教皇、それはロマリアの最高責任者にして、このハルケギニアで最大の権威者国王よりも権威が大きいので、時折露骨に内政干渉してきたりします。面倒なのです教皇、それは宗教国家ロマリアの指導者にして、ハルケギニアで最も広範囲に権力を発揮する権力者場合によっては国王の権力すらをも凌駕します。はっきり言って邪魔以外の何物でもありません教皇、それは光輝ある聖都ロマリアの主。偉大なる神と始祖の代理人あー、焼きたい。ロマリアごと焼きたい。焼き払ってしまいたいあー見られてます見られてます。教皇猊下ともあろう者が、私のようなモブの中のモブとでも言うべき私をにこやかーに見ているのです。そんなににこやかに見るのであれば目も笑っていて欲しいものですが、それは儚き望みなのでしょうか?ものすんごい美形に微笑みかけられているのに、寒気しかしないのですよ。「お初にお目にかかります、聖エイジス32世猊下。 トリステイン国王アンリエッタ・ド・トリステインですわ」おおう、姫様が挨拶をした。私も続かねば。「お初にお目にかかります、聖エイジス32世猊下。 ケティ・ド・ラ・ロッタと申します」私も出来得る限り優雅にを心掛けて挨拶。ちなみにですが、この旅の前準備としてタバサにルイズにモンモランシーという名家出身の3人に、マナー関係をガッツリ仕込みなおして貰っていたりします。何せ元々ド田舎男爵家の末娘であり、前世の記憶にだって宮廷マナーなんてものは無いので、私としては正直お手上げだったのですよね。その点、タバサは大公女でルイズは公女、モンモランシーは伯爵令嬢ながらこの国開闢以来ずっと中央に関わってきた名家なので、幼少時から宮廷マナー教育はばっちり仕込まれています。彼女らは単なる無口・魔法(物理)・マッド水メイジでは無く、最強クラスのマナー講師軍団でもあるのですよ。普段は全然、そうは見えませんけどね。「ロマリア教皇の聖エイジス32世です。アンリエッタ女王、ラ・ロッタ嬢。 お二人に逢えた事を始祖に感謝いたします。お二人に始祖の祝福あれ」『感謝いたします』ロマリア教皇からの祝福ですよ。何かご利益が有れば良いのですが・・・ジュリオをおちょくったり異端審問官を蜂の餌にしたりと、ロマリアに対しては色々とやらかしていますからね。まるで御利益が得られる予感が無いのですよ、どうしましょう。いやまあ、気にしているか気にしていないかと言われると、全く気にしていないのですけれども。「…それでは少々失礼ですが、早速本題に入りたいと思います。宜しいでしょうか?」「シャルロット・エレーヌ・ドルレアン大公女殿下の身分保障の件ですね」姫様の言葉に、聖エイジス32世は少し驚いた顔をしてから、ゆっくりと頷きました。実はあまり長ったらしく挨拶やらのやり取りをしているとついでにされそうな気がしたので、姫様と事前に打ち合わせをして真っ先にこの件について話す事にしていたのですよ。何か色々ありましたけれども、今回の訪問はタバサの身分保障こそがメインですからね。銃やら何やらのルート確保とかは、ほんのついでなのですよ。ワルドはついでのおまけ。良い響きなのです。「ええ、我が国は殿下の身柄を確保しておりまして、現在トリステイン魔法学院に偽の名と偽の身分で在学中ですわ。 彼女の身分保障は、此処のケティがゲルマニアでも取り付ける事に成功いたしましたの。 勿論、我が国も身分保障をいたしております。 ですが、我が国はガリアに比して余りにも小国であり、ゲルマニアには権威が足りませぬ」「成程。トリステイン、ゲルマニア、そして我らがロマリアの保証を得る事で、彼女に対する不当なる生命への侵害行為を出来得る限り防がれると、そういう事ですね?」「はい。もしもの時の為に」此方に出向く前に、予めジュリオにガリアがエルフと不可侵協定を結んだであろう事と、大規模な軍事的挑戦に打って出るであろう事に関する情報の一部を渡してあります。ジュリオは教皇子飼いの部下でもありますから、彼から直接教皇の下に資料は届いたでしょう。ちなみにですがロマリアは、教義上反エルフ思想の総本山でもあるのですよね。「ロマリアとしましては、始祖の血脈たるガリア王家の血を引く御方の身分保障を行う事に、何の支障もございません。 ただ…御存じの通り、ロマリアは信徒による尊い寄付によって成り立っている国でもありまして、この案件が漏れた場合はガリアからの寄付を止められる可能性もあります」わかったから保障金払えという訳ですか。この銭ゲバ坊主どもと責める気は全くありません。教皇が身に纏っている豪奢な法衣にせよ、この教皇庁の建物にせよ、人や物に威厳を持たせて権威付けするにはそれなりのコストが必要になります。ボロは着てても心は錦とは言いますが、みすぼらしい格好の人になど誰一人として敬意は抱かないのですよね。心の錦など、パッと見ただけでは誰にもわからないのです。故に質素清貧を旨とする聖職者と言えど、崇め敬う始祖の権威を損なわない為に、わかりやすくて目に見える錦を纏ってみせるしかありません。そうでは無くて、単なる守銭奴な場合も多分にありますけれども、それは言わぬが花。「わかりました。喜んで寄付させていただきましょう」良いでしょう、払いましょう。光輝なる永遠の聖都ロマリアに栄光あれ。え?払うのはトリステインじゃあないのって?今のトリステインの財政状況だと、ジュリオが伝えてくれた額の大金を咄嗟には用意出来なかったので殆ど全額をパウル商会から無利子で一時的に貸したんですよ、トリステインに。この話をトリステインでした時にパウルの顔が若干引き攣ってましたけど、タバサを助ける為のお金に利子を付けられるほど私は真っ黒では無いのですよ。でも予算が確保出来次第返してくれないと、うちの商会が遠からず資金焦げ付いて潰れますから絶対返してくださいね、姫様……。「それはとても喜ばしい事です。始祖の祝福あれ」こうしてかつてうちの商会の回転資金だったお金は、ロマリアに渡ったのでした。そのお金が帰って来ないと、最悪の場合には私の身柄を何処かの富豪か大貴族に売り払わなければならなくなります。繰り返しますが、絶対に返してくださいね!「さて、それでは此方からもお話をさせていただきます」椅子に落ち着いた上で、香草茶の香りを楽しんでいると聖エイジス32世はそう語りかけてきました。「アンリエッタ女王。陛下は先の戦役について、いかなるお考えをお持ちであったのか・・・というのを先ずお聞かせ願いたかったのですが、宜しいですか?」「レコン・キスタを名乗る反徒どもとの戦の事ですね。 とても悲しい戦でありました。 多くの臣民たちを失い、私の親愛なる伯父や従兄も殺され、なのに得られたものは元々の領土であった東トリステインのみ。 本当に、哀しい戦でありましたわ……」聖エイジス32世の問いに、姫様はそう言って目を伏せます。あの一連の戦役によって、トリステインは様々なものを失いました。姫様が言った人命もそうですが、トリステインの財政もかなり拙い域まで悪化しています。チュレンヌの一件以降に不正蓄財していた貴族達を一人ずつ呼び出して、不正蓄財の殆どを国庫に返納させる代わりに『国家の財政危機に対して私財をなげうった功労者』という名目で勲章を与えて表向きの体面を保つというやり方をさせて貰っていますが、それでもまだまだ足りません。一時的とはいえ、うちからお金を借りないといけない程度にはカツカツなのです。東トリステインを取り返しましたが、きちんと金を生む土地にするにはまだまだ数年は必要になるでしょう。戦争というものは、本当に金ばかりかかって実りの少ないものなのです。え?不正蓄財をしていた貴族が、チュレンヌの事が有ったとは言えど、すんなり返してくれたのが不思議?いや~、実は私は前にガリアのとある山村で友好的な吸血鬼と知り合いまして。エルザというのですが、彼女と仲良くお話させていただいた結果として意気投合したのですよ。そこで彼女には、トリステインの情報管轄部門で働いて貰う事になりました。それでですね、吸血鬼というのは『説得』が、とても得意な種族なのですよね。何だかんだで返納を断っている方の所には直接お伺いし、お願いしても断られるようであれば伴って行ったエルザに説得を代わって貰っているのですが、彼女の説得の後には皆が笑顔で不正蓄財分を全額返納してくれます。やはり人と人というものは、話せば分かり合えるものなのですね。ちなみにですが勲章は、トリスタニアの一流銀細工職人に拵えさせたという、なかなかの品なのです。とても綺麗なので、国家への忠誠の証として家宝にでもすれば良いと思います。はい。そんな事を考えている間にも、姫様と教皇の話は続いているのですよね。さて、聞き耳聞き耳……。「もう二度と、あのような実り無き不毛な戦は繰り返してはならないと、そう考えておりますわ」「なるほど…どうやら私は、陛下と友人になれそうですね」姫様が実りのある不毛では無い戦なら幾らでもバンバンやるよーと言ったら、教皇はその言葉にいたく感動したのか深く深く頷いています。中々アグレッシヴな教皇なのですね。「私もあの戦争には、大変深く心を痛めておりました。 聖地奪還を唱えておきながら、やった事と言えば始祖の血脈たる高貴な血を断ってしまい、あの白き美しきアルビオンは沿岸の港という港を悉く破壊し尽くされ、麦畑は焼き払われ、国力も治安も血の底に落ちてかつての栄光見る影も無し。 教会との見解とは到底相いれない、無意味で無益な戦争でありました」港湾施設を片っ端から破壊したのも、刈り取り寸前の麦畑にナパーム投下して焼き払ったのも、更に言うと貴族や商人の蔵を砲撃して片っ端から食料備蓄を焼き払ったのも、全て我が国の特務艦隊ですけどね。ちなみにですが人的被害は極力出ないように徹底させました。何といっても、死んだ人間は食料を消費してくれませんから。御蔭でアルビオンは今、貴族にすら餓死者が出るくらいガタガタであり、統治者としてやってきたゲルマニア人とは滅茶苦茶揉めてるとかなんとか。うちがばら撒いたヘイトをゲルマニアが一身に背負ってくれているようなものですが、貰うといったのはあちらなので頑張ってくださいねとしか言いようがありません。「我らがロマリアが義勇軍の派遣を決定したのも、一刻も早く無益な戦争を終わらせなければならないと、そう考えたからです」「無益な戦争など、続けても何も良い事が有りませんものね」ロマリア的にも、聖地奪還を掲げる連中が実質やっているのがハルケギニア征服では面目丸潰れですし、これ以上無益な事も無かったでしょうね。あとなんでしょうか、何となく妙な予感がするのですが、この二人の無益な戦争という言葉の認識が食い違っているような?そうでも無いような?「陛下のおっしゃる通りです。無益な戦争など行うべきではない。 私は常々悩んでおりました。そして心の中の神に問いかけておりました。 神と始祖ブリミルの敬虔なるしもべである筈の我々が、何故にお互い憎しみ合いいがみ合って、挙句の果てに殺しあわねばならないのか…と」「私は政治を取り仕切るようになってから日の浅い身なので、此処はケティに聞いてみましょう」え?私はこうやって椅子の片隅で、お茶を飲みながら二人の話をのんびり聞いてるだけかと思っていましたよ。国家元首同士の会談に何故か同席している時点で完全に場違いなのに、更に喋れと?「おお、ル・アルーエット殿の知恵もお借り出来るのであれば有り難いですね」「というわけで、ケティ、貴方の思う所を述べなさい」無茶振りが来ちゃいましたよ、どうするのですかこれ。まあいいですけど。「戦が起こる理由は、そうですね…様々な理由はあるのでしょうが、結局の所それは欲望に帰結するでしょう」「欲望ですか…始祖も欲望を戒めてはいますが、同時に認めてもいますね。 『汝、己の欲望を否定するなかれ、欲望とは生きる事そのものであり、全ての根源である。されど溺れるなかれ、過ぎたる欲望は己の魂をも食らい尽くし終着に至らせる地獄の顎でもある』 我々聖職者が妻帯を制限し、週に一度の精進の日を設けているのは、自制の在り方を忘れず世に示し続ける為でもあります」始祖ブリミルの教えという奴ですね。問題は大半の坊主が自制どころか自重出来ていない点ですが、まあそれは言わぬが花というものでしょう。世の中、何処だって理想と現実の間には、深くて暗い大河が横たわっているものなのです。「はい。始祖のおっしゃる通りかと思われます。 そして欲と一言で言えど、この欲にも色々とございます。 ただ領土が欲しいという権勢欲の場合もありますし、戦争の恐怖を出来得る限り遠くに追いやりたいという欲の場合もあるでしょう。 そして、飢えたる者を救いたいという欲で戦争を起こす者も居るでしょうし、レコン・キスタのように宗教的情熱から至る欲で起きるものもあります。 これらは全て、ある者には正しき欲であるかも知れませんが、ある者には過ぎたる欲でもあるのです。 正しき欲であるか?それとも過ぎたる欲であるのか?当人の視点だけだと判別が付きにくいのが欲というもの。 更に言えば外部からの観測者の視点すら、本当に正しきものであるのか、ハッキリとしないのも欲というもの。 まこと、難しき事ですね。 ですから人が生きる限り、生きたいと願う限り、その欲が存在する限り、人が人である限りにおいては、戦争は無くならないものと思われるのです」こういう哲学的な話は苦手なのでしたくないのですが、聞かれたんだからしょうがないとばかりに、思いつく限りをエイヤッと言ってしまいました。宗教というものは哲学でもあります。そしてここはロマリアであり、目の前に居るのは教皇です。つまり哲学のプロの中でもトップに君臨している人に中途半端な話をしてしまっているわけで、いやなんというか、なかなか恥ずかしいものです。「ル・アルーエット、貴方でもやはり戦争は無くせないと考えてらっしゃるのですね」「はい。外交政策によって数十年程度の平和を勝ち取る事は可能でしょうが、炎の時代がやって来る事を永遠に避ける知恵を愚かな私は持ち得ません。 猊下のように日々克己し自制の心を持ち続ける事が出来れば長き平和を維持出来るかもしれませんが、万人が聖者聖人の類となるのは不可能であります故に」ニコニコと微笑みつつ私の心の中を見透かそうとしてくる教皇の瞳に、内心で冷や汗を流しながらも何とか平然とした表情で返答できたと思います。うーん…実に怖い。流石はこのロマリアのトップなだけあるのですよ。「……ほう?数十年程度の平和であれば、勝ち取れる方法があると?」「教皇猊下も史書で御覧になられた事が有る筈なのです。 共通の敵を設定し、ロマリアがその音頭をうまく取る事が出来れば…ですが、争いを止めて力を蓄える時間と、その共通の敵と戦っている期間と、そしてその後の傷を癒す為の期間にだけ、このハルケギニアから全面的に戦争は消えています。 女王陛下も史書で読まれた事はございますよね?」これから教皇が話したい事へのショートカットはしました。あまりグダグダ話が続いても困りますしね。あとそろそろ面倒臭くなってきたので、姫様にバトンタッチしましょう。私は本来、こんなトップ中のトップが会談する場にいるような人物では無いですし。私のような単なるモブを、あまり出しゃばらせないでいただきたいものですね。「聖戦……しかも、戦争が暫く止まったほどのものとなると、嘘か本当かはわからないけれども虚無の後継者が現れて聖地奪還を指揮した大聖戦と呼ばれた戦争ね。 確か、その時に現れた虚無の後継者は、我がトリステインの王太子だったピエール王子。 水色の服を好んだ事から水色の王太子と呼ばれ、虚無の使い魔を従え戦えば無敵、戦を指揮すれば戦線連勝という戦の天才。 彼のお陰で勝利しつつ多大なる犠牲を出しながらも、聖地の近くまで迫る事が出来たとかいう……確かに、その前後には完全に戦争が起こらなくなったという話は残っていますわよね」姫様は、そう言いながら教皇猊下の方を向きました。「まさか、大聖戦を再び起こされると? 聖地奪還は結局失敗しましたわよね。 エルフの統領との激烈な戦いの末ピエール王子は打ち倒され、連合軍は総崩れになって殆どが生きて帰って来なかったと、史書にはありましたわ。 確かに、戦争は暫く起こらなくなりましたわよね。何せ戦争を出来る貴族の数が、大聖戦前に比べると激減してしまったのですもの。 大聖戦の前には力を溜めるための平和が、大聖戦の最中とその後には力尽きたが故の長い平和が、それぞれ訪れましたわ。 ですがそのような平和が訪れるくらいなら、戦争が頻繁に耐えない世界の方が、失われる命は遥かに少なく済むでしょう。そのような戦争には協力いたしかねますわよ?」「…確かに戦いによる勝利のみでは、歴史に残る大聖戦と同じように、いずれ押し返されるでしょう。 どんな英雄とて力尽きれば打倒されてしまうのは、歴史にも明らかです。 それは現代に復活した虚無の後継者たる貴方の友人とて同じ事」ちなみにですがピエール王子は大怪我を負いつつも何とか生きて帰っては来れたのですが、敗戦の責任をとって継承権を放棄し修道院に入り、そこで死ぬまで一生隠遁したのだとか。前半生では英雄と呼ばれ、後半生で隠遁を余儀なくされた彼は、後世に隠者ピエールという名で伝わっています。まあ何といいますか、ルイズに彼と同じ人生は絶対に辿らせたくありませんね…というか、やはりルイズの事を教皇はご存じだったようで。才人がどう見ても伝説に残るガンダールヴやイーヴァルディそのものですし、そこから逆に考えて行けば、そういう結論にたどり着きますよね。「表向きは大聖戦再びという形で、話をまとめて行くつもりではありますが…今回は武力のみを用いて聖地を奪還するという方法で行くつもりはありません。 例えエルフとの戦でも人同士の戦と同じように行えば、限定的ながら聖地が手に入るのではないかと、そう考えております」「人同士の戦と同じように行う…ですか?」姫様は首を傾げています。人同士の戦と同じように行うと言われても、なかなか想像し辛いでしょうね。「すなわち、武力衝突は可能な限り最低限度に抑えつつ、交渉で聖地の一部と、そこまでの通行の自由を確保して貰うという事です。 勿論、交渉を有利に進めるには、数度の勝利は必要になるやもしれませんが。 そして聖地が手に入ったあかつきには、私は聖地巡礼を行っている貴族領へ侵攻したものを教皇と我らがロマリアの名において破門とするという教皇勅書を出そうと思っております」「成程、聖地巡礼に行く人の後背を安堵する事で聖地巡礼へと促し、かつ不届きものが出ないように権威で押さえつけるというわけですわね」何で今やらないのとか、聖地巡礼に限らず勅書出して防げるならやればいいじゃんと思うかもしれませんが、聖地を奪還したロマリア教皇という肩書と今の単なるロマリア教皇では、功績とそれによる権威が段違いになるのですよ。教会の権威が高まるという事は、すなわち破門という行為の意味も大きくなるという事なのです。恐らく破門された貴族は、周辺の貴族からかなり白い目で見られるでしょうし、場合によってはそれを大義名分として攻め滅ぼされる危険性すら出てきます。「はい。暫くの間は聖地巡礼に行くという流行が出来上がり、国と国の間や貴族と貴族の間で起こる戦争が可能な限り抑制されることになってくれるのではないかと、そういう構想です」「確かに実現すれば素晴らしい事かと思われますが、実現するでしょうか?」姫様の言葉に、教皇は深く頷きました。「まず聖地を取り戻せるのかどうかの方が、遥かに困難な事と言えましょう。 それが成せるのであれば、せめて私の在位の間だけでも平和な時代を確保出来るやもしれません」「断言はされないのですね」「自信はありますが、現時点でそれを断言するというのは不誠実でありましょう? 不誠実は悪徳でありますが故に」まあ、今から成功した後の事に対して確証をもって話したら、完全に詐欺ですよね。外交官とかならば兎に角、教皇という道徳を説く宗教の大親分がやらかしたらいけませんよね。まあこの教皇、言ってる内容が殆ど嘘八百なわけですけれども。嘘は嘘とバレなければ、それまでは真実ですからね。真実とは常に流動的で、かつ幾つもあるものなのです。「ただこれらを実現する為には、いくつかの障害があります。 その中でも最大の障害は……やはり、ガリア。 貴国からいただいた情報と、我らが独自に調べ上げた情報を総合すると、ほぼ間違いなくかの国はハルケギニア全ての国を巻き込んだ大戦争を起こすつもりであると判断いたしました。 かの大国が戦争を始めてハルケギニア全土が疲弊してしまえば、大聖戦を起こす計画自体が破綻いたしかねません。 ただ、我らロマリアが率先してガリアと戦争するわけにも行きません。 故に、ガリアの迎撃と戦争の早期終結を目指し、貴国を基点に我らがロマリアとゲルマニアを含めた三国同盟を提案いたします」「我が国を基点に?」「貴国には、裏で動き回るのが、我らより得意な者が居るでしょう? 呑んでいただけるのであれば、シャルロット大公女殿下に関する寄付に関してはいただかなくても結構です」ええい教皇、こっち見んな、なのです。これは、トリステインの財政状況を見切っていますね。更に言うと、私が貸したお金が焦げ付いたら、私の身柄がえらい事になるのも知っていますね。そしてそもそもとして、同盟はこちらからも呼び掛けるつもりだった話であり、懐も痛まなければ願ったり叶ったりという。つまり、断るべき理由が特に見つからないどころか、得する感じしかありません。……やはり宗教勢力というのは、おっかないのですよ。「……わかりました。同盟はお受けいたしましょう。 同盟の条件に関しては、後ほど使者を送って詰めさせていただきますわね」「ありがとうございます。 ……では、こちらも虚無について、お伝えいたしましょう。 我らがロマリアが秘中の秘としてきた、偉大なる始祖ブリミルの系統たる虚無についての事柄です」ちょっと待てぃ。どう考えても、私みたいな木っ端貴族が聞いてはいけない類の話ではありませんか。こんな所にはいられません。私は部屋を出させていただきますよ!「……あー、それは単なる貴族である私が聞いて良さそうなものでは無いので、下がらせていただきますね」「どうせ貴方の事ですから、後で女王陛下から直接聞き出すのでしょう?」「ホホホホホ……」はっはっは、バレテーラ。……まあ、分かりますよね。というか全部知ってるんですけどね。始祖ブリミルが虚無の力を解除する為のマジックアイテムを4つ用意する事で、わざと四人以上虚無の系統魔法を使える人が出ないようにしている事とか。聖地のアレとか。虚無については、研究してあの虚無発現アイテムに頼らずとも使える状態を作り出さなければいけないのですよね。虚無の担い手は、その力を失うと普通のメイジに戻る……つまり、系統魔法を阻害し、発言するべき魔法を虚無に変化させているナニカがあるわけでして。ヴァリャーグ人とかいうのと戦っていて切羽詰まっている状況の始祖ブリミルが見つけられたのですから、きちんと人員と予算を整えた上で研究すれば、虚無の系統と呼ばれる魔法の源は見つかる筈なのですよ。「かつて始祖ブリミルは虚無の力を四つに分け、それぞれを秘宝とその鍵となる指輪に込めました。 トリステインが虚無を目覚めさせたという事は、これについてはご存知ですね?」「ええ、その点については恐らくそうなのであろうという報告を、このケティから受けておりますわ。 猊下からお伺いさせていただいた御蔭で、それが真実であるとの確証が得られました」姫様の言葉に私は無言でコクリと頷きますが、内心冷や汗ダラダラです。姫様。お願いですから、こういう場で私をあまり持ち上げないでいただけないでしょうか?ロマリアという国は目的の為には手段をあまり選んでくれませんし、この教皇は目的の為なら手段は選ばないタイプの人ですし、何よりロマリアという国は多少の醜聞ならばハルケギニア全土に拡がっている教会の影響力を使って揉み消してしまえます。ぶっちゃけるとですよ。私みたいな男爵家の末娘とかいう木っ端貴族の1人や2人、殺したところでロマリアの影響下にあるトリスタニア大司教やトリステインの何処かに居るであろう異端審問官が、背教者だの異端者なんだのって事にしてしまえばどうにでもなるので、命の危険を感じるという訳なのですよ。くわばらくわばら。「始祖の秘宝とその鍵である指輪はそれぞれ4セットずつ。 ただし虚無の資質を持つ者は、血統的に言っても潜在的にはそれよりももっと多い…しかしそれを開放する為の手段は恐らく1セットにつき1人であるため、虚無の力を行使出来る者は最大4人しか生まれないであろう。 故に虚無の担い手が死んだ場合にのみ、虚無の資質を持つ者はその秘宝と鍵を使う事によって、新たな虚無の担い手となる事が出来ると思われる……で、良かったかしら、ケティ?」「はい、全ては飽く迄も予測ですが」「ほ、ほほう……予測でそこまで到達されるとは、素晴らしいですね。 始祖は力を担うべきものも4つに分けたと、ロマリアの伝承にはあります。 しかし、虚無の資質を持つ者が、秘宝の数より多い事まで予測されましたか……」秘中の秘を全部言われて、教皇の声が上ずってるー!?何ですかこれ、私殺されますか?ええい、とっとと逃げておくべきでした!こんな事だったら予め知っているからと言って、報告書につらつらサービスで書き込まなきゃ良かったのですよ。「その通りです。虚無の担い手は、それぞれ4人ずつ。 虚無の使い魔もガンダールヴ、ヴィンダールヴ、ミョズニトニルン。そして記す事すら憚られし使い魔の計4体。 始祖は《4の秘宝、4の指輪、4の使い魔、4の担い手。4つの4が揃いし集いし時、我の虚無は目覚めん》と仰ったと、そう伝わっております。 …さて、このような強力な力を始祖は何故用意されたか? 勿論ですが、ハルケギニアにおける戦争の為などでは断じてありません」「…エルフと戦う為、ですわね。 その場合、何故に虚無の担い手が4人しか居ないのかが、いまいちハッキリしませんけれども」ですよねー。戦いは数だよ兄貴という奴で、それなら破壊力の大きな虚無のメイジを量産できるようにしておいた方が、エルフと戦う上でも絶対に良いのですよね。ただまあ、破壊力の大きなメイジがポコポコ居たら、それはそれで別の問題が発生するのですけれども。「それは、虚無の担い手と使い魔を実際アルビオンの戦場に投入した貴国ならば、容易く理解出来る筈です。 虚無の系統は、信じ難い程に大いなる破壊を引き起こします。つまり人同士の争いに用いるには、余りにも強大無比に過ぎるのですよ。 故に始祖は、ハルケギニアの民が虚無という強大極まりない力によって自ら破滅しないように、4人という数に限定なさったのでしょう」「確かに、虚無の系統が他の系統魔法と同じ頻度で使われていたならば、ハルケギニアは今頃草木一本のこらぬ焦土と化しているでしょう。 偉大なる始祖の始祖の先見の明に感謝したした方が良さそうですわね」そう、破壊力が強い虚無の魔法をバカスカ撃てたら、戦争がダイナミックになり過ぎてハルケギニアがズタズタのボロボロになってしまいます。まともに国家が運営できる気がしませんけれども、その場合はその場合で、何らかの自制的な是正措置が行われるでしょうね。もしくは自制出来ずに滅ぶか。……というよりもひょっとして、虚無の魔法が生まれた再初期段階では似たような事が起きていたかもしれませんね。いざという時の為にという名目で、実質的には封印していたとか?うーむ?まあ、どんな力も使う人次第ですし、私は例え虚無を復活させても封印したりはしません。メイジという存在が、破滅的な力ですら自滅の恐怖と英知による自制が出来ないような愚者の集団なら、いっそ滅んでしまえば良いのですよ。さて、ロマリアでグダグダああだこうだ会談した後、トリステインに帰ってきたわけですが。あの後、教皇にティファニアの居場所も知ってるなら、お前んトコで保護しとけやと暗に言われたので、ちゃちゃっとアルビオンまで出かけて拾って来なければいけないわけですが……私が居ない間に問題が発生していました。「お帰りケティ、お疲れ様だったわね。 早速だけど、わたしエクスプロージョンが使えなくなったわ」「はい?」帰ってくるなり労いの言葉もそこそこに、いきなりルイズにそう言われたのでした。魔力が足りなくなったなら、あまり良く考えないで怒るのが一番ですよ、ルイズ?