「よっ、テファ。元気だったか?」「…うん。サイトも元気そうで良かった。体は大丈夫?」「もちろん、この通り元気だぜ!」「………………」才人とティファニアが長い間離れ離れになっていた幼馴染みたいな空気を醸し出し、ルイズが何かイラッとした表情を浮かべています。それでも舌打ちとかしないのは、流石公爵令嬢なのです。「…久し振りね、テファ」「ルイズも久し振り。元気だった?」ルイズのちょっとイラッとした表情に少し困った表情を浮かべながら、ティファニアは跳ね橋用のロープを引っ張り始めました……って、まさか。「勿論よ、最近魔力が回復しなくてちょっと困っているけど、健康なのが取り得ですもの。 テファも……相変わらず、凄いパワーね」屈強な男性でもビクともしなさそうな跳ね橋のロープを、ティファニアは糸でも巻き取るかのように引っ張り上げて行きます。重力とは、重力とは一体……うごごごご。破壊力のルイズに腕力のティファニア。いったい虚無って何なのでしょうね?少し、遠い目になってしまうのですよ。「あら、この娘が胸のおかしいエルフね?」「ひうっ!?」才人とティファニアが会話している所に、キュルケがずいっと入って行きました。見た目にかなり迫力のあるキュルケがいきなり入り込んできたので、人見知り傾向の強いティファニアが委縮しているのです。「大丈夫、私はキュルケ・アウグスタ・フレデリカ・フォン・アンハルツ・ツェルプストーよ。 ちょっと耳が尖ってるだけな程度、私は気にしないわ。 そっちよりも、こっちの方が遥かに凄いと思うの」「ひうっ、ひうっ」キュルケはティファニアの胸をツンツンと突いています。「これが本物だという事実の方が凄いわよ、うんうん。 尖った耳なんてサハラに行けば幾らでも居るだろうけれども、きっとこんな胸には会えないわ」「ひうっ、ひうっ」「キュルケ、そのくらいにしておきましょう……?」驚き過ぎて身動き出来なくなっているティファニアを庇う為に、取り敢えず間に入りましょう。「おお、こっちはこっちで別の趣があるわね?」「人の胸を勝手に突かないで欲しいのですが?」ティファニアを庇ったら、今度は私の胸が餌食になったのです。私は杖で軽くキュルケの手の甲を叩きました。「だって、あんなに大きかったら気になるじゃない? 私より胸が大きい人は、お父様の妾にも居ないのよ」「初対面でいきなり胸を突くのは駄目でしょう。 気持ちはわからなくも無いですが、駄目なものは駄目なのです」ツェルプストー辺境伯の妾にも居ないとなると、確かにかなり珍しくはあるでしょうが。「それは確かに。ごめんなさいね、ティファニア。好奇心に負けちゃったわ」「ひう……わかっていただければ結構です。 でも、本当に私のこの耳が怖くないんですか?」「先程も言ったけれども、たかだか耳が尖っている程度で驚いたりしないわよ。 この前、この子を助けに行った時に妨害してきたエルフの方が、よほど怖かったしね」キュルケは隣に立っていたタバサの肩を掴んで、ティファニアの前に連れてきました。「ん。一瞬で返り討ちになった」「まあケティが、そのエルフを倒しちゃったけどね」「ん。えげつなかった」それだけ聞くと、滅茶苦茶強そうに聞こえますね、私。概ね言いくるめただけなのですが。「え、エルフを倒したの?」ティファニアが怯えながら《プルプル、私悪いエルフじゃないよ?》みたいな目で見つめてきますが、別に私はエルフスレイヤーでも無ければエルフを脱がす空手家でも無いのです。「眠らせただけですし、最後の仕上げをやったのは私では無くモンモランシーなのです。 つまり、エルフを倒したのはモンモランシーですね」「ひうっ!?」「まさか薬を飲ませただけでエルフを倒した事になるとは思わなかったわ……。 あと怯えなくても良いから。こと戦闘力という意味で、私はこのメンバーの中で一番弱いから。 なんてったって回復役だし」これで回復が有料で無ければ最高の回復役なのですが……。まあ御家再興の為ですから、仕方が無いのです。「私はシャルロット・エレーヌ・ドルレアン。略してタバサ」「ひう、何処をどう略したのかわからないわ」タバサのボケに、ティファニアが反応しきれずに混乱しているのです。タバサは無表情ですが、さては結構楽しんでますね?「ティファニア。タバサは真顔でボケるタイプなので分かり難いかもしれませんが、それはジョークなのです」「そ、そうなの?」「ん。小粋なガリアン・ジョーク」タバサが真顔でサムズアップしていますが、たぶんガリア風の冗談でも無いと思います。個人的に遊んでいるだけなのです。「よろしく」「はい。ティファニアです、よろしく」タバサとティファニアは握手を交わしたのでした。「これで取り敢えず、全員の自己紹介が済みましたね」「きゅい。腹黒娘、シルフィの事を忘れていない?」タバサの回りを静かに歩いていた青い猫が、不意にそんな事を言い始めました。「猫のふりをし続けるの飽きてきたのね」そしてそう言った途端に、猫の身体が肥大化して風竜へと変化したのでした。あー…そう言えば、暫く猫の振りをして静かにいてと頼んでいたのですよ。すっかり忘れていました。おほほほほ……。「ひ、ひう…ひう……」いきなり現れた風竜に見下ろされて、ティファニアが完全に固まっているのです。目の前に不意に羆が出て来たようなものですし、そりゃ固まりますよね。心臓に良くないのです。「ふ、風竜が、喋ってる……韻龍様?」「半分と言えど流石はエルフの娘。竜に対する礼儀が出来ているのね。 そうよ、シルフィは韻竜。初めまして、イルククゥなのね。 またの名をシルフィードとも言います。シルフィ様と呼びなさい」「え?あ、はい。お初にお目にかかります、シルフィ様」なんかシルフィードが調子に乗っているのです。でもあまり調子に乗っていると、拙いと思いますよ?「きゅい、きゅい。崇め奉るがよ……あいたぁ!?お姉さま、なにをするのね?」「調子に乗らない」案の定、タバサに杖でポカリと叩かれてしまうのでした。いやまあポカリというよりはゴスッて感じで、人間だったら頭蓋骨陥没して死んでそうな勢いではあるのですが。何せ竜なので、ちょっと痛い程度で済んでしまいます。「シルフィで良い」「え?はい。でも……お姉さま?え?」ティファニアがタバサとシルフィードを交互に見比べています「シルフィードは私の使い魔」「きゅい。シルフィはお姉さまの使い魔です、えへん!」シルフィードが誇らしげに胸を張って……いや、胸は張っていませんね、長めの首を反らせているのです。「使い魔……ええっ!?幼生とは言え、韻竜を使い魔にしたの?」「ん」ティファニアの問いに、タバサはコックリと頷きました。そんなタバサにシルフィードが頭を擦り付けるので、タバサの小さな身体が大きく揺れています。「きゅい、お姉さまは凄いのです。えへん、えへん。 お姉さまが言うなら仕方が無いのね。シルフィと呼ぶことを許します。きゅい」「うん。よろしくね、シルフィ」「きゅい!」シルフィードは大きく頷くと、再びすすすっと縮んで猫になったのです。そしてタバサの肩に飛び乗り、そのまま襟巻みたいに首に巻きつきました。何か暑そうな気もしますが、元が韻竜だからひんやりしているかもしれません。「テファ、何かお客様が来たってニノンから聞いたんだけど……って、あんた達何で!?」ティファニアの家からやって来た緑色の髪の眼鏡をした知的な雰囲気の大人の女性が、私達を見て固まっています。恐らく居るだろうなーと思ってはいましたが、土くれのフーケことマチルダ・オブ・サウスゴーダなのです。「えっ、フー……もが」「これはマチルダ殿ではありませんか、奇遇ですね?」フーケの名を呼びそうになった才人の口を咄嗟に塞ぎ、穏やかに声を掛けます。こんな所で裏の名前で彼女を呼ぶわけにはいきませんからね。「ロマリアでは大変有意義な取引をさせていただき、ありがとうございます」「ケティ殿もご健勝なようで何よりでございます。 この前はお先に失礼させていただいて申し訳ございませんでした。ですがお陰様で、久々にぐっすりと眠る事が出来ましたの。 ジャンも良い取引が出来たと両手を揉みながら喜んでおりましたわ」マチルダの言っている事を翻訳すると、『この前は気絶して済まなかった。あとワルドの手を治す手配をしてくれてありがとう』みたいな感じなのです。何の亜人の手を着けたのかはわかりませんが、ワルドの両手は元通り動くようになったようですね。多少不格好でも、きちんと動く手が有るのと無いのでは大きく違いますからね。取り敢えず良かった良かった。「……えーとケティ、何でフーケとそんなに親しくなっているんだ?」才人がコソコソと私の耳元で囁いています。何で口を塞がれたのかを理解してくれたようで、良かったのです。ティファニアにマチルダの危険な稼業について知らせる必要も無いですしね。「昨日の敵は、今日の友……とまでは行きませんが、利益でつながる事はできるのです」 「またなんか腹黒い事をやって、丸め込んだのは理解した」「ほほほ……手段はどうあれ、平和裏に片付けばそれが一番なのですよ」暴力沙汰なんて、怪我するばかりで得る事はありません。無いに限りますから、全力で回避なのです。「えーと、マチルダ姉さん。ひょっとしてサイト達と知り合いなの?」「えっ?うーん……そう。そうよ。前に仕事で何回かね」ティファニアの問いに、マチルダは少々引き攣った表情で頷きながら、こっちに目配せしています。『なんかフォローしろ、なんか良い具合に』みたいな奴ですね、アレは……。「ええ、実はつい最近まで商売敵だったのですよ」「ええっ!?」ティファニアがびっくりしていますが、商売敵どころか命の取り合いをやるガチの敵同士だったのですけれどもね。言わぬが花なのです。「実は前に商売で何度か衝突しまして、つい先日ロマリアで和解したのです。 なので『今はお友達』なのですよ、安心してください」「今はお友達って部分が妙に引っ掛かるけど、そういう事だから安心して頂戴」そう言いながら、私とマチルダは肩を組みました。『ほら、こんなに仲良し!』「まあ、本当だわ!」仲良き事は美しき哉。ティファニアが喜んでいます。仲を良く見せるには、肩を組むのが一番なのです。マチルダの方が私よりも背が高いので、肩の関節が痛いですが。痛いというか、わざとやっていませんかマチルダ?ちょっと待って腕が何か極まって……あいたたたた!?「仲良し。ね?」「そうですね……機会が有れば、今度何かお返しします」ティファニアの前で揉める訳にはいかないので、笑顔、笑顔……。機会が有ったら、コブラツイストでもかけてやりましょう。「ところでフー……もとい、マチルダ。何でこの村に居るんだ? ここは見ての通り隠れ里みたいな場所だし、普通の人には見つけられないと思うんだが」「この場所を元々知っていたのが、私だから」そう言いながら、マチルダはティファニアの家を指差します。「あそこは、元々は私の隠れ家だったのよ」「うん。私はマチルダ姉さんに、ここで匿って貰っているの」ティファニアはそう言って、笑顔でマチルダの言う事を肯定したのでした。「私が今生きているのは、マチルダ姉さんが館の中から救い出してくれた御蔭なのよ」「そういう事。まあ、立ち話もなんだから座って話さない? 長旅で疲れているでしょ、貴方達」「それはそうだな」才人が首肯し、私達はその提案に同意したのでした。ティファニアの家には前も泊まった事が有りますが、元々は村長みたいな人の家だったらしく割と広めで頑丈に出来ているのが特徴なのです。徴税官などを迎え入れる為にも、応接スペースが広めにとられてもいます。この忘れられた村に果たして徴税官が来ていたのか、今となっては謎なのですが。「おっ、ようやく連れて来てくれた。遅いよマディ姉さん、折角淹れたお茶が冷めちゃうよ」「ごめんニノン。彼らは私の知り合いだったの。それで、思わず話が盛り上がっちゃってね」ニノンにはマディ姉さんと呼ばれているようですね、マチルダ。彼女がこれだけ懐いているという事は、やはりこの村には一切害を及ぼすような事はしていないのでしょう。「はい、お茶。いまトリステインで流行ってるらしいタンポポ茶だよ。凄く甘い良い香りがするんだ。 マディ姉さんが買ってきてくれたの、皆もどうぞ」「おっ、ありがとなニノン。ん~、良い匂いだ」才人はニノンからタンポポ茶を受け取って匂いを嗅いでいます。元々コーヒーの代用品という事もあり、結構甘い良い香りがするのですよね。「ちなみにだけど、トリステインでタンポポ茶を流行らせたのが、このケティ」「ほほほ、お買い上げ有難う御座います」いきなりバラされたので、取り敢えず笑って誤魔化すのです。「ゲッ…あんたの所で作ってたの……?」マチルダが買ってくるんじゃ無かったみたいな顔をしていますが、マチルダだからって毒入れたりはしませんよ。いちいち見分けるの無理ですし。「ええ、手広くやらせて貰っています」食料から始まり機械や兵器と、思えば結構大きくなったものです。…まあ、私は最初に商売のやり方をある程度教えただけであり、その後は専らアイデア出しだけなので、実質的にはパウルがどんどん商会を大きくしている訳なのですが。「へー、良い事聞いちゃった!タンポポ茶って、どう作るの?」「作るだけならそこまで難しいものでは無いので、後で作り方を教えましょう」「作るだけなら?」ニノンは首を傾げています。「売られているものと同等のを作るとなると、更に幾手間か要るという事ですよ」「まあ、それは仕方ないね」私の説明に、ニノンは納得したようにうなずくのでした。生産現場では味と香りがもっと良くなるように、色々と工夫しているらしいのですよ。ちなみにそこまでは私も知りません。知らなければ教えようも無く、故に機密はバッチリなのです。「それで、私がここを知っている理由だけれども、ケティは知っている筈よ」マチルダの言葉に、皆の視線が一斉に私に集まります。何で知ってるのという顔ですが、仕方が無いでしょう。「…知ってはいますが、全部では無いのです。 マチルダ・オブ・サウスゴーダという名と、この地域がサウスゴーダ領というあたりで察せるとは思いますが」「ああ、成程。つまり、ここの元領主の娘なの、貴方。 …という事は、ここは戦時に緊急避難する為の隠れ里ね?」私の言葉でルイズがポンと相槌を打って、マチルダに聞き返しました。「まあ、そこまで材料揃えばわかるか。 ええ、その通り。このウエストウッドは元々はモード大公にとっては家臣同然の存在だったサウスゴーダ侯爵家の狩猟地であり、この集落は戦争が起きた際に領主の家族が退避する為に作られた隠れ里よ。 だからこの里の事は、サウスゴーダ侯爵家の直系親族を除くと限られた使用人以外殆ど誰も知らなかったし、テファをここに匿う事も出来たのよ。 幸か不幸か、知っている親族も使用人も、全員死んだから私だけが知る場所になってしまったしね」マチルダはそう言いながらタンポポ茶を飲み、焼き菓子を齧っています。一族と秘密を知る中枢部の使用人も全滅という事は、見方によってはタバサよりもきつい境遇という事になるのですが……ティファニアまで抱え込んで、良く今までやって来れたものです。「侯爵くらいの貴族なら狩猟地の1つや2つは持っているものだし、一時避難用の隠れ里も用意しているわよね。うちにも何個か有るから、すぐに分かったわ」「隠れ里は必須だよね。僕は4人兄弟の末っ子だから知らないけど」ルイズの言葉にうんうんと頷きつつも、ギーシュの話からは貴族の家の世知辛さが滲み出て来るのです。次男あたりは長男のスペア的扱いなので知らされたりもしますけれども、4男にもなると家が分かれるのが決定なので、教えられる事は無いのです。トリステインの継承法は男子優先の長子相続制なので、成人後の他の男子は軍人になるなどして身を立てつつ娘しか居ない家の婿養子を狙ったりする必要があります。女子は相手が居なければ親が人脈駆使して何とか嫁入り先を見つけ出してくれるので、このあたりは男子よりも選択の余地が無い代わりに確実性が高かったりします。どちらも一長一短ですが、現実なんてそういう世知辛いものなのです。「僕は長男だから知ってるよ。長男なのに彼女も許嫁も居ないけどな、グギギギギギギ…… 何故だ、何故僕はモテないんだ。ちょっとぽっちゃりしているけど、よく考えたら伯爵家の長男なんだぞ」たぶん変態だからだと思いますよ、マリコルヌ。「私はもちろん、後継ぎだから知ってるわ」「同じく」マリコルヌはああ見えてグランドプレ家の長男なので、知らされているようです。一人娘のモンモランシーは言わずもがな。長女のキュルケも知っているようです。確かアンハルツ=ツェルプストー家は男女を問わない完全長子相続制なので、長女のキュルケが後継ぎなのでしょうね。「僕だけ仲間外れかね!?」ギーシュがちょっと悲壮な表情で叫びます。「良いなー!継承権上位は良いなー!僕も隠れ里欲しい!」そして、我関せず一人黙々と焼き菓子をむさぼっているタバサと、その向こう側にいる私の方を向きました。「タバサ、ケティ。君達だけだよ、私の心を分かってくれるのは!」「うちは取り潰されたので、隠れ里を維持する資金力が無いだけ。 ボロボロだけど、一応ある」大公家ですからね。そりゃありますよね、タバサの家は。「うちは領地そのものが隠れ里みたいなものですから……」ラ・ロッタ男爵領はジャイアント・ホーネットに阻まれて侵入出来ないのに、隠れ里を用意する意味が無いのですよ。領地自体が隠れ里みたいなものですからね、はっはっは。そもそもとして一般的に男爵クラスだと領地が然程広く無いので、狩猟地を持っている家の方が少なくなりますし、無くても割と普通ではありますが。「僕だけ、僕だけ仲間外れだなんて…うわーん!みんな嫌いだー!」そう言いながら、ギーシュは家を飛び出していきました。仲間外れになったのが嫌だったようです……でも必要無いだけで、うちにも無いのですけれどもね。「…追いかけないのですか?」「大丈夫、すぐ帰って来るわ」一応、モンモランシーに声をかけたら、物凄く冷静な表情で何事も無いかの用にお茶を飲んでいました。こうして見ると、髪型も相まって歴史ある家の深窓の令嬢って感じの雰囲気すら漂うですのよね。普段の守銭奴っぷりをもう少し抑えれば周囲も引かないのに、勿体無い。勿体無い。「誰か追いかけて来てくれたまえよ、寂しいだろう!?」「ほらね?」「なるほどー」3分ほどでギーシュが泣きながら戻ってきました。慣れたものです。モンモランシー、流石の貫禄なのです。「話は終わった?とにかくそういうわけで、最初はテファを連れて来たの。 その次が、トリステインで親が死んで、親戚にも見捨てられ餓死しかけてたニノン。 そんな感じで外の仕事のついでに子供達を拾ってここに連れてきたら、こんな感じになった。 特にアルビオン内戦が始まって以降、急速にここに連れて来る孤児が増えたわ。 私は外の商売で得た利益を基にして、ここの支援をやってたのよ」「なるほど。ここの畑の作物や家畜は、そうやって調達していたのですね」「そういう事」流石にマチルダ一1人では持って来られる食料等に限界が出て来てしまったらしく、ティファニアやニノンを中心に据えて指導体制を構築し、集子供たちに調達してきた作物の種や鶏を育てさせる事で、ある程度の食料を自給して貰っていたようです。「私の事情は話したわ。それで貴方達が、このウエストウッドに来た理由は何? 理由はだいたいわかるけど、答えて貰えるかしら?」「私が答えても構いませんが、実は私よりも適任の人が居まして……ルイズ、お願いします」たかだか男爵家の人間が全部やってしまうと少々まずい話なので、ルイズに振りました。何せ、王家に関わる話ですから。「姫様…アンリエッタ女王が、治安悪化中のアルビオンからアルビオン王家最後の生き残りとその関係者を保護せよと私達に勅命を下したのよ。 つまりテファ、貴方とこの村の子供たちをトリステインまで避難させる為に来たの」「えっ?私達を保護しに来たの?」ティファニアが驚いています。まあいきなりこんな事を言われたら驚きますよね。「ええ、そうよ。アルビオンの治安は悪化しているし、このままだとこの村の防御力では対処出来ない相手が、いつか来てしまうでしょ? ニノン、違う?」「…うん。前に来た山賊団みたいなのよりはもっと弱い流民の集団みたいのだけど、食料を狙って入って来ようとした事が何度かあるよ」「げっ、大丈夫だったのか?」ルイズの問いに答えたニノンの言葉に、才人がびっくりして聞き返しました。命の恩人たちが知らぬ間に襲撃されたとあっては、心穏やかではいられませんよね。「うん。城壁に阻まれて四苦八苦している所に、私の魔法とかボウガンで射かけたらびっくりして逃げて行ったよ。 ただ、このままだと確かに拙いと思う」食料不足で治安が悪化していますしね。村の防御力を上げておいて正解でした。「テファはどう思う?」「私は……」才人の問いに、ティファニアはマチルダの方を困ったような表情で見ているのです。匿って貰っている手前、言い出し難いという所でしょうか?「私は、テファもトリステインに避難すべきだと思うわ。ここはもう危険よ」そんなティファニアの背中を押すように、マチルダはそう告げます。「私はお父様から、テファの安全を最優先に守るように遺言されているのよ。 そしてこのウエストウッドはそろそろ危ない。どうしようかとは思っていたのよね」「マチルダ姉さん!?」まさか促されるとは思っていなかったらしく、ティファニアはびっくりした顔でマチルダを見ています。「ルイズ。ヴァリエール公女である貴方がそう言うという事は、トリステインはテファの身柄については完全に保証するという事で間違いないのね?」「ええ、ヴァリエール公爵家とトリステイン王家の名において、始祖ブリミルに誓うわ。 アルビオン王家最後の生き残りですもの。誓わなくても保護しないわけにはいかないわよ。 そうよね、ケティ?」おっと、私に話が回ってきました。「はい。先の内戦でアルビオン王家の血統が、うちの姫様とティファニアに残るのみになってしまっています。 なので、ここからアルビオン王家の血筋を復活させる必要があります。 始祖からエトルリア王家が引き継いだ火の系統が途絶えて千数百年。 アルビオンの風の系統まで絶えるのは、由々しき事態なのです」どうやって生き残っていたのか知りませんけど、教皇エイジス32世がエトルリアの火の系統から出た虚無の持ち主だったりしますが、こんな所で話すわけにも行きませんね。妻帯出来なければ子供も作れない教皇が最後のエトルリアの火の系統とか笑えないので、いつか適当なタイミングで教皇の座から引き摺り下ろして還俗させましょう……。「故に姫様は、貴方の身柄を全力で守ります。 トリスタニアの貴族地区に丁度良い大きさの空き家があるので、そこでウエストウッドの皆で暮らして貰うつもりです。 杖との契約の儀式でメイジとそうで無い子供を選別し、それぞれに適切な教育を施すつもりです」メイジの子供には魔法の教育を施し、そうで無い子供にもメイジの子供と同等レベルの読み書き計算などの基礎知識や、礼儀作法を教育する予定なのです。そうすれば彼らは食うに困らないだけの技能を身に着ける事が出来るでしょう。ティファニアの家で使用人として働くという選択肢だって出て来ます。「ですからティファニア。心配する事は何も無いと、私も保障いたします。 ですから、トリステインへ一緒に来ていただけないでしょうか?」「はい。そういう事であれば安心です」ティファニアは少し寂しそうに部屋をぐるりと見まわしてから、頷きます。「私もトリステインに来ます」こうして、ウエストウッドの住人丸ごとトリステインに引っ越すのが決定したのでした。