散り際は潔くあれ死に美学を求めるのは日本人だけだと思っていました散り際は玉と砕けよ玉砕という言葉は、本当に…本当にどうしようもなかった時の最期を彩る為にあるものではないかと思うのです散り際はどんなに繕おうが悲劇悲劇の舞台の登場人物となった私は…私は何をすべきなのでしょうか?「お帰りなさいませ殿下、良くぞ無事で。」秘密の港に入港後、兵士達と一緒にお爺さんがやってきました。「ハハハ、バリーは心配性だな! トリステインからの使者殿と、商人を連れてきた。 積荷は硫黄だ!」「ほう、火の秘薬ですか、それは素晴らしい! これで最後の戦いに花が添えられるというもの、感無量でございます。 叛徒どもに苦渋を舐めさせられ続けてきましたが、これだけの硫黄があれば…。」「うむ、王家の誇りと力を叛徒どもに見せつけつつ、奴らに不甲斐なく苦い勝利をくれてやろうではないか。」ウェールズ王太子はバリー卿にニヤリと笑いかけました。「我らに栄光ある敗北を、叛徒どもには無様な勝利を…ですな。 この老骨、武者震いが止まりませぬぞ!」「うむ、そなたの働きに期待しているぞバリー。 叛徒どもを楽に勝たせてやるなよ、戦って、戦って、戦いきって、奴らの勝利に出来得る限りの苦味を与えてやるのだ。」感動に震えるウェールズ殿下とバリー卿。そこには悲壮感が欠片も無いように見えます…見えるだけなのでしょうが。「はっ…殿下、先程叛徒から明日の正午より攻城を再開するとの旨を伝えてまいりました。 そこに硫黄を殿下が持って来られた。 これぞまさに始祖ブリミルの血統たる王家への加護でございましょう。」「確かにそうかもしれぬな。 おお始祖ブリミルよ、貴方の血統たる王家に対するご加護に感謝いたします!」始祖ブリミルの血統に加護なんてものがあるのであれば、そもそも反乱など起こっては居なかった筈なのですが…まあ、それはそれという事なのです。私も大概に冷めているのですね、他人事だからなのでしょうか?それとも私はこの状況にリアルを感じていないのでしょうか?「…それと、トリステインからの使者殿ですか?」ああ、バリー卿の胡散臭いものを見る視線が痛いのです。ワルドを除くと全員学生なのですから、仕方が無い事なのではありますが。「バリー、胡散臭げな視線を送るのはよせ。 ラ・ヴァリエール家のご息女が使者としていらっしゃって、姫からの手紙を手渡してくださったのだ。 手紙のサインも封印も、間違いなくアンリエッタ姫であった。」 「はっ、申し訳ございませぬ。 しかしラ・ヴァリエール家のご息女ですか。 それはまた、大層な御方が…。」王太子にルイズがVIPと判断されてしまったようなのです。まあラ・ヴァリエール家というのは公爵家、つまり王家の親戚筋なのですから、本来そのくらい持ち上げられても当然な家柄ではあるのですが。「え?ええっ!?わ、わたし重要人物なの? ちょ、ケティ!?」「ラ・ヴァリエール家の息女が姫様の大使として来た時の扱いとしては、ごく当然だと思うのですが? ちなみにラ・ロッタ家ではまるでお話になりませんから、代わりは出来ないので諦めて欲しいのです。」ルイズも嫌そうですが、私だってそんな野暮な立場は真っ平御免なのですよ。そもそも家柄的に無茶振りにも程があるのです。ギーシュ?家柄は兎に角として、無茶を言ってはいけないのですよ。「はぅ…わかったわ、頑張ってみる。 わたくしはルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールと申します。 この度は我が国のアンリエッタ・ド・トリステイン王女よりの親書をお持ちいたしました。 とは言っても、親書は既に殿下の御手にございますが。」「これは失礼をいたした。 大使殿、わしの名はバリーと申します。 殿下の侍従を勤めさせていただいておりまする。 良くぞ遠路はるばるこのアルビオン王国までいらっしゃられました。 なにぶんこの状況下の為、大した持て成しは出来ませぬが、今宵はささやかながらも祝宴を催す予定でございます。 是非ともご出席ください。」そう言って、バリー卿は深々と礼をしたのでした。「ここが私の部屋だよ、負けが込んでいるもので、王族の部屋としては質素に過ぎるがね。」そう言うと、王太子は気恥ずかしそうに頭を掻きました。壁にかかっているタペストリーくらいしか飾りは無く、家具も元々ここにあったものと思しき質素なものが置いてあるだけなのです。船長さんにきちんと代金が支払われていれば良いのですが…大丈夫なのですよね?「今、手紙を出すよ。 奥に仕舞っているのでね…あった、これだ。」王太子が取り出したのは、宝石が散りばめられた小箱なのでした。…成る程、ざっと運び込んできて、飾っている暇が無かったというわけなのですね。内戦中だから、当たり前といえば当たり前なのですね。「鍵が…っと、首にずっとかけていたのさ。」首にかけてあった鍵で、宝箱を開けると蓋の裏に女の子の肖像画が…たぶん姫様、なのですね。周りを見ると、皆も蓋の裏をじーっと覗いています。私もなのですが、皆ガン見し過ぎなのですよ?「あ…いや、宝箱なんだ。」完璧を期すならば、実はその宝箱ごと欲しいのですが、流石に酷なので言わない事にしておくのです。…まあ、肖像画くらいであれば、どうとでも言い訳はでっち上げられるのですよ。王太子は手紙を宝箱から出して開いて読むと、再び畳んでキスをしてから封筒に入れました。「それではこの姫から戴いた手紙はお返しするよ、大使殿。」「はい、確かに…お受け取りさせていただきました。」王太子から差し出された手紙を、ルイズは一瞬躊躇ってから受け取りました。受け取ろうか迷いますよね、姫様と王太子の想いが詰まったとてもとても重い手紙なのですから。「あの商船、マリー・ガラント号の船長とは話をつけてあるから、明日はあの船でトリステインに帰りなさい。」ルイズは王太子から渡された手紙をじーっと見ていましたが、急に顔を上げました。「殿下、アルビオン王国軍に勝ち目は…何か勝ち目は無いのですか!?」「今の叛徒どもに勝てるのであれば、アルビオンは世界征服も不可能では無いな。 5万対300で勝ち目など、万に一つも無い。 我々に出来る事は奴らに出来得る限りの被害を与えて、我々の最期に花を添えさせてもらうのと同時に、勝利の美酒に必要以上の苦味を加え不味くしてやる事だけさ。」流石皮肉屋な国民性で知られるアルビオン人、王太子まで言い方が皮肉っぽいのです。「殿下の御身は…いかがなさるお積もりですか?」「我々とは、当然私も含まれる。 叛徒どもには悪いが、奴らの血を死出の旅への彩りにさせてもらうさ。」王太子の覚悟は、とうの昔に決まっていたようなのですね。「…なんで、何でそんな簡単に死ぬって言えるんだ? 俺にはさっぱりわからねえよ…。」才人のボソッと呟いた声が、私の耳に入ってきました。やはり、分からないのですよね、私も分からないのですよ…才人。「こんな深刻な話、私には耐えられないし、立ち入っても良いとは思わないから、外で待っているわね。 タバサはどうする?」「同感。」そう言って、キュルケとタバサは出て行きました。二人とも、空気を読んでくれてありがとうと言いたいのです。「ま、待ちたまえ、僕も行く。」「では、私も…ぐぇ!?」ギーシュも出て行こうとしたので付いていこうとしたら、ルイズが私のマントの裾をがっちりと掴んでいました。何故皆マントの裾を掴むのですか、結構苦しいのですよ?「ケティは、待ってて。」「えー…?」これから間違いなく野暮な話になるのですよ。出来れば聞かずに出て行きたかったのですが。「お願いだから、待ってて。」「わ、わかったのです…はぁ、仕方が無いのですね。」ルイズに上目遣いで頼まれたら、可愛過ぎて断れないのですよ。「才人はどうするのです?」「俺も待っているよ、使い魔だからな。」才人はこれからどんな話になるのか、いまいち理解していないみたいなのですね。「ワルド卿はどうなさるのですか?」「僕は残るよ。 殿下にお頼みしたい事もあるしね。」ワルドは…ああ、ルイズとの結婚の件なのですね。「殿下…失礼をお許しください。 恐れながら、申し上げたい事が御座います。」ああ…野暮な話が始まったのですよ…。ルイズと王太子が話した内容をさくっと要約すると、《付き合ってんでしょ好きなんでしょ、それならYOU、亡命しちゃいなよ!》とルイズが言い、王太子が《アンリエッタの事は愛しい…だが断る。このウェールズが最も好きな事の一つは、亡命を勧める大使に「NO」と断ってやる事だ。》と王太子が返したのです。よく考えると、ちょっと違う感じもしますが、気にしないで欲しいのです。「ねえケティも殿下を説得して! あなた船長をあんなに上手く説得していたでしょ!?」…そしてルイズが私を引き止めた訳が、やっと分かったのです。「お断りさせていただくのです。」「な…なんで!?」私は天才軍師でも何でも無いのですから、無茶言われても困るのです。「お願いよケティ、殿下を説得して、貴方なら出来るでしょ?」諸葛孔明でもヤン・ウェンリーでも無いのですよ、私は。無茶言うな、なのです。…そちらが無茶言うなら、此方も無茶ふっかけるのですよ。「残念ながら、事態はありとあらゆる点で既に詰んでいるのですよ、ルイズ。 まず第一に、王太子殿下がトリステインに亡命なさった場合、アルビオンとの戦端をすぐ開く事になるのです。 トリステインが戦の準備を整えていない今、攻め込まれれは間違いなくラ・ロシェール近辺は火の海になるのですよ。 私はトリステインの貴族として、不利な条件での開戦を余儀なくさせる選択は出来ないのです。 第二に、亡命された王太子殿下に会った姫様が翻意される可能性が非常に高いという事なのです。 長年恋い慕ってきた相手を前にして、果たして姫様はゲルマニア皇帝の下へ嫁げるのでしょうか? 始祖ブリミルに永遠の愛を誓うような情熱的な人物に、そのような事が出来るのか…私は無理であると断じるのです。 第三に、第二の事態を防ぐのであれば、殿下と誰かに婚姻を結んでもらい、姫様に諦めてもらう必要があるのです。 出来れば我がトリステインの貴族、殿下と釣り合う者ともなれば出来得る限り上位の貴族の令嬢が最適なのです。」そう言ってから、改めてルイズに視線を向けました。「…例えばルイズ、貴方とか。 ラ・ヴァリエール公爵家の息女であれば、これ以上最適な結婚相手などいないのです。 ルイズ、貴方は国の為に幼なじみであり親友でもある姫様の好きな男を奪えるのですか? それが出来るというのであれば、王太子殿下を説得する事もやぶさかではないのです。」「なっ!?」驚愕の表情でルイズが固まったのです。まあ、別にルイズでなくてもラ・ヴァリエール家には独身の長女なんてのもいるのですが、この際忘れていてもらうのですよ。「け、ケティ!?」「ちょ、待ちたまえ!?」才人とワルドが混乱しています。特にワルドは面白いくらい狼狽しているのです。殿下に結婚の立会人をしてもらって、ついでに暗殺しようという計画が一瞬でポシャる話なのですから、当たり前ではあるのですが。私が踊らせていた事に気付いているのならば、無理矢理でも踊ってもらうのですよ。これで、ワルドの殺すリストの中に私が間違いなく載ったのですね…いや本当に、どうしましょうか?「第4に、マリアンヌ陛下では、戦争を戦い抜く事は不可能なのです。 陛下の御心は、先王陛下の崩御で折れたままなのですから。 国王が将兵を鼓舞できない事態は、士気に大きく影響するのです。 ましてや本来関係の無いと思い込んでいる戦に巻き込まれるのですから、尚更なのですよ。 これを解消するにはマリアンヌ陛下には退位していただき、新しい王を擁立する必要があるのですが、姫様が嫁いでしまった場合、王家に人が居ないのです。 ならば、ラ・ヴァリエール家から王を擁立する必要があるのですが…。」考える暇も無く、どんどんと畳み掛けるようにハードルをガン上げして行くのですよ。「ちょちょちょちょっと、ままままままさか!?」「ラ・ヴァリエール公爵は既にいい年なので、国王には向かないのですよ。 ルイズ、女王には貴方がなるということなのです。 まあつまり、ヴァリエール朝によるトリステイン・アルビオン同君連合王国の誕生なのですね。 恋人を奪って、母親を王座から引きずり降ろし、自分を他国に嫁がせる…姫様からは果てしなく恨まれる要素しか無いのですよ。 それでも、私に説得しろと言うのですか?」…あ、ルイズが石化したのです。親友の恋人を助けるだけのつもりが、そんなドツボに真っ逆さまな展開が待っていると言われれば、しょうがないのですね。王太子も流石にそこまで考えていなかったのか、すっかり固まっているのですね。「ル…ルイズ、殿下と結婚して女王になるのかい?」ワルドが恐る恐るルイズに声をかけました。「あう…あうあうあう…。 わわ私が、女王?姫様から恋人を奪って、しかも女王? 無理よ、流石にそれは無理だわルイズ。 でもでも、殿下を生き延びさせるにはそれしか…でも、そうしても八方塞…。」勿論ながら、ルイズは何も聞いていないのです。「わ、わかったかな、大使殿? もう既に打てる手は無いという事だよ。 わかってくれ、頼む。」王太子はすっかり引きつった表情でルイズを宥めているのです。「ケ…ケティ、幾らなんでも言い過ぎじゃね?」「残念ながら、起き得るシナリオなのですよ。」才人もすっかり引いているのですね。「な…なんで、なんで、こんなどうしようもない事になってしまうのよ! これも何もかも全て貴族派のせいなの? なんで何をしようが愛し合う二人が引き裂かれなきゃいけないの!? ねえお願いよケティ、良い考えは無いの? ねえ、ねえったら!」「この世界はこのようになる筈では無かったのだという事で溢れているのですよ、ルイズ。 誰かが幸せになりたいと願うと、必ず誰かかが幸せにありつけなくなってしまう…そんな、冷たい方程式がこの世にはあるのです。」 例えば貴族が裕福な生活をする為に、租税を取られた人々はその分裕福で無くなるのです。勿論、血で購うという原理原則はありますが、それを全ての貴族が履行しているかといえばそうではないのも実情なのですよね。「何でよ、納得できないわよ、納得したくないわよ、そんなの! 嫌よそんなの…嫌なのよ…。」ルイズは泣き崩れてしまいました。つまり、納得はしていないけれども、理解はした…という事なのですね。彼女は頭が良いですから、理解したくなくても頭で勝手に理解できてしまうのでしょう。「そろそろパーティーの時間だ。 ほら大使殿、涙を拭いてくれ。 我が国が迎える最後の賓客が泣き顔では、我らの面子に関わる。」「は…はい、申し訳ありません殿下。」王太子が、ハンカチでルイズの涙を拭き始めたのです。気障な事をしてもちっとも嫌味ではないのは、年齢差のせいなのでしょうか?「我らの為に泣いてくれてありがとう、大使殿。 君のその優しい心遣いに、私は心から感謝しているのだよ。」そう言って、王太子はにっこりと微笑んだのでした。ワルドが出て行った後、私は王太子の部屋に再び入りました。「忙しい所を失礼いたします、殿下。」「君は…ケティか。 先程の予測には恐れ入ったよ、確かに私が亡命した場合は君の言っていた事のいくらかが実現してしまうだろうね。」そう言うと、王太子は苦笑いを浮かべて見せました。「君の話を聞いて、私とアンリエッタがどうあっても結ばれない運命にあるのだという事がよくわかった。 完全に踏ん切りをつけることが出来た…いや、ひょっとしたらという微かな願望はあったのだが、君がそれを完全に打ち砕いてくれた。 これで私はいかに死ぬかという事だけに専念できるようになったよ。 …ひょっとして何か、君の知恵を貸してくれるのかい?」「はい、ここでどう戦うかで、我が国が貴族派とどう戦うかが決まるのですよ。 ですからトリステインの貴族として、協力は惜しまないのです。 レキシントンを沈められるかも知れない方法を一つ思いついたのですよ。 実行者が死ぬ事が前提なのですが、決死の覚悟ならばかまわないでしょう?」一か八かですが、本来ならば何も為せずに亡くなる人々なのですから、何かを為してもらっても構わないでしょう、多分。酷い事をしているのは、重々承知の上なのです。「わかった、その方法とやらを教えてくれ。」「はい、では…。」次は生まれ変わらずに地獄に堕ちるのでしょうね、私は。ホールに集まった着飾った人々に老いた王が挨拶をし、パーティーが始まった…のですが。「踊っていただけませんか、ミス・ラ・ロッタ?」「はい、喜んで。」先程から色々な人と入れ替わり立ち代り踊り続けているのです。今回は罰ゲームではなく、半ば自分の意思なのですよ。私にだって良心というものがあるのですよ、明日死に逝く運命の人に踊りに誘われたら断れないのです。後で部屋に来てくれ的なお誘いも何度かされましたけれども、さすがにそれは断らせていただいているのですが。「…しかし、人生の最後の踊りの相手が私なんかでよかったのですか? もっと普通のかわいらしいお嬢様のほうが良いような気がするのですが。」「君は十分可愛らしい女性だと思うがね、私は。」もうそろそろパーティも終わり、これが最後の曲となるのでしょう。先程私を誘いに来た王太子はにっこりと微笑みながら、私の手をとり腰に手を回しました。「そういう事を言っていると、姫様に言いつけるのですよ?」「ハハハ、それは困るな。 私は彼女の良い思い出の一つとして残りたいのだから。」王太子の笑みが苦笑いに変わりました。「今回の策を提供してくれた事には何度感謝してもし足りないほどだ。 君ともっと早く出会えていたら、この戦は我らの勝ちだったかもしれない。」「それはいくらなんでも買い被り過ぎなのです。 私一人ごときに出来る事など、たかが知れているのですよ。」私の策を受け入れたのだって、事態が最後の最後だからなのですよ。あのような戦法が今後用いられるようになったとしたら、私はその道筋に先便を着けてしまったことになるわけなのです。「しかし、君はどこからあのような技術を? 現在の火薬など問題にならないほど高性能な火薬に、いったん火がついたら水魔法でも消せない薬品とは…。」「本で読んだ…という事にしておいて欲しいのです。 本来、禁忌とすべきものなのですから。」あんなものは、この技術レベルの世界にあってはいけないのですよ。あれだって作ったものがほぼ全員討ち死にするであろう事を知った上で見せたのですから。「得体が知れないな、君は…。」「秘密が多い方が、女は魅力が増すのですよ。」こうも物騒な秘密では、魅力の前に威圧感が増しかねないのですが。「おっと、話しているうちにクライマックスが近づいてきたようだ。 ついてこれるかな、ミス・ラ・ロッタ?」「ついてこられなくては女が廃るというものなのですよ、殿下。」曲のスピードが徐々に速くなり、私と王太子の踊りのスピードもどんどん上がっていき、息が切れ始めたところで終了しました。「ふう、なかなか良い踊りだったね。」「ええ、さすが殿下、感服いたしましたのですよ。」さすがにかなり汗をかいているので、あとで部屋に戻ったら体を拭いて髪を洗わなければいけないのですね。「…では、また後で。」「…はい、了解いたしましたのです。」礼をするときに、お互い声を潜めて言葉を交わしました。…怪しい関係の男女みたいなのですね、これは。まあ、別の意味で怪しいのですが、今回の場合は。「…ねえねえケティ、ひよっとして、ウェールズ殿下と寝るの?」「ぶっ!?」キュルケ達の元に戻ると、キュルケが開口一番いきなりそんな言葉を私にかけてくれやがりました。バルコニーから外に向けて思い切りワインを噴き出してしまったのですよ。「汚いわねぇ…。」「いきなりそんな話をされたら、誰だって驚愕するのですよっ!? 大体なんでそんな話に?」色恋マイスターにかかれば、どんな場面も色恋沙汰に大変身なのですか、キュルケ?「踊りの後に殿下が貴方に耳打ちして、肯いていたでしょ?」「いや、確かに耳打ちされて肯きましたが、そういう話ではないのですよ。」やはり怪しく見えたのですね、しかもそれをバッチリ見ていたのですね、キュルケ。「ほ…本当かい、僕は信じていいのかい、僕の可憐な蝶。」「ギーシュ様まで…。 私は明日死ぬ人だからといって、ホイホイついていくほど軽くはないのですよ。」いくらイケメンでも、明日死ぬ人に抱かれたりはしないのですよ、まったくもう…。だいたい、そんな事をして、子供ができたりしたら大騒ぎなのですよ?「ふう、仕方がないのですね。 ギーシュ様、後で私の部屋に来て欲しいのです。」『えええっ!』何で皆が驚愕の声を上げるのですか?「けけけケティ、それはひょっとしておお、お誘いなのかな?かな?」「違うのですっ! そろそろ破廉恥な思考から脱して欲しいのですよ。」な、何なのですか、このピンクな空気は!?「実はとある策をウェールズ殿下に提案させていただいたのです。 現在この城の土メイジたちが取り掛かっている最中なので、進捗状況を見に行くのですよ。 疑われるのも嫌ですし、ギーシュ様と一緒に見に行こうと思ったのです。」「ああ、そういう事だったのかね…。」残念そうにしないで欲しいのです。「ねえねえ、私たちは?」「来て頂いても構わないのです。 あらかじめ言っておきますが、あまり楽しい場所ではないのですよ?」遠くで才人とワルドが何か話しているのが目に入りました。才人が肩を落としています…頑張るのですよ。「これって…イーグル号?」「ええ、そうなのです。 現在イーグル号は大砲を取り外すのと一緒に、とある細工を行っている最中なのですよ。」キュルケが大砲を下ろされる黒塗りの船を見て呟きました。今回の作戦に大砲は無用なのです。むしろ、大砲は城において牽制に使用するのですよ。「あれは…衝角かい!?」「ええ、その通りなのですよ。ギーシュの驚きの声にも答えるのです。衝角は船の舳先につける装備で、船を体当たりさせて相手にぶつける時に使われるもので、ロマリアの大王ジュリオ・チェザーレが大活躍した時代にはその進化を極めました。ただ、大砲ができてからはすっかり廃れた装備で、今時つけている船など無いので、ギーシュはそこに驚いたのでしょう。「鉄板?」「ええ、船の前面に鉄板を貼り付けて、耐久力を上げているのです。」タバサが不思議そうに首を傾げます。まあ確かに、このやり方は砲戦を前提としたこの時代の戦い方にそぐわないのですから。「イーグル号で砲戦をしても、あの艦隊を相手にしては敵わないのですよ。 ですから、砲戦を諦めて、敵旗艦レキシントンに突っ込むのです。 その為に衝角を用意し、正面に鉄板を張って、砲撃を可能な限り防げるように突貫で改造を施しているのですよ。 そして…。」「そこからは私が言うよ。 君が提案したことではあるが、私が了承した事なのだからね。」何時の間にやらやってきたのか、王太子が私の肩を掴んで引き留めたのです。「ですが…。」「いいんだ、私が話す。 突撃した後は、一部が敵艦に切り込み、残りの人員でイーグル号を爆破する。 イーグル号の中にはダイナマイトという液体状の火薬と、それを囲むようにナパームという燃える液体が仕掛けられているんだ。 イーグル号が木っ端微塵に爆発すれば、内部に仕掛けられた火薬に着火して大爆発を起こし、それによって火がついたナパームが撒き散らされる事になる。 飛び散ったナパームは水魔法でも消せない火となる。 あの巨艦であっても、艦体を著しく損傷せしめられ火までついたとあっては、もはや沈むしかあるまい?」そう言って、王太子は爽快に笑って見せました。笑っているのに、悲壮感しか感じないのは私の気のせいなのでしょうか?「でも、それでは…殿下は。」「死ぬな、だがそれがどうした?」ギーシュの問いに、王太子は顔色一つ変えずに答えて見せます。「我らは明日死ぬのだ。 であれば、それがどのような死であろうが、構うまい?」「で、ですが…。」提案した私ですら圧倒される迫力、死を覚悟した人間とはかくも凄い迫力を放つものなのでしょうか?「王家が滅ぶのだ、なのに《王権(ロイヤル・ソヴリン)》などという名の艦が浮いていても仕方があるまい? 《王権(ロイヤル・ソヴリン)》は王家とともに滅び行く、叛徒どもに辱められたままでは《王権(ロイヤル・ソヴリン)》も可哀想であろう?」そういって、王太子は微笑を浮かべました。微笑が壮絶に見える事など、私は知らなかったのです。これが、死に逝く者の覚悟…というものなのでしょうか?「ラ・ロッタ嬢、ダイナマイトのニトロゲルを上手く錬金できているのか、確認願いたい。 こちらへ来られよ。」「はい、かしこまりました…。」私にも、他の皆にも、もはや王太子にかけるべき言葉など無いのでした。「才人?」全ての確認が終わってあてがわれた部屋まで来たら、そのドアの前に才人が立っていました。「…ケティ、やっと帰ってきたんだ。」「此方で王太子殿下から頼まれた仕事があったのですよ。 立ち話もなんですから、部屋へどうぞ。」ルイズに心にも無い事を言って、自滅的に落ち込んだのですね、これは。「ふう、じゃあ話をき…え?」才人が私の後ろから抱き付いてきたの…ですか?「ケティ、ごめん。 俺の心、折れそうだよ…。」才人の腕の力がぎゅっと強まったのです。え…ええと、何が起こっているのですか!?「ちょ、才人ま、待つので…。」そのまま、ベッドに押し倒されたのでした。ひょっとして、貞操の危機…なのですか?