戦争とは一体何であるのか所詮、殺し合いなのです戦争に必要な大義とは何か大概、単なるイチャモンなのです戦争において正しくあるにはどうすればいいのか結論、そんなのは無理なので諦めてください「待って下さい!」背後からかけられた声に振り返ってみると、シエスタが居たのでした。「ミ…ミス・ロッタ、タルブが危ないって、本当なんですか?」顔を蒼白にしたシエスタが、シルフィードに荷物を積み込む私に話しかけてきたのでした。「ええ、ラ・ロシェールが壊滅し、タルブ近郊に進軍中との事なのです。」「私も、私も行きます!」気持ちは良くわかるのですが…。「これから私たちが赴くのは戦場なのです。 メイドが行く場所では無いのですよ。」「学生が行く場所でも無い筈です!」ズバリ言われてしまったのですよ…ですよねーと言わざるを得ません。「…わかりました。 土地勘がある人間がいたほうが救出作業も円滑に進むでしょう。」「ありがとうございます!」非武装のシエスタを連れて行くのは気が進みませんが…まあ何とかなるでしょう。「では、いきましょ…ぐぇ!?」シルフィードに乗り込もうとしたら、マントを思い切り引っ張られたのでした。「何時まで私達を居ない事にしているつもりなの?」「おほほほほ…。」私のマントを引っ張っていたのは、エトワール姉さまとジゼル姉さまなのでした。「ぐ…でも、この件はどう考えても反対されますし。」「反対しないわよぉ?」エトワール姉さまの返答は意外なものなのでした。ええと…マジですか?「ケティは人助けに行くんでしょ? 止めるわけに行かないじゃない、むしろ私もついていくわ。」さらっとついていくと宣言しましたね、ジゼル姉さま?「そろそろ行くわよ…って、ジゼルもついてくるの?」「ケティの居る所に私ありなのよ。」胸張って言わないで下さい、ジゼル姉さま。それじゃあストーカーみたいなのですよ…。「相変わらず妹大好きね、ジゼル…。 あなた胸無いけど、ナヨッとした感じの男に結構もてるのに勿体無いわよ、胸無いけど。」「胸無いを強調しなくていいわよ! あと私はナヨ系は苦手なの。 理想は私を格好良く守ってくれる王子様系なのよ…昔のケティなんか理想だったんだけど。」頼むから、それを引き合いに出してくれるな、なのです。「…あなたの妹大好きっぷりはよぉくわかったわ。」キュルケ、私に可哀相なものを見るような視線を送るのは止めて欲しいのです。「と、兎に角急ぎましょう。 急がないとタルブが危ないのですよ。」「そうね、急ぎましょう。」なんだか色々とダメダメな雰囲気になりながら、私達はタルブに向かって飛び立ったのでした。「そろそろタルブが近づいてくるのですね…。」「ああっ…村から煙が!?」シエスタが悲鳴のような声を上げたのでした。タルブと思しき場所から、幾条もの煙が上がっているのです。上空では、何かが飛び回っているのです。あれは…蒼莱、無事でしたか。「あ、船が沈んだ。」「竜騎士が見えないわねぇ…。」57mm砲で竜騎士を撃ち落としたのですか…。やれるのではないかと思ってはいましたが…。「…まさかハンス・ウルリッヒ・ルーデルみたいな真似を本当にやってのけるとは。」牛乳飲んで出撃する才人に、引きずられながら連れて行かれるルイズを想像してクスリと笑ってしまいました。「ハンス?誰それ?」キュルケが不思議そうに私に尋ねてきました。「才人の世界の英雄なのです。 史上最高の戦車撃破エースなのですよ。」ソ連のエースパイロットが乗った戦闘機をカノーネンフォーゲルで撃墜したかもしれないなんて話までありますし。まさに生ける伝説なのです…もう亡くなりましたが。「…何でうっとりしているのか、いまいち意味が分からないわ。」モンモランシーの胡乱気な視線がちょっぴり痛いのですよ。「兎に角、どこかに降下して救援活動に移りましょう。 低空飛行で見つからないように近づけますか?」「きゅい!」「ん、出来るって。」もはや、人語を理解できる事自体を隠す気ゼロですね、二人とも。シルフィードは高度を大幅に下げて、草原スレスレに飛んで行きタルブの近くに着陸したのでした。「これは…。」「なんて事に…。」喋っていないで、とっとと来るべきだったのですよ。少々急いだところでどうにかなるレベルの損害では無いのはわかりますが…。「お父さん!お母さん!皆!何処!?」シエスタが一目散に家に向かって駆けていきます。「待って下さい、離れないでシエスタ!」仕方が無い、何とか追いかけないとシエスタの身が危ないのです。「きゃぁっ!?」案の定シエスタの前に、二人のアルビオン兵が現れたのでした。「へっへっへ、女が残ってたのかよ。 こりゃ上だ…。」「吹き飛びなさい、炎の矢!」「…おぐぉあっ!?」すかさず一人を炎の矢の衝撃強化版で吹き飛ばします。「シエスタ、こちらに!」「はい、ミス・ロッタ!」シエスタが私の後ろに隠れました。「貴族だと!?領主の部隊は全滅したんじゃなかったのか!?」「我らはフロンド傭兵団! 義に拠ってタルブの民の救援に来たのです!」取り敢えず、例のでっち上げ傭兵団で名乗りを上げておくのです。「こんな小娘が傭兵かよ…。」「ええ、わかったら吹き飛ぶのですよ。 炎の矢!」もう一人も衝撃強化版炎の矢で吹き飛ばしたのでした。「また、つまらぬ者を焼いてしまったのです…。」メイジが接近戦に弱いのは確かなのですが、炎の矢でも気絶させるくらいは余裕なのですよ。「ケティ、大丈夫!?」ジゼル姉さまの呼ぶ声がしたのでした。「この程度にやられるほどではないのですよ。」そう言って振り向くと、心配そうな表情を浮かべた皆が居たのでした。「二人とも足が速いのだね。 何処にいるかわからなくなって、焦ったよ。」軽く息を切らしながら、ギーシュが安心した表情を浮かべて私達を見たのでした。「心配していただいてありがとうございます、ギーシュ様。」「うんうん、心配させるような行動をしては駄目だよ、ケティも、そこのメイド君も。」ギーシュが腕を組んでうんうんと頷いているのです。「ここに来るまでにざっと見ただけだけど、人の気配は無いわね。」「…となると、何処かに避難したのですね。」タルブの避難所なんて、記憶に無いのですよ。「シエスタ、避難所の場所を知っていますか?」「南の森に大きい洞窟があるんです。 非常時には皆そこに隠れる事になっていますわ。」成る程、そんなものがあったのですか。「では、皆さんの安否も確認したいですし、そちらに向かいましょうか。 あと、ロープはありませんか?」「何をするんですか?」不思議そうに首を傾げるシエスタなのでした。「あの気絶しているアルビオン兵を放っておくわけにも行かないでしょう。 縛って家の中に放り込んでおけば、他の者に通報される可能性も減るのです。」「成る程、確か…。」その時、シエスタの背後にアルビオン兵が現れたのが見えたのでした。「敵だーっ!」他の巡回の兵に見つかってしまったのですか、厄介な。「うわっ!?なんかわらわら来たわよっ!?」「取り敢えず応戦しつつ後退するのです!」取り敢えずファイヤーボールの呪文を唱えながら走るのですよ。…これは錬金と合わせたちょっと変わり種のファイヤーボールなのです。「ファイヤーボール!」炎の玉が一直線に飛んでいき…。「ブレイク!」アルビオン兵達の上空で炸裂して降り注いだのでした。「ぎゃああぁ!燃える、燃える!?」「だ、誰か火を消してくれぇ!?」兵士たちは火を消そうと転げ回りますが、炎が消える様子は全く無いのです。慌てて火を消そうとすることで、兵士たちの追跡は止まったのでした。「な…なんなのあのエグいファイヤーボール?」キュルケが走りながら私に尋ねて来たのです。「ファイヤーボールの中に錬金で作ったナパームを封入したものなのです。 名づけて、ねばねばファイヤーボール。」「ネーミングセンスが壊滅しているわね…。」余計なお世話なのですよ。「…でも、そんな事が出来るのね、知らなかったわ。」キュルケは感心したように頷いたのでした。「前に学院長の使い魔の鼠に制裁を加えた時に、火の玉の中に封じ込めた事があったでしょう? 魔法を魔法という形に維持する為、私達は無意識に器を作っているのですよ。 これを私は形成領域と呼んでいるのですが、実はこの中にはある程度までの大きさまでなら物を入れておく事が出来るのです。」「それ、大発見のような気がするんだけど…ゲルマニアの私に教えてよかったの?」かなりびっくりした表情で、キュルケが私に言ったのでした。「…そうだったのですか?」「アカデミーで発表したら、大騒ぎになると思うわよ?」ううむ、誰も驚かなかったので、てっきり大した事無いのだと思っていたのですよ。「ぬぅ…まあ、キュルケならかまいませんか。 誰かに積極的に知識を教えるような性格じゃありませんし。」「そう言われると、何か無性に誰かに教えたくなってきたわ。」その程度で拗ねないで下さい、キュルケ。「そろそろ着きま…。」シエスタがそう言った時…。「ウインド・ブレイク!」「きゃあああぁぁっ!」猛烈な風が吹いて、シエスタが吹っ飛んだのでした。「かはっ!?」「シエスタ!?」木に叩きつけられて動かなくなったシエスタに声をかけますが、返答がありません。「待ちたまえ、ケティ・ド・ラ・ロッタ!」「ファイヤーボール!」私は声がした方向に、すかさずファイヤーボールを叩き込んだのでした。「おわぁっ!?エアシールド!」ファイヤーボールは敵が作った風の壁に遮られて消えたのでした。「そこは普通、『何奴!?』とか尋ねる所だろう君っ!?」「そんな事情は知らないのですよ、敵は敵なのです! ファイヤーランス!」今度は遮られないように螺旋回転を加えて貫通力をあげたものを放ったのでした。「突き抜けたッ!? ええい、話す機会ぐらい与えろ、僕はジャン・ジャック・フランシス・ド・ワルドだ!」あれまあ、ワルドだったのですか。「あれ?何で風竜に乗って、才人に叩き落されていないのですか?」「あんなのと戦えるか!竜騎士が竜ごと柘榴みたいに飛び散ったんだぞ! 相手にしたら挽肉になって死んでしまうわ!!」まあ、57mm砲弾ですからねえ。コントラクト・サーヴァントで心を強化されている才人は兎に角、ルイズは次から次へと起こるグロ展開に目を回しているかもしれないのです。「それに僕は君のせいで何度も煮え湯を飲まされた。 僕が殆ど何も出来なかったのは君のせいだと気付いた時、どれほど口惜しかった事か。 そしてアルビオンでロイヤル・ソヴリンにイーグル号を突っ込ませて爆発させたのが君だと知った時、僕は確信したんだ。 君は僕にとって疫病神以外の何者でもないとなっ! 君を殺さないと、僕は前には進めんのだっ!」ううむ、ひょっとして命の大ピンチなのですか?これが介入したツケ、薮蛇ってやつなのでしょう…何時まで冷静な思考を維持できることやら?「ジゼル姉さま、ギーシュ様、モンモランシー、シエスタを連れて避難してください! 特にモンモランシー、シエスタの治療をお願いします。」「わかったわ。」「ああ、メイド君は任せたまえ。」ギーシュとモンモランシーは頷いたのですが、ジゼル姉さまは不満そうなのです。「私も残るわ!」「ジゼル姉さまは三人を守ってあげてください。 それに、トライアングルでないと、スクウェアを相手にするのは困難なのです。」正直、私たちでも何とかできる気はしないのですが。「この男の目的は私の命なのですから、相対しなければ追ってきません! ですから早く避難してっ!」「…わかった。 でも絶対死んじゃ駄目だからねっ!」そう言って、ジゼル姉さまは三人を追いかけていったのでした。「風のスクウェアって、自信過剰だから嫌いなのよね。 ミスタ・ギトーとか、嫌みったらしいったらないじゃない? ねえ、タバサ?」「ん、才能の無駄。」確かに、あの人がスクウェアだというのは才能の無駄なのですね。「ミスタ・ギトーは才能だけの役立たずですが、ワルド卿は実力も兼ね揃えた本物なのですよ。 二人とも、ゆめゆめ油断無きようにお願いするのです。」そう言いながら、私は杖を握りなおしたのでした。「貴方に大怪我追わせた相手だしね、死ぬのは勘弁。 本気で行くわ。」軽口を叩きつつも、キュルケの目は真剣そのものなのです。「ん。」タバサは一見いつもと同じ表情に見えますが、瞳に戦いの意思がこもっているように感じるのです。「君たちが僕の相手か…。 君なら、自分以外は引かせると思ったがね?」「故人曰く『戦いは数だよ、兄貴』なのです。 貴方は偏在を使ってくるのですから、私も数を揃えねばあっという間に細切れでしょう?」偏在を使うワルドに対抗するには、こちらも数をそろえなければ一瞬で殺されてしまうのです。嫌なのですよ、またどこかに記憶が転生するのは。「レディ相手にそこまでする気は無かったのだがね…宜しい。 そう言うのであれば、偏在でお相手しよう。 ユビキタス・デル・ウインデ…。」ワルドが偏在の呪文を唱えると、二体の偏在が現れたのでした。「三人のレディには、三人の私がお相手しよう。」「…裏切り者の癖に、随分と律儀な。」まあ、それだけ私たちを舐めているという事なのでしょうが。「…………。」キュルケの冷たい視線。「…薮蛇?」タバサの冷たい視線まで…ううっ。「ちょっぴり失敗なのです☆」二人の視線に、テヘッと可愛らしく謝ってみるのですよ。これで誤魔化されて欲しいのです。「ケティ着せ替えツアー、ポロリもあるよ。」とんでもなく露出度の高い服を着せまくるつもりですね、キュルケ?ポロリってなんなのですか、ポロリって。「星降る夜の一夜亭、ハシバミ草料理フルコース。」非常にわかりやすい要求で助かるのですよ、タバサ。「そんなので良いのであれば、何とかするのです。」正直な話、キュルケの要求はやめて欲しい所なのですが。「アルビオン軍はあと少しで撤退を余儀なくされるでしょう。 才人とルイズが何とかしてくれる筈なのです。」取り敢えず、この戦いは時間切れを待てば何とか切り抜けられる筈なのです。わかりやすく言うと、とっととエクスプロージョン唱えてアルビオン艦隊殲滅しやがれピンクワカメという事なのですよ。アルビオン軍が撤退を余儀なくされれば、ワルドも撤退せざるを得なくなるのです。でなければ、彼は祖国という名の敵地に取り残される事になってしまうのですから。「わかったわ、時間を稼げば良いのね?」「ん。」キュルケとタバサは頷いて、偏在に攻撃を始めたのでした。「くっ…そうであるならば、その前に君を殺させてもらうぞ、ケティ・ド・ラ・ロッタ!」「今回の私は、結構粘らせてもらうのですよ?」半ばわざと攻撃を受けた前回の私とは違うのだと…知らなくて良いのです。本音を言うと私の力量を舐めまくって欲しいのですよね、無理でしょうが。「エアカッター!」「ファイヤーウォール!」ワルドがエアカッターを放つと同時に、私は炎の壁を作り上げたのでした。「私の風の刃は火などでは防げぬよ!」「そうでもないのです。」私の心臓を狙ったエアカッターは、私の頭の上に反れて飛んでいったのでした。「なっ!?」「突き抜けましたが、外れたようなのですよ?」炎の壁から発せられた熱が空気を暖め、風の刃を逸らしたのでした。「では、これはどうかね? ライトニング・クラウド!」「バキューム・フィルム!」ライトニング・クラウドは私という目標を見失ったかのように近くの地面に落ちたのでした。「私にその魔法は通用しないのですよ、無意味なのです。」カッコイイ台詞を放って、虚勢を張ってみるのです。風魔法を防ぐのはやはり風魔法。ほぼ完全な真空の膜を瞬間的に作って術者と雷を絶縁する魔法なのですが、得意な系統とは違うのでかなり疲れる事もあり、何度もやれと言われたら無理なのですよ。「なっ…ライトニング・クラウドを防いだだと!?」びっくりしたでしょうね、真空で絶縁するなんて概念はこの世界にはありませんから。「貴様、どうやって防いだ!?」「防がねば死んでしまうのですよ?」手品は種が知られていないから手品なのですよ…さて、こんな小手先技で何時までもつのやら?ルイズ、さっさとやっちゃってください…。「エア・ニードル!」さあ来ちゃったのですよ、一番どうしようもないのが。「ファイヤーボール!」「当たらぬよ!」やはり避けられましたか。「ブレイド! …あうっ!?」私の心臓に迫るワルドの杖を、ブレイドでどうにか弾いたのでした…が、コケてしまったのです。「ふん、無様な姿だな…死ねっ!」「なんのっ!」ごろりと転がって何とか避けたのでした。「くっ、猪口才な!」「とりゃ!」ワルドがエアニードルを地面に突き立ててくるのを、またゴロゴロ転がって避けたのです。「往生際の悪い!」「この歳でそこまで達観できるものですかっ!」ゴロゴロ~。「避けるな!」「無茶言わないで欲しいのです!」ゴロゴロ~。「レディが地面を転がるなど、はしたないと思わないのかね?」「命あっての自尊心なのですよっ!」ゴロゴロ~。「はぁ…はぁ…はぁ…。 い…いい加減諦めたまえ!」「そ…そっちこそ、いい加減諦めるのですよっ!」ふと思い出しましたが、戦いの訓練を受けた人間でも、極端に低い位置にいる相手への攻撃など訓練していないので不得手なのでしたか。とはいえ、このままゴロゴロ転がっていても目が回ってしまうのですが。「ファイヤーボール!」「うわっと!」ワルドは足元に放たれたファイヤーボールを飛んで避けたのでした。「炎の矢!」「どわっ!?」そこにすかさず衝撃強化版の炎の矢を撃ち込んだのでした。「くっ…やりおるな。 だが、その程度で僕は死なんよ!」「立っているのは凄いのですが、そ…そんな姿でそんな事を言われても…プッ。」今の炎の矢のせいで帽子は吹き飛び、炎に曝された長い髪がちりちりになって膨らんでいるのですよ。なんというアフロ貴族、こんな緊迫した場面なのに笑いの神が彼に降臨したのです。「笑うなぁぁぁぁっ! ウインドブレイク!」「きゃあああぁぁっ!?」とっさの事に防御が出来ず、私は風に吹き飛ばされてゴロゴロと転がり木にぶつかったのでした。「あうっ!?」全身に電撃のような痛みが走ります。「あぅ…ぐ…。」まさか、こんな事で失態を犯すとは…。箸が転がっても可笑しい年頃なのが恨めしいのですよ。「こんな事で君は最期を迎えるのかね? まあ僕は構わんが。 そうだ、君を殺して亡骸をクロムウェル陛下の元に連れて行き、君を僕の忠実な僕として生まれ変わらせてあげよう。 君の聡明さとメイジとしての腕は敵として忌々しい限りだが、味方にすれば間違いなく頼もしいものだろうからね。 クロムウェル陛下の虚無の力はおぞましいばかりだが、僕に心の底から服従する君を想うとあれも素晴らしいものに感じるから不思議だよ。」 「こ…この変態。 女の子を服従させるとか公言するようになったら、人として色々と終わっているのですよ。」殺されるだけならまだしも、そんな事になったら最悪なのですよ。この世界は根底から覆り、ワルドの一人勝ちな世界になりかねないのです。「そうそう、君の仲間たちもそろそろ終わりそうだよ。 可哀そうに、君につきあったばかりに彼女らの人生もここで終いか。」幸いというべきでしょうか、ワルドがゆっくりとこちらに歩み寄ってくるのです。最後の手段を行使しますか…コルベール先生、勝手に魔法をパクってしまってすいません。「君にはゆっくりと…そう、ゆっくりと絶望しながら死に至らせてあげよう。」「それには…及ばないのですよ。」錬金で空気中の水分をガソリンに変換して…。「む…なんだこの臭いは?」そう言えばこの臭いって、都市ガスと同じでつけられたものなのですよね。私の固定概念のせいで、臭いまで一緒に再現されてしまうのは困ったものなのです。さあ食らいなさい、コルベール先生の一発芸…の効果範囲を絞って、見た目少しショボくした魔法なのですよ!「死になさい、『爆炎』!」「な…がぁ!?」私の上空で一気に炎が膨らみ、大爆発を起こしたのでした。今、私は煤で真っ黒でしょうね…ワルドが油断してくれて助かったのです。「……………。」ワルドは玩具みたいに吹っ飛んで行き、背中から木にぶつかって動かなくなった…かと思ったら、風にすぅっと溶けていったのでした。ちなみに私が至近距離に居ながら吹き飛ばなかったのは、地面効果というもので爆風が横に広がったからなのです。「偏在!?」まさか、キュルケとタバサのどちらかと戦っているのが本物なのですか!?「どちらが本物…。」力量的に…キュルケなのですね!あのヒゲ、意外と狡っからい所がありますから。「キュルケッ!私が行くまで持ちこたえてくださいっ!」私がキュルケ達が戦っている所に行くと、そこには満身創痍でかろうじて立っているキュルケと、それに『治癒』をかけるボロボロのタバサが居たのでした。「大丈夫なのですか、キュルケ?」どう見ても大丈夫そうではありませんが、一応声をかけてみたのです。「このくらい、問題無いけど…遅いわ。 たかが風のスクウェアごときにどれだけの時間を食ってんのよ?」そう言いながら、キュルケは笑って見せたのでした。「いやいや、キュルケの中でどんだけ無敵なのですか、私は。 それよりもタバサ、キュルケの容体は?」「重傷、死に至る程では無い。」それは良かったのです。「タバサは?」「制服はもう駄目。」流石は北花壇騎士というか、生存能力高いのですね…。「ところでワルド卿は?」「唐突に消えたわ。 私のは偏在だったみたいね。」そう言って、キュルケは地面に膝をついたのでした。「同じく。」タバサも偏在…?「私のも偏在だったのですよ…という事は、あれは偏在の偏在?」偏在で偏在を作り出すとか、非常識にも程があるのですよ。「という事は、本体は言ったどこ…にっ!?」「僕はここだよ、ミス・ロッタ。」悪寒がしたのでとっさに体を動かすと、左肩に杖が突き刺さっていたのでした。「ぐっ!」「ケティ!?」キュルケが悲鳴のような声を上げて、私の名を呼んだのです。「気づいたのかね? 心臓を狙ったのだが…勘の良い娘だ。」「たった一つの命なのです。 そうそう簡単に殺されてたまるものですか…っ!?」ブレイドで斬りかかったのですが、いとも簡単に腕を取られて捻り上げられてしまったのでした。「君の細腕でそれは無茶というものだろう?」「女の子の腕を捻り上げながら気障っぽく微笑んでも、気持ち悪いだけなのですよ。」とはいえ、このままだとざっくり刺されてしまうのですよ。この至近距離で使える魔法は…。「バースト・ロンド!」「どぅおぁっ!?」突如全身を舐めまわすように起きた小規模な爆発に、ワルドはびっくりして腕を離したのでした。「ウィンディ・アイシクル!」「何とっ!?」それに呼応するかのようにタバサのウィンディ・アイシクルが放たれ、それをワルドが避ける間に、私はワルドの腕の中から逃れたのでした。「大丈夫?」「なんとか、大丈夫なのです。」とはいえ、かなり痛いわけなのですが。「良い腕だ…流石はガリアの北花壇騎士だな、シャルロット姫?」「私はタバサ。」そう言って、タバサは杖を振り上げたのでした。「エア・カッター。」「ふっ、そんなものはあたら…げほぁ!?」タバサはエア・カッターをおとりにして、杖でワルドの腹を突いたのでした。「…この杖、重いから、痛い。」そう言って、くの字に体を折り曲げたワルドに、杖を一気に振り下ろしたのでした。「死ぬ程。」「うわっ!?」躊躇なく振り下ろされた大きな杖を、ワルドは横に転がって避けたのでした。「やるなっ!」ワルドは素早く起き上がると、杖にブレイドの魔法を纏わせタバサに斬りかかって行ったのです。「大振り過ぎ。」タバサはそれを杖で受け流して、更にワルドを杖で引っかけて引っ張ります。小さいタバサに背の高いワルドが為す術もなく引っ張られて転がされたのでした。「なっ、どうやって!?」「体重移動がいまいち。」そう言って、タバサが杖で立ち上がろうとするワルドの背中を思い切り殴りつけたのです。「がっ…は!?」悲鳴も上げられずに、ワルドは再び地面に倒れ伏したのでした。「ぐ…き、貴様、実力を抑えていたな?」「私は、接近戦が苦手だとは一言も言っていない。」あまり感情のこもらない瞳で、タバサはワルドを見下ろしているのです。「…タバサって実は滅茶苦茶強い?」キュルケがごくりと唾を飲み込んでいるのです。「1つ言えば、今のワルド卿は片腕を才人に斬られたままで、回復しきっていない筈なのです。 とはいえ、あの様子を見ると、少なくとも接近戦では才人よりも強いでしょうね、現状は。」まさかタバサがこんなに接近戦無双だったとは…。「あれ…何?」その時でした。キュルケの呆けたような声に振り向いてみると、眩いばかりの白光がアルビオン艦隊を薙ぎ払っていく様が私の視界に入ったのは。「あれはまさか…虚無?」愕然としたような、ワルドの呟きが耳に入ります。「ルイズがとうとう己の系統に目覚めたのですね。」「まさか、貴方の言った事が本当になるとはね、ケティ。」私とキュルケは光に貫かれたアルビオンの軍艦が、爆散炎上しながら墜落して行く様を眺めていたのでした。「この後に起きる事を考えると頭が痛いのですよ、この国の正統はラ・ヴァリエールにあるという事が証明されてしまったのですから。」「受難だわねえ、私はゲルマニアだから関係無いけど。」何をおっしゃる兎さんなのですよ、キュルケ?「ツェルプストーはラ・ヴァリエールの恋人や妻や夫だけではなく、息子や娘すらも何度か娶っているでしょう?」娶ったというか、誑かして奪ったという方が正しいのですが。「まあ確かに、当家は何度か可哀相なラ・ヴァリエールに愛を与えているけど…。 ああ、そう言う事ね、私も頭痛くなってきたわ。」そう言って、キュルケは頭を抱えたのでした。「トリステインの王位継承権獲得、おめでとう、なのですよ。」ラ・ヴァリエールが傍流では無く正統であったことがルイズで証明された以上、全く望んでいないにせよ姻戚関係を深めて来たフォン・ツェルプストーにも継承権が発生するのです。まあ、フォン・ツェルプストーは無かった事にするでしょうけれども。「王位継承権だなんて野暮なもの、冗談じゃないわよ。 ああ、ご先祖様の馬鹿!」キュルケはがっくり肩を落としたのでした。「くっ、僕の理想が…希望が…っ!」その声に振り向いてみれば、タバサに杖を突き付けられたまま、ワルドが嘆いているのでした。「宗教的な解釈をすれば、始祖の力たる虚無が、虚無の名を騙る背教者達に最初の裁きを下した…と言ったところでしょうか。」まあ、背教者という意味なら、私が真っ先に裁かれそうなのですが。「それはどういう意味だ!?」「前に言ったでしょう、アンドバリの魔力は虚無に非ずと。 オリバー・クロムウェルの行使する魔法は虚無ではありません。 先住魔法すら凌駕する程の強力なものですが、あれは水魔法なのです。」強力な水魔法は地球の医者が見たら、発狂するレベルのチートなのですよ。上半身と下半身が泣き別れの死体をくっつけて蘇生させるとか、無茶にも程があるのです。「ば…馬鹿な、あれが水魔法だと?」「蘇生は治癒の延長線上にある魔法なのです。 水系統を虚無の系統と偽った詐欺師とその仲間であれば、裁きを受けるに足るのですよ。」あれ?そう言えばクロムウェルはいったい誰を蘇生させたのですか?聞いてみますか。「…ところで、クロムウェルが蘇生させた者とは?」「言うと思うか?」言う気は無いのですか…まさか、王太子を蘇生させたのですか?どうやって?黒焦げで粉々になっている筈の王太子をどうやって蘇生させたのですか?「まあ、あとでじっくり聞けば良いのです。 話したくないなら、進んで話したくなるようにすれば良いだけの話ですし。 …タバサ、ワルド卿を気絶させて下さい。」「ん。」タバサが杖を振り上げたその時でした。「私はこんな所で潰えるわけにはいかぬのだ! カッタートルネード!」「きゃあああああぁぁぁぁっ!?」ワルドの呪文と同時に、剃刀状の無数の刃を持つ竜巻が私達を巻き込んだのでした。「さらばだ!この怨み、次に遇った時には必ず晴らす!」その声と共にワルドは走り去って行ったのでした。「いたた…いかなスクウェアスペルとはいえ、偏在を使ってしかも散々魔法を放った後ではあんなものなのですね。」細かい切り傷だらけになりましたが、この程度なら治癒で跡形も無く直る筈なのです。「け…ケティ…ちょ、ちょっと、後ろ、後ろ…。」「後ろ?」キュルケが痛々しいものを見る視線を私に向けて居るのです。怪我なら大した事は無いのですが…。「後ろの髪。」「髪?」タバサまでもが沈痛な表情を浮かべているのですよ。嫌な予感がして、腰まで伸びていた髪の毛を触ろうとしたら、触れないのです。「鏡は…あったのです。 どれど…きゃあああああああぁぁぁぁっ!?」わ、私の髪が、腰まで伸ばしていた髪が肩辺りでざっくりと無くなっているのですよっ!?「せ…折角伸ばしたのに…あああ、あそこまで伸ばすのに、どっ、どれだけの時間と手間がかかったと思っているのですか、あの髭帽子いいいぃぃぃぃぃぃぃっ! 今度遇ったら、この世に生まれ出てきた事を心の底から後悔させてやるのですよ!」鍛錬しかないのですね、ええ、鍛錬なのですよ。こうなったらスクウェアクラスに開眼して、火魔法でプラズマに換えてやるのです。「ファンタジーにあるまじき、SFチックな死に様をプレゼントしてあげるのです! それまでその命、取って置くが良いのですよ! おーっほっほっほっほっほっほっほっ!」ぜぜぜ、絶対に、絶対に許さないのですよ、あのヒゲっ!「ケティ、壊れた?」「大丈夫よタバサ、甘いものを摂取すれば治る筈だわ。」二人とも、私を何だと…。「おーっほっほっほっほっほっほっほっほっ!」森の中に、ヤケクソ染みた私の笑い声が響き渡ったのでした…。戦闘が終わった後、私達は森の中でギーシュ達と再会したのでした。「ぎゃああああああああああああっ!?」私に走り寄ってきたジゼル姉さまが悲鳴を上げたのでした。「け、ケティ、その髪、その髪どうしたの!?」「ワルド卿にバッサリとやられたのですよ、ふふふふふふ…。」あのヒゲ、絶対コロス。「ああ~、これは私でも治せないわ。」モンモランシーにあっさり匙を投げられてしまったのですよ…まあ、仕方がありませんが。「毛の伸びを早くする薬ならあるけど、アレ使うと全身の毛が満遍なく伸びるし。」髪を伸ばす為だけにサスカッチやイエティと化す気は無いので、流石にそれはパスなのです。「しかし、あのワルド卿に勝つとは、三人とも強いのだねえ。」「連携がうまくいった。」タバサがそう言って頷いたのでした。「そうよ、さすが私達!」「あははははは…。」実際に勝ったのはタバサだけなのですが、タバサに黙っておくように頼まれたので、三人の連携の勝利という事にしておいたのでした。「お、遅れました…って、ミ…ミス・ロッタ、その御髪は…?」遅れてやって来たシエスタが、長さが半分以下になった私の髪を見て絶句しているのです。「ああ、これはワルド卿が逃亡する際に放った魔法でバッサリと…うふふふふ、絶対に、絶対に許さないのですよ、うふふふふふ…。」「ミス・ロッタ、そ、その微笑み怖すぎですわ。」怒りが抑えきれなくなるので、その話題は出来る限りやめて欲しいのです。「甘いものが必要?」「そうね、一刻も早く甘いものが必要だわ。」だからキュルケにタバサ、私は別に脳の糖分が欠乏し気味でキレっぽくなっているのではないのですよ。「おっ、才人達も来たようだね。」蒼莱が徐々に高度を落としながら、こちらに近づいてきているのです。あれはたぶん、タルブに以前作った仮設滑走路に着陸しようとしているのですね。「トリステインの危機を救った英雄の凱旋だ。 迎えに行こうじゃないか。」そう言って駆けて行くギーシュに続いて、私達は仮設滑走路へと駆けていったのでした。「タルブのみんな、無事かー…って、何でケティ達が?」蒼莱から降りてきた才人が不思議そうに私達を見たのでした。「才人が空で戦っている間に、タルブの人を助けようと思って来たのですよ。 皆既に避難していて無事でしたが。」「そうか、無事だったか…あれ? ケティ、髪は?」顔見知りの人には、暫く同じ問いをされそうなのですね。「ワルドが現れたのよ。 あたしとタバサとケティで何とか追い返したんだけど、ワルドが逃げる時に使った魔法でケティの髪がバッサリと…ね。」「ワルドが?なんて酷い事を!? 女の子の髪を切り落とすなんて最低だわ! なんて人!最低!」キュルケの説明を聞いて、後から追いついて来たルイズが、話を聞いて憤慨してくれています。「まあ、首で無くて良かったと割り切るしかないのですよ…グス。」皆が集まって、安心したせいでしょうか、涙が出てきたのです。「ちょ…何でこんなに涙がグス…グス…。」涙が止まらなくなった私の頭に、ポンと小さな手が置かれたのでした。「よく考えたら年下。」タバサが少し背伸びして、私の頭を撫でてくれています。「…そう言えばそうだったな。」才人も私の頭を撫で始めたのでした。「色々とショックだったんだよな、頑張ったよケティ。」「すいません才人…グス、何故だか涙が止まらなくて。」私はそんなに髪の毛に執着していたのでしょうか?それとも、平気なつもりでしたが、色々と心に溜まっていたのでしょうか。私自身にも分からないのです。「大丈夫だから、俺がついて…ぶっ!?」「貴方は退いてるの! ケティ、お姉ちゃんが抱き締めてあげるから、安心するのよ?」才人が私の両肩をつかんだ…のを押しのけて、ジゼル姉さまが私を抱きしめたのでした。「はぅん、ケティ柔らかい、良い匂い~。」いや、たぶん非常に焦げ臭いと思うのですが…?「駄目よジゼル、貴方の薄い胸じゃ母性に欠けるわ。 本当の抱擁というものを教えてあげる。」「ちょ、何すんのよキュルケ、うわ、ちょっと!?」ジゼル姉さまがキュルケに引き剥がされ、私はでかい二つの塊にばふんと挟まれたのでした。息が…苦しいのですよ…?「キュルケずるいわ、わたしも、わたしも。」ルイズ、これは別にそういうイベントというわけでは…。「ギーシュ? 何であっちに向かおうとしているのかしら?」「え?あはははははは…。 いや、レディを優しく慰めるのは僕の役目かなーなんて…ちょ、モンモランシーその構えはな…ふんぎゃー!」夕暮れのタルブに、ギーシュの悲鳴が響き渡ったのでした。まあつまり、結局いつもの皆という事なのですね。