「そくた~つ・・・。」 気色の悪い声が外から聞こえたかと思うと、《ガシャアアァァン!》という派手な破壊音とともにケティの部屋の窓が突き破られ、何かの物体が放り込まれた。「にゃああああ!?な、何事!?」 突如響いた破壊音に、眠りについていたケティは咄嗟にベッドから飛び起き窓の反対側に転げ落ち身を隠す。 そして粉々に砕けたガラス窓の方をそーっと覗き込んだ。「・・・ああ、ガリアのフクロウ便のような何かなのですね。」 トリステインにはフクロウ便という、どう考えても猛禽類の中で一番長距離飛行の苦手なフクロウを用いた宅配便がある。 だがこれはフクロウ便とは違うのだ。フクロウ便よりもずっと早い。殆ど一瞬で届くらしい。 ただし、必ず窓を破壊して荷物を放り込んでくるので、滅茶苦茶心臓に悪い。 何せ窓が無い所でも窓が破壊されるくらいである。意味不明で怖い。 【1回毎に寿命が100日縮むような気がする】と言われ、《恐怖便》と呼ばれる知る人ぞ知る宅配便らしい。 毎回毎回窓を破壊されるのでヤメレと言っているのだが、嫌がらせなのか何なのか、 ガリアのデコ姫ことイザベラがケティに何か連絡したい事がある時は、結構な頻度でこれを使うのだ。 ちなみにガリアの裏に関わる者しか使えないらしく、ケティにはここに荷物を頼むすべは無い。「まったく、あのデコッパチは毎度毎度・・・。」 届いたものは新聞・・・では無く、焼き菓子であった。 手紙の封蝋に押されている印璽は、北花壇騎士団のものでもガリア王家のものでもない。 月を象ってデザインし、イザベラとのやり取り用にケティがこっそり裏ルートで送った物である。 何故に月か?これはケティがタバサを影から見守っているイザベラのイメージを象徴してデザインした…という風にイザベラが解釈したので、そういう事になっている。 決して、ケティがこの世界では何故月が光っているのか解明されていないというのをすっかり失念していて、おちょくるつもりでデコと月を太陽光の反射にかけて送ったら素直に感謝されて気まずくなったとか、そんな事は無いのだ、決して。 悪戯が不発に終わるどころか感謝された時って、気まずいよね。「どれどれ・・・うーむ、相変わらずクッキーの焼き加減が絶妙なのですね、あのデコッパチ。」 ケティは袋から取り出した少し変わった形の焼き菓子を取り出して軽く齧る。 そうすると、中から紙片が現れた。 フォーチュン・クッキーと呼ばれる、ちょっとした占い等で使われる焼き菓子である。 日本がルーツでアメリカ生まれ、作っているのは中国人という変わり種であり本来この世界には無い筈なのだが、シエスタの曽祖父が似たような着想でこちらで作って広めたらしい。「さて・・・と。人の部屋のガラス叩き割ってまで、何を伝えたかったのでしょうねと。」 ケティはそう言いながら、その紙片を引っ張る。 そうするとそれはするすると伸び、大きな一枚の紙となった。 どうやら、魔法で圧縮された手紙だったようだ。「どれどれ?」《貴方と私の間で修飾した前置きを書く必要なんて無いわね。 さて、早速だけれども、貴方にお願いがあります。お願いだけれども、これは貴方にとっても大事な話よ。 領主が負い切れないと持ち込んで来た依頼があります。それがとても危険なものなのに、どうしてもロッテに任せるようにと御父様から・・・。 ああ・・・吸血鬼が出たというの。吸血鬼よ、あの神出鬼没の強力な亜人!何という事かしら! 西百合騎士団の花壇騎士が行ったけれども、返り討ちに遭ってしまったわ。 お願い、ロッテに力を貸してあげて。貴方なら吸血鬼撃退法の一つや二つは知っているでしょう、ル・アルーエット? 例え知らなくても貴方なら、何か奇天烈極まりない方法で、ロッテが吸血鬼を退治する手助けが出来る筈だわ。 ロッテの件でそちら側で頼れるのは貴方だけなの。どうかよろしくお願いするわね。 追伸:この焼き菓子を任務前にロッテに食べさせてあげようと思うのだけれども、味はどうかしら?》「うーむ、吸血鬼ですか・・・。」 クッキーを齧りながらケティは唸った。 吸血鬼は亜人の中でも、エルフに次いで恐れられる種族である。 そして吸血鬼には地球にも様々な伝承がある。 一番良く知られるスタンダードなタイプは、ブラム・ストーカーの小説で有名になったもの。 すなわち太陽が苦手で、ニンニクも苦手で、十字架もダメであり、流水ぶっかけられると焼け爛れ、鏡に映れないという、弱点だらけの化け物である。 怪力だったり、壁歩きが出来たり、霧や蝙蝠や狼やネズミに変化できるという長所もあるが。 ちなみに吸血鬼伝承は東アジアにもあり、その吸血鬼は背後から背中を斧で叩き割って殺した相手の血を啜るらしい。 ただの血が好きなサイコ野郎な気もする。 東南アジアでは夜な夜な首がスポンと抜けて飛んで行って人に噛みつくという生首妖怪である。 まあそれらはさて置いて、このハルケギニアの吸血鬼はどうかと言えば、これはスタンダードタイプ。 ただし鏡に映らなかったり十字架が駄目という事は特に無いし、流水も大丈夫であるらしい。 つまり太陽光に弱く、鼻がとても良いのでニンニクなどの刺激臭が駄目な者が多く、筋骨隆々な男に銀の棍棒で力いっぱい頭部をぶん殴られると死ぬ。 え?最後のは、つまりただの物理じゃね?うん、そうだね。 蛇足な部分を抜けばつまり、太陽光が直撃すると燃え上がって死ぬという弱点がある。 頑丈でかつ再生能力は高いが、その耐久力と再生能力を上回る打撃を与えれば普通に死ぬ。 弱点は少なめだが不死身の化け物では無く、飽く迄も幻惑などの原住魔法に長じる強力な亜人に過ぎないのだ。 そして血を吸った相手を、片っ端から吸血鬼にする事も出来ない。屍人鬼と呼ばれる太陽の下でも動ける下僕を、一体作れるだけである。 《過ぎない》とか《だけである》とか言っても、これだけで十分に怖いが。「・・・さてと、それでは何か策を練りますかね・・・と。 タバサは一体何処でしょね~?」 ケティはそう呟いて立ち上がると、皿に手紙を置いて何も言わずに杖を振る。 手紙は白い強烈な光を発して、一瞬で白い灰と化した。 それから彼女は、部屋に置いてある大きな姿見に向かって歩いて行ったのだった。「・・・シルフィード、居る?」「はいなのね、お姉さま!きゅいきゅい!」 真夜中、使い魔用の厩舎にそっと入って来たタバサは、シルフィードにそっと声をかけた。 タバサは警戒していた。何時も何だかんだ理由をつけてケティが任務について来るからだ。 タバサの任務は、非常に危険なものが多い。 なのにケティが、かなりの確率で目ざとく見つけてついて来るのだ。 確かにケティの戦闘力は自己評価がいまいちな彼女自身が言う程低くはないが、タバサが倒せない相手ではない。 弱くは無いが、卓越した強さを持つわけでは無い。 本を沢山持っている事から仲良くなり、今やキュルケと並ぶ友人だが、だからこそタバサは自分の任務に彼女を巻き込みたくなかった。 彼女自身が進んで巻き込まれに来るので、どうにもならないのだが。「腹黒娘も居るのね!」「はぁい☆」 案の定、ケティがシルフィードの裏から現れた。 タバサの任務には、このトリステイン魔法学園の人物を観察し、目立つ人間は監視して動向を調べるというものもあるのだが、彼女の部屋は彼女自身が監視されたくない時には監視も進入も出来ない。 音を増幅して盗聴する魔法を使っても、何も聞こえない。 そのくせ、タバサの動向はケティに筒抜けになっている感がある。 謎過ぎて、ちょっと怖い。「ケティ、今回は危険過ぎる。」「危険・・・ですか?いったい何がでしょう?」 ケティは笑顔という名の無表情で、ニコニコとタバサに問い返す。 自分の表情を悟らせない事にはちょっとした自信のあるタバサだが、ケティの笑顔もまた読みにくいと思っている。 読みにくいのだが、彼女は友人の前では結構な確率で表情が素であり、読みにくい笑顔を浮かべているという事は、何かを隠しているというのがわかったりもする。 そしてタバサの今の問いに対して、そういう表情を浮かべたという事は・・・。「その顔は、私の任務の内容が何か知ってる。」「ご名答なのです。」 ケティは笑顔のまま、そう頷いた。 底知れない所はあるが、決して悪意は無い。 そして騙す気は無いが、真実を告げる気も無い。 タバサにもそれはわかるが、尋ねずにはいられない。 ガリア王宮にいる自分に好意的な誰かが、いったい誰なのかという事を。「誰かは言えない?」「情報というものは、知るべき時に知らないと、呪いの如く不幸を呼ぶものがあります。 野放図に、その時の知識や感情では理解出来ない情報を与えられても、人はまともな判断が出来ません。 私はタバサを親友だと思っています。そして親友を不幸にしたくはありません。 ですから、まだ知るべきでないものは知らせません。 ただまあ、貴方の支援者の一人であるとだけ告げておきますね。」 ケティは傲慢とも取られかねない言葉で、タバサの問いを拒否した。 しかし実際、この時のタバサに真実を受け入れる余裕は無かったであろう事は間違いない。「貴方は第三者。」「ああ、それに関しては貴方に色々と謝らなくてまいけません。 もう貴方の支援者とは何度も接触していますし、既にいくつかの伝手も作ってしまったのです☆」 ケティはそう言って御茶目に照れながら、《てへぺろっ☆》といった感じに舌を出す。 しかしそれは一瞬で、次の瞬間には表情の印象が曖昧で物凄くわかりにくいアルカイックスマイルになっていた。「・・・タバサ、貴方が納得しやすい理由をお伝えしますと、これも私の仕事の一つなのですよ。 ガリア国内に於ける伝手の構築。これを貴方の人脈を利用する事で行っています。 ああ、御安心下さい。彼らはタバサの身を案じる愛国者ですから、決して間諜などにはなりませんよ。 ただ主流派から離れていても有力な貴族ですので、正攻法用のルートとして使えます。 裏は別の方法で、伝手を構築しておりますので。」「私を利用したの?」 目を細めるタバサに、ケティはニッコリと微笑む。「ええ、貴方の身にガリアで何かあった時に、貴方を救う方法は多いに限りますしね。 勿論、トリステインの為であったり、うちの商会の為であったりもしますが。 目的の為にも、手段はなるべく多く用意しておくに限るのです。」 言ってる事が、もう完全に言い逃れの余地無く真っ黒である。 だがタバサは知っている。 真っ黒故に、このケティという少女は大人の権謀術数を掻い潜って力を発揮出来るのだと。 そしてこの陰謀が趣味で露悪的な少女が、真っ黒な代わりに矢鱈と家族や友人を大事にする事も。「・・・・・・・・・・・・・・・・・・。」 そう、これはケティなりの好意であり、誠意なのである。 タバサはいつも通りの表情に乏しい顔のまま軽く俯き、ちょっとだけ眉間に寄った皺を揉む。 そしてこの自分とは、ちょっと違う方向に壊れている少女に感謝した。「わかった。いつか話す?」「勿論その時が来たら、委細漏らさずキッチリとお話し致します。」 タバサの問いに、ケティは作り物では無い笑顔で頷く。「ん。楽しみにしておく。」「はい、楽しみにしておいてください。 うひひひ、想像するだけで面白おかしい事になりそうなのですよ。」 今度は意地悪そうな笑みを浮かべているケティ。 本当に、笑顔のバリエーションの多い少女である。「きゅい!何やら難しい話は終わったの?」 先程から続いていた話からは完全に取り残されていたシルフィードが、2人に確認する。「はい、終わりましたよ。」「じゃあ腹黒娘、何でも良いから食べ物を寄越しなさい。 シルフィあんまりにも暇過ぎて、何かお腹が減って来たのね。」 そして唐突に飯を要求してきた。 風韻竜の幼生であるシルフィードは、今が成長期故に食べ盛り。 まあ韻竜は数千年生きるので、食べ盛りも数百年続くが。「貴方が食べるような量を、そうホイホイ用意出来るわけが無いのですよ・・・。 道中、何処かに寄って調達しましょう。」「きゅい!」「・・・・・・・・・・・・・・・・・・はぁ。」 友人に完全に餌付けされている己の使い魔を諦観を込めた視線で見つめつつ、タバサはゆっくりと溜息を吐いたのだった。 ガリアの首都リュティスより500リーグほど南東に下った山間に、サビエラという名の村がある。 本来は外界とあまり接触が無く、こじんまりとしているものの長閑な農村なのだが、 ここが2か月前から吸血鬼の被害に怯えている。 最初の犠牲者は12歳の少女。森の入り口付近で全身の血を吸い尽くされてミイラ化した姿という、大変痛ましい姿となり果てていた。 吸血鬼の仕業だとすぐに気付いた村人たちは領主に報告した後に民間伝承に於ける吸血鬼除けのまじないを施すなど色々と対策を講じたものの、何の効果ももたらさなかった。 そしてついに西百合騎士団よりガリア正騎士の最高峰たる花壇騎士の一人で、強力な火メイジであり将来の団長候補と目されていたローラン・ド・ラ・パラティーヌが鳴り物入りで派遣されたものの、先週杖を抜く間も無くあっさりミイラ化して発見された。 正攻法ならば吸血鬼程度には決して負ける事の無い強力な騎士だっただけに、西百合騎士団は大きく動揺。しかも西百合騎士団長のガヌロンはショックで倒れて寝込んでいる。そんなわけで西百合騎士団からは人員は出せない。 ならば東薔薇騎士団か、南金魚草騎士団から出そうかという話になったが、あっさりやられた花壇騎士ローランは騎士としての実力だけなら各騎士団の団長クラスであり、《こりゃもしかして次に出しても駄目かもわからんね》と、人員を出し渋って行こうとしない。 正確に言うと、行こうと立候補した・・・例えば『私がローランの仇を取りましょう』とか名乗り出ようとした東薔薇騎士団長のバッソ・カステルモールなどは、察した団員達に寄って集って押さえつけられて猿轡をかまされ簀巻きにされて、団長室に力無く横たわっている。 幾ら花壇騎士だって杖も抜かずにあっさり死にたくは無いし、各花壇騎士団としても有能な騎士を訳も分からない手段で殺されたくはないのだ。 その話を聞いたジョゼフが《正攻法ならば負ける事の無い強力な騎士があっさりやられるのであれば、正攻法では無いのが得意な花壇騎士を派遣すれば良いのではないか?ならば、可愛い我が姪御殿を遣わそうではないか、ハハハハハハ!》とか、その場の思いつきで言い出して、イザベラが頭を抱えたのは言うまでもない。 ちなみに《よっ!陛下流石っス!にくいよこの美中年!》とか、太鼓持ちしていたミョズニトニルンには、イザベラ自ら大きく振りかぶって、事前に彼女に頼まれていたアルヴィーを力いっぱい投げつけておいた。「まあそんなわけで、事態は意外とシリアスなのです。 相手は吸血鬼で、正攻法を用いて来ない以上は、何か策を練らないといけません。」「ん。」「あぐあぐあぐ、きゅいきゅいきゅい♪」 サビエラ村からひと山離れた場所にある都市で、シルフィードが樽いっぱいの魚をガツガツと食らっている合間に、ケティとタバサは作戦会議っぽいものを始めていた。「策はある?」「吸血鬼は太陽光に弱いですから。 弱点があるならば、そこを最大限かつ正攻法で攻めるのが良いかなと。 搦め手は楽しいですが、面倒臭いですし。」 ケティはそう言うと、愉しげに目を細める。 彼女が腹黒いだの何だの言われる原因の一つが、時折浮かべるこの悪人っぽい表情である。「悪そうな表情。」「そりゃあもう、悪巧みしていますからね★ ときにタバサ。命令書に添付されていた報告書では《吸血鬼は森に潜伏している可能性が高い》とありますが、この点についてどう思います?」「森に居るのだとしたら、間抜け。」 ケティの問いに、タバサはそう言って首を横に振った。「吸血鬼の最大の利点を殺している。 そんな間抜けには、花壇騎士は殺せない。」「そう。そうなのですよね。 吸血鬼最大の利点は、人の中に紛れ込めるという事。 彼らは幻惑の中でも、特に魅了の先住魔法を得意としますしね。 過去の記録では魅了で相手を誑かして、その家族に入り込んでいた・・・という話も聞きます。 そんな彼らが、最大の強みを活かせない森に、果たして潜伏するのでしょうかという疑問です。」 そう。そこが決定的に《おかしい》点だ。 人の群れに紛れ込み、人の群れに寄生して生存するのが吸血鬼という種族のやり方である。 多少美形だが、一見人と全く変わりない容貌を持つ彼らにとっては、それが一番効率的な狩りの仕方なのだ。 そんな彼らが《人の群れに紛れずに森に潜伏する》などという選択をするのか?可能性はゼロではない。ゼロではないが・・・。「可能性は低い。 誰かが欺瞞情報を流して、情報操作している。」「はい。恐らくは、そう言う事です。 そしてその欺瞞情報を流して、誰が得をするのか? それは吸血鬼自身なのですよね。」 《吸血鬼は森に居る》という大前提が間違いならば、吸血鬼はセオリー通り村に紛れているという事になる。 ただその場合はその場合で、容疑者を絞り込まなければならない。 ちなみに吸血鬼の退治法には《村ごと焼き払って皆殺しヒャッハー》というのもあるが、タバサもケティもそんな虐殺をやる気はないし、領民は領主の財産でもあるので勝手に殺したら訴訟ものである。 故に、吸血鬼を発見して退治するという方法で行くしかない。「怪しい相手となると、この報告書には《怪しい老婆とその息子が、吸血鬼事件の直前に《療養》と称してやって来て、村外れの家に滞在している》とありますが・・・どう思います?」「あからさま過ぎる。 怪しまれたら、人里に紛れ込む意味が無い。」 勿論、何事も合理的に動くわけでは無いだろうが、かといって非合理的に動き回っている吸血鬼に、エリートの花壇騎士の中でも特に有望視されていた者が杖も抜かずにあっさりと倒されるわけがない。 つまりあっさりやられた花壇騎士ローランは、いくつかのヒントを残してくれている。「あるいは、このあからさまに怪しい親子がやってきたからこそ、吸血鬼が狩りを開始した可能性があるのですよね。」「囮の可能性は高い。」 ケティの言葉に、タバサはコクリと頷いて同意する。 この親子は十中八九、村の耳目を集めて吸血鬼が自身をカムフラージュする為の囮にされている。「状況は何となく予測出来ましたね。 さて、どうやって炙り出しましょうか? フフフ・・・フフフフフフフフフ・・・・・・。」「ケティ、また悪い顔。」「悪巧みしていますから、当然なのです。」 巻き込みたくなかったのに完全に巻き込んでいる上に、巻き込まれている筈の当の本人はすっかり思考を楽しんでいる。 自分をかなりマイペースな性格だと自覚しているタバサから見ても、この普段は世話好きな友人が、一旦暴走を始めると滅茶苦茶マイペースなキャラだというのがよくわかった。 多分、巻き込まれているのは、実は彼女ではなく自分・・・それに気付いたタバサは、そっと額を押さえて瞑目する。「きゅいきゅい!満腹満腹、幸せなのね!」 そんな二人の横で、魚を完全に平らげたシルフィードは満足そうに鳴いたのだった。 サビエラ村は、一見長閑な朝を迎えていた。 朝日は燦々と輝き、清流は静かに音を立てながらキラキラと流れる。 しかし、そんな村で朝の日課を始めた村人達の表情はすこぶる暗い。 まあ仕方が無い。何せこの村では、僅か2ヶ月の間に9人もの人が亡くなっている。 しかも領主の派遣した傭兵メイジは殺され、次に王都から派遣された無敵と名高い花壇騎士すらもあっけなくやられた。 《もう駄目だ。御終いだ》と、何処かの戦闘民族の王子みたいな絶望感が村を覆い尽くしていた。「王都からまた花壇騎士様が派遣されてくると聞いたが・・・。」「またあっさりやられるんじゃないかのう・・・。」 村中このような、葬儀の真最中の如き雰囲気である。 絶望感に打ちひしがれた村人たちは、体を重そうに引き摺りながら今日もいつも通りの日課を始める。 そうして、今日も長閑な村に重苦しい一日が始まる筈だったのだが・・・。「はーっはっはっはっはっはっはっはっは!」「きゅい!きゅいいいいいいいい!」 そんな彼らの頭上に、朗らかかつ高めの声の笑い声と、何かの鳴き声、そして羽ばたく音が聞こえてきた。「はっはっはっはっはっはっはっは!」 その莫迦みたいな笑い声と羽ばたきの音に、村人達は視線を向けた。「な・・・何だありゃあ・・・?」 視線の先にはゆっくりと降下してくる風竜に乗った二人の人影。片方は矢鱈と朗らかな笑い声をあげている。 花壇騎士を待っていたら、何か物凄く変なのが来た。村人達の第一印象は、そんな感じであった。「あーっはっはっはっは!サビエラ村の諸君、ボンジュール☆」 派手な帽子にマントと騎士然とした格好の栗色の髪の少年が風竜から身軽に飛び降り、 呆然とした表情の村人達に気障ったらしく挨拶した。 どう見ても10代前半であり、男にしては線が細い体形で背も低く、顔も女みたいである。 とても朗らかに頼りがいのある人間を演出しようとしているように見えるが、線が細いせいで全然似合っておらず頼り無さそうな雰囲気しかない。 とは言え、貴族は男でも女みたいな顔の者が居ると村人は聞き知って居たので、その容貌には特に疑問は抱かなかった。「ひ・・・ひょっとして、もしかして、王都から来なすった花壇騎士様?」「いかにも!花壇騎士にして《微風》のユルティーム・ド・フォーシュルヴァンが王命により参上仕った。 前任者は不覚を取ったが、花壇騎士に三度は無いと杖に誓おう。 安心して僕に任せたまえ、はーっはっはっはっはっは!」 朗らかに笑う、莫迦っぽくて半人前っぽい自称花壇騎士の少年。 しかも二つ名が《微風》とか、どう聞いても弱そうである。 ああ、ひょっとして、いやひょっとしなくてもワシら見捨てられたんじゃろうか?という、何ともいえない感じの空気が村人たちを覆う。「・・・大丈夫だ。ガリア王国は貴族との契約を守り見捨てない。 ファンティーヌ、杖を。」 ユルティームと名乗った少年はそう言うと、右手を広げた。そこに先程まで彼の後ろに座っていた蒼銀色の髪の少女が、いつのまにか彼の後ろに来ていて杖を手渡す。「突風よ来たれ。」 それを受け取った少年がそう言って杖を振るうと同時に、村を猛烈な風が吹き抜けた。「うおおおっ!?」「物凄い風だ!」「そして貴族を見捨てないという事は、その根であり葉である領民をも見捨てないという事だ。 それがガリア正騎士の、そして花壇騎士の存在意義なのだ。故に大丈夫だ。安心したまえ。」 ユルティームはそう言って、頼もしげに見えなくもない笑顔を浮かべ胸を張って見せた。 先程まで頼り無さそうに見えたその姿は、急に頼り気のある雰囲気を纏い始め・・・ていたが。「はーっはっはっはっはっは!」 その後に彼が上げた莫迦みたいな朗らかな笑い声で、あえなく雲散霧消してしまった。 その雰囲気に気付いたユルティームは、訝しげな表情を浮かべると、隣の少女に尋ねる。「ふむ・・・村の皆さんの僕への信頼が、どうも半信半疑な域にに思えるのだが。 ファンティーヌ、これはいったいどうした事かね?」「ユルティーム坊ちゃまが、莫迦みたいな笑い方を止めれば良い。」 ファンティーヌと呼ばれた。少女というよりは幼い雰囲気の漂うメイド服の少女が、言葉少なに容赦のないツッコミを入れた。「ファンティーヌ、何という事を言うのかね? 僕のこの逞しい笑い声は、きっと村の皆さんにも安心感を与えている筈だよ。」「どう聞いても声が高い。 お世辞でも逞しいとは言えない。 笑い方も莫迦みたい。 安心はしない。 気が抜ける。」「うぐぅっ!?」 次々と繰り出される言葉の暴力に、ユルティームは胸を押さえて蹲った。「情け容赦ないねファンティーヌ。 僕のガラスのハートは木端微塵だよ。」「大丈夫、放って置けばすぐ戻る。」『・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。』 唐突に始まった寸劇に完全に置いてけぼりを喰らっている村人一同。 まあわかっていると思うが、ユルティームと名乗っているのは男装したケティで、ファンティーヌと名乗っているのはタバサである。「きゅ~い!」 ちなみにシルフィードは、ユルティームことケティの騎乗する普通の風竜のふりをしている。 何でこんなアホな茶番をやらかしたのか? ケティの基本は《強敵には侮られた方が良い》である。 元々戦うのが好きというわけでは無いし、敵は弱いに限るし、弱くないなら考えて準備して弱体化させるのが彼女のやり方だ。 そして吸血鬼は何だかんだ言って強力な亜人である故に、侮って舐めてかかって貰った方が良い。 村人にも侮られた感があるが、そこは《花壇騎士》の偽の肩書でカバーするつもりのようだ。 まあタバサは花壇騎士なので、完全に嘘は吐いていないと言い張る事も出来る。「は・・・はっはっはっはっは! 取り敢えず茶番はこのくらいにして、本件に関する説明を関係者から直接伺いたいな。 村人の方、村長はどちらか?」 ケティは朗らかに笑いながら何か自分を指差してひそひそ話している村人に声をかける。 ちなみに彼女がユルティームとして行っている奇行のせいか、村人は若干警戒を解いていた。「へ、へえ。村長の家は、あの段々畑になっている丘の上でごぜえます。」 村人が指差した先には、丘の上に建つ他の家よりもかなり大きな家があった。「でかいな・・・。」 村長の家には鐘楼も設置されており、教会と一体化している。 山奥の寒村で、司祭が派遣されてこないのだろう。 村長の家が教会を兼ねているようだった。「あと、歩かねばならないのが面倒臭そうだな、主にシルフィードが。」「きゅい、きゅい!」 シルフィードはコクコクと頷いている。 風竜は元々地べたを歩き回るのが、あまり好きではない。 兎に角空を飛んでいるのが好きな生き物であり、風韻竜の成体ともなると数百年飛びっぱなしのも居るのだとか。「じゃあ、乗る。」 ファンティーヌという名の従者役をしているタバサは、サッとシルフィードに乗り込む。「シルフィード、飛んで。」「きゅいいいいい!」 シルフィードはタバサの指示を受けて、翼を大きく羽ばたき離陸して村長の館へと飛んでいく。「待ってくれ給えよおおおおおぉぉぉぉぉぉ・・・!」 現在ユルティームという若干頭の緩い騎士の演技をしているケティを置き去りにして。「・・・なあ、あの貴族様、何日もつと思う?」 シルフィードを追いかけて必死には駆けて行く男装のケティを見ながら、村人は隣にいたもう一人に声をかける。「2日持てば良い方だろうな。」「しかし、風竜に乗っちゃいるが、女みたいな顔した子供の花壇騎士様とあんな小さな娘かよ・・・。 リュティスのお偉いさん達は、いったい何を考えているんだ?」『はぁ・・・。』 村人たちは顔を見合わせると、深々と溜息を吐いたのだった。 村長の家の前までやって来たケティ達は、扉の前に立っている。 ちなみにケティは全速力で走ってきて息も絶え絶えで倒れたので、タバサが水を与えて息が整うまで介抱していた。 今回の設定は《花壇騎士ユルティームと、ちょっと主人への敬意が足りない従者ファンティーヌ》となっている。 逆でも良かったのだが、ケティがタバサに『ちょっと莫迦っぽい少年騎士出来ます?』と聞いたら、無言で首を横に振った為にこうなった。 ちなみにケティがこのユルティームのモデルにしたのは、ギーシュである。「たのもー!」 ケティがノックするとゆっくりとドアが開き、中から一人の老人が現れた。 白い髭を顎にたくわえた、人の善さそうな人物である。「どなたですかな・・・?」「花壇騎士にして《微風》のユルティーム・ド・フォーシュルヴァンである。 ここが村長の家と聞いたが、そなたが村長か?」 ケティとしてはもうちょっと柔らかく声をかけたい所だが、貴族が平民にいきなり優しく声をかけると却って警戒されかねない。 目上の者が特に面識があるわけでもない目下の者に優しく声をかけるのは、何か魂胆が あっての事と邪推されることが多いのだ。「はい。ワシが村長でございます。」「事情が聞きたいのと、任務終了までの拠点を確保したいのだが。その許可を貰いに来た。」 そう言うケティ達の姿を見て、村長は怪訝な表情を一瞬浮かべる。 派手な騎士の格好をした少年と、その従者らしき少女・・・この前に来た騎士と比べて、見かけ的にも頼りなさ過ぎた。「はい。拠点であれば我が家をお使い下され。 ここは非常時の避難場所でもあります故に、部屋は沢山御座います。」「避難場所・・・ああ、この村が山の谷間にあるからか。 村長の家が高台にあり、こんなに大きいのは、いざという時の避難の為なのだね。」 上空から見たサビエラ村は、谷間を流れる小川の畔に出来た村だった。 そういう地形にある村は、大雨の際に洪水に見舞われる場合が多いのだ。「一目見ただけでお分かりになられるとは・・・。 はい、その通りでございます。」「ふふん、僕にかかれば、この程度、かぁ~るい、かる・・・あだっ!?」 ケティはタバサのでかい杖で後頭部を殴られた。 ちなみに事前の打ち合わせで、ケティは何か賢そうな事を言う度に間抜けな事やって、場合によってはタバサがツッコミいれて静止するという手筈になっていた。 こうする事で、一瞬上がった評価は下がり、相手からあまり持ち上げられずに済む。 そうすれば吸血鬼の警戒度も、あまり上がらないという寸法だ。「主がご無礼をいたしました。」「君が主に無礼ではないかね、ファンティーヌ?」「それと、拠点として館の一部を貸して頂ける事に、主に代わりまして感謝を。」「おぉ~い、聞いているかねファンティーヌ?ファンティーヌ?」 抗議するケティの事はさらっと無視して、タバサは村長に対して優雅に礼を述べる。「あ・・・あの・・・。」 村長は、そんなケティをちらちらと見ながら、タバサに目で語りかける。 曰く《使用人なのに、そんな事しても良いの?》と。「ユルティーム坊ちゃま。黙ってて。」「ハイ、ワカリマシタ。」 タバサのひと睨みで、ケティはびっくりして黙ったフリをする・・・実はタバサの睨みに結構ビビったのは秘密である。「それでは村長。今回の件の次第を説明を。」「は、はい。あれは2ヶ月前の事で御座いました・・・。」 村長の語った事は、報告書に書いてある事ほぼそのままであった。 わかりやすく言うと、特に何も新情報は無い。 とはいえ、新情報は無いという事が判ったのも、ひとつの収穫ではある。 そして、恐らく村人達が唯一現在進行形で調べていて、報告書よりも情報収集が進んでいるであろう事柄について、タバサは切り出した。「吸血鬼の下僕たる屍人鬼について、何か分かった事は?」「はい。吸血鬼は村の人間のうち、警戒心の緩んだ者を見計らって一人一人血を吸っていきました。 これは村の事情をよく知る者が、手引きしている可能性が高いと考えております。 ただ、村の人間が自ら進んで吸血鬼に従っているとは考え難いので、その裏切り者が・・・。」「屍人鬼であると?」「はい、そうなりますのう。」 タバサの問いに、村長はコクリと頷いた。「ワシらとて、吸血鬼に黙ってやられたままでいるつもりはありませぬので、その取り掛かりとして屍人鬼を探してはおるのです。 伝承によれば、屍人鬼の体には必ず吸血鬼に血を吸われた跡があると言います。 それで村人を一人一人調べてみたのですが・・・ワシらが血を吸われているのは、吸血鬼のみに非ずという事に気付いた次第でありましてな。」「と、言うと?」「こんな山奥で野良仕事をしますと、虫に刺されたり蛭に噛まれたりしますでの。 しかも蛭の噛み跡と、遺体に残った吸血鬼の噛み跡がそっくりでしてな。 特にここらの山蛭は人の首筋を狙うのが好きでしてのう。 首に噛み跡がある者だけで、7人もおりましたわい・・・。」 村長が語ったのは、吸血鬼の噛み跡とここらにうじゃうじゃ生息する蛭の噛み跡の見分けがつかないという、とても頭の痛くなるものであった。「うはぁ・・・これは弱ったなぁ。」 これでは屍人鬼と一般人の判別が、非常に困難になる。 何せ屍人鬼は、吸血鬼と違って太陽の下でも動き回る事が出来るのだ。 噛み跡で判別出来ないとなると、見分けようがない。 ケティは額を押さえて嘆いてみせた。「この村は新しくやって来た占い師の親子を除けば皆顔見知り。 ですから吸血鬼は、おそらく森に居ります。」「なるほどなるほど。森にいるという推測は、そこから来ているのだね。」 ケティはそんな事を言いながら仰々しく頷いていたのだが、ふと何者かの視線に気づいた。 視線に気づいたというか、こちらを覗き込む者と目が合ったのだ。「ふむん・・・? ドアの隙間から誰か覗き込んでいるようだが、いったい誰だね?」 その目が合った者から視線を外さずに、ケティは問いかける。「覗き見とは関心しないな。出て来たまえ!」「ひっ!?」 ケティの呼びかけに怯えたのか、その何者かは逃げようとする。「ファンティーヌ、捕らえるのだよ。」「ん。」 タバサは短く頷くと杖をドアの隙間に突っ込んで、逃げようとした誰かを引っ掛けた。「きゃあっ!?」 誰かは、あっさりと杖に引っ掛けられて動きを止める。「バインド。」「キャ、な、何!?」 そしてケティが呪文をかけた縄によって、あっさりと捕縛された。「よい手並みだったよ、ファンティーヌ。」「恐縮です。」 ケティたちが捕らえた相手を確認してみると・・・。「ふむ。これは失礼をしたかな?」 そこには幼いといって良い年齢の少女が、全身を縄でぐるぐる巻きにされて転がっていたのだった。