「おやタバサ、お久し振りなのです。」「ん、久し振り。」仕事が終わった後、ケティが貴賓室に戻るとタバサがいた。「流石は北花壇騎士…と、言うべきでしょうか?」ケティは空き放たれた貴賓室の天窓を眺め、外から聞こえる「きゅい!」という泣き声を聞いて、全てを理解したように苦笑する。「ここは予想外だった。」「まあ、私も予想外でしたから、仕方が無いのです。」ケティはタバサに懐かれているが、同時に監視されている事にも気付いていた。自主的なものなのか、北花壇騎士としてのものなのかは定かではないが。(もしも、ジョゼフ王の命令で監視されているとするのなら、かなり厄介なのですね。)タバサがもしも、ケティをどうにかするように命令を受けたら、多少躊躇しつつも間違いなくやってのけるだろう。彼女は彼女にとって最大のアキレス腱である母を人質に取られているのだから。それがわかっているだけに、内心かなり困っているケティだった。彼女は基本的に身内には物凄く甘いのだ。(まあ、最悪どうにもならなくなったら、ニトロを錬金して自爆して果てましょう。 死体が木っ端微塵になれば、アンドバリでも流石に無理でしょうし。 そんな光景を見せられたらタバサの心は深く傷つくでしょうが、自分で殺すよりはましだと思ってもらうしかないのです。)そうならない事を祈るケティだった。「ああそうだ、珍しい果物があるのですよ、食べますか?」「ん。」タバサはコクリと頷いた。「わかりました…ブレイド。」ケティはブレイドの魔法で果物の皮を剥き、切り分けていく。(相変わらず、魔法を道具扱いする。)タバサはそう思いながら、ケティが果物を切る様を見ていた。ケティ達ラ・ロッタ家の人間の魔法に対する考え方は、一般的な貴族のブリミル教徒から見ると異端スレスレである。魔法は始祖から賜った神聖なる力であり、ケティのようにあからさまに道具扱いするのは貴族の一般的な通念上、あまり宜しい事ではない。(蜂に守られて、異端審問官も司祭すらも入れなかったせい?)ひょっとして、メイジというのは元々ああいう魔法の使い方をしていたのだろうかと、タバサは考える。タバサの信仰心は酷く低い。何故か?彼女の境遇を見れば一目瞭然である。優れた魔法の技能を持ち人格者として知られていた父は、魔法がさっぱりだった伯父の嫉妬によって暗殺された。始祖から賜った神聖なる力が、父を死に追いやる原因となったのだ。そして王家の姫であるが故に、権力闘争の泥沼に引き摺り込まれ母すらも半ば失った。己の身と家族を悲惨な境遇に貶めたのはブリミルより受け継ぐ神聖な血とやらのせいなのだ。本来彼女にとって福音となるべき全てのものが反転し、悪意となって彼女の身に降りかかった事が、彼女の信仰心を喪失させる原因となった。だから彼女は魔法を神聖な力だとは欠片も思っていない。目的を遂行する為の大切な道具だと思って使っている。だから、同じように魔法を道具として使うケティが気になるのだ。「はい、どうぞタバサ。」ケティが切り分けた果物を皿に乗せてタバサに差し出した。タバサはそれを一つ摘まんで口の中に放り込み咀嚼する。「美味しいですか?」「ん。甘酸っぱい。」程好い酸味と甘みが口の中に広がるのを楽しみながら、タバサは再び思考に戻ろうとした。上から「きゅい!きゅいー!(お姉さまだけずるいのね!)」と、抗議の声が聞こえるが、気にしない。「シルフィード、良いから人型になって降りてきなさいな。」ケティの一言に、タバサは口の中に入れていた果物を噴きそうになった。「きゅい!?いいの?」シルフィードも思わず人語を話している。「良いのです。 貴方が風韻竜なのは知っていますから、人に化けて下りて来るのです。」「な…なんで?」驚愕で口が震えて言葉がどもるタバサ。ケティには何もかも隠せる事は無いのだろうかと少し怖くなる。「うふふふふ、月は何でも知っているのですよ。」「説明になっていない。」とは言えタバサには、このとことん秘密主義な友人が自分の事を自分の前以外では絶対に口外しないのも知っている安心感もあるのだ。今まで散々監視し続けてきた結果、彼女はそういう信頼に足る人物だという事も理解出来ていた。「はい、はーい!シルフィはお肉が欲しいのね、きゅい!」人型になったシルフィードが、素っ裸で天窓から降りてきた。「貴賓室には肉は置いていないのですよ。 果物で我慢なさい、果物で。 あと、幻影で構いませんから、服を着ているように装うのです。」シルフィードが風韻竜である事に全く動じていないどころか、服を着ないで幻影でもまとっていろと言うケティ。「風韻竜を初めて見て、全く動じない人なんて初めて。」「ちっ、ちっ、ち。 当家の領地にはクイーン・ジャイアント・ホーネットという極めつけの幻蟲が居るのです。 今更喋る竜くらいで、びっくりするわけが無いのですよ。」始祖よりも古い時代から生き続けると言われ、自信満々で制御しようと向かっていったヴィンダールヴが彼女を怒らせて、危うく喰われそうになったとか言う愉快な逸話を持つ生き物がケティの領地には居るのだ。「そういえば、その通り。」タバサはコクリと頷いたのだった。「そう言えば、何故ヴィンダールヴはクイーン・ジャイアント・ホーネットを操れなかったの?」昔、本で読んで不思議に思っていた事を、タバサはケティに聞いてみた。「《わらわは外に骨持つ蟲であって、体内に骨を持つ獣ではないからじゃ。獣と一緒にするとは不敬な輩であったわ》…と、山の女王は仰っていたのです。 何分大昔の事なので、本当かどうかは知りませんが。」美味しそうに果物を丸呑みにするシルフィードを見ながら、ケティはそう言って微笑んだのだった。「泊まってもいい?」「ええ、久しぶりに一緒に寝ましょう。」ケティは笑顔で頷く。「シルフィも、シルフィも一緒なのね!」「はいはい、一緒に寝ましょう。 ベッドは大きいのですから。」その夜、タバサは久しぶりにゆっくりと眠る事が出来たのだった。モンモランシー・マルガリタ・ラ・フェール・ド・モンモランシは勤労学生だ。彼女の実家、モンモランシ家は始祖以来続く水の精霊との交渉役だったが、干拓に大失敗して借金をこさえた挙句転封されたという、先祖に土下座して謝っても許して貰えそうも無いくらい没落した貴族でもある。現在、モンモランシ家は堅実にコツコツ働いて借金を返し、元の地位に戻ろうと奮闘中なのだ。だから、実家からは余分なお金など一切送られてこない。そして、彼女が水の秘薬や香水を作ってコツコツ貯めたお金は…一世一代の大博打の為に使ったお金は…どっかのピンクワカメと慇懃無礼な腹黒娘が全財産はたいて折角作った虎の子の媚薬を飲んだせいで水泡と帰した。つまり、今の彼女には実家に帰る金すらない。だから、物凄く暑い女子寮の自室で、頑張って薬と香水を生成中なのだ。なのに…なのに!「取り扱いが繊細な薬の調合をしている最中に、後ろから抱き付いてくるんじゃないわよ、ギーシュ!」「ごふぁ!?」怒りに任せて、後ろから抱き付いてきたドアホウを、モンモランシーは裏拳で殴り倒した。「し…しかしだね我が麗しのモンモランシー、薄着にエプロン姿の君が魅惑的なお尻をフリフリさせながら薬を作っているのだよ。 これはもう誘われているとしか…ちょ、やめ…ぎゃあ!」無茶苦茶な事を言うギーシュの股間でズボン越しにいきり立っているものを、モンモランシーは無表情に蹴り飛ばした。「ちょ…これは…あんまりな仕打ちでは…ないかね?」悶絶しながら抗議するギーシュ。「ギーシュ、私、お金が無いの。 お金が無いのは、首が無いのと一緒なの。 つまり、私は今、とぉっても気が立っているのよ…わかるかしら?」「き、君が何を言っているのやらさっぱり意味不明だが、お金が無くて気が立っているのはわかったのだよ。」股間の痛みも忘れ、顔面蒼白でコクコク頷くギーシュ。「だったら、わかるわよね? 部屋に居るのは構わないけど、薬の調合の邪魔をしないでちょうだい。」「わ、わかったのだよ、僕の美しき蝶モンモランシー。」股間を押さえながら、部屋の片隅に追いやられている窓際のベッドに座るギーシュだった。ギーシュ・ド・グラモンは大貴族のボンボンだ。実家はトリステインきっての軍閥を束ねるグラモン家で、彼はその家の四男である。彼は末っ子であり、両親も兄達も彼には甘々だった。今もそこそこの美少年である彼だが、子供の頃はそれはもう美少女と見まごう程の可愛らしいお子様だったのだ。そんな彼に、両親も歳の離れた兄たちも皆骨抜きだった。しつけこそしっかりとされたので礼儀正しい子にはなったが、反面とんでもない悪戯小僧でもあり、《落とし穴といえばギーシュ坊ちゃん》と、領民に恐れられもした。何の不自由も無く育った彼だったが、ある程度大きくなった時彼は気付いた。一件裕福そうな自分の家が、内実借金まみれだという事実に。両親も兄達も、そして自分もとことん見栄っ張り、その見栄っ張りな気性が限界を超えた散財を生み出し、グラモン家を借金塗れにしていた。駄菓子菓子、そんな境遇でもギーシュは挫けない、折れない、砕けない!グラモン家の人間は見栄っ張りな上に物凄く暢気なのだ!借金くらいでへこたれるものは一人もいない、それは勿論ギーシュもなのだ。頑張れギーシュ、負けるなギーシュ!君にはきっと底抜けに明るい未来が待っている…と、いいね。「なあ僕の可憐なモンモランシー、薬の調合はまだ終わらないのかね?」「ええい、まだ数分と経っていないわよ!」ブラ無しで汗で透けたシャツ一枚にエプロン、後はパンツ履いているだけという、先日結ばれたばかりで愛しい恋人の扇情的な後姿は見ているだけでも楽しい…が、なかなかこう、感情というか劣情というものは制御が難しいのだ、特に男にとっては。モンモランシーにとっては、暑いから恋人の前で脱げる許容範囲の限界まで脱いでいるだけなのだが、ギーシュには《いらっしゃいギーシュ、私美味しいわよ?》と言っているように見えるのだ。わかりやすく言うと、辛抱堪らんのである。「モンモランシいいいいぃぃぃぃぃ!」「だっしゃあああぁぁぁぁぁっ!」ルパンダイブを仕掛けるギーシュを、モンモランシーの鋭いキックが打ち落とした。「な…生殺しなのだよ、切ないのだよ、これは。」「やかましい!今盛られても反応のしようが無いのよっ!」金は人を変えるものだ…とはいえ、変わり過ぎだモンモランシー。「あの日、僕の腕の中で可愛かった君はいったい何処に…。」ほろほろと涙を零すギーシュだが、ズボンにテントが張ったままなので、どうにも格好がついていない。「…もう、恥ずかしい事言わないでよ。」モンモランシーは照れて頬を赤くすると、作業に戻った。「よっしゃ隙有りいいぃぃぃっ!」「そう来ると思ってたわーっ!」再び野獣と化したギーシュを、モンモランシーは撃墜した。キュルケ・アウグスタ・フレデリカ・フォン・アンハルツ・ツェルプストーの趣味は意外と多くない。彼女の普段の趣味は、ごく平均的な貴族の娘とさほど変わりが無い…少し変わったものだと『ルイズを弄る』というのもあるが。ちなみに男達に愛を振りまくのは、ツェルプストーの女としてのライフワークではあるが、趣味では無い。そもそも彼女は飽きっぽい性質があるので、一つの趣味が長続きしないのだ。しかし、彼女が子供の頃から秘かな趣味としているものがある。「よし、完成…っと。」それはジグソーパズル。子供の頃に親に買って貰ったのが始まりだった。小さな破片を組み合わせて一つの絵を作り上げていくという、一見地味な作業をキュルケはいたく気に入っているのだ。凝り性が多いゲルマニアの国民性がそうさせるのか、それとも彼女の元々の素養なのか、それはわからない。夏休みに入ったのを機に、彼女は部屋に籠りきりで延々とジグソーパズルを続けていた。何故か?今年の夏が例年とは比べ物にならないくらい滅茶苦茶暑いからである。夏休みの初めころ、キュルケはケティに氷の魔法が付与された『冬のフライパン』というマジックアイテムを借りた。それによってキュルケの部屋は窓を開け放つと、丁度良い気温となるようになったのだ。それまで女子寮内で裸族と化していた彼女にとって、それは福音だった。そもそもゲルマニアはトリステインに比べて冷涼な気候の地が多いし、ツェルプストーの領地も涼しい場所が多い。ゲルマニア人は暑いのが苦手なのだ…なのに、今年のゲルマニアはトリステインよりも暑いらしい。キュルケ的には絶対に帰りたくなかった。わかりやすく言うと、キュルケは夏の引き籠り少女と化していた。「うーん…夏休みの間に終わらそうと思っていたジグソーパズルを全部終わらせてしまったわ…。 夏休みで遊びに行ける殿方も居ないし、ケティは何処に行ったのかわからないし、いつの間にかタバサまで居ないし!」どう考えても、キュルケは引き籠り過ぎだった。「涼しいのは良いけど、暇だわ…暇過ぎるわ、何で誰も居ないのよ。 私死ぬ、暇過ぎると私は死んじゃうのよ!」ぐわーっと叫んで、キュルケは部屋から飛び出した…途端に女子寮内の籠った熱気が彼女の体を蹂躙する。「私は微熱なのよ…灼熱じゃないの、情熱の炎もここまで暑いとわかりにくいじゃない。 ああもう、今年はいったい何なのよ?」大陸性の熱波なので湿度は低いものの、汗が止まらない気温だ。「いやーっ!?」女性の絹を裂くような悲鳴が女子寮に響き渡る。「今のはモンモランシー?」(あのちょっぴり抜けた守銭奴の事だから、絶対に面白おかしい事になっているに違いないわ。 例えば水の秘薬の調合に失敗して、触手ニュルニュルになっているとか。)そう思うと、キュルケの心はウキウキしてきた。「触手ニュルニュルは素敵だわ…うん、漲ってきた! 今行くわよ、モンモランシー!」キュルケは目を輝かせながら、モンモランシーの部屋に向かって歩いていった。「…触手なのか、奇怪な生物なのかと思って来てみれば、ギーシュ。 がっかりだわ、心底がっかりだわ。」「いや、触手や奇怪な生物より下とか、僕はいったい何なんだね?」キュルケは心底がっかりだという顔で、モンモランシーを押し倒しているギーシュを見下ろした。そして彼のテント張った股間を眺め…。「ふっ…。」鼻で笑った。「なっ!なんだね、その思わせぶりな嘲笑は!?」傷ついた表情を浮かべ、ギーシュが抗議する。「クスッ、マリコルヌより小さいとか、もうね。」「なっ!?ぼ…僕が、マリコルヌよりも…小さい…? ば、馬鹿な、そんな筈が…。」ギーシュの友人の一人でである小柄なぽっちゃりさんより小さいと言われ、ギーシュは酷く傷ついた。「だ、だいたい、何時彼の粗末なものを見たというのだね?」「この前、水兵服にスカートっていう変わった格好をして悶えていたわよ、一人で。」ギーシュとモンモランシーの二人は、それを聞いて『うわぁ』といった感じに一歩引く。ちょっと友達でいるのをやめようかなと思ってしまうギーシュだった。「まあ兎に角腕を磨きなさいな、じゃないとそんな粗末なものじゃあ…ねえ?」「がーん…がーん…がーん。」ギーシュは崩れ落ちた。「ここにいた。」キュルケの背後から、涼やかな声がした。「あらタバサ、お帰りなさい。」「ん。」モンモランシーの部屋のドアの前で、タバサはコクリと頷いた。「何処に行っていたの?」「ケティの所。」キュルケの質問に、タバサは簡潔に答えた。「ケティ?あの娘何処にいるの? 実家に帰っていないとは聞いていたけど。」ケティに会えれば退屈も紛れるかも知れない。そう思って、キュルケはタバサに尋ねた。「魅惑の妖精亭。」「魅惑の妖精亭! タバサ、あそこに彼女がいるのかね?」タバサの言葉に、ギーシュが素早く反応した。「ん。」「ギーシュ、魅惑の妖精亭って?」コクリと頷くタバサを見て、モンモランシーはギーシュに尋ねた。「え?あー…うん、アレだよ、御酒を頼むと可愛い女の子が御酌をしてくれるんだ。 チップを渡すとさらに愛想よく対応してくれる…そういうお店だょ…ごふぁ。」「…ギーシュがどうしてその店の事をそこまで詳しく知っているのかは、後でじっくり問い詰めるとして、何でケティがそんな店にいるのかしら?」ギーシュの脇腹に素早く拳を叩きこんでから、モンモランシーは考え込んだ。「ふっふっふ、ひょっとして、あの子事業に失敗して借金まみれに? くくく…仲間よ、仲間がいるわ。」モンモランシーの頭の中に貧乏貴族の新メンバーとなったケティの姿が思い浮かんでいる。「いや、それは無いと思うけど?」「ふふふ、短い天下だったわねケティ。 これからは私が先達として、正しい貧乏貴族の生き方を教え込んであげるわ。」キュルケがツッ込むが、モンモランシーは聞いていない。「面白いわね、貴方の彼女。」「貧乏な事に彼女はかなり強い劣等感を抱いているからね。 …時々暴走するんだ。」キュルケの言葉に、ギーシュはしみじみと頷いた。「口を滑らせるべきではなかった。」タバサは軽く煤けて肩を落とす。「大丈夫よ、絶対面白い事になるから。」そう言ってタバサの頭をぽふぽふと叩き、キュルケはにんまりと笑ったのだった。「さあ行くわよ、《魅惑の妖精亭》へ!」そう言うモンモランシーは最高に輝いているように見えたと、ギーシュは後に語っている。ジゼル・ド・ラ・ロッタは妹のケティが大好きである。初恋の相手がケティだと公言してはばからないのだから、ちょっぴり…いやかなり病気かもしれない。そんな彼女は現在とてもとてもとてもとても…不機嫌である。何故かというと折角の夏休みなのに、ケティと離れ離れになってしまったからだ。「はぁ…憂鬱だわ。」「縛り付けられている俺は、もっと憂鬱っス…。」ジゼルはパウル商会の本部事務所から逃げ出したパウルを、風の魔法で引っ掛け転ばせてバインドで拘束していた。「とッ捕まえたわよ、パウル。」「有難うございます、ジゼルお嬢様。」蜂蜜色に輝く軽いウェーブのかかった金髪に氷色の瞳の少女が、商会の事務所から出て着て礼をした。「でもキアラ、こいつがいなくてトリスタニアでの交渉が纏められるわけ?」「交渉役はこの莫迦者一人ではないので、大丈夫です。 多少効率は落ちますが…。」世間一般に美少女といわれるであろうキアラだが、基本的にいつも無表情かしかめっ面かのどちらかでしかない事が玉に瑕である。「商会の金はケティ坊ちゃんの金。 それを使い込もうとしたのですから、こいつは暫くこの本部で書類整理してもらいます。」「でも不思議よね、パウルってケティ一筋でしょ?」ジゼルの頭の上にクエスチョンマークが浮かぶのが見えるようだった。「ケティ坊ちゃんそっくりの酒場女を見つけて、その娘にコロッと騙され貢がされたんです。 いやはや、これの莫迦ぶりには、開いた口が塞がりません。」ケティからジゼルにはくれぐれも内密にと言われ、パウルと考えたカバーストーリーを語るキアラ。「はぁー、それは私も会ってみたいな。」当然、ジゼルが興味を示すが…。「ジゼルお嬢様では、この莫迦と同じように翻弄されて巻き上げられるだけでしょう。 酒場女とは恐ろしい生き物、ゆめゆめ近づいたりなさらぬ用にお願いいたします。」キアラはぴしゃりと拒否した。「ぶーぶー、ケチンボ!」「駄目なものは駄目です。 それよりも、莫迦が逃げようとしています。」ジゼルの目に入ってきたのは、転がりながら逃げるパウルの姿だった。「自由への脱出ッス!」「ざんねん、パウルの旅はここで終わってしまった! レビテーション!」ジゼルはパウルをレビテーションで浮き上がらせて、開いた窓から本部事務所に放り込んだ。「ギャース!?」パウルの悲鳴が聞こえたような気がしたが、ジゼルは気にしない。「…ところでキアラ、あいつの何処がそんなに良いの?」「…それは、ジゼルお嬢様も一緒でしょう?」そう言い合った2人の頬が赤くなる。「ケティ以外で好きになる男なんて、二度と出ないと思ったのにね。 ああいうタイプ、好みじゃないと思っていたのに、不思議だわ…。」赤くなった頬をポリポリと掻くジゼル。「私は昔から…です。 兄弟同然に育って、お兄ちゃんって呼んでいましたけど、その頃から…。」「うわ可愛い。」うわちくしょー可愛すぎるかなわねーとか内心で思いつつ、目を押さえるジゼル。「まあなんにせよ…。」「ケティ坊ちゃんに夢中で、私達の事なんか眼中に無いわけですが。」そう言って、2人は肩を落とす。「そしてケティは、パウルの事を面白い子分程度にしか思っていないのよね。」「つくづくままならないです。 その方が都合は良いですけど。」キアラはそう言ってコクコク頷く。「流石はケティの弟子だわ。」やるなぁと思いつつ、ジゼルは頷く。「ケティ坊ちゃんに内面を似せれば、こっちに振り向いてくれるかもと思ったのが始まりなんですけれどもね。 本当にままならないです。」そう言って、キアラは肩をすくめた。「あー…あいつが鬼の会計部長がこんなに可愛い女の子だって知ったら、私なんて一瞬で負けるわね。」「そ、そんな事無いです! ジゼルお嬢様は凄くかっこいいですから!」そう言われて、少しぐさっと刺さるジゼル。可愛いというよりかっこいい外見のジゼルは、格好良いと言われるのがコンプレックスだったりする。彼女自身は可愛くなりたかったのだが、背がひょろりと伸びて典型的なモデル体系となってしまった。贅沢な話だが彼女は可愛くなりたかったので、自分の容姿をあまり気に入っていないのだ。悔しいので人には言わないが。「ああ…可愛くなりたいわ、心から。」ジゼルは遠い目になって呟いたのだった。