髪は女の命と申します長い髪は弛まぬ努力の結晶なのです髪は女の命と申します伸ばし始めてから、どんだけ苦労したと思っているのですかっ!髪は女の命と申しますこの怨み、いつか必ず晴らして見せるのですよあの戦いの後、その場でパッと見普通な感じに髪を整えて学院に戻ってきていたのですが、やはり滅茶苦茶なので切ってもらう事にしたのでした。「こんな綺麗な御髪なのに…。」シエスタが私の髪をジョキジョキと鋏で切っているのです。「残念ですが、中途半端な状態にしておくわけにもいかないのですよ。」「はい、ミス・ロッタにに合うように頑張らせていただきますわ。」シエスタは他の使用人の髪も切っているらしく、非常に髪を切るのが上手いそうなのです。「でもこの鋏、凄く切れ味いいですねぇ。」「エトワール姉さま作の鋏なのですよ。 焦土のエトワールが作った品なのですから、良いのは当たり前なのです。」鋏のデザインを地球の理容鋏そっくりになるように助言はしましたが、それ以外はエトワール姉さまの腕なのです。「本当に素晴らしい鋏ですわ、ミス・ロッタ。 本当に貰っても良いんですか?」「良い腕を持つ者には良い道具を。 当然の選択なのですよ。」実は学院付きの理容師が、何故か軍に徴用されて居なくなってしまったのですよね。そんなに軍は理容師が不足しているのでしょうか?「ありがとうございます、ミス・ロッタ。 これであの二人の赤い糸もチョキンと出来れば…うふふふ。」不穏な台詞が聞こえるのですよ。「はい、こんなものでどうでしょうか?」一番短い部分を基準に切りそろえられた髪は以前の半分なのです。男装の頃も、これよりも長い髪を後ろでまとめていたので、たぶんこの人生における髪の毛の長さの中でもかなり短い部類に入るのですよ、今の状態は。おのれ、あの髭帽子…今度会ったら絶対にあの胡散臭い髭を剃り落してやるのですよ!「あと…ですね、ミス・ロッタ。 できればあれを少々分けていただけないかな…と。」シエスタが指差したのはパウルが『新商品の試供品ッス』と送りつけてきた、色とりどりに染色された毛糸なのでした。手紙には『出来ればそれでマフラーとか編んで秋頃に送って欲しいっス』とか書いてあったので、後でエトワール姉さまに編んで貰って送り返すことにしようかと思っていたのです。「ひょっとして、これで才人にマフラーかセーターでも編むのですか?」ええと、今は初夏…日本とは違ってハルケギニアの夏は湿度が低くて爽やかではありますが、マフラーやセーターを着られるほど涼しくもないのですが。「あ…はい。 この前サイトさんにソウライに乗せて貰った時、寒かったので。 村を助けてもらったお礼にマフラーを編もうかなって思ったんですの。」「成る程、夏でも上空は確かに寒いですからね。」ナイスアイデアなのですよ、シエスタ。「いい考えなのですね。 好きに使っていいから持って行きなさい、その代わり二つ作ってもらえませんか?。」ついでにパウルの分も編んでもらう事にしたのでした。「誰かに差し上げるんですか?」「ええ、パウルと名前を入れてください。 私は編み物がどうにも苦手なのですよ。」何でマフラーを編んでくれと言うのかいまいちわかりませんが、欲しいと言うのでしたら普段の働きもありますし、編んで送り返したって良いのです。「そ、それ、ひょっとして!?」「ひょっとして?」何でガッツポーズしているのですか、シエスタ?「そうですわ、なんでしたらミス・ロッタの名前も入れましょうか?」「いえ、パウルが使うので、私の名を入れる必要は無いのですが。」何故に私の名前を?「ところで、何処の何方なんですの、パウルさんって? 大貴族のご子息とかですか?」「いいえ、私の私的な使用人ですが。」大貴族のご子息?よく知っているのだとギーシュくらいしか居ないのですよ。「使用人…禁断のアレですね、わかります、わかりますわ。」「禁断…?」なんとなく、シエスタと私の認識のズレがわかってきたのですよ。「シエスタ?」「はい、何でしょうか?」何で目がキラキラ輝いているのですか、シエスタ?「貴方の想像と現実には天と地ほどの落差があるのです。」直接わかりやすいようにダイレクトに直々にぶっちゃけて言わないと駄目なのですね。「私とパウルはそういう関係ではないのですよ。」勘違いされても困るのです。「でも、人に頼むとはいえ手編みのマフラーを送るって、特別だと思いますけど? とってもトレビアンですわ。」「私は彼の忠勤にちょっぴり報いてあげたいなというだけなのですが。」特別…と考えて、パウルの調子に乗ったアホ面を思い出してみますが、欠片もときめかないのです。むしろ、少々殴りたくなってきたのですが。「皆まで言わずともわかっていますわ、ミス・ロッタ。 うふふふふふふふふ…。」何だか…不吉な予感がするのですよ。数日後、散歩をしているとヴェストリの広場に開いた穴の中で、激しく足踏みをしているルイズを発見したのでした。「おやルイズ、新手の宗教儀式か何かなのですか?」「ここを見つけるとは…やるわねケティ。」穴の中にはデルフリンガーとヴェルダンデも居たのでした。「よう、腹黒い娘っ子。」「ぎゅ!」デルフリンガーはカチャカチャと鍔を震わせながら話し、ヴェルダンデは右手をびしっとあげて見せたのでした。「こんにちは、デルフリンガーにヴェルダンデ…って、誰が腹黒い娘っ子なのですか、誰が。」「勿論おめえの事だよ、娘っ子。」純情可憐な乙女に向かって何を言いやがるのですか、この駄剣は。「とう。」「あだぁっ!?」穴の中に飛び降りる時にデルフリンガーの柄を踏み台にして降りたのでした。「ああっ、おれを踏み台にしたぁ!?」「どこかで聞いたような台詞なのですね。」まあ、それはどうでもいいのですよ。「ルイズ、ルイズ、いったい何を見ているのですか?」じーっと一定方向を凝視したままのルイズに取り敢えず尋ねてみました。「何も見ちゃいないわ。」そう言うルイズの視線の先には…。「おやまあ、才人とシエスタではありませんか。 マフラーがもう出来たのですね、流石シエスタ仕事が速いのです。」「まさか、あんたの差し金なの?」ルイズが半眼で睨み付けて来たのでした。「シエスタに才人へお礼がしたいから毛糸を分けて欲しいと頼まれたので、分けてあげたのです。」「余計な事を…。 マフラーくらいならあたしだって作れるわよ。」この前見せてもらったヒトデ型クリーチャーの縫い包みの出来栄えを見る限り、ちょっと難しいかなと思うのですが、言わぬが花なのです。「おお、ずいぶん長いなと思ったら、二人用としても使えるマフラーだったのですね。」「な、ななななななっ!?」いつの間にか基本白地に青い一本線の入ったマフラーを才人とシエスタが首に巻いてベンチに座っているのです。何を喋っているのかは聞き取れませんが、兎に角ウフフアハハと笑う声は聞こえてくるのです。「なんというベタな、でも男が弱いシチュエーション。 どこで聞き知ったのやら…狩人なのですよ、今のシエスタは。」「あああああのメイドっ!?」 ルイズの顔が真っ赤になり、再び地団太を踏み始めたのでした。「シエスタが顔を近づけて…目を閉じた!?」ちょ!?いくらなんでもそれはまずいのですよ。ルイズの目の前でキスとかされたら、いろいろと滅茶苦茶になってしまうのです!「ななななな、何か、何か策は…。」「こういう時は…こういうのがものを言うのよっ!」そう言って、ルイズは拳大の石を上空に放り投げてからジャンプし、体を縦に回転させながら足で思い切り蹴り飛ばしたのでした。「お、オーバーヘッドキック!?」「全く、余計な体力を使わせるんだから、あの駄犬。」ルイズは地面に両手で着地すると、そのまま両腕を使って再びジャンプし、くるりと回転して元に戻ったのです。ど…どんだけ身軽なのですか、ルイズ?「うぎゃぁっ!?」石はサイトの後頭部にクリーンヒット…生きていますよね才人?「きゃあああぁぁぁっ!?サイトさんしっかりっ!?」諾々と頭から血を流して倒れる才人をシエスタが必死で介抱しているのです。「当然の報いだわ。」「浮気は死あるのみという事なのですね…。」勉強になるのですよ。「おや、君たち…新手の宗教儀式か何かかね?」「二番煎じは面白くないのですよ、ギーシュ様?」穴の上から、ギーシュが私たちを見下ろしていたのでした。「ちょうどいい所に…大至急モンモランシーを呼んで来てもらえませんか?」「面白くないとか言われた上に、使いっ走りかね!?」確かに無茶苦茶なのはわかるのですが。「才人が頭に投石を受けて昏倒中なのです。 一刻も早い治療が必要なのですよ…で、モンモランシーの居場所を一番よく知っているのはギーシュ様、貴方だけなのですよ。」とは言え、モンモランシーは大抵実験室と化している自室に引き篭もっているわけなのですが。「つまりギーシュ様、貴方だけが頼りなのです。」とか言いながら、目を潤ませギーシュを見上げつつ、制服の隙間から胸の谷間が見えるように角度を調整してみたりするのですよ。…キュルケから聞いた技を使ってみましたが、効きますか?「し、しょうがないな、れ、レディに頼まれたのならしょうがない、しょうがないね、うん。」視線が私の顔よりも少々下なのですよ、ギーシュ…。「よ、よーし僕、張り切って探してきちゃうぞー!」変なテンションになったギーシュが、モンモランシーを探しに去って行ったのでした。「さてと、私も偶然通りかかったふりをしてあちらに行くのです。 応急措置くらいは出来るでしょう…ルイズはどうしますか?」「行かない。」はぁ…まったくもう、どうにもツンデレさんなのです。「来たくなったら来て下さい。 …あと、あまり意地を張っていると、いつか誰かに横からさらわれるかも知れないのですよ。 案外、貴方が昔から大好きで尊敬している人とかに。」「ど、どういう事?」ルイズがびっくりしたように私を見つめているのです。「言葉の通りなのですよ。 才人はああ見えて、結構もてるのです。 貴方がしっかりしていないと、私も危ないかも…なのですよ?」「ええっ!?」そう言って、私は才人のほうに歩いていったのでした。「あああああ、ミス・ロッタいい所に! サイトさんが、サイトさんがっ!」テンパりまくったシエスタが、あたふたしながら才人を揺すっているのです。「シエスタ、取り敢えず揺するのをやめてください。」「え?あ、はい…。」シエスタは揺するのをやめたのでした。「うーむ…陥没とかは無いようなのですね。 自発呼吸よし、脈もあると…出血が結構酷いのですね。 とは言え、頭部は他の部位に比べて出血が激しくなりやすいので、傷はそれほど深くはない筈なのですよ、たぶん。」正確なところは、モンモランシーに見せてみなければ言えませんが。「あ、あの、ミス・ロッタ。 そんな落ち着いている場合じゃあないのでは?」「ギーシュ様にモンモランシーを呼びに行って貰ったのです。 だからもう大丈夫なのですよ、安心してくださいシエスタ。」頭部の止血方法なんて知りませんし、取り敢えず傷を押さえて血が出るのを留めるしかないのですよ。まったく、こんな時に何も出来ない火メイジは、無力にも程があるのですよ。「ケティー!モンモランシーを呼んできたぞー!」「ちょっとギーシュ!手を離しなさいよこの莫迦!」ギーシュがモンモランシーを引き摺るようにしてやってきたのでした。「もう、一体何なのよ? あら、そこに倒れているのはサイト?」「ええ、実はどこからともなく飛んできた石に頭を直撃されてしまいまして。」石が勝手に飛んできたような物言いですが、まさかルイズの事を言うわけにも行きませんし。「何それ?」「原因が不明だから、そうと言うしかないのですよ。」全く…困ったものなのです。「…まあいいわ、兎に角飛んできた石がぶつかったのね。 診療料金はサイトに後で請求するとして…うーん、骨も大丈夫そう。 頭の傷を塞げば数日で完治って所ね。」「あ…安心しましたぁ。」私も内心安心したのでした。大体私の見立て通りでよかったのですよ。「ちょっと待っててね、今治癒で傷を塞ぐわ。」モンモランシーが「治癒」を唱えると、才人の頭の傷は見る見るうちに塞がっていったのでした。「よし…っと。 これで何とかなる筈よ。」将来はハルケギニアのブラックジャックになれるかもしれないのですね、モンモランシーは。「あ、そうだ。 もしも目を覚まさなかったり、目を覚ましても数日後に意識が朦朧としてくるような事があったら教えてね?」才人の頭にこびり付く血を水魔法で水を出して流しつつハンカチで拭き取っていたモンモランシーが、ふと顔を上げて言ったのでした。「そういう状態の場合、どうするのですか?」「頭に穴を開けて血を抜くのよ。 でないと遅かれ早かれ死んじゃうし。」モンモランシーは、さらっとそう言ってのけたのでした。縁起でもないのですよ、いやホント。「まあ、頭に穴を!? 穴を開けるだなんて、そんな…うーん…。」シエスタは目を回して、私の方に倒れ掛かって来たのでした。「モンモランシー、シエスタが気絶してしまったではありませんか?」「う…平民には刺激が強かったかしら?」気絶するシエスタを見て、モンモランシーが少々困った顔になっているのです。「いえいえ、貴族にも刺激が強かったようなのです。」そういって、私はモンモランシーの隣に視線を移しました。「あ、頭に穴…うーん。」ギーシュも気絶していたのでした。「ずこー!?」それを見て、モンモランシーがずっこけたのは言うまでもありません。才人ですか?さすが主人公属性持ちと言いましょうか、目を覚ました後は何のダメージも無く元気そのものなのでした。その夜…ルイズの部屋のドアの向こう側から聞こえる才人の悲鳴を無視しつつ自室に戻ると、机に手紙が置いてあったのでした。「タバサ、これは誰が持ってきたものなのですか?」いつものように定位置で、静かに本を読んでいるタバサに尋ねてみました。「使者。」「誰の使者なのですか?」…それだけじゃあ、簡潔過ぎてわからないのですよ、タバサ。「マザリーニ枢機卿。」「ああなるほど枢機卿ですか…って、ええええええええぇぇぇぇぇっ!?」鳥の骨に呼び出されるような事を私がしたでしょうか…していますね、ええ、してはいるのですが。「いいノリツッコミ。」そこでサムズアップされても困るのですよ、タバサ。「よ、予想よりも呼び出されるのが早いような?」取り敢えず手紙を読んでみましょうか…なになに?「成る程…ついに姫様とも対面しなくてはいけないわけですか。」要約すると、『才人とルイズが姫様改め女王陛下に呼び出されたからついでに来てくれ。つーか今回の件もお前が首謀者だろ?』「バレテーラ。」「?」まあ、ばればれなのは最早しょうがないのですよね。「気は進みませんが、会わなければ色々と始まりませんからね。」本当に、本当に気が進まないのですよ。「はああああぁぁぁ…。」私の溜息が、部屋の中に響き渡ったのでした。戴冠式も終わった数日後、私達はトリスタニアの王城まで来ていたのでした。「な…なあ、俺の格好浮いてね?」挙動不審になっている才人が、きょろきょろと周囲を見回しながら、自信なさげに歩いているのです。「いいえ、似合っていますよ。」「…意外と、似合っているわ。」才人もいつものパーカー姿というわけにはいかないので、トリステイン魔法学院の制服に着替えているのでした。「で、でもさ、みんなマントだぜ?」王宮の中心部分ともなると、女官も全部貴族。確かに右も左もみーんなマントなのですよね。「そういう意味では浮いているかもしれませんが、格好としては問題無いのですよ。」魔法学院の制服を着た才人というのも、なかなか新鮮で良いと思うのですよ。「そうそう、下らない事を気にしないで、ちゃっちゃと歩きなさい、ちゃっちゃと。」「ふゎーい。」才人はやる気なさそうに返事をしたのでした。衛兵に名を告げ、少々立ってから通されたのは、貴賓用の接待室と思しき場所なのでした。「ルイズ!ああ、ルイズ!」「姫さ…もがっ!?」二人の抱擁は、姫様の胸元にルイズが包み込まれる状態になったのでした。「むー!むー!」いきなり視界を閉ざされたルイズが、何事かと腕をじたばたさせているのです。「すげえ…。」才人、鼻の下が伸びているのですよ?「あら、ごめんなさい。 私ったら嬉しさに我を忘れてしまったわ。」「いきなり柔らかいのに包まれて、何が起こったのかと思いましたわ…。」キュルケ程ではないにしろ、姫様もかなり大きいですからね。「お久しぶりでございます姫様…いえ、もう陛下とお呼びせねばいけないのでしたね。」「まあ!まあ!なんて他人行儀なんでしょう! 礼儀も過ぎれば、失礼というものだわルイズ。 私達は親友ではなかったの?」いつもの事ですが、姫様は何をするにも少々演技がかっているのですよね。観劇も大好きですし、生まれが違えば女優になっていたのかもしれないのです。「いいえ、わたしは姫様の親友で間違いありませんわ。」「よかったわルイズ、それならば呼び方はいつも通りでいいでしょう?」枢機卿が目で駄目ですと言っていますが…まあ、今回に限っては無視しても良いでしょう。「では今までどおり、姫様と呼ばせていただきますわ。」ルイズも頷いて、にっこりと笑ったのでした。「ありがとうルイズ、私的な時間まで陛下陛下では肩が凝ってしょうがないもの、やめにしましょう。 つくづく王なんて野暮な職業には就くものではないというのが、ここ数週間で実感できたわ。 そこにいる枢機卿や大臣や文官達が次から次へと決裁の書類を持ってきて、それに全部目を通して理解してからサインをしなければいけないのよ。 その合間にはお茶を楽しむ暇も無く、面談を求めてくる貴族達にニコニコ応対。 一日の予定が全部終わればもう夜中というより朝方で、疲れ切ってベッドに倒れ込んで意識を失う事だけが唯一の楽しみな毎日なの。 忙し過ぎて死んでしまいそう!お母様も気軽に娘に譲り渡すわけよね。 退屈になる暇も無いくらい忙しいわ窮屈だわ手は疲れるわ顔は笑顔のまま引きつるわで、日々が退屈だった王女の時代がどれだけ貴重だったのかを今更ながらに思い知らされている所だわ。」「そ…それは何と言うか、ご愁傷様ですわ姫様。 私にも何かお手伝い出来る事があれば良いのですけれども。」何というデスマーチ女王、ルイズも引き攣った顔で返事を返すしかないのですよ。確かによく見れば以前見た時よりも頬がこけていますし、目の下にもメイクで隠し切れないクマが出来ているのが見えるのです。これは公務を放り出していた先代女王陛下のせいなのですね、間違いなく。姫様は母親を一発殴っても良いような気がするのです。「ルイズ、貴方のその言葉だけで、頑張ろうって気持ちになれるわ。 あら、ルイズの使い魔さん…と、もう一人は誰かしら?」片膝をついて頭を下げたままの私に気づいたのか、姫様が尋ねてきたのでした。「ケティ・ド・ラ・ロッタでございます、女王陛下。」私はそういうと、顔を上げて見せたのでした。「陛下の思い人に死に方を提案した張本人です。」私の言葉を聞いたと同時に、姫様の顔が青ざめていったのでした。「あ…貴方が、あの…でも何故ここに?」「私がお呼びしたからです、陛下。」そういって、枢機卿が頭を下げたのでした。「一度、会ってきちんと話をしておくべきであると存じます。」「確かにそうですわね、枢機卿。 でも、わざわざルイズと会う時にぶつけなくても…。」使い魔である才人は兎に角、私は親しくもなんとも無いただの部外者ですからね。プライベートでの友人と会うせっかくの機会に居るべき人間ではないでしょう。「ラ・ヴァリエール嬢とラ・ロッタ嬢は、これまで何度も苦楽を共にしてきた友人と聞いております。 であれば、彼女一人を呼び出すのではなく、この機会にすべきであると考えました。 彼女の事を、ラ・ヴァリエール嬢とそこの使い魔の少年にも聞く事が出来ますからな。」確かに、ルイズと才人からどう思われているかというのは大事なのですね。話し合いがこじれて『死刑!』とか言われたら、本当に処刑されてしまいますし。「成る程、それはそうですわね。」姫様は納得といった感じで、うんうんと頷いたのでした。「ではミス・ロッタ。」「ケティとお呼びいただければ嬉しいですわ、陛下。」私だって、淑女っぽく喋ろうと思えば出来るのですよ…背中がむず痒くなってくるので、普段はしませんが。「ではケティも《陛下》はやめて下さいますか? 陛下と呼ばれると、気分が公務を執行している時に戻ってしまいそうですわ。」「はい、ではルイズと同じく《姫様》とお呼びさせて頂きますわ。」むぅ…なんとも、背中がむず痒くなるのですよ、このお嬢様系の喋り方は。「じゃあケティ、ついでに畏まった喋り方もやめましょう。」「それは有り難いのです。 実は畏まった喋り方が苦手なもので。」ふぅ、開放されたのです。「ケティ、私は貴方のした事を非難はしないわ。 ウェールズは一度決めたら絶対に曲がらない人だから、私が亡命を勧めても受け入れないのはわかっていました。 彼の意思に沿う形で、彼のしたかった事をあの場で揃えられるモノで最大限に叶えてあげた事にはむしろ感謝しています。」「それは…意外でした。」てっきり殺したい程怨まれているものと思っていたのですが。「怨んでいるわよ、女としてはね。 好きな人に二度と会えなくなった原因を貴方に押し付けたい私がいて、それが私の中で暴れ狂っているのも確かなの。 その感情だけはどうにも出来なかったわ。」「私にはまだそのように恋焦がれる人はいませんが、そういうのは何となく理解出来るような気はします。」私には理性によって押さえつけ難くなるくらい好きな異性というのが出来るのでしょうか?「女としての私は貴方を許せないけれども、女王としての私は貴方の判断を支持します。 そのくらいの分別は…何とかつけて見せるわ。」原作よりも少々しっかりとしているような?まあ、この姫様となら仲良くやっていけそうなのです。「ルイズ、ケティ、そして使い魔さんにも聞くわ。 あの奇跡を起こしたのはあなた達ね? 滑走路というものを学院とタルブに作っていたという報告を受けています。 そこからソウライという、金属製の風竜のようなものを飛ばしていたと。」「ええと…な、何の事だかわかりませんわ。」ルイズ…その誤魔化し方は流石に白々し過ぎるのですよ。顔が【のヮの】になっていますし…。 「枢機卿、確か王に虚偽の報告を行う事は…。」「はい、王に虚偽の報告を行うものは斬首とする。 フィリップ三世王の御世で作られた法ですな。」ぬゎ!?流血王フィリップ三世の時代に作られた法なんて、何で廃止していないのですか!?「斬首!?」ルイズが真っ白になったのでした。「…とは言え、執行された例は数度しかありませぬが。 厳格に法の執行をしたら、宮廷の貴族は皆処刑されてしまうという理由からでしょうな。」しょうも無い理由で事実上無効化されていたから、今まで廃止されていなかったのですね。ルイズには全く聞こえていないようですが。「一回だけなら誤射かもしれない…と言う事で、もう一度聞くわねルイズ。 あれをやったのは貴方達よね?」スマイルで脅すとはなかなかやりますね、姫様。「は…はい、その通りですわ、姫様。」引き攣った顔で頷くしかないルイズなのでした。「あははは…は。」ううむ、所詮国家というものはでかい893に過ぎないなんて話を聞いた事がありますが、成る程確かにそんな気もしてきたのですよ。姫様ってば、いつの間にか親分の貫禄なのです。「私は正直な人が大好き。 正直な親友を持つって素敵よね、ルイズ?」「はい、そうですわねひめさま。」『法がある以上は執行されるかもしれない』という恐怖を利用した、いわゆる《抜かない伝家の宝刀》なのですね、この法は。「使い魔さん、貴方はソウライという軍艦すらも数発で撃沈してしまう大砲がついた金属製の風竜を操って、敵の竜騎士を竜ごと木っ端微塵にして見せたとか。 あのアルビオン竜騎士が恐慌状態に陥って、散り散りに逃げ去ってしまうなんて、初めて聞いたわ。」「はっ、恐縮であります!」直立不動で何故か姫様にビシッと敬礼して見せた才人なのでした。姫様の脅しが効き過ぎなような気がするのですよ。「貴方の功績は爵位叙勲に値する働きだけれども…まだこの国の法はそのあたりを改正していないから、メイジではない平民を貴族にする事は出来ないのよ。 御免なさいね。」「はぁ…。」才人には爵位というのがどんなものか、いまいち理解出来ていないようなのですね。「そんな、この犬に爵位だなんて、勿体無いにも程がありますわ、姫様!」「犬?」ルイズが姫様に妙な事を口走り始めたのを尻目に、才人にそっと話しかけてみるのです。「才人、才人、勿体無い事に気付くのですよ。」「何でさ? 爵位あったってどうなるもんでもないだろ?」才人は不思議そうに首を傾げるのでした。「この国で爵位というのはすなわち『国家公務員』の事なのですよ。 領地が無い貴族には、国から爵位に応じた給料が頂けるのです。」「おお、何だかようやく事の重大さが理解できたぜ。 確かにそれは勿体無かったな…。」安定した給料と生活、爵位が高ければいっぱいもらえますし、夢の公務員ライフが約束されているのですよ。「…で、犬っていったい何なのルイズ?」「ななな、何でもありませんわ。 ええ、わたしの特殊な趣味的な話なので、どうかこれ以上聞かないで下さいまし!」ルイズ…ぶっちゃけ過ぎなのですよ。「ええ、怖いからこれ以上聞かないでおくわ、ルイズ。 あとケティ、貴方はソウライが何であるか理解した上で、それを運用する為に出来得る限り場を整えたのよね?」「はい、その通りなのです、姫様。 あの空飛ぶ金属の竜…飛行機は、ロマリアの焚書を免れた文献の中に記されていたものだったのです。」まるきり嘘なので、ばれたら斬首なのです。「あれを空中に浮かせる為には滑走路という空に飛ぶ為の道が必要となるので、学院長にお願いして作らせていただきました。」学院長にセクハラされた悪夢が蘇るのですよ、うぅ。「あと姫様、ルイズの事ですが、彼女は虚無に目覚めたのです。」「そうね、あの光は虚無でしかありえないわ。 これの意味する所は、私を含めて今の王家が正統では無い事を指すわね。」姫様はうんうんと頷いて居るのです。「…というわけでルイズ、虚無に目覚めたついでに女王なんてどうかしら?」「無茶言わないで下さい姫様!」あまりの事にルイズが悲鳴を上げたのでした。姫様、そんな何かのおまけみたいに…。「女王なんて、短気な私に勤まるわけがありませんわ!」「大丈夫大丈夫、私も無理かと思ったけど何とかなっているもの。 ルイズは昔から私よりも頭の回りも早かったし、立派な女王になれる筈よ。」おほほほと笑いながら、姫様はルイズを諭しているのです。周囲の国は王位を巡って血みどろのパワーゲームを繰り返しているというのに、この国は…。「駄目です!駄目です!駄目です!絶対に!駄・目・で・すっ! というか姫様、面倒臭いからわたしに押し付けようとしているでしょ!」「あら、ばれた? おほほほほほ。」笑って誤魔化しても駄目なのですよ、姫様。「姫様はいつもそう、面倒な事は私に押し付けて楽をしようとするんだわ! 三年前の晩餐会の夜に、わたしを薬で昏倒させて髪まで染めた挙句、身代わりを押し付けてふらーっと散歩に出かけた事、今も忘れてはいませんわよ!」「あの時はウェールズと会うという、大切な用事があったのよ。」うわぁ、男と会うために親友を薬で昏倒させて髪まで染めたのですか。流石は水のトライアングル、いちいちえげつない事をするのですね。「す…すげえな、あの姫様?」こそっと才人が私に話しかけてきたのでした。「目的の為には手段を選ばない気質とか、為政者には持ってこいの性格なような気はするのですよ。」「そんなもんなのか、政治家って? ニュースでは汚職だの何だのが散々批判されていたけど。」才人の頭にはてなマークが浮かんでいるのが見えるようなのです。「国家の運営もまともに出来ない癖に、汚職なんて大それた真似をするから捕まるのですよ。 どんなに汚職にまみれようが、国家の利益を誰よりも引っ張ってくる事が出来る人間なら、誰も逮捕したりはしないのです。」「それはそれでどうかと思うけど?」能力が下がっていらなくなったら逮捕して、ある程度財産剥ぎ取ればいいだけなので、気にしなくても良いのですよ。「それよりも、あっちなのですね。」枢機卿も、何時まで傍観しているつもりなのやら?「これほど頼んでも駄目?」「駄目ったら駄目です!」王位の押し付け合いという醜い争いは、未だに続いているのですよ。「はぁ、面倒臭いけれども仕方が無いわね…でも困ったわ、だって正統の証である虚無は貴方の下にあるんですもの。 虚無の家系が王家ではないとわかったら、貴族の支持が取り付けられなくなるかもしれないわ。 私だって、今はあの戦いの立役者に無理やり祀り上げてもらっているからいいものの、こんな人気はすぐに萎んでしまうでしょうし。」「そんな事を言われても、私だってラ・ヴァリエール家の嫡子ですもの。 あの家を潰すわけにはいきませんわ。 んー…。」何故ルイズの視線がこっちに?「…ケティ、何か良い考えは無い?」「ええと、何故私に?」枢機卿がいるでしょうに、枢機卿が。「困った時のケティ頼み? 兎に角お願い、何か良い解決方法思いつかない?」何なのですか、それは。「…姫様の次の後継者は、姫様が将来誰と結ばれて子供が出来ようが、絶対にルイズかルイズの子供かに継がせるように継承権を設定すれば良いのでは? 現状は法律では王に生まれた嫡子かその配偶者、嫡子が幼ければ妻を次の王とする事が定められていますが、この法に一代限りとする事を入れた上で追加の条項を加えれば良いと思うのですよ。」「ケティが何言ってんのか、さっぱりわかんねえ。」おバカな才人は、少々黙っていると良いのです。「次の王位継承者が虚無が出た家系にあると知れれば、それを現在の王家が保障している事を宣言したならば、貴族は虚無の家系が王家であり続ける事に安心する筈なのです。」「で、でもそれだと、もし姫様に子供が出来た場合、混乱しない?」ふむ…確かに。「では、姫様に子供が出来た場合は、その子供をラ・ヴァリエール家の子とすれば良いでしょう。 虚無が王権を保障しているのですから、傍流が嫡流に、嫡流が傍流に入れ替わるという事なのです。」こういうのは出来る限りシンプルにしておかないと、後々の火種になりかねないので、シンプルにしてみたのでした。「確かに、その方法は簡単でわかりやすいわね。 ではそうしましょう。 事が事だし法をいじるのには時間がかかるとは思うけれども、そういう風にするのが良さそうね。 ラ・ヴァリエール公爵にも、然るべき時が来たら話をする事にするわ。 これで良いかしら、枢機卿?」「はい、これで宜しいかと。 あと付け加えるとすれば、出来るなら将来生まれる陛下とラ・ヴァリエール嬢の子同士を許婚にしておくべきでしょうな。 今の王家に忠誠を誓うものも少なからずおりますので。」その点をすっかり失念していました。さすが枢機卿、パーフェクトなのです。「それは何時の事になるかわから無いけれども、そうしましょう。」問題は、才人が両方の子供の父親になる可能性があるという事なのですよね。まだまだ先の話にはなりますが、さて、どうしたものやら?「ではルイズ、始祖の祈祷書と水のルビーは貴方が持っておきなさい。 私の具合が少しでも悪くなったらすぐにでも王位を押し付け…もとい、禅譲できるように。」「今すぐお返ししますわ!」ルイズはそう言うと、始祖の祈祷書を姫様の豊かな胸元に押し付けたのでした。「私が持っていても仕方の無いものでしょ。 虚無の担い手が持っていて意味があるものなのだからっ!」姫様も負けじと始祖の祈祷書をルイズの薄い胸元に押し付け返したのでした。「私が持っていたら、姫様は明日にでも謎の病で倒れるつもりでしょ!」「いくら私でもそこまでしないわよっ!」始祖の祈祷書の押し付け合い…。「どうでも良いけど、頑丈だな、あの本。」才人がボソリと呟いたのでした。「本当なのですねー、さすが伝説ー。」この光景をジョゼフ王に見せたら、トリステインにちょっかい出すのはやめるかもしれないのですね。「うにゅにゅにゅにゅにゅ!」「ぐにゅにゅにゅにゅにゅ!」二人とも、人には見せられない顔になっているのですよ。「そんなに不安なら、誓約書を書くわ。 私ことトリステイン女王アンリエッタ・ド・トリステインは、ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールを騙して王位に就かせない事を始祖に誓います。 …これでどうかしら?」「うぅ、始祖に誓われたのであれば、信用いたしますわ。」あちらも、やっと話がついたようなのですね。「ああそうだわ、ついでにこれもあげる。」「な…ナンデスカ、姫様?」ルイズがめっちゃ不安そうなのですよ。「んー?王宮を含む、全ての国家施設への無制限の立ち入り許可証、軍や警察を含む公的機関を行使する時の無制限許可証。 あと、殺害行為を含むあらゆる犯罪行為への免除許可証。 これだけ権限をてんこ盛りにすれば、貴方に正攻法で逆らえる人間はこの国には権限を与えた私くらいしかいなくなったと言えるわね。 はい、あげる。」「こここ、こんな無茶苦茶な権限、いただけませんわ!」思わず受け取ったルイズが、目を回して焦っているのです。MI6のゼロゼロナンバー以上の超法規的権限なのですね。「貴方は次期国王だし、本来は例え私が嫌がっても退位させて王位に就くべき人間なのよ。 その程度の権限は今から持っておくべきだわ。」「ででででも!」震えすぎて、ルイズがぶれて見えるのですよ。「使うか使わないかは貴方の自由よ。 ちょっとしたお守りだと思って持っておきなさい。」「そうそう、もらえるもんは貰って置けよ、何だか知らんけどすげぇものなんだろ、それ?」才人の発想は少々安易ですが…確かに、貰っておいて損は無いのですよ。「わかりました、貰っておきますわ。」「そうそう、権力を使う事の練習だと思っていればいいのよ。 あとケティ、貴方にはこれを。」そう言って、姫様がさらさらっと買いて渡した書類に書いてあったのは…。「公的機関の使用許可証…なのですか?」「そう、貴方の身分は表向き私付きの女官という事にするわ。 何をするにもある程度の権限は必要でしょう? 警察権とかは流石に無理だけれども、それで国の機関である学院などは無条件で貴方に協力させる事が出来るわ。」おお、これで何かあるたびにあのエロ爺の前でいちいち踊らずに済むのですね。「あと使い魔さん…サイトでしたか? 貴方にはこれを。」そう言って、姫様は箱をレビテーションで浮かせて机の上にドンっ!と置いたのでした。「これ、何ですか?」才人は箱を不思議そうに眺めます。「じゃじゃーん。」そういって開かれた箱には、金貨がぎっしりと詰まっていたのでした。それにしてもこの姫様、ノリノリなのですね。「ざっとですが、2~3万エキューはありますわ。 爵位の叙勲が出来ない代わりに、これで我慢してくださいね。」「う、うっス。」その金貨の量に、軽く目を回してしまった才人なのでした。「貴方には期待しています。 ルイズを守ってあげてくださいね。」上目遣いで目をキラキラを素でやってのけるのが姫様の凄い所だと思うのですよ。「も、もちろんです。」あーあ、才人ってば安受けあいしちゃったのですよーだ。