若さは時に無鉄砲なものです敗北こそに人は多くを学ぶものです若さがあれば何でも出来ますただし金が必要なこと意外は、なのですが若さの暴走は取り返しのつかない結果を生み出すこともありますですよね、ワルド卿?「ZZZZZZZZZzzzzzzzz………。」昼食から二時間後、ワルドはまだ寝ています。精神力がすっからかんになるまで魔法を使い続けたようなのです。「…なあギーシュ、置いていかないか、このヒゲ。」「気持ちはわかるが、流石にそれは可哀想過ぎると思うのだよ。」才人が熟睡しているワルドを棒で突っ突いています。「もう少ししたら起こせば良いのですよ、要は日が暮れる前に到着すればよいのですから。 グリフォンの疲れもそろそろ回復しそうなのです。」悪夢を見ているのか、時々うなされているようなのですが、揺すっても全然起きる気配が無いのです。「起こしても起きなかったら、どうするんだよ?」「その時は仕方が無いので、置いていけば良いのです。 あと一人くらいならシルフィードの背中に乗せられますから、ラ・ロシェールで合流すれば何とかなります。」そう、ラ・ロシェールで合流という事にすれば、こんなになるまで必死でついて来る必要なんか全くなかったのですよね、実は。諦めてグリフォンの上でルイズといちゃつきながらのんびり来れば良かったのに、ムキになってついて来たりするから…。男の矜持ってやつなのでしょうか?前世の記憶を掘り返しても、よく理解できないのですが。「え!?ワルド様を置き去りにしちゃうの? 駄目よ、そんなの!」ルイズが怒って私に詰め寄ります。「飽く迄最後の手段なのですよ、ルイズ。 今すぐ置いていくとは、一言も言っていません。 幸いグリフォンでも一時間も飛べば、到着できる距離まで来ているのです。 黄昏時まで起きなければ、ブランケットでもかけて置いて行きます。 ラ・ロシェールの貴族用の宿は2軒しかありませんから、すぐに合流できるでしょう。 それとも、このままここで眠ったままのワルド卿と夜を過ごすつもりなのですか?」「う…ぐ、わかったわ。」ルイズは公爵令嬢ですから、野宿なんて選択肢は端から無いのです。「そもそも、このあたりには山賊も出るという噂があるのです。 ですから、この女性が多い構成のメンバーで日が落ちるまで居続ける危険は、可能な限り排除しなくてはいけないのですよ。 とはいえ、こうも何も無い場所では何もすることがな…。」その時、「ひゅん…ぷす」という音がして、私の足元に矢が突き刺さりました。「行ったそばから山賊なのですかっ!? タバサ、風の守りを!」「わかってる。」続いて飛んできた矢は、既に詠唱を始めていたタバサの魔法で軌道を逸らされ明後日の方向に落ちて行きます。「才人、ワルド卿を起こしてください。 使え得るあらゆる手段を使ってかまいませんっ!」「オッケー、オラ起きろこのヒゲ!!」才人はデルフリンガーを鞘に収めたまま持ち上げると、それで勢いよくワルドのお尻をぶん殴りました。…やきもちの分が今絶対入っていましたね、間違いなく。「ぬぐあぁぁぁぁっ! な、何だ、何が起きた!? 尻が、尻がああああぁぁぁぁぁぁっ!」ワルドが臀部を押さえてのた打ち回っています。「ワルド卿! お気の毒では在りますが、お尻の痛みを気にしている暇など無いのです! 敵襲なのです、とっとと目を覚まして反撃をお願いします!」「そ…そうはいっても寝起きにこの痛みは…ぐ…あ…。」才人、確かに私はありとあらゆる手段を使っても構わないとは言いましたが、強く殴り過ぎなのですよ。「ああもう仕方が無いのです。 炙り出します! キュルケ、弓が飛んできていると思しき場所に炎の矢をありったけ射ち込みましょう。」「わかったわ、せーので行くわね!」私とキュルケは詠唱を合わせます。まあ元々凄く短いスペルなので、詠唱が終わるのは一瞬です。『せーの、炎の矢!』私とキュルケが生成したあわせて300本近くの炎の矢が、山賊が隠れている繁みに向けて一斉に放たれました。炎の矢は火魔法の基礎魔法で、私達みたいなトライアングルクラスになると大量に生成できますが、火を飛びやすいイメージにするために矢の形に生成しているだけなので、突き刺さったりはしません。ただし、命中した対象物を燃やすくらいなら出来ます。それが例えば矢が飛んできた繁みに満遍なく降り注げばどうなるかというと…。「ぎゃああああ!熱い熱い熱い!」「だからメイジの集団なんて襲うのには反対だって言っただろ!」山賊が一瞬で盛大な焚き木と化した繁みの中から慌てて飛び出してきました。「賊どもに告ぎます! 今すぐ逃げれば命だけは見逃してあげますが、立ち向かってくるようであれば消し炭になるのを覚悟していただくのです!」ああ、自分の台詞回しがこんなに緊迫感を削ぐものだとは思ってもいなかったのです…。ですが今更口汚く言うには困難が伴うのですよ。「よりにもよって対集団に強い火メイジが二人だと!? 野郎ども、とっととずらかれ、消し炭にされちまうぞ!」山賊の親分は元傭兵か何かでしょうか?随分メイジに詳しいのですね?「ひい、なんてこった!」「お…お助けええええぇぇぇっ!」山賊たちはち散り散りばらばらになって逃げていきました。「意外とあっけなかったわね?」「多分、普段は平民の商人の荷馬車を襲っている連中なのでしょう。 私達はメイジですが、女が4人も居たから舐められたのではないかと思われるのです。」まあ、その舐めた女に撃退されたのですから、まさに自業自得なのです。「タバサ、助かりました。」「ん。」風魔法の汎用性の高さとバランスの良さは火魔法よりもずっと上です。ギトー先生の風魔法最強理論もこの事が根底にあるのでしょうが、火魔法だって目的を絞って特化させれば戦いの場に限っては十分以上に対抗できるのですよ。それは兎に角…。「この男ども、全然役に立たなかったわね…。」長身のキュルケが、男性陣を半眼で見下ろすように見ました。「それを言われると、ぐうの音も出ないです、はい。」「土系統は遠距離攻撃が苦手なのだよ…。」才人とギーシュは情け無さそうに頭を掻きます。「尻さえ痛くなければ、戦いに加わることも出来たのだが…申し訳ない。」まだお尻が痛いのか、ワルドは片手でお尻をさすっています。「ええと…私も何も出来なかったんだけど?」ルイズが気まずそうに手を揚げました。「ルイズは姫様に手紙を運ぶ役を仰せつかっていますから、役をきっちり果たしているのです。 むしろ戦いに加わってはいけません。」「え…いや、そうかもしれないけど、私だけ何もしないのも…。」ルイズは困ったような表情になってしまいました。「まあ取り敢えず言える事はですね。 あの燃えている繁みをどうにかしないと、ここ一帯が焼け野原になってしまうのですよ?」『あ…。』結構勢い良く燃えているのですよ。命の危機だったとはいえ、どうしましょう…?「ワルド卿、ウインドカッターか何かで、あの茂みの周りにある草を取り除いて火から遠ざけられませんか? 風はありませんし、周囲に燃えるものがなければ、とりあえず延焼は防げる筈なのですよ。」「わかった、不甲斐ない姿を見せっぱなしだからね、喜んでやらせてもらうよ。」ワルドが呪文を唱えると、さすがはスクウェアメイジというべきか、ものすごい勢いで茂みの周囲5メイルほどにある草がスパスパ切れて遠ざけられていきます。茂みは燃え尽きてしまうでしょうが、延焼は取りあえず防ぐ事が出来そうなのです。「すげえ…何という草刈りメイジ。」「放っとけっ!」才人のボソッと呟いた一言に言い返すワルドの目に光るものがあったのは、言うまでもないのでした。ラ・ロシェールに到着後、私たちは『女神の杵亭』というラ・ロシェール最高級の宿に私達は泊まる事になりました。別にこんな高い宿でなくても『月夜亭』という、貴族用のそこそこ高級な宿でも良かったと思うのですが…。おかげで財布のお金の半分近くが吹き飛んだのですよ、辺境の田舎貴族と大貴族の格差を垣間見た一瞬なのでした。…領収書は貰って来たので、後で王家に請求しましょう。ワルドとルイズは港に船を捜しに行っています。アルビオンは現在内戦中なので、いくらこの世界の戦争がのんびりしているとはいえ、定期便は止まっていますから待っていても無駄です。ワルドが『役に立てなかったお詫びに船を探し出してくる』とか言いはじめ、それにルイズが『私も行く!』と、ついていってしまいました。「行かなくて良かったのかね?」「いいんだよ、あの草刈りヒゲがいれば大丈夫だろ?」この宿の一回にある食堂で残された私達はワイン片手にまったりしていました。今日はまだボケとツッコミしかしていない、真の役立たず二人が私の横で何か話しているのです。「一緒に行くべきだったのではありませんか? ルイズが好きなのでしょう、才人?」「ば、バカ、ちがうよ! いやまあ確かに容姿は俺のストライクゾーンど真ん中だけど、そういう事ではなく…だな…何というか。」ふふふ、才人の顔が徐々に赤くなっていくのはなかなかの見ものなのですよ。「大体、あのヒゲとルイズってだいぶ離れているだろ、なのにベタベタベタベタとロリコンかよアイツ!」「ワルド卿は髭のせいで老けて見えますが、たぶん25歳くらいなのです。 10歳程度離れているくらいなら、ごく普通なのですよ。」姉さま達の中にも10歳以上の歳が離れている人のところへ嫁いだ人はいるのです。転生前の日本でも10歳くらいの歳の差カップルなら結構いるはずなのですよ。「うぐ、そんなに若かったのか…あいつ。」「しかしまさか、使い魔がご主人様のことを好きになるとはね。 流石は規格外の使い魔だよ、君は。」ギーシュはそう言うと、肩を竦めて見せました。コントラクト・サーヴァントには多分、双方が惹かれあうように感情を制御する類の魔法が混じっている筈なのです。本来は召喚者の好みにそぐわない使い魔を召喚者の好みであると錯覚させる効果と、獰猛な使い魔に召喚者への好意を抱かせて攻撃できないようにする為なのでしょうが、人間同士の場合は恋愛感情にすり替わってしまうのですね。だから、ルイズと才人はどんなに反目しあっても、どんなに喧嘩しても惹かれあうのです。別にそれが不自然な事だとは全く思いませんよ、吊橋効果みたいなものですから。内分泌系の錯覚から始まる恋があるならば、魔法で引寄せられる恋があっても良いでしょう。本人達が幸せならば、原因が何であるのか…などというのは、実に下らない話なのです。「才人、もしもワルド卿とルイズがと結ばれてしまったとしたら、貴方は死ぬほど後悔する事になるのですよ?」「う…いや、ねえよそんな事は、絶対に。」才人が困ったように目を逸らしました。こういう強情な所が結構可愛いのですよね、才人は。「ふふっ…まあ、何にせよもうルイズとワルド卿は出かけてしまったのですから、ああだこうだ言ってもどうにもなりはしないのですが。 でも才人、手を離してはいけないときには、離してしまっては駄目なのですよ?」「うんうん、ケティの言うことは実に含蓄深い。 僕は時々ケティが年下だという事を忘れてしまうのだよ。」ギーシュ、それはつまりおばさんくさいという事なのでしょうか?「あら、三人で何の話をしているのかしら?」そこにキュルケがやってきました。風呂上りなのか、薄着でいつもにも増して胸の谷間を強調した服を着ています。才人、ギーシュ、何なのですかそのだらしの無い顔は。「青春において度々やってくる、大いなる葛藤について話していたのです。」「わかりにくいけど、恋ね?」「わかりやすく言えば、恋の話なのです。」ゲルマニア人は言動がそのものズバリ過ぎるのです。そういうのは大好きですが、話題が繊細なのですから、もう少し詩的に、優雅に…。「なるほど、貴方とギーシュの事とか?」「なんなっななななな!?」いきなり何を言い出すのですか、キュルケ!?「へ?僕がどうかしたのかね?」「何でもないのですよ、なんでも無いったら無いのです!」ギーシュが一見女誑しっぽい癖に、実は野暮天の朴念仁である事に感謝するしかありません。「キュ、キュルケ、わけのわからない事を言わないで欲しいのです!」ギーシュはモンモランシーとくっつくべきなのです。私なんかが立ち入って良い隙などありはしないのですよ。「えー?わたしはありだと思うんだけどなぁ…。 結構まんざらでも無いんでしょ?」「な、何を言うのですかキュルケ、そんな事はありはしないのですよ。 それよりも、タバサは?」タバサは、タバサはいったい何処に?「タバサならいつも通り部屋で本読んでいるわ。 それよりも、貴方の恋の話でしょ?」「そ、そんな話は元から無いのですよキュルケ!?」何でいきなり私が追い詰められているのですかっ!?しかもキュルケめっちゃ楽しそうなのですよ、表情がっ!「ふーん、そんなこと言っていると後悔するわよ?」「断じて後悔などしないのですっ! 私は、私は…っ!」」ドアが開いて、ワルドとルイズの二人が帰ってきてくれました。ナイスタイミングなのですよ、二人とも!「お疲れ様なのです、ルイズ、ワルド卿。 …で、首尾はいかに?」「あー!逃げた!?」キュルケが何か言っていますが、無視無視なのです。「ぜんっぜんダ・メ! こっちが親切丁寧にお願いしてあげているっていうのに、なんなのかしらあの態度は?」「はぁ…明後日にならないと、例え始祖ブリミルが夢枕に立ったとしても船は出せないとまで言われてしまったよ。」ルイズの態度が超ビッグなのです。ひょっとしてそれで断られたのでは…?「私が急ぎのとても大事な任務だって何度も言ってあげているのに、何でわからないのよあの船長は!? 莫迦なの?死ぬの?」態度が超ビッグなのが悪いのではないかと思うのですよ、ルイズ。「ねえケティ、何で明後日にならないと船が出ないか知ってる?」「スヴェルの日の翌日に、アルビオンはこのラ・ロシェールに一番近づくからなのですよ。」スヴェルの日にはあのふわふわ浮く巨大な島が、ラ・ロシェール近くの空までやってきます。数年に一回はラ・ロシェール上空までやってきて、町が夜みたいに真っ暗になる事もあるのですよ。「ああ成る程、そういう事なの。」「いやケティ、そのスヴェルの日ってのがさっぱりわからないんだが?」納得するキュルケの横で、才人が右手を挙げています。「スヴェルの日とはですね、双月が重なり合って一つになる日なのですよ。」「月が重なり合って一つになるのか、へえ。」あの双月、同じくらいの大きさに見えるのですが、手前にある月と後ろにある月では多分全然大きさが違う筈なのです。しかも結構離れているのでしょう。でないと、今頃激突してハルケギニアに大災害をもたらしている筈なのですから。「これで全員揃ったのですね、では部屋割りを発表するのです。 もう入っていますがキュルケとタバサが同じ部屋、私とルイズが同じ部屋、後の野郎どもは適当に馬小屋ででも寝ていやがれなのです。」『おぅい!?』いいツッコミなのです、三人とも。「冗談なのです。」そう言いながら、鍵を取り出して才人に渡しました。「三人には少し大き目の部屋を用意してもらいました。 普通のベッド二つに簡易ベッド一つを置いてもらったのですよ。」「心臓に悪い冗談だぜ、ケティ…。」私は三人の驚く顔が見れて、大いに満足だからそれで良いのですよ。「あー…ちょっと良いかな、ミス・ロッタ?」「はい、何でしょうかワルド卿?」ワルドが気まずそうな表情で私を見ています。「ルイズと一緒の部屋になり…。」「却下なのです。」ワルドが言い切るまでもなく、その案は却下なのです。「い…いやでもだね、僕らは婚約者なのだし…。」「婚約だろうが蒟蒻だろうが、駄目な物は断じて駄目なのです。 そもそもワルド卿と私の部屋を取り替えたら、私はギーシュ様や才人と一緒の部屋で寝る事になってしまうのですよ? 狼の群れにか弱い羊を放り込むような真似をなさるおつもりなのですか、ワルド卿?」ギーシュにはかつて酔った勢いで押し倒されそうになりましたし、才人も夜這いの前科持ちなのですから、どう考えても貞操の危機なのです。「…そういう事では、仕方がないか。」「御理解に感謝いたします、ワルド卿。」ルイズと私の乙女のピンチはこうして何とか回避されたのでした。「ケティ、あんたサイトと仲良いわよね?」「友達という意味でなら、確かにそうなのです。」ルイズが唐突にそんな事を尋ねてきました。実はルイズとあまり話した事が無いのですよね。口数が少ないタバサとよりも会話をしていないのは、問題があるような気はするのです。「でも、私の折檻を受けた才人の事を、あのメイドみたいに時々助けているでしょ?」「友人を助けないで通り過ぎられるほど、私は薄情でも冷酷でもないのです。 男女の関係が全て色恋で結びついているわけではないのですよ、ルイズ?」あのメイドと言われても、どのメイドかわからないのですよ。シエスタの事だとは思うのですが。「確かに私は昨夜才人を部屋に招きはしましたが、それはタバサも居たからなのです。 流石に私一人で異性を部屋に招くような事はしないのですよ。 それに、才人はルイズの事が好きなのでしょう?」「ええ、ななな何を言っているのよ!」おお、ルイズの顔が物凄い勢いで真っ赤になっていくのです。「嫌いな相手に夜這いはしないのですよ、常識的に考えて。」「あの馬鹿犬が盛っただけよ! あいついつもいつもいつもいつもツェルプストーやメイドの胸ばかり、むむ胸ばかり見てるもん! 私の胸見て溜息吐いたのよ、そんな奴が私のことが好き?すすす好きですって!?」ルイズの顔が見事なくらい真っ赤になっているのです。ふむ、この頃から結構才人にも脈はあったのですね。「もももし、もし、もしそうだとしても、私はご主人様であいつは使い魔なのよ、そんな関係になるわけが無いわ、ええ無いったら無いわ!」「その強がりが、はたしていつま…ん? 誰か来たようなのです。」ノックの音がしたので、ドアを開けてみるとワルドがいました。「ワルド卿、何か御用なのですか?」「ルイズと少々話がしたいんだ。 ミス・ロッタ、すまないが少々席を外していただけないだろうか?」ルイズに結婚しようと言うつもりなのですね。でも、今まで全く何も良いところが無かったのですが?「わかりました、ほぼ重なり合った双月の下でワインを飲むのも乙でしょう。 少々外出するので、その間に何なりと話し合ってくださいなのですよ。」さて、誰かを誘って月見酒と洒落込むとしますか。「…楽しいのですか、才人?」「思いっきり虚しい、実は。 つーか、飲兵衛だなケティ。」ワインのボトルと杖を右手に持ち、左手でコップに注がれたワインを飲んでいるだけで飲兵衛扱いとは心外なのですよ?今いる場所は私とルイズの部屋の窓の外、サイトは窓枠にしがみつきながらルイズとワルドの動向を覗き、私はレビテーションでふわふわ浮いているのです。「盗み聞きはアバンティの教授だけで良いのです。 デルフリンガーも覗きなんかの為に使われて、不服そうなのですよ?」「ああその通りだ娘っ子、俺今すげー情け無い気分でいっぱいだ。」剣として殆ど役に立っていないのですから、ストレスが溜まっても仕方が無いのかもしれません。「もう少しすれば嫌でも活躍せざるを得なくなりますから、それまでの我慢なのですよ、デルフリンガー。」「そうだよな、もう少しでアルビオンだものな、戦争中なんだから出番だよな斬れるよな、ククククク…。」また妖刀モードなのですかデルフリンガー。アルビオンに行く前に一戦できるとは、まさか思ってもいないのでしょうね。「黙れ妖刀。 なあケティ、俺も一杯飲みたい気分だよ、なんかやってられない感じ。」「良いのですよ、どうぞ。」コップにワインを注ぎ足して、才人に渡しました。「え?あ、ああ、うん。」ちょっとびっくりした様子になった才人でしたが、そのまま恐る恐るワインを飲み始めました。「お、うまいな。」「タルブのビンテージものだそうなのです。 先ほどの夕食の時に、数本くすねて来たのですよ。」こんな水より高いワインなんて、滅多に飲めるものではないのですよ。「美味かったよ、あと間接キスもご馳走さん。」「ななな…!?」此方にはそんな習慣は無かったのですっかり忘れていましたが、思い出したら恥ずかしくなってきたではないですかっ!「こ、此方にはそんな風習は無いのですよっ!」「でもケティ、転生前は俺の世界の人間だったじゃねえか?」へらへらと笑う才人にイラッと来ますが、レビテーション中なので他の魔法が使えないのです。「そんなのすっかり忘れていたのですよっ! 15年間此方で生まれ育ってきたのですから。」「へっへっへー、ケティと間接キッスー♪」久々に思い出したあちらの風習に少々混乱している間に、危機は頭上へと迫ってきていた事に、私達は気付かなかったのでした。「…誰と、誰がキスですって?」恐ろしげな声に上を向くと、そこにはルイズという名の大魔王が!?「答えなさい駄犬、誰と、誰がキスですって?」「はい、俺と、ケティが、間接キスです。」ルイズの目が此方をギロリと睨みます。「友達って、言っていなかったかしら?」「と、友達なのですよ? 始祖ブリミルに誓って、才人とはただの友達なのです。」「そそそうなの、とと友達とキスするんだ、ケティは、ふーんそう、ふーん。」ひょっとして、間接キスという習慣が此方に無いから、才人の言っている事がルイズに上手く伝わっていないのですか?「違うのですよ、キスではなく間接キスなのです。」私が伝えたら、誤解は解けるかもしれないのです。「間接?何それ?」「才人の国では、杯の回し飲みで、他の人が口をつけたところに口をつける行為を間接キスというのだそうです。 才人に杯を貸してワインを飲ませてあげたら、そういう話をして私をからかい始めたのですよ。」全責任を才人に押し付けつつ、間接キスについてルイズに説明してみます。「駄犬、つまりあんたは異性の友達をからかっただけだというわけね?」「はい、全くその通りでございます。」取り敢えず、私への理不尽な怒りは解けたようなのです。良かった、良かった。「あんたが全ての元凶か、この駄犬!」「ぼべら!」その代わり、全ての怒りが才人に放たれたようなのですが。顔を蹴り飛ばされた才人は、壁に剣を突き刺して何とか落下せずに済んだようなのです。「こ、殺す気か!?」「恩知らずには当然の末路よっ!」うんうん、その通りなのです。翌朝、ルイズがワルドの呼ばれたというので一緒に来てみると、サイトとワルドがいました。「ワルド、来て欲しいというから来たけど…何をするつもりなの?」「彼の実力を測ってみたいと思ってね。」ワルドを挟んで向こう側には、デルフリンガーを抜いた才人もいます。「決闘なのですか?」「おやミス・ロッタ、君も来たのか。 良いや、決闘じゃないよ。 実戦形式の手合わせといった所かな?」ワルドは少しびっくりしたような表情を一瞬浮かべましたが、すぐに笑みに変わりました。「私はルイズと同室なのですから、彼女が起きれば私も起きるのは道理なのです。 朝の散歩がてらについてきたのですよ。 私はお邪魔なのですか?」「いいや、見届け人が増えても別に困りはしないさ。」さてはて、ここで才人が瞬殺というのも面白くありません。コンマ数秒でも才人がやられるまでの時間が長くなるように、少し梃入れさせてもらうのですよ。「才人と少し話をさせてもらっても良いですか?」「ああ、いいよ。」ワルドが頷いたので、才人に少しアドバイスでもさせてもらいますか。「才人、ワルド卿はスクウェアクラスのメイジです。 努々舐めてかかる事など無いようにするのですよ?」「いやでもあいつって、強いのか? 昨日一日格好良い所を全く見かけなかったんだけど…。」確かに草刈りしか活躍の場がありませんでしたからね。「私よりは間違いなく強いはずなのですよ、昨日はあんなでしたが。」「ケティよりも…って、今の俺全く勝ち目無くないか?」何処の大魔神ですか、私は?「今の才人になら工夫次第で勝てるでしょうけれども、そこまで無茶なほど強くは無いのですよ、私は。」「いやでも、ケティの特製ファイヤーボールとか喰らったら、間違いなく影だけ残して蒸発して消えるよ俺?」当たらなければどうという事は無いと、仮面の人も言っているのですよ。「私のファイヤーボールは直線的に飛びますし、照準も目視で行います。 つまり、私の目の限界を超えた動きで動けば、私のファイヤーボールがどんなに熱かろうが当たる事など無いのですよ。 そして、ガンダールヴの超絶的な身体能力を使えば、それは割と容易い事なのです。」まあ、ガンダールヴの動きを止める方法もいくつか考え付いてはいますが、当然教えてあげません。「私の事はどうでも良いのです。 それよりもワルド卿の事なのです。 彼はスクウェアメイジであり、同時に親衛隊の衛士なのです。 手っ取り早く言うと、彼は魔法剣士なのですよ。」「魔法剣士…って、魔法と剣の両方が使えるって事か? それ、ずるくねえ?」才人が表情を曇らせました。「戦いに卑怯もへったくれも無いのですよ、勝った者が正義なのです。 彼の杖が剣であることは伊達ではないのですよ。 ワルド卿は剣士としても一流なのです。 ですから、接近戦なら絶対勝てるという先入観は捨ててください。 スピードを生かしてヒット&アウェイを行い、兎に角彼の技に捕まらないようにするのです。」「お、おう、わかった。」まあ付け焼刃などどうとでもされてしまうような気はしますが、やらないよりはましなのですよ。これで何とかなるかもしれません。…などと思っていた時期が私にもあったのです。「あっという間でしたね。」「うっ…。」原作よりも持ったのかもしれませんが、よくわかりません。いくら動きが早くても、軍人の鍛えられた目には十分捉えられる素早さだったようで、動きを読まれてあっという間にやられてしまいました。「俺…駄目だったよ、全然敵わなかった。」「ギーシュ様はただの学生なのですよ、今の才人はただの学生にもボロボロになって勝てる程度でしかありません。 ですから軍人であるワルド卿に勝てる道理は無いのです。 強いのは当たり前なのですから、そこまで気落ちすることは無いのですよ。」才人は訓練場においてあるベンチに腰掛けて、項垂れています。「ルイズの前で負けたのはとても残念だとは思いますが…。」「はは、俺じゃあルイズを守れないってさ。」才人は顔を上げようとはしません。地面には数滴の涙の跡があります。「いいえ、大丈夫なのです。 才人はルイズを守る為に呼ばれたのですから、才人にはそれを成す為の力が必ずあるのですよ。」「じゃあ何でワルドに負けたんだよ、俺全然弱いじゃねえか、気休め言うなよケティ!」両肩を掴んで揺さぶら無いで下さい、目が、目が回ります。「力があっても、それを出し切れる状態に無いからではないですか? 剣を使うのであれば、きちんと剣の素振りでも何でもするべきだと思うのです。」「それで何とかなるって保障が何処にあるんだよ!」ああもう、聞き分けの悪い主人公なのですね、貴方は!「この馬鹿者!男がいちいち女々しい事を言うんじゃないのですよ!」「ぐがぁ!?」私の拳が才人のこめかみにクリーンヒットなのです。「止まるな、進め、努力あるのみなのです。」「ふ、普通そこで拳が出るか?」正直な話、拳が滅茶苦茶痛いのです。女の子のやわな体で男を殴るものではありません。「私に拳で語らせるほうが悪いのです。 見て下さい、腫れてきたではありませんか。」「う…ごめん。」まあ、自業自得なので才人が謝る必要は全く無いのですが。「謝っている暇があったら、剣の練習をするなり、何か小細工で乗り切る方法を考えるなり、ルイズを守る為にどうすれば良いか行動するのですよ。」「わかった、ケティに殴られたらなんか気合入ってきた! よし、やってやるぜっ!」単純で結構、兎に角今は精進あるのみなのですよ、才人。