お約束というものがありますたとえば薔薇くわえながら話すなどという、ある意味器用な事をするグラモン家の四男坊お約束というものは連鎖するものですたとえば私が口説かれていたり、馬で遠乗りに行こうとかお約束というものに乗らなきゃいけないときもありますたとえば二股かけられるというイベントの為だけに、その誘いの乗ってみる私とか入学してから少し経ち、学院での生活にも何とか慣れました。「おおケティ、君のクリスタルよりも澄んだその瞳に見つめられると、僕の浅ましい心までもが見透かされてしまいそうだよ。」新入生にはめったにいないトライアングルメイジということで、周囲から一目おかれたりもしたのですが、最近ではすっかり周囲に溶け込めつつあります。「その美しい瞳に僕を映しながら、君はいったい何を考えているのかな?」領地にいた頃はそんな事は無かったのですが、私の容姿はそこそこ可愛い部類に入るようで、慣れてくるのと同時期に男性からいわゆる愛の告白というものをされるようになりました。もちろん全部断りました…が、私の目の前で何やらくっさい台詞を語り続けているグラモン家の四男坊こと、ギーシュ・ド・グラモンは一味違いました。「君が恥ずかしがって、僕の愛の囁きを断ったしまったのはわかっているよ、ケティ。」自分というものに絶対の自信があるのでしょう。私の「嫌です」という返答に対して、清々しいくらいポジティブな反応が返ってきている最中なのです。ああ…何というか、めっ ちゃ う ざ い 。そろそろ使い魔召喚の儀が行われる時期ですから、彼と遠乗りに行かないと決闘イベントが起きません。モンモランシーの香水を受け取った事を隠す必要も無くなりますから。決闘イベントが無いという事は、才人とギーシュが出会わずに話が進んでしまうかもしれません。彼は後々才人の親友ポジションにつく人ですから、彼の誘いには乗らなくてはいけないのですが…。他の貴族はわりと普通の格好しているのに、何で彼だけひらひらで薔薇くわえているのですか?こんな恥ずかしい人に告白されたら断るでしょう、常識的に考えて。何故私ではないケティは、こんな人に口説かれたのでしょうか?それともハルケギニアでは、こういうのがかっこいいのでしょうか?少なくともギーシュと同じ学年のジゼル姉さまは「あの勘違い野郎だけは絶対に駄目」と言っていましたが…。「そうだ、君みたいな子が気に入りそうなとっておきの場所があるんだ。 これから一緒に馬で遠乗りに行かないかい?」「ふぅ…わかりました。 よろしくお願いします、ミスタ・グラモン。」嫌ですと繰り返し言いたい所ですが、イベントフラグ叩き折るわけにもいかないので、受けることにしたのです。「愛しいケティ、僕の事はギーシュと呼んでくれたまえ。」「ではギーシュ様、エスコートして下さいますか?」いやしかし、薔薇くわえたままでよくもこんなにしっかりしゃべれますよね、彼。腹話術の才能があるんじゃなかろうかと、彼を見ているとそんな事を考えてしまいます。「…わぁ、綺麗。」あまり期待していなかったのですが、彼が連れてきてくれたのは意外にも素敵な場所でした。森の中にある小さな池なのですが、空の蒼と遠くの山が光で反射して映り、周りの緑と見事にマッチしています。私の携帯があれば写真でも撮るところですが、残念ながら前世の体と一緒に怪物の腹の中でしょう。「ギーシュ様が見つけたのですか?」「残念ながら、見つけたのは僕ではなく友人だよ。 でも、この風景を君もきっと気に入ってくれるだろうと考えたのは僕だけだ。」相変わらず台詞が臭いですが、まあこの風景に免じて許してあげるのですよ。そういえば、疑問な事がありました。「ギーシュ様は、何故私を誘われたのですか?」そう、ギーシュが何故私を誘ったのかという事。私ではないケティはギーシュにアプローチをかけて遠乗りに誘ったようですが、私は一切そんな事をしていないのに、彼から声をかけてきてくれました。それが不思議ではあったのです。「君が、僕のことをじーっと見ていてくれたからさ。 新入生歓迎パーティーのときからずっと、僕が近くを通りかかると、僕のことを見てくれていたよね。 薔薇である僕としては、可憐なる蝶が僕に近づきたがっているのに近づけない状況をどうにかしたかったのさ。」「知っていらっしゃったのですか?」確かに私はギーシュが近づくたびに見ていました。それは間違いありませんが、見ていたのは別に好きだからとかそういう事ではなく、単にイベントの相手だったからなだけなのですが。…なるほど、そういう誤解があったのであれば、断ってもポジティブに解釈してしまうのも仕方の無い事かもしれないのです。思い返してみればジゼル姉さまが言っていた台詞は…。『あの勘違い野郎だけは絶対に駄目よ。 それにね、あのギーシュはモンモランシーと付き合っているの。 だから、もしもあいつがあなたに近づいてきたとしたら、二股かける気なんだと思っておきなさい。 何度かそういうトラブル起こしている男なんだから。』…ええと、ひょっとして私がギーシュをじっと見ていたのって周囲にもバレバレなのですか?「…恥ずかしい。」どうやってこの二股イベント起こそうかと彼を見ながら思い悩んでいた態度が、恋する乙女に見えたということでしょうか?なんて事でしょう、結果オーライな感じもしますが、何という失敗。恥ずかしいです、物凄く恥ずかし過ぎて、思わず頬を押さえて項垂れてしまいます。「ああ恥らう君はまさしくこの森に住まう可憐な蝶、僕の心を捉えて離さない野に咲く一輪の花のようだ。 ああもう僕は君を抱きしめずにいられない!」ギーシュはそのまま私を包み込むように抱きしめました。「ああああああの、ギーシュ様!?」ええと、ここここういう場合はどうすれば?どうすればいいのでしょう?確かに私の前世は男ですが、私の体は女性で、私の脳も女性なのです。わかりやすく言うと、私は男の子に抱きしめられたらドキドキしてしまう女の子なのです、今は!ただし今のドキドキは恋するドキドキというか、びっくり仰天しているドキドキですよ、その筈なのです。どどどどどどうなっちゃうんですか私っ!?「ああ君は暖かいし、とてもいい匂いがするよケティ。」びっくり仰天して硬直している私をギーシュは抱きしめ続けます。そそそそうですよね、男の子に誘われてこんなところに二人っきりになったんですから、このくらいの事態は起きて然るべきものですよね。落ち着くのです、落ち着くのですよケティ。こういうときは素数を数えて落ち着くのが一番なのです。2、3、5、7、11…。私がこの先生きのこるにはどうすれば?「ああのあの、ギーシュ様、ちょっと苦しいです。」「え?あ、ごめんよケティ、君があまりにも可愛らしいものだから、つい力が入り過ぎてしまった。」何という失態、ああ何という…恥ずかしすぎて顔から火が出そうですよ。頭もふらふらしてきました。「ギーシュ様がいきなり抱きしめたりするから、恥ずかしくて頭がくらくらしてきました。」「恥ずかしがる君はとても可憐だよケティ。 もう一度君を抱きしめてもいいかい?」神様仏様ブリミル様、私はこの先生きのこれるのでしょうか?あ、そうだ、アレだ。アレを忘れていました。「ちょ、ちょっと待って下さいギーシュ様、実はお弁当を作って来たのです。」「お弁当を僕の為に? 嬉しいよケティ、君が作ったものならさぞかし美味しいだろう。」学生食堂の厨房でマルトーさんに頼んで用意してもらった卵と食用油と酢でマヨネーズ作って、ハムやらベーコンやらを葉野菜と一緒に適当にパンに挟んで作ったサンドウィッチのようなものをバスケットにブチ込んで持って来ただけなのですが。マーガリンが無かったので、パンの表面にはバターを軽く融かして塗っておきました。マヨネーズ自作した以外は、学生時代によく作っていた弁当メニューなのですよ。実家でも何回か作ったら、野良仕事に持って行くにはもってこいだとお父様たちに好評でした。マルトーさんが珍しそうにしていましたが、実家秘伝のソースと郷土料理なんですと誤魔化しておきました。弁当箱を開けてギーシュは一言。「食器は何処かな?」どう見ても貴族です、本当にありがとうございました。「ええとですねギーシュ様、それは手づかみで食べる料理なのです。 ラ・ロッタ領に伝わるサンドウィッチという郷土料理で、手づかみで、かぶりついて食べるのです。」私はバスケットからサンドウィッチもどきを取り出して、かぶりついて見せました…が、男の頃と違って体のパーツが小さいので、ガブッではなくカプッといった感じでしたが。「そうやって食べるのか 珍しい料理だね、どれどれ…お、美味しい。 何このソース、とっても美味しいよケティ。」ふふふ、マヨネーズソースは無敵の調味料なのですよ。「ギーシュ様、そんなに急いで食べなくても、まだありますよ? ワインも用意してきましたから、どうぞ。」ワインが水よりも安い国があってたまるか、そう思っていた時期が私にもありました。トリステインはガリアやゲルマニアから流れる川の終着点なので、井戸水以外は基本的に飲用に適しません。その代わり、タルブなどのワインの名産地があるので、ワインの方が水よりも入手が容易いという状況が発生します。結果、未成年もワイン飲みまくりなわけなのですよ、この国。ちなみに私はスパークリングワインが好みですが、馬に乗って来る時に炭酸は危険なので、普通のワインにしました。ただ、私はこの状況に酒持ってきた事を数分後に後悔する事になります。「ケティ…僕は…僕はねぇ…君が欲しいんだ。」ギーシュ、あなたは酒飲むと欲望が解放される人ですか、そうですか。しかも、そんなにお酒に強くないんですね。「ぎ、ギーシュ様、正気に戻ってください。」ファーストキスどころか、貞操の危機なのですよ。一難去ってまた一難ですか、どーすんですか、この状況は!?「まずは君のその可憐な唇が欲しいなぁ、僕は。」ギーシュの顔がどんどん迫ってくるわけですよ。どうしましょう、一話目からこのぶっ飛んだ展開は!?仕方が無い…こうなれば…。「錬金!」錬金の魔法で手につかんだバスケットを鉛に変えます。火が専門とはいえこれくらいはできますよ、トライアングル舐めんな、なのです。「意識を失えええええええぇぇぇぇぇぇぇっ!」「へぷろっ!?」そのまま迫ってくるギーシュの後頭部に一撃。ギーシュは何とか昏倒してくれました…生きていますよね?その後意識を失ったギーシュを馬に乗せて、学院まで運び、医務室に連れて行きました。だって、でっかいタンコブが後頭部に出来ていて痛々しかったのですもの。ま…まあ、色々とイレギュラーは起きましたが、何とかこれで決闘フラグの下地は揃いました。後は召喚された才人に頑張ってもらうのみですね。