「あんたはああああぁぁぁぁ、また女の子の胸ばっかり見てええええええぇぇぇぇぇ!」「ぎにゃああぁぁぁぁ!」何時もの如く例によって予定調和通りに才人がルイズにボコられている。「まったく、いつもいつも飽きないわよねえ。」「頑丈よね、サイトって。」女の子達は既に慣れて気にしていない。「いいぞ、もっとやれー!」「オラァ!兄ちゃん根性見せろぃ!」常連客は見世物の一つだと認識しているっぽい。「ああ…羨まし過ぎますなぁ。」「あの細い手足で蹴る殴るされるとは…ああ、私もあの足で踏まれてみたい…。」ルイズの固定客達に至っては頬を紅潮させて羨ましそうに指を咥えて見ている…どう見ても変態です、本当に有難う御座いました。「お前ら、見てないで助けてくれええぇぇぇ!」でも誰も助けないのは、何だかんだ言って二人が仲が良いのを知っているし、何より才人が瞬時に再生する人類の規格外、言うなれば不思議生命体(YOKOSHIMA)だから。まあ兎に角そんなこんなで今日もほのぼのと血飛沫飛び散る凄惨な光景、平和な平和なとっても平和な《魅惑の妖精亭》だった。「ぬぅ…あのルイズに悟られずに、どうやって連れ出しましょうか?」その中で一人動きの違う娘が一人。栗色の直毛を肩まで伸ばし、絹のような光沢の髪に光る天使の輪っか…そう、ケティ・ド・ラ・ロッタだ。アンリエッタ王女が才人を借りにやってきたわけだが、いざこっそり連れ出そうとしたら例の如く血祭りの真最中。「ルイズ、ルイズ。」「あんたはああああぁぁぁ!いつもいつもいつもおおおおぉぉぉぉ!」ケティは声をかけたが、ルイズは折檻に忙しくてこちらに気付いていない。「ルイズ、ルイズー? おーい、やっほー?」「こんのバカ犬があああぁぁぁっ!」ケティはめげずに声をかけてみるが、全く反応する気配がない。「ふむ…。」ケティはしばし考え込んだ後、おもむろに呪文を唱え始めた。「バースト・ロンド。」『ふんぎゃー!?』ルイズ達の周囲で爆竹状の小さな爆発が連続して発生する。この不意打ちに堪らず悲鳴を上げてから、ルイズは崩れ落ちるように倒れた。「あうううぅぅぅ…。」「うがががががが…。」ルイズ《達》という事で、ついでに才人も巻き込まれていたが、ケティは見なかった事にした。「全くもうルイズは、熱中すると人の話をきけなくなるのが玉に瑕なのですよ…って、あれ?」「………………………。」へんじがない、ただのしかばねのようだ。「あー…集中している時に肩叩かれたらびっくりしますものねえ。」そんな呑気な事を言いながら、ケティは気絶したルイズを突っついている。「さすがケティ、容赦無いわねえ…。」「声をかけている間に気付いてくれれば、こんな悲劇が起きたりはしなかったのですが。」ジェシカのあきれたようなツッ込みに、ケティは少し悲しそうに肩をすくめて見せた。ちなみに、この店の常連にはケティがメイジだという事はばれている。しかもルイズが暴れた時とか、貴族が暴れた時とかに引っ張りだされるので、いわゆる『先生』と呼ばれる用心棒の類だと勘違いされている。普通の暴れやすい酔っぱらいは、ルイズに『酔い潰される』ので、ケティが出るまでもない。「とりあえず、この二人をこんな所に転がしておくのもなんだし、部屋にでも連れてって。」「はい、了解なのですよ~と。 レビテーション。」ケティが呪文を唱えると、重なり合うように倒れている二人の体がふわりと浮きあがる。「では皆様、御機嫌よう。」そう言って、ケティは二人を貴賓室に運んで行った。「姫様、お待たせしました。」「でかしたわ…って、何でルイズまで?」運び込まれてきた才人を見て、満足そうに頷いたアンリエッタだったが、ついでに運び込まれたルイズに首をかしげた。「いや、そう言えばここに水メイジが居たなぁと思いまして。」そう言いながら、ケティは二人をベッドに下した。「そんなわけで姫様。 ルイズに軽めの『スリープ』をかけちゃってください。」「なるほど、確かにこっそりサイト殿だけを連れて来るよりも効率が良いわね、それ。」そう言って、アンリエッタは呪文を唱え始める。「スリープ。」「ふにゃ…すぴー…。」ルイズは速やかに気絶から睡眠状態に移行した。「さて、では才人を起こしましょうか。 才人、起きてください才人。」「えーと…あれ、ケティ?」瞼をこすりながら寝ぼけた顔で才人が起き上がる。ちなみに、既に全身の傷は無い。「おはようございます才人。」「あ…うん、お早う。」才人は気絶から立ち直ったばかりで少々ぼーっとしている。「おはよう、サイト殿。」「へ?ええと…どこかで見たような?」何度も言うようだが、才人は寝ぼけている。どうやら度忘れしてしまったらしい。「ほう、私の顔を思い出せないとは…やるわね。 ほらほら、思い出しなさい。」思い出してもらおうとして、腕を組んで偉そうなポーズをとるアンリエッタ。「んー…やべえ、これ程の巨乳を思い出せんとは、鈍ったか俺。」だがしかし、才人はアンリエッタが腕を組んだ事で強調された胸にばかり目が行っている。「姫様の胸ばっかり見ているんじゃないのですよ、このエロ使い魔!」「あだぁ!?」それを見たケティは、ハリセンで才人の後頭部を思いきり引っ叩いた。「いたたたた…姫様? ああ、あのやさぐれお姫様!」才人はすっきりした表情になって、ポンと手槌を打った。「ねえケティ、このうすらぼんやりした少年に、『口は災いのもと』という諺を理解してもらう必要があるのだと思うのだけれども?」「才人にそのように細やかな配慮を覚えさせるのは、果てしなく困難かと。 おそらく徒労に終わるでしょう。」アンリエッタもケティも酷かった。「それに、朴念仁で昼行燈で悲しいくらい配慮不足な所にさえ目を瞑れば、良い友人になりますよ、才人は。」「でも、その価値はあるかしら?」アンリエッタは首を傾げる。「まあ、それは付き合っていけばおいおい…あれ才人、どうしたのですか?」「いや、ケティにそういう認識されていたのかと思うと、心にぐっさりと。」才人は膝を抱えて部屋の隅で小さくなっていた。「ふぅ…そういう欠点があっても、私は才人を欠け替えの無い大切な人だと思っているのですから、それで良いではありませんか?」「ほ…ホントか?」顔を上げてケティを潤んだ目でじーっと見る才人。「う…だからなんでこういう表情をホイホイと…。」「ほほ~う、なるほど。 これは後戻りできないかも。」頬を赤らめて目を逸らすケティを見て、アンリエッタはニヤリと笑った。「ケティ?」ケティが何故目を逸らしたのか理解出来ていない才人が、不安そうにケティを見る。「ほ…本当なのです。 で、ですから、貴女と私の友情は…って、コラそこ!何をニヤニヤしてやがりますか!?」顔を真っ赤にしたケティがアンリエッタを指差した。「おほほほほ、まあ良いじゃない。 それよりも、本題に移りましょう。」「ぐ…仕方がありませんね。」ケティは目を瞑って、背筋をビシッと伸ばした「才人、貴方に特別な任務があります。」「ん、改まって何だよ?」才人は首をかしげた。「姫様の護衛をお願いしたいのです。」「このお姫様の?」ケティの言葉に、才人はアンリエッタを指差す。「はい、護衛に腕利きの人員が欲しいのですが、姫様が現在使える人員はすべて出払っていまして、才人に白羽の矢が立ったということなのですよ。」「俺に護衛…ねえ?」才人はピンと来ないのか、首を傾げる。「ルイズに接しているように、姫様の身近にいれば良いのですよ。」「そうそう、肩肘張らないで、自然体にね。」ケティの言葉に続けて、アンリエッタも笑顔で話す。「なるほど…でもそれって、腕利きって事ならケティでも良くね?」「才人…私は腕利きではないのですよ。 魔法はそこそこ使えますが、基本的に荒事向きではないのです。」才人の指摘をケティは首を横に振って否定する。「その上私は火メイジなので、魔法は広範囲を吹き飛ばす方が得意なものが多いのですよ。 姫様ごと敵をぶっ飛ばすわけには行かないでしょう?」「私もなるべくなら焦げたくないわ。 そんなわけで剣の達人、ガンダールヴの貴方の出番というわけ。」そう言って、アンリエッタは微笑んだ。「なるほど、そういう事なら…って、ひょっとしてケティはついてこないのか?」「ええ、姫様と2人っきりでお願いします…って、不安そうなのですね?」才人の不安そうな表情に、ケティは首を傾げる。「いやだって、お姫様なんか相手にした事ねぇし。」「気にしなくて良いのですよ、姫様は見てのとおりアレですし。 普段通り、ルイズや私に接するように接してくれれば。」アンリエッタが「アレって何よー?」とか抗議しているが、ケティはさらっと流した。「わ、わかった。」才人は緊張した面持ちで頷いた。「よし、それじゃあ行きましょうかサイト殿?」アンリエッタはそう言うと才人の腕を取り、自分に引き寄せた。「な…なっ…な…。」ちなみにケティは目が点になって固まっている。「わ、な、何?」「あら、殿方は女性を連れ立って歩く時、エスコートするものじゃなくて?」困惑の表情を浮かべる才人に、アンリエッタは魅惑的な微笑を浮かべた。「い、いや、でも、くっつき過ぎじゃね?」才人は硬直したケティの視線が気になるのか離れようとするのだが、アンリエッタは離してくれない。「良いのよ、そろそろ夕暮れ時ですもの。 それじゃあケティ、サイト殿を借りていくわね。」「は…はい、ごゆっくり。」引き攣った笑みを浮かべつつ、ケティは頷いた。「じゃ、じゃあケティ、行って来る。」「はい、ごゆっくり…。」手を振る才人にケティはゆっくりと手を振りかえし、ドアが開いてパタンと閉じた。「ひょっとして私は、狼に羊を手渡してしまったのでは…?」二人が出て行ったドアを眺めながら、ケティはぽそりと呟いた。「何かケティがぎこちなかったような?」《魅惑の妖精亭》の裏口から出てきた才人は、ボソリと呟いた。「うふふふふ、あの娘はこういう事になるとからっきしなのね。」「ん?どういう事?」含み笑いを浮かべるアンリエッタに、才人は尋ねてみた。「そういう事はね、自ら気付いてこそなのよ才人殿。 私が話しちゃいけないし、話すべき事でも無いの。」「良くわかんねえ…。」才人は眉をしかめて天を仰いだ。「それじゃあ話は変わるけれども才人殿、何か面白い場所は知らないかしら?」「面白い場所?」アンリエッタの問いに才人は首を傾げる。「面白い場所…ねえ、俺もトリスタニアで暮らし始めてまだちょっとしか経ってねえし、あんまり詳しい場所は知らないぜ? 屋台とか、生活必需品とかのある場所なら知っているけどさ。」「そういうの良いわ、楽しそう。」そう言って微笑むと、才人の腕をギュッと胸に押し付けるアンリエッタ。「連れて行って頂戴。」「い…いやでも、仕事の最中なんだろ? さぼって良いのか?」才人は眉をしかめてアンリエッタを見た。ちなみに眉はしかめられているが、胸の感触のせいで口元は締まりが無い。「さぼるのが仕事なのよ、今日に限ってはね。」ちなみにアンリエッタの現在の格好は夜の女の格好であり、才人は尋常ではないくらい綺麗な酌婦の少女に誑かされている可哀想な少年に見えている。いやまあ、実際に誑かされているのは間違いないような気もするが。「どういう事?」「まあ、いずれわかるわ。 それまでのお楽しみよ。」そう言って、アンリエッタはウインクしたのだった。「ねえねえアレは何?」「えーと、何だろ?」夕暮れのトリスタニア市街、艶やかな黒髪を背中あたりまで伸ばしたびっくりするほどプロポーションの良い美少女が、同じく黒髪でぼんやりした表情の少年の腕を抱えている。まさかこの国の女王が、平民の少年を護衛に街中をうろついているとは、誰も思ってはいなかった。「じゃあアレは?」「何の店だろうな?」アンリエッタの問いに、才人は首を傾げる。「えーと…じゃあアレは?」「うーん…さあ?」アンリエッタは街中をのんびり歩くのが生まれて初めてだったりする。今までは行き先を教えてくれる魔法のアイテムで、まっすぐに《魅惑の妖精亭》まで向かっていたのだった。「そ、それじゃあアレは?」「はっきり言おう、知らん。」なので、街中の散策は仕事のついでとはいえ、楽しみにしていたのだが…。「み、見事に何も知らないのね…。」「いや、そう言われてもトリスタニアに来て数週間しか経ってないし、あんまり知らないって予め言ったじゃんか?」道中の案内に、才人を使うという行為が壮絶に大失敗だったのは言うまでも無い。「そもそも、俺はこっちの文字が読めないし。」「あら、そうなの?」アンリエッタは肩を落とす。「あぁ、そんなにがっかりするなって、よく行く場所ならそこそこ詳しいから。 姫さ…っと、これは流石にまずいか…何て呼べばいい?」「アンで良いわ、いちいち偽名を考えるのも面倒臭いし。」アンリエッタは才人の腕をぎゅっと抱え直し、上目づかいで微笑んだ。「お…おう、わかった。 じゃあアン、これから暫くよろしくな。」「そんなに緊張しなくて良いわよ、ルイズに接しているみたいに自然にして。」そう言って、アンリエッタはキス出来そうなくらい顔を近付ける。アンリエッタから漂ってくる良い香りに、才人は緊張するばかりだった。「い、いや、ルイズとこんな風に密着した事無いから。」正確には『正気のルイズと』だが。「あら、そうなの?」アンリエッタは少しびっくりしたかのような表情を浮かべる。「主人と使い魔は引き合うものだし、ましてや人ならと思っていたのだけれども。」「ルイズの場合、怒っているか怒鳴っているか極めているか殴っているか蹴っているかが基本だ。」良く考えたらろくな目にあってねーなと思いつつ、才人は言った。「じゃあ、ケティとは?」「同じく、無い。 つーか、ケティにそういう事するとこんがり焦げる破目になる。」こちらも同じく『正気のケティと』である。「じゃあ、こういうの初めてなのね?」そう言って、ふふふっと笑うアンリエッタ。「そう、その通り。 緊張するから勘弁してくれ、こんな状態では剣も抜けねえし。」才人としてはこうもくっつかれると嬉しいを通り越して落ち着かない、主に下半身とか。「ふむ、それは拙いわね。」アンリエッタは腕の力を緩めてくれたが、離してくれない。「もうちょっと離れてくれると助かるんだけど。」「じゃあ、これでどう?」アンリエッタは才人の左手をギュッと握り締めた。「うをぅ…。」年齢=彼女居ない暦の才人にとって、女の子と手を繋ぐ事などなかなか無いイベントだ。「これ以上の妥協は出来ないわよ、はぐれたら困るでしょ?」「おう、わかった…。」そう言われてはこれ以上離れることも出来ず、なんとも嬉しいような困ったような心境の才人だった。「で、案内できる場所って?」「もうちょっとで着くよ、あそこだ。」そう言って才人が指差したのは、屋台や露天が立ち並ぶ一角、市場(マルシェ)だった。「面白そう、早く行きましょう。」「わ、引っ張るなって、ちょ、おい!」才人は足早になったアンリエッタに引き摺られるように、市場に向かっていく事になったのだった。「これは…素晴らしいわ。」「な、平民の飯もなかなか美味いだろ?」屋台で買ってきたチーズとソーセージと葉野菜の入ったガレット(蕎麦粉のクレープ)をベンチに座って美味しそうに頬張るアンリエッタを見て、才人はにっこり笑った。「これは王宮で普段出してもいけるわ。 材料も平民が食べるものだから、極端な原価ではないでしょうし。」こうして、こっそりと王宮のメニューにジャンクフードが加わったりしたが、それはまた別の話。「サボってんのに、仕事の話?」「今日はサボるのが仕事だって言ったでしょう? これも仕事なのよ、し・ご・と。」ああ言えばこう言う、ケティみたいだと才人は思った。「でもこれ本当においしい、ありがとうサイト。」「どういたしまして、飯以外にも色々とあるから、見ていこうぜ。」そう言った才人の手元を、アンリエッタはじーっと見ている。「…で、そのガレットには何が入っているのかしら?」どうやら、才人が頼んだガレットにも興味津々のようだ。「へ?ああこれか?これはハムとふわふわに焼いた卵を包んでいるんだよ。」「一口頂戴。」アンリエッタはそう言うと、才人の手元にあるガレットにかぶりついた。「うん、これもおいしいわね、バターが効いてる。」「そ…そうか、そりゃよかった。」才人は『この国の人間には間接キスの概念がない』という、ケティの話を思い出していた。「…役得と思っておくしかねえな、これは。」ケティにばれたら怒られるかもしれないとか思いながら、才人はガレットを一口齧った。「ん?どうしたの?」「いや、なんでもない。」才人は目を逸らした。「ふーん、まあ良いわ。 美味しいガレットに免じて、追求しないであげる。」「そうしてくれると凄くありがたい。」才人はホッと安堵の息を吐く。「ごちそうさま、じゃあ市場を回りましょうか?」「おう。」ガレットを食べ終わった二人は、ベンチから立ち上がった。「うーん…実に興味深かったわ。 生の平民たちの生活を実感出来るなんてなかなか無いものね。 お父様が城を抜け出してうろうろしていたのって、こういうものを見る為だったのかしら? …はじめは本当にどうしてくれようかと思ったけれども。」「この街の知らない部分は、これからおいおい覚えていくから勘弁してくれ。」半眼でアンリエッタに睨まれた才人は、頭を掻きながら天を仰いだ。「面白かったけれども、ちょっと疲れたわ。 何処か、のんびり休憩できる場所とか知らないかしら…例えば喫茶店とか?」「喫茶店…ねえ?」そう言えば前にケティと街を歩いた時、喫茶店に寄ったなぁと才人は思い出していた。「ああ、喫茶店なら知ってる…ぞ…。」喫茶店でケティとやたらと密着していた事を思い出す才人だった。うっすらと赤らんだケティの顔とか、胸とか、腕の感触とか。「…ああでも、あそこはちょっとヤバいか?」「ヤバい?」アンリエッタはきょとんとして首を傾げた。「いや、ゆっくりし辛いというか…。」「喫茶店なのにゆっくりし辛いの? 前に視察に行った店ではそんな事は無かったのだけれども…興味深いわね。」言い淀む才人を後目に、興味津々なアンリエッタ。「サイト、案内して。」「えええっ!?」才人は焦るが、アンリエッタは止まらない、止められない。「面白そうだわ、案内しなさい。」「あー…いや、後悔するなよ?」目が輝いているアンリエッタを見て、才人は肩を落とした。「着いたぞ、この喫茶店だよ。」「見た目は普通の喫茶店ね…って、言うほど喫茶店を見慣れているわけではないけれども。」ふむふむと頷きながら、アンリエッタは店の外観を眺めている。「早速入ってみましょう…サイト?」「ちょっぴり恥ずかしい目にあうかもしれないが、良いか?」一件躊躇っているように見える才人だが、口元がちょっぴり緩い。「恥ずかしい目?まあ良いわ、入りましょう。」そう言って、アンリエッタは才人の手をギュッと握ると喫茶店に引き摺っていった。「いらっしゃいませ、お2人様でございますね?」にっこり笑顔のウエイトレスがやってきた。才人は当然の如く覚えてはいないが、前回ケティと一緒に着た時に対応したウエイトレスだったりする。「ええそうよ、良い席をお願いね。」「はい、かしこまりました。 では…こちらへどうぞ。」ウエイトレスは『うふふふ、お客さんも好きですねー』といった感じの視線を才人に向けるが、才人は当然の如くそんな微妙な雰囲気には気づかなかった。「うゎ…これは凄いわね。」「だから、後悔するなよって言っただろ?」店内では年頃の男女が仕切られて半個室状態と化したカップル席で、人目を気にすることなくいちゃついている。「さすがの私もこれは予想外だったわ。」アンリエッタも流石に恥ずかしいのか、微妙に頬を赤らめている。「座るか…?」「勿論、変わった雰囲気だけれども、喫茶店には違いないわけだし。」そう言うと、アンリエッタは二人用の椅子に腰掛けた。ちなみにこの椅子、中心部に向かって緩い傾斜がかかるようになっていて、椅子に座ると二人が何となく寄り添わざるを得ないというあざとい設計になっている。「誰だ、こんな椅子考えついた奴は。」椅子に腰かけた才人は人間の妄想力すげえとか思いつつ、取り敢えずぼやいてみた。「これは…何というか、考えたわね。」恥ずかしいながらも、思わず感心してしまうアンリエッタだった。「ご注文はお決まりですか?」ウエイトレスが注文を取りに来た。「何にする? つーか、メニューが読めない俺は、ここにあるのがお茶とマカロニ…じゃなくて、そんな感じの名前のお菓子がある事しか知らんわけだが。」「マカロニ…?マカロンの事かしら?」そう言いながら、アンリエッタはメニューを覗き込んだ。「ええと…《初恋のお茶》と《甘い愛のマカロン》?」アンリエッタはかなり赤くなりながら、その恥ずかしいメニューを読み上げる。ケティは端折っていたが、メニューは本来そんな名前だったらしい。「お茶とマカロンですね、かしこまりました。」店員にまでメニュー名を端折られている。ウエイトレスは注文を掻きこむと立ち去って行った。「こ、こんな店にケティと入ったの?」「いや…俺もその時ちょっと考え事していて、気が回っていなかったというか。」いつも気が回っていない才人が、少し焦りつつ弁解のようなものをする。「考え事って?」「ああ、実は…。」才人は自分がわかっている限りの事情を話す。勿論、自分が居世界人だという話は《東方》に置き換えて。「…ってわけでさ、ケティが気を使ってくれたというか。」「あの子も焦っていたわけ…それでこんな店に入っちゃったのね。」そう言って、アンリエッタはクスリと笑った。「で、でもこれは何というか、緊張するわね。」才人の肩に寄り添ってしまいそうなのを何とか支え…るのを諦めて、頭を才人の肩に乗せるアンリエッタ。「さっき俺に散々ベタベタくっついていたじゃん?」意外といった感じで、才人は聞き返す。「自分の意思でくっつくのは良いのよ。 こういう強制的にっていうのは気に入らないわ、私が強制するなら良いけど。」そう言いながら、才人にどんどん自分の体重を押しつけていくアンリエッタ。「じゃあ、くっついてくるなよ。」「この方が少々癪だけれども圧倒的に楽なの、だからしっかり支えてね。」そう言って、アンリエッタは才人に流し眼で微笑んだ。「ううぅ~ん…マカロン美味しかったわ、お茶も上手に入れていたし、あれで名前さえどうにかなればね。」アンリエッタは大きく伸びをした。何だかんだ言って、彼女も異性と長時間くっつかざるを得ないという状況には緊張していたようだ。「こ…こんなのルイズとケティが媚薬を飲んじまった時に比べれば…。」才人は緊張しまくっていたのか、ヘロヘロだが。エロい事に興味のある年頃とは言え、こういうのは刺激が強過ぎる。具体的には下半身的なアレが、ヤバい。「でも、ちょっと疲れたわ、休める場所とかないかしら?」「休める場所と言われても…。」喫茶店に休みに入ったのに、余計疲れたというポルナレフ状態の二人だった。「あ、あそこに休憩所って書いてあるわ。」アンリエッタが指差した店の看板の色はド派手なピンクで、何かハートマークとか書いてある…。「ええと、アレはよした方が良いような?」ナニ的なアレがソレな感じでどえりゃ~ヤバいと、才人はなけなしの直感で察した。「休憩以外の目的な建物っぽいというか、休憩の意味が違うというか。」「休憩以外の目的? それは興味深いわ。」才人としても、美少女相手に下ネタは言いづらい。ましてや相手は女王陛下、そんな事を言ったが最後『トリステインに下品な男は不要よ』とか言われかねない。「あーいや、だからだな。」ラブホと言っても通じない世界である事に、才人は恐怖した。「才人も疲れているじゃない、いったん休憩しましょう。」トリステイン語を理解出来る唯一の人間が、すげえ世間知らずだという事実。今まではたいして困難をもたらさなかったファクターが、最大の地雷になったっぽいのを才人は理解した。「ああいや、何か元気になってきたぞ俺。」「嘘おっしゃい、何が嫌なの?」才人としては、何で自分がモジモジしているのか察してくれと叫びたい気分だ。だがしかし、現状ではラブコメ独特の空間が発生しているのか、アンリエッタがそれを理解出来なくなっている。メタ言うんじゃねえ?知るか。「私も疲れているの、行くわよ。」そう言って、アンリエッタは休憩所にスタスタと入って行ってしまった。「ああもう知らねえぞ、俺が童貞捨てる事になっても。」それを捨てるなんてとんでもない!混沌を孕んだまま、ここにて幕間は終了。先を見たい?このままどうなるのかって?何ともなるわけないじゃない、才人だぜ、ヘタレだぜ、ある意味鉄の精神力だぜ。そんなわけで、グダグダのまま、本当に終幕。