奇襲は相手が知り得ないからこそ成立するものなのですつまり、私が知っているという時点で、奇襲など成立しないのですよ奇襲と言えば真珠湾攻撃トラ トラ トラ ニイタカヤマノボレ…帰る事が出来たなら、タルブ村の零式艦戦を見に行けるのですね奇襲を知っているのは私一人教えたいけれども、教えられないこのジレンマをどう解消しましょうか?「いい月なのです。」今晩はスヴェルの夜、月が一つに見える夜。赤い月が白い月に隠れて見えなくなるので、白い月のみの夜空が地球の夜を思い出させる夜なのです。私の記憶が正しければ、今晩この宿は傭兵達に強襲される筈なのですが、さて何時だったやら?予め手は打っておきましたが、上手くいくのでしょうか?「…才人、ホームシックなのですか?」宴もたけなわな中、少し月が見たくて屋上に上がってみたら才人がいました。月を見ながら涙を流しています。「恥ずかしながら、その通りだ。」涙を拭いてから、才人が頭を掻きました。「国破れて山河在り 城春にして草木深し 時に感じては花にも涙を濺ぎ 別れを恨んでは鳥にも心を驚かす 烽火三月に連なり 家書万金に抵る 白頭掻けば更に短かく 渾て簪に勝えざらんと欲す」「何それ? つーか、今日本語だった?」才人は古文の時間居眠りしているタイプなのですね、間違いなく。「もとは中国の詩人、杜甫の《春望》という漢詩なのですよ。 中学校の教科書にも載っていますし、古文の時間に必ず習っている筈なのですが?」「古文は爺ちゃんの先生がやっていて、誰も注意しないから寝てた。 それで、その詩の意味は何?」やはりなのです。まあ私も漢詩なんか、これくらいしか諳んじられないのですが。「戦乱で捕らえられ家族と離れる破目に陥った作者が、強烈なホームシックに陥った際に綴った詩なのです。 ホームシックの才人には、状況こそ違えどぴったりかなと思ったのですよ。」「なるほど、確かに俺にはぴったりかもな。」実は家族と会えない事が寂し過ぎて禿げそうだという詩なのですが、まあそれは黙っておくのです。「気を落とし過ぎないのです。 来たのですから、必ず帰る道もある筈なのですよ。」「気休め言われてもなぁ…。 帰れなかったらどうすんだよ?」きちんとイベントをきっちりこなしていけば、才人は元の世界に絶対に帰れるのですよ。死んで生まれ変わった私と違って。だから、才人がイベントをこなす手助けを私は続けていくつもりなのですから。「大丈夫なのです。 仮に駄目でも才人のその力をきっちり生かす術を身につけさえすれば、この世界に根付く事だってできる筈なのです。 私だってなんだかんだ言っているうちに根付けたのですから、才人にだってそういう日が必ず来るのですよ。」「そういわれると、なんか気が楽になって来たよ、何とかなるのかなぁ?」才人の表情が少し明るくなってきました。何とか元気になってもらえそうなのです。「元の世界の話がしたくなったら、いつでも頼ってくれて良いのです。 …変な事されそうなので、胸は貸さないのですよ?」「ひでえ!でもまたホームシックになったら、話に乗ってくれると嬉しいよ。」取り敢えず立ち直ったようですね、では月も堪能しましたし、下に戻りましょう。「では、私は下に戻るのです。 才人は?」「もう少し月を見ていく事にする。 今夜だけなんだろ?」「はいわかりました、それでは。」挨拶をして会談を降り始めようとしたら、ルイズが立っていました。「ルイズ、才人ならそこにいるのですよ。」「ケティ…ケティはサイトの気持ちがわかるの?」私の事をルイズは上目遣いでじーっと見ながら、ルイズが唐突にそんな事を尋ねてきました。ルイズは物凄く可愛いので、そういう表情で聞かれると思わず萌えてしまうのです。タバサも可愛いけど、ルイズも可愛いのです。私の周囲は飛びきりの美少女ばかりで、軽い敗北感を覚えることもありますが、良いのです、可愛いは正義なのです。なんて素敵な環境なのでしょう、男だったらもっと楽しかっただろうに惜しまれるのです。「才人の気持ちなのですか? 理解する為に最大限努力してはいるのです。」「わたしは…ほとんどわからない。 理解しようにも、考え方の基礎になっているものが違うみたいで、何も理解できないの。 サイトのご主人様なのに、サイトの友達よりもサイトの事が理解できないのよ、笑っちゃうでしょ?」ルイズもルイズなりに葛藤はしていたのですね、まあ当たり前かもしれないのですが。「ケティはサイトが何を考えているのか、どうやったら気持ちを鎮められるのか何でわかるの?」私の場合は才人の思考回路を小説という形で垣間見ていたという経緯がありますから、まるっきりチートなのです。ですからある程度の思考の読みを出来て当たり前なのですが、それをそのまま言うわけにも行きませんし、どうすれば良いのでしょうか?「取り敢えず言えるのは…そうなのですね、才人の言う事をきちんと聞いてから頭ごなしに否定せずに対応すること…ではないかと思うのです。 反発には反発しか帰っては来ないのですよ。 そして、反発する相手に進んで心をさらしたがる人間は居ないのです。」 「わたし・・・いつもサイトの事が全然理解できなくて、思わず腹が立ってきて、怒っちゃって…確かにそうよね、いくら使い魔でも反発し合っていたら理解し合えないわよね。 わたしだって、腹が立っていたら心をさらす気になんてなれないもの…。」ルイズはがっくりと肩を落としました。「だから笑顔なのですよ、ルイズ。 笑顔で話していれば、相手も自然に笑顔になるのです。 笑顔で話しかける人間に反発する人はそうは居ないのですよ?」「笑顔…笑顔ね。 わかったわ、ケティありがとう、わたしやってみるわね。」ルイズがやる気になったようで、何よりなのです。原作よりも親密になるのが少し早くなっても、別に良いのですよ。「では私は下に戻りますが、ルイズは?」「わたしはサイトと話してくる。 笑顔、笑顔、笑顔…。」「はい、行ってらっしゃい。」さて、下で飲みなおすとしますか。「おおケティ、僕の可憐な蝶!戻ってきてくれたのかい?」下に下りたら何かギーシュがいつも以上にハイテンションなのです…と、思ったら、ギーシュの手にはワインの入ったグラスがあるのです。つまりアレですか、今のギーシュは超フリーダム状態なのですね。「さあさあ、座ってくれたまえ。」ギーシュが隣りの空いている椅子をパンパン叩いています。こっち来いって事なのでしょうか?仕方がないので、大人しく従う事にするのです。「ギーシュって、お酒飲むとテンション高くなり過ぎるのね、飲ませなきゃよかった…。」「酒乱。」向かい側の席に座っているキュルケが額を押さえて眉をしかめています。隣りのタバサも食料を口に運び続けていますが、よく見れば眉をしかめているようなのです。そして、ギーシュにワイン飲ませたのはキュルケなのですね、わざと飲ませないようにしていたのに・・・。「ケティ、キュルケ、タバサ、美しい蝶達に囲まれて、ぼかぁ感無量だよ! 浮気がバレて以来、女の子達からの視線が冷たくてね。 こんな女の子に囲まれるなんて、久しぶりで…久しぶりで…モンモランシーも決闘のあと治療してくれたけど、その後は視線すら合わせてくれないし、誰か知らないけど《女の敵》とか書いた紙を背中に張り付けていくし、マリコルヌは『俺たちは仲間だ』みたいな視線を送ってくるしでもう最悪だったのだよ。」ギーシュ、貴方の周囲の女の子は全員どん引きなのですよ。そしてモンモランシー、あの時譲ってあげたのにまだよりを戻していないのですか。「・・・そういう余裕綽々な態度でい続けるようなら、取ってしまうかもしれないのですよ?」「何か言ったかね?」「いいえ、何も。」ギーシュが不思議そうに尋ねてきますが、教えてあげるわけがないのですよ。「あんたこそ余裕綽々じゃないの、ケティ?」「…聞かれていたのですね。」なんという地獄耳、こと色恋沙汰に関して彼女に並ぶものなど居ないでしょう。「だから、何の事かね?」「だからケティがあ…モガ!モガ!?」キュルケの口に鳥の腿肉焼きを突っ込んで黙ってもらいました。「黙っていて欲しいのです、キュルケ。」「喋れない。」タバサが黙々と食料を口に運び続けているのをぴたっと止めて、いきなりツッコミを入れてきました。ひょっとして、ツッコミ属性ですか、タバサ・・・。「ぷは…何するのよ、ケティ!?」「何をするもないのです、キュルケ。 私の事は私が解決するのですよ、ここは生温かく見守っていてほしいのです。」お願いすれば、根が面倒見のいいキュルケの事ですから、これ以上はやらないでいてくれるでしょう。「…仕方無いわねぇ。」「いやだから、何がどうなっているのかね? 話がまったく掴めないのだけれども?」ギーシュの頭の上に『?』マークが浮かびまくっているのが目に見えるようなのです。「ケティ、教えてくれ、いったい何の話な…痛っ!?」「野暮天。」ギーシュがタバサに杖で叩かれました。「いたた…何をするのかね?」「聞いちゃ駄目。」「いやだがしかしだね。」「聞いちゃ駄目。」「そうは言われても…。」「聞いちゃ駄目。」「…わかったよ、聞かない。」「ん。」有無を言わせない説得なのですね、タバサ…。「タバサ、ありがとうございます。」「ん。」何とかピンチは乗り切ったのですよ。「そう言えば、ワルド卿は何処に行ったのですか?」「何処に行ったのかしら? いつの間に居なくなっていたけど。」空気扱いなのですね、ワルド…と、その時、二階からワルドが下りてきました。おおかた、偏在を作り出して私達を攻撃し分断する準備でもしていたのでしょう。「すまない、ちょっと部屋で明日の荷物の整理をしていたよ。」「はい、これをどうぞ。」取り敢えず、大きなジョッキになみなみとワインを注いでワルドに手渡しました。「ええと…これは何だい?」ワルドの顔が少し引きつっていますが、気にしないのです。「明日、アルビオンに向かう為の景気付けなのです。 では、コホン…ワルド卿のちょっといいトコ見てみたい!」『そーれ!イッキ!イッキ!イッキ!イッキ!イッキ!』周りの客も良い感じに酔っていたのか、私達と一緒に手拍子を始めます。『イッキ!イッキ!イッキ!イッキ!イッキ!イッキ!イッキ!イッキ!イッキ!イッキ!』「ワルド卿、さあググッと一気にどうぞ。」可愛く見えるようにニコニコっと微笑みながら、止めを刺してみるのです。「謀ったな、ミスロッタ!?」「生まれの不幸を呪うが良いのですよ?」謀ったなといわれれば、お約束の返しをしておくのですよ、ワルドにはわかりませんが。「生まれの不幸って?」「それは秘密なのです。 それはそうと、ワルド卿。 親衛隊の隊長ともあろうお方が、まさか怖気づいたのですか?」生まれの不幸と言えば、ギャグ属性が着いてしまっていることでしょうか?「くっ、ここに来ては引けん…か。 ええい、ままよ!」そのままワルドは大ジョッキ一杯分のワインを一気に飲み干しました。「どうだ!」「素晴らしい!皆拍手をお願いするのです!」周囲の客からも拍手喝采が起こります。「ふははははは!どうだ!僕はやったぞ!」顔が真っ赤なのですよ、ワルド。…仕込みの一つは、これでばっちりなのです。「さあ、ミス・ロッタ。 今度は君の番だ。」そう言って、大ジョッキにワインを注ぎ始めた途端、正面玄関の戸がばぁんと開いて、武装した男達が雪崩れ込んできました。「ちょ、ま、こんな時に…!?」「賊、なのですね。」ルイズが才人と話している時間帯に襲ってきたという記憶が残っていたので、その時間に合わせて見たのですが、私がイッキさせられる前でよかったのですよ。「皆様、賊です! この宿から避難を!」「賊なのか、あれは!?」「きゃあああああ、助けてえええええぇぇぇぇぇっっ!」飲んでいた客達は、蜘蛛の子を散らすように逃げていきます。居なくなってくれるのは良いのですが、メイジのくせに意気地が無いのですね、皆。まあ、私が《避難》と言ったから、逃げる事しか頭に無くなったのかも知れませんが。「さて、ワルド卿、いかが致しましょう?」「そ、そうらな、応戦せにぇばな。」あー…イッキの効果が見事に出ているのですね。呂律が怪しくなった上に、足がフラフラしているのです。…まあ、私達を分断しようと企んだ報いだと思って、諦めて欲しいのですよ。取り敢えず、ここで死なれても困るので、ワルドを庇いつつ、テーブルを盾にして応戦しているキュルケ達の元へ駆け寄ります。「キュルケ、タバサ、ギーシュ様、無事なのですか?」「何とかね…って、その酔っ払いどうするの?」「あー、すまにゃいねぇ、君達。」キュルケが指差したワルドは顔を真っ赤にして、目をしきりにしばたかせています。泥酔状態なのですね、これは。「まさか、このような場所で敵の襲撃に遭うとは思ってもいなかったのですよ。 私の失態なのです。」「私も思っていなかったもの、仕方が無いわ。」「ん。」「確かに、僕も同意だよ。」彼らに嘘を吐くのは心が痛みますが、ワルドが居なければ私達は単なる貴族の子弟なのです。身分証明として水のルビーを出しても信用されない可能性があるのですよ。「ケティ、ギーシュ、キュルケ、タバサ、ヒゲ子爵!大丈夫か!?」「誰がヒゲ子爵ら!」るねっさーんす。才人はワルドの名を覚える気が無いのでしょうか?「ねえケティ、ワルドなんでこんなに酔っているの?」「ワインを大ジョッキでイッキ飲みしたのですよ。」頭を右へ左へふらりふらりと振るワルドを見ながら、ルイズが焦った表情を浮かべて尋ねてきたので、端的に答えておきました。「何で!?」「まあそんな事よりも、どうにかしてここから逃げなくてはいけないのです。」「ちょっと、何でか教えてよ!?」スルーさせてもらうのです。「逃げるって言っても、ちょっと頭を出せば矢の雨よ?」「そうそう、これでは逃げたくても無理なのだよ。」「無視するなーっ!」ルイズがキレました。「ルイズ、ワルドにワイン一気飲みをさせたのは私なのです。 この咎は後で如何様にも受けますから、今はまず脱出する事に専念して欲しいのです。」「わ、わかったわよ…何でなのかしら、ケティに言われると年上に諭されている気分になるのよね…。」納得していただいて何よりなのですが、年上とは失敬なのです。「兎に角、このままでは埒が明かないのです。 タバサ、こういう時、貴方ならどうしますか?」「囮で引き付けて、本隊に逃げてもらうのが一番。 今回の任務は戦うことじゃなく、届けること。」タバサなら、そう言ってくれると思っていたのです。「では、囮と本隊に分けましょう。 ルイズにはまず脱出して、密書を守ってもらうのです。 後は才人と酔っ払ったワルド卿に行ってもらうのですよ。」「おう、わかった。」「うん、ちゃんと密書を守るわ。」「まかしぇたまえ!大船にどーんと乗ったつもりでね、どーんと!」真面目に頷くルイズと才人、泥酔中のワルド卿は酒に酔い過ぎて気が大きくなり過ぎているのですね。「囮は私とキュルケとタバサと、ギーシュ様。 敵を一定時間引き付けたら、速やかに撤退して本隊と合流するのです。 こんな事もあろうかと、その為の手は予め打っておいたのです。」「わかったわ。」「ん。」「任せたまえ!」ギーシュも少し気が大きくなっているような気がするのです。「ではタバサ、氷の矢で威嚇射撃をお願いするのです。」「ん。」タバサが呪文を唱えると、氷の矢が傭兵達に向かって飛んでいきました。「この隙です、裏口から脱出を!」「わかった!ケティたちも無事でな!」才人達は裏口から脱出していきました。「…さて、私達でどうするのかしら? 策、あるんでしょ?」赤い髪をかき上げて、キュルケが私を見ます。「はい。 ギーシュ様、ヴェルダンデを呼んでください。 確かあの子は予め桟橋近くに待機させるようにお願いしてあった筈なのです。」「うん、確かに君にもしもの時の為といわれて泣く泣く遠くに居てもらったけど、こういう事だったのかね? わかった呼ぶよ、たぶん数分で此処まで辿りついてくれる筈さ。」つまり、穴掘って逃げるつもりなのです。ただ穴掘って逃げるだけではなく、その為に少々派手な目晦ましもしますが…。「次に、あちらの厨房まで、テーブルを盾にしつつ移動するのです。」「わかった、せーの!」私達はテーブルを押して、厨房の入り口まで進み始めます。裏口の近くに厨房があるのです。取り敢えず、そこまで移動すればとある戦法が使えます。「矢がどんどん刺さっているのだよ、厨房まで移動したらどうするのだい?」「厨房まで移動したら、風魔法でタバサに小麦粉を食堂内にばら撒いてもらうのです。 …と、何とか厨房までたどり着いたのです。 では行くのですよ皆さん。 1、2、3!」全員一斉に食堂まで辿りつきました。…と、そこに食堂の壁を突き破ってフーケが入ってきました。「あのときの借りを返してやるよ、小娘!」多少小さくなっていますが、岩のゴーレムなのです。あんなのに殴られたら、今度こそ転生せずにあの世逝きになるでしょう。「タバサ、食堂にある小麦粉を風魔法でばら撒いてください!」「ん。」タバサが小麦を食堂内に送り込み始めました。「何だこの白い煙は!」「ペッ!ペッ!何だ、小麦粉?」「畜生、目晦ましかよ!?」充満したようなのですね。「ぎゅ!」「来てくれたのだね、僕の救世主、可愛い可愛いヴェルダンデ!」ちょうど頃合も良く、ヴェルダンデが、厨房に穴を開けてにゅっと顔を出しました。「ちょうど良いのです、皆さん早く穴に非難してください。」「成る程、考えたわね。 小麦粉を煙幕代わりにして、ヴェルダンデの穴で逃げるって寸法なのね?」キュルケが感心したように、ヴェルダンデの開けた穴に飛び込みます。「さあ、ケティも行きたまえ、僕がしんがりになる。」「いいえ、私がしんがりになるのです。 これも策の一つですから、先にどうぞ。」「わ、わかった。」そう言って、ギーシュは穴に飛び込みました。「タバサ、お疲れ様でした。 次は貴方が行って下さい。」「ん。」タバサも穴に飛び込み、これで最後なのです。「くそ、小麦粉の煙で何も見えやしない! 小娘どこへ行った!」「フーケ、お久しぶりなのです。 そしてごきげんよう、なのです。」穴に飛び込みがてら、小麦粉で出来た煙に向かって、炎の矢を射ち込みました。空気中に大量に微粒子状の可燃物が漂う場所に火を入れると可燃物に引火し、連鎖的かつ爆発的に燃えていくという現象があるのです。これを、《粉塵爆発》と言います。私が穴に落ちると同時に爆発音が響きました。今頃、衝撃と炎が食堂内を蹂躙している筈。追って来れる者など、居る筈も無くなるのですよ。女神の杵亭の店主には気の毒な事をしましたが、あの建物は元々軍事施設ですし、たぶん頑丈に出来ているからたぶん大丈夫なのですよ、たぶん。「…とまあ、これが私の策なのでした。」穴の中、目がまん丸に開かれている皆の前で、私はそう言って肩を竦めて見せたのでした。「ケティ、貴方スクウェアだったの?」洞窟内を走って移動中に、キュルケがそんな事を尋ねてきました。「違うのですよ、私はトライアングルで相違無いのです。」まあ、始めて見たらびっくりするのですよね。私もはじめてやった時はびっくり仰天したものです。仰天ついでに7メイルも吹き飛ばされましたが。「でもあの火魔法は…。」「魔法自体はただの炎の矢なのです。」『ええええええっ!?』トンネル内にタバサ以外の驚愕の声が響き渡ります。「ああいう粉を霧状にばら撒いた場所に火をつけると、スクウェアクラスでもなかなか出せないような大爆発が起こるのですよ。 私の策は、それを利用しただけなのです。」いつか使う日が来るかもしれないと思って、魔法の練習がてらに実験しておいて良かったのですよ。「凄い技ね…あれ。」「風の強い場所では効果がいまいちになってしまうのですがね。」フーケが来るのが遅くてよかったのですよ、いやホント。「お疲れ様なのです、才人、ルイズ、ワルド卿。」桟橋前までやってきた才人達に手を振ってみたりするのです。「あれ?え?え?」才人は驚きすぎて何言って良いのかわからないようなのです。「なじぇ、ここに?」ワルドも何が起こったのか理解できないようなのです。「ちょ、何でおとりになったあなた達の方が早く着くのよ!? 女神の杵亭から爆発音はするし、いったい何したの?」「少々小細工を弄したのですよ。 詳しい話は後でしますから、取り敢えず出られる船を捜すのです。」入り組んだラ・ロシェールの町の中を酔っ払い連れて桟橋まで移動するよりも、直通トンネル通った方が早く着くのは道理なのですよ。「すげえ、木に船が生ってる…これが桟橋と船なのかよ…?」「この世界の船は空を飛ぶのですよ。 ファンタジーでしょう、才人?」才人はポカーンと口を開けたままなのです。「原理がさっぱりわかんねー。 何で船が空に浮くんだよ。」「風石という、風魔法の結晶みたいなものを使って飛ぶのだそうですよ。 原理は私にもさっぱりなのです。」この船が飛べないから、ラ・ロッタ領は交易路から外れたままなのですよね…。まあそれは兎に角、とっとと探さないとアフロヘアになったフーケが怒って追いかけてくるかもしれません。「待て、おみゃえたち。」桟橋をある程度登った所で、白い仮面を被った男が現れました…が、仮面から覗く顔は真っ赤で、首はフラフラ、足もフラフラ、どう見ても酔っ払いです。偏在は本体の体調の影響を受けますから、本体が泥酔すれば偏在も泥酔するのですよ、これが。「此処から先は…ひっく、と、通さんじぇ! うっぷ…。」そういったか言わないかのうちに、しゃがみこんで階段の下にゲロを吐き始めました。「何だこの酔っ払いは…?」才人も困惑の表情を浮かべています。「放っておきましょう、どうせただの酔っ払いなのです。」「そうだな。」私達は仮面の男の隣りそのまま何事も無かったかのごとく通り過ぎました。「ま、待て、くっ、何でいきなりこんな事になりゅんだ…。」そう言いながら呪文の詠唱を始めたので、蹴り飛ばしてみました。「えい。」「ああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ……。」仮面の男は転がりながら暗闇の中に消えていきました。「まさか、酔っぱらいを刺客として送り込んでくるとは思わなかったのですよ。」「送り込んできた奴は、間違いなく相当のアホだな。」才人の言葉に傷ついたのか、ワルドが壁に寄り掛かって盛大に落ちていますが、気にしない事にしておくのです。「そいつは出来ない相談ですぜ、貴族様?」「何故なのです?」何故と言えば、何故私が交渉役になっているのでしょう?確かにワルドは酔いの限界が来たのか寝ていますし、ルイズの辞書に交渉などという文字はありませんし、才人は論外ですが。「この船にはアルビオンまでの最短距離分の風石しか積んでいないんでさ。 今出港したら落ちちまいます。」「嘘なのですね。 往復は無理にしても、不測の事態に備えた分くらいならある筈なのです。 戦争しているせいで治安が維持できずに、空賊が横行している地域を通るのですから。」戦艦大和の水上特攻伝説じゃあるまいし、片道ギリギリとかあり得ないのですよ。風石が切れたら真っ逆様に落ちる羽目になるのですから。「流石、貴族様は博識でいらっしゃる。 ですが、非常用は飽く迄も非常用、使っちまうと足が出ちまうんでさ。 余程の事でもない限り、使うわけにはいかねえよ。」「その分は王家が負担するのです。」ワルドが寝ている間に好き放題させてもらうのです。「ちょちょちょっと!これ極秘の任務なのよ!?」「極秘な筈なのに、私達はフーケと傭兵に既に襲われているのです。 計画は既にアルビオン貴族派に漏れていると見て間違いないかと思われるのですよ。」「うっ…た、確かに。」慌ててルイズが私に詰め寄ってきますが、今までの事態で既に判っている事を伝えると引き下がってくれました。「…となれば、私達に出来る事は、出来得る限り迅速に行動する事なのです。 相手が反応できないくらい早く動き続ければ、妨害は最小限に納まる筈なのですよ。 その為に必要ならば、王家の名を出しても構わないかと思われるのです。」「なるほど、情報が伝わって相手が対策を打つ前に行動しちゃえって事ね?」キュルケがポンと相槌を打っています。「その通りなのです。 もう一つ言えば、王家のお金を使えるのはラ・ロシェールまでなのですから、使わなくては損なのですよ。」「ケティ、そんなみみっちい事を…。」しっかりしていると言って欲しいのです、ギーシュ。「そんなわけで、風石の代金は全て王室が持つのです。 好き放題使って構いませんから、出来得る限り迅速にアルビオンに向かって下さい。」「いや、それは良いけどよ…あんたらが王室ゆかりの者であるという証拠を示してもらわねえと。」それに関してはルイズが居るのです。「ルイズ、ラ・ヴァリエール家の紋章が入った品はありませんか?」「え!?う、うん、指輪で良いなら…。」そう言って、ルイズは指輪を外しました。「船長、羊皮紙とペンはありませんか?」「おう、誰か紙とペンを持って来い!」「へい!」船員がお急ぎで紙とペンを取りに行き、戻ってきました。「へいどうぞ、貴族のお嬢様。」「ありがとうございます、船員さん。」船員に礼をしてにっこりと微笑みかけておきます。礼とスマイルはゼロエキューなのです。姫様宛で、羊皮紙にこの船の風石の代金を肩代わりしてくれるように書きました。私のサインを書いてからルイズに手渡します。「ルイズ、それにサインをお願いします。 あと、指輪を。」「う、うん、わかったわ。 …はい、どうぞ。」ルイズはサインを書くと、指輪と一緒に羊皮紙を渡してくれました。「くるくるくるっと丸めて…指輪を嵌めて、出来上がり…と。 船長、この仕事が終わったらこれをアンリエッタ王女にと渡してください。 ラ・ヴァリエール家の紋章入りの指輪がついた手紙を無下に扱うものはこの国には居ませんから、間違いなく約束は履行されるのです。」羊皮紙を丸めて、そこにルイズの指輪を嵌めて船長に渡しました。「お…おう。 しかし、何者だ、あんたら…。」「長生きの秘訣は早寝、早起き、規則正しい食事、そして…自らの身に関わりの無さそうな秘密に首を突っ込まない事なのですよ?」船長に先ほどと同じようににっこりと微笑みかけましたが、顔が引き攣っているのです。せっかくゼロエキューのスマイルを浮かべてあげたのに、失敬なのですね。「わ、わかった、何も聞かねえよ。 副長、出港だ!」「出航宜候! しゅうううぅぅぅぅっこおおおおおおおおおぉぉぉう!!」これで何とかなる筈なのです。もう夜も遅いですし、船の中でゆっくり眠るとしましょう。…と、その時、才人に肩を叩かれました。「なぁケティ、ちょっと相談しても良いか?」「はい、何なのですか?」才人の表情がとても深刻なのです。「ルイズがすっげえ笑顔で『ワルドと結婚する』って言ったんだけど、どうすればいい?」ええと、ひょっとして私がルイズに笑顔で話せって言ったせいなのですか?…と、どうしましょう!?