結婚は一生の一大事ゲルマニア皇帝には正室がいる筈なのですが、どうするつもりなのでしょう?結婚は人生の墓場そんな言葉もありますが、前世も結婚した事は無いので、全く未知の領域なのです結婚は女の子の夢が詰まっている果たして私に結婚相手がいるのだろうかという、漠然とした不安もあるのですよ「…はは、俺完全に振られたんだな。」才人が真っ白なのです。ええと、これはどういう風な対応をすればよいのでしょうか、教えてください始祖ブリミル!?どう考えても私のせいなのですが、しかし何をどうすれば笑顔で『結婚するわ』と言えるのでしょう?「だだ、大丈夫、大丈夫なのですよ、それは才人の勘違い…そう、勘違いなのです! じ…実は、なのですね…。」かくかくしかじかと先程ルイズに語った内容をかいつまんで伝えました。「だーっ!お前のせいか、このばかちん!」「全く返す言葉も無いのですよ。 でもまさか、そこまで深刻な話で実践するとは思わなかったのです。」気分はもう土下座なのです、しませんが。「しかし、結婚とは…わかりました。 私の撒いた種でもありますし、ルイズにも話を聞いてくるのですよ。 その前に、才人の話を聞かせてほしいのです。」「実はな…。」かくかくしかじかな話を要約すると、ニコニコしながら話しかけるルイズがいつもと違って何となく怖かったので生返事返していたら、突如笑顔のままで『私ワルドと結婚するわ』と言いだしたそうだのです。それで反応に困って『そ、そうなんだ』と返したら、笑顔のままくるりと一回転し、一回転した勢いを利用して才人を笑顔のまま思い切り蹴飛ばして、倒れたところで笑顔のままマウントポジションで数回殴り、ぐったりしたところで笑顔のまま腕間接を極めたそうなのですよ。「あの時は腕折られるかと思ったぜ、さすがサブミッションは王者の技。」「笑顔なだけで、行動がぜんぜん改まっていないではありませんか、ルイズ。 そして才人、ルイズがせっかく笑顔で話しかけようと努力していたのに、何故聞き流そうとするのですか!」笑顔のまま肉体言語で語り始めるとか、私の言ったことを殆ど理解していないではないですかルイズ。そして、笑顔に違和感感じるとかドンだけドMなのですか、才人。「いやだって、ルイズの笑顔なんてほとんど見た事無かったしさ。 ルイズは基本的に眉顰めて、俺を睨みつけるか、怒鳴るか、蹴るか、殴るか、衝くか、絞めるか、極めるかだろ?」「いや、『だろ?』とか、同意を求められても困るのです。」キレ過ぎなのですよ、ルイズ。そして普段から肉体言語で語り過ぎなのです。「でも時々ニコッと笑ってくれる事があって、そういう時は確かにすげえ可愛いんだ。 お菓子とかもくれるしさ、そういう時、『ああ、すっげえかわいいな好きだなあ』と思うんだよな。」ルイズは全く意識してやっていないとは思うのですが、飴と鞭の効果ってやつなのでしょうか?まるで才人がDV夫の被害を受けているのに離れられない妻みたいなのです。「…当人同士が幸せならば、それでも良いのですよ、それでも。」なんだか自信が無くなって来ましたが、そう思い込む事にするのです。「どうしたんだ、ケティ?」「いえいえ、何でも無いのですよ。 兎に角、それは誤解なのですよ、才人。 ルイズが私のアドバイスどおりに話しかけようとしていたという事は、サイトに聞いて欲しい話があったからなのですよ、理解して欲しかったからなのですよ。 聞いて欲しいのに聞いてもらえず、理解して欲しいのに理解してもらえずでは、ルイズでなくても怒って言いたくも無い事まで言ってしまうのです。 ルイズのワルド卿と結婚しようという気持ちは、本当はそんなに高くない筈なのだと思うのですよ。」そういえば、才人の背後から視線を感じるのですよ。これはルイズのものなのですね、ピンクブロンドの髪が見えているのです。「うーん…そうなのかなぁ? よくわかんねえけど。」「そうなのです。 信じるものは救われるのですよ?」くっつけるつもりでぶち壊してしまったら最悪なのですよ、私が何とかしなくては。「ルイズとも話してみるのです。 …まあ、駄目だったら私がお婿に貰ってあげるのですよ。」「なぬ!マジで!?」おお、ピンクブロンドの髪の人影がびくっとか震えているのです。これは面白いのですよ、キュルケの気持ちがちょっぴりわかってきたのです。「な、ちょ、ケティ?それ本気でい…。」「本気にしたのですか? 冗談なのですよ~♪」才人がガクッとコケました、背後のルイズもズッコケています。ナイス反応なのです。「あのなぁ…。」「それではルイズと話してくるのです。 お休みなさい、才人。」あまり遅くなると次の日が辛くなりますから、とっとと行きましょうか。「うぅ…ケティにおちょくられた。 それじゃあ、頼んだぜ?」「はい、ではお休みなさい。」才人は船室に戻って行きました。「…さてルイズ、もう出て来ても大丈夫なのですよ?」「ばれてた?」ルイズが物陰からひょっこり顔を出しました。「才人が落ち込んでいるのを見て、心配だったのでしょう?」「だ、誰があんな犬の心配なんか。 わたしはただ単に、サイトがケティに迷惑かけないかが心配で…。」ツンデレ全開なのですね、ルイズ。その仕草がとても可愛らしいのですよ。「私が心配だった割には、私の冗談に過剰に反応していたように見えたのですが?」「ぎにゃあああああぁぁぁっ!? ままままさか、あの冗談って!?」ああ、ようやく気付いたのですね。「ええ、才人に言う事で、ルイズの反応を試したのですよ。 予想通りの反応が得られて良かったのです。」むしろ何故だか才人の反応が大き過ぎて、そちらの方に少しびっくりしたのですよ。「あああ、見事にはめられた、年下の子にはめられた。 …何だか、ちいねえさまを性悪にしたような印象なのよね、ケティって。」「性悪…。」性悪なカトレアって…褒められているのかけなされているのか、よくわからないのですよ、それは。「…で、ルイズ。 貴方は本当にワルド卿と結婚するつもりなのですか?」「ええと…実は、そういうのはまだ早いかなって思っているのよ。 私自身、ワルドと結婚とか言われても正直ピンと来ないし。 子供の頃は憧れの人だったんだけどね、恋とは違ったのかもしれないような気がするわ。」恋愛云々は私達貴族にとって、結婚との因果関係は実の所薄いのですが…。ヴァリエール公爵は恋愛結婚だったそうですし、その娘であるルイズがそれに憧れるのは仕方が無い事でもあるのですよね。「許嫁だし、わたしは貴族だし、結婚する事に異議は無いのよ。 …でも何か引っかかるのよね、時々ワルドの目がすごく怖いのよ、こんな事を言うのは嫌だけれども、わたしを見ているのにわたしを見ていない感じがするの。」何故かは知りませんが、ワルドはルイズが虚無だという事に気づいているようなのですよね。ルイズが虚無だという事は、ヴァリエール家こそがトリステインの正統だという事になりますから、ワルドはレコン・キスタによる王家の排除とヴァリエール朝トリステインを作ろうとしているのでしょうか?確かに現在の王家の醜態は目に余るものがありますが、だからと言ってそういう方法は短絡的に過ぎるような気がするのです。アンリエッタ王女をきちんと君主として育てようともせずに、勝手に絶望するとか無茶苦茶なのですよ。間違い無く言える事は、ルイズはワルドが作りたい世界を構築する為の道具でしかないという事なのですね。…まあ、それは兎に角として。「結婚相手を無視して、浮気に走る貴族はいくらでもいるのですよ。 ワルド卿がその手の男なら、ルイズも愛人引っ張りこんで好きにすれば良いのです。 例えば才人とか。」「そんな夢の無さ過ぎるとことん爛れた結婚生活は嫌あぁっ! …って、なんで愛人がサイトなのよ!?」ルイズにワルドが愛の無い夫だった場合の例を出してみたら、見事なノリツッコミを返してくれました。「使い魔なのですから、愛人にしても誰も不審に思わないのですよ。 幸いな事に、ワルド卿も才人も黒髪なのですし、子供が出来た時のぎほうも…なにふゆのれふか?」「だ・か・ら、その爛れきった未来予想図はどこかにやって!」私のほっぺたを思い切り引っ張りながら、ルイズが涙目で私を睨んでいるのです。おちょくり過ぎたのでしょうか?「わかりまひたから、はなひてほひいのれす。」「わかった…わっ!」「ふひぃ!?」ルイズは頬を思い切り横に引っ張ってから、手を離してくれました。なんという事をするのですか、星が飛んだのですよ、痛くて。「あいたたた…下膨れになってしまうではないですか。 まあ兎に角、ワルドと結婚する気はまだ無いというわけなのですね。 才人に言ったのは、言葉が余ったと。」「…そういう事よ。」そっぽを向きながら、ルイズが頷きます。素直じゃないのですね、まあそこが可愛いのですが。「ルイズが笑顔で話しかけた理由は才人に話しましたし、今の話の内容もそれとなく伝えておくのですよ。」「あ…ありがとう。」本当は当人どうしで解決するべきなのでしょうが、事が切羽詰っているので背中を押さなくてはいけないのですよ。「で、でもケティ、何で私達にこんなに優しくしてくれるの?」「それはなのですね…秘密なのです。 面白いから教えてあげないのですよ。」まあ、正直に話すわけにも行かないのです。「秘密…。」「それでは私もそろそろ寝るのですよ。 ルイズ、お休みなさい。」「う、うん、おやすみ。」さて、明日は早いわけですし、もう寝るのですよ。「ケティ、ケティ、起きろよ、アルビオンが見えたぞ!」「んぁ?」目を覚ますと目の前に才人の顔がありました。「乙女の寝所に潜り込むとは、良い度胸なのです才人。 そのまま消し炭となるが良いのです。」「ちょ、ま、ここ船の中、船の中だって!」んー?周囲を見回すと樽とか転がっているのです。ああ、そういえば船のハンモックで寝ていたのでしたね…。「そういえば、個室ではないのでしたね…んんっ。 それで、何かあったのですか、才人?」「アルビオンだよアルビオン! 絶景だぜ、見に来いよ。」もうアルビオンが見えたのですか…そう言えば上甲板と船室を繋ぐ穴から光が漏れて来ているのです。「ふゎ…はふ、わかりました。 ですがその前に、髪を梳いてもらえませんか? 寝ていて乱れている筈なのですが、手鏡を宿に置いて来てしまったのですよ…。」「え?いやでも俺、髪を梳いた事なんか無いぞ。 ルイズも髪は自分でやるし。」そう言いながら、才人に櫛を手渡しました。寝起きは苦手なのですよ、頭がふらふらするのです。「適当に、見られる程度で良いのですよ。 実は私、こういう身支度というのがどうも苦手で。」「うぉ、ケティから初めての貴族発言が。」そう言いながら、才人は髪を梳き始めてくれました。「ん…人にやってもらうのも良いものなのですね。 貴族発言とか、そういう大したものではなく、女の子っぽくめかし上げるのが苦手なだけなのです。」「なるほどな…でも、ケティの髪サラサラだな、髪の一本一本も細いし、何か良い匂いもするし。」姉さま達にも時々してもらいますが、人に髪を梳いてもらうのって結構気持ちが良いのですよね。んー、極楽極楽なのです。「苦手なのと、しなければならないのは別なのですよ。 髪を洗った後は、いつも卵白と香水をブレンドしたものでリンスをかけているのです。 女の子ですから、おしゃれに気を使うのは義務なのですよ。 面倒臭くても、億劫でも、やらなければいけない事なのです。」「ああ、そういうところ大変そうだよな、女の子って。」いやしかし、何と言うか…心地良過ぎて眠…。「ちょケティ、寝るなよ!」「…んぁ?」何時の間にやら才人に両脇を抱えられているのです。「んー…すみません才人。 実は朝が苦手なのですよ。」「うん、それは良いから早く起きてくれケティ。 とっさに抱えたんで、胸触っちまっているから。」その一言で、一気に目が覚めました。何か胸の辺りがもぞもぞすると思ったらっ!?「ひゃぁっ!何をするのですかぁっ!?」「ちょ、待て、これはふかこ…おぶろっ!?」才人は体をくの時に曲げて、崩れ落ちました。咄嗟に放った私の肘打ちが、才人のみぞおちを直撃してしまったようなのです。「し…しどい。」「すいません、とっさの事だったので、少しやり過ぎてしまったのですよ。」「これが少しかよ」とかいう、才人の呻きは聞かない事にするのです。「あ、上がって来たのねケティ。」「はい、おはようございますキュルケ、皆様。」上がると、皆既に起きて甲板に出ていたのでした。船の進行方向を見れば、雲海に浮かぶ浮遊島アルビオンが見えて、まさに絶景なのです。浮遊大陸なんていう人もいますが、トリステインよりも少し大きい程度の面積なので、どう考えても島なのですよ。しかし何度見ても非常識極まりない光景なのですね。まあ、それが絶景の理由ではあるのですが。「いやしかし、何度見ても絶景だねえ、アルビオンは。」「ギーシュ様は行った事があるのですか?」「上の兄たちと母上と一緒に、幼い頃にね。」たしか、ギーシュは4人兄弟の末っ子でしたか?生まれ変わる前はとにかく、今の私は山にピクニックくらいしか行った事がないのです。「ケティは初めてかね?」「ええ、旅行自体が初めてなのです。 ラ・ロッタ領はあまり交通の便の良いところではありませんから。」本当はあまり良くないを通り越したレベルなのですが。「…ラ・ロッタ領は特殊だからねえ。」「ええ、ガリアの両用艦隊ですら侵入できなかった空なのですよ。」ラ・ロッタの人間しか飛べないのでは、攻められもしない代わりに交易路を確保することも出来ないのですよね。「ラ・ロッタの空は蜂が支配する空…か。」ギーシュもさすがに知っているのですね。そう、ラ・ロッタが交易路から外れているのは、ジャイアント・ホーネットという全長1メイルもある巨大なスズメバチの巣が国境のアトス山に陣取り、制空権を確保しているからなのです。トリステイン創成期のラ・ロッタ当主の使い魔だったらしく、ラ・ロッタ家の人間や使い魔や領民は襲わないのですが、それ以外の人間が彼らの縄張りに侵入してくると情け容赦なく殲滅するのですよ。数百年前の話ではありますが、ガリア側の縄張りからジャイアント・ホーネットを排除しようとしたガリア両用艦隊が文字通り全滅した事もあり、今でも山の向こう側には風化した軍艦の残骸が野晒しになったままになっているのです。私たちはよくピクニックに行く山なのですけれどもね。まあ、それはさておき…。「おや、船なのですね。」「帆が黒いんだが…。」片舷20門近くもある大砲が黒い船体からにょっきりと突き出された、どう見ても臨戦態勢の軍艦が近づいてきました。船員が目視できる距離まで近づいてから、さっと掲げられたのは黒字に骸骨の空賊旗。「停船せよ、さもなくば汝の運命かくの如し…なのですか。」「な…何ということだ。 けけけケティ、きき君の身はこここのギーシュ・ド・グラモンが守ってみせるから、あああ安心してくれたまえ。」ギーシュは真っ青になりながらも、私の身を庇うように一歩前に出ました。ふと横を見ると、才人にルイズが抱きついています。キュルケが不安そうにタバサを抱きしめています。ルイズが抱きついてくるかと思って腕を広げたものの、見事に空振りしてくず折れたワルドもいますが、可哀想なので見なかった事にしておくのです。「船長、白旗を掲げて停船を。 あれは空賊旗こそ掲げていますが、あれだけ重武装の空賊船などあり得ないのですよ。 おそらく、空賊に偽装した貴族派か王党派の軍艦なのです。」「貴族様、な、何でそんな事がわかるんで?」船長が恐る恐る私に尋ねてきたのです。「あの大きさの船体にあれだけありったけ大砲を詰め込んでしまったら、重過ぎて風石を湯水の如く使う羽目に陥るのですよ。 そんな事をしたら、いくら船を襲っても割に合わず、商売上がったりなのです。」「な、なるほど!確かにそのとおりでさ。 あんな事が出来るのは、海賊じゃねえ、軍艦だ。 副長!帆を畳め!白旗を揚げろ!停船するんだ。」「停船宜候! てえええぇぇぇいせえええええぇぇぇぇぇん! 白旗掲げ!」私達の船の帆が畳まれ、代わりに白旗がするすると揚がっていきます。「後は、向こうの連中が接舷してくるのを待つのです。」「へい、貴族様。」船長が私の後ろにすっと立ちました。いつの間にか、ギーシュも私の後ろに立っているのです。…矢面に立たされている気がするのですが、これは気のせいなのでしょうか?「ギーシュ様、先ほど守ってみせるとか聞いたような気がするのですが、あれは幻聴だったのですか?」「い…いや、だってケティすごく落ち着いていて、僕なんかよりもよほど強そうというかだね。」…度胸が長続きしないのが玉に傷なのですよ、ギーシュ。「空賊だ!抵抗するな!」その声と同時に、何本ものフック付きのロープがこちらの船に飛んできて、向こうとこちらを固定しました。船の間に板が渡され、何人もの空賊風の格好をした男たちが渡って来ます。「どうするの、ケティ?」私がああは言いましたが、不安そうな表情でルイズが尋ねてきました。「まあ、相手がどちらかは知りませんが、空軍だとわかっているという強みがこちらにはあるのです。」「でも、貴族派だったら…。」「いざとなったら、タバサのシルフィードで脱出するのですよ。」まあ王統派なのは、まず間違えないと思うので、大丈夫でしょうが。「船長は誰だ!」「あっしです。」…と、言いつつ、私に視線を向けるのはやめてほしいのです、船長。仕方が無いのですね…。「船を借りたのは我々なのですよ、空賊の船長さん。」「へえ、貴族か、しかもなかなかの別嬪さんじゃねえか?」空賊の船長が私の顎を掴んでにやりと笑います。「…ひとつ、良いでしょうか?」「なんだ?」「鬘がずれて、金髪が見えているのですよ?」空賊の船長は慌てた顔になって、頭を抑えました。「ずれてなどいないのですよ? 引っかかった引っかかった、妙に髪の毛が多すぎると思ったら、やはり鬘だったのです…ね!」そう言いながら、髭を思い切り引き剥がしてあげました。「いだーっ!? あいたたたたたた…。」髭の下から現れたのは、意外と幼い顔なのでした。「あはははは、鬘も取るのですよ、眉毛も外しちゃうのですよー♪」「うわ、何を、うぎゃ、痛い、揉み上げは、はが…。」全部剥がすと中から現れたのは、金髪碧眼のイケメンなのでした。「こんにちは、私はトリステインのケティ・ド・ラ・ロッタと申します。 あなたのお名前は?」「ううぅ…痛い、まさか変装が一瞬でばれるだなんて。」遠目なら兎に角、至近距離で見たら、下手な扮装にしか見えなかったのですよ。「ブレイド。」私の杖が炎で纏われ剣に形を変えました。それを中の人がすっかり露わになった海賊の船長に突き付けます。周りがにわかに色めきたちますが…まあ、何とかなるでしょう。「もう一度尋ねます、あなたのお名前は? まあ貴族派であれば、名前がどうであれ、このまま死んでもらうのですが。 剣は素人も良い所ですが、これでも包丁の扱いならば得意なのですよ?」「ま、待ちたまえ、僕は王統派だ。」そう言いながら、空賊の船長は立ち上がりました。「僕はウェールズ、ウェールズ・テューダー。 アルビオンの王太子だ。」『えええええええぇぇぇぇぇぇぇぇっ!?』私以外の全員がびっくり仰天していますが、それはとりあえず置いておくのです。「ウェールズ殿下であるという証明は?」「ええと…全く動じないんだね、君は。 これで良いかい? アルビオン王家の家宝、『風のルビー』さ。」 ウェールズ殿下の薬指に光っているのは大きな宝石のついた指輪でした。「ああ、そういえば…ルイズ、水のルビーを出してもらえませんか?」「え?うん、はい。」水のルビーを風のルビーに近づけると、二つに指輪が共鳴しあって虹色の光を放ち始めました。「水と風は出会って虹を成す…なのですね。 これは失礼をいたしました、ウェールズ殿下。」「ああ…いや、理由があるとはいえ海賊の格好をして騙していたのは私だし、君が謝る必要はないよ。」頭を掻きながら、ウェールズ殿下が苦笑を浮かべました。「しかし、かなり強力そうなブレイドだったけれども、本当に剣術はからっきしなのかい?」「ブレイドはいつも野菜や肉を切る時に使っているのですよ。 いつもは長さを犠牲にして、切れ味に特化させているのです。」いつでもスパッと切れますし、洗わなくて良いのでとても便利なのですよ。…時々まな板までスパッと切れますが。「あんなブレイドを包丁代わりに…。」「ブレイドを戦闘以外で使ってはいけないという法は無いのですよ? そんな事よりも…ラ・ヴァリエール大使、例の親書を殿下にお渡ししてください。」「ラ・ヴァリエール大使…って、わたしの事?」思ってもいなかった呼び方をされたのがびっくりしたのか、ルイズは思わず自分を指差しているのです。「現在ここには貴方以外にラ・ヴァリエール家の人間は居ないのです。」「あ…う、そうよね。 ウェールズ王太子殿下、我が国トリステイン王国のアンリエッタ王女殿下よりの親書でございます。」ルイズがウェールズ殿下に手紙を手渡すと、殿下はおもむろに封を外して、読み始めました。「…そうか、なるほど、アンリエッタ王女は結婚するのか。 私の可愛い従妹殿が結婚を…わかった。 あの手紙は大切な手紙だけれども、姫も手紙を返して欲しいと書いているからね。 あの姫の願いに応えてあげられるのもこれが最後になるだろうし、手紙は返す事にしよう。」「あ、ありがとうございます、殿下!」ルイズが丁寧に礼をしました。「でも、ここには手紙が無いんだ。 ニューカッスルにおいてある。 一応、海賊船のふりをしていたからね、姫の手紙があっては不自然だろう?」モグラが空を飛ぶくらい不自然なのですね、確かに。「わかりました、ご同行いたします。 あと、彼らなのですが。」そう言いながら、船長のほうを見ました。「彼らが殿下にぜひとも売りたいものがあるそうなのですよ?」「いっ!?」船長がびっくりしながら、私を見て近づいてきました。「貴族様、でもこれは元々貴族派に…。」私の耳元に近づいてぼそぼそと耳打ちを始めました。「船長、商品というのは買いたい人が買いたい時に売ると一番儲かるものなのですよ。 勝つ寸前の貴族派と、負ける寸前の王等派…さて、火の秘薬が喉から手が出るほど欲しいのはどちらなのですか?」「それは道理ですが、しかし負ける寸前ではもう金が無いのでは…?」弱気なのですね、船長。「負ける寸前だからこそ、惜しみなく、景気良く、最後の蓄えを吐き出すのですよ。 恐らく言い値で買ってくれるのです。」「な、成る程、確かに。」合点がいったように、船長は深く頷きました。「では、私は船長の御武運を始祖ブリミルに祈っているのですよ。」「ありがとうございます、貴族様。 …お待たせして申し訳ありませんウェールズ殿下、実は我々は火の秘薬を殿下に売りに来たのでさあ!」では船長、御武運を。「…あれがレキシントンなのですか。」数時間後、ニューカッスル沖の雲間に浮かぶひときわ大きな軍艦が見えました、かつてはアルビオン王国総旗艦「ロイヤル・ソヴリン」と呼ばれたハルケギニア史上最大級の軍艦なのです。私の場合、レキシントンというと戦艦よりも空母なのですが。「あれを沈めるには、色々と小細工が必要そうなのですよ…。」M777榴弾砲とかがあれば一瞬で片がつくのでしょうけれども、無いものねだりをしてもしょうがないのです。「沈められるのかい?あれを。」「単純な砲撃だけでは、あの図体から言っても困難を極めますが、木造船なのですからナパームを使…って、ワルド卿!?」いつの間にか背後を取られたのは、別に武術の訓練を受けたわけでもない私なら当たり前かもしれませんが…今の独り言をワルドに聞かれたのですよ。少し、いやかなり拙いのですね。「あ、あはは…小娘の戯言だと思って、聞き流してくれればいいのです。」「いいや、あれを沈める方法があるならぜひとも聞きたいものだね、ラ・ロッタ嬢? 君は今回、不甲斐無さ過ぎる僕に代わって彼らを導いてくれているね、冷静かつ沈着に。 そんな君の考える方法だからこそ、是非とも聞いてみたいのさ。」私の気のせいなのか、瞳の奥に剣呑な光があるような?今までこそ調子を崩させて活躍しづらいようにこっそりと誘導してきましたが、気づいた彼が本気になったら…プロとアマチュアでは差がありすぎるのですよ。「し…思考中だったので実際にどうするかまでは考えていないのですが、レキシントンを沈めるなら、砲撃では無理だというのは、先ほどワルド卿が私の独り言を立ち聞きした通りなのです。 ですが、いくら大きくてもレキシントンは木造なのですよ、燃やせば燃えるのです。 ですから、ナパームというものを使うのです。」ええい、こうなったら話せるところだけを話して、でっち上げるのですよ。「錬金。」近くに転がっていた大砲の玉を錬金の魔法でナパームに変えました。…なんでイメージしただけでこういうものは簡単に作れるのに、金が作れないのかつくづく不思議なのです。「これが、ナパームなのです。 粘性が高くて非常に付着しやすく、火がつくと水魔法でも消すのに困難を極めます。 これをレキシントンの一定範囲に付着させて着火させれば、さほど時間をかけずにあの艦を落とせる筈なのですよ。」「…で、どうやって付着させるんだい?」アルマダ海戦のキャプテン・ドレイクのように、船に火をつけて特攻させるとか、方法はありますが…。「そこからどうしようか考えようとしたときに、ワルド卿が話しかけてきたのですよ?」「ああ…そうだったのか、それは失敗したなぁ、ハハッ!」本当に面白そうに、ワルドは笑い始めました。さすがにそこまで教えるわけにはいかないのですよ、悪用されたら困りますし…ナパームだけでも実はかなり怖いのですが。「君は物知りだね、どこからそんな知識を仕入れてくるんだい?」「読書が趣味なのですよ。 先ほどの知識は、メイジ殺しがどのようにメイジに対抗してきたかを示した本に書いてあったのです。」そういう本を読んだのは事実ですが、ナパームの件は真っ赤な嘘なのです。「なるほど、君の博識は読書から来るものなのか。 では失礼するよ、王太子にこの事を話してきたいのでね。」ごまかされては…くれないのでしょうね。今までがうまく行き過ぎて、調子に乗っていたようなのです。「やれやれ…。」次の策が上手くいくか、怪しくなってきたのですよ。ひょっとして、命の危機なのですか?「勘弁して欲しいのですよ?」私はこの先生きのこれるのでしょうか?…と、急に真っ暗になりました。「大陸の下に入ったのですか。」慣れているとはいえ、レーダーも無しによくもまあこんな場所を飛べるものなのです。「真っ暗ね、なんか霧が立ち込めて気味が悪いし、幽霊でも出そうな雰囲気。 キャー、ダーリンこわーい。」「うわっ!?キュルケなにす…。」才人の顔がキュルケの胸に埋まって言葉が止まりました。「何やってんのよキュルケ! 離れなさいよ離れなさいったらっ!」「怖いわ、ダーリィーン。」「むー!むー!むー!」キュルケ、息ができなくて才人がもがいているのですよ。「仕方がありませんね、止めに行かないとサイトが窒息してしまうの…ぐぇ。」助けに行こうとしたらマントを誰かに掴まれていたらしく、思い切り首が絞まりました。「く、首が、いったい誰…タバサ?」「…幽霊、苦手。」そういえば、タバサは幽霊が大の苦手だったのです。この状況とキュルケの一言でスイッチが入ってしまったのですね。「一緒にいて。」「わかったのです。 怖くなどないのですよ、一緒なのです。」「ん。」タバサをぎゅっと抱きしめてあげたら、体が小刻みに震えていました。本当に苦手なのですね、幽霊。「大丈夫なのです、大丈夫なのですよ。」結局、船が港に着くまで、タバサを抱きしめ続けることになったのでした。