聖なる都ロマリアの主、教皇ハルケギニアの宗教勢力を束ねる大ボスであるが故に、各国の王すら凌ぐほどの最大級の権威を有します聖なる都ロマリアの主、教皇本当に宗教は面倒臭いですよね。宗教とは精神の阿片であるとはよく言ったものですね。織田信長公を見習って、権力振りかざす坊主は火にくべるべきなのです聖なる都ロマリアの主、教皇教皇とかどうでも良いですから、銃を。私に銃をくださいプリーズ「さて、では先ず始めに・・・ワルド卿?」 私はとあるものをカバンから取り出し、ワルドに見せます。「・・・何だ、その書類は?」「貴方が欲しているものですよ。 貴方のお母様が残した論文を基に行った、所謂《大隆起》に関する追加調査の資料なのです。 これは貴方が、トリステインを乗っ取ってでもやりたかった調査ですよね?」 こっちでエイジス32世との会見の際に大隆起の話に触れるかもしれないという事で、アカデミーに調べて貰っていた大隆起の資料を持ってきておいて大正解でした。「大隆起を知っているのか、君は・・・。」「国内の反乱分子を取り締まる為の調査として、貴方が具体的に何をしようとしていたのかを調べる必要がありましたから。 徹底的に調べ上げさせて頂きましたよ、勿論。」 最初からあたりが付いているものを調べたので、あっという間に見つかったのですよね。 十数年前に停まった研究でしたので、現在アカデミーに依頼して研究を再開しています。 ちなみにこの研究の担当者は、エレオノール・アルベルティーヌ・ル・ブラン・ド・ラ・ブロワ・ド・ラ・ヴァリエール公爵令嬢。 何事にも一切妥協せず、とことん厳しく突き詰めていく性格は、恋愛や結婚には向いていないものの研究者としては一級品。 現在も、物凄い勢いで研究を続けているようなのです。「・・・それで、君の感想は?」「大隆起に関して、ですか?」「その通りだ。 君は大隆起に関して、どのような感想を持ったのかね? 莫迦莫迦しいと、思わなかったか?」 ちなみにですが、ワルドはこの件について何度か関係各所に掛け合って、全て無視されていたという事が判明しています。 まあ当時の国王はマリアンヌ様ですし、国政が停滞し汚職が蔓延っていた暗黒の時代だったのです。 そりゃあもう金にならない話なんか、全く相手にもされなかったでしょうね。 故に彼の情熱は猛烈に空回り。 このままだと彼の母親が発狂しながら警告してくれたにも拘らず何の手立ても打てずに世界が滅ぶ、何とかしないといけないとレコン・キスタと手を結んだ・・・って感じらしいのですよね。 姫様に王が代替わりして、猛烈に働いているお蔭で全てが正常に回り始めたので、もうちょっと待てば良かったのにという気もしなくもないです。 ですがワルドがレコン・キスタと手を組んでトリステイン侵攻を企てなかった場合、姫様は未だに王では無かったでしょうし、マリアンヌ様が王のままだったでしょう。 何というか、ちょっとタイミングがずれてしまったというか、間が悪いと言いますか、こういう運命だったのかなと言いますか。 ・・・万事ままならないものですよね、人の世というものは。「このままだとこのハルケギニアは、深深度にある風石の鉱脈がふとした切っ掛けで励起する事で、地が裂けバラバラに砕けながら空に浮く事になるでしょうね。 そしてその後に、風石の影響の弱い所から順々に落下して、更なる被害を引き起こす事になるでしょう。 この世に地獄が顕現する事になります。とんでもない事なのです。 よくもまあ、ほぼ孤立無援の状態で調べ上げたものですね、貴方のお母様は。」「・・・非現実的だとは思わなかったのかね?」「狂人の戯言であれば最高なのですけれどもね。 実は今回ロマリアに来た理由の一つが、まさにそのお話でして。 この件はロマリアも予め知っていた話なようなのですよね、これが。」 私はそう言いながら、出された香草茶で舌を潤します。 最近、ロマリアの僧衣貴族社会では香草茶に甘草のシロップと蜂蜜を割ったものをドバっと入れて飲むのが流行っているらしく、滅茶苦茶甘ったるい味が口中に広がりました。 ・・・うーん、これは甘い。私はほんのり甘い程度のお茶が好きなのですが。「予め、知っていた・・・?」「ええ、何せこのハルケギニアの古い情報諸々を、全て握っているのがこのロマリア。 過去に起こった大隆起に関しても、当然知っているという事なのでしょう。」 呆気にとられた表情のワルドを見つつ、私はお茶をもう一度口に含みます。 うーん、なんと言いますか口に合わないのです。ロマリアにも蒲公英茶を広めねばなりませんね。 新しく広まったものの新しい飲み方には、すぐに手は出ないものですから。「それにですね。エイジス32世猊下が教皇になるまでは、教会は大隆起に関しての情報を隠す方向に動いていました。 貴方のお母様の研究は周囲に全く相手にされなかったどころか、容赦無くアカデミーの研究予算が打ち切られたようなのですが、その原因のかなりの部分はこれなのです。 個人で研究しているうちは良かったのでしょうけれども、纏めた研究を発表した事で、異端審問官に目をつけられたのでしょうね。 彼らの仕事は、異端者を磔刑にする事だけではありません。ロマリアが知らせたくない事を知らせないようにするのが、彼らの任務の本質なのですよ。」 ラ・ロッタに何度も何度も異端審問官が侵入を試みては蜂の餌になっているのも、これが原因だったりします。 焚書指定の様々な書物は、彼らにとって『知らせたくない事柄』な為に、彼らはある種の使命感を持ってラ・ロッタ領に挑み、そして蜂の餌になるわけなのです。「まあつまり・・・ワルド卿は計らずもこの事業で、母君の敵に一矢報いていたという事になりますね。」「・・・・・・・・・・・・。」 ワルドは無言で天井を見てから、私の方に向き直りました。 そして、私の目をじっと見つめます。「君がこれらの情報を知ったのは、何時かね?」「姫様・・・いえ、陛下がトリステインを粗方掌握してからですね。 それ以降は陛下子飼いの配下として、こき使われる毎日なのです。」「本当に?」ワルドが『君は最初から知っていたのではないか?』みたいな視線を送ってきますが、肩をすくめつつ笑顔で流します。「本当にも何も。片田舎の深い森の奥に住んでいる貴族の娘が、大隆起に関する情報を知っていたら、それこそ不思議というものですよ。」「僕がトリステインに残している伝手から探った情報によれば、母上の論文を入手して調べ陛下に伝えたのは君だと聞いているがね。 アカデミーの資料室から母上の論文のみを偶然見つけて持ち去った・・・などとは、まさか言うまいね?」 わかってはいましたが、ワルドの伝手が王城の中にまだ残っているのですね。 しかし、ここで明かしてしまいましたか。たかだか私ごときを脅す為だけに、その手札を。うーむ、不器用な。 ・・・まあ、腹芸が上手いならば当時のワルドの地位があれば、私今パッと思いつく限りでも色々と根回しは出来ましたし、そうであれば裏切らずに中に居ましたよね、うん。「なんだかんだで、根っからの武官なのですね・・・。」「急になんだね?」 首を傾げるワルドの横で、マチルダが『あちゃー・・・』といった感じの表情で額を押さえています。 彼女には私が思わず漏らした呟きの意味が分かっているみたいですね。「いえ、ものの考え方は今でも武人のままなのだなと、そう思っただけなのですよ。まあ、それはさておき話を戻します。 私が大隆起の件でそのものズバリを引き当てた件ですが、それっぽい文献が教会の介入を受けない我が家の書庫には残っていた・・・と言えば満足でしょうか? 当家の書庫には、おそらくハルケギニア最古の聖典・・・の、複製品の、そのまたごく一部と思しき写本がありまして。」「そこに大隆起の事が書いてあった・・・と?」「ええ。信じようが信じまいが構いませんが、私にとってはそれが真実なのです。 今の聖典には書かれていない箇所ですので気になって調べてもらった結果・・・ワルド卿の母君の文献に辿り着いて、さらに精査してみた結果として判明したわけでして。 ちなみに見つけたのは、貴方が土下座してルイズへと婚約者変更を申し込んだせいで、あれだけの家格にも拘らず婚期を完全に逃した貴方の幼馴染にして元婚約者のエレオノール殿です。」 私の一言で、マチルダのワルドに対する視線がすうっと冷たくなりました。 婚約者の変更を頼み込むって物凄く失礼な事といいますか、『うわこいつサイテー!』とか思われても仕方が無い行いですから。 変更してくれって頼まれた方の娘の面子丸潰れですからね。「ちなみにその必死で頼み込んで変更して貰った次の婚約者のルイズを、騙して丸め込もうとした事にカリーヌ様がとてつもなく激怒しておりますので、反逆云々を置いておいてもトリステインには二度と戻らない事をお勧めします。」「・・・もしもだが、カリーヌ様に僕が生きている事がバレたらどうなると思うかね?」 真っ青な顔になり、取り敢えず聞いてみるといった調子でワルドがそーっと尋ねてきました。 ワルドはカリーヌ様の超スパルタ教育で幼少期から鍛えられたのもあり、親衛隊長まで上り詰めたわけでして。 まあつまり、カリーヌ様が全力で暴れるとどれだけ怖いのか、身に染みて知っている人という事でもあるのです。「約束破りに規則破りに法律破りと、カリーヌ様が大嫌いな事を全部やっておいて、更に娘を2人も裏切って恥をかかせた。 貴方が思っている『確実に起こるであろう事』以外の結果があると思いますか?」「生きているのがバレた時点で、僕の死は確約されるというわけだな。」 私にはカリーヌ様に生まれたての仔山羊みたいに怯えながら必死に立ち向かうも、アホみたいな勢いの竜巻に巻き込まれて遍在ごと木端微塵に粉砕され、あっさり秒殺されるワルドしか想像できません。 ワルドも同じのようで、全身が凍えているかのように震え、顔が死人のように青いのです。「今更聞くのもなんですが、何故に裏切ったのですか・・・? こう言っては何ですけど、ルイズの懐柔に成功していたとしても確実に殺されますよ?」「今更言うのもなんだが、僕自身も何故にここまでの危険を冒してまで裏切ったのか、わからなくなってきた。 今になって思い返すと、思いつめ過ぎて錯乱していたとしか思えんよ・・・。」 なんか本当に哀れになってきましたね、この序盤中ボスキャラ・・・。「えーと・・・そんなに強いの、そのカリーヌ様って? ジャン、貴方は王国の親衛隊長だったのに、そんなに怯えるだなんて。」 ガタガタ震えるワルドを心配そうに見ながら、マチルダが尋ねてきました。「カリーヌ・デジレ・ド・マイヤール・ド・ラ・ヴァリエール公爵夫人。 二つ名は『烈風』と言えば、わかるでしょうか?」「れ、烈風って、まさか烈風カリン? 人型の激甚なる天災とか呼ばれていて、1人で要塞を軍団ごと木端微塵にした事があって、以降は戦場に現れるだけで敵兵の士気が完全崩壊したとかいう・・・。」 うーむ、相変わらず全盛期の烈風カリン伝説は恐ろしいのですね。 なんですかそのゴジラはっていう戦果ですが、以前その話をした時に私の方をカリーヌ様が見て懐かしそうにしたのがとても不穏なのです。 本当に裏で何をしていたのですか、過去に行った未来の私は。 過去なのに未来の自分なので、今の私では一切コントロール出来ない所がとても怖いのですが。 言っても好き勝手にやるような気しかしませんが、好き勝手やらないでください、過去に居る未来の私!「ええ、トリステインで烈風の二つ名を名乗れるのは、これから暫くは彼女だけでしょうね。」「ああああ貴方ね、何であんな正真正銘の軍神に喧嘩売っているのよ?」「おおおおおお落ち着けマチルダ落ち着くのだだだだ。」 私が言った途端に、取り乱したマチルダがワルドをガックンガックン揺さぶりはじめました。「おち、落ち着けるわけないでしょ、烈風よ、烈風カリンよ!? あの『悪い子にしていると烈風カリンが吹き飛ばしに来るわよ』と言っただけで、子供が泣いて『ごめんなさい!いい子にしますから!』って謝りだす烈風カリンよ!?」 外国ではそんな《なまはげ》みたいな扱いになっているのですか、カリーヌ様・・・。「あーマチルダ殿、マチルダ殿。そんなに焦らなくても大丈夫なのですよ、私を裏切ったりしない限りは教えませんから。 ワルド卿の居場所も、貴方の居場所もね。」「私の居場所・・・って、私が何かしたかしら?」 ワルドを揺さぶるのをやめて、マチルダが首を傾げているので、教えてあげましょう。「ええ、烈風カリンの娘を自作のゴーレムで殺そうとしたではありませんか。 ピンク色のふわっふわの髪のそれはそれは可愛らしいルイズという極めつけの美少女が居たでしょう?彼女が烈風カリンの娘なのですよ。 親が子供を傷つけられそうになった時にどういう反応を起こすか、少し考えれば何となくわかりますよね?」「ぎにゃああああああああぁぁぁ!?がく。」 マチルダが頭を抱えて悲鳴を上げてから気絶しました。 ああ、何だか非常に面白い会談になってまいりましたね。「ほほほ、常識人をからかうと愉しいのです。 まあそれはそれとして、商談に戻りましょう。」「ええと、マチルダは・・・?」「起こさないであげてください。死ぬほど疲れていたようですし。」 上手い具合に、交渉が上手そうな方が気絶してくれました。 行き当たりばったりでただの面白半分でしたが、便乗して脅かしてみて良かったのです。「さてと。ではワルド卿、今回は何か持って来てらっしゃいますか?」「あ、ああ。最初だから珍しいものが良いのではないかと思ってね、これを持って来たのだが。」そう言いながら、ワルドは一丁の銃を差し出してきました。「今まで見た事が無い形のものだから、珍しいかと思ってね。」「わお、アグラム2000。確かに珍しいと言えば珍しい。」 それはアグラム2000という、クロアチア製の短機関銃でした。 クロアチア共和国で開発製造されてユーゴスラビア紛争で使われた銃であり、紛争終結後には大量に欧州に流れて犯罪組織で使われているとか何とか。 元々は法執行機関用に開発された治安維持目的の銃だったのに、実際には元隣人に向けて発砲されたという、悲しい経緯を持つ銃なのです。「ではこれは取り敢えず100エキューで。」「いや、いくらなんでも安過ぎやしないかね?」 1エキューは金貨一枚。日本円で考えると、だいたい1万円くらいだと思ってください。 100万円ですよ、よく考えなくても破格なのですよ。「いやしかし前に聞いた話では、君はトリスタニアの闇市で2000エキューもの大金を払って銃を買ったと聞いたぞ?」「よく知っていますねって、本人から聞いたのですね? まったく口の軽い・・・彼には沈黙こそが長生きする秘訣だと、今度伝える事にしましょう。」 2000万円もポンと貰ったら、気が大きくなりますよね、そりゃ。 だからと言って大きな取引の話をホイホイ漏らしたら、いつか消されますよ? 具体的に言うと私によって、物理的に。「あの銃は、特別中の特別だからこそ、あの金額でも即買いしたのですよ。 そのアグラム2000という銃はベレッタM12の亜種であり、珍しくて良い銃ではありますが性能面で特筆するほど尖っている面はありません。 その手の銃ならば、形は違えど沢山持っているので自動的に価値は下がります。 例えば同じ9パラを使うものなら、そこに置いてあるVz.68とかですね。」「ぐぬぬ。しかし流石に、期待していた額よりも安過ぎるのだ。 それで売ったら、僕はマチルダに滅茶苦茶怒られる。」 尻に敷かれていますね、ワルド。 あと何がぐぬぬだ。「うーん・・・では、今回は最初の取引という事もありますし、特別に110エキュー出しましょう。」「うぐ・・・流石にそれぽっちでは・・・。」 うーむ、ワルドの顔が真っ青なのですよ。 これはアレですね。高く売れると思って凄まじい額で仕入れて、外して大コケした人の顔ですね。 ふむん?恩を着せる良いチャンスと見るべきか、それとも?「・・・いったいこれの入手にいくらかけたのですか? 正直に言っていただければ、少々考えなくもありません。」「ぐっ・・・500エキューだ。」 おぅふ。いくらなんでもお金かけ過ぎなのですよ、それは。 私ならば30~50エキュー程度の範囲で買う代物です。「マチルダ殿は盗品を捌くのに慣れている筈ですが、何故にそんな無謀な真似を。」「最近君の所の商会が銃を集めていて、珍しい銃は特に高く売れるという話を聞いたので、マチルダに内緒でこっそり買ったのだよ・・・。」 ああ、典型的なやらかしパターン・・・。 しかも500エキューも使い込むとか、ぶち殺されますよ本気で。「あー・・・うん。わかりました。500エキューで買いましょう。」「ほ、本当かね?」 ワルドがホッとした顔で私を見ます。「本当です。信頼の証としましょう。」 私もニコリと微笑み返します。「言っておきますが、私の信頼は裏切ったら物凄く高くつきますからね?」「あー、警告しておきます。 ケティ様は裏切りに関しては本当に厳しい御方ですので、裏切らないようにした方が良いっスよ?」 私の言葉にパウルが続きます。「特に裏の仕事で弁解のしようもないような裏切り行為をした場合には、蜂の餌になると思った方が良いっス。」「わかった。肝に銘じておくよ。」 まあワルドも莫迦じゃあありませんし、裏切る事にメリットが無ければ裏切りはしないでしょう。「ワルド卿。オーパーツの取り扱いに関しては、うちで見分け方を勉強しませんか?」「良いのか?」「構わないというか、仕入れ時にこういう大失敗を起こされても庇い切れませんから。覚えておいてください。 どうせ当商会における基準は、他の商会の基準には成り得ませんしね。」 整備して弾を用意してきちんと動作出来るようにするウチの商会と違って、一般的には使い切りマジックアイテムみたいな認識ですしね、オーパーツ。 なので買い取り価格が全然違います。 先程のアグラム2000にしても、うちが買い取り始める前までの相場だと精々数エキューって所でしょうね。「それでは、よろしく頼む。 こういう失態は何度もしたくないしな。」「わかりました。パウル、適当な人員を見繕っておいて下さい。」「かしこまりました。」 さて、これで仕入れ先がいきなり倒産とか言う事にはならずに済みそうですね。 あとはもう一つ。私たちとワルドのわだかまりの原因解消を提案しましょうか。「後は、その才人に斬られた腕ですけれども、良い水メイジを紹介しましょうか?」「いや、そうは言っても、もうこの腕は欠損して無いのだが?」 ワルドは戸惑ったように私を見ます。 まあそうですよね、ハルケギニアの水系統魔法は傷を癒し、力の強い者によっては切り落とされた四肢さえも繋げてしまいますが・・・それは飽く迄も、切り落とされてから然程時を置いていない場合に限りますから。 いかに強力な水系統魔法と言えど、失った四肢を生やす事までは出来ません。「無いものは他から持ってくれば良いのですよ。 私の知り合いに、亜人と人の体を問題無く繋ぐ事が出来る秘法を持った水メイジが居ります。」 見た目がかなり変わってますけど、まだそれは言いません。 言ってどうにかなるようなものではありませんし。「亜人の体を自分に繋ぐ?」「ええ、ゴブリンやオーク辺りであれば、何処からも文句は出ないでしょうし。 どうですか?その動かない義手よりは、遥かにマシになると思うのですが。」「・・・大丈夫なのか、それは?」 訝しげな視線を私に向けるワルド・・・まあ、なかなか信じられるものではありませんよね。「その水メイジ自身が試しているのです。 最初期に若干の不具合が発生したものの、今は改善されているので問題ありません。」「不具合?」「ええ、ミノタウロスの体に自分の脳を移植した所、ミノタウロスの脳の除去が不十分だったようで、危うく意識をミノタウロスに乗っ取られかけました。」「なにその水メイジ、こわい。」 ワルドが眉をしかめて怯えているのです。 わかりますわかります。いきなり脳移植はロック過ぎますよね。 私も最初に聞いた時には、かなり引きました。水メイジこわい。「自分の脳を亜人に移植するとか、いったい何をどうトチ狂えばそんな行為に及ぶのかね!?」「死に至る病に体を侵されていたのですよ。もう、それしか手段が無かったそうです。 自分の命がかかっていれば、そりゃあトチ狂いもするのですよ。」 そういや、あの時にはモンモランシーを呼んで、ミノタウロスの脳の完全除去と再移植をやって貰ったのでしたね。 ちなみにモンモランシーは水系統の秘術を教えて貰えるという事で、大喜びで参加してくれたのですよ。 喜々としてブレイドでミノタウロスの頭を開いているのを見た時には、流石の私も若干引きました。 彼とはマッド水メイジ同士で共鳴しあっていましたし、ある意味ギーシュのライバルと言えるかもしれません。「成程、そういう事情ならば理解出来なくもないな。 という事は、彼は今、ミノタウロスの見かけと、そういうわけかね?」「あー・・・えーと、今は確かトロルの中に居る筈ですよ?」 ある意味、着ぐるみキャラと言えなくもないですね、うん。 見た目が超リアルなトロルの着ぐるみとか、誰が得するのかと言えば、誰も得しませんけれども。「何で体を取り換えているのかね!?」 ワルドが仰天しています。 うん、びっくりしますよね。私はもう慣れました。「折角編み出した秘法ですし、命を繋ぐ事が出来たので、これぞ始祖ブリミルの恩寵に相違無いと秘術の精度を高める事にしたそうです。 地道な実験と検証こそが、水系統魔法を更に高度にすると言っていました。」 彼は色々な亜人の体に合わせて調整しつつ、自ら己の秘術を試しています。 彼としては自分と同じように死病に体を侵された人を救いたいとかそういう動機らしいですが、そこまでして生き残りたいと思う人がどれだけ居るのか、少々疑問ですね。 まあそれよりも・・・彼は移植する体をミノタウロスやオークやトロルなどの大型亜人に限定していますけれども、原理的には人間の体に脳を移植する事も可能なのですよね。 水系統は矢張り、最高におっかない系統であると断言できます。「まあそんなわけで、四肢を移植する程度ならば脳移植よりもかなり難易度が低いので、何の問題もなく可能と聞いていますが・・・どうなさいます?」「では、紹介していただきたい。 義手はなんだかんだで不便でね。」 そう言って、ワルドは才人に切断された際に用意したと思しき、動かない義手を私に見せました。 木製の彫刻品で、欠損部を目立たないように誤魔化しているだけの代物。間違いなく不便なのです。「動かない義手よりは、亜人のものでも動く手の方が、間違いなく便利だろう。」「わかりました。紹介状を用意しますね。 水メイジですがラルカス殿と言いまして、見た目はコロコロ変わりますし、どれも凶悪ですが、とても良い方ですよ。」 先の戦争で四肢に欠損を抱える貴族は少なくありません。 ラルカスの秘術中の秘術である脳移植は公開しなくとも、四肢移植でも助かるものは沢山居るでしょう。 共同研究者であるモンモランシーの御家赤貧脱出計画も捗りそうなのです。「・・・さてとパウル、これでロマリアに於けるオーパーツの調達ルートが増えましたね。」 帰り道の馬車の中で、私はパウルにそう話しかけました。「何事も無く終わって良かったっスよ。ワルド卿にも、それなりに恩は売れましたっスね。」「ええ、彼とは色々とわだかまりも有りますけれども、敵対しなくて良いならば、それに限ります。 利で繋がり恩を売り、敵対しづらい状況に持って行く事が重要なのですよ。」 事あるごとにワルド達に敵対されるのも、いい加減にして欲しいですしね。 衝突せずに済む道があるのであれば、それを選択するのには躊躇しません。平和が一番なのです。「そして万が一、敵対した際には叩き潰す為の布石も打っておくって事っスね。 ラルカス様の秘術って、確かラルカス様とモンモランシー嬢しか作れない水の秘薬を定期的に摂取しないと、繋いだ箇所が腐るんスよね?」「ほほほほ・・・ずっと仲良くいられると良いですね? ラルカス殿とモンモランシー、その双方ともに私の知人で有り友人で有り、私の大事な取引相手ですから。」 まあつまり私を裏切った場合には、ワルドは秘薬が手に入れられなくなって折角移植した腕を再び喪うわけなのです。 おまけに接合した腕が腐れば、発生した毒素が体内でどんな悪事をしでかすのやら?「ケティ坊ちゃんが、一度敵対した相手に無条件に優しくする訳が無いんスよね。」「出来得る限りの範囲で、優しくしているではありませんか。 まあワルド卿も、薄々察しているとは思いますよ? それでもきちんと動く手が欲しいだろうと思って持ち掛けた話でしたが、予想通りに受けて貰えて大変結構でした。」 逆に言えば、ワルドは短期的にはこちらを裏切る予定は無いという事ですし、それを確認出来ただけでも大変有意義であったと思います。 何だかんだで私の介入が原因で、私の記憶とは食い違ってきてしまっていますしね。 今の所は結果を極端に変えずに決着させてはいますが、何時まで持つのやら、冷や冷やするのですよ。「この後はどうなさるんスか?」「ロマリアで前からしたかった事が一つあります。それに関して、イアコポのコネが使いたいですね。 ヴェネッシアの商売にもなりますし。」 ロマリア全土を商圏に収めているヴェネッシア共和国の人間であれば、今まで数を用意出来なかったとあるものの調達が出来るかもしれません。 そんなわけで、商会の支社に戻ってイアコポを呼び出して貰いました。 パウルは店番。イアコポと面談しているのは、私とキアラなのです。「早速ですがイアコポ。カンパニア公国の関係者に伝手はありませんか?」「カンパニア公国でございますか。フム?」 イアコポはそういうと首を傾げます。 ちなみにカンパニア公国というのは、ロマリア半島南部にある小国の一つで、大きな火山が領内にあります。 ロマリアではそこそこ裕福な国なのです。「伝手は一応、ございます。 しかし、何をされるおつもりで?」「火石が欲しいのですよ。」 イアコポの問いに、私はそう答えたのでした。 火石は火の精霊が集まって結晶化したという、摩訶不思議な物体です。 火系統の魔法を使う際に身に着けておくと、魔法の威力が若干上がったりします。 後、何時も暖かいので、懐炉の代わりにもなります。 そして何よりも、新型動力船の動力源となっている魔法の蒸気発生装置こと、コルベール式精霊反応炉で蒸気を作り出す際の触媒となっているのです。「火石で御座いますか。魔法の道具か何かを御造りになられるのでしょうか?」「貴方の立場では、今の所触れられないレベルの案件に関する事柄なのです。 ・・・まあ、魔法の道具と言えば魔法の道具になりますね。」 あまり不用意に踏み込んだら死ぬぞと警告しつつ、私はイアコポの質問に頷きます。 彼もヴェネッシア貴族の子ですから、情報には一定以上の立場にないと命が危うくなるものがある事くらいは、当然承知しているでしょう。「しかし、トリステインにも火石の産出地である火竜山が有った筈・・・おっと、これ以上は控えます。」「良い心がけです。」イアコポが黙ったので、私はにっこりと笑って頷きました。うんうん、流石はきちんと基礎教育が終わっている商人の子ですね。踏み込めるギリギリまで踏み込めるというのは、楽で助かります。「ではイアコポ、坊ちゃんの指示を元に詳細を詰めるとしましょう。」「は、はいキアラさん。喜んで!」 私との話が終わって、キアラがイアコポに話しかけた途端に声のトーンが変わりました。 ええい、やはり私みたいなとぼけた顔の娘よりも絶世の美少女か、美少女なのですか。 ちなみに私もその意見には、大いに頷かざるを得ないのですよ。 キアラ綺麗ですしね、そりゃあ声も弾むというものですよ、うん。「・・・と、いう事がありまして。」「ふーん。」 トリステイン王国一行が泊まっている宿に戻った私は、戻り次第姫様に報告中。 ほうれんそうは大事と言いますか、今回の案件はトリステインの軍事にも関わりますからね。 特に火石は。「ワルドって、こんな所に居たのね。 てっきりゲルマニアにでも逃げているのだと思っていたわ。」「土くれのフーケの伝手を使って、オーパーツ横流しをしていたようです。 最近うちの商会が複数ルートを使って買い付けていますから、割のいい仕事であると認識されていたようですね。 何せスクウェアの風メイジでありますが故に、隠密行動はお手の物ですから。」 調べた限りですが、オーパーツ保管庫は宝物を収めた倉庫などと比べると、それほど管理が厳重では無いようなのですよね。 理由は幾つかあるでしょうけれども、恐らく最大のものは《科学的な原理が良く分からないから再現出来なかった》でしょうね。 何せ、一見すると魔法並みの威力ですから、解析を行ったメイジは皆魔法方面から解析した筈なのです。 実際、オーパーツを偶然入手したオスマン学院長も、魔法方面からの解析を行ったのでしょう。 それ故に破壊の杖が何なのか、サッパリわからなかったみたいですし、この予測で外れてはいない筈。 ハルケギニアの道具で高度なものは、基本的に何らかの魔法的作動機構を持っています。それが一切無い・・・なんて事自体が、想像の外にある事柄という訳なのです。 ですからオーパーツは、そこそこ強力ながらも使い切りのマジックアイテム程度なので、極端に警戒するようなものではないと思われているのでしょう。 ロマリアの宝物庫にはトリステインのそれを上回る高性能な魔法の道具が満載でしょうし、そちらの管理を重視しているのでしょうね。「一応、我が国の指名手配犯なのだけれどもね。 しかも、国家反逆罪と大逆罪という、どんなに軽く見積もっても死刑という案件の。」「姫様を裏切って我が国に危害を加えた訳で、我が国にとっては既に不倶戴天の敵ですよね。 ほほほほほ、これはついうっかり。」 いやまあ、覚えてはいましたけれどもね。 立ってる者は神でも始祖ブリミルでもコキ使え、まして祖国で死刑確定の男ならというわけで。「ま、ここはロマリアだしね。臨時の公館としているこの宿屋にやって来ない限りは、トリステインの法は及ばない・・・ですものね。 貴方が何とかなると思っているなら、何とかするんでしょう?勿論、何かあった時の対処も含めて。」「はい。餌で釣って首輪と鎖は用意しておきました。」「つまり、引き千切って逃げる事は可能というわけね。」「はい、残念ながら当面はそうなるかと思われるのです。」 本当は《告発されし者の指輪(アキューズド・リング)》でも使えれば良いのでしょうけれども、あれは当人が承諾しないと契約が成立しませんからね。「我が国に侵入してきた場合に、貴方の話をされると拙いかもよ?」「その場合は、然るべき処理をいたしますので。」 大逆罪と国家反逆罪持ちと関わりがあると知れたら、最悪処刑も止むを得ずとなってしまいますし、それは流石に私も困ってしまいますので、対処を考えてはいます。 どういう処理をするかは、いくつかのパターンを用意した上で高度な柔軟性を維持しつつ、臨機応変に対処するって感じですね。 え?どういう処理かって?ほほほほほ、それを聞くのは野暮なのですよ。「ああ、そうそうケティ。教皇猊下との面会日時が決まったわよ。」「そうですか、頑張ってくださいね?」 そんなやんごとない人と関わり合う気にはなりません。 ジュリオ伝いでこちらのアレコレは伝わっているようですし、それで良いですよね。 という事で、この話はここま・・・・・・。「・・・何の為に貴方を連れて来たと思っているのかしら?」「いえ、ですが、もう既に根回しは終わっている案件ですし、他の方々を差し置いて私が教皇猊下への拝謁を賜わるというのは・・・・・・。」 姫様が若干声を低くして私にそう問いかけますけど、教皇猊下に拝謁するというのは単に会うというだけではなく、とても名誉な事なのですよ。 それで無くても最近『姫様に取り入って甘い汁を吸っている、とぼけた顔の子狸が居る』とか、その通りで返す言葉も無い陰口とかを叩かれていて風当たりが強いかなーって気がして来ているのに、更に目立ちたくないのですよ。 だいたい何ですか《とぼけた顔の子狸》って、欠片も緊張感の無い綽名は。《生意気な小娘》とか、もっと簡単で適当な呼び方があるではありませんか。 そんなに人を狸呼ばわりして、いったい何が楽しいというのですか、まったくもう。 ・・・まあそんな事はさて置きです。今回の随行員は私のみではありません。 なんちゃら伯爵だのなんだのと、偉そうな顔してて実際偉い小父様がたが何人か来ています。 彼らだって、教皇猊下への拝謁の名誉を賜れるのであれば、賜りたい筈なのですよ。「遠慮しているのではなくて、単に面倒なだけでしょう?」「ホホホ、ナンノコトヤラ?」 まあ本音としては、面倒臭いのでそういう栄誉はオッサンの面々に譲りたいってだけですけれどもね、はい。 姫様には始めっからバレてますね。 話に深く関わってくるけど、いまいち影が薄いのに、しっかり話に関わってくるとかいう面倒臭い人と遭うとか・・・ねえ? ジュリオを挫いて置けば割と何とかなるっちゃなる人ですし、ジュリオだけで良いかなーとか思っていたりなんかします。「むさ苦しい面々との会談は、別にセットするから。 貴方は気を使う事無く私について来れば良いのよ。」「姫様の慈悲に満ちたお心遣い。祝着至極に存じ奉りますわ。」 知ってましたか?姫様からは逃げられないのです。 そして数日後、私は姫様と一緒に教皇庁に連れて来られてしまいました。 トリステインの王城よりもでかい白亜の大宮殿の前まで来てしまったのですよ。 「・・・本当に嫌そうね?」「うーん、顔には出していないつもりですが。」いつもニコニコ笑顔。表情の読め無さには定評のある私ですが、姫様にはわかってしまうのですかね?「いつもよりも、若干朗らかよ?」「ふむ・・・成程、そういう見分け方がありましたか。」 修行が足りませんね、私も。「アンリエッタ女王陛下、よくぞいらっしゃいました。 教皇猊下もお会いになるのを楽しみにしていらっしゃいます。始祖の祝福あれ。」 宮殿の前で待っていると、中から緋色と白の僧衣を身にまとった一団。つまり枢機卿の集団がぞろっと出てきました。 そしてその中から、最初の日に会ったピッコロミーニ枢機卿が出てきて、挨拶代わりに祝福してくれます。「感謝します。」 姫様が感謝の言葉を述べて、儀式は終わりです。「おお、ル・アルーエット殿もいらっしゃられたか! 教皇猊下もお喜びなられる事でありましょう。始祖の祝福あれ。」「感謝します。」 姫様の陰にそーっと隠れてモブのフリをしていた私もあっさり見つけられて、祝福されてしまいました。 私のオンギョウ=ジツを見破るとは、やりますねピッコロミーニ枢機卿。 教皇庁内部を案内されて暫く歩くと、奥に神話がレリーフされた大きな扉が・・・この先が謁見の間ですか。「ようこそいらっしゃいました、アンリエッタ女王陛下。」 そこには紫地に金糸で刺繍をされた豪華な衣装に身を纏った人が立っていました。 この人が教皇の聖エイジス32世猊下ですか。 全体的にほっそりしていて、表情は柔和そのもの。何よりもかなりの美男子です。 美男子を見てもああだこうだ文句つける私ですが、今回だけははっきりと言いますけど、非の打ち所の無い美男子なのです。 いやー、見ているだけで目の保養になりますね、これは。 黙って見ていたいのです。飽く迄も黙って、静かに、置物のように。「そして、ル・アルーエット殿。 お会いしたかったですよ、貴方にも。」 黙って見させていて欲しいのですよ、お願いですから・・・・・・。