前回のあらすじ:色々やったけどルイズの魔力はあまり回復しませんでした。しませんでした。しませんでした。「これが最新鋭の蒸気フリゲート艦……?」ルイズが胡乱げな表情でその船を眺めています。「どう見てもそこらへんの商船だね」マリコルヌがルイズに同意するように頷きました。ここはラ・ロシェールにある軍用の船着き場で、私たちは手配された船の前に居る訳なのですが。「ほほほほほ……」そう。フリゲート艦では無くて船なのですよね、これが。「その予定だったのですけれどもね、ちょっと別のテストを挟み込まれちゃいまして☆」茶目っ気たっぷりにテヘペロっとやってみましたが、周囲の胡乱げな視線が止まりません。こんな付け焼刃な可愛い仕草では駄目ですか。誤魔化されませんか。そうですか。一応、私自身の見立てでは可愛い仕草が似合いそうな見た目の範囲に居るとは思っているのですが、中身が向いていないのですよ、決定的に……。「この今にも空中分解しそうなボロ船に乗って、いつまで精神が耐えきれるかのテストか?」才人の視線が冷たい。でも私は負けません。「ボロ船とは失敬な、こう見えてもこのヴァンジャンス号は割と最近新造された船なのです。 見た目に反して快速ですし、内装も割と快適ですよ? ……任務の為に、ちょっとボロッちく見えますが、見た目だけです」私達が乗る筈だった最新鋭フリゲート艦はちょっとした理由で先行してアルビオンに向かってしまったそうで、私達には別の船があてがわれる事になったのですが、それがこのどう見てもこのラ・ロシェールでよく見かけるボロい中型貨物船にしか見えない仮装空域警戒艦ヴァンジャンス号。いやまあこう見えてもトリステイン空軍所属のれっきとした軍艦ではあるのですが……仮装でわざとやってるとは言え、見た目ボロッちいものはボロッちいですね、はい。「任務?」「ええ、はい。うちで開発した新兵器の実験と空賊退治を一気に両方やってしまおうというのが、このヴァンジャンス号の任務なのですよ」「空賊退治……って、アルビオンの船はこの前の戦争で根こそぎ破壊されて、造船所もことごとく破壊されたせいでまともな船を作るのもおぼつかない状況だった筈じゃなかった?」「そうそう、そのせいで空賊も船の修理が出来なくなって根こそぎ全滅したとか聞いたけど?」ルイズが首を傾げ、才人が訝しげな目で私を見ます。いやまあ、確かにアルビオンの空賊は、一掃できたのですけれどもね。「ああそれはですね……」「はっはっは、ケティ。 たまには僕にも解説させてくれたまえよ?」私が解説を始めようとしたところで、ギーシュが割り込んできたのでした。「僕も水精霊騎士団の団長として、常に情報収集は欠かさないようにしているからね。 とは言えケティほど詳細では無いかもしれないから、何か足りない所が有ったら補足してくれると助かるが、お願いできるかね?」「ふむ……楽なのは、私も歓迎するところですね。 ではギーシュ、お願い出来ますか?」「まかせたまえ!」ギーシュは胸を張って妙に偉そうに語り始めました。「先ずアルビオン空賊だが、これは君達が知る通りにガリアとトリステインの空軍による空賊狩りによって壊滅したのは間違いない。 彼らは船を破壊された上に、アルビオン本国ではまともに船の修理も出来なくなった状態で、更に空軍の取り締まりによって乗る船も無くなって事実上無力化された」「おー、ギーシュのくせに生意気ね」「辛辣だね、我が麗しき花モンモランシー!? 僕はこれでも座学の成績は悪くないんだがね」モンモランシーの辛辣な一言によろめきつつも、ギーシュが健気に言い返しています。彼はそれなりに座学を頑張っており、確かに座学は悪く無いのですよね。いつも言動が莫迦っぽいですけど、更に言えば座学を頑張っている理由は目立つ為だったりしますけど、成績は悪く有りません。常に300人中20位以内のトップグループではあるのです。「確かに上位ではあるけど、私より下じゃない、いつも」「ぐはぁ!?」モンモランシーは2位から5位くらいまでの間なのですけれども。「更に言うと、わたしは常に1位よ」「がはぁ!?」とは言え、ギーシュ達の学年では『まっすぐ行ってぶっ飛ばす。正面からぶっ飛ばす』キャラなので、どう見ても頭良さそうに思えないルイズが座学では常に不動の1位。トップクラスと言えど、間には深くて暗い河があるのです……。……私ですか?座学は1位から50位の間をうろうろしています。色々やらされながら成績キープしているのですから、誉めてください。「いちいち刺さるマウント取りはやめたまえよ……? まあ兎に角だね、アルビオンの造船能力は無力化されたが、別にアルビオン人だけが空賊になるわけではないというわけなのだ」「ギーシュの言い回しが回りくどいから結論を予測すると、つまり我が国やガリアやゲルマニアの商船の中でガラが悪い連中が、アルビオン空賊が居なくなった隙間に入り込んで空賊化したという事ね?」「その通りだけど、僕のキメ台詞を奪わないで貰えるかな、ルイズ!?」ルイズ、まさに容赦無しなのです。「彼らが空賊化した理由は、アルビオンが混乱で貧しくなったことが原因だよ。 アルビオンでは貴族が激減し、残った者も戦後の賠償金で財の大半を失い、まとまった金を払える者が居なくなってしまった。 おまけに畑は焼き払われ、都市は大規模集積所を失い、陸路は破壊され、風石鉱山も爆撃でまともに機能している所は殆ど無い。 民間も殆ど死んだようなものだ。だから物は無いし、金を払ってくれもしない。 経済が死んでいるアルビオンとの交易路は、麻痺と混乱の極みにあると言っても良い。 故にかなりの数の交易商人達は飯が食えなくなり、空賊稼業に身をやつしたわけだね。 ……まあそんなわけで、アルビオン航路は不届き者が跳梁跋扈する無法の空と化しているのだよ」私の方をチラチラと見ながらギーシュが続きを話していますが、誰かのせいと言いたいのでしょうね。その通り、私のせいなのです。トリステインの被害を最小限にとどめる為に、アルビオンに徹底的な戦略的破壊を行った結果が現状です。世闇で霧に隠れて移動したため、更にアルビオンが内乱状態である事に付け込み、分断工作も含めてやった為に何がどうしてこうなったのかは闇の中に葬られるでしょうが……私のせいなのは間違いありません。アルビオンに上陸すれば、私は更におぞましいものを見る事になるかもしれませんね。「やり過ぎました。次があるとすれば、もっと上手くやります」微笑む私の顔を見て、皆が痛々しい表情で此方を見るのは何故でしょうか?理解、したくありませんね。「私のやらかした悪事はさておき、問題は空賊です。 原因が誰のせいであれ、理由が何であれ、跋扈している空賊には慈悲をかけずに滅ぼす必要があります。 あるのですが……」「連中もさるものでね。取り締まりの船が来ると空賊では無く無害な交易商人が如く振舞うのだ。 何せ、大半は元々交易商人だからね、区別がつかない。 だから取り締まる側も、無害な交易商人が如く振舞うことにしたのだよ」ギーシュはそう言いながら、ヴァンジャンス号を見ます。それはどう見てもボロい中型交易船なのでした。「したのだが……流石にボロくないかね?」「ですから見た目だけですよ、中に入ればわかるのです」完璧なカモフラージュなのです。完璧過ぎて、何だか私も疑わしく思えてきました。本当に、ほぼ新造なのですよね?船に近づくと、どう見ても交易商人な見た目のおじさんが、ニコニコしながら下りて来ました。んん~?ますます持って、自信が無くなって来たのですが~?本当に軍艦ですかこれ~?「皆様、お初にお目にかかります。ジャン・ド・ゴゾンと申します この度は英雄とその御仲間をアルビオンまでお連れするという大変名誉な任務を頂き、感謝しております」そう言って敬礼した途端、どう見ても交易商人だったそのおじさんが途端に軍人の雰囲気を醸し出し始めました。おお良かった!たぶんきっと軍人ですね、恐らく!雰囲気だけ軍人で、見た目がどう見ても交易商人のおじさんなのですよ。実に見事な変装だと思います。「こちらこそお初にお目にかかります。女王付き女官のケティ・ド・ラ・ロッタと申します。 アルビオンまで仲間ともども、よろしくお願い致します」優雅にカーテシー。ふっふっふ、ルイズに仕込まれた上級貴族仕草ですよ。ド田舎の貴族では親や兄弟伝手でしか礼儀作法を学べず、なかなか伯爵以上であれば普通に雇える家庭教師とかを雇える機会がありませんからね。持つべきものは友なのですよ。例え『ケティが慣れない事をさせられて目を白黒させながら混乱している様を見るのは、意外と楽しいわね!』とか言っていたとしてもなのです。おのれ。「はい。短い上に優雅な船旅とはいかないでしょうが、出来得る限り安全にお届けいたします」そんな挨拶をしながら、私達はヴァンジャンス号に乗り込みました。甲板に上がっても軍艦に見えません。どう見ても商船なのです。なのですが……。「何だこのデカいロケット花火は?」才人は気付いたようです。「見ての通り、デカいロケット花火なのです」「嘘吐けコラ!?」才人に頬をむにーっと掴まれました。女子の顔になんて事をするのでしょう。まあ、自業自得なのですが。「さて何を企んでいるのか、吐こうか?」「あいたたた……原理的には火の秘薬を燃焼させて飛んで行くという、デカいロケット花火そのものですよ。 普通のロケット花火と違う所は、着発信管を搭載していて当たった所で大爆発する事で船を破壊出来るように出来ている所くらいです」「見た目から想像はしていたけど、いきなりロケット弾を作ったのかよ」才人はびっくりしていますが、実のところロケット兵器自体は地球でも14世紀頃から存在するものであり、別に不思議では無いのです。「これって、ジャンが作ったヘビ君シリーズに似ているわね? ひょっとしてパクった?」キュルケが何やら失礼な事を言っていますが、決してパクッてなどはいません。「似てはいますが、あちらの推進剤はディテクトマジックで追尾する際に推力を加減させる用途で火の魔石と火の秘薬を混合しているという高価な代物ですし、方向転換用の翼もガーゴイル技術を応用したものと、あちこちに魔法を多用した為に1発で金貨が袋単位で消し飛ぶ代物です」「ゲッ、そんな高価な代物をバカスカ撃ってたのか、俺……」 才人が驚いていますが、1発でそれなりの規模の邸宅が買える値段なのですよね、空飛ぶヘビ君。研究費は学院から出ていたとはいえ、凄まじい物を作ったものだと思います。「対してこちらは推進剤は普通のものとは配合が若干異なるとは言え火の秘薬のみですし、方向転換用の翼など無く真っ直ぐ飛んで行くだけですが、1発たったの50スゥなのですよ。 兎に角安い!コストの差が圧倒的! なので断じてヘビ君のパクリなどではありません。性能的には段違いにこちらの方が下なのです」「ま、まさか性能の低さを自信満々に語られるとは思わなかったわ」キュルケがちょっと引いていますが、コルベール先生のヘビ君シリーズは高過ぎてトリステインの財政力で大量に配備するのは無理なのです。トリステインというか、たぶんガリアでも干上がります。そのくらい、滅茶苦茶高い代物です。いっぽう今回のロケット弾は同じ部品をひたすら作らせ続ける事で未熟な職人でもある程度の部品精度を保ちつつ大量に作れるようにし、そうやって調達した各部品を工場にて組み立てるという工場制手工業で大量生産出来るように設計されています。大量生産出来るから、値段をかなり安く抑えられているのですよ。どんと来い、産業革命。「その代わり大量に用意出来ます。要はある程度真っ直ぐ飛んで、当たれば良いのですよ」最初はペットボトルロケットみたいに尾羽で回転させて直進性を高めようとしたのですけれども、これが冶金技術やら生産工程の単純化やら色々問題が有って中々上手く行かず……仕方なくロケット花火みたいに棒を取り付ける事によって直進性を上げる方式に変更した暫定版だったりはするのですが。「てか、大砲で良かったんじゃね?」「信管の性能的に、大砲だと発射時の衝撃で炸裂してしまうのですよ。 なので加速が大砲よりはゆっくりな為に、信管への衝撃が緩やかなロケットを採用したのです。 更に言えば噴出孔はノズル形状を採用したので効率よく推進力を得て飛翔させる事が可能で、なんと最大射程は現状10リーグとアルビオンに持ち込まれたどっかのガリアで作られた新型砲の2.5倍! 遠距離から一方的に大ダメージを与えられるのが売りなのです」まだまだ信管の性能が不安定なので、飛んでる最中に炸裂してしまうものが時折あるとか報告書に上がってきていたりはしますし、長射程だときちんと狙ってもたまにしか当たらないのが玉に瑕だったりしますけれどもね……。「…ガリア製なの、いつバレてた?」「ほぼ最初から、バレてましたね」タバサの問いに、私はにっこりと答えます。まあ私が何故知っているか問えば転生前の知識のお陰ではあるのですが、言わぬが花なのです。「つまりケティは、また趣味と実益兼ねてコッソリ変なものを作って実験していたわけね?」ルイズの指摘が情け容赦無いのです。趣味と実益を兼ねていたのはその通りなので、ぐうの音も出ませんけれども。「こっそりとは失敬な。火の秘薬の調合に関しては、モンモランシーにも多大な協力を得ていますよ」「パウル商会のお仕事が、あんなに儲かるとは思わなかったわ。 例の媚薬をもう一丁お替りできそうな勢いでお金が貯まったのよ、凄いでしょ?」「お……お金が貯まったのを喜ぶのは構わないが、媚薬はやめたまえよ麗しきモンモランシー?」私も大ダメージを喰らったアレは、是非ともやめて下さいモンモランシー。「船を出港するぞー!」ワイワイやっていたら時間が来てしまったのか、出航の合図が聞こえてきました。船員が甲板上を慌ただしく動き回り始めているので、大量の荷物を持った私達はハッキリ言って邪魔以外の何物でもありません。「おっと、早いところ船室に荷物を置いてきた方が良さそうですね」「こちらです。ご案内します」船員の人によって私達女性陣だけ専用の部屋をあてがわれる事になったのでした。それほど大きい船とも言い難いので、大雑把でも専用の部屋があるだけ贅沢とも言えます。「ハンモックで寝るのも、久し振りね」キュルケが楽しそうにハンモックを見ています。狭い船室の中にハンモックが4つ……淑女の部屋としてはかなり狭いし暗いですが、この船は私達以外は全員男性であり万が一でも間違いとかが起きてはいけないので、妥当な措置と言えるでしょう。アルビオンに着いたら、宿の個室でゆっくり寝たいものです。「起きろ、ケティ!海賊だ」「我が眠りを妨げるものは、永久に呪われるがよい……」才人にいきなり揺り起こされた私は、目覚めるなり呪いの言葉を吐きました。眠りは最高の娯楽なので、妨げてはいけません。妨げた者は呪われるべきなのです。ちなみにですが、才人は久々にあのおっぱい……もとい、ティファニア達に会えるのが嬉しいのかテンションが上がってしまい、眠れなかったようなのです。「そんな殺意に満ち満ちた目で見るなよ……空賊が現れたんだよ、艦長が呼んでる」「今、何時ですか?」「朝の5時だよ」「……不埒者には死を。 では才人は皆を起こしてください。私は呼ばれているので艦長に会いに行きます」「おう、わかった」こんな朝早くモーニングコールしてくるとは許し難し。普段よりも殺意増量でハンモックからのっそりと降りたのでした。「ご苦労様ですゴゾン艦長」「朝早くからすみませんな、ミス・ロッタ」甲板に上ると操舵輪の近くにゴゾン艦長が立っていたので、挨拶を交わします。相変わらず、どう見ても交易船の船長さんなのですが、雰囲気はとても鋭くなっています。「おあつらえ向きの目標が見つかったようです。現在、こちらを交易船と勘違いして追跡中。 見ますか?」ゴゾン艦長がそういって遠眼鏡を手渡してきたので、小さく点みたいに見える影を覗いてみました。レンズと魔法の組み合わせで、点みたいだった影があっという間に判別可能な大きさまで拡大されます。「……あれは、旧アルビオン空軍のコルベットですか。 残っていたのですね、未だに」「あれは恐らく『王家の海賊』号。空賊化した旧アルビオン空軍残党の中でも凶悪な奴ですな。 船長はウォルター・ケネディという名の元副艦長で、戦後我が国に投降しようとした前艦長を殺害してそのまま空賊船の船長になったという情報が集まっています」「何故に前艦長を殺害したのかの情報は入っていますか?」私の問いに、ゴゾン艦長は苦笑を浮かべた。「アルビオン王国再興の為だそうです。空賊行為はその為の資金集めだと、酒場で言っていたという情報が集まっています」「え、ええと……アルビオン王家直系は既に滅びましたし、アルビオン王家の血が一番濃いのは、うちの姫様ですけれども?」ティファニアも居ますけど彼女はエルフの血が濃過ぎて表に出せませんし、そもそも誰も知らない筈なのでアルビオン王家再興の旗印にするのは不可能な筈なのですが。「ケネディ家は代々騎士を輩出している家らしく、数十代前に王家の御落胤が興した家なのだという伝承があったようでして」「まさかと思いますが、そのケネディとやらはアルビオン王になるつもりなのですか? そのような怪し過ぎる伝承で、人がついて来るとでも?」「そのようですな。口が上手い奴なようで、部下にはケネディが国王になるのだと信じ込んでいる奴までおり、船員の多数から国王陛下と呼ばれているのだとか」何なのですか、その痛々しい連中は。「頭が痛い……とっとと沈めましょう」「それが良いと小官も思いますな。 トルピーユを使用する為の練度もかなり上がって来ましたし、女王陛下に良い報告が出来るでしょう」トルピーユというのが、ロケット弾の名前になっています。フランス語の魚雷。この世界だと海上船舶があまり発展し無さそうなので、名称をパクる事にしたのですよ。「全発射機にトルピーユ装填」「全発射機にトルピーユ装填急げ!」「諒解!安全ピン外し忘れるんじゃねえぞ!」艦長の命令を隣に立っていた副長が復唱すると同時に、船員が慌ただしく装填作業に入りました。「ふわぁ……何?戦闘になるの?」「こんな朝早くから、節操のない空賊ねぇ」「眠い」ルイズとキュルケとタバサが、眠そうに目を擦りながら甲板に上がっていきました。「モンモランシーはどうしたのですか?」「ん、髪を巻いてる」ああ、そういえばかなりセットが面倒な髪型でしたね、モンモランシー。「戦闘かね?」「僕たちの出番だね!」意気込んでギーシュとマリコルヌが出てきましたが、たぶん出番は無いのです。「距離測定、射角調整、完了しました」「観測射撃開始せよ」「1番、観測射撃開始、撃てーい!」1番発射機から凄まじい煙が上がり、轟音と共に白煙を噴き出し加速しながら4発のトルピーユが飛んでいきます。「おおおーう、感動的ですねー」「感動的ですねーって、始めて見たのか?」「ええ、設計段階までは参加していたのですけれども、射場が遠かったもので」射程が長くて危険なので、東トリステインの島にある実験場で発射試験をやって報告書は貰っていたのですが、飛んでいるのを見たのは私も初めてでした。ちなみに観測射撃段階で当るわけも無く、トルピーユは空賊船の近くを掠めて落ちて行きました。「外れました!」あれ、落ちたらそこで爆発するのでしょうね。下に人が居ませんように。「第2射開始」「射角修正、2番第2射放て!」「次は当てるぞ!」今度は2番発射機からトルピーユが飛んでいき、今度は更に近くを掠めて行きます。うーん、惜しいのです。「外れました!海賊船、回頭を始めています」何かよくわからないものが、猛烈に煙を噴き出しながら轟音響かせて飛んでくるのに驚いたのか、空賊船は反転を始ました。まあ怯みますよね、見た事の無い武器ですから当たったらどうなるのかわかりませんし。「腹を見せたな。第3射開始」「射角修正、3番第3射放て!」「いい加減に当たりやがれ!」3番発射機は割と私達に近かった為に猛烈な轟音が鳴り響き、煙が私達にも若干噴きかかります。黒色火薬の焼ける臭いがし、目がちょっと痛くなりました。喉にも良く無さそうなのです。4発のトルピーユは煙を噴きながら飛んで行き、回頭中だった海賊船の横腹に2発突き刺さり……それと同時に信管が作動して、大爆発を起こしたのでした。「うわぁ、たった2発でコルベットが真っ二つになったぁ!?」マリコルヌが驚いた声で叫びました。大砲の弾ではここまでのダメージを一気に出すのは、なかなか難しいですしね。ビックリすると思います。「とんでもないものが出来たんだね。こりゃ戦争の歴史が変わるかもしれない」当たり所が悪かったのか船内の火薬まで誘爆したようで、コルベットは更にもう一度大爆発を起こして真っ二つに折れ、そのまま墜落して行きます。人がバラバラと落ちて行くのも見えて正直あまり気持ちの良い光景では無いのですが、威力の程は確認出来たので良しとしましょう。「こういう具合に、最近ではかなり命中精度も上がってきております」「お見事です、艦長。姫さ……もとい、女王陛下もお喜びになられる事でしょう。 運用法をレポートに纏めて軍務省へ提出してください」「諒解致しました」トリステイン軍は兎に角数が足りないので、質を上げていくしか無いわけですが……さて、いつか追いつかれた時にどうなってしまうのですかね、これは?その後、私達は海賊船を数隻撃沈しつつ、サウスゴーダ港まで辿り付く事に成功したのでした。「うーん、何とか着いたぁ! ようやく普通のベッドで眠れるぞう」船から降りて、ギーシュが伸びをしています。2日程度ですが、ハンモックで眠るのは辛いですしね。気持ちはよくわかります。「しかし何というか……」「街全体が荒んでいるな」港のあちこちにボロボロの服を着ている人が蹲っていて、微妙に異臭が漂ってきます。覚悟はしていましたが、これは……。「この町はロマリアから物資が入って来るので、まだマシな方ですぞ。 戦争の影響で、アルビオン全体が極端な物資不足に陥っております」下船中に、ゴゾン艦長がそう教えてくれました。私が予備的作戦として提案した戦略的破壊作戦が、アルビオン南部に飢餓の春を引き起こしました。冬の間には既に飢餓が拡がって暴動が起こりゲルマニア軍が鎮圧していたらしいですが、既に暴動は起きていません。力によって鎮圧されたというわけでもありません。飢えた者は時に暴動を起こしますが、飢え過ぎた者は暴動を起こす気力すら無くなるのです。そしてここは空中の島アルビオン。如何に食料を求めて脱出しようとしても、逃げ場所は無いのです。「今を生きている人達には何の慰めにもならないと思いますが、そろそろトリステインからも救援物資を出す事になっています。 ガリアも交渉の結果、かなりの量の支援食糧を送る事が出来るでしょう」恐らく、気休め程度にしかなりませんが。元々の食料生産量にあまり余裕が無いので、飢饉が起きても支援し難いのです。もしも才人が帰って来なくて、戦争が長期化した場合に備えた戦略的破壊でしたが、今となってはやり過ぎの類でしょう。「一生、背負って生きていくしかないでしょうね」仕方がありません。私の器で仁の道は無理なのです。貴族として生きる以上は、屍を踏みつけながら生きていく道しか無いのでしょうね。このようなかなり気分が落ち込む案件もありましたが、私たちはウエストウッド村に到着したのでした。村というか、ちょっとした砦なのですが。「ウエストウッド村か。何か10年ぶりに来たような気がするね!」「本当ね、何だか10年ぶりに来たような気がするわ」ギーシュとモンモランシーがうんうんと頷いています。「おーい、ニノン!久しぶり!何か10年ぶりくらいにあったような気がするな! テファは元気か?」「誰かと思ったらサイトだ。本当に10年ぶりくらいな気がするね! アルビオンは色々と大変だけど、この村もテファも元気だよ。待ってて、いま扉を開けるから」ウエストウッド村でティファニアの補佐みたいな事をやっているニノン・リシェが、才人の顔を見て笑顔で見張り台から降りていきました。確かに、よく分かりませんが……10年ぶりに来たような気がするのです。不思議ですね。不思議。「跳ね橋が開くよー、危ないから離れててね」ニノンの声と同時に、丸太で出来た跳ね橋が下りてきます。そして下りた跳ね橋の先には、ティファニアの姿もありました。「久しぶりね、サイト。そして皆も元気そうで良かった。 こういうの、お帰りなさいって言うのかしら?」ティファニアは、そう言って微笑んだのでした。