すれ違いはよくある事かの主従はいつも通り、すれ違いまくりなのですすれ違う心と、それによる葛藤ラブの永遠のテーマなのですよね、苦労しやがれ青少年なのですすれ違いを修正するにはどうすれば?意地張るのをやめればいいと思うのですよ「んっ…ここは?」気がつくとベッドの上なのでした。「知らない天井だなんていう、ベタなボケは無しな。」「せ…折角の機会を。」「また二人でわけのわかんない話をしてる…。」台詞を奪った相手は才人なのでした。その隣りにはルイズが立っているのです。「それにここ、学院の医務室だしな、知らない天井じゃないだろ?」「まあ確かに、よく見ればそうなのですね…と、そういえば!」胸元を開いて、傷痕を確認します。「一緒に覗きこもうとするなエロ犬!」「これは男の性というか、不可こ…げふっ!?」あれだけスッパリ切られたら、魔法で塞いでも傷跡は残ってしまった筈なのですよ…って、あれ?「傷跡が…無いのです。」「ぐふっ…ああ、ケティの傷跡なら、あの人が…。」いつの間にかボコボコになった才人が指差した先にいたのは、モット伯なのでした。「伯爵が…?」「ああ、これでも水のトライアングルだからね。 痕が残らないように傷を癒すのなんて、秘薬と魔法を併用すれば朝飯前だよ。 いやしかしびっくりしたね。 王宮に血塗れの君が運び込まれた時は、本当に心臓が止まるかと思ったよ。 止血されていなかったら、間違いなく死んでいたと思うよ。」うんうんと頷くモット伯…治癒の時には患部を見なければいけないわけで、姉の旦那にばっちり見られたのですか…傷が残らなかったのは素晴らしい事ではあるのですが、なんというか複雑な気分に。まあ、モット伯も気にしていないようですし、私も気にしないようにするのです…と、いきなりドアが思い切りよく開かれたのでした。「ケティィィィィィィッ!」「ひぃ!?ジゼル姉さま!」物凄い形相でジゼル姉さまが駆け寄って来たのですよ。逃げたいところですが、全身がだるくてとっさに動くなど不可能なのです。「私を置き去りにしてアルビオンまで行くとか、どういうつもりなのよ! しかも怪我するとか、傷つくとかっ!? 今すぐ言いなさいここで言いなさい、誰にやられたの私が八つ裂きにしてやるから!」「むぎゅ…ね、姉さまくるし…ちょ、息が。」叩かれるのかと思いきや、思い切り抱きしめられたのです。「駄目よジゼル、ケティが苦しがっているわ。」「エトワール姉さまありがとうございます。」エトワール姉さまがジゼル姉さまをやんわりと引き剥がしてくれたのでした。流石というか、いつの間に身体強化系の魔法を使ったのでしょうか…。「それで…ケティを傷つけたのは誰なのかしら?」「それよ、絶対に許さないんだから!」笑顔で私に尋ねるエトワール姉さまの背後にどす黒いオーラが見えるのですよ。ジゼル姉さまみたいに普通に怒ってくれはしないものでしょうか?「答えて、ケティ?」「…ジャン・ジャック・フランシス・ド・ワルド卿なのです。 才人に危機一髪のところを救ってもらいましたが、正面からでは太刀打ちできる相手では無いのですよ、あれは。」正面からでなければ方法があったかも知れないのですが、あの時は仕方が無かったのです。かなり分の悪い賭けでしたが…。「これは他言無用なのですよ? こればかりは広めてもらっては困るのです。 親衛隊から裏切り者が出たなどという噂が伝わっては、王家のメンツが丸つぶれなのですから。」「…わかったわ、姉さま達にも言わない。 でもまさか、スクウェアクラスの風メイジが裏切るとはね。」「裏切り者は一人居たら30人は居るから、気をつける必要があるわねえ。」それはゴキブリなのですよ、エトワール姉さま。まあ、似たようなものなのですが。「でもケティ、貴方は言葉遣いや物腰は随分変わったけど、根っこは昔からあまり変わっていなかったのね。」「そうそう、風のスクウェアメイジに正面から立ち向かうだなんて、やんちゃにも程があるわよ?」にこにこーっと微笑ましいものを見るような眼で、姉さま達が私を見ているのです。「村の男の子たちを引き連れて、魔法の練習の合間に《ヤキュウ》を教えたりしていた頃を思い出すわ。」「あの頃はケティを女の子みたいな名前の男の子だと勘違いしていた子も多かったわねえ。 ギュスターヴとか、確かめようとして貴方に吹き飛ばされていたのを思い出すわぁ。」あんまりにも娯楽が少なかったので、村の職人さん達にお願いしてバットとグローブとボールをこしらえて貰って、野球を始めたのですよね。「ジゼル姉さまも張り切ってやっていたではありませんか? 私一人が男っぽかったと言われるのは心外なのですよ。」「確かにあの頃の私はお転婆だったけど、ケティほどじゃなかったわよ。 ケティは私の王子様だったんだからね。」ぐっ…あの頃は前世の人格にかなり引っ張られて、結構男っぽかったのは確かなのです。でも王子様は言い過ぎなのですよ、あれはただのやんちゃ坊主なのです。「…昔話に花を咲かせているところに口を挟むのは申し訳ないし、正直な話ケティの昔の話はこのまま聞いていたいんだけどね。 モット伯が王家の使者として、貴方の話も聞いておきたいみたいよ?」「いや正直な話、私もミス・ヴァリエールと同じでこのまま聞いていたいのだけれどもね。 悲しいかな、この身はしがない宮仕えなのだよ。」そう言うと、モット伯は背筋をピシッと伸ばして官僚の顔となり、私の眼をじっと見つめたのでした。「わかりました、お答え出来る事はお答えいたしましょう。」お答えできない事は、お答えしないのです。「ケティ・ド・ラ・ロッタ男爵令嬢、今回君はワルド元子爵の企みを見事に見破り、王太子が望む名誉ある戦死を全うさせる事に成功した。 相違無いかね?」「はい、相違無いのです。」「では質問させてもらうが…。」それから、モット伯の事情聴取というか軽い尋問というかは、話せるところは話し、話せないところは話さない事で決着したのでした。「…ふむ、事の事情は大体把握できた。 これできちんと王室に報告できるよ、ありがとう。 あと、最後にもう一度聞くが《オレンジ》とは、一体何なのかね?」「あ、それ、私も聞きたかったのよ。 そんな組織、本当にあるの?」こら才人、もとネタ知っているからといって、後ろで噴き出さないのですよ。野心に燃える男は《オレンジ》で踊ってもらうに限るのですよね。「その件については、お話できないのですよ。」「何故かね?」モット伯は首を傾げて私の目を見つめます。「報告書の内容が、叛徒どもの手に渡るから…なのですよ。 エトワール姉さまも先程言っていましたが、裏切り者は一人では行動しないのです。 そして、その件をお話しする事は、王室への報告であっても出来ないと言っているのです。」「つまり、宮廷のかなり高位…閣僚にも裏切り者がいると?」つくづく思うのですが、閣僚が寝返っているとか末期もいいところなのですよ、この国は。国王がサボっていると、数年でここまでぐだぐだになるものなのですね。「流石に誰かははっきりとしないのですが、ワルド卿以外にも裏切り者が居たのは間違いないでしょう。 ワルド卿が裏切り者であるのはわかったのですから、彼と接触していた者を洗っていけば出てくるのではないかな…と、思うのですよ。」「ふむ、確かにその通りだね。 この件は陛下に報告し、秘密裏に調査を開始する事にするよ。」敢えてリッシュモン卿の名は出さないのです。彼の名を出すと、彼にのみこだわってしまう可能性がありますし、彼の名を出すことで見つかる筈の者が見つからなかったら拙いのですよ。「では、私はここで失礼するよ。 …そうだ、君はこの学院を卒業したら、どうするのかね?」「ラ・ロッタ領に戻ろうと思っているのですが。」自宅警備員という名のニート貴族爆誕…ではなく、戻ってしたい事があるのです。実は常々、ラ・ロッタ領における物流の鈍さを何とかしたいと思っていたのですよ。どうせ馬車による物流しか出来ないのですから、領内の街道を徹底的に整備するか、もしくは鉄道馬車を敷設するかして、領内の産物を領外に運び出せるようにするのです。普通の男爵領なら街道が細くても何とかなったかもしれないのですが、なにせ広さだけなら伯爵領並みなのですから。領内で唯一山の女王の支配下に無いアルロンに物資集積地を築いて、そこから領内の産物を売りに出せれば、当家の赤貧状態を解消できる筈なのです。「君が家の領地に引っ込んで、何処かの貴族に嫁いで終わり…では、国家にとって損失であると私は思うよ。 君を妻にした貴族の領地は、かつて無いほど繁栄するだろうがね。 私は君が自身の爵位を得て、国家の為に働くべきではないかと思っている。」「え!?」評価され過ぎな気がするのです。私の持つ近代知識はあまり国家規模で振りかざす類のものではないのですよ。下手を打つと、この国が大幅に変容してしまう可能性だってあるのです。「君が望むのであれば、私は助力を惜しまないつもりだし、君の姉妹も旦那方を動かしてくれるだろうさ。 リュビにも君の話は繰り返しされているから、君がどれほど聡明かは聞き知っている。 君の姉妹が嫁いだ先の旦那方にも良く知られているんだよ、君の名は。」リュビ姉さまも他の姉さま達も、一体何を旦那に吹き込んでいるのですか…。「ま…前向きに検討しておくのです。」「君ならば、トリステイン初の女宰相だって夢じゃない。 是非とも前向きに考えておいてくれたまえよ、それでは失礼した。」そう言って、モット伯は医務室を出て行ったのでした。「ケティ凄い! 王宮の中央にいる人からお誘いがかかっちゃうだなんて!」そう言ったのは姉さま達でも才人でもなく、ルイズなのでした。「是非行くべきだわ、ケティなら何か凄い事が出来そうな気がするもの。」 「ええと、でも私はラ・ロッタ領でもしたい事があるので…。」「わたし、わたし、感動しちゃった! 学院で王宮の偉い人にあんなに評価される人なんか、学院長以外見た事無いもの!」人の話を聞け、なのです。それにあのスケベ爺と同列に置かれるのは微妙に嫌なのですが…。「兎に角、三年先の未来を話しても鬼が大爆笑するだけなのですよ。 三年生になったら考えるのです。」まあ、事を急いてもしょうがないのですよ。「ケティ、貴方ギーシュとアルビオンに行っていたんですって?」「ケティごめん、押し切られちゃった。」翌日、多少調子は悪いながらも授業をサボるわけには行かないので何とかやっつけてから昼のお茶を楽しんでいると、ジゼル姉様と一緒にモンモランシーがやってきました。豪奢な金髪縦ロールが風に揺れているのです。「ギーシュ様《達》となのですよ、ミス・モンモランシ。 ルイズも才人もキュルケもタバサも一緒だったのです。」シエスタに入れてもらった香草茶(ハーブティー)を軽く啜りながら、モンモランシーに視線を返したのでした。「それとミス・モンモランシ、ギーシュ様とまだ仲直りしていないと聞いたのですが?」「だって、お幸せにって言ったでしょ、貴方?」女性同士の話は手っ取り早くて助かるのですが、カマかけにあっさり引っかかるのもどうかと思うのです。私があっさり引いたせいで、油断しまくって焦らしていたのですね、ギーシュを。「お幸せにとは言いましたが、あの後お幸せになっていないのであれば、話は別なのですよ。」「なっ、なんですって!?」モンモランシーの目が一気に釣りあがったのです。そんなに気にしているなら、とっとと仲直りすれば良いのに。ツンデレというのは、なかなかに面倒臭い心の動きなのですね。「あの猛烈に鈍いギーシュ様の事ですし、もうすっかり振られたものと思い込んでいるに決まっているのです。 であれば別に私が…。」「駄目よ。」思わぬ方向から止められ…いや、思わぬというわけでもないのですね、これは。「貴方はもっといい男を見つけなきゃ駄目よ…って、あいつと付き合った事のある私が言うのもなんだけど。」「…そういえば、ジゼルもだったわね。 あなたはどうなのよ、ギーシュの事。」モンモランシーがジゼル姉さまに尋ねたのでした。それは私も聞いてみたかったのです。「そうね…最初から居なかった事にして、声をかけられても一切反応せずに目の前を素通りできる程度には愛しているわ。」「そ…それはそれで何だか可哀想な気もするわ。」ジゼル姉さま超クール、モンモランシーも少し引いているのです。エトワール姉さまは…怖くて聞けないのですよ。「私の事はいいでしょ、兎に角ギーシュは絶対に駄目、あいつは偽王子様だったの。 紳士的かつ情熱的だったから付き合ってみたけど、昔のケティに遠く及ばなかったわ。 そんなのはこのモンモランシーにでも任せておきなさい。」「そんなの…。」モンモランシーが軽く煤けているのです。ジゼル姉さま、私が男装を止めたときに言っていた事って、まさか本当だったのですか…?「私の運命の人は一体どこに…? ああ、私の心の王子様が今じゃあこんな可愛い女の子だなんて、運命は本当に残酷な事をするのね。」「あ、あの、姉さま?」ジゼル姉さまが私に抱きついて、すりすりと頬を摺り寄せてくるのです。…男に生まれなくて本当に良かったと、心の底から思ったのはこれが初めてなのですよ。「どういう事?」モンモランシーが不思議そうに尋ねてきたのです。「ケティは11歳まで男装で、口調も男の子みたいだったの。 だから今でもラ・ロッタ領では、《ケティ坊ちゃん》の方が通用するくらいなのよ。 今でも男だと思っている人もいるらしいしね。」「そういう事はいちいち話さなくても…。」第二次性徴の始まりは前世の記憶を基にした人格など、肉体の影響でどうとでも出来るという事を思い知らせてくれたのです。無駄な抵抗をやめたら、心が随分と楽になりはしたのですが…敗北感と未練は若干あるのですよ。「へー、そうなんだ。 どんな風に話していたの? ねえねえ、やってみて。」「いや、急にそんな事を言われても困るのですよ、ミス・モンモランシ。」もう4年間も男っぽく喋っていないのですから、無茶を言われても困るのです。「ちぇー、残念ー…。」ジゼル姉さま…。「まあ兎に角、ジゼルが反対している限りは安全ぽいわね。」「安心している暇があるなら、さっさと仲直りするのですよ。 さもなくば、ギーシュ様には恋人は居ないと判断する事にします。 ツンデレも、度が過ぎるとただの面倒臭い女なのですよね。」ズバッと言っておかないと、何時までも仲直りし無さそうなのですよ。「わ…わかったわよ、仲直りすればいいんでしょ、仲直りすれば! おっしゃー!女は度胸、女は愛嬌!やったるわー!」威勢良く叫びながら、モンモランシーは去っていったのでした。むう…結果に納得していながらも、この不満足感はいったい何なのでしょうか?「美味しいですか、タバサ?」「ん。」最近やけにフレンドリーになったマルトーさんに協力してもらって、何とかこしらえる事に成功した餃子を、タバサに試食してもらっているのです。見た目に反してブラックホールみたいな胃袋の持ち主なので、試食イベントにはうってつけなのですよね。「しかし、まさかハシバミ草が、韮の代わりになるとは…。」確かにもともと風味の強い野菜なのですが、軽く加熱してから冷却すると、苦味と青臭さが消えて韮そっくりの匂いと風味が出るのですよ。なんという謎野菜…。「小麦粉の皮で挽肉を調味したものを包んで蒸し焼きにするとはねえ。 さくっとしてもちもちっとしてふわっとした食感が一気に味わえるのがいいな、これは。 貴族様達の食卓に出しても良さそうだ。」「本当ですね、美味しいですー♪ 試食会に呼んでいただいてありがとうございます、ミス・ロッタ。」マルトーさんとシエスタも気に入ってくれたようで何よりなのです。才人…ですか?先程誘ったのですが、《俺はモグラなんだよ、不細工で陰気なモグラ。『土竜』って漢字で書くと、実は格好いいけど》とか、よくわかりませんが盛大に落ちていたので、そのまま置いてきました。…まあ、悩みがあるならそのうち自分から相談してくる筈なので、タバサ常駐の部屋で待っておきましょう。最近ちょっと寂しいのか、キュルケまで居ますけど。「喜んでいただけて、こちらも嬉しいのですよ。 マルトーさんにも随分助けていただきましたし。」「良いって事よ! しかし貴族の娘さんがこんなに料理上手とはねぇ…平民の娘でもその年でこの段階に達しているのはそうはいないぜ。 …なぁ、シエスタ?」マルトーさんに指摘された途端に、シエスタが煤け始めたのです。「うっ…まさか料理の手際で負けるだなんて。 サイトさんもミス・ロッタの事を凄く頼りにしてるし、何か色々と負けているような…?」そう言いながら、私に視線を向けるのですが…視線が顔よりも下なような?「よし、まだ勝ってる!」…そこのサイズでガッツポーズするな、なのです。食器の後片付けを手伝おうとしたら、マルトーさん達に「平民の領分を取るんじゃねえ」「私の立場が…立場が…」と、手伝わせてもらえなかったのです。村の人が多少手伝いに来てくれはしますが、基本的に使用人は居ないので、実家では調理も後片付けも全部やっていたのに…。「まあ、使用人の仕事を取ってしまってはいけないともいえるのですね…と、おや?」「…あ、ケティ…と、タバサ?」ぼやきつつも帰ってくると、私の部屋のドアの前に居たのは才人かと思いきや、その主人の方なのでした。ちなみにタバサはいつもの読書タイムの為に、私の後をついて来ているのです。「珍しい来客なのですね。 私に何か話があるのですか?」「う、うん、実はね…。」ルイズは私の目をしっかりと見つめ、真剣な表情を浮かべたのでした。「才人が変なの。」「才人が変なのは、いつもの事なのです。」ルイズがガクッとずっこけたのですよ…おや、タバサもなのですね。「即答過ぎ。」「そうなのですか?」「ん。」タバサは静かに頷いたのでした。「まあ兎に角、詳しい話は部屋で聞くのです。 ヴァンショー(ホットワイン)も出しますから、どうぞ。」「うん、お邪魔します。」詳しい話を聞くには心理的な抑制を緩めなくてはいけないのですが、手っ取り早く緩める方法はアルコールの摂取なのです。私が酒好きだからではないのです、本当なのですよ?「はい、ヴァンショーなのです。 今日は蜂蜜を少し多めに入れてみたのですが、いかがですか?」「ふー…ふー…んっ…あ、美味しい♪」美味しい時って、誰しも良い笑顔になるのですよね。喜んでもらえて幸いなのです。「タバサもどうぞ。 いつもどおり、コショウを強めにしておいたのですよ。」「ん。」本を置いてふーふーしながら、タバサもヴァンショーを飲み始めたのでした。「…それでね、サイトの事なんだけどね、変なのよ。」「才人が変なのは知っているのです。 具体的には?」ホットワインをちびちび飲みながら、ルイズが話しかけてきました。「わたしにね、何か優しいの。 庇ってくれたりとかね、してくれるの。」「使い魔なのですから、それは当たり前では?」私の見ていないところで才人に何かあったのでしょうね。それで、ルイズを守ろうと思ったのだと思われるのですが、取り敢えず今は言わないでおくのですよ。「違うの、そういう義務感的なものじゃなくて、自発的にわたしを守ろうと努力してくれている気がするのよ。 それなのにね、私がありがとうって言おうとすると急に卑屈な表情になるの。 怒っていないのに、むしろ感謝しているのに、『ごめんなしゃい』とか《す、すみましぇん》とか、ちょっとキモい喋り方で謝り始めるのよね。」「可哀想にねえ、ダーリン。」ベッドの方から声がしたのでした…ってキュルケ!?「なな何で私のベッドにキュルケが眠っているのですかっ!」「だって、最近タバサが部屋にいなくて大抵ここで本読んでいるでしょ? さっき部屋に来たら居なかったから、いずれ来るだろうと思って待っていたら、暇すぎて眠たくなったから寝ていたのよ。 いくら暇だからって、男連れ込むわけにも行かないしね。」 人の部屋に男連れ込んでベッドでイチャイチャしていたら、思わず決闘申し込んでいたところだったのです。そもそも部屋の主のベッドで勝手に寝ないで欲しいのですよ…鍵の件に関しては、もう諦めているのです。「あー…ケティって良い匂いがするのねぇ。」「今すぐ出るのですっ!」私がそう言うと、キュルケは面倒臭そうにベッドから立ち上がったのでした。「はいはい、仕方が無いわね…っと。 あー、グリューワイン(ホットワイン)じゃない、私も欲しいなー。」「はぁ…わかりました、今作りますから待っていて欲しいのです。」キュルケ、相変わらずフリーダム過ぎるのですよ。「話を戻すけどルイズ、ダーリンが可哀想だわ。」「ごめんなさいキュルケ、話が全く見えないわ。 何がどうなって、才人が可哀想という結論に落ち着いたのか話してよ?」ルイズが腰に手を当てて、キュルケを見上げているのです。「ダーリンが従順かつ卑屈になったのって、貴方の折檻の成果じゃない。 それをキモいだなんて、可哀想だわ。」「ほへ?」ルイズの目が点になったのでした。「ダーリンは貴方の使い魔として一生仕える決心をしたのよ、多分。 だから貴方を自発的に守ろうとするし、貴方がダーリンを見ると何か粗相をしたんじゃないかと謝り始めるのよ。 良かったじゃない、折檻の成果が出て。」「な…な…なっ!?」ルイズの表情が次第に青くなり、ぶるぶると震えだしたのでした。「あ、あれだけ反抗していたのに、何で今更?」「今までの色んな積み重ねがあったからでしょ? 良かったじゃない、これであなた達は何があっても主人と使い魔以上でも以下でもなくなったのよ。」あ、ルイズが石化したのです。まあ…せっかく才人を意識し始めたのに、今までの行動の結果フラグ折れたと言われたらショックなのですよね。「ルイズの身の回りの世話、帰って来てからとても丁寧に規則正しくなったじゃない、ダーリン。 貴方をからかったり嫌味を言ったりもしなくなったし、むしろフォローしてくれているわ。 あれはまさしく使用人として生きる事を決めた証拠だわね。」「た…確かに、以前は嫌々やっていたのに、今は規則正しく丁寧だわ。 着替えの手伝いとかを嫌がると、不思議そうな悲しそうな顔をするし…。 じゃあ、あのときのキスの意味は決別なの? わ、わたしはこれから色んな事が始まるって思っていたのに。」うんうんと頷くキュルケと、萎れた菜っ葉みたいになったルイズが非常に対照的なのです…フォローしないと流石にルイズが可哀想なのですよ。「キュルケ、ルイズをからかい過ぎなのですよ。 確かに才人はこの世界に染まりつつありますし、下僕レベルはアップしましたけれども、ルイズの事はしっかり意識しているのです。 ただし、今引っ張り戻さないと、関係が固定してしまうかもしれないのは確かなのですね。」私がヴァンショーを作っている間に、キュルケがどんどんルイズを追い込んでいくので、作りながらフォローしなくてはいけなくなってしまったではありませんか。「でもダーリンが貴族の女の子の中で一番意識しているのって、私としては不本意だけどケティだと思うわ。」「いっ、いきなり何を言い出すのですか!?」ああっ、そのニヤニヤした顔は、場を引っ掻き回すつもりなのですね?「だって、ケティのダーリンに接する態度って、とても普通じゃない。 私くらいになれば別だけど、そういう娘って安心できるから、自然と男の子を惹き付けるのよね。 ちなみにルイズのやり方は論外、特殊な趣味でもなければ耐えられないわ。 ラ・ヴァリエールは代々そんなだからうちに寝取られるのに、そろそろ気付くべきだと思うわ。」「なるほど…私が愛想尽かされるのもごく自然な流れなのね、はは…ははは。」ああ、ルイズが石化どころかさらさらと風化して行くのです。「はいキュルケ、ヴァンショーが出来たのです。」「あら、ありがとう。」途中からテンパって味見もしていないのですが。「あら、随分あま…辛いっ!? なのに何だかすっぱ…また甘みがドバッと!」キュルケが甘い辛い酸っぱいと、もがき始めたのです。「舌が!舌がああぁぁぁぁ!」天罰なのですよー。「動かなくなった。」「…本当なのですね。」キュルケが床に倒れてピクピク痙攣したまま、動かなくなったのです。「タバサ、介抱をお願いできますか?」「ん。」頷くと、タバサは《解毒》をかけ始めたのでした…毒?「まあ、キュルケはタバサに任せておくとして…ルイズ、ルイズ、正気に戻ってください。」「ふふふ、そうよね、ケティは王宮の偉い人にスカウトされるくらいだもの。 魔法もろくに使えなくて気分屋の私となんかじゃ、比べ物にならないわよね。 年下なのに胸も負けてるし…。」ああ、ルイズのテンションが奈落のずんどこまで落ちているのです。「こうなっては仕方が無いのですよ。 ルイズ、私の目を見るのです。」「え、なに?」ぐるぐるぐるぐるぐるー。「ルイズ、貴方はとても魅力的な女の子なのですから、才人にとって最高に好みな容姿の女の子なのですから、自分に自信を持つのです。」「私はとても魅力的…私の容姿がサイトの好み…。」ぐるぐるぐるぐるぐるー。こうなりゃ洗脳でも何でもするのですよ。「よく懐いた猫のように、才人に甘えるのです。 そうすれば才人の保護欲をかき立て、才人の気持ちをよりルイズに傾かせられるのですよー。」「にゃるほどーそうにゃのらー。」何か、ルイズの喋り方が変になったような…?「では、才人に甘えてらっしゃい。」「いってくるのにゃー、才人にいっぱい甘えるのにゃー。」何か、変なベクトルが加わったような気がしないでも無いのですが、気にしないのです。目がぐるぐる渦巻いた状態になったルイズは、颯爽と部屋を出て行ったのでした。「にゃあああぁぁぁん、サイトー抱っこするのにゃー!」「うおわっ!?何だ、一体何なんだ!? ちょ、まて、ルイズ、一体何、何なのこの状況!?」ルイズも才人も頑張れ、なのです。「やあ、おはようケティ。」「ふにゃ?」早朝、ノックの音がしたので開けてみると、イイ笑顔を浮かべた才人が立っているのでした。「これ、どうにかしてくれないかな?」「くー。」「あれまあ…。」ルイズが才人にしっかりしがみついた状態で眠っているのです。「役得なのですね。」「違うだろ。」才人のチョップが私の額に直撃したのでした。「何をするのですか、痛いのです。」「キュルケから聞いた。 ケティがやったんだろ、これ。 元に戻してくれよ、頼むから。」キュルケも復活したのですね、良かったのです。「目覚めれば正気に戻っている筈なのです。 …という訳で私は二度寝するので、後はよろしくなのです。」そう言って、ばたんとドアを閉めて鍵をかけ、ベッドに戻ったのでした。「ちょ、まてこら!早く何とかしてくれないと、俺の正気が、理性が!」今日は虚無の曜日なのですよ、才人。働きたくないでござる、絶対に働きたくないでござる、なのです。翌日、寮の廊下でルイズと出会ったのでした。「こんにちは、ルイズ。 昨日の目覚めはいかがでしたか?」「はっ、恥ずかしくて死ぬかと思ったわよッ!」ルイズの顔が途端に真っ赤になっていくのが、非常に面白いのですよ。「あははははっ!」「笑うなーっ!」予想通りの結果なのですね。「まあいいではありませんか、これで才人はルイズを意識せざるを得なくなったのです。」「そそそそれは感謝しているようなしていないような…。 でっ、でも、方法にも色々やり方ってもんがあるでしょ?」何だかんだいって嬉しかったのですか?さすがツンデレ娘、感情表現がわかりにくいのです。「意識させるのに一番手っ取り早いのは、肉体どうしの接触なのです。」「うぅ、それは認めざるを得ないわ。」ふと、顔を真っ赤にしてうつむくルイズが、何かを抱えているのを発見しました。「ルイズ、それは何なのですか?」「あ、これ?始祖の祈祷書なんだって。 何にも書いていないから、たぶん偽物だと思うけれども。 わたしね、姫様とゲルマニア皇帝の結婚式の時の巫女に選ばれたのよ。 これを持って、仰々しく詔を読み上げなければいけなくって、その詔の内容を考えていたのよ。」そういえばそんなイベントがあったような無かったような?「まあ要するに結婚式のスピーチなのですね?」「…そんなざっくばらんにぶった切られても困るわ。」ルイズが額を押さえたのでした。「その程度で良いのだと思うのですよ。 友人代表の挨拶みたいな感じで草稿を書いて渡せば、勝手に仰々しく肉付けしてくれる筈なのです。 ああそうなのですね、いい本があるので、ちょっと付いてきてください。」「わ、ちょちょっとまって、わわわわわっ!?」ルイズを部屋に引っ張り込んでから、本棚を探って…。「確かあの本は…あったのです。」【式典スピーチ用例集 ~これで貴方もスピーチの達人~】これなのですね。何でこんなどうでも良い本が混ざっていたのか知りませんが、まさか役に立ちそうな日が来るとは。「はい、どうぞ。」「何これ?【式典スピーチ用例集 ~これで貴方もスピーチの達人~】?」そう言いながら、ルイズは本をぺらぺらめくっているのです。「今のルイズには必要な本かなと思ったのですよ。」「…確かに参考になるかもしれないわね。 何だか内容が微妙におっさん臭いけど。」たぶん、お爺様かお父様の蔵書が紛れ込んだものなのですね。「うん…まあ参考にはなりそうね。 ありがとう、借りるわこの本。」そう言って、ルイズは本を持って出て行ったのでした。夕方、散歩をしているとヴェストリの広場に才人がいたのでした。「何をしているのですか、才人?」水がたっぷり入った大釜の下に焚き木、たっぷり入った水の上には浮き蓋。「五右衛門風呂?」「…にするつもりなんだけど、火打石がこう!なかなか!着火しにくくて!ああもう、まどろっこしい!ライターがあればなぁ。」火打石を使おうとしているようですが、上手くいっていないようなのですね。「炎の矢。」私の炎の矢で、焚き木にあっさりと火がついたのでした。「おおサンキュー!こういう時便利だよなぁ、メイジって。」「まあ、この程度ならお安い御用なのですよ。」でも、こういう小さな違いの積み重ねが、メイジと平民の隔絶を生んでいるのでしょうね。「しかし、何故五右衛門風呂を?」「使用人用の風呂ってサウナでさ、風呂入った気がしないんだよ。」まあ確かにサウナでは、普通の日本人は風呂に入った気はしないでしょうね。「貴族用の風呂ってプールみたいな湯船なんだろ?」「ええ、浴室は精緻な彫刻が施された大理石製で、湯船の湯は香水入りで薔薇とかが浮いているのです。 あれはあれで、微妙なのですよ?。 なんと言いますか、毎日ホテルの大浴場に通っているような感じがするのですよね。 ああ…一人用の個室風呂で、気兼ねする事無くのんびり入りたいものです。」豪華な大浴場もずっと続けば銭湯と変わりないのですよ。そもそも、風呂くらい一人で入りたいのです。「じゃあ、この風呂使うか?」「うーん、それはちょっと…。 人通りが少ないとはいっても、ここで服を脱いだら周囲から丸見えなのですよ。 私はこれでも一応女の子なのですから、流石にここで入るのは度胸がいるのです。」ここでは覗かれ放題なのですよ。流石にそれは嫌なのです。「小屋を作って視界を遮るという手も有るのですが、私と才人だけが使用しているとなると、あらぬ噂も立ちそうですし、遠慮しておくのですよ。」「そうか? まあそういう事なら、仕方が無いよな。」ルイズをあらぬ噂でやきもきさせるのも可哀想なのですよ。そして才人、鈍いのです。「では才人、のんびりお風呂を楽しんでください。」「おう、またな!火着けてくれてサンキュー。」さて、私もそろそろお風呂に入るのです。こんな平和な日々が続いてくれれば良いのですが、そうは行かないのですよね。《平和とは、次の戦争の為にある準備期間に過ぎない》誰が言った言葉なのだかは知らないのです。ですが、私たちの前にある運命は、まさしくこの不気味な言葉の通りに回り始めていく事になるのでしょうね。