やら折り畳まれた布を取り出しました。「はい、ルイズ。」「え、ええと、はい・・・どれどれ・・・。」ルイズがその布を展開して確認を始めると、それはマントでした。とても良い布で出来ているのが人目でわかる黒のマントで、紫の裏地には白百合の刺繍。白百合、つまり王家の紋章が入ったマントなのです。ちなみにこれは、王位継承権を持ち尚且つ王族である人間しか着用を許されていません。「おおおお、王家のマントぉ!?」「そうよ。ヴァリエール公にも無事に伝える事が出来たし、そろそろ貴方が虚無の系統であり次の王である事をやんわりとこっそり公表します。」ムンクの《絶叫》みたいな表情を浮かべて、ルイズは悲鳴みたいな声を上げましたが、姫様は気にせず言葉を続けます。「これからはこの国を背負って立つ人間として、私の公務を手伝って貰うから★」「ひいいいいいいいいっ!?」今度こそルイズは、絶望の悲鳴を上げます。本来であれば大臣が分担して片付けるべき仕事を、現在姫様は自分でやっていますからね。国のコントロール権限を王に取り戻す為に一時的にやっている措置ではありますけれども、物凄い仕事量になります。前に手伝わされた時には、書類に埋もれて死ぬかと思いました・・・。「いやー、大変そうですねー、頑張って下さいねー・・・じゃ、部外者の私はこれで~・・・。」「まてぃ小狸。」私はルイズの光る手にがっちりと肩を掴まれてしまいました。ルイズは私より軽い筈なのに、私がもがいても全くピクリとも揺らぎません。自分がこれからとんでもない目に遭う予感・・・なんといいますか、屈強な汚いオッサンに捕まったような心境なのです。「もしも私が国王になるなんて事態になった時は、ケティが宰相だからね?」「ひいいいいいいいいっ!?」なんという死刑宣告、ルイズは私に死ねとおっしゃいますか。「ルイズが国王にならなくても、どっちみち枢機卿の次の次くらいには間違いなくケティに宰相やってもらうから。」「ひいいいいいいいいっ!?」姫様からの死刑宣告!?「ああ、マリーなら安心だな。 陛下と私の娘をよろしく頼むよ。」「そうね、魔法衛士隊の時もマリーに任せておけば、事務系や関係各所とのアレコレは大体解決していたものね。」何か未来の私的にもお墨付きがついたー!?「まあそのなんだ・・・頑張れ。」「はぅ・・・。」哀れみの表情を浮かべつつ、才人が私の肩をポンと叩いたのでした。少々時が過ぎ、ヴァリエール公爵邸にある練習場に私は居ります。何をやっているかと申しますと。「ぐっ・・・こ・・・こ奴不死身か・・・ッ!?」肩で息をしているヴァリエール公と。「え、えーと、何かすんません。俺って極めて不死身に近い体なもんで・・・。」服こそ破れていますが、無傷でケロリと突っ立っている才人と。「おーい、オレを抜いてるって事は、ピンクの娘っ子の親父さんを斬って良いって事だよな。 さあ斬らせろ、ほら斬らせろ、パパっと斬らせろ!」黙れ妖刀という、そんな展開なのです。え?わかりにくいですか?ええと、何が起こったかと言いますとですね・・・。何でも前回才人がヴァリエール邸に来た時に、ルイズをボートの中で押し倒してキスしながら胸触っているのをヴァリエール公に見つかったのだとか。『ウチの跡取り娘に何しとんじゃワレェ!?ボケコラ死ねやあぁ!!』と、激怒したヴァリエール公に追い掛け回された挙句、這う這うの体で脱出したらしいのですが・・・そりゃ怒りますよね。跡取り娘とか関係無く、年頃とは言えまだ子供だと思っていた娘が男に押し倒されているのを見た父親の反応など、どのような身分でも大して変わりは無いでしょう。まあつまりアレです《ぶち殺す》と。「ぜえ・・・ぜえ・・・さ、流石は4万殺しのヒリガールと言うべきかね?」ヴァリエール公としては才人をブチ転がしたかったようなのですが・・・ほら、才人は不死身に極めて近い体ですし。しかもルイズの折檻のせいか、それがどんどんスピードアップしていますし。ヴァリエール公の魔法で才人は宙を舞い、叩きつけられ、切り刻まれましたが無傷なのです。一瞬傷はつくのですが、数秒後には元に戻っているのですよね、これが。才人に怪我をさせるには、回復を上回る速度で傷をつけなければいけません。で、それが出来るのは数の暴力と言う名のマンパワーか、ルイズなのです。「・・・改めて考えると、数の暴力と言う名のマンパワーと同等のダメージを与えられるって、凄まじいですね。」思わずボソッと呟いてしまいましたよ。いやホント、どういう事なのですか・・・。ちなみにルイズは今、姫様やカトレアと一緒にお茶会中なのです。一番上の姉のエレオノールはと言いますと、モンモランシーの薬学知識に興味を示し、一緒にああでもないこうでもないと議論しています。・・・で、彼女をエレオノールに取られたギーシュと、元々彼女なんかいないマリコルヌは晩餐までの暇つぶしにと近くの池に釣りに。ジゼル姉さまはラ・ヴァリエールには大型鳥類が多いと聞いて《ひと狩り行って来るわ!》とか言いながら、モシン・ナガン担ぎ《鳥食べ放題》の言葉でシルフィードを説得して乗って出かけてしまいました。勿論タバサも納得済みというか、タバサも《鳥食べ放題》の言葉に釣られてしまったので一緒なのです。晩餐には何かでっかい鳥の料理が出て、風韻竜とその主人がひたすら食べ続ける光景を目にする事になるでしょう。「色々と雰囲気が盛り上がってしまった結果とはいえ、あのような所でルイズを押し倒したのは間違いでした。 申し訳ないっす。」「そういう問題ではないっ! あのような所だろうが、このような所だろうが、ダメなものはダメだ!」頭を下げる才人に、ヴァリエール公はビシっと一喝。はい、そういう問題ではありませんね、間違いなく。ああそうそう、ちなみに私がここに居る理由ですが・・・何か面白そうなイベントに出くわしたので、のんびり見物してるだけなのです。え?何か企んでるだろって?企んでいませんよ。そもそも私は虚無の曜日はずーっと寝ているのが習慣だったのに、暫く休む暇もありませんでしたしね。ホントにのんびりゆったり、見物しています。「あの娘はうちの跡取り娘なのだ! きちんとした家柄の者か、さもなくば誰もが認めるような功績を成し遂げた大人物でなければ嫁にはやれん! あと、婚前交渉禁止!」「うぐ・・・。」才人はヴァリエール公の剣幕に押されて黙り込みます。でも《誰もが認めるような功績を成し遂げた大人物》と言うなら、既に才人はクリアしちゃってますね。つまりヴァリエール公は才人をルイズの相手として認めていますし、それ故の《婚前交渉禁止》という・・・面白いから、教えてあげませんけれども。意地悪ですか?ええ、私は意地悪なのですよ。「さてヴァリエール公爵閣下。才人も反省しているようですし、そのくらいにしてあげてくださいな。」「ぬう・・・これ以上やっても無駄だろうし、仕方があるまい。」ヴァリエール公は不承不承といった感じで頷き、言葉を続けます。「しかしマリー、君に笑顔で《ヴァリエール公爵閣下》とか畏まった調子で呼ばれると、何度か君に脅された時の記憶が蘇って怖いのだが・・・。」う、う~む、何で未来の私はラ・ヴァリエールの公爵を脅したりしたのでしょう?しかも何度もとか・・・考えると考えただけ頭の中がややこしくなります。「公爵閣下、貴方もですか・・・して、私は貴方の事を何と呼べば? ピエールとかロランと呼ぶのは勘弁して下さいね、愛人と勘違いされかねないので。」「まさか若い頃の渾名で呼ばれるわけにも行かないからな・・・取り敢えずはヴァリエール公で構わんよ。 公爵閣下とか呼ばないでくれ、魂が縮み上がる・・・怖いから。」敬称つけたら、何でそんな猛烈に怖がられるのですか。ヴァリエール公に何やらかしたのですか、私は。「承知いたしました。今後はそう呼ばせていただきます。 しかし才人も才人です。 ルイズへの普段の扱いはまるっきり女の子というより被保護者の子供みたいな扱いなのに、何でいきなり手を出しているのですか? 何で被保護者に急に欲情しちゃったのですか?子供に欲情する危ないロリコンなのですか貴方は?」「ロリコンって、ルイズは俺よりいっこ下なだけだっつうの!?」才人は慌てたような表情を浮かべて反論してきます。「そりゃま、俺は最近ルイズの普段の扱いに慣れてきてるさ。 あいつ基本的に根っこの部分で人に傅かれる生活が身に染み付いてるから、俺が隣でサポートする事で本来の力を発揮出来るんだよ。 流石に恥ずかしいから、着替えとかは自分でやって貰うけどさ。 最近はルイズも俺に頼りきってくれて、なんか嬉しいし。」恐らくはルイズも、才人に頼るのが楽しくてしょうがない状態でしょうね。《コントラクト・サーヴァント》の魔法の補助もあり、どんどんお互いがお互いを信頼し、そして依存しあう関係が進展しているということなのです。そしてやがて、離れたくても絶対に離れられない。離れると心が壊れるほどの関係まで昇華するのでしょう。実際、通常の使い魔と主の関係でも、仲が良いと使い魔を失った主人が心のバランスを崩してしまう事は時々ありますしね。私とスブティルはまだそういう関係には程遠いですし、正直ちょっと羨ましいかなと、そう思います。「まあそんな俺だけど、こう見えてルイズの事はきちんと女の子として好きだぜ?」「そ・・・そうですか。」才人の言葉が心にグサっと刺さるのを感じつつ、表情を変えずに静かに頷きます。「殴って良いですか?」「何で!?」表情を変えずにいたのに、心の声がつい外に。ええいこの野暮天の唐変木といいますか、いやまあ気づいて貰っても困るのですが。「恋人の居ない私へのあてつけですか~? ナチュラルにいちゃつきやがりますね~。 憎いね、このこの~・・・ブチ殺しますよ?」「え?いや、聞かれたから答えたのに、何この理不尽な反応!?」それはそうとして・・・私の心の声とは裏腹に、私の上っ面だけがどんどん滑ってエスカレートしていくのですが、どうしましょうか。魔法なんか唱えちゃってますし。ああ、これは・・・。「問答無用、ファイヤーボール。」「うわぁっ!?何か見覚えのある白いファイヤーボールがっ!?」私の放ったファイヤーボールを才人は慌てて避けます。先程まで才人が居た場所にファイヤーボールが着弾すると同時に、練習場の床が瞬時に気化して爆発しました。帰化した床が室温で冷却され、白い灰となって降りかかります。前にも何度か使った事ありますが、このファイヤーボールは威力はありますけど真っ直ぐしか飛ばない上にスピードも大した事がありません。今、才人はデルフリンガーを抜いているので、ガンダールヴ発動中。「のわああああぁぁぁっ! ケティ、ちょ、待て!そんな本気過ぎる一撃を喰らったら、流石に復活出来るかどうか保証し難いぞ!?」「ドーモ、サイト=サン。火メイジです。 リア充死すべし、慈悲は無い。」才人の顔色が、さーっと青くなっていきます。私の表情がハイな状態になっている事に気づいたようです。あと隣を見ると、ヴァリエール公まで青くなっています。・・・これは、ヴァリエール公の行き場の無い怒気を逸らすのにも使えそうですね。宜しい、それではちょっと調子に乗ってやり過ぎましょう。「うはははははははは!ファイヤーボール!」「アイエエエエエ!ファイヤーボールナンデ!? 待てケティ!このままだとこの練習場自体がぶっ壊れ・・・アバーッ!」次々と溶けながら抉れる練習室の床、壁、天井。灰塗れになりながら逃げ惑う才人。「で、デル公、アレ吸収出来るか!?」「吸収出来るとは思うが、その前に熱で融けちまう気がする!すんげーそんな気がする! だから、俺様でアレを吸収しようとか考えるのは絶対にやめて、俺様まだ死にたくない!」混沌の空間が広がります・・・後、室温がどんどん上昇して、暑いのです。そろそろ、ヴァリエール公が何か動いてくれないとサウナになってしまいそうですが・・・はて。「うは、うははははははは!」「ま、マリー、か、彼は口が滑っただけさ。 どうどう、落ち着け、落ち着き給え!」私はヴァリエール公に、とうとう後ろから羽交い絞めにされてしまいます。同時に制御を失ったファイヤーボールが、壁にぶつかって壁を蒸発させました。「うはははは・・・な、何をしますかヴェリエール公!?」「実は冷静な癖に、ふざけながら暴走するのをやめんか! 君がカリーヌと組んで、彼女を煽りつつ色々とやっていた頃を思い出して、私の胃が、胃が・・・っ!」何だかよくわかりませんが、ヴァリエール公は胃薬枠キャラだったのですね。まあそれはそうとして、良いきっかけをどうもありがとうございますと、心の中で謝辞を述べておきましょう。「仕方がありませんね・・・。」私はそう一言言うと、杖を仕舞いました。動揺を誤魔化す為の暴走でしたし、その動揺も収まりましたしね。ヴァリエール公には心理的にも施設的にも大いに負担をかけてしまいましたし、後で金銭的に弁償するとしましょう・・・。「私としては、娘を傷物にされかかった相手だし、溜飲は下がった形だが・・・彼は大丈夫かね?」「うが、うがががががが・・・。」ヴァリエール公が顔を向けた先には、直撃こそしなかったものの灰塗れになった才人が力尽きて伸びています。「すいません才人、生きていますかー?」「おう・・・まあ、ルイズに殴られるよりは楽だったぜ・・・ガク。」才人はそう言うと、完全に力尽きたのか眠ってしまいました。「ううむ・・・しかし、これは見事な灰被り(サンドリヨン)。」才人は灰で完全に真っ白家に染まっています。燃え尽きちまったぜ・・・真っ白によ・・・って感じなのです。「うん、呼んだかいマリー?」「へ?」呼んでも居ないのに返事をしてきたヴァリエール公に、私は首を傾げます。「いいえ、呼んでいませんが?」「え?あ、ああ・・・そうか、今のは偶然か。」私の言葉に、ヴァリエール公は何だか懐かしそうな、残念そうな視線を私に送ってきたのでした。はて、一体何だったのやら?「しかし、これは流石に人を呼んで修繕しないといかんな・・・ヒリガル卿の事は、マリーにお任せしても良いかね?」「あ、はい。すいませんヴァリエール卿、調子に乗って練習場を破壊してしまいまして・・・。」「いや、ハハハ。この程度ならカリーヌがしょっちゅう壊しているから大丈夫だよ。 私の娘たちも・・・そしてド・ワルドの倅も、カリーヌに折檻された時に、よくこの中で木の葉のように舞っていたものだ。」ヴァリエール公は懐かしそうに目を細めますが、それは果たして懐かしそうにして良いものなのでしょうか?それはそれでいかがなものかと思うわけですが、流石はヴァリエール家といいますか。根っからの金持ち貴族家は、このくらい何の痛痒も感じないのでしょうか・・・。「では、お願いするよ。」「はい、お任せ下さい。」ヴァリエール公が去った後、練習場には私と灰塗れで気絶している才人のみが残りました。「ううむ、ヴァリエール公の怒気を逃がす為でもあったとはいえ、やり過ぎましたか・・・?」私はレビテーションで才人を浮かせながら、少々自己嫌悪に陥っています。ヴァリエール公は私が実は冷静で、実際はふざけているだけだと思っているようでしたが、私だって年頃の娘なわけで・・・それはもう、動揺の一つや2つするわけでありまして。ヴァリエール公の知る将来の私は内心の動揺をも抑えられるようになるのかもしれませんが、今取り繕う事が出来るのは外面だけなのです。「さて、取り敢えず外に出ましたが・・・。」そろそろ夕方が近くなってきては居ますが、太陽はまだ大地を暖かく照らしています。わかりやすく言うとポカポカなのです。「取り敢えず気が付くまでは、見張っていてあげましょうかね?」とはいえ、このままではあまりにも汚い。灰で真っ白ですからね・・・いやまあ、汚いも何も私のせいなのですが。「そうとなれば、善は急げです・・・そぉい!」取り敢えず、私は才人をレビテーションで天高く放り投げました。「ウインド・ハンマー!」風の槌・・・ただし、柔らかくアレンジしたもので才人を思い切り下から吹き上げ、一気に体表面や服についた灰を払い落とします。バフンという音がして落下する才人の体はもう一度盛り上がり、大量の灰が風とともに上空に舞い散ります。そして才人は一回転してひっくり返りました。「もういっちょウインド・ハンマー!」こうしてめでたく反対側からも灰が概ね取り払われ、才人は宙を舞っています。「レビテーション。」そして最後にレビテーションでふんわりと受け止め・・・処置終了。ゆっくりと降下してきた才人は、真っ白な状態から多少煤けた程度になっていました。・・・とはいえ、これからちょっとした晩餐ですし、その前に目を覚ましてお風呂にでも入って貰わないといけませんね。「よいしょ・・・早く目を覚まして下さいね?」綺麗に整備された芝の上に座り、私は才人の頭を太腿の上に乗せます。そのまま頭を太腿に乗せると髪が刺さってくすぐったいのと何より太腿じかは恥ずかしいので、スカート越しです。人の頭って結構重いので痺れてしまう可能性はありますが、枕無しで眠るのは辛いですしね。「ねーんねーんころーりーよー、おこーろーりよー♪」膝車ついでに子守唄なんか歌ってみたりして。子供を寝かしつける時のように、頭を軽くポンポンとリズミカルに撫でてみたりします。「ぼーうやーはー、よいーこーだー、ねんーねーしーなー♪ ・・・うーん、矢張りざっと灰を払っただけでは完全には取れませんね。」才人の頭に手を乗せると、若干ながら灰が巻き上がります。ああ、スカートが白く・・・仕方がありませんね、出血大サービス。服に灰がつかないように、スカートをよけて才人の頭を直接太腿の上に載せます。「や、やっぱりチクチクと・・・えい。」才人の体をレビテーションで少し持ち上げて此処向きで寝る形に変え、太腿に頬を乗せました。「くすぐったくない・・・これで・・・良くないけど、まあ、よし。」おおう、才人の頬のぷにゅっとした感触と温もりが、私の太腿に直接ダイレクトで・・・。な、何か凄くエロ恥ずかしい事をしているような気がしますが、スルーです、スルー。落ち着け~、落ち着くのです。KOOLになれ私。「ふ、ふひひ・・・。」とはいえ、無防備な相手に変な事をしているような、この背徳的な感じはちょっとだけ楽しいといいますか。変態の気持ちがちょっとわかってしまうような、しまわないような?ちょっとだけですよ、飽く迄もちょっとだけ、ちょっとだけ楽しいというだけの・・・。「何やってるの、マリー?」「あひゃあああああああああああぁぁぁっ!?」何者かが背後に接近している事にすら気づかなかった私は、突如かけられた声に思わず絶叫します。口から飛び出そうになった心臓を押さえつつ、恐る恐る振り向くと・・・。「貴方がそんな大声で驚くって珍し・・・ほほう。」カリンが動揺を隠しきれない私と、眠っている才人を見ながらニヤニヤしています。うーむ、何というか《良いモノ見つけちゃった》的な表情なのです。「確か貴方は鉄の規律がモットーなマンティコア隊の元隊長ではありませんでしたか、カリン? 規律と厳しさを型に入れて焼き固めたと言われた、あの・・・。」「プライベートでもそんな生き方してたら、幾らなんでも息が詰まって早死にしちゃうわよ。 仕事とプライベートはきっちりと分けて、人生に緩急をつけるべしってね。 大体、貴方は・・・まあ、未来の貴方とは言え、わたしのよく知る友人だしね。」そう言いながらカリンは、目を楽しそうに細めて私を見ます。「しかしまさか、うちの娘と男を取り合う関係だったとは思わなかったわ。」「え?ええええ?い、いや、違いますよ? 何を言っているのですか、チガイマスヨ?」うがー、私完全にカリンに弄ばれています。同様に完全に付け込まれちゃっていますが、しかしこの種の動揺は収める術が、術がありません。「しかも、好きな男が寝こけているのを良い事に、太腿で頬の感触を楽しむとは・・・なかなかの変態ね。」「がーん!?」変態認定されてしまいました。「いいいいい、いや違います。これはスカートに灰が付くので、やむなく拭けば何とかなる肌でという対策でして。」「ふひひとか笑ってたじゃない?」聞かれてたー!?「い、いやだって、それは思った以上にくすぐったい感触だったので、思わず笑い声が!」「・・・マリー、やっぱり元々こっち方面は初心な性格だったのね。」納得いったように、カリンはうんうんと頷いています。完全に掌の上で転がされてますね、私。そりゃ三人も娘産んだ女性と、彼氏無し=年齢の私では踏んだ場数が違いますし、仕方が無いのかもしれませんが。ええい、未来に行ったらまだ初心なカリンを散々おちょくり倒してやるから覚悟していなさい、ギギギ・・・。「何時もの貴方なら、策謀巡らせて奪ってしまいそうなものだけれども・・・。」「何故かよく言われますが、男女関係に策謀を巡らせるとか、そんな事出来ませんよ。」男女間の心の機微という不安定なものに策を巡らせるとか、出来る人には感心してしまいますよ。ハニートラップとかも、たぶん駄目です。私が逆に引っかかります。「初心ねぇ・・・。」「まだ16ですから、そりゃ初心ですよ・・・。」恋愛関係の策謀とかなら、間違いなくキュルケの方が得意です。「う・・・んん・・・。」才人の瞼がぴくぴく動いています。私たちの会話で脳味噌が覚醒に入ってしまったでしょうか?「お、うちの婿殿候補が目を覚ましそうね? それじゃマリー、後はよろしく。」カリンは手をヒラヒラさせながら立ち去ってしまいました。「んあ・・・むにゃ。 なんか柔らかいな・・・。」「おはようございます、才人。 ひゃ・・・あんまり、動かないで・・・。」恥ずかしさを押し殺しつつ、平静を装って才人に声をかけます。ううむ、才人の顔が動いて、太腿に才人の頬がむにむにと・・・自分でやる分にはうへへで済みますが、自分の意思が絡まないと何か変な感じが・・・。「んぅ・・・何かすべすべして、温かくてやわっこい・・・。」「ひゃああ!ちょ、才人、手で触らないでください!?」太腿を手でさわさわと擦られて、変な声が出ます。寝惚けている上にこの状態にしたのは私なので、怒るに怒れません。「ほへ・・・ん?おわぁっ!? ごっ、ごめんケティ!?」状況に気づいた才人が、慌てて飛び起きそのまま流れるように綺麗な土下座の体勢に。「ご、ごめん寝惚けていた! 命だけは、命だけはお助け下され!」貴方は于禁将軍ですか、才人。今の姿を絵に描いて、後で見せますよ?「いいえ、別に怒っていませんが。」「へ?あれ?良いの?」才人がポカーンとしていますが、いつものラッキースケベじゃありませんしね。半分以上、私の自業自得ですし。「コホン・・・寝惚けていたから、しょうがありませんよ。 それよりも、目は覚めたようですね。」「え?お、おう。」首を傾げながら才人が立ち上がります。アレですか、そんなに折檻されないのが不思議ですか。「では才人、服を用意して貰うので、お風呂に入ってきてください。 日が暮れれば晩餐ですが、灰で汚れた状態で出るのは失礼に当たりますし。」「ん?うお、何だ真っ白! そういやとんでもない魔法だったな、あれ。 酷い目に遭ったぞ。」才人はそう言って、私をジト目で睨みます。「ほほほほほ・・・。」私はとりあえず、笑ってごまかす事にしたのでした。「まったく・・・そういやさ、夢を見たんだ。」「夢ですか?」「うん・・・地球に居た頃の夢。 子供の頃、母さんに子守唄を歌ってもらった時の事を思い出したんだ。 ほら、《ねんねんころりよおころりよ》ってやつ。」ああ、先程さわりの部分だけ歌った子守歌ですか。うっすらと意識が残っていたのでしょうか?「何でだろうな、聞いた途端に一気にさ・・・あっちに居た頃の色んな事がフラッシュバックしてさ。 すごく懐かしい夢だった・・・うぐっ・・・グス・・・あ、あれ、何で涙が・・・。」恐らくは、コントラクト・サーヴァントの使い魔の帰巣本能とかを抑える部分が、才人の望郷の念を抑えていたのでしょうね。記憶というのはその人の人格の基礎ですから、完全に思い出せなくする事も忘れさせる事もNG・・・ただ、思い出し難くする事しか出来ないのです。そして思い出すきっかけがあれば、一気に思い出してしまうというわけなのでしょう。「望郷の念が湧けば寂しくなるのは、誰だって当然だと思いますよ。 才人はまだ17歳ですし、両親を恋しがるのも当然でしょう・・・ふむ。 まだ時間はありますし、ちょっと頭の灰を払ってそこに座りなさい。」「グス・・・何するんだ・・・?」才人は涙ぐみつつも、素直に頭の灰を払いながら座ります。私も才人の隣に座り、そのまま才人の頭をグイッと倒して再び膝枕の状態にしました。「・・・何で膝枕?」「まあ・・・まだ1時間くらいは大丈夫でしょう。」才人の頭をぽふぽふと撫でますが、今払ったので灰が粗方無くなったのか、もう飛びません。これなら大丈夫ですね。「いやなに、才人の母親代わりでもしようかなー・・・と、思いまして。」「え?だって、ケティ俺より一応年下じゃん・・・。」「日本語の子守歌なんて、こっちでは滅多に聞く事も出来ないでしょう? ま、良いですから。ジャイアンリサイタルかなんかだと諦めて、目を閉じてのんびり聞いてください。」「ジャイアンリサイタルって、おい・・・。」「つべこべ言わずに、黙って聞きやがれという事なのですよ。」もう一年以上、才人は日本を離れています。使い魔になったせいではありますが、日本よりも圧倒的に不便な世界でよく頑張っているものですよ。「ねーんねーんころーりーよー、おこーろーりよー♪ ぼーうやーはー、よいーこーだー、ねんーねーしーなー♪」「ちょ・・・恥ずかしいって・・・。」才人は体を動かしますが、強い抵抗はありません。矢張り故郷の歌を聴くと、望郷の念が増すものなのでしょうか?「ぼーうやーの、おもーりーはー、どこへいーいったー♪ あのーやーまー、こーえてー、さとへいーいったー♪」「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。」諦めたのか、才人は体の力を抜いて私の子守歌を聞き始めました。「グス・・・母さん・・・。」「さーとのー、みやーげーにー、なにーもーろーたー♪ でーんでんーだいーこーにー、しょーのふーえー♪」才人は泣いています。久々に戻ってきた望郷の念に押し流されるかのように。私に出来るのは、精々このように子守歌などを聞かせてあげる事くらいなのです。才人の望郷の念が募った時にはまた歌ってあげよう・・・そう思いながら、私は子守歌や童謡を歌い続けるのでした。