魔法陣の前で私は集中しています。使い魔を、私の使い魔を召喚する為に。「我が名はケティ! 五つの力を司るペンタゴン。 我の運命に従いし使い魔を召喚せよ!」 光る鏡のようなゲートが現れ、その中からにゅっと顔を出したのは…。「やあ、僕の名前は知ってるかな? 僕の名前は、ド○ルド・マ○ドナ○ドっていうんだ☆」赤いアフロをはじめとして原色のどぎつい服の男が、すんごい笑顔で近づいてくるのです。「な…何でドナ○ド…?」私にふさわしい使い魔は、この真っ赤なアフロの愉快な道化だとでもいうのですかーっ!?「ランランルー☆ランランルー☆」「ち、近づかないで下さい。 近づくと…う、撃ちますよ?」モーゼルC96を抜いて突きつけますが、ドナル○は、にこやかな笑顔のままどんどん近付いてくるのです。「キスしないと、コントラクト・サーヴァント出来ないじゃないかぁ☆」抵抗空しくそのまま押し倒されて、○ナルドの顔が…顔がどんどん近付いてくるのです。「よろしくね、御主人様☆」「いやああああああああぁぁぁぁぁっ!」視界いっぱいに広がったドナノレドの顔が、顔が…っ!?「ぎにゃああああああぁぁぁぁぁっ!?」がばっと起き上がると、そこは貴賓室にある寝室。「ゆ…夢…?」嫌な汗かきまくりなのですよ。「し、しかし何でアレが…?」まさか、本当にあれではありませんよね…お願いします頼みます、腹黒いのもう少し直しますから…。…それだけは勘弁してください、神様仏様ブリミル様サージャリム様っ!「おほほほほ!たのもーう!」どっかで聞いたような年若い女性の声が、開店直後の店内に響き渡ったのでした。「あわわわわわ、ケ、ケティ!」真っ青になったルイズが、厨房に飛び込んで来たのです。「どうしたのですか、ルイズ?」「ももも、もんもんもんもんもんもんもん…。」いや、それだとさっぱりなのですが…。「外で呼び込みをやっていたら、モモモモンモランシーがものすんごい笑顔で『ケティはいるか?』って。 その後ろにキュルケやタバサや、ついでのおまけにギーシュまで! わわわわたし、思わず逃げて来ちゃったわよ。」あー…ルイズにとっては正体がばれたら屈辱的でしょうしねえ、一大事なのですよ。「会いましょう。」「ええーっ!?」ルイズの目が点になっているのです。「私たちは任務でここに居るのですよ。 誰に憚る事でも無いではありませんか?」「で、でも、任務なのをばらすわけにはいかないじゃない…。」ルイズの目が泳いでいるのです。「どんな任務なのかさえ話さなければ、問題ありません。 そもそも彼女らは、任務でここに居る私達の境遇を面白おかしく吹聴するほど軽薄ではないのですよ、友人を信じるのです。」王家からの任務である事を教えれば、みだりに言いふらしたりはしないのですよ、常識的に考えて。「う…わ、わかったわ。 サイトも一緒に来なさい。」「お…おう。」地獄に行くなら一緒に、なのですね。「ケティ、貴方が居る事はわかっているわ、抵抗せずに大人しく出てきなさーい!」ええと…モンモランシー、実験に失敗して何か変な薬でも合成したのでしょうか?例えば疲労がポンと飛ぶ薬とか…。「そんなに騒がなくても、私はここにいるのですよ、モンモランシー。」「ああっケティ、我が心の友よっ!」私はモンモランシーにいきなり抱きしめられたのでした。「あ…あの、いったいどうしたのですか?」「皆まで言うな、良いのよ良いのよ、辛かったわね、大変だったわね。 今日からは私が先輩なんだから、地味に堅実にコツコツと借金を返す方法を考えていきましょう。」助けを求めてキュルケを見ますが、苦笑いを浮かべつつ肩をすくめているのです。ここの情報を漏らした原因と思しきタバサを見ると、いつも以上の無表情で視線を逸らして口笛を吹き始めたのでした。「ギーシュ様、モンモランシーが暴走している原因の説明を求めます。」「いや、彼女は君が事業に失敗して借金で首が回らなくなって、酒場で働き始めたのだと思っているようなのだよ。 それは違うだろうと何度か言ったのだけれども、聞いてくれなくてね。」人は自分の見たいものを見、聞きたい事を聞くように脳が出来ているわけなのですが…そんなに貧乏友達が欲しかったのですか、モンモランシー…。「モンモランシー、モンモランシー?」「何?薔薇の造花の手早い作り方でも知りたくなったかしら? 何を隠そうギーシュがいつも咥えているあの杖も、実は私が作ったものなのよ?」それは思わぬ新情報なのですが、言いたいのはそういう質問ではないのです。「私の事業は全く失敗していないので、ご心配には及ばないのですよ。」「え…嘘よね? まだ現実を認めたくないだけなんでしょ?」はぁ…まだ言いやがりますか、このクロワッサン娘は。「ジェシカ…。」「ん、何々ケティ?」私に呼ばれてジェシカがやってきたのでした。「あちらのテーブルにこちらの貴族の方々を案内してください。 それと…。」懐から財布を取り出して、ジェシカに渡したのでした。「この財布の中身全部使って構いませんから、高い順から全部持って来るのです。」「ちょ…この財布、何エキュー入っているのよ?」んー…ざっと400エキューは入っている筈なのです。「…余った分は貴方達へのチップで構いません。」「合点承知、誠心誠意御持て成しさせてもらいますわ。」ジェシカは目を輝かせて厨房へと向かって行ったのでした。「え…ええと…?」「折角友人が来たのですから、今日はとことん持て成しましょう。 私の奢りなのですよ。」目を白黒させるモンモランシーに、にっこりと笑いかけます。「お金…無いんぢゃ無かったの…?」「そんな事は一言も言っていないのです。」それを聞いたモンモランシーは、塩の柱と化したのでした。「ではルイズ、魔法学院の制服に着替えてくるのです。 勿論マントもつけて。」「え?でもそれだとお客さんに正体がばれちゃう…。」困惑するルイズに、先日王宮から届いたサークレットを手渡したのでした。「何、これ…?」「フェイスチェンジが付与されたサークレットなのです。 顔が姫様になりますが…まあ気にしないで使えば良いと思うのですよ。」ルイズの場合、顔が姫様でも体格があからさまに違うので、良く似た別人と勘違いされるのは間違いないのです。「姫様に変装するのはちょっとしたトラウマなんだけど…わかったわ、ありがとう。」そう言って、ルイズは自室に戻って行ったのでした。「それでは私も着替えてくるので、少々待っていてください。」「わかったわ、待ってる。」塩の柱と化したモンモランシーの隣りで、キュルケがにこやかに手を振って見送ってくれたのでした。「…では早速、ちょっとしたイメチェンをするとしますか。」貴賓室に戻ってから、髪を左右でまとめてツインテールにし、伊達眼鏡をかけて完成。これで印象はかなり変わっている筈なので、更に魔法学院の制服を着てマントを装着すれば、普段からフロアに出ている回数も少ない私には誰も気付かないでしょう。「お待たせしました。」「おを、これはこれでまた別のみりょ…いたたたタタたたっ!?」私を褒めようとしたギーシュが、急にもがき始めたのでした。「その眼鏡…。」タバサが私の眼鏡を見ているのです。「ええ、貴方がかけているものの細工が気に入ったので、似たものを注文したのですよ、タバサ。 おそろいなのですね。」「ん。」タバサは少し照れたように頷いたのでした。「ケティとタバサだけずるいわ、私も欲しい!」キュルケが駄々を捏ね始めたのでした。「キュルケの顔はあまり眼鏡が似合わないような?」キュルケの顔は派手系なので、眼鏡をかけると却って魅力が損なわれるような気がするのです。「ん。」タバサも同意するように頷いたのでした。「がーん…私だけ仲間はずれにして、二人だけの世界を作ろうとしているのね。 同年、同月、同日に生まれる事を得ずとも、願わくば同年、同月、同日に死せん事をって誓った仲なのに。」何時から私達は義姉妹になったのですか、キュルケ。「そんなに言うなら、今度同じものを作ってあげますから我慢なさいな、キュルケ。」そんなにお揃いが良いだなんて、キュルケにしては珍しいのですよ。「さすがケティ、大好きよ。」「もが…。」私は抱きついてきたキュルケの巨大な二つの塊の間に挟まってしまったのでした…息が。「しかしケティ、本当に君の財産は大丈夫なのかね、これ程の料理を頼んで。」虚脱状態なままのモンモランシーを椅子に座らせながら、ギーシュが尋ねてきたのでした。テーブルの上に広がるのは、学院の晩餐会でも出ないような豪華な料理ばかり。こういう酒場で本当に作れたのがびっくりなのですよ、流石はスカロン。「まあ、毎日やるのは無茶ですが、ときどきやるくらいであれば、問題無いのです。」我が国の政府は貧乏ですし、兎に角軍を強化する為に価格面で少々無茶をしました。コルダイトの量こそ膨大なので、そこそこの利益は出ていますが…総体的に見れば実はトントンなのですよね軍需部門。まあ、元々大もうけでウッハウハなんて事は考えていなかったので、それはそれで良いのですが。「ふふふふ…夢よ、これは夢なんだわ。 じゃないと、何でケティがこういうお店で働いているのか理解できないもの。」そろそろ戻って来てください、モンモランシー。「私だけではなく、ルイズも、そして才人もなのですよ。」「うっす、ひさしぶりだな。」「ひ、久しぶりね、皆。」才人とルイズが丁度やってきたのでした。「…なんでルイズはフェイスチェンジかけてるの? しかも顔があのお姫様。」キュルケが首を傾げているのです。しかし、しかめっ面の姫様というのも、なかなか無いのですよ。「まあ、ルイズの外見は目立ちますから。」ピンク色に光るブロンドの髪なんて、流石にそうそう居ないのですよ。「成る程、確かに目立つ容姿よね。」得心いったようで、キュルケはうんうんと頷いたのでした。「今は別の意味で目立つけどね。」「姫様そっくりですからね…。」まあ、姫様と違ってかなり華奢な体型ですから、見る人が見れば間違いませんが。「貴族様方、じゃんじゃん食べていってくださいねっ!」ジェシカたちが次から次へと料理を運んできます。「ジェシカ、ご苦労様なのです。」「おをっ、ケティ。 見事な変身ね、キュートよ。」そう言って、ジェシカはすかさず右手を出してきます。「褒め言葉も有料なのですか、ここは。」ジェシカのことだから冗談だというのはわかりますが、1エキューを手渡してみました。「毎度ありっ!」ジェシカはにこっと微笑むと、歩き去っていったのでした。「じゃ…。」モンモランシーがゆらりと顔を上げたのです…復活しましたか。「…じゃあ、何でこんな店に?」「その前に、あらかた料理も揃いましたし…乾杯しましょう。」モンモランシーの問いをさらりとスルーし、立ち上がって杯を掲げます。「この暑い中、わざわざやって来てくれた友人達に…乾杯!」『乾杯!』モンモランシーも渋々ながら、杯を掲げてくれたのでした。「…で?」「任務なのです。」そう言いながら、女王直属の侍女である事を証明した、女王のサイン入りの書類をモンモランシーに見せたのでした。「成る程、どういう任務かというのを聞くのは…野暮よね。」「そういう事なのです。」話せる任務なら、「任務だ」とだけしか言わない筈が無いのを瞬時に悟ってくれるモンモランシー、流石なのです。「…何がどう野暮なのかね?」ギーシュがキュルケに小声で尋ねているのです。「命が惜しくないなら、聞きなさいって事よ。」「ひぃ!?」キュルケはキュルケで最高におっかない答えで返しているのでした。そうやってしばし歓談していると、羽根つき帽子に髭という量産型ワルドみたいな一団が店に入ってきたのでした。典型的な将校の格好なので、陸海空どれかの士官か、または親衛隊なのでしょう。「へえ、演習でもあったのかしらね?」「我が国の現在の安全保障方針は『殺られる前に殺れ』ですからね。 オクセンシェルナからも教導士官を呼んで、軍を急ピッチで再編している最中なのですよ。」オクセンシェルナ軍には優れた士官や兵士の養成機関があるのだとか。これがミフネ中将の遺産なのでしょうか?「流石はパウル商会のオーナー、そっち方面は詳しいわね。」「有効な情報は金に等しい価値を持つのですよ、モンモランシー。」料理を口に運びながら、モンモランシーの問いに答えます。「ああそうそう、モンモランシ家の薬の流通経路、うちにも任せて貰えるように貴方の父上に一筆書いて頂けませんか? 実家で優雅に帰省出来るくらいの礼は支払いますが。」「紹介状くらいなら良いけど、私の手紙があったからって、お父様が聞くとは限らないわよ? 駄目だったら金返せとか言わないでしょうね?」モンモランシーはそう言って眉をしかめます。「交渉で上手く行くか行かないかは、営業職の手腕次第なのですよ。 上手くいかなかったら貴方ではなく、営業職の給料から引きますからご心配なく。」まあ、パウルの腕なら大丈夫でしょう。「わかったわ…それにしても、たいした事無いと言いつつ、どんだけ儲けているのよ、貴方。」「いや実際、まだまだトントンといった所なのですよ。 だいたい返しましたが、今回の戦時需要に食い込む為に結構借金しましたしね。」空からお金が降ってきたりしませんかねぇ…。「しかし、うちの薬ね。」「モンモランシ家の水の秘薬であれば、高級士官用に確実に売れるのですよ。 当社の流通経路に入れた暁には、ラベルにはド・モンモランシの家紋と名も入れるつもりなのです。 そうすれば、今までよりは若干ですが高めに売れる筈。」モンモランシ家の名は没落したとは言え、水の名門としてとても有名なのです。これを使わない手は無いのです、ブランド戦略という奴なのですよ。「高く売れるならば、仕入れ値も上げられるのです。 そうすれば、モンモランシ家復興への道のりは今までよりも若干短くなる筈。 私は地味に地道にコツコツとが信条のモンモランシ家復興の手助けをしたいのですよ。」「ううっ、私は良い友達を持ったわ、ケティ。 私より儲けやがって妬ましいとか思っていてごめんなさい。」微妙な気分になる事を言われた様な気がしますが…喜んでもらえて、私も嬉しいのですよ、モンモランシー。「おお、あそこに居るのは貴族の娘ではないか!」「士官の相手をする酌婦が平民では、折角の休暇もいまいちだったしな…よし、彼女達を誘おう!」先程店に入ってきた士官達が、なにやらゴチャゴチャ話し始めたのです。…と言うか、声がでかいのですよ。貴族なのですから、もう少し静かに話しなさいな。「ど…どうしよう? 何か、君達女の子を誘おうと算段しているみたいだけれども?」ギーシュがオドオドし始めたのです。「ギーシュ様、虚勢で構いませんから、滅茶苦茶偉そうにふんぞり返っていてもらえませんか?」「どうするんだい?」ギーシュは不思議そうに首をかしげたのでした。「最悪の場合、グラモン家の名前を出してかたをつけます。 折角、ド・グラモンという軍閥の名を持つものがいるのですから、これを利用しない手は無いでしょう? 大丈夫なのです、ギーシュ様が堂々としていさえすれば、話はすぐにでも片付きます。」「任せたまえ、貴族たるもの偉そうにするくらい普通にやって見せるさ。」納得したといった風に、ギーシュは力強く頷いたのでした。「あと才人は念の為、今のうちに部屋に戻ってデルフリンガーを持って来てください。」「おう、わかった。」才人は席から立ち上がって、バックヤードに消えたのでした。「あー、オホン、ちょっといいかね、お嬢さんたち?」「見てわかりませんか? 我々はちょっとした祝宴の最中なのですが。」そう言いながら、冷たい視線を士官に送ったのでした。「あー…確かに、これは申し訳ない…が、しかし。」士官は引こうとしたのですが、事情を知らない仲間達に『ヘタレー』だの『タカユキー』だのといわれて、引くに引けないようなのです。「我々は王国陸軍ナヴァール連隊所属の士官であります。 恐れながら、我々の食卓へとお嬢様方をご招待しようと思って…。」「我々よりも貧相な食卓に『招待』とはこれいかに?なのですが。」そう、あちらはちょっと気を抜きに来ただけ、こっちはお大尽なのです。テーブルの上に乗っている料理が段違いなのですよね。「うっ…ですよねー。」士官は苦笑を浮かべたのでした。「…とは言え、私も引けんのですよ、御察しいただけませんか?」「残念ですが…。」私がそう言うと、業を煮やしたのか、もう一人士官がやってきたのです。「俺達は日頃国を守る為に頑張っておるのだ! その我々の為に酌の一つも出来んとは、それでも貴様らはトリステイン貴族か!?」あー…かなり酔っ払っているのですよ、この人。「あたし達はトリステイン貴族じゃないわよね、タバサ?」「ん。」キュルケがそう言うと、タバサは頷いたのでした。「あーん?貴様その下品な訛り、ゲルマニア人か? どうりで鉄錆臭いと思ったわ!」ゲルマニアは鉄工業が盛んなので、他国の人間に『鉄錆臭い』と言われる事があるのですよね。勿論、侮蔑表現なのです。「身持ちが硬いのだな、ゲルマニアの女は皆好色と聞いたが?」「私はトリステイン貴族なのです。 もう一つ言えば、私の友人に対して何を言いやがりますか、このヘボ軍人どもが!」そりゃまあ私も友人なりの気安さでキュルケの気の多さをネタにすることはありますが、赤の他人から侮蔑的に言われると腹立つのですよっ!私が杖を抜こうとすると、キュルケがそれを掴んで押さえたのでした。「好色とは失礼ね、私はきちんと自分の気に入った人しか相手にしないわよ?」「それを好色というのだ! わかったか下品なゲルマニア人め!」隣の席で飲んでいる女の子を、無理矢理御酌に誘うのもたいがいに下品だと思うのです。「ふぅ…わかったわ、お相手しましょう下品なゲルマニア人で良いのならばね。」「ほう、相手をしてくれるのかね?」無表情なキュルケというのも始めて見たのですよ、やる気なのですね。「ええ、杖の相手としてならばね…。」「ぬお!?」そう言ってキュルケは手袋…が無かったので、食卓においてあった布巾を相手の顔めがけて投げつけたのでした。ちなみにそれは、先程ギーシュが零したスープでひたひただったりします…ギーシュナイス。「あら、ごめんあそばせ。 でも、そのほうが男前ですわよ?」「ぐぬぬぬぬ! 女だてらにこの侮辱、許せぬ!」士官は杖を抜いたのでした。「表に出たまえ! 下品なゲルマニア人に礼儀を教えてしんぜよう!」「あら、光栄ですわ。」他の士官たちも次々と店から通りに出て行きます。「…さて、私達も行きましょうか、タバサ。」「ん。」私達が連れ立って店から出ようとすると、皆も席を立ち上がったのでした。「ケティが折角用意してくれた席を白けさせたんだから、私だって言いたい事はあるわ、拳で。」ルイズが腕を組んで、プンスカ怒っているのです。肉体言語で語る気満々なのですね。「同じく、ちょっと殴りたい。」才人もデルフリンガーを背負って帰ってきたのでした。「戦うのは無理だけど…傷の治療くらいはするわよ、特別に無料で。」そう言って、モンモランシーは杖を抜いて見せたのでした。「僕のワルキューレでも盾くらいにはなるだろう。」震えながらも、ギーシュはそう言って微笑んで見せてくれたのでした。「怖気づかずにきたようだな…ほう、良く見れば学院の生徒か。」「軍人相手に敵うとでも思っているのかね? だとすればとんだ思い違いである事を思い知らせてあげよう。」士官達は次々と杖を抜きながら威嚇してくるのです。「ケティ…これは私の問題よ? 下がっていて欲しいのだけれども。」キュルケは私を睨みますが、私にだって事情はあるのです。「宴の主催者は私なのです。 ゲルマニアではどうだか知りませんが、トリステインにおいて招待された客人への侮辱は、主催者への侮辱と一緒なのですよ。」「あら奇遇ね、ゲルマニアでも一緒だわ、それ。」そう言って、キュルケはニヤリと笑ったのでした。「私も。」「あら、私とケティだけでも何とかなるわよ、あの程度は。」タバサがそう言うと、キュルケはそう言って止めようとします。「貸し1。」「…ああ、あの時の。 そうね、そういう事ならお願い。」タバサの言葉に、キュルケは頷いたのでした。「私達も。」「あー…もう良いわよ、こうなったらどんどん来なさい、どんどん。」ルイズの言葉に苦笑を浮かべながら、キュルケは頷いたのでした。士官の数は全員で8人。私達は戦闘要員だけなら5人。数の上では不利な上に、手加減が苦手な火メイジが2人と不利ですが、魔法も近接戦闘もいけるタバサに、ガンダールヴの才人、最近魔法拳士と化しつつあるルイズもいますから、大丈夫でしょう。「…タバサ、何人やれます?」「8人。」タバサ一人で十分だったのですよ。「油断しているせいか、一つの場所に固まっている。」「エアハンマーでぶっ飛ばすつもりなのですね…。」まあ、それが双方にとって一番被害が少ない方法ではあるでしょうが。「とっとと宴に戻りたいですし、盛り上がっている皆には悪いですが、それで行きましょう。」「ん。」そう言って、タバサは私の後ろにささっと隠れたのでした。「君達は子供だ、数も少ない。 正面から戦っては可哀想というものだ。」「その通り、先に杖を抜きたまえ。」士官達が、そう催促してきます。「本当に良いのですか? 予め言って置きますが、私達はそこそこ強いのですが。」「学生で少々強いくらいで天狗にならないで貰おうか。 我々は軍人で、そして大人なのだ。」うふふふふふ、言質は取ったのですよ。「ではタバサ…ぶっ飛ばしちゃってくださいっ!」「ん…エア・ハンマー。」私の後ろからさっと現れたタバサが、すかさずエア・ハンマーを唱えたのです。『ぶべら!?』8人の士官達は不可視の空気の鎚にぶっ飛ばされ、大通りまで吹っ飛んで行ったのでした。「…さあ、腹ごなしも済みましたし、宴に戻りましょう。」「ええと、私達の振り上げた拳は何処に納めれば?」困惑気味にルイズが私を見つめてくるのです。「兵とは詭道なりなのですよ、ルイズ。」「えーと…わかりやすく言って。」額を押さえながら、ルイズは聞き返してきたのでした。「要するに、戦は騙した者勝ちと言う事なのです。 相手がこちらの戦力を舐めていたので、不意打ちで一掃したというわけなのですよ。」「成る程、勉強になるわ。 …で、私達の振り上げた拳はどうすれば良いのかしら?」全然わかっていませんね、ルイズ。「今ぶっ飛ばした士官達がどうしようもなく恥知らずならば、仲間を引き連れて帰ってくる筈なのです。」「つまり私達は、そいつらをぶっ飛ばせば良いのね?」いやルイズ、来なければぶっ飛ばさなくても良いというか、既にぶっ飛ばす事が目的と化していませんか?「まあ良いじゃねえか、楽なのが一番だって。」「才人の言うとおりなのですよ、ルイズ。 喧嘩なんかしていたら、折角の美味しいご飯が冷めてしまうのです。」財布の中身をはたいて用意した料理なのですから、きちんと食べて貰わないと。「さて、食事に戻りましょう。」若干消化不良な者達もいますが、宴は再開したのでした。宴もたけなわ、タバサとキュルケの馴れ初めの話も終わり、皆まったりムードになった時に奴らは再来したのでした。「先程は不覚を取ったが、今度は油断しない。 再戦を願う!」「再戦って…完全武装の歩兵一個中隊ではありませんか。」何処まで大人気ないのですか、この人たち。「我ら8人では物足りなさそうだったのでね、一個中隊の大サービスだ。」過剰サービスは却ってウザいのですよー?「来たわね、腹ごなしにぴったりだわ。」何で物凄く嬉しそうなのですか、何で拳をゴキゴキいわせているのですか…というよりも、何時からそんなバトルマニアになったのですかルイズ?「うけけけけけけけ!生贄が来たか、よし抜け、斬るぞ。」「黙れ妖刀…まあ、仕方が無いか。 知らんぞ、武装してわざわざやってきたのはそっちなんだからな。」喜びに震えるデルフリンガーを、溜息吐きながら才人が抜き放ったのです。「ああ、言っておくが峰打ちだぞ、デルフ。 全殺しは無しだ。」「うわ、つまんねー…。」いや、つまんねーって、デルフリンガー…。「まったくもう、しつこい殿方は嫌われるわよ?」「面倒臭い。」キュルケとタバサが面倒臭そうに立ち上がったのでした。「ひいいいいい。」「あばばばばば。」モンモランシーとギーシュは震えて抱き合っているのです。「さて、お店に迷惑をかけないように…表に出ましょうか?」「ああ、望む所だ。」しかし一個中隊とは…才人に頑張ってもらうしかありませんか。「ところで、こちらにはトライアングルの火メイジが2人いるのですが…。」「思い切りやっちゃっても良いわけね?」私とキュルケが火球を形成し始めると、中隊の兵士達がざわっとなり始めたのでした。「ちょ…やばくね?」「数で脅せば謝るだろとか中隊長言っていなかったか?」こういう狭い路地に兵隊がいっぱいとか、火メイジの大好物なのですよね。なんと言いますか、まさにキルゾーンなのです。「よ、よりにもよって対集団戦に強い火メイジのトライアングルが2人だと!?」「というか、学生でトライアングル2人とか、ありか!?」残念、タバサも合わせば三人なのです。「取り敢えず、ちゃちゃっと燃えるのですよ?」「私達の情熱の炎、その目でとくと御覧あれ。」『ファイヤーボム!』私達の放った火球が、それぞれ兵達のど真ん中で炸裂したのでした。『うわああぁぁぁっ!?』火球が炸裂し、兵士達が爆風でゴミみたいに吹き飛んでいきます。「おほほほほほ!吹き飛びなさい、そーれファイヤーボム!」「うふふふふ、素敵だわ!這い蹲って命乞いするのよ、ファイヤーボム!」ファイヤーボムは変り種ファイヤーボールの一つで、空中で炸裂して爆風と熱を撒き散らし、あたりを薙ぎ払う魔法なのです。今回は熱量を抑えて、その代わりに爆風増し増しバージョンなのですよ。『ふんぎゃあああああっ!?』「生半可な戦場よりもアブねえぞ、ここ!?」どかーんぼこーんと細い路地で爆発音が響き渡り、それが終わった頃には兵はあらかた地に倒れ伏していたのでした…というか、無傷の兵まで死んだふりをしているように見えるのですが。「ひええええええ!」「こんな所で怪我できるか、俺は逃げるぞ!」残った連中もあらかた散り散りになって逃げてしまったのでした。「…随分減りましたね。」「非番中に貴族同士のいざこざごときで怪我したくないでしょうしね、彼らも。 良くも悪くもプロだわ。」残ったのは文字通り煤けた士官8人と、十数人の兵士のみ。「そんなわけで、ルイズ、才人、残敵掃討お願いします。」そう言って、阿鼻叫喚の路地で、呆然となっている彼らを指差してみます。「オッケー…って、随分楽になったなオイ。」「なぁ…少なくなった代わりにあれ斬っちゃ駄目か?」駄目に決まっているのですよというか、黙れ妖刀。「少なくなっちゃったけど…ま、雑魚が少なくなったという事は、面倒が少なくなったわけよね。 なんだかわたし、すっごいワクワクしてきたわ! 」何処のサ○ヤ人ですか、ルイズ。「じゃあ、いくわよ!」ルイズが体を飛び掛る猫のように屈めたかと思うと、それをバネにして一気に士官達との距離を詰めていったのでした。「なっ、ブレイド!」「ふぅんっ!」士官が咄嗟にブレイドを形成してルイズを斬りにかかりますが、ルイズは…ええと、杖ごとブレイドを砕いたのでした。「な、何だと!?」「うわ、ちょっと切れた。」血が出たのか、ペロリと拳を舐めたのでした。気合入れれば岩をも一刀両断に出来るブレイドと正面からぶつかり合って、ちょっと切れた程度なのがおっそろしいのですよ、ルイズ。「わ、私のブレイドが…。」「何者だ、貴様!?」あまりのデタラメっぷりに、友人の私ですら《何者だ》と問いたい気分なのです。「貴様らに名乗る名前など無いっ!」何処の天空宙心拳の使い手なのですか、貴方は。「ええい、陛下と同じ顔で面妖なっ!」「陛下と違って胸無いくせに!」をぅ…それを聞いたルイズの顔が、鬼のような形相に変わったのですよ。「うわ、あいつら死んだな。」「冥福を祈ってやろうぜ、相棒。」士官の一人をデルフリンガーで殴り倒しながら、才人が沈痛な声でそう言ったのでした。「死刑。」壮絶な笑顔でルイズは士官達に死刑宣告をしたのです。『うぎゃあああああぁぁぁ!』そこに居るのは狩る者と狩られる者だけ。貴族としての尊厳も軍人としての誇りもへし折られた哀れな獲物は、ルイズという天性の狩猟者(プレデター)に追い掛け回され、狩られていくのみとなったのでした。「はわわわわわ!」「あわわわわわ!」その壮絶な光景を前に、モンモランシーとギーシュは抱き合って震えているのみなのです。「南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏…。」才人は静かに念仏を唱えています。「抵抗するだけ無駄だって、何でわからないのかしらね?」「莫迦だから。」不思議そうに呟くキュルケに、タバサが酷い返答をしているのです。『うぎゃあああああああああぁぁぁぁぁっ!』このあと、トリスタニアにはメイジを素手で撲殺するメイジ殺しの都市伝説が生まれたのだとか。いやはや、くわばらくわばら、なのです。