悲恋、結ばれない恋の運命どうしても結ばれない運命と言うのもあるのです悲恋、好きなのに愛しているのに交わらない運命物語の悲恋は悲しくも美しいものなのですが、当事者は…悲恋、運命の皮肉さを美しさを表す言葉そういう話の主人公にはなりたくないのですよ私たちはヴェストリの広場の五右衛門風呂の前に集まったのでした。とはいえ、ジゼル姉さまは一度眠ったら朝まで殆ど目覚めませんし、ギーシュとモンモランシーは…部屋にサイレントかけて何をやっているのやらっ!コホン…ちなみに今はそろそろ深夜といった時間なのです。「…と、言うわけなんだけど、ケティはどう思う?」キュルケはラグドリアン湖に向かう道中で、ガリア方向からトリステインに向かう一行を見たそうなのです。「特に記憶に残っていたのは、見た事あるけど思い出せなくて頭に引っかかっていたバリーさんね。 もう一人、顔に覆面が被されていて誰だかわからない人も居たわ。」「バリー卿とはまた斜め上な…。」王太子の蘇生は矢張り不可能だったのでしょうか?ひょっとするとキュルケが偶然見かけていないだけかもしれませんが。しかしバリー卿だけだと、姫様を騙しきれるか微妙なのですが…。「微妙とは言え、放っておくわけにも行かないのですね。」しかし覆面の男なのですか…もしかしてワルドとか?フェイスチェンジで誤魔化せば、トライアングルのふりも可能なのですね。意外と早く髪のリベンジの機会が来た…と言う事なのでしょうか?「あの髭、大人しく(原作通りに)引っ込んでおけば良いものを…。」そうそうフェイスチェンジを使えるメイジがいるとは思えないのですが、クロムウェルのゾンビメイジにそういうのがいないと断言できない以上、ありえない話ではないのです。「…あー、ケティ。 おっかない顔してブツブツ呟きながら考え込まないで。」ふと顔を上げてみると、ルイズが引き攣った顔で私を見ているのでした。「ああすいませんタバサ、シルフィードを呼んでください。」「ん。」何かを察したのか、じっと私を見ていたタバサがコクリと頷いたのでした。「何かわかったのか?」才人が不思議そうに尋ねてきました。「ええ…見ての通り、あまり愉快ではない事態が発生している可能性があるのです。」「…いや、勿体ぶらずにわかりやすく言ってくれないとわからないから。」才人、あまり考えないでいると、ガウリイ・ガブリエフになっちゃいますよー?「具体的に言うと、姫様の身に危険がおよ…。」「何ですってっ!?」ルイズが私の肩を掴んでグラグラと揺らしているのです。「姫様が何処でどんな風に危害に遭うのか教えて、今すぐに!」「あうあうあうあうあう…。」「やめなさいルイズ、そんなに揺すったらケティが喋れないでしょ。」キュルケが止めてくれたおかげで、何とか止まりましたが、目が回るのです…。「現在、この国は再起動したばかりで、レコン・キスタ内通者の炙り出しが終わっていないのですよ。 例えば、親衛隊に他の裏切り者がいたり、もしくは親衛隊に影響を及ぼせる程の高官に裏切り者がいた場合、王宮の警護を一時的にであればザル同然にする事は難しくは無いのです。」「おお、なるほど!」ああ…私がサポートし過ぎたのが悪いのでしょうか、才人がすっかり脳味噌スライム男に。「あの戦の後にバリー卿が生きている筈が無いのです。 …と、言う事はフェイスチェンジをかけた偽者か、あるいはアンドバリの指輪を使って蘇生させた生ける骸か。 何も無ければよし、あればあったで何とかしなくてはいけないのですよ。」「…思い出した、そういえば貴方この前ワルドを取り押さえた時にアンドバリがどうこう言っていたわよね。 ひょっとして、知ってた?」キュルケがポンと手槌を打ったのでした。思い出してもらえて結構なのです。「ええ、アンドバリの指輪は紆余曲折を経て、今はクロムウェルの手にあるのです。 あの指輪の凄い所は、死んだ味方の蘇生が出来る事は勿論、敵を殺せばそれが全部味方になるという事なのですよ。 戦えば戦うほど兵は倍々で増えていく…初期のレコン・キスタは多分殆どが生ける屍の筈。」「何だそのえげつない軍隊は?」才人がぞっとしたように身をすくませているのです。アンドバリの指輪によって、死んだ味方はより忠実な不死の兵となり、死んだ敵も同様に不死の兵となり、蘇生された死者は表面上、生者と変わらない…ホラーな話なのですよ。「虚無の力だと大嘘をついても、前例がない魔法なので誰もわからないのです。 死者の蘇生という奇跡が、虚無を連想させるのは不思議ではありませんし。」「想像しただけでゾッとするわ。 水の精霊が取り返したがっているのはわかる気がする…。」私の話を聞いたルイズの顔も青いのです。今のレコン・キスタは殆どが普通の人間ですが…蘇生できる人数に限界があるのか、蘇生できる速度的な問題で限界だったのか。まあ、おそらく後者なのでしょうが。「確かに水魔法って、便利だけど反面おっかないのよね。」「ん。」タバサの母親は確か水系統の精霊魔法で心を狂わされている筈。彼女が水魔法の恐ろしさを一番身近に体験しているのかもしれません。「来た。」「きゅい!」広場に着地したシルフィードに、私達は乗り込んでいったのでした。「では行きましょう。」「きゅいいいいいいぃぃぃぃ!」私達を乗せたシルフィードは高く舞い上がり、王都に向かって飛んで行くのでした。「またお前らかっ!?」王城の中庭に降り立った私達は、いきなり親衛隊に取り囲まれたのです。「上から見ていましたが、随分と大騒ぎのようなのですね? 何か異常事態でも?」「お前たちに話すべき事は無いっ!」御尤も、なのですね、本来であれば。「ルイズ、アレを見せてあげなさい。」「アレ?」いやルイズ、せっかく格好よく言ったのに不思議そうに首を傾げないでください…可愛いですけど。「姫様に戴いた許可証なのですよ。 今使わずに、いつ使うのですか?」私の許可証は軍に対する権限が無いので、ルイズのを見せた方が効果的なのです。「あ…確かにそうね。 貴方達は私の質問に答える義務があるのよ。 これを見なさい。」そう言うとルイズは腰のポーチから巻物を取りだして見せたのでした。「こ…これは失礼した。」ルイズに与えられた常識ではあり得ない権限に、マンティコア隊の親衛隊長は目を白黒させているのです。「わたしの名はルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール、姫様…陛下直属の女官よ。 私にはこの国に関するありとあらゆる事柄に干渉できる権限があるの…陛下以外はね。 もったいぶらずに教えなさい、何が起こったの?」「あなたがあの…なるほど、目もとに母上殿の面影が…。 …失礼いたしました、わが名は親衛隊マンティコア隊の隊長、ド・ゼッサールと申します。 あまり大声では言えませぬが、女王陛下がかどわかされました。 発見された後、城の警備兵を蹴散らしながら逃走、現在ヒポグリフ隊が追跡中であります。」やはり攫われたのですか。「しかし、陛下が居なくなった事をどうやって察知なさったのですか?」「実は陛下は夜中にこっそり起きて公務をなさっていた事が何度かありまして…夜は一定時間のうちにベッドに戻らないと、各隊の隊長の部屋に警報が鳴るようにしておいたのであります。」それのおかげで察知できたのは良かったのですが…。「…嫌がっておきながら、どんだけワーカホリックなのですか、姫様。」とっとと片付けたかった気持ちはわかりますが…。「…過労死するつもりか、あのお姫様。」才人は呻き声のような声で呟いたのでした。「うわぁ…そ、それで、姫様はどちらに連れ去られたの?」ルイズは顔を引き攣らせながらも、ド・ゼッサールにたずねたのです。「現在、ラ・ロシェール方面へと向かっております。 恐らく、ラ・ロシェールからアルビオンに陛下を連れ去るつもりなのではないかと。 風竜隊は再編中でここには居ない為、現在ヒポグリフ隊が追跡中ですが、間に合うかどうかは…。」ド・ゼッサールの言うとおり、風竜とそれ以外では速度が段違いですからね。「あと、このような書置きが。」「見せて…えーと…や、やりやがったわね、姫様のバカー!」書置きを読んだルイズが顔を真っ青にした後、真っ赤にして怒鳴ったのでした。「い…いったい何が?」「…読めばケティも瞬間沸騰よ。」そういって手渡された書置きには…。「私、さらわれるか暗殺されるかするみたい…と、いうわけで枢機卿、私が血まみれで転がっているか居なくなっていたら、当初の予定通りお願い。 『女王を殺して混乱の隙を突こうと思っていたら、即時に新しい女王が即位していた。何を言っているのかわからないと思うが…』 みたいな表情で呆然とするクロムウェルの間抜け面を想像すると、高笑いしたい気分よ。 あとルイズ、あなたが女王になったら枢機卿や大臣達が塔の如き書類を持って来るけど、生まれつき頭の良い貴方なら大丈夫、きっとやれるわ。 私は遠い場所から、書類に埋もれて死にそうになりながら、私への呪いの言葉を吐きつつ仕事をこなす泣きべそな貴方をいつも見つめているわ。 見つめているだけだけどね、一切手伝わないけどね、おほほほほほ!」「…なんという酷い遺言。」ルイズがブチぎれるのもやむなしというか…自身の暗殺も織り込み済みの上で、あらかじめ工作していましたねあの姫様。私が言うのもなんですが、真っ黒いにも程があるのですよ。「急がないと女王にされちゃう!」ルイズが心底困ったという表情で叫んでいるのです。いやホント王座を押し付けあうとか、壮絶な後継争いをしている他の国の王族に申し訳ないと思わないのでしょうか、この国の王族は。義理でも人情でも、もうちょっと奪い合うような態度を見せるとか権力争いの礼儀をですね。…ほら、あまりのほのぼの王家っぷりに、煤けたタバサが座り込んで草毟っていますし。「…タバサ、どうしたのですか?」「少し、心が折れそうになった。」タバサの知る王家とまったく違いますから、しょうがないといえばしょうがないのですね。「ケティ!これ以上のんびりなどしていられないわ! 姫様の首根っこ捕まえて、執務室に放り込んでやるんだから!」何時の間にやら、顔を真っ赤にしたルイズがシルフィードの背中に勝手に乗り込んでいたのでした。「ん、皆も早く乗って。」ルイズの声で正気に戻ったタバサの言葉に皆頷くと、シルフィードに次々と乗り始めたのでした。「ラ・ロシェールに向かう馬数頭。 メイジが乗っているから低く飛んで。」「きゅい!」ヒポグリフ隊が全滅する前に到着してくれれば良いのですが…。「…あっさり追い抜かしてしまったのですね。」ヒポグリフに乗った親衛隊員たちがどんどん後ろへと遠ざかっていくのです。「無視してよかったのかな? 待ってくれーとか言ってたぞ、あの人達。」才人は気まずそうに後方ですでに点となったヒポグリフ隊を指差しているのです。確かに『待ってくれー』という声がドップラー的に聞こえましたが、さらっと無視なのですよ、無視。「待って姫様が見つかるなら待ちますが、そうではないので置いて行くのですよ。」私の子供の頃のメモ書きが確かなら、ヒポグリフ隊はあっさり倒されていた筈なので、命が助かった事でチャラにして欲しいのですよ。「でもさ、俺たちだけで足りるのか?」「大丈夫…こちらには火メイジが二人もいるのです。 アンドバリの指輪で与えられた偽りの命が水属性な以上は、対抗属性の火で中和できる筈。」どうやって倒したのか、メモ帳に書かれていなかったので、ぶっちゃけ適当なのですが、多分これで何とかなる筈なのです。…ええ、正直全然自信がありませんが。「見えたって。」「きゅい!」風竜の視力はとても良いので、見えたようなのですね。「では一気に上昇したのち追い抜いて、街道の先で待ち伏せしましょう。」「ん。」シルフィードが急上昇し、街道沿いを飛んでいくと、街道に馬に乗った人と思しき小さな点が見えたのでした。「…さて、降下準備なのですよ。 ルイズと才人を抱っこして、レビテーションで減速して降りるのです。 タバサには念の為最後に降下して貰わねばいけないので、私とキュルケがやるわけなのですが…。」「…私はルイズね。」へ?てっきり才人の方かと思っていたのですが。「ちょ、何で私がキュルケと!?」「その方が面白そうなのよ、ちょっと黙っていなさい。」そう言いながら、キュルケはルイズの顔を胸の谷間に沈める体勢で抱き締めたのです。「むが!?むー!むー!」「うふふふふふふふふ。」そしてこちらに向かってにやりと笑いかけるのでした…。「何考えてやがりますか…?」そっち方面に関して、私はキュルケに及ぶべくもないのですよ。「いいから、早くしなさいよ?」ニヤニヤ笑いながらこちらを見るキュルケなのです。「仕方がない…っ!?」「どどど、どうしたんだケティ、顔真っ赤にして!?」才人に抱きつき彼の匂いと感触を感じた途端に、媚薬に頭やられていたころの記憶が一気にフラッシュバックしてきたのです。せっかく緊急事態でそっちの事が吹っ飛んでいたというのに、あの巨乳これを狙っていましたねっ!「キュルケ!謀りましたね、キュルケ!?」「貴方はいい友人だけど、思わずいじりたくなる貴方の鈍感さがいけないのよ! おほほほほほほ!」そう言いながら、キュルケは飛び降りていったのでした。くっ…何時如何なる時でも遊び心を忘れないというのも考えものなのですよ。「ええい、女は度胸、このくらいで何とかなるものですか!」才人をぎゅっと抱き締め、シルフィードから飛び降りたのでした。「レビテーション!」急にがくんと速度が落ち、ふわふわと私達は降下し草原に降り立ったのでした。「ケティ…大丈夫か?」才人が心配そうに声をかけてきますが、羞恥心の限界が降りきれそうなので、ぶっちゃけ目も合わせたく無いのです。落ち着くのです、クールに徹しなさい、ケティ・ド・ラ・ロッタ!「危うく脳味噌が沸騰しそうになりましたが…大丈夫なのです。」「それは残念だわ。」私達のところにやって来たキュルケが、ニヤニヤしながら私を見ているのです。「…頼みますから、何時如何なる時でも人をおちょくって楽しむ事を忘れない、その厄介な性格をどうにかしてください、キュルケ。」「無・理・よ☆」無理ですか、そうなのですか…。「これから戦うって時に何妄想してんのよ、あんたはーっ!」「こ、これから戦うんだからお手柔らかに…って、ぎゃー!」ちなみに私に抱きつかれてにやけていた才人は、ルイズにコブラツイストで締めあげられていたのでした。「大丈夫?」ふわりと降下してきたタバサが私達に声をかけてくれたのでした。「ええ、今のところは。 全員、目立たないように草むらで伏せるのです。」向こうが気付いているかいないかは半々ですが、ラ・ロシェールに向かう街道がここしかない以上、連中は絶対にこちらに向かってくる事だけは間違いないのです。「来た…。」蹄が大地を駆け抜ける音が聞こえて来ました。「…さて、キュルケ?」「ええ、やりましょ。」アンデッドは火に弱い。ファンタジーのお約束は通用するのか、さてやりますか!…馬の姿がはっきり見えたあたりで呪文を唱え、掌中に炎の玉を生成。タバサが同時に風の刃を形成。「ウインド・カッター!」「ヒヒーン!?」ウインドカッターで馬の脚を傷つけ転ばせた上で…。『ファイヤーボール!』私とキュルケの放った炎の玉が、先頭の二人を包み込んだのでした。「…一瞬で燃え尽きたわね。」「…アンデッドとは言え、どんだけなのですか。」紙みたいに燃え上がって骨も残さずに消滅…熱量強化型のファイヤーボールだったとは言え、火に弱いにも程があるのですよ。「うわぁ…。」転んで馬から転げ落ちた騎士たちが、《のそり》といった感じに立ち上がったのでした。首が完全に変な方向に曲がったのもいるのです。「ホラーな…っ!?」いきなり側面から風の刃が私を狙って飛んできたのでした。「ケティ、危ないっ!」「相手が死体なのが気に食わないが、デルフリンガー様参上!」才人がそれをデルフリンガーに吸収させます。「まさか女王の乗る馬まで容赦なく転ばすとは…な。」夜闇から現れたのは、よく見知った髭と帽子。肩に担がれているのは、寝巻き姿の姫様。他人が言うには伊達男、私が見るとただの胡散臭いオッサン、そう…。「丁度良い、此処で会ったが百年目! 我が怨み、此処で晴らさせてもらうのですよ、ワルドっ!」「それは僕の台詞だろっ!?」何をおっしゃるうさぎさん、なのです。「んぅ、此処は…。」ワルドに担がれている姫様が目を覚ましたようなのですね。「姫様っ!?」「あら、その声はルイズ?」ルイズが慌てて声をかけると、姫様のやけにのんびりとした声が聞こえてきたのでした。「…ああ、そういえばさらわれたのだったわね、私。」「…姫様。」あまりにものんびりしたその態度に、ルイズが思い切り脱力しているのです。「目が覚めたばかりで、寝惚けているのですよ。」「帰りたくなってきたわ。」流石のキュルケも少し脱力しているようですね。「ふわ…仕方が無いじゃない、仕事の疲れが溜まっているのよ。」気絶させられた時間も、貴重な睡眠時間というわけなのですね。「書類を読んで、大臣達の言うなりにサインをするだけの仕事の何処が疲れるというのだ。」「今、何と言ったのかしら、ワルド卿?」《ミシリ》という、空気の色が変わる音がしたような気がしたのです。「鳥の骨や汚職に塗れた大臣や官僚達の言うがまま適当に書類にサインし、日がな一日遊んでいる女王の仕事の何処が疲れるのかといったのだ!」まあ確かに、市井には女王主催の優雅なお茶会などの情報が流れてはいるのですが…。「ええ、確かに卿の言う通りかもしれないわね。 朝日が昇る前に目覚めて、女官達に服を着替えさせてもらい、髪を整えながら大臣達の持ってくる書類を何度も繰り返し読み直し助言を貰いながら決裁して、朝食を料理人たちが作る合間に書類を何度も繰り返し読み直し助言を貰いながら決裁して、朝食を食べつつ書類を何度も繰り返し読み直し助言を貰いながら決裁して、食後のお茶を溢さないように気をつけながら書類を何度も繰り返し読み直し助言を貰いながら決裁して、それから10時のお茶の時間までの間書類を何度も繰り返し読み直し助言を貰いながら決裁して、10時のお茶を飲みながら書類を何度も繰り返し読み直し助言を貰いながら決裁して…」食事の時間もお茶の時間も全部公務の時間とか…姫様の言葉を信じる限り、休んでいる時間が皆無なのです。「…就寝前の仕事が終わったら、お風呂に入って寝巻きに着替えて部屋に戻って来るけれども、そこでも助言がいらなそうな書類を見繕ってもらったのを決裁するのよ、どうしても眠気に耐えられなくなるまでね。 これが一日中遊んでいる女王の生活よ、素敵でしょ?」…奴隷だってもうちょっと優雅なのですよ、姫様。「あ、貴方という人は…。」ワルドが呻くように呟いたのでした。「対外的にはそこそこ優雅に暮らしているように伝えてあるわよ? 女王が食事の時間も眠る暇も無く一日中働き続けているだなんて、優雅じゃなくて世間体が悪いもの。 貴方はそんなこんなで遊び疲れて、いつも通りに力尽きようとしていた女王を無理矢理起こして死んだ人の扮装で騙そうとして見事に失敗して、奇妙なくらい手薄な王宮内を脱出したというわけ。 ラ・ロシェールにいる筈の貴方の仲間は全滅、代わりにトリステイン正規軍1000名が貴方達を手薬煉引いて待っているとも知らずにね。」流石のゾンビ達も、数の暴力に曝されたらどうにもならないのですよ。「し、しかし、肝心の貴方が捕まってはどうにもならんだろう?」「もし私が死んでもルイズがいるもの、ね? 近くに優秀な頭脳もいるし、心配は無いわ。」そう言って、姫様はルイズと私にウインクしたのでした。「虚無の権威に私の暗殺というソースをかければ、トリステインは建国以来かつて無いほどに結束できるわ。 私が生きていても、いずれは同じ場所までもって行くつもりではあったけれどもね。」禅譲話はこの為の根回しだったわけですね。「この国は近い将来貴族が貴族らしく、平民が平民らしく、それぞれが己の職分と能力を生かせる国に生まれ変わるわよ。 卿が夢敗れ、卿が見限った、卿が居ない国でね。」言っている事は格好良いのですが、ワルドに担がれたままなのですよ、姫様。「ああそれとワルド卿?」「ぐっ…な、なんだ?」姫様ってば、語るだけでワルドに結構なダメージを与えたみたいなのですよ。「水メイジに密着しているのは迂闊の証拠だって、士官学校で教わらなかったかしら?」そう言うと、姫様は胸元から装飾の少なくて短い杖を取りだしたのでした。「杖は先ほど奪った筈!?」「あれは儀杖よ…『反転』。」姫様がその呪文をかけた途端に…「ぐわあぁぁっ!?」…ワルドの義手のつなぎ目から血が流れ落ちはじめ、姫様は振り落とされたのでした。「姫様、それ禁呪…。」ルイズが引き攣った顔でツッコんでいるのです。『反転』は『治癒』の逆の魔法で、過去に負って完治した大きな傷を開くという、それはそれはえげつない魔法。水が国の象徴であるトリステインでは禁呪なのですが…。「この国では私が法よ。 あと、高度な魔法を封じるには、痛みで集中させないのが一番だわ。」「ですよねー。」あははー、そりゃしょうがないのですよ。「よ、よくも…。」「一国の主をさらおうというのだから、そのくらいの傷は甘受すべきよ、ワルド卿? 怒るついでに暗殺なんてどうかしら?」いやいや、あんな事言われたら殺すに殺せないのですよ、姫様。「…到着してから見せようと思っていたのだがね。 王太子、こちらに来たまえ。」「アア。」騎士のうちの一人が、全身を包帯に包まれた騎士が、ぎこちない動きでこちらに歩いて来たのでした。「まさか…。」「顔を見せてさし上げろ、王太子。」包帯の合間から除く金髪、くすんではいますが、まさか、そんな事が…?「アぁ、イイともワルド卿。」彼が顔を覆っていた包帯を解くとと…。「いやあああぁぁぁぁぁぁぁっ!?」それを見た姫様が絶叫を上げ、そのまま倒れてしまったのでした。「な、何という事を…。」顔が半ば欠け、黒焦げになっていますが、残った部分から見えるその容姿はかつて見た王太子、その人なのでした。「ヤア、ミス・ロッタ、久し振りダね。」「そいつの体は見つからなくてね、クロムウェルが辛うじて残っていた頭部を他の死体とくっつけたんだ…。」姫様を抱き起こしながら、ワルドは言ったのでした。「なんというおぞましい事を。」アンドバリの指輪、思った以上に無茶な性能なのですね…。「クロムウェルはそいつにレキシントンを吹き飛ばした高性能火薬の事を聞きだそうとして失敗した。 だから君がもし現れるようならば、殺してつれて来いと言われている。」そういうと、ワルドはニヤリと笑ったのでした。「ミス・ロッタを殺せ、王太子。」「あア、わかっタよ。」そう言うと、顔の半分ない王太子は私の方を見て微笑んだのでした。「顔見知りを殺すことが出来るか、ミス・ロッタ?」「ええ、ご心配なく。 ファイヤーボール。」私は躊躇い無く王太子にファイヤーボールを撃ち込みます。「へ…?」ワルドが間の抜けた声を上げたのでした。王太子はあっという間に紙のように燃え上がり、倒れて動かなくなったのです。「アンドバリの指輪の支配下におかれたまま、私達を害する事は王太子も望まないでしょう。 ならば躊躇い無く燃やしてあげるのがせめてもの手向けなのです。 …いやはや、人というのは怒り過ぎると却って心が澄み渡るものなのですね。」感情は魔力の源泉…怒りと悲しみと憎悪を心の炉にくべて、私の魔力がどんどん漲っていくのがわかるのですよ。「人の尊厳をこのような形で踏み躙る…恥を知りなさい、クロムウェル!」一度に9つの火球が形成されたのです…トライアングルとしての実力が上がったわけではなく、単に注ぎ込める魔力が一時的に上昇しているだけ。規定量以上の魔法を行使したせいか、頭がガンガンといった感じの頭痛に襲われ、喉は渇き、舌も乾き、目が飛び出そうな感覚が不快ですが、知った事ではないのです。「燃やせっ、ファイヤーボール!」流石にこの数のファイヤーボールを制御したことは無かったので、半分ほど外れましたが、それでも5体のゾンビ騎士を灰に変える事に成功したのでした。「とは言え…これは無茶だったかも…。」魔法を行使した直後から、酷い眩暈と頭痛が私を襲い始めたのでした。ええい、デルフリンガーはまだ気付かないのですか!?血に餓えた妖刀ばかりしていないで、たまには自分の役目を思い出して欲しいのです。「ルイズ!始祖の祈祷書を捲るのです! 先程話したように、この騎士達は生ける屍、魔力によって動かされる操り人形。 虚無ならば、これを解消する魔法がある筈なのです!」こうなったら私がやるしかありません。皆、私が何でそんな事知ってんだってのはこの際スルーで!ワルドがポカーンとしている間に。「で、でもこの祈祷書、エクスプロージョンしか書いていないのよ…。」そう言って、ルイズは首を横に振ったのでした。「祈祷書は求める者に求める魔法を与えるのです。 心の底から祈り求めなさい、魔法の呪縛から、偽りの生から、死者を解き放つ為の魔法を!」いやしかし、周囲から見ると明らかに色々と知り過ぎなのですよ、私は。問い詰められたらどうしましょう、いやマジで。「わ、わかったわ…。」ルイズは慌てて祈祷書を捲り始めたのでした。「虚無を使うつもりだと…まずい、アレをやるぞバリー!」「はっ。」確か、合体魔法は同じクラスのメイジ同士でないと、しかもかなり相性が良くないと王族の血を引いていない限りはうまくいかない筈なのですが。バリー卿はひょっとして、ワルドと相性ぴったりなのですか…?それとも、生ける屍ゆえの特性?「喰らうがいい、水と風のオクタゴンスペルを!」髭と爺のツープラトンとか誰得!?風が水を巻き込み、氷で出来た渦を巻き始めたのです。「…才人、頑張れます?」「あー…これってやっぱり俺の役目?」引き攣った顔で才人が聞き返してきたのでした。「才人というか、デルフリンガーの役目なのですね。 ルイズが虚無の魔法を見つけて放つまで、出来うる限り魔法を吸収してください。」「わかった…後、思い出すのが遅れて正直スマンカッタ。」おかげで先程からタバサが私をじーっと見つめているのです。正直冷や汗ものなのですよ…どうやって説明しましょう?『フリーズ・トルネード!』「死んでも命がありますようにっ!」才人が氷が飛び交う竜巻に突っ込んでいったのでした。健闘していますが、相手は竜巻なのでデルフリンガーを振り回すその姿は、何と言うかちょっと頭の可哀想な人みたいなのです…ガンバレ才人。「あった!これね!」そう言って、ルイズは大急ぎで詠唱を始めたのでした。才人には氷の破片がいくつも突き刺さって、とんでもない事になりつつあるので。早くしないと死んでしまうのですよ。「ディスペル・マジック!」ルイズのその魔法が放たれた途端に、一瞬にして氷の竜巻は消滅し、バリー卿を含めて騎士達も糸の切れた人形のように倒れ始めたのでした。「くっ、女王だけでも…!」「ファイヤーボール!」キュルケの放ったファイヤーボールは、ワルドの義手で弾かれましたが、姫様を拾う事への妨害にはなったのです。ナイスフォローなのです、キュルケ。「ぐっ、仕方があるまい…覚えておれ!」そう言って、ワルドは闇夜に消えたのでした。「ま…まちやが…あれ?」それをボロボロになった才人が追いかけようとしますが、膝を地面について倒れてしまったのでした。血がだくだくと流れ始めているのです。「タバサ、治癒を早く!」「ん。」ワルドを追う必要は無いのです。此処まで失敗を繰り返したら、いくらなんでもレコン・キスタには戻れないでしょうし。「んぅ…此処は、何処?」「トリステインなのです、姫様。」暫くして目を覚ました姫様に、声をかけたのでした。ヒポグリフ隊もようやく追いつき、周囲は雨。「はぁ…生き残っちゃったのね、私。」「姫様、大丈夫ですか、姫様!」ルイズが心配そうに姫様に声をかけているのです。「大丈夫よ、数日間仕事を溜め込みそうなのが憂鬱だけれども。 …ウェールズはどうなったの?」「私が燃やしました…彼の灰です。」私はそう言って、姫様に王太子の灰を手渡したのでした。「…彼は貴方に二度も殺されたのね。」「………………。」姫様の言葉は全くその通りで、返す言葉も見つからないのです。「姫様、ケティは…!?」「良いのですよルイズ、その通りなのですから。」ルイズが私を庇ってくれようとしましたが、私は手でそれを制したのでした。「灰を…ラグドリアン湖に還しましょう。 そこでアルビオン陥落の日、王太子殿下から仰せつかった言葉をお伝えします。」「ウェールズの言葉…?」王太子は私が二度殺しました…それは間違い無いのです。であるならば、私が王太子の代わりに王太子が伝えるべきであった事を伝えなくてはいけません。「ケティ、殿下から伝言を仰せつかっていたの?」「ええ、トリステインに戻ってきた時は意識がありませんでしたし、先日お会いした時にも伝えられる雰囲気ではなかったので。 仕事が溜まっていたせいもありますが、姫様が昼夜を問わず働き続けていたのは悲しみを紛らわせる為なのですよ、恐らくは。」原作では半ばアル中と化していた彼女が、打ち込めるものがあったが為にワーカホリックに陥った。どちらも健全とは良い難いのです。心機一転してもらわねば、例えば新しい恋に気分を向けられるように…とか。「お姫様、大変だったんだな。」タバサの応急処置が終わったのか、才人がよろめきながらもやってきたのでした。学院に帰ったら、部屋の中で一晩中何をやっていたのか知りませんが、ギーシュと一緒に寝ているはずのモンモランシーを叩き起こして才人の治療をさせるのです。私が引いたからって、イチャイチャしっぱなしに出来ると思ったら大間違いなのですよ、ククククク。「タバサ、王宮に向かう前に、ラグドリアン湖に寄って貰えませんか?」「ん。」タバサはコクリと頷いたのでした。此処からラグドリアン湖につく頃には、恐らく日が昇っている筈…。「にゃむ…見事に一徹してしまったのですね。」眩しい光を放ちながら上がる太陽、朝になってしまったのです。「ふわ…今日は体調不良で授業を休む事にするわ、眠いし。」キュルケ、授業中に居眠りすれば何とか乗り切れるような気がするのです。このままだと来年は私と同級生になってしまうのですよ?「アキバでゲーム買うために並んで奇妙な言葉で話すヲタに挟まれた時の事を思い出すぜ…。」ゲーム買うくらいでいちいち並ぶな、なのですよ才人。「頭がぐらぐらするわ…。」ルイズは徹夜に弱いのですね。「……………すぅ。」タバサは本を読む体勢で眠っているのです…やりますね。「じゃあ、始めるわね。」姫様は、遺灰をラグドリアン湖に撒き始めたのでした。「さようなら、ウェールズ。 本当なら国葬したいところだけれども、こんな粗末な葬儀でごめんなさい。 大いなる輪環の中で、いつかまた会いましょう…。」遺灰はゆっくりと、染み込む様にラグドリアン湖の水の中に消えていったのでした。「王太子殿下の遺言をお伝えします。 『アンリエッタ、僕を忘れて欲しい。僕を忘れて他の男を愛せるようになって欲しい。出来ればあの時のように誓って欲しい。』と。」「貴方にとって、それは都合の良い話ではないわね?」私はルイズを正統としていますから、確かに姫様の後が続くのは少しばかり好ましくない事ではあります。「都合が悪かろうが、遺言ですから。」半ばでっち上げですが、原作で彼が残した言葉を姫様に伝えるのは私のしなくてはならない事だと思うのです。「確かに…ウェールズの言いそうな事だわ。 他には?例えば『愛している』とは?」「いいえ、催促しましたが姫様を縛る言葉は言えないと。 『アンリエッタはその言葉を残せば、一生その言葉に縋ってしまうだろう』と。」私がそう言うと、姫様は軽く苦笑を浮かべて頷いたのでした。「はぁ、意地悪な人なんだから。」 姫様は静かに目蓋を閉じたのでした。閉じた目からは涙の雫が零れ落ちていきます。「本当に、意地悪な人…。」愛する人を失うという事がどれほどの事なのか、私にはまだわからないのです。知識収集癖のある私ですが、知りたい知識ではありません。一生、知る事が無ければ良いのにと、私はこの時そう思ったのでした。