才人です…今回はケティがおかしくなったので、俺が代わりです才人です…まさかあの2人にあんな熱烈な誘惑をされるとは予想外でした才人です…もう、ゴールしても良いよね…?才人です…才人です……才人です………「おおおおおおっ、これがラグドリアン湖かね! 輝く湖面!沈没している村!そして溺れている僕! …と言うわけで、助けてくれええええぇぇぇぇっ!」「そのまま溺れてしまいなさい。」ラグドリアン湖について、テンションがあがったのか馬車から降りて突撃していき、石に躓いて湖に落ちたギーシュに、モンモンが絶対零度の返答をした。ここはラグドリアン湖の湖畔で、その名もド・モンモランシ。モンモンの家が代々受け継いできたけど、今は他人の領地らしい。「私、何でこいつの事が好きなのかしら…?」モンモンは苦々しい表情で眉間を押さえている。「知らねえよ、それよりも放って置くと沈むぞあいつ。」「うわっぷ!?確かにここの水は美味いけど、こんなに飲みたくはないのだよ、誰か助けてくれぇ!?」沈みそうなのに、意外と余裕そうだな、ギーシュ?「沈んで浮かんでこなかったら、一週間くらい考えて助けるかどうか決めるわ。」「うん、それが良いな。」俺は深々と頷く。「それはそうとして、何でこんなところで馬車を止めたの、モンモランシー?」「才人、才人っ!離しちゃ嫌なのですっ!」ジゼルが俺に抱きつくケティを引き剥がしながら、不思議そうに訊ねた。「大変ね、ジゼル…本当に御免ね。 ここで馬車を止めた理由はね、目の前の光景のせいよ。 見ての通り、村が沈んでいるでしょ? 私が子供の頃はもっと水位が低かったし、こんな状態ではなかったのよ、間違いなくね。」そう言って、モンモランシーが湖畔まで近づいていくと、水中からいきなり人影が現れた。「やった、水面だーっ!。」「きゃぁっ!?水棲モンスター!?」モンモランシーは、突然の事に腰を抜かす。「モンスターとは酷い!君の愛の奴隷、永遠の奉仕者、ギーシュ・ド・グラモンさ。」ずぶ濡れで体中に水草やら枝やらが絡まっているが、それでもなお薔薇を咥えるその姿は、間違いなくアホのギーシュだった。「あれ?お前泳げなかったんじゃあ?」「はっはっは、泳げないから沈めるだけ沈んで湖底を歩いてここまで来たのだよ。 もともと街道だったらしくて、非常に歩きやすかったしね。」俺頭良い的な事を言っているけど、無茶苦茶だ。呼吸どうしてたんだろう、こいつ…。「び、びっくりさせないでよ、もう。」いや、既に十分びっくり人間だろ、ギーシュは。「気を取り直して…。」モンモンは起き上がって、湖面に掌を当てた。「ふむふむ…これは…成る程。」何か得心が行ったように、こくこくと頷いている。「モンモン、何かわかったのか?」「駄目ね、帰りましょう。」ちょ、おま!?「ど、どういう事だよ!?」「水の精霊が激怒しているのよ。 人間ごときに盗まれた、絶対に取り返すって。 盗まれたものが何かまでは私にはわからないけど、盗まれた上に同じ人間に体の一部を分けてくれと言われても応じるわけがないわ。」理屈はわかるが、それは非常に困るっての。「何とかならんのか?」「私はトリステインの象徴たる水との交渉人を王国開闢以来代々勤めてきた、モンモランシ家の人間よ。 ラグドリアン湖の水の精霊との相性なら、ハルケギニア屈指だと自負しているわ。 その私が無理だって言っているのよ。」モンモンはビシッと決めたが…。「今は違うんだろ?」「うっ…お爺様が干拓の為に呼び出した水の精霊を熱烈に口説き始めて水の精霊が怒ったりしなければ、今でもここはうちの領地だった筈よ。 今の領主やってるヘボメイジとは格も歴史も段違いなの!」うん、それはわかるけどな、モンモン。「…覚悟が出来たんだな。」「へ?何が?」俺に肩を組まれたモンモンの目が点になった。「ちょっとそっちの茂みに行くか?」「ちょ、ちょっと待って、本気!?」モンモンが俺の言っている事に気付いたのか、顔を真っ赤にして慌てだした。「お前の作った媚薬の効果で俺に惚れている娘さんを傷ものにしちゃ拙いだろ、常識的に考えて。」「私だって傷ものにはなりたくないわよっ!」いやぁね、もうね、色々とね、限界がね、来つつあるんだよモンモン。脅しが本気になりかねんのよ、いやマジで。「俺だって切羽詰ってるんだよ…?」「私も今やっと自身の貞操に危機が迫っている事を実感したわ…。」わかってくれたようで嬉しいよモンモン。「あれまあ、ひょっとしてモンモランシーお嬢様ですかい?」湖沿いの街道から白髪交じりのおじさんがやってきて、モンモランシーを見るなり声をかけた。「ええ、確かに私の名はモンモランシー・マルガリタ・ラ・フェール・ド・モンモランシだけど、貴方は…?」「おお、やはりモンモランシーお嬢様!わしはこの沈んでしまった村の村長でございます。 転封をされる前に、何度か拝見した時の面影がありましたので、もしやと思ってみたら。 ひょっとして、あの役立たずの領主の代わりに水の精霊の怒りを収めに来てくれたんですかい?」」そう言いながら、村長と名乗ったおじさんは、モンモンにぺこぺこ頭を下げている。「う…うーん、まあ、結局そうしなきゃいけないのかしらね?」「ありがてぇ、ありがてぇ、新しい領主はここがどこだかまるでわかっていねえ。 他の領地だと同じだと思っていやがるんでさ。 あの領主に代わってから数年で、急に湖面が上昇し始めて、村がいくつも沈みました。 これはきっと、このモンモランシ領からモンモランシ家の人間を転封したせいにちげえねえと皆言っております。」ううむ、モンモンの家って、このあたりでは崇拝されてんのか?「うちが転封されたのが原因かはわからないけど…こんなになるまで水の精霊を放って置くだなんて、今の領主は何を考えているのかしら?」モンモランシーが頭を抱えている。「そんなにおかしい事なのか?」「このモンモランシ領を納める領主は同時に水の精霊との交渉役でもあるの。 こんなになっても完全に放置しているだなんて、職務放棄云々以前におかしいわよ。 領地の半分以上が水没するくらいに水かさが上がったら、税の徴収どころじゃないもの。 いくら領地のあれこれに無関心な領主でも、ここまできたら自身のメンツに関わるし何かの対処くらいするわ。」確かに、収入が半分以下になるのに慌てない奴は居ないわな。「…仕方が無いわね、やるだけやってみるわ。 生まれ故郷がこんな事になっているなら、何とかしなきゃね。」さっきと言っている事が違うぞモンモン。まあ、俺にとってもありがたいけど。「ありがてぇ、ありがてぇ。 ああ、やはりモンモランシ領にはモンモランシ家が必要なんですなぁ。」「私で何とかならなかったらお父様にも話してみるわ、ここに戻れるいい機会かも知れないしね。 結果がでたら教えに行くから、今避難している場所を教えて頂戴。」モンモンがおじさんと話しているのを眺めていたら、右腕がくいくいと引っ張られた。「モンモランシーとばかり話していないで、私もかまって。」ルイズが目を潤ませて俺を見上げている…ぐぁ、なんて可愛いんだ。つーか、何で普段からこうじゃないんだ。いつもこんななら、俺は例え火の中水の中、どんな命令だって従っちゃうぞ、いやマジで。「え…あ、うん、おう。」とはいえ、どういう風に対処すれば良いのかさっぱり分からんわけだが。「わたしと話すとどうしてぎこちなくなるのよ…やっぱりモンモランシーの方が好きなのね。」ルイズはそういうとポロポロと泣きはじめる。「そのうち私を捨てて、モンモランシーと付き合い始めるんだわ、えーん。」「いや、それは無い。」それだけはきっぱり言えるな、うん。「そこまではっきり言われると、かなり安心すると同時に少々腹が立つわね。」「おっモンモン、話し終わったのか?」何時の間にか、おじさんはいなくなっていた。「あの村長に聞ける事は全部聞いたしね。 じゃあ、早速水の精霊を呼んでみましょうか? ロビン、いらっしゃい。」そういうと、モンモンは腰のポーチからカエルを取りだした。「へ?そんな簡単に呼べんの? 精霊とかいうから、何か顔にペインティングとか頭に羽飾りとかして、奇声上げて太鼓叩きながら焚き木の周りを踊るのかと思ってたんだが。」「何処の辺境の蛮族よ、それは!? そもそも水の精霊呼ぶのに、何で焚き木の周りを踊るのよ?」言われてみれば確かに。「それで、その蛙をどうすんの? …生贄にするとか?」顔にペインティングとか頭に羽飾りとかして、奇声上げて太鼓叩きながら焚き木の周りを踊る俺たちと、何やら祈りながら蛙を生贄に捧げるモンモンという図が俺の頭の中に浮かんだ。「…何で考え方がいちいち辺境の蛮族風なのよ、貴方は。 この子は私の使い魔のロビンよ、この子に私の血を水の精霊の所に運んでもらうの。」「へえ。」良くわからん。「全然理解していないわね…。 モンモランシ家の人間である私は、水の精霊に家系としての血を覚えられているの。 彼らはそういう所は結構律儀だから、付き合いが長い私たちの血族なら、かなり怒っていても出て来てくれる筈よ。」「成程、遺伝子を見るのか。」精霊が血の中の遺伝子を読み取って、昔からの付き合いがある一族かどうかを調べるわけか。ファンタジーなのにハイテクの臭いがするぜ。「遺伝子?」「あ…うん、東方では両親から半分ずつ親の身体的な情報を受け渡す遺伝子って奴が発見されていて、色々な研究がされてんだよ。」やべえ、ついうっかり遺伝子とか口走ってしまった。「へえ、東方って私達とは違う知識があるのね、今度教えて貰えないかしら?」「う、うーん…そういうのはケティの方が詳しいかもよ? 俺は聞きかじった程度の知識しかねぇし。」生物の授業真面目に受けていなかったからなあ…ケティはそっち方面も詳しそうだし。「何でケティが…って、確かにケティの家にならありそうね、そういう本も。 あの子異常なくらい知識が深いし、知っている可能性は高いかも。」モンモンが勝手に納得して、自己完結してくれて助かった…。「じゃあ、始めるわね。」モンモンは鞘に入ったナイフを腰のポーチから出した…って、蛙とナイフが一緒くたなのか、あのポーチの中身は?「痛っ…っと、これをロビンに一滴垂らして…これで良し。」「これをどうするのかね?」パンツ一丁になったギーシュが、シャツを絞りながらモンモンに訊ねる。女の子の前でパンイチとか、あり得んぞギーシュ…。「私は貴方がどうするつもりなのかの方が興味津々だけど。 まあいいわ、これはね…こうするのよ!」「ゲコーッ!?」モンモンはロビンを湖の真ん中に向けて放り投げた。「ロビン、着水地点あたりにここで一番偉い古株の水の精霊がいる筈だから、話しをつけて連れてきて頂戴。 古よりの盟約の一族の者が、貴方に話したい事があるって。 粗相のないようにねーっ!?」「ゲコッ!」ロビンは律儀に返事をすると、ポチャンと水の中に消えていった。「わ、我が最愛の人モンモランシー、今のは少々乱暴過ぎやしないかね?」「ああ、かなりびっくりしたんだが。」ギーシュと俺は、モンモランシーに恐る恐る訊ねてみる。「え…だって、ああした方が早く呼びに行けるでしょ?」「モンモランシー、私もその扱いはどうかと思うけど…?」ジゼルも常識的で良かったよ、妹の件以外は。「だ、大丈夫よ、あの子見た目よりもきっとずっと丈夫な筈のような気がするんだから。」憶測の域を出ていないように聞こえるのは、何でだ?「ま…まあ兎に角、少々時間がかかると思うけれども、これで水の精霊には合えるはずよ。」「ところで、水の精霊ってどんなのなんだ?」さっぱり想像出来ないわけだが。「僕も知らないなぁ。」いや、俺は兎に角お前が知らないのはどうなんだ、ギーシュ?「水メイジでも滅多に見ないから、知らなくてもしょうがないわ。 水の精霊というのは、古から存在する生き物のようなものよ。 本来は水のある所なら何処にでも居るらしいけど、私たちが意思ある生き物ような形で接する事が出来るのはラグドリアン湖だけなの。 あと、水の精霊の姿はすごく綺麗なのよ、イメージとしては…うーん、生きている水? 光に当たると七色の光を放ったりするのよ。 ちなみに、精霊の涙っていうのは水の精霊の一部なの。」生きている水…ミネラルウォーターのキャッチフレーズみたいだって事くらいしかわからん。「お、水が動き出したよ、ほらアレ。」ギーシュが指差した方向を見ていると、湖面が不規則にうねり始めたかと思うと、意思を持った生き物のように起き上がった。確かに光るのは綺麗だけど…アメーバっぽくて微妙にキモい。「ゲコゲコ。」ロビンが岸から這い上がって来て、誇らしげに胸を逸らして鳴いた。「ありがとうロビン、ちゃんとつれて来てくれたのね。 後で美味しいお肉をあげるわ。」「ゲコッ!」モンモンはロビンの頭を数度撫でると、ポーチの中に入れた。「水の精霊よ、私の名はモンモランシー・マルガリタ・ラ・フェール・ド・モンモランシ、古き盟約の一族が一人よ。 私の事が分かるのなら、言葉をかわせる姿に姿を変えて頂戴。」モンモランシーがそう言うと、うねうね動いていた水の塊がいきなりうにょんと立ち上がって水の柱と化し、徐々に人の形を取って行く。「そなたの中に流れている液体の事は覚えているぞ単なる者、古き盟約の民よ。 そなたに最後に会ってから、月が52回交差している。」水の精霊が完全な人の形をとったが…。「へぇ、着痩せするのな、モンモンって。」水の精霊はモンモンの情報を血液伝いで受け取ったらしく、透明なマッパのモンモンの姿になった。どうやらモンモンは典型的なモデル体型らしく、水の精霊が変身したものな事も相まって、芸術的な美しさがある。「君は見るな、あれは僕のだ。」ギーシュが両手で俺の視界を塞ぐ…確かにお前の彼女だけど、ずるい様な気がするぞ、ギーシュ?「ギーシュも見ちゃ駄目っ!」モンモンの怒鳴り声が響き渡った。「気を取り直して…。 水の精霊よ、二つのお願いがあります。 一つ目のお願いは湖水を減らして元の高さまで戻す事、二つ目のお願いは貴方の一部を分けて頂きたいという事です。」「どちらも了承できぬ。」あっさりと断られてしまった。「やっぱり無理だったわね…。」モンモンもあっさり諦め過ぎだ。こうなればなんとか頼み込むしかっ!「お願いします! 体の一部を分けてくださいっ!」俺は水の精霊に土下座して頼み込んだ。「ルイズとケティを元に戻すには、あんたの体の一部がどうしても必要なんだ! 俺に出来る事なら何でもする!だからお願いだ、分けてくれっ!」「ちょ、ちょっと、何してるのよ!?」モンモンが慌てているけど知ったこっちゃない。こういうものは誠意こそがものを言うんだ…と、信じたいっ!「私からもお願いします、どうかケティを助けてっ!」うぉ、ジゼルまで土下座を始めた!?「ふむ…良いだろう。」俺たちの心が伝わったのか、水の精霊は頷いてくれた。「ええええええぇぇぇっ!?」モンモンが仰天している。そんなにびっくりするような事なのか?「そなた、ガンダールヴであろう?であればそなたの願いには応ずる事が出来る。 そなたであれば、我の願いを叶える事も出来るであろう。 我の願いをかなえてくれるのであれば、我はそなたの願いを叶えようではないか。」「あんたの願いって?」俺は水の精霊の願いを聞き逃さないように耳を澄ました。「ここ数日、我に害を為す者が現れた。 害を為す事を止めさせれば、そなたの願いは叶えよう。」「つまり、そいつらを倒せばいいのか?」この存在に害を為せる相手ってのをどうすりゃいいのかいまいちわからんけど、倒さなきゃいけないなら倒すだけだ。「方法は問わぬ、兎に角やめさせる事が出来ればそれでよい。」ケティさえまともなら舌先三寸で言いくるめるなんて事も出来そうな気がするけど…。「才人~…ちゅっ。」脳味噌の中がピンクに染まったこの状態では、俺の欲求不満度が上がるだけだ。てか、やめ…ってああっ、そこ触んないで!?「はいはい、こっち行きましょうね、ケティ。」「才人~才人~。」ルイズはすりすりしてきたりするだけで済むけど、ケティの方は元の世界での人生経験のせいかアプローチが直接的でエロい。つまり、俺の精神耐久度をガリガリ削ってくるわけですよ。「わかった、何とかする。 だから、何とか出来たらあんたの体の一部を分けてくれ。」湖に沈んでいく村も大変だが、その前にまず身内をどうにかするのが肝心だ。エゴイストと言いたきゃ言え。「うむ、わかった。 では、頼んだぞ、襲撃者は決まって夜に現れる。」「ああ、任しとけ。」俺がそう言うと、水の精霊はいきなり水に戻ってしまった。「な…なるほど、ああいう頼み方もあったのね。」モンモンが感心したように頷いていた。「いや、モンモンには出来ないだろ、アレ。」「いざとなれば地面に這いつくばって頭を地面に擦りつけて見せるわよ、私だって。 大事に取ってある自尊心だもの、売り飛ばせば高値になるわ。」うーん…さっきのジゼルといい、女ってのはいざって時の思い切りが良いよな。「まあ、取り敢えず飯にしようぜ! ジゼル、任せた。」「わかったわ、美味しいの作っちゃうんだから。」俺達の胃袋は、お前の腕前だけが頼りだよ、ジゼル。「ううむ…これは美味い、美味いが。」「私、もうお腹いっぱい。」「サイト、はいあーん。」「ルイズばっかりずるいのですよ、才人、あーん。」「も…もう食えましぇん…。」「あははははは…皆ごめーん。」どうやらこいつは大量生産系の料理が得意らしい。干し肉だの何だのを入れたスープを作ってくれたのは良いんだが、しかも滅茶苦茶に美味いんだが、完全に余った。日も落ちてしまったというのに、これじゃあ動くに動けない…。「あら、このスープとても美味しいわね、タバサ?」「ん。」キュルケとタバサも満足してくれているようだが…って、ええっ!?「な、何で二人がここにっ!?」「見知った顔が火を囲んでご飯食べているんだもの、そりゃあ食べにくるわよ。」キュルケはケロリとした顔で俺に言った。「どうやってここに!?」「あれだけ美味しそうな匂いを漂わせていたら、誰だって気付くわ。」キュルケはまたもやケロリとした顔で言うが、そう言う意味じゃねえ。「ん、あの匂いには抗えない。」「きゅい!」ああ、いくらでも飲めシルフィード、俺たちもう食えないから。「いやそうじゃなくて、何でここに居るのさ二人とも? 休暇取って出かけた筈じゃあ?」「それを言うなら、貴方達がここに居る事だって不思議だわよ。」それは確かにごもっとも。「あと、ルイズとケティの目の焦点が何となく合っていないのは何で?」「それはだな、実は…。」キュルケ達にかくかくしかじかと事情を語った。「…と、まあそんなわけで、襲撃者を止める前にまず腹ごしらえと俺たちはここで晩飯を食っていたんだ。 ジゼルが作り過ぎてこんな具合だけど。」「しかし、媚薬とはねえ。」キュルケはモンモランシーを睨みつけた。「殿方の心を自分に縛り付けて置く為に薬を使うだなんて…水メイジは無粋ね。」「こいつが、あっちにふらふらこっちにふらふらするからよっ!」モンモンが、ギーシュを指差してがーっと怒鳴る。「うっ…そ、そんな事無いさモンモランシー、僕は何時でも君の愛の虜だよ。」うぐ…何故だろう、何だか俺の心まで痛むぜ。「しかし…これは困ったわね。 ケティを見殺しには出来ないし。」キュルケはそう言って両手を上げた。「ん…。」タバサも珍しく、よくわかるくらい眉をしかめている。「タバサが言うのは拙いけど、私の口からばらしちゃえばいいわね。」「…………。」キュルケの言葉に、タバサは肯定も否定もしなかった。「実はその襲撃者はあたしとタバサだったのよ!」『な、なんだってー!?』俺達の驚愕の声が森に響き渡ったのだった。「ラグドリアン湖の対岸はガリアでしょ? あっちもこっちと同じように村がどんどん水の底に沈んでいるのよ。 それがこのタバサの実家でね、何とかしないと拙いのよ。」成る程、対岸はタバサの実家なのか。「ちょっと待って、このモンモランシ領の向かい側って、私の記憶が確かならオルレアン大公領…。」『な、なんだってー!?』モンモンの一言に、俺を置き去りにして皆の驚愕の声が響き渡ったのだった。なにかあるようだが、俺には大公って言われても貴族だって事くらいしかわからんから、びっくりしようがない。「ケティ、タバサとオルレアン大公領の件について何か知ってるか?」「タバサの本名はシャルロット・エレーヌ・オルレアン。 大公姫という肩書ですが、実態は王弟の娘…つまり王女なのです。 教えたからキスして欲しいのです、んー。」ええと、さらりととんでも無い事を教えられた気が。「け…ケティ、知ってたの?」「才人~、キスはぁ?」びっくりした顔でケティを見るキュルケとタバサだけど、薬で脳内がピンク色に染まったケティは反応しない。「ケティ、タバサの事知っていたのか?」「タバサの事…? …うっ!?」タバサがケティの鳩尾を杖で強く打ちすえて気絶させた。「な、何すんだよ!?」「これ以上ケティが話すと、皆の命に関わる。」タバサがとても深刻な表情で俺達を見た。ええと…ひょっとしてタバサって、かなり特殊な事情持ち?「なるほどね…今まで何で惚れ薬の類が禁止されていたのかよくわかったわ。 これは自白剤と同じよ…自分で作っておいてなんだけど、作っちゃいけない薬だわ。 今才人がケティに何かを尋ねれば、ケティは何でも洗いざらい喋ってくれる筈よ。」お、おっかねえ薬だな、おい。正気に戻るまでケティに何かを尋ねるのはよそう…。「気を取り直して…モンモランシーは水の精霊を呼び出せるのよね? そして話し合ってくれる余地もあると。」「ええ、それがどうしたの?」キュルケの問いに、モンモランシーは首をかしげた。「それなら話が早いわ。 タバサ、貴方の仕事は増えた湖水を減らす事よね?」「ん。 だから話し合いで何とか出来るなら、水の精霊を倒す必要は無い。」成程、そう言えば水の精霊も「兎に角襲撃が無くなるなら方法は問わない」って言っていたよな。つーか、タバサは接近戦であのワルドをあっという間に組み伏せたらしいし、戦ったら勝てる自信があまり無い。「じゃあ、取り敢えず今日は寝るか、馬車で。」俺はそう言って馬車の中に入ろうとしたのだが…。「ちょっと待って。」「ん?何だよ?」明日の朝は早そうだし、とっとと眠りたいんだが。「女の子は6人、男は2人、そして馬車の部屋は1つなのよ?」そう言って、ジゼルは馬車の中から何かを取り出した。それは夏のキャンプ合宿とかでよく見る…。「寝袋…?」「よく知っていたわね、ケティ考案の簡易式寝具『寝袋』よ。 例の如く、パウル商会が現在軍に売り捌いている最中らしいわ。」ジゼルの笑顔がすごく胡散臭いです。そして、戦争に便乗してどんだけ儲ける気だケティ。「つまり、これで俺とギーシュは野宿?」「その通り。」これが少数派の悲しさって奴か…。その夜、俺は「見たまえ、芋虫~」とか、はしゃぐギーシュを見ながら眠りにつく羽目になったのだった。ルイズとケティは女性陣が何とか留め置いてくれていたらしい。それだけが有り難かった…。翌日、俺たちはもう一度水の精霊を呼び出した。今回は服を着たモンモンの姿になっていた…お、惜しいとか思っていないぞ。「…てなわけで、襲撃は無くなった。 だから、約束の物を分けてくれ。」「良かろうガンダールヴ。 受け取るが良い、古き盟約の民よ。」水の精霊はそう言うと、モンモンが持っていた瓶に少量の水を注いだ。「では、さらばだ。」「…って、ちょっと待って下さい水の精霊よ!」いきなりただの水に戻り始めたので、慌ててモンモンが水の精霊を引き止めた。「これでは問題の根本的な解決にはなりません。 ラグドリアンの湖水が人の生きる領域を侵し続ける以上、他の刺客が送り込まれる事になりますわ。」「…成程、それは道理だな。」水の精霊は再び元の姿に戻った。「そもそも、何で湖水を増やしているんだよ?」「ふむ…これを話すべきか少々悩む所だが、そなたらは我との約束を守って見せた。 古き盟約の民もいる…宜しい、話そう。」そんな大事なものの話なのか。「我自身が忘れるほどの永き間、我と共にあった秘宝がそなたらの同胞に盗まれたのだ。」「秘宝…?」秘宝って言うと、箱根の秘宝館くらいしか思い出せねえ。「そうだ、実は…。」水の精霊の言う事を要約すると、二年位前に『アンドバリの指輪』って言うどこかで聞いた名前の指輪が盗まれたらしい。なんでも、その指輪を使うと偽りの生命を死体に与えて蘇らせる事が出来るんだと…要するにアレだ、ゾンビ製造機。水の精霊はゆっくり水を増やし続けて、ハルケギニアを水の底に沈めれば、自分の手に戻ると考えたらしい。「よしわかった、それを何とかして取り戻して見せる! だから、湖面を元に戻してくれないか?」「ふむ…そなたらであればやってくれるやも知れぬな。 良かろうガンダールヴ、湖面は元に戻そう。」流血を起こさずにささっと事態を収拾出来たのが良かったのか、水の精霊はあっさりと了承してくれた。「それで、期限は何時までにする?」「そなたら全員の命が果てるまでに見つけて持ってくるが良い。」大事なものなのに、すごいのんびりした答えが返ってきましたよ。「そ、そんなに長くて良いの?」ジゼルも流石にびっくりしたのか、水の精霊に問い直す。「良い、どうせ我は悠久の時に在り続けるもの。 時間の経過など、我が前には何の意味も為さぬ。」「うわー、山の女王でも、ここまで太っ腹じゃあないわよ…。」まあ、ゆっくりハルケギニア水没計画なんてのを行っていたくらいだからな…。「では頼んだぞ、さらばだ。」…と、水の精霊が戻っていこうとした所に。「待って。」と、タバサが声をかけ、何事か話した後で水の精霊に祈りだした。「ええと…タバサは何やってんの、ジゼル?」「ああ、水の精霊は別名『誓約』の精霊とも呼ばれているのよ。 何かの『誓約』を立てるときに、ラグドリアン湖に来て祈るというのは良くある事なのよ。 ましてや水の精霊だものね…何があるか知らないけど、何か誓いたい事があるんでしょ。」タバサの次はモンモンがギーシュを脅して誓約させたが、妙な誓約をしたのか蹴り飛ばされていた。そういや、モンモンが媚薬の解毒薬作れば、ルイズも元通りあんな感じになるんだよな…少々勿体無い気もするぜ。「惚れ薬とか媚薬を作るのは諦めるけど、貴方の浮気癖を治す薬をいつか絶対に作ると、この私、モンモランシー・マルガリタ・ラ・フェール・ド・モンモランシはここに誓約するわ!」「だから、僕は君を一番愛していると何度も…ふげっ!?」ギーシュがまたしてもモンモンに蹴り飛ばされた。「私が一番じゃなくて、私だけで良いのよぉっ!」何だかこう、身につまされる話だなぁ…。《ケティ視点》「ああもうなんというか…羞恥心で死ねるなら、数万回は死ねる勢いなのですよ…。」学院のモンモランシーの部屋で解毒薬を飲まされ、夢現な才人好き好きショッキングピンク脳状態から解放された私は、今まさに後悔のドツボにはまっているのです。ちなみに才人はルイズに追いかけられて、一目散に逃げて行ったのでした。「あああああんな格好で、キスしたり、あんな所触ったり…ああもう、ああもう、ああもう! というわけでモンモランシー、一週間くらいの記憶が無くなる薬はありませんか!? あれば金に糸目はつけないのですよ!」「そんな都合の良い薬は無いわ。」やっぱり無理ですか、わかっていましたが、これはきついのですよ。胸元にキスマークとか、才人になにやらせているのですか、惚れ薬飲んだ私っ!「にょわあああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?」今はただただ、アレに耐え切った才人の忍耐力に感謝なのです。フラッシュバックする才人への誘惑の数々が、私の精神をガリガリ削っていくのがわかるのですよ。「ふおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!」口からはもはや奇声しか出ません。私は全力で自分の部屋まで走って行き、ベッドの中で悶え苦しむ事になったのでした。「というかっ!こんな事をやっている場合ではないのですよ!」ずーっと心の中がザワザワしていますし、今才人と顔を会わせると心が砕けそうなので勘弁して欲しいのですが…。「放っておいたら姫様の身が危ないのです。」原作よりもかなりエキセントリックな性格になってはいましたが、元は同じ人間なので、ある程度似たような選択をする可能性だってあるのですから。「ケティ、ケティ、大変だ!」やはり、キュルケがウェールズ王太子を…。「キュルケが道中でバリー卿を見たって!?」そっちでしたかー!?