前回のあらすじ:教皇と適当に雑談して帰ってきたら、ルイズが魔法を使えなくなっていたでござるの巻。 いやー、何と言いましょうか? はるばるロマリアから帰ってきたら、ルイズが魔法を使えなくなっていたわけなのですよ。 何でも才人がタバサに浮気していたので頭に来て、エクスプロージョンをぶっ放そうとしたらタバサが守るように回り込んできたのを見たら切なくなって、以降エクスプロージョンが出ないだとか便秘だとかなんとか。 ちなみにですがルイズは現在魔法は使えません……が、聞いた限りでは暴力は健在のようなのです。暴力が健在ならば別に問題無い気もしなくも無い?いやいや、遠距離攻撃手段が使えなくなるのは拙いでしょう。 遠距離も近距離も、どっちも行けるのがルイズの強みですし。「…と、言う訳で、よ。 ケティ、何とかして」「…その前にですが、何故に人の着替えの最中に、しかも私が服を完全に脱いだまさにその瞬間のタイミングを見計らったかのように、ノックもせずに踏み込んで来るのですか?」 今の私の状況を詳しく説明しますと、ようやく学院に帰って来て旅の疲れを落とそうと思い、ひとっ風呂浴びようと思ったら大浴場が掃除中だったので、お湯を貰ってきて着替えついでに体を拭こうとしていた所だったのです。 単純明快に説明しますと、全裸です。 鍵をかけたつもりだったのですが、ぼーっとしていたのか掛け忘れたようでドアがバーンを開け放たれて現在この状況。「四万人ほど撃退した英雄さん。指の隙間から目が見えてますよ、目が」「アッハイ」 嫁入り前の娘の裸を、そうジロジロと見るものでは無いですよ。才人。 にっこり微笑みかけてあげると、顔を青くして完全に覆いました。「切羽詰まっていて、そこら辺をサラッと忘れていたわ。 後、サイトにドアを開けさせたのが最大の誤りだったわね……」 暫く被害に遭わなかったので忘れていましたが、因果に干渉してラッキースケベを引き起こすラブコメ主人公体質ですからね、才人は……。 大浴場が今日に限って掃除中なのも、私が鍵を何故か掛け忘れていたのも、ルイズが入室前の声掛けを忘れたのも、全てはラブコメ時空の成せる業……という事にしておけば何か気分が楽になりますね。 事態は全く好転しませんけれども。「…で、二人とも。ハイクを詠め。カイシャクしてやります」 やはり《気を抜かない。誰も信じない。レーザーガンを手放さない》の三原則は大事なのです。 杖を肌身離さず持っていて正解でした。「フィンガー・フレア・ボムズ!」『アバーッ!?』 発動ワードこそ物騒ですが、単なる普通の炎の矢を五発纏めただけのもの二人にぶっ放しておきました。 普通の人なら死にますけど、この二人の場合は大丈夫なので。「…気を取り直して。ケティ、どうにかならないかしら?」 ちょっとだけ煤けたルイズが、焦げて気絶したまま徐々に再生しつつある才人の横で、腕を組んで仁王立ちしています。 ルイズは魔法が使えなくなったとか言っていましたけど、やはり暴力と同様に対魔法障壁は健在なのですね。煤しか届いていません。「ルイズ、人にはそれぞれ得手不得手というものがありまして。 火メイジである私は、破壊したり騙したり焼き尽くしたり誤魔化したり蹂躙したり交渉したりするのは得意中の得意ですが、そういう心と体の癒しは専門外なのですよ?」 そういうのはアレです。『貴方の心と体を守ります』とか言ってくれるマシュマロマンみたいな物体にでも頼んでください。 私は話し相手をキリキリ舞いさせるのは得意ですが、癒すのは苦手なのです。「騙したり誤魔化したり交渉したりする部分は、火メイジとか特に関係無いと思うわ。 それはそれとして、それなら誰に頼めばいいのよう?」「そういうのは矢張り、水メイジでしょう?」 水メイジは心と体に癒しを与える魔法が使えるのが最大の特徴なメイジですからね。 心と体を操る魔法を使えるとも言いますけれども。「私がよく知っている水メイジってモンモランシーと、モット伯と、そして姫様だけれども……ケティ、この三人に私を癒せると思っているの? モンモランシーに変な薬を貰ったら何か腕とか角がにょきにょきと生えてきそうだし、モット伯は家じゅうの薬瓶を全部ひっくり返しても絶対に媚薬しか持って無いでしょ。 姫様は意外とまともな薬を考えてくれそうだけど、姫様が久々に薬を鼻歌交じりに作っている間に代わりに執務を代行させられるのは私なのよ。 ひょっとすると魔力は回復するかもしれないけど、それは精神の死を意味するわ。却下」 提案は却下されてしまいました。「いや、ああ見えてモンモランシーだって、時々まともな新薬も開発していますからね? この前、コルベール先生に毛生え薬を作って提供していたではありませんか コルベール先生、ふっさふさになりましたよ?」「アレは髪じゃなくて、コルベール先生の頭皮を苗床にして髪の毛みたいな細さの海藻が生えてくる薬だったじゃない。 何処の世界に刈り取ってオリーブオイルと岩塩混ぜたドレッシングをかけたら、意外と美味しく頂ける茶褐色の髪の毛が有るのよ。 他人の頭を海藻畑にする時点で、まともな新薬では無いわ」 モンモランシーは私人としてはとても常識人なのですが、こと専門分野に関してはとってもマッドネスですからね。 ちなみにですが、何で食べられるようにしたのかと問うたら、「どうせ生えて来るなら、食べられるようにした方が一挙両得じゃない?」とか、胸張って言っていました。胸無いのに。 赤貧貴族なのが、変な所で発揮されているのです。自重せよモンモランシー。「あー、死ぬかと思った。ケティおかえり」「はい、ただいま才人。そして浮気者死すべし、慈悲は無い」「アバーッ!?」 ルイズが魔法を撃てなくてかなり消沈しているようなので、挨拶代わりに炎の矢で焼いておきました。 今度は軽めです。若干熱いかもしれませんが、焦げません。 復活するたびに気絶させていてもキリがありませんし。「ルイズが意気消沈しているようなので、これはルイズの分ですね」「ケティ、よくやったわ。これはこれで若干モヤッとするけど」 乙女心は複雑なのですね、ルイズ。「へ、平和な日々が終わった……それはそれとして、ルイズが魔法使えなくなってる件だけど、何か改善する方法は無いか?」「エクスプロージョンが撃てないだけで、虚無の身体強化自体はまだ残っているのですよね……」 ルイズだけではなく、才人にまで頼まれてしまっては流石に無碍にも出来ません。 でも、ルイズが再び魔法を使えるようになった切っ掛けって、どんなのでしたっけ? 正直、あまり覚えていないのですけれども。「デルフが言うには、エクスプロージョンを撃てる程の魔力が無くなっているんじゃあないかって事だったけど」「寝て回復しないのですか?」 私達メイジの魔力は、寝るとだいたい回復します。 回復しきらなかった場合は、数日寝れば回復するのですよね。 ただ今回は数日寝た程度では回復しない……つまり、何か大きく魔力を回復させる方法が必要という事なのでしょう。「うー……サイトの言う事なら聞くのね、ケティは」 才人から話を聞きつつ考えていると、ルイズの恨めしげな声が。 いやまあ確かに、才人の言う事を聞き入れて考え始めたように見えますが、そんな嫉妬の籠った視線を向けられても困りますよ、ルイズ。「才人の言う事なら聞いたのでは無く、ルイズと才人の両人に頼まれたからこそ、考えてみるだけ考える事にしたのですよ。 才人のみに聞かれただけだとたぶん面倒臭がったでしょうし、ルイズに聞かれただけでもやはり面倒臭がってモンモランシーにブン投げていたでしょうね。 ルイズに尋ねられ、才人に尋ねられたからこそなのです」 魔力というのは、強くて純粋な思考。つまり、喜怒哀楽に反応して増える……と思っていたのですけれどもね。 ルイズは恐らく現在、悲しみという強い感情に支配されているにもかかわらず、魔力があまり回復していないようなのですが…はて、一体どういうことなのやら?「では、とりあえずモンモランシーに相談してみましょうか」「え?モンモランシーの薬は嫌よ。絶対に嫌よ。 魔力回復するとしても、目が3つになったり口から怪光線吐けるようになるでしょ絶対。嫌よ」 ルイズ、胸の前で腕を×の字に交差させて絶対拒否の姿勢なのですよ。 モンモランシーはマッドですから理解出来なくもありませんけれども、何とも不憫なような気もします。腕は確かですし。マッドですが。「うーん…薬を貰うかどうかは置いておいて、こういう話はモンモランシーにも聞いて貰った方が良いと思うのですよね。 普段はアホな薬ばかり作っている印象がありますけど、ああ見えて高性能な癒しの効果がある魔法薬も作っていますし、アホな薬ばかり作っていますけど、魔法による外科手術も何件もこなしていますし、アホな薬ばかり作っていますけど、一流の水メイジとして認められるに足るだけの実績は既に残していますから。 まあ、折角最近は魔法薬を作る人間としてトリスタニア市内でも名が売れてきて、家の借金返す時にかなりの足しになりそうなお金を儲けているのに、そのお金を元手にアホな薬を作ってますけど」 言ってるうちに、実験がてらにアホな薬渡されそうで不安になって来ましたね。 モンモランシーに相談するのやめて、別の水メイジにでも聞いてみた方が良いでしょうか……?「まあ、ダメ元でモンモンに聞きに行ってみようぜ? ひょっとしたら良い解決方法が見つかるかもしれないし、駄目だったらモンモンの親父さんを紹介して貰えば良いじゃん」「なるほど、確かにその手がありましたね」 モンモランシーには信用が無くても、モンモランシーの父親であれば、ルイズも否や無しでしょう。 何せモンモランシーの父君ことアンリ・ド・モンモランシー伯爵と言えばトリステインのみならず、ハルケギニア全土に名を知られた名医ですしね。 名医にならざるを得なかった原因が、父親が作ったアホみたいな額の借金で死ぬ程働く羽目になったせいらしいですが、まあ何と言いますか……大いなる困難は、時として人を成長させる事もあるのですね。「…というわけで、駄目なら父君を紹介して貰うという方向でどうでしょうか、ルイズ?」「むぅ……サイトも時には良い事言うじゃない?」というわけで、モンモランシーに相談しに行く事になったわけですが。「かくかくしかじかというわけでして、何とかなりませんかね?」「まるまるうまうま。あー…うん。魔力の回復と感情の関係ね。 確か、前にアカデミーの図書館で読んだ論文に、そんなのがあったわ。 面白かったから、アカデミー所属の写本屋に写本して貰ったのを取ってあるのよ。 系統ごとの感情と魔力の相関についての論文なのだけれども……って、よく考えたら虚無の系統の実験結果なんて無いわよアレ。 ルイズに応用可能なのかしら?いやでも、サンプルが無い以上はアレに頼ってみるしかないか」 そう言いながら、モンモランシーは戸棚をごそごそと漁り始めました。 あ、ちなみにですが、一応モンモランシーは恋人もいる独身女性貴族ですので、才人は入室禁止を言い渡され、不貞腐れてモンモランシーの部屋の前で寝てます。 ルイズに鍛えられたプロの使い魔である俺にとって、石の床程度で眠りを妨げる事など出来ぬとか言ってましたけど、余り自慢にはなりませんからね、それ。「どこだったかな~?あ、あったあった。コレね」 そう言いながら、モンモランシーはそこそこの厚さの紙束を取り出しました。「これね。ズバリ『魔力の回復と感情の関係についての研究』という論文よ。 メイジごとに得意な属性、能力クラスなどで分類して、細かく分析しているわ。 執筆者はね、まことに驚くべき事にアンリ・ド・モンモランシー86世。つまり私のお父様なのよ」 どう、驚いた?驚いたでしょ?とか言いたげにモンモランシーがあまりパッとしない胸を張っていますが、モンモランシー家にアンリが多過ぎなのにむしろびっくりしたのですが。 86世って何ですか?秋名山の峠でも走るのですか?安易にアンリってつけ過ぎでしょう、モンモランシー家! いやまあ、うちのお父様もクールティル27世だか28世だかなので、程度の差こそあれ人の事はあんまり言えなかったりはしますが。 うちもモンモランシー家も、トリステイン始まって以来6000年も続いていますしね。 ここまで長いと、流石に名前も何度も被るってものですよ、ええ。 ちなみに姫様も歴代でそれほど多くは無い女王ですけど、アンリエッタ3世と呼ばれるでしょうね、後の世では。「実はね。得意な属性ごとに魔力の増加と減少には傾向があるのよ。 例えば、火とか風のメイジは怒りみたいな攻撃的な意思に反応して魔力が高まるのは割と有名よね。 でもそれらは飽く迄も経験則であって、きちんと計測された事が無かったのよ。 そこで若き日のお父様は、そのあたりが実際の所はどうなっているのかを調べていたみたいなのよね」 モンモランシーがそう言いながら、私にその論文の写しを渡してくれました。「詳しい所は後でじっくり読んで貰うとして…ざっと概要だけ。 まず、魔力は特定の感情の高まりで回復する場合がある。 でも逆にね、特定の感情の高まりによって減る場合があるのよ」「おお、それは初めて聞きました…減るのですか?」聞きに来てなんですが、初耳なのですよ、それは。「減るのよ。属性によって、魔力が増えたり減ったりするらしいわ。 一番わかりやすいのは、ケティ。貴方の属性である火よ。 火の属性が主属性であるメイジは、怒りなどの激情で大きく魔力が回復するの。 その代わり、嘆きや悲しみに心が大きく満たされると、魔力が減った上に魔法の威力まで下がり終いには使える魔法のランクすら落ちて行く……お父様のレポートにはそう書いてあるわ」「うーん……つまり、例えばケティが物凄く落ち込むと、場合によっては私みたいに魔法が使えなくなるという事?」 モンモランシーもルイズも、何故に私を例えに使うのですか。「そう、その通りよ。 ケティが精神的に地面にめり込むくらい落ち込めば、魔力の量が一気に減少した上に、一時的に能力がドットくらいまで落ちる可能性があるわね」 ルイズの魔力を回復させる為の相談をしに来たのに、例え話で私の魔力を枯渇させる方法が判明してしまったわけですが。 一体どうなっているのでしょうか、これは……? だいたいですね。滅茶苦茶落ち込んだら魔法使う使わない云々以前に、戦う気力も湧かないと思いますよ、ええ。「……で、ケティの魔力をすっからかんにして倒す方法が見つかったのは良いとして」 何で私を倒すという方向に話が動いているのですか。 そんな復活した魔王を倒すような方法を使わずとも、何処からどう見ても何処に出しても恥ずかしくないくらいのモブキャラなので、普通に正攻法で倒せますよ、私は。「わたしの魔力は、どうやったら回復するのかしら?」「この薬を」「却下よ」 モンモランシーが怪しい笑顔で取り出した薬を、ルイズは即時に拒否しました。 しかし何といいますか……ルイズのメンタル、かなり回復していませんか? 元通りな感じがするのですが、何でこれで魔力が回復しないのでしょうか……?「大丈夫、大丈夫よルイズ。私を信用して。 この薬を飲んだとしても、背中から変な翼が生えてきたりはしないわ」「その代わり、変な腕が生えて来るんでしょ? 姫様は腕が一本増えた分だけ仕事が捗るとか言って喜びそうだけど、わたしは嫌よ」「ルイズ、私を信じて」 キラキラした瞳でルイズを見つめていますけど、生えて来ないとは保証しないのですね、モンモランシー。 保証出来ない事は、いっさい言質を取らせない。会話をする上で、とても大事なのです。「あー…モンモランシー、本当に何も生えて来ないのですか?」「ええ、そういうのはギトー先生が何度か協力してくれたお陰で、すっかり解消したわよ。 魔法医学を発展させる礎となった、ギトー先生の献身と犠牲をあと数年は忘れないわ」 何か良い話にしようとしていますが、ギトー先生に魔力と余計なパーツが増える薬をどんどん飲ませた罪は重いような気もしますよ? まあ色々といわくつきなモンモランシーの薬を飲んだ人が一番悪いのですが。「……で、変なものは何も生えて来ないのはわかりましたけれども、魔力が回復する以外の副作用はきっちり有るのですよね?」「貴方のような、勘の良い友人は持ちたくないわ。 何事にも福あらば禍有りなのよね。 属性ごとに特定の強い感情で魔力が回復したり減ったりするのであれば、回復する強い感情のみを増幅する薬を作れば良いと思ったのよ。 つまり例えばケティみたいに火の系統を得意とするメイジの魔力を回復させる薬を作る場合は、怒りとか殺意のみを増幅させれば良いわけよね」 良いわけよねではありませんよ、モンモランシー。 大問題ではありませんか、それ?「だからね、属性ごとに魔力を生み出すけど、なるべく純粋な感情でかつ害が無さそうな形に調整して魔力回復薬を作ってみたのよ。 火の回復薬は誰かを攻撃したい意思を高め、風の回復薬は誰かの為に戦いたい意思を高め、土の回復薬は誰かを守りたい意思を高め、水の回復薬は誰かを癒したい意思を高めるようになっているわ。 ちなみにだけど、この意思の有無が属性の強化とかなり関係が深いみたいなのよ。 つまり例えば、土メイジなのに率先して目立ちたがるギーシュは、属性と性格が根本的に全然合って無いのよね……」「性格が原因なのですか、ギーシュがドットなのは……」 今明かされるギーシュがあれだけ器用に魔法を使えるくらい陰でこっそり鍛錬を欠かさないにも拘らず、魔力がドットクラスな理由。 グラモン家の家風と、メイジとしての属性があっていないのですか。 改善の余地も無さそうというか、地味になるくらいなら派手でもドットである事を選ぶでしょうし。「ケティも使ってみる?」「いいえ、私は遠慮しておきます。 というよりも火の回復薬が、完全に駄目な子ではありませんか」 飲んだら血に飢えた狂戦士と化すとか、ちょっと洒落になっていません。 他の回復薬は割とまともなのに、どうしてこうなったのか……。「う~ん……キュルケ見てる限り、恋愛でも魔力が高まるみたいだから、そっち方面の感情が高まる方が良いかしら? それなら、前に作った媚薬をちょちょいといじって……」「やめるのです……」 どうしましょう。マッド水メイジが『魔力が回復する代わりに発情する薬』という、エロゲみたいな薬を思いついてしまいました。「とは言っても、思わず体が熱くなるような純粋な感情って奴が必要みたいなのよね。 後、確認されてるのは恥ずかしいという感情なんだけど……魔力が回復する代わりに猛烈に恥ずかしくなる薬とか、どう考えても使いどころが無さそうだからやめたわ」激怒、発情、羞恥……日常では確かに良くある感情ではありますけど、強めるとろくな事にならなそうな感情ばかりですね。「……で?」 私達がギャースカやっていると、ルイズは薬の瓶を眺めながらぼそりと呟きました。「わたしはいったい、どれを飲めば良いのかしら?」「え?飲むのですか?」 最初の方で拒否してたから、てっきり飲まないものだと思っていましたよ。 ルイズは頑固ですし。「飲もうかなと思ったのだけれども、問題は私の属性に効く薬が有るのか…という事よ」「あー…やっぱりそれが問題よね。 ルイズは虚無だけど属性は遺伝する場合が多いから、親の得意な属性で試してみるとか、どうかしら?」「ルイズの親の属性というと……確かヴァリエール公は水と土の属性で、カリンは風特化でしたね……」 モンモランシーの言葉に頷きながら、それっぽく推察してみせます。 ルイズの属性が実は風だというのは知っていますけど、此処で言うわけにもいかないのが何とももどかしいのです。「エレ姉さまはお父様と同じく水と土で、ちい姉さまは土だから…わたしも水か土で試して見た方が良いかしら?」「もしくは母君と同じく、風か…ですね」 たぶん風ですよーたぶんー。言えませんけどー。「ルイズが水か土…なんか性格的に全然合って無いっぽいけど、試してみる?」「性格的に全然合っていないとか言われると若干腹立つけど、先ずは水で試してみるわね」 ルイズはモンモランシーから渡された薬瓶を受け取って、グビグビと喇叭飲みしています。 実に豪快というか、確かにどう見ても水や土の属性が得意そうでは無いのです。「おお。何だか、力が漲ってきた…ような気がするわ」 ルイズって水属性もひょっとして持っていたのですかね。 だとするとアレです。風と水が得意となると、タバサとかぶりますね。全然似合っていませんね。「エクスプロージョン!」「ぎゃああああああ!?私の鍋ェ!?」 ルイズが杖を振ると、モンモランシーの部屋にあった調剤用の鍋が爆発しました。 鍋が吹っ飛んだのにショックを受けたのか、モンモランシーが悲鳴を上げています。 そういやプロ用の調剤鍋って、様々な魔法の付与を施しているかなり高級な品だったような記憶が。 いや私、火メイジなので秘薬とか作れませんからサッパリですけど。「おー…魔力が復活したわ。すごい。モンモランシーの薬なのに、ちゃんと効いてる」 おー、となるとルイズには水メイジの適性もあるという事ですね。似合っていませんが。 ん?何かルイズがもじもじし始めたような……?「い、癒したい…なんだか…すごく癒したくなってきたわ! 傷ついた人を癒したい!癒したい、癒したい、癒したい、癒したい」「はい?」 おー、何だかルイズの様子が変なのです。 いつものモンモランシーの薬っぽい展開になっていましたね、これ。「ケティ、怪我してない!?」「いえ、見ての通り無傷ですよ。 怪我するような事は一切していませんし。 強いて言えば、ルイズが鍋をふっ飛ばした際に待った埃で少々鼻がむず痒い程度なのです」「ハンカチで鼻でもかんでなさい!」「はい」 癒やすも何も無いですよね、この状況は。「モンモランシー、怪我していないかしら!?」「鍋と一緒に私の心が砕け散ったわ!私の鍋、私の鍋を返して!?アレ高かったんだから!」「わ、わたしの貯金から弁償するわ!」 ルイズ、多分貴方の貯金が根こそぎ吹っ飛びますよ、あの鍋。 モンモランシ家の人間が使っていたという事は、そんじょそこらの質の鍋じゃあないでしょうし。 幾ら貧乏性でも、調剤鍋だけは絶対にケチらないのがモンモランシ家とか言われてるくらいですよ。 たぶんですが、ちょっとした館が建つくらいの額の鍋な筈なのです。 まあそんな額でも根こそぎとは言え何とかなってしまう時点で、ヴァリエール家からどんだけお小遣貰っているのか窺い知れるというものなのですが。 ……え?何でルイズのお小遣とへそくりの額を知っているのか、ですか? それは、秘密なのです。「癒やしたいのに、癒せるような怪我を負った人が居ないわ!」「そもそも、傷を癒やす魔法なんか使えませんよね、ルイズ?」「なせばなるわ!」 ならないと思います。「そうだ、サイトなら怪我してるわね、さっきケティに燃やされていたし!」 ルイズはそう言うと、思い切り部屋のドアを開け放ちました。「サイト、居る!?」「ぎょべ!?」 潰れた両生類みたいな音がしたかと思ったら、才人が壁に叩き付けられていました。 おそらくはドアに寄りかかって寝ていたのでしょうね……。「おお、丁度良く怪我してるわね!よくやったわ、治療してあげる!」「は?は?」 いきなり壁に叩きつけられて混乱中の才人を、ルイズが勢いよくお姫様抱っこします。 わー、これはこれは面白い構図なのですよ。才人には災難ですが。「治療するわ!」「はい?いったい何が起こって…あ~れ~!?」 ルイズは才人を抱えたまま物凄い勢いで走り去ってしまいました。 その後、包帯でミイラみたいになった才人が部屋で発見され、モンモランシーの薬は『効き目は有ったけど、これはアウト』とルイズからの審判が下され、採用を見送られたのでした。 モンモランシーの父上ですか? 結論から申し上げますと、若い頃にモンモランシーと同じ研究をやって同じような薬を作って同じような結論に至っていたようなのです。 分かり易く言うと、マッドの父は年相応に落ち着いたマッドでしたが、それでも無理でした。 副作用少なめの魔力回復薬を作る道は、まだまだ長そうです。 よく考えなくてもアルビオンに行ってティファニア拾ってこなければいけませんし、悠長に数日かけているわけにもいかないのですよね。「次行ってみましょう!」「次って何よ?」 私の言葉に、ルイズが首を傾げています。「ちょいとアルビオンまで出かけましてね。ティファニアをね、拾ってくるのですよ」「いやケティ、そんな散歩がてらに猫か犬を拾ってくるみたいな……」 私の言葉に、才人まで首を傾げているのです。「ボリボリ……唐突……ボリボリ……」 タバサはパウル商会で戦闘用糧食として開発したので、取り敢えず試供用に持って来た堅パンをバリボリ喰らっているのです。「タバサ。それ、美味しいですか?」「美味。歯ごたえが最高」「マジですか」「マジ」 保存性を優先して非情な程に堅く焼いてある為、恐ろしく硬い焼き菓子なのですが……。 本当にやんごとなき身分のお姫様ですか貴方。「うお、何だこれ堅い!?」 才人の方が苦戦しているではありませんか。 ほっそりした顎なのに、一体どうなっているのですかタバサの顎は。「そんな事より、説明……ボリボリ」「あーはいはい、わかりました」 食べ物に関する事で、タバサの理不尽さを追求しても無駄ですよね、知ってます。「治安が最悪になっているアルビオンの虚無の使い手を、直ちに確保せよとの王命なのです。後ついでに……」 姫様のサインとトリステイン国王の印が押してある命令書を才人に手渡してから、私はもう一つの文書を取り出しました。「ん?この紋章はロマリアの印璽よね……って、この紋章は教皇勅書じゃない!? しかもこことここの紋章から察するに、金印を用いた最高クラスの教皇勅令よね。 授業以外で初めて見たわよ、そんなの」 おー、流石ルイズ。座学トップは伊達では無いのが、久し振りに発揮されましたね。 これもロマリア土産と言いますか、これから行くのはすっかり修羅の国とかしたアルビオンですからね。「姫様からの王命と、ほぼ同じような内容のロマリア教皇勅令ですよ。 各地の教会に向けて便宜を図るようにという内容も書かれているので、これが有ればかなり安全にアルビオンに行けます。 現在アルビオンで最も安全な街のフリーパスは、ロマリアが持っておりますので」 現在、シティ・オブ・サウスゴーダと、その港であるポート・オブ・サウスゴーダが属するサウスゴーダ領だけは、ロマリアが治める神政領なのです。 ゲルマニアはアルビオンの占領統治に失敗しつつありますが、ロマリアはこの領地に集中的に教会の資産と資源を投下する事で治安を取り戻しており、それによってサウスゴーダ領には治安が悪化する他の地域から逃げてきた者が大量に流入して来ている為、現在はアルビオンで最も栄えている都市となっています。「王命と、教皇勅令……」「凄いのか?」 軽く固まっているタバサに、才人がのんびり尋ねています。「ん。凄い。逆らったら即破門。 たぶん、ケティは痛くも痒くも無い」「それ、凄く無くないか……?」 まあ私は生まれた時から破門されてるようなもんですしね……って、その説明だと才人が混乱しますよ、タバサ。 そもそも何で私を引き合いに出すのですかというか、才人を混乱させて楽しもうとしてませんか、タバサ?「ケティは痛くも痒くも無くても、各地にある教会にとっては即死に繋がる大問題だわ。 僧侶たちにとってはそれが必要な事なら、煮えたぎる油にだって飛び込む程の絶対命令よ、これ」「ほげー、何それ凄い」 ルイズの説明に、納得したかのように才人が頷いています。 ……ひょっとしてタバサ、才人とルイズがギクシャクしている原因を作ったのを若干気に病んでたりしますか? それで、助け舟を出しました? こういう相談事がある時以外、あまり口を利かなくなていますしね、二人とも。「まあそういう訳でして、ちょっくらアルビオンまで行ってきますけど、一緒に来ますか?」「いやこれ水精霊騎士団に対して、メンバーを選抜して行ってこいって命令に読めるんだが つまり要するに、いつものメンバーでいつもの秘密工作活動みたいなのをやって来いってこったろ?」 姫様の命令書を読み終えた才人からツッコまれました。 何時の間にやらこちらの文字もすいすい読めるようになっていたのですね。 タバサの教え方も良かったのでしょうけれども、げに恐ろしきは使い魔契約魔法の翻訳機能……。「話が早いですね。その通りなのです。 まあもっとも、今回の任務はティファニアを連れて帰って来るだけという、いたって単純で難易度の低い任務ですけれども」「噂に聞いた限りでは、戦争の影響がある上にゲルマニアの統治が失敗したせいで治安が最悪状態なんだろ、アルビオン? 十分過ぎるくらい危険な場所だと思うけど」「そうよ。いざとなればモンモランシーの魔力回復薬飲むわよ。 どうせ副作用はサイトが包帯の塊になるくらいだし」 アレは見事なミイラでした。 ルイズの魔力は未だに自然回復が起きていないか、起きていても非常に鈍い状況が続いています。 何でしょうか、便秘みたいなものなのでしょうか。気分的にスッとするような事がないと元に戻らないという事なのでしょうか……?「で、何で行くの?」「コルベール式魔石反応蒸気釜搭載型の新型艦が公試航海を行うので、ついでにアルビオンまで運んで貰う事になっています。 今回は試作品では無く、制式の最新型。トリステイン空軍の蒸気フリゲート艦リベラシオンです」 軍の制式と言っても、元々作っていた軍艦に魔石反応式蒸気窯と蒸気レシプロ機関を乗っけただけな感のある代物ですけれども。 万事、ハッタリというのは言ったもの勝ちなのです。では、いざアルビオン!