魔法学院、男爵以上の貴族の子弟が入学を許されている教育機関教育機関ですが、貴族の子弟が社会に出る前のモラトリアム期間であるという捉え方が一般だったりします魔法学院、男爵以上の貴族の子弟が入学を許されている教育機関トリステインに1校、ガリアに7校、ゲルマニアに5校存在します魔法学院、男爵以上の貴族の子弟が入学を許されている教育機関ちなみに成績優秀な者には、アカデミーへの推薦枠が存在します。軍人や官僚以外での貴族としての栄達の道は、ここになります。「ふはははははははは!別に星の屑作戦成就の為ではありませんが、私は帰って来たーっ!」「しゃぎゃ!」 トリステイン魔法学院のヴェストリの広場に着陸したスブティルの背の上から降り立った私は、取り敢えずそう叫んでみました。 いやまあ、定期的に学院には帰っていたのですけれどもね。 何せスブティルのお蔭で、移動には数十分しかかかりませんし。 持つべきモノは高速飛翔できる使い魔なのです。シルフィードよりは遅いですが、それでも時速300km近く出ますからね。 ちなみにワイバーンは食物連鎖では風竜の下位に存在するらしく、シルフィードが時折『大空の覇者たる風韻竜にワイバーンを献上しやがれなのね、腹黒娘』とか要求してきますが、勿論あげませんよ。 スブティルは私の可愛い使い魔ですしね。 シルフィードが言うには美味らしいですが、何せゴキブリが好物とか言い出す生き物の味覚なので、信用できません。「あら、お帰りなさいミス・ロッタ。 陛下のお手伝い、色々と大変みたいね。」「あ、ただ今戻りました、ミセス・シュヴルーズ。 国家に忠義を尽くすのは貴族の基本ですから、陛下に求められれば応えるのは当然の義務というものなのです。」 たまたまヴェストリの広場を通りかかったシュヴルーズ先生に挨拶します。 誰も居ない広場で何やっているのでしょうね、私は・・・。 今は夕暮れ、逢魔が時。別にビアガーデンがあるわけでもなし、夕方のヴェストリの広場は基本的にがらんどうなのです。 だからこそ、着陸するのに最適だったわけなのですが。「良い心がけですが、あまり無理し過ぎてはいけませんよ? 貴方はまだ学生。本分は学業なのですからね。」「は~い、心得ておきま~す。」 先生の立場としては、そう言うのは当然ですよね。 この地味で私的にちょっと親近感を感じる《赤土》シュヴルーズ先生ですが、実は土のスクウェアだったりします。 特技はマジックアイテムの作成で、例えば学院内の食堂にさも普通の人形みたいに飾ってあるのに、夜中に急に立ち上がって激しく踊り出すホラーな魔法人形(アルヴィー)は彼女が作った物なのです。 他にも高速走行出来るようになるけど曲がれない魔法の靴とか、埃を探して自動的に掃ってくれるけど埃だらけの屋根裏に行ったっきり帰って来ない魔法のハタキとか、切れ味は凄まじいがそこらへん飛んでる羽虫でも何でも良いから何か斬り殺さないと鞘に仕舞えない面倒臭い魔剣とか・・・。 ああ、いえいえ、まともなマジックアイテムも作っているらしいですよ?そういうのは政府が買い取るので、学院では見た事がありませんけれども。 試しに王城でシュヴルーズ先生の成功したマジックアイテムを見せて貰った事があります。 《13歳以下の子供を呼び寄せ魅了する笛》という、絶対にロリコンに渡してはいけないマジックアイテムでした。 何でもシュヴルーズ先生が自分の子供を呼ぶ為に作ったものの、吹くと無差別に13歳以下の子供を呼び寄せてしまったのだとか・・・あれ?まともだったのでしょうか?「そういえばシュヴルーズ先生は、今何かマジックアイテムを作成していますか?」「私ね、最近胴回りが気になってきたから痩せようと思って、履くとダンスを始める靴を作ったのだけれどもね、ハァ・・・。」 私の質問に、シュヴルーズ先生はそう言って溜息を吐きました。「うっかり動作を止める為の呪文を入れ忘れていて、旦那が帰ってくるまでの半日間踊り続けたのよ。 脱げば止まるのだけれども、強制的に体が踊り出すから脱げないのよね。 ゆったりと踊るようにしておいたから良かったけど、激しく踊るようにしたら死んでいたわねぇ。」「死んでいたわねぇ・・・って、そんなのんびりと言って良いものなのでしょうか? まあ何にせよ、無事で何よりでした。」「ありがとう。それでは御機嫌よう。」 ちなみにシュヴルーズ先生はゴーレム作成には全く自信が無いらしく、作ったのを見た事がありません。 やろうと思えばフーケのゴーレムとがっぷり4つで取っ組み合いが出来るのを作れると思うのですが・・・魔法で造形する才能が無いらしく、一目見れば異世界の邪神だろうが一瞬で気が触れそうな形状をしたゴーレムのようなものが出来るのだとか。 見た事のある人の目撃談によると、どう見ても歩くわけの無い物体が名状し難き奇怪な音を発しつつ痙攣しながら物凄いスピードで移動していたそうです。 分かり辛いですか?私も何言っているのだかさっぱりなのですが、わかった事にしてください。 アレですアレ、俗に《画伯》と呼び称されるとってもユニークな絵を描く人達の魔法造形版だと思って貰うとわかりやすいのです。 何でこの学院の教師陣は《基礎能力は高いのに運用が残念な人》ばっかりなんでしょうね。 風で真っ向防御しようとするギトー先生とは、また別次元の偏った才能の運用法と言いますか。 あるいは《メイジとしての能力は高いが、色々と残念な人》が、変な事をしないように隔離しているのか・・・。「はい、御機嫌よう・・・。 さてと取り敢えずタバサを探しに・・・あり、タバサ?」「おかえり。」 今回のロマリア行きはタバサの身元保証に関する事プラスαですし、大まかな事の成り行きをタバサに報告しようと思っていたのですが、タバサから見つけてくれたなら話が早いですね。「ああタバサ、丁度良かった。貴方にはな・・・。」「その話は後で聞く。 それよりも、キュルケがルイズとモンモランシーで遊んでいる。」 私の言葉を遮ってタバサがそう言ったのでした。 普段のタバサはキュルケがルイズやモンモランシーをおちょくっていようが気に留めません。 そんな彼女が敢えて《キュルケがルイズとモンモランシーで遊んでいる》と言ったという事は、結構な非常事態である事を指します。「えーと・・・何がありましたか?」「ルイズとモンモランシーにお色気路線を勧めている。 すっけすけ。」 私はその言葉に、思わずよろめいてしまいました。 美人顔で胸以外はスタイルの良いモンモランシーは兎に角として・・・何処からどう見ても《可愛らしい》という言葉の似合う童顔なルイズにお色気路線を勧めても、ズッコケた方向に行く予感しかしません。 あの娘は自分のキャラと違う属性を手に入れようとすると、途端に物凄く残念な感じになりますし。「すっけすけ・・・。」「ん。傍目から見ている分には滑稽。」 タバサの顔は一見無表情に見えますが、口の端がちょっと引き攣っています。 タバサ的には多分大爆笑の域なのです。 それと何か辛辣な感じに聞こえますが、端的に言うときつく聞こえるのは仕方がありません。「でもおそらく、キュルケの次の獲物は私とケティ。」「それは危険ですね・・・。」「ん。」 例えルイズとモンモランシーが面白おかしい事になっても、更にタバサが犠牲になっても、キュルケの事だから外部にその面白おかしい様がバレる事は絶対にありませんし、それであれば正直な話ど~でも良いのです。 流石に私もそこまで彼女らを完璧に守る義理はありませんし・・・ですが、私が対象となるとなれば話は別。 彼女らの評判に実害が無い事と、私自身の精神に実害が及ぶか否かはまた別の話ですからね。 私は私の心の平穏無事が、一番大切なのです。「阻止しましょう、断固。」「ん!」 ・・・と、こんな感じで私達2人はキュルケの部屋に入ったわけですが。「うふ~ん。」「・・・・・・・・・・・・。」「・・・・・・・・・・・・。」 う・・・うーん、これは・・・。 ドアの向こうに居たのは、物凄く似合わないセクシーポーズを決めているルイズでした。 似合いません。全く、全然、似合いません。どのくらい似合わないかと言いますと、《こんな哀れな生き物は初めて見た》っていう感想なのです。「・・・タバサ、見なかった事にして帰りましょうか?」「・・・ん。」 私達はくるりと背を向けて帰る事にしました。 というかですね・・・こんな所に居られるか、私は帰る!「ぐぉら待てぃ!」「ひぃ!?」 ダッシュで部屋から脱出しようとした私の肩が、物凄い力で引き止められました。 ちなみに引き止められなかったタバサは、しゅたたっと逃げて行きます。「タバサ!待って!助けて!?」 私の助けを求める声に、タバサは立ち止まりこちらを振り返ります。「ドンマイ大丈夫。死なないから、頑張って。」そしてサムズアップすると、ドアを開けて部屋を出て行ってしまいました。「薄情者おおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉっ!?」 生き延びる才能、それもまた王者の才能。 王は任期を全うするまでは死んでも殺されても捕まってもいけません。 そしてタバサは生き残る才能に関してはピカイチなのです・・・って、そんな事を思っている場合ではありません。「何で逃げるのよう?」 スッケスケの下着を身に着け、妙にしなっとした仕草でルイズが不服そうに尋ねてきます。 だ・・・駄目です、平常心を、平常心を保つのです私。 でないと笑い過ぎで腹筋が破壊される事になりますよ。「ふむ・・・人は何故逃げるのか? 勿論それは、目の前の怪異を回避する為なのですよ。」「言うに事欠いて、わたしをいきなり怪異扱い?」 無駄にキュルケっぽい化粧をし、無駄にキュルケっぽい衣装を身に纏って、無駄にキュルケっぽい仕草をしている残念な生き物を怪異と呼ばずして何と言うのでしょう? たぶん人類はそれを他に端的な言葉として記す術を持っていません。「笑い転げて腹筋が破壊され動かなくなっている有様のキュルケとモンモランシーが貴方の背後に見えますが・・・ああしたのは貴方でしょうルイズ? 怪異ではありませんか。モンモランシーは兎に角、感情制御の上手なキュルケを姿のみで戦闘不能に追いやったのですから。」「失敬よね!わたしはキュルケに習った通りに化粧して衣装を着て色っぽい仕草をしただけなのに、頑張って練習して見せたらあの通りよ。」 ルイズは気だるげにふぁさぁっと髪をかき上げて、溜息を吐いて見せます。 しかし本当に徹底的に似合いませんね、ルイズに色っぽい仕草。 矢張り彼女は、自然体にしているのが一番可愛いのです。「残念なお知らせをしますがルイズ、貴方はキュルケでは無いので、キュルケっぽい仕草が全然似合いません。」「がーん。」 ルイズがショックを受けたように固まります。「もう一つ残念なお知らせをしますがルイズ、貴方はキュルケでは無いので、キュルケっぽいお色気たっぷり系下着も全然似合いません。」「がーん、がーん。」 ルイズが固まったまま、白くなりました。「最後に残念な結論を申し上げますとルイズ、貴方はキュルケとは正反対の属性の持ち主なので、キュルケっぽい事をすると魅力が相殺しあってゼロになります。 つまり今の貴方は魅力ゼロのルイズ。むしろ珍奇さが上回ってマイナスになり、お笑い界の新星として爆誕しそうな勢いなのです。」「がーん、がーん、がーん、魅力ゼロどころかマイナスで、お笑い界の新星・・・。」 白くなったルイズが、サラサラと風化していきます。 いやまあ、これは単なる比喩表現で、実際のルイズはショックで力尽きて床に倒れ伏したのですが。「モ、モンモランシーは結構似合ってたのに・・・どぼじて、どぼじてなの。」 床に倒れ伏したまま、ルイズはしくしくと泣きはじめました。 頑張った結果がこれでは、泣きたくもなりますよね。 全く報われない努力くらい、虚しいものもありませんし。「え~とですね。モンモランシーの容姿はどちらかと言うと美人の類に入るので、お色気路線もイケるのです。 未来は兎に角として今のルイズはお色気路線があまり似合わない、可愛い路線特化型の容姿なのですよ。 例えば貴方とは正反対のお色気路線特化型であるキュルケが、ピンクのフリフリがいっぱい着いた露出の少ない服を着て《きゃは☆》とかやっているのを想像してみてください。」「う~ん・・・想像しただけで、絶望的に似合っていないわね。 無理し過ぎね、目に毒だから死んだ方が良いわ。」私も想像してみましたが、絶望的に似合っていないのには同意なのです。「わ・・・私を勝手に想像に出して遊ばないでよ。」「実際にルイズにこんな扮装させて、散々遊んだ人が言っても説得力が無いのです。」「ですよね~・・・ガク。」キュルケが最後の力を振り絞って抗議してきましたが、力尽きたようなのです。「というわけで、モンモランシー?」「何よ?」 私の呼びかけに応えて、モンモランシーがむくりと起き上がりました。 モンモランシーは何だかんだで水メイジですからね、多少のダメージなら体内の水の精霊の働きで放って置くと再生します。 水のスクウェアでも更に神業の域ともなると、ダメージ再生どころか欠損した四肢の代わりに亜人の腕をちょん切って加工してくっつけられるのだとか。 しかも多少のリハビリは要りますが、きちんと動くそうです。 それどころか以前、ミノタウロスの体に自分の脳を移植するという信じられない事をやってのけたメイジと会った事があります。 残念ながらミノタウロスの脳をきちんと除去せずに自分の脳を移植した為に、人格が半ばミノタウロスに乗っ取られていましたけれども。 まあそんなこんなで戦いには向かないと言われる系統ですが、戦い以外の面で色々とチートくさい系統でもあるのですよね、水系統。「後始末、お願いしますね。」「何で私が?」「ああそうそう、うちの商会で水の秘薬の取扱い数を増やす予定があるのですが・・・。」「お任せ下され!そして是非御贔屓に!」 そんなエグい系統の水メイジとは思えない守銭奴っぷりで、テキパキと後片付けを始めるモンモランシー。 持つべき者は友なのです。「さて・・・と。」 取り敢えずルイズを元の制服姿に戻し、私の部屋まで連れてきたわけですが。「タバサー?」 取り敢えず呼んでみます。「ん。」 そうすると何処からともなく声が。 流石は元・北花壇騎士と言いますか、神出鬼没なのです。「やはりいましたか・・・って、才人?」「おう。」 たぶんドアの方だろうと思って振り向いたら、そこに立っていたのは才人。 むう、才人の気配もわかりませんでした。「ええと、タバサは・・・?」「上だ。」才人が指差し示した先を辿って見てみると、そこには・・・。「にんにん。」「・・・何をやっているのですか、タバサ?」 逆様になって、天井に立っているかの如くぶら下がっているタバサが居ました。 逆様になりながらも、マントやスカートは一切ひっくり返ってはいません。 風系統の魔法で何かやっているようですが、どうやっているのやら?「文字の授業の見返りにサイトに教えて貰った、ニンジャ。 私がやっていた仕事に何となく似ている。にんにん。」「あー、成程成程。忍者ですか。」 確かに北花壇騎士団は、忍者っぽい組織ではありますよね。 しかし《にんにん》って、忍者ハットリ君ですか貴方は・・・というか、才人の忍者に関する知識って物凄く適当?「・・・ところでその恰好、辛くありませんか?」「頭に血が上る・・・。」 母親をジョゼフ王の手の届かない所に移動させたお蔭か、最近ちょっぴり御茶目なタバサです。 時間はかかるけど安全なルートで、デコ姫の所に近況報告書を送ってあげるとしましょうか。きっと彼女も喜ぶでしょう。「それで・・・。」 タバサは天井からシュタッと飛び降りてきました。 流石はタバサというか、物凄く運動神経が良いです。 私なら頭から落ちるのみなのですよ。「私に関する話?」「はい。この国に関わる話なので、私の部屋が良いかなと。」 私はそう言いながら、姫様から借りているとある魔法具を取り出します。「何それ?」 ようやく正気に戻ったらしいルイズが、訝しげに訊ねてきました。「盗聴防止です。」 私はルイズの問いにそう答えながら、装置に魔力を通します。 同時に、今まで外から聞こえていた音が一切遮断されたのでした。「外の音が、聞こえない?」「ええ、部屋の内側に薄い真空の膜を作り出して音を遮断する魔法具なのですよ。 家具などが壁に触れている部分から音は伝わりますけど、それ以外の場所からは伝わらないので、可能な限り静かになります。」 実はこれ、本来はお湯を保温するための魔法具だったりします。 わかりやすく言うと、魔法版魔法瓶です・・・え?わかりにくい?「はい、ケティ質問!」「何でしょうかルイズ?」 ルイズが元気に挙手して質問してきたので、思わず許可してしまいました。「何で真空の膜で音が遮断されるのか、さっぱりだわ!」「ザックリ言うと、音というのは空気の振動だからです。 故に空気の無い空間である真空を作れば、音を遮断出来るのですよ。」 私の説明に、才人以外の全員が首を傾げます。 ま、全員と言ってもルイズとタバサですが。「はい。」「何でしょうかタバサ?」 タバサが静かに挙手して質問してきたので、流れ上許可してしまいます。 ま、ちょっとくらいの寄り道は良いでしょう。「空気は空の気と言うくらいだから、何も無いのではないの?」「ふむ・・・?成程。」 風のトライアングルメイジであるタバサですら、風と言うものが何なのか理解していないわけですよ。 風と言うものが、無の空間から発生する類のものだという認識なわけです。 まあ、私も燃える物が無い空間から火を作り出している身なので、こんな事言うのもアレなのですが。「いいえ、空気は停止した状態の風なのです。」 科学的に正確に言えば停止していませんが、そこら辺のアレコレはツッコミ無用なのです。 ザックリと、わかりやすく。OK?「そして停止した空気をこのように動かしますと・・・風となります。」 私が杖を振ると同時に、そよ風が部屋をぐるっと巡りました。 忘れている人も多いかもですが、私は火のトライアングルで風のラインですよーと。風系統も使えますからねーと、自己主張しておきます。「つまり風系統と言うのは、空気と一般的に呼ばれているものを動かす事で、様々な現象を起こしているわけなのです。」「聞いた事が無い。謎の知識。」 大体の事象が最終的に魔法で何とか出来てしまう世界に於いては、科学の発達度合いは当然のように鈍ります。 おまけに魔法の過度な発達まで教会による規制を受けているわけですから、こんな基礎的な知識ですら謎の知識となります。「才人の世界の知識ですよ。ね?」 私はそう言いながら、才人に合わせてくれという願いを込めて目配せしてみます。 届け、この願い。「お・・・おう。」 才人はちょっとぎこちないながらも頷いてくれます。 良かった良かった。頷いてくれないと別の手を考えなければならないところでした。 ・・・才人が何かビビッているのが、少々腑に落ちませんが。「ふーん・・・ケティばっかり、サイトの世界の知識を教えて貰ってずるくない? わたし、ご主人様なのに相変わらず何も教えて貰ってないわ!」「何度も言うけど、きちんと聞いてくれないと答えようがねえよ。 ケティは質問の仕方が的確なんだよ、質問に擬音使わないし。」 不満そうに文句を言うルイズの頭をぽふぽふと撫でながら、才人が優しく説明しています。「うぅ、納得いかないわ・・・。」 ルイスは基本的に、直感で物事を捉えてしまう天才タイプです。 きちんと教えると、要点をズバズバッと勘みたいな何かで捉えて覚えていきます。 故に質問と説明が擬音だらけなのですが、これはもう持って生まれた適正なので仕方がありません。「だって、タバサにだってサイトの知識を教えているんでしょ? あの子、長台詞を喋ると宇宙の法則が乱れるくらい喋らない娘なのに。」「タバサは聞きたいものをズバッと端的に聞いて来るからな。 忍者だって、裏工作とかする仕事の人っていたのかって聞かれたから答えたわけだし。な?」「ん。聞いた。」 タバサはコックリと頷きました。「おし、じゃあ聞くわ、教えなさい。」「何をだよ。」「何かをよ。」「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。」 おおルイズ、それはざっくりし過ぎ以外の何物でもありませんよ・・・。 才人が何と答えたらいいのかわからなくて、完全に固まっています。 助け舟を出しましょう。「コホン・・・まあその話はこのくらいにして、主題に戻りませんか?」「ん。それが良い。」 いたたれない気分になったのか、タバサまで援護射撃してきます。「わかったわ・・・で、主題っていうのは、タバサの話?」「はい。タバサの話なのです。」 恐らくルイズ本人も何を聞いたらいいのかよくわからなかったのでしょう、話題転換に乗ってきました。 ルイズの一番良い所は、根が素直な所ですね。捻くれなくて良かったです、本当に。「表と裏の外交ルートを使って働きかけ、タバサの身元を教皇猊下に保証していただく事になりました。」「ロマリアに行くとは聞いていたけれども、教皇猊下!? また凄い人を引っ張り出してきたわね。」 ルイズの目が真ん丸に見開かれています。 まあ驚きますよね。 教皇は、このハルケギニアの教会全てを束ねる長。 そしてそのロマリア教皇が直接治めるのが、雑多な都市国家によって分割統治されているロマリア半島のほぼ中央で土地も豊かという一等地に位置し、教皇を頂点にした貴族を用いない統治機構を持つ神政国家ロマリアです。 まあ貴族が居ないとは言っても、神政国家と言えどやっぱり国家なので官僚機構は必要で、その為に枢機卿という《貴族のようなもの》が存在しますけれどもね。 司教枢機卿、司祭枢機卿、助祭枢機卿という位階が存在し、司教枢機卿が一番偉くて助祭枢機卿が一番下っ端という構図になっています。 まあ同じ位階の枢機卿同士でも、管轄する部署やら何やらで上下関係があるらしいですが、ここはややこし過ぎるので取り敢えずパスします。 ああそうそう、枢機卿と言えばマザリーニ枢機卿が我が国に居ますが、彼は伯爵相当の司祭枢機卿なのです。 我が国の宰相ですが枢機卿でもあるので、ロマリアから給料の一部が出ていたりもします。 さて教皇の話に戻ります。 教皇という地位は血筋に依って立たない地位ではありますが、ガリアや我らがトリステインやゲルマニアの王達と比しても権威的に上位にある存在であり、そして各国内に遍く存在する教会に号令を下せる権力を持ちますので、権力的にも強大な存在です。 なのでロマリア教皇に身元保証して貰えば、ガリア王ジョゼフとてタバサにおいそれと手出しする事は出来なくなります。 何せそれはロマリア教皇の顔に泥を塗る行為であり、権力者にとってはすなわち国内の教会全てを敵に回す行為だからなのです。「びっくりした。」 タバサも珍しく驚いた時の顔になっています。 とは言っても、軽く目が見開かれている程度ですが。「驚く事はありませんよ。 何せガリアの王族ですから、生半可な身元保証人では権威が足りません。 なので表ルートではマザリーニ枢機卿の伝手でピエトロ・ジュリアーノ司教枢機卿という御方に手を貸していただき、裏ルートとして私がたまたまトリステイン王城へ表敬訪問に来ていたジュリオにお願いして働きかけました。 彼はああ見えて一応、助祭枢機卿ですから。」 それにしても、何で私と会うと嫌そうな顔をするんでしょうねジュリオ? 女性である私が折角笑顔でお願いしているのに、《わかったから!猊下には僕からも死ぬ気で働きかけるから!》と泣きながら言うとか、女誑しの風上にも置けないですよね。 何かあったかと言えば、とても些細な事・・・我が国でジュリオと関係を持った貴族の奥方様やお嬢様のリストを、ずらっと見せただけなのですけれども。 《何で全部把握してるの!?》とか、《何で隣室に彼女達が皆集まってるの!?》とかね、五月蠅いのですよ。 私はただリストに書いてあった人物を集めて、隣の部屋に美味しい食事とお菓子とお茶を用意して、普段まともなご飯を食べていない姫様に公式の場という逃げられない状況を作って食事をとらせるついでに貴族の御婦人方が集まる場をセッティングして、楽しく食事会&お茶会をして貰っただけなのですが、ジュリオは真っ青になって油汗ダラダラ垂らしていて、とても面白かったのです。 まあ言う事を聞かないなら、姫様に退場して貰った上で簀巻きにして隣室の獅子の群れに放り込み、八つ裂きの刑に処する気でしたが。「ケティが物凄く楽しそうだわ。 ジュリオが心配ね・・・。」「きっと、恐ろしい目に遭った。」 楽しかったと思いますよ? 何だかよくわからないけれども女王陛下と優雅に食事しつつ懇談出来る名誉に与れた御婦人方と、あと久々にまともな食事にありつけた姫様は。「ジュリオがかなり悲惨な目に遭ったのは、何となくわかった。 まあそんな些末な事はどうでも良いとして、これで取り敢えずタバサの身の安全は保証出来るわけだよな?」「はい。船で行くので然程時間はかかりませんが、一週間は間違いなく帰って来られないので宜しく頼みますね。 私が見ていないのを良い事に、これ以上毎日お酒飲んでくだ巻いているようならば、私にも考えというものがある・・・と、団員には伝えておいてください。」「ゲッ、ばれてたのか・・・。」 才人がギョッとしていますが、私が知らないわけがないでしょう。 レイナールが毎日日報を送ってくれていますし、他にもルートはあります。「それで、タバサは連れて行くのか?」「いいえ。トリステインからロマリアに行く時には、どうしてもガリア上空を通過せねばならない場所がありますので、それは無理です。 なので教皇猊下には、我々がトリステインに戻った後にタバサの身元保証人として名乗り出て貰う形になりますね。」 ふむ、ちょっと良い事を思いつきました。「そうそうタバサ、運動不足解消がてらに水精霊騎士団での個人戦闘の訓練に付き合ってあげて貰えませんか?」「私が?」 水精霊騎士団がダレているのは、私が見ていないからというのもあるかもしれませんが、毎日の訓練がマンネリ化しているという事でもあるのでしょう。 なるべく多く強い相手と訓練させれば良いのですが、うちの騎士団に於いて強い相手というのは才人とルイズだけで後はドングリの背比べです。 しかも才人は手加減出来ますが、ルイズは手加減一発岩をも砕くというか・・・正直な話、魔法を全て届く前に無効化して、高速移動しながら一方的にぶん殴ってくる相手への対処とかメイジには無理なので訓練相手として不適当ですし。 まず魔法を全部無効化された時点で、打つ手の殆どが無くなってしまいますからね。 絶望的状況を経験する訓練というのであれば有効かもしれませんが、それ以外でルイズが団員の訓練に付き合うのは無理でしょう。「はい、技量の高い訓練相手が不足しておりますので、どうでしょう?」「ん、わかった。手加減は?」 でもタバサであれば、メイジとしてはかなり強いですが常識の範囲内の相手になります。 それにタバサの技量の維持にも、いい効果が出るでしょう。 タバサもどこかで自主トレしているのでしょうが、矢張り対人戦闘は生身の人間相手にやるのが一番良いでしょうし。「相手の技量に合わせてお願いします。 敢闘精神が足りない場合は、治癒魔法で完治させられる程度に本気になっても良いです。 毎日お酒を飲んで騒げるくらい元気が残っているようですしね。」「わかった。キュルケも参加させて良い?」「どうぞどうぞ。」 よし、これで水精霊騎士団がブッたるんでる件も何とかなりそうですね。 タバサは言わずもがな、キュルケもゲルマニア貴族式教育の結果なのか何なのか知りませんが、本職の軍人顔負けの技量の持ち主です。 ちなみに何だかんだで戦闘訓練を受けていない私は、試合形式で接近戦だとギーシュより弱いと思います。 試合形式じゃなかったら?孫子曰く《おおよそ用兵の法は、国を全うするを上と為し、国を破るは之に次ぐ》ですよ、ほほほほほほ・・・。 私の戦闘力を底上げしているものはと言えば、それはもう銃です。 銃は戦闘力底上げには持って来いの武器なのですよ。 ガン=カタを極めた者は無敵になるとか言われていますしね。いやまあ、当然出来ませんけどガン=カタ。 ああそうですクラリックガンさえ手に入れば、才人がガン=カタ使えるようになるかもですね・・・頑張って探してみましょう。 おっと、思考が物凄い脱線を起こしています・・・修正修正。「タバサは無理として、俺はどうすれば良い? ついて行った方が良いか?」「いいえ。姫様は銃士隊と親衛隊の警護でロマリアに行きます。 いま才人を警護につけると、ガリアをあからさまに警戒していると判断され、逆に藪蛇になりかねませんので。」 噂が噂を読んで、才人は今や4万のアルビオン軍を無傷で蹂躙したとかいう噂まで広まっています。 平民のフリをしているが実は強力なメイジだとか、正体はエルフだとか、事実と全く異なる噂まで。 まあ才人の正体に関する嘘を流したのは、私なのですけれどもね、おほほほほ! ついでに言いますと、才人の肖像画とされて世間で出回っているものも、本人によく似ていると思われるものは、商会を通じてなるべく回収していたりします。 何でこんな変な努力をしているかと言えば、ズバリ暗殺抑止なのですよ。 しっかり調べれば才人の風体はわかってしまいますが、逆に言うと才人の風体を探っている相手は才人に良からぬ事を企んでいる輩の可能性があるわけでして。 虚実入り混じったカオスな噂が、才人の防犯センサー代わりになるというわけです。 そしてそんな噂をいっぱい持っている才人が、ごく一部とはいえガリア上空を公式に通過するというのは、ガリア政府を大いに刺激します。 何たって、この前殴りこんで行ってタバサとその母君をかっぱらって来たばかりですし。 ちなみに私は才人程大物では無いので、行っても大勢に影響無しです。嗚呼、モブキャラって素晴らしい! ・・・まあ、前に誘拐されそうになったりしているので、警戒しなくて良いかと言えば、全くそんな事は無いわけなのですが。「・・・面倒臭い立場になっちまったなぁ、俺も。」「流れとは言え、英雄になってしまった以上は、仕方がありませんよ。 ルイズが虚無の使い手である事を国内外から隠す為でもありますし、御主人様の為だと思って我慢してください。」 才人が思いきり目立つと、ルイズはその陰に隠れて扱いが小さくなります。 何せ水精霊騎士団でも、騎士団長であるギーシュよりも才人の方が圧倒的に有名で人気があったりします。 ギーシュが常人なら妬む所ですが、才人の実力を生で味わった経験がある上にあの能天気な性格なので、そういう事は全くありませんが。 むしろ《あっはっはっはっは!才人の上司なお蔭で僕も分不相応に目立っているから、これで十分!それでも不満になったなら、父上みたいにスパンコールの軍服でも着るさ、アレは目立つからね!》とか、喜んでいますし。 それはそうとグラモン元帥、スパンコールの軍服なのですか・・・。 話を戻しますが、ルイズが虚無の使い手というのは、なるべくギリギリまで秘匿しておくに限ります。 何せ我が国内には、急に甘い汁を吸えなくなって不満を感じている貴族が、まだまだ沢山居ますので。 秘密結社ごっこをしている変な勢力に、虚無の使い手であるルイズをエア神輿にされても困ります。 結構居るのですよね。 何も言っていないのに特定の影響力を持つ人の気持ちを独自解釈して、本人不在なのに勝手に祀り上げて、勝手に盛り上がって、揚句勝手に吹き上がる人たちって。 あの手の《行動する役立たず》からルイズを守るのも、姫様に頼まれている私の仕事です。「サイトが無理なら、わたしだけでもついて行くわ!」「駄目です。こう言っちゃなんですが、ルイズは姫様の予備でもあります。 2人が同時にトリステインを離れるなど、言語道断ですよ。」「何でよ、わたしは目立っていないのに。」 駄目でーす。めっちゃ駄目なのでーす。言語道断の言葉通り、才人以上に姫様と一緒に行動させ難いのがルイズです。 何せルイズと姫様を同時に失ったら、トリステインには木端みたいな継承権保持者しかいないので、継承権問題が拗れまくって大混乱になります。 まあ・・・私達が乗る軍艦が消し飛んでも、ルイズだけはアホみたいに無事な可能性の方が高いっちゃ高いのですが。「ルイズを目立たせないのは、継承権のゴタゴタとか、そういうルイズがやりたくないであろう面倒事を引き起こさせないための措置ですよ。 逆に言うと、姫様に万が一の事があった時は即座に目立って貰わなくてはいけません。」「その、わたしの運命がわたしの関知出来ない遠い何処かで勝手に動いてしまうのが怖いって言ってるのよ!」「ふむ、確かにそれは物凄く嫌ですね・・・でも、駄目なものは駄目ですよ、ルイズ。 その運命が貴方に訪れるとするならば、それは貴方が地位の対価を血で購う時が来たという事なのですから。」 うーむ、単にルイズを説得しているだけなのに、何か死亡フラグの立っているが如きセリフですね私。 アレですか、私と姫様はロマリアで華と散りますか? いやまあ、死亡フラグ的台詞を述べた程度でいちいち死んでいたら、身が持ちませんけれども。 いっその事、故郷で待っている幼馴染の婚約者に子供が生まれたばかりだから、花束持って迎えに行くくらいの死亡フラグ重ねがけしますか? 私には故郷に幼馴染の婚約者居ませんし、子供が生まれたって寝取られてるじゃねーかとかいう感がありますが。「うー・・・わかったわ。絶対に死んだりしないでね。」「ロマリアに行って帰ってくるだけの旅路にそこまで心配しないでください。 ガリアはまだ準備中ですから、そうそう軽挙妄動は出来るものではありませんよ。」 実のところ、これ以上ガリアを刺激さえしなければ危険は少ない旅路です。 フラグじゃありませんよ?いやマジで。