アレが追ってくる。化け物が追ってくる。「はぁっはぁっはぁっ!」ビルを逃げ回り、街中を逃げ回り、やっと逃げられるかと思ったら橋に化け物だ。「冗談じゃないぞ畜生!」アメリカには大学の企画した研修旅行で来た。研修旅行とはいっても、実態はただの観光。アメリカ東海岸の都市をいくつか巡り、最終日前日のニューヨークでこの莫迦げた事件は起こった。「はぁっはぁっはぁっはぁっはぁっ!」振動と一時的な停電、吹っ飛んできた自由の女神像の頭部。そして現れた白い化け物。なんというか、ゴジラとガメラに出てきたレギオンの嫌な所をくっつけたような化け物だ。まず米軍の武器が効いてる様子が一切無い。120㎜戦車砲弾や、ヘリからの対戦車ミサイル喰らっても平然としているとか、どんだけ化け物だ。そして、鰓みたいなところから、子供と思しきちっさいレギオンみたいなのをボトボト産み落とす。これは撃ち殺せるみたいだが、数は多いわすばしっこいわで厄介な事この上ない。「俺が何したっていうんだよ!」友人たちとははぐれた。はぐれたとは言っても、一人は小さい化け物に齧られた後、水風船みたいに膨らんだ挙句破裂したわけだが。つまり、永遠の別離ってやつだ。「逃げるったって、どこに逃げろってんだよぉ…。」はっきり言おう、土地勘ゼロだ。どこに逃げていいのか分からない。周囲の人に聞こうにも、ネイティブスピーカーのしかも焦って早口な人の英語なんて聞きとれん。出来る事は、アレの足音が聞こえたら逆方向に逃げること。アレと軍が戦う音が聞こえてきたら逃げること。「嫌だ、死にたくない、何でこんな事に。」だがしかし残念な事に、俺の後ろに足音がどんどん近付いてくるわけで…どうやら俺の運命はここまでっぽい。運命の女神は、俺にわけのわからない理不尽な死に方を寄越してくれたらしい。トラックに轢かれるよりはドラマチックな死を用意してくれて、どうもありがとう女神様とでも言えばいいのか?「運命の女神の莫迦野郎、俺の目の前に来たら殺す! 殺して犯してもっぺん殺す!」そんな風に運命の女神を呪ったのが悪かったのか、俺の体は何者かに鷲掴みにされた。「……………。」振り返ってみると、そこには大きな怪物の顔。サルっぽい、そんな間抜けな感想。残念な事に、俺はこれから、この正体不明のわけのわからない化け物の食料になるらしい。「……………。」化け物の口がくわっと開いた…恐怖で悲鳴すらも上がらない。口が近づいてくる誰か助けてお願い助けてまだ死にたくない助けてタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタス…。「うぐ…。」目を開くと朝方、魅惑の妖精亭の貴賓室の奥にあるベッドで目が覚めたのでした。「朝っぱらからハードなものを…。」久し振りに見たのですよ、前世の私が死ぬ瞬間。私が大きくなるにつれて普通の女の子になっていった所から考えるに、おそらく前世の人格はショックで崩壊したのでしょうね。記憶という名の残滓は、成長とともに吸収され整理される事で今の私に完全に統合された…と。「汗びっしょり…水浴びでもしましょう。」私はベッドから起き上がったのでした。今日も暑いですし、水浴びはさぞ気持ちがいい事でしょう…才人がついうっかり現れたりしないように、ドアにつっかえ棒をしておかねば。「ケティ、楽しそうな演劇知らないかしら?」「トリスタニアで楽しい演劇を見たいなら、自分達で劇団作ってやった方がまだ面白いのですよ。」私がそう言うと、ルイズはがっくりと肩を落としたのでした。「そ、そんなに面白くないの?トリスタニアの演劇って。」「才人が見たら、十中八九寝ます。 才人の国は我が国をはるかに上回る大国なのです。 こんな田舎町の三文芝居を見てもつまらないだけでしょうね。」エンターテイメントなら世界屈指の国なのですよ、日本は。…ふむ、いっそあちら風の演劇を役者に叩き込めば、ひょっとして儲かりますか?「トリスタニアを田舎町って…。」ルイズが私を睨みますが、事実ですし。「才人の祖国の首都は東京といって、人口3000万人という、想像を絶する大都市らしいですよ。」 「さ、3000万人って、あまりにも馬鹿馬鹿しいわ、ありえないわよ!」ルイズが目を白黒させているのです。「確かに我々からすれば想像付きませんが、才人は嘘を言っているようには見えませんでした。 才人の祖国である日本という国は、人口1億2000万人という想像し難い人口を誇る、東方屈指の大国らしいです。」「わ、わたしにはそんな事話してくれなかったのに…。」私にも話してくれていませんけれどもね…というか、その辺は才人よりも詳しいですし。「ルイズに話しても信じてもらえないと思ったからでしょう。」「じゃ、じゃあ何でケティには話してくれるのよ!」え、えーと…私に向けられている視線はひょっとして嫉妬の炎って奴でしょうか?いや、そんな視線を向けられても受け止めようが…。「その前にルイズ、才人の故郷の話を真面目に聞いたことがあるのですか?」そんなわけで、受け流す事にしてみたのでした。「へ?え、えーと…そう言えば無いわ。 無いというか、ちょっと聞いたけど、あんまりにも突拍子ないから、世迷言を言うなとぶん殴っていた記憶が…。」いや、「てへへっ♪」とか、音符交じりで可愛く笑って見せても、内容が物騒過ぎるのですよ、ルイズ。「だから何でいちいち肉体言語で語りますか貴方は。 聞いた端からぶん殴っていては、会話にならないでしょうに。 …というか、前にきちんと会話をしないと拙いといった筈ですが?」「う…でも、ヴァリエール家はいつもこんな感じなのよ…。 お母様を怒らせて、お父様やエレオノール姉さまや使用人たちが木の葉みたいに宙を舞うのを何度見たことか、そしてわたし自身も何度木の葉のように宙を舞った事か…。」思い出したのか、顔を蒼白にしてルイズがガタガタ震え始めたのでした。「それは…なんと言いますか、壮絶な家庭なのですね。」…ひょっとして、この性格は遺伝じゃなくて教育方針のせいなのですか?おそらく折檻を受けていないであろうカトレアは凄く穏やかな人ですし。前世で烈風の騎士姫読んでおけばよかったのですよ…スピンオフものは基本的に読まなかった前世の私の莫迦莫迦莫迦。「まあ兎に角、才人はすんごい国から来たので、誰が見ても残念な我が国の演劇を見せても、眠るだけなのですよ。」もしくは私みたいに悲劇で笑い転げるか。「うぅ、良い考えだと思ったのに…。」ルイズはがくりと肩を落とした後、ハッと気づいたように顔を上げたのでした。「…って!何で才人と出かける事に最初っから気付いてんのよーっ!」おお、ようやっと気付きましたか。「一人で演劇を見に行く程ルイズの《おひとりさまレベル》は高くありませんし、現在ルイズが一緒に行ける人は物凄く限られます。 ぶっちゃけ才人か、もしくは私くらいしかいません。」「ケティかもしれないでしょ?」頬をほんのり紅色に染めて、ルイズが私を睨みつけます。「私をどこかに連れて行きたいなら、私に相談はしないでしょう。 そんなわけで私は消えるので、才人だけになるというわけなのです。」「うぐ、貴方に口で勝てる日は永遠に来ない気がするわ…。」はっはっは、まだまだ甘いねワトソン君なのですよ。「でも困ったわ、どこに行けばいいのか思いつかないのよ。」「こういう手もあるのですよ?」そう言って私は上を指したのでした。「天井?」「そこを突き抜けてください。」いいボケですルイズ。「屋根裏?」「そこも突き抜けてください。」ボケ重ねとはなかなかやりますね。「屋根?」「…わざとやっていませんか? 鳥も雲も突き抜けて、その上にある青いのです!」私がじろっと睨むと、ルイズは納得したように手槌を打ったのでした。「おお、空ね!? 思わせぶりだからなかなか行き着かなかったわ。」「本気のボケとはなかなかやりますね。」才人と2人でボケ倒し漫才が出来そうな勢いなのです。「でも、空って?」「学院に帰れば、蒼莱があるでしょう。 あれで遊覧飛行でもしてきてはいかがですか? 狭い空間に二人きりで、なおかつ才人も寝る事は無いでしょう。」寝たらルイズの危機なので、使い魔のルーンが叩き起こしてくれるでしょうし。「成る程、確かに素敵ね。 二人っきりというのもいい感じだわ。」ルイズが軽く頬を赤らめながら、うんうんと頷いています。観劇が大失敗だったのは知っていますから、これでより仲良くなってくれれば良いのですが。「まあそんなわけなので、思う存分空の上でイチャイチャしてくるが良いのですよ。」「イチャイチャってのが微妙だけど、ありがとうケティ…って、具合悪いの?」私の顔を見たルイズが、心配そうに声をかけてくれたのでした。「へ?うーん…確かに朝寝て昼に起きるなどという生活は初めてですし、体調を崩しているかもしれないのですね。」顔色が悪いのでしょうか、私は?「眉を顰めていると思ったら、やっぱり! 確かに昼夜逆転は、体に負担がかかるわよね。」 「ふむ…今日は私もお休みを戴いている事ですし、部屋でのんびりしている事にしましょう。」私も知らないうちに疲れが溜まっていたのかもしれません。「なあケティ、ちょっと良い…か?」何でネグリジェに着替えようと服を脱いだその瞬間を狙うように来ますか、このエロ使い魔は。それともアレですか、私は脱ぎ属性のサブヒロインか何かって事なのですか?「おしっこは済ませましたか? 神様にお祈りは? 部屋の隅でガタガタ震えて、命乞いをする心の準備はOK?」おやおや、私は微笑んでいるのに顔が蒼白なのですよ、才人?「ま、待て、話せばわかる。」「問答無用。」話せばわかると言われれば、問答無用と返すのはお約束なのです。「ノックくらいしろと何度言えばわかりますか貴方はーっ!」「ごめ…あべし!?」才人は炎の矢で豪快に吹き飛ばされたのでした。「あー…死ぬかと思った。」すっかり横島忠夫かアンデルセン神父かといった感じの不死身キャラと化したのですね、才人。「ついうっかり部屋の鍵を掛け忘れた私もどうかと思いますが、女性の部屋に入る時にはノックの一つもするものなのですよ?」「うぅ、申し訳ない。」少し煤けているものの、莫迦みたいに無事な才人なのです。「…で、何の用なのですか?」「あーいや、ルイズに蒼莱で遊覧飛行したいって言われたんだけど、良いか?」んぅ?何でルイズは私からの許可は既に出ている事を言わなかったのでしょうか?「ええ、のんびり飛んでくると良いのです。 今日は天気も良いですし、遊覧飛行にはうってつけなのですよ。 ああ、離陸前の点検を忘れないでくださいね。」固定化をかけてあるといっても古い機械ですし、作動不良を起こすと大変ですからね。「ん?ケティは来ないのか?」「この恰好を見てわかりませんか?」何の為に私がわざわざネグリジェに着替えたと思っているのでしょうか、この目の前の野暮天は。「ひょっとして、こんな真昼間から寝るのか?」「ええ、少し体の調子が悪いようなので、今日は寝て過ごす事にしたのです。」いやはや、体の不調というものはなかなか気付かないものなのですね、ルイズに感謝なのです。「絶好調にしか見えねーのだけれども…例えば焦げた俺とか。」「乙女の怒りは天をも穿つのですよ。」わかりやすく言うと、死あるのみなのです。「そんなわけで、空の上でルイズとイチャイチャしてきなさい、私は寝ていますから。」そう言いながら、私はベッドに潜り込んだのでした。「わかったら、さっさと行くのです。 乙女の寝所に長い間居るものではありません。」何故だかイライラして、語気が荒くなるのです…拙いのですね、これは本当に具合が悪いかもしれません。「わ、わかった…お大事にな。」少し戸惑った表情で、才人は部屋を出て行ったのでした。「さて、眠りますか…ねむねむ。」私は布団を被って目を瞑ったのでした。「ケティ、マドレーヌ様が来たわよ。」部屋で休んでいると、ジェシカがやってきて私を揺り起こしたのでした。「んぅ…ほへ?マドレーヌ様が?」マドレーヌ様こと、マドレーヌ・ド・ラ・トゥール様なわけですが…ええと、何で?「わかりました、着替えますから貴賓室に通してあげてください。」「…もう来てますわよ?」その言葉と同時に、ぴょこんと見た事のある顔が現れたのでした。「マドレーヌ様、着替えるので下で少々お待ち頂けますか?」「いいわよそれで、病人はベッドで寝るのが仕事よ。 私は少し話したい事があるだけだから、接待とかいらないわ。」そう言うと、彼女は部屋に入ってきたのでした。「お酒はいらないわ、よーく冷やしたレモネードを二つ頂戴、大急ぎでお願いしますわ。」そう言って、ジェシカに金貨を10枚手渡したのでした。「チップと御代先払いよ、兎に角急いで。」「は、はいっ!」ジェシカは大急ぎで厨房に走って行ったようなのです。「…で、何でこんな所に居るのですか、姫様?」「おほほほほほ。」そう、謎の女貴族マドレーヌ・ド・ラ・トゥールとは仮の姿、正体はフェイスチェンジで顔を変えた我らが女王アンリエッタ・ド・トリステイン陛下なのです。「しかし、貴方が病気とはね。」そう言いながら、姫様は林檎を手にとって、置いてあったナイフで剥き始めたのでした。「お恥ずかしい限りなのです。 どうやら、早朝に寝て昼起きるという生活が体に合わないようなのですよ。 そんなわけで、今日はゆっくり休むことにしたわけなのですが…。」「仕方がないわ、私も滋養強壮効果のある水の秘薬一気飲みしながら仕事をしているから何とかなっているけれども、これがいつまでも続くとは思えないしね。 はい、林檎剥けたわよ。」ええと…姫様はワーカホリック過ぎるのですよー?「…ちなみに、私が滋養強壮効果のある水の秘薬を片っ端から買い占めたせいか、一部の自称《精豪》な貴族の殿方が漁色に出かける回数がめっきり減ったって評判よ。」「まあ、それは素晴らしい事なのですね。」女を弄んでポイするような連中には、そんなものは与えないで正解なのですよ。「…しかし姫様、そんなものを飲んで悶々としないのですか?」「ぶっちゃけた話、盛るだけの元気があるのなら、その分で仕事がしたいわ。」それは健全な青少年として、どうかと思うのですよ姫様?「うーん…でも、恋愛をすると元気がモリモリ湧いてくると聞きますが?」「そんな事言ったって、私と恋愛をする殿方というのは、そのまま王配になる可能性があるという事。 私と恋愛関係にあるというだけで、その貴族は大きな政治的影響力を持つわ。 器を過ぎた過大な権力を持てば、賢者も時にとんでもない愚鈍な人間になる事があるのは歴史が語るところよ。 私は恋愛をしたいなら、その前にまずは人としての器を見極めなきゃいけないのよ、それだけで面倒臭いわ。 それに、そんな暇があるなら、どれだけの書類を処理できることか。」結局仕事に行きつくのですね、このワーカホリック姫は。「それならば、私と話している時間も十分に無駄では?」「そんな事は無いわ、貴女の進言や忠告はためになっているもの。 そう…当代きっての政治思想家と話す時間なら、いくらでも無駄ではないわよ。 そうよね、ル・アルーエット?」早速ばらしやがりましたね、あのピンク。…まあ、ばらすなとは言っていないので、別に構わないのですが。「しかし、当代きっての政治し…。」「レモネード、お待たせしました!」ジェシカがレモネードを二杯お盆に載せて、ドアを開いたのでした。「ジェシカ…ノック。」「あー…焦っていて、思わず忘れちゃったわ。 申し訳ございません、マドレーヌ様。」私が半眼で見つめると、ジェシカは頬を赤く染めて後頭部をポリポリと掻いてから、深々と頭を下げて謝ったのでした。「構わないわ、でも次からは気をつけるのですわよ。 あ、レモネードはテーブルに置いておいて頂戴。」「はい、マドレーヌ様。」ジェシカはテーブルにレモネードを置いたのでした。「下がって良いわ…あと、人払いをお願いしますわね。」姫様はそう言って怪しく微笑むと、ジェシカに更に金貨30枚を渡したのでした。「ひ、人払いでございますか?」「そう、私はゆっくりと友人を見舞いたいの…わかりますわよね?」ええと…姫様、何で私にコケティッシュな流し目を送りやがりますか?「え…ええと…。」何なのですかジェシカ、その良心と金を天秤にかけるような表情は?「ケティ…。」ジェシカは私の肩にポンと手を置いたのでした。「人生長いもの、こんな事もあるわ。 犬に噛まれたとでも思いなさい、相手は男じゃないし。」「はあ?」いったい何が起こっているのでしょうか?「才人には話さないから、と言うか誰にも話さないから安心して。 それじゃあ、ごゆっくり…。」「あの、ジェシカ、何の事だか説明を…。」バタンという音がして、ドアが閉まってしまいました。「えーと?」「ぷっ…くくくくくっ。」姫様がお腹を押さえて、静かに笑い転げているのです。「ひ、姫様、今のはいったい…?」「うふふふふふ、稀代の政治思想家も、色恋沙汰には疎いと見えるわね。」色恋沙汰?いったい何を?「つまりね、今のジェシカとかいう娘は、30エキューで貴方の操を売り渡したのよ。」………………………へ?「み、操!?操って、だだだだだ誰に!?」「私に。」サークレットを外して素顔に戻ると、姫様はニヤリと笑って見せたのでした。「…おお成る程。」しかし、人払いにそんなネタを使うとか、姫様のヨゴレっぷりが最近顕著になってきているような?「察しが良過ぎるのも可愛くないわよケティ? そんなわけで、折角だから実践を…。」「女性とイチャイチャする趣味は無いのですよ…って、何をしますか、ちょ!ま!?」あーれー…。「…って!いい加減にするのです! 何時までふざけ続けるつもりなのですか!?」私は半ば脱げたネグリジェを押さえながら、姫様を睨みつけます。「そうね、ケティの慌てふためく顔も堪能できたし、このくらいにしておくわ。」「暇潰しに陵辱しようとしないで下さい…。」冗談なのはわかっていましたが、冗談でも本気でやりそうなのが怖いのですよ、この姫様は。「話は思い切り戻りますが…何なのですか、その《当代きっての政治思想家》というのは。」「ル・アルーエットに対する各国の王侯貴族の評価よ。 ちなみに枢機卿が言うには各国貴族の愛読書らしいわよ、貴方の本。」何なのですか、その過大評価は。「そもそも、そこまで莫迦売れしたという記憶は無いのですが。」「いいケティ?世の中には写本というものがあるのよ?」あー…良く考えてみれば、この世界に《著作権》という概念はまだ無いのでしたね。勝手にコピーされるとは…印税払えコンチクショーなのですよ。「貴方は気付いていなかったかもしれないけれども、貴方の書いた本は画期的なのよ。 《貴族たるもの》は王侯貴族の権利と義務、領民の権利と義務、そして両者がそれぞれに持つ力、それをハルケギニアの知的階層にわかりやすく説明した本なのは、書いた貴方が一番良く知っている筈。 そしてそんな本は、今まで誰も書いていなかったのよ。」「ぬぅ…。」これは、この人生始まって以来の大チョンボかもしれません。「貴方はここ数年で最大の掘り出し物だわ。 ルイズの手紙を読んだ時、思わず嬉しくて踊りだしちゃったわよ、それを見た枢機卿に疲れ過ぎて錯乱したのかと勘違いされて危うく医者呼ばれる所だったわよ、どーしてくれるのよ。」「そんなの関係ねえのですよ。」そりゃいきなり踊りだした姫様が悪いと思うのですよ。「だいたい私は今年学院に入ったばかりの若輩者、ただの学生なのですが?」「ただの学生は商会興して大儲けしたり、政治考察本出したりしないわ。」まあ、それはそれで道理ではありますが。「大丈夫よ、ここでいきなり官僚になれとか言ったりはしないから。 学生時代はきちんと待ってあげるから、終わったら速やかに王宮でこき使ってあげるわ。」このワーカホリック姫に付き合っていたら、婚期逃して盛大に嫁き遅れになるような予感が…。「いや、私は領地に引っ込んで領地の整備を…。」「新しい領地をあげるわ、ド・ワルドで良いかしら?」姫様はニコニコしながら、とんでもない事を言いやがったのでした。「なんつー領地を押し付けようとしているのですか、姫様。」ケティ・ド・ワルドなんて、物凄く縁起の悪い名前になるなど冗談ではないのですよ。「あら、前領主が裏切った挙句、主に貴方のせいでけちょんけちょんな目に遭った以外は結構いい領地なのよ? 今ならまだそれ程荒れていない筈だし、良いと思ったのだけれども。」「荒れ放題の領地の方が100倍ましなのです。」縁起でもない、私に笑いの神が降臨したらどうするつもりなのですか、姫様は。「領地など要りませんから、ラ・ロッタに引っ込ませてください。」「断るわ。」ぬぅ…強情な。「そもそも、貴女がラ・ロッタに引っ込めるわけがないでしょ。 モット伯なんて、貴女の才能を物凄く買っているのよ、学院を中退させてでも王宮に引っ張ってきてくれないかって頼まれたくらいだし。 ちなみに、寝言で貴女の名前をぼそっと呟いて、勘違いした奥さんにボロ布みたいになるまで制裁されたばかりだったりするわ。」モット伯…お願いですから、私の命まで危うくするような寝言を呟かないで欲しいのです。「諦めなさい、才能にはそれに見合った仕事が付き纏うのよ。」「あー…姫様にそれを言われると説得力があるのですね。」原作の初期の頃の姫様は、まさに位打ちといった風情でしたが。まあ、苦難を乗り越えて立派な君主に成長していったので、分相応だったとも言えますか。「ところで姫様、まさかこんな事を話しにここまで来たのですか?」「強引な話題逸らしね…まあ良いわ、確かに私がしに来たのはこんな話ではないし。」そう言って、姫様は頬をポリポリと掻いたのでした。「じゃあ早速だけれども、ゲルマニア皇家と姻戚関係を結ぶべきだと思う?」「相手が皇帝で無ければ、それも良いのではないかと。」あまり早くに結婚されると、私の知る原作から大幅に逸れそうな気がするのでNGですが。「…とはいえ、ゲルマニア皇家は第一皇子ですら現在9歳ですが。」「そうよね、流石の私もベッドで震える9歳の子供に興奮した半笑い顔で圧し掛かっていくとか無いわ。」いや姫様、そういう問題では無いような気がするのですよー?そもそも、何でそんなに具体的なのですか。「皇帝との結婚は無しですしね。」「いやまあ、子供出来たら実権取り上げてどっかに幽閉すれば、ついでにゲルマニアも手に入って一石二鳥なような気もするけど、年上過ぎて嫌なのよね。」エカテリーナ帝にでもなるつもりですか姫様…というか、確かゲルマニアの皇帝は御淑やかな女性が大好きだった筈。まあ、姫様も猫被ればそのくらいお手のものでしょうが。「無難な所で我が国の貴族…謙虚で地味という、我が国の貴族にはなかなかいない殿方を探すのが一番とも言えますが…。 まあ何にせよ、姫様の旦那になる人は大変でしょうね。」「貴女の旦那になる人もね。」はて、ナンノコトヤラ。『うふふふふふふふ。』私たちは微笑みを浮かべながら睨みあったのでした。そんなギスギスしているのだか微笑ましいのだか良くわからない歓談の後、満足したのか姫様が立ちあがったのでした。「…あ、そうそう、サイトを借りられないかしら?」ふと、思い出したように、姫様がそう言ったのでした。「才人はルイズの使い魔なわけですが、何故私に?」「ルイズに頼んだら絶対に反対するからよ。」まあ…確かに、容易に想像できるわけですが。「王宮をこっそりと何度か抜け出したでしょう? 御陰様で財務卿は、私が城を抜け出す悪癖を覚えたのだと勘違いしてくれているわ。 若いって良いわね、敵が勝手に舐めてくれるもの。」「勘違いなのかどうかは置いておいて、財務卿がそう考えてくれたのは良い事なのですね。」財務卿は姫様が真っ黒なのを知る側近の一人ですし、油断させるには事前準備が必要だったという事なのですね。「とはいえ私はしがない水メイジで、剣の心得も無いか弱き乙女だわ。 そろそろ刺客の一人や二人や一個師団くらいは覚悟しなきゃいけないと思うの。」「はぁ…。」一個師団も来たら、刺客ではなくクーデターなのですよ。「まあそんなわけで、身辺警護にとびきりの腕利きが一人欲しいのだけれども、銃士隊は他の野暮用があるから出せそうにないのよ。」劇場いっぱいのTAKARAZUKAですね、わかります。「成る程、それで才人という事なのですか。 ルイズが一緒に付いて来ないように、私に細工しろという事なのですね?」「そういうこと。」ルイズは目立ちますからね、ピンクですし。「まあそういう事なら、何とか手配しましょう。 一つ言っておきますが…才人はルイズのものなのですから、手を出しちゃあ駄目なのですよ?」「うーん…でも私、思い返してみるとルイズの持っているものが欲しくなる性質なのよね。」そう言って、姫様はにやりと笑って見せたのでした。「ぬぅ、逆効果でしたか?」「冗談よ、一国の女王が一介の平民と恋に落ちるなんて、物語じゃあるまいし有り得ないわよ。」そう言って、姫様は悪戯っぽくウインクして見せたのでした。「いつもの態度が態度なだけに、全く信用出来ないわけなのですが。」「…まあ、女王ともなれば、愛人の一人や二人いるものだわ。」何で目を逸らしやがりますか。 「兎に角才人は駄目です、絶対に駄目なのです。」別に才人で無くても良いではありませんか、才人で無くても。「…ふーん、その目はひょっとして嫉妬?」「んにゃっ! い、いいいいいいいいいきなり何なのですか!?」何でこんなに動揺しますか私!?「ほほう…これは実に興味深い、興味深いわ。 貴女が惚れるほどの男ね、冗談だったけれども興味出てきたかも。」「ああいや、私は男を見る目が無い事に関しては他の追随を許さないと言いますか。 ええもう、変な男ばかりですから、ええ、ええ。」な、何故否定しませんか、私は?「才人は莫迦で助平で朴念仁でお調子者で、兎に角駄目駄目駄目な駄目人間なのですから、姫様が興味を持つような相手では…。」ひ、ひょっとして…。「悪い所がきちんと把握できるくらい、きちんと彼を見ているっていう事よね、それ。」私ってば本当に才人の事が好きなのですかー!?「ふふふ…まさか、まさか、いつの間にやらサブヒロインとは…。」「えーと、何言っているのだかわからないわ、ケティ?」くず折れる私を変なものを見るような視線で姫様が見ているのです。「ラブコメ主人公属性おそるべし…おのれ、嫁き遅れたら責任とってもらいますからね、才人。」「…だから、何を言っているのか分からないわ。」姫様が困ったという感じで額を押さえているのです。「少々現実逃避をしてみただけなのです。 と、兎に角、才人に手を出しちゃ駄目なのですよ?」「まあ、私も幼馴染と将来こき使えそうな人材をいっぺんに失いたくないしね…自重はするわよ。」何とかわかってくれたようで、良かったのですよ。「とは言え…男と女の事だから、自重しても無理な事もあるけれども。」そう言って、姫様はニヤリと笑ったのでした。ああもう、誰かこの姫様を止めて欲しいのです。「ただいま、ケティ。」「体の調子はどう、ケティ?」姫様が帰った後、夕日も翳ってきた頃に二人は帰ってきたのでした。「ベッドに寝転がっていたのが良かったのか、回復したようなのです。」「そっか、良かった。」才人の安心した表情を見て、心臓が少しドキドキするわけですが、いやホントどうしましょうか?ルイズから才人を取るのは絶対に無理というか、理性ではそれはやれてもやってはいけない事だというのも分かっていますし。「それよりもケティ、そこで転がっているジェシカは何…?」「それはオブジェですから、無視の方向で。」 オブジェの癖に、か細い声で「タスケテー」とか言っていますが、無視なのです。「すげえなアレ、亀甲縛りって奴?」「スカロンが、煮るなり焼くなり好きにしろといったので、取り敢えず部屋の隅に転がしてみました。 ちなみに、持ってきたときには既にあの状態だったという事を宣言しておくのですよ。」オブジェから「トリアエズコロガストカナイワー」とか聞こえますが、同じく無視なのです。「…ジェシカ、ケティに何かしたの?」「人間、目先の欲に囚われてはいけませんよねーという事なのです。」スカロンは見た目以外は本当にまともなのですよね。娘が外道に落ちそうになったら、こうやって是正する事に躊躇は無いのです。見た目がまともでないのは、縛り方もそうだったというだけなのですよ、ええ、ええ。「見た目だけは徹頭徹尾変態なのですね、あの御仁は。」料理はまともどころか絶品の域なのに…。「よくわからないけれども、ケティとスカロンが悪いと思う事なら悪いわね。」いつの間にかルイズの信用も勝ち取っていたスカロンなのでした。「んで、この卑猥なオブジェ、何時まで転がしておくつもりなんだ?」「明日目が覚めたら、下ろしてあげようかなと。 そんなわけでジェシカ、お休みなさい。」ジェシカの顔に昏睡効果のある水の秘薬(メイド・イン・モンモランシー)を霧吹きで吹きかけると、軽くもがいた後ぐったりと動かなくなったのでした。「これで明日の朝目覚めれば、恥ずかしい縄の後がばっちり残ってやな感じなのです。 体のあちこちも痛くなるでしょうし、これをもって制裁とします。」これでジェシカが変な性癖に目覚めたとしても、まあ仕方が無いでしょう。親子で仲良く変態というのも悪くないかもしれません。「取り敢えずこのオブジェは放って置いて、遊覧飛行はどうでしたかルイズ?」局地戦闘機なのでガソリンが結構減ったかもしれませんが、モンモランシーの小遣い稼ぎにもなりますし、まあ良いでしょう。「うん、すっごく楽しかった! 前に乗った時には景色を楽しむ暇も無かったけれども、今回は楽しめたし。 船に乗っている時と違って、雲が物凄い勢いで遠ざかっていくのよ!」「間違えてケティん家の空域に入っちまって、怒り狂ったでかい蜂が物凄い数で追いかけてきた時はどうしようかと思ったけれどもな!」あああぁぁぁ…何という事を。たぶん姉さま達も目撃しているでしょうし、後で事情を知った山の女王に叱られるううううぅぅぅぅ!「うお、ケティがすげえブルーになってる。」「ラ・ロッタの上空は、ラ・ロッタ家のものしか進入を許されていない不可侵の空なのですよ、それを破ってしまうとは…。 しかもそれが私の手によるものだと知れたら、物凄く怒られるのは必至なのです。」あの御方、説教が長いのですよねえ…しかもいつの間にか昔の武勇伝に摩り替わるし。「あー…ひょっとして物凄くごめんなさいな事態?」「良いのですよ、予め言っていなかった私が悪いのですから。」まあ、何だかんだ言ってあの御方は身内には激甘ですし、好物の牛を何頭か献上すれば、沙汰は大分軽くなるかもしれません。「サイトを借りに来たわ。」数日後、姫様が再びやって来たのでした。「はいはい、わかりましたから、これに着替えておいてくださいね。 私は才人を連れてきます。」そう言って、私がいつも酒場に出る時に来ている服を一着渡したのでした。「あら、着ても良いのかしら?」「変装したいかなーと思ったのですが、貴族の格好でも構いませんか? まあ、どうせ顔が違いますし。」いつも通りフェイスチェンジのサークレットで、堂々と城を抜け出してきた姫様なのでした。「折角変装するのだもの、フェイスチェンジなんて無粋な真似はここまでにしておくわ。」「使わないのですか?」折角便利なのに…。「最後の最後で使うようにするわ、その方が探し回る現場が混乱するでしょ?」姫様に似た人間がうろついているのを見れば、町の人々は「あれっ?」と思う筈で、それをもって更に場を引っ掻き回すつもりなのですね。探す兵隊さん達には悪いですが、今回は本当に探し回って混乱している現場を作り出すのが目的なので、これで良しなのです。「財務卿とアルビオンの間者、両方釣り上げるわよ、ケティ。」そう言って、姫様は私にウインクして見せたのでした。