決闘とは避け得ない男の矜持と矜持のぶつかり合いです片方は戦意を削がれて見るからにやる気ゼロですが決闘とは命を賭けた男同士のやり取りですもう片方は怪我をふさいだものの、あまり動き回ったら命が尽きそうですが決闘とはそういった男のサガが駆り立てて起こるべきものなのです何がどう間違えたら、こんなにぐだぐだになるのですか「待たせたな、平民!」ヴェストリの広場でしばらく待っていると、青い顔したギーシュがやってきました。「うお、マジで来たのかよ。 なあ、本当にやるのか?」はて?才人は何があったのか、やる気ゼロです。「さては怖気づいたのかね?」「そんな青い顔で今にも死にそうな奴に堂々とされたら、怖気づきもするわ! なあ、体の調子本当に大丈夫なのか? 何だったら延期したっていいんだぞ? どうせ俺暇だし。」才人がギーシュを気遣っています…いやホント、予想外の反応です。いったい何があったのでしょう?「貴族とは、己の矜持にかけて引かぬ者をいうのだよ平民。 僕は君に決闘を申し込んだのだ。 その僕が決闘の相手である君に情けをかけられるなど、あってはならない事なのだよ。」「そんな事言って、さっきはちゃんと医務室行ったじゃん。」医務室行ってアレですか…実は放って行ったらまずい状態でしたか?あそこで下手に助けようとすると、姉さま達が荒れそうなので見捨てたのですが。「ぐっ、あ…あれは君が懇願するから行ってやったのだ。 確かに傷をふさいで、水の秘薬を貯金全部はたいて買って造血処置施してもこんな感じだが、あの状態でも決闘は出来た!」「そういうのは、普通無理っていうんじゃないか? 意地張り過ぎだろ、こっちが良いって言っているんだからさ、ここは日を改めて…。」才人のギーシュに向ける視線が生温かいのです。決闘だというので集まったギャラリーにも、白けた空気が漂いつつあります。でも才人が懇願したって、いったいどんな状態だったのでしょう?「駄目だ、君は貴族である僕の矜持を傷つけたのだから、その落とし前は今日のうちに付けるのだ。」「なあもう俺の負けって事で良いからさ、今日は止めようや。 そんな体でこれ以上動いたら倒れるって、いやマジで。」とうとう才人が負けでいいとか言いだしましたよ…。あっるぇー、おっかしいですねー。ここは怒りに燃える才人が絶対に引き下がらないって場面の筈なのですが。「そうよギーシュ、こいつも負けで良いって言っているから、今日はそれで手打ちにしましょうよ。」ピンクブロンドの華奢な美少女、ルイズも才人に同意なようで、ギーシュに手打ちを促しています。横には黒髪のメイドさん、シエスタも居て、びくびくしながらもうんうんと頷いています。「ええいうるさいうるさい! そんな勝利で僕の矜持が満たされるものか! 諸君、決闘だ!」ギーシュ、バラ型の杖を思いきり天に掲げましたけど、バランス崩してよろめきましたよね?普通の人はその程度ではよろめく筈がありませんし、傷はふさいで造血処置はしたみたいですが、顔色が悪すぎなのです。「ギーシュ様、大丈夫ですか?」私の行為が原因で彼がこんな状態になったわけですし、せめて気遣わないと嫌悪感に押し潰されてしまいそうです。火サスの事件現場みたいになっていましたからね、後頭部を鈍器で一撃って感じで。思い返してみれば、ギーシュが何故即死しなかったのかが不思議なのです。そこはモンモランシーの愛なのでしょうか?随分過激な愛でしたが。「ケティ…君は僕の裏切りを許してくれるのかい? ああ感激だよケティ、君の愛は山よりも高く海よりも深く僕を包み込んでくれるのだね。」「いいえ、全く許す気はありません。 ですが、痛々しいギーシュ様を見ていると、悲しい気持ちになってしまうのです。」あ…落ち込んだ。いやでも、ギーシュはモンモランシーと付き合うべきでしょう?彼らの冒険に関わっていく気満々ではありますが、原作のカップルは原作通りくっつくべきだと思うのです。「いや、いいんだ。 僕を気遣ってくれる君の優しさが心に染みるよ。 その心遣いこそが、まさしく宝石の如き輝きだよ、ケティ。」「ギーシュ様…。」弱っていても、臭いセリフ生成回路は正常稼働中なのですね。「もう下がりたまえ、ケティ。 僕には貴族として、やらねばならない事を成す義務があるのだ。」八つ当たりはやらねばならない事でも、ましてや義務などでは決してないと思うのですよ、貴族的に考えて。まあ、ギーシュが何がなんでも引き下がるつもりはないみたいですので、仕方がありません。私の思惑とも合致するわけですし。もしも彼が倒れたらモンモランシーに土下座でもなんでもして、看病してもらう事にしましょう。なけなしのお小遣いを注ぎ込んで、水の秘薬を買ったっていいのです。「平民、逃げずに居た事は褒めてやろうではないか。」「俺は今すぐ帰って、飯食って屁ぇこいて寝たい気分だよ。」駄目だこいつ、早く何とかしないと…。ちょっと喝入れますか。「ギーシュ様、少し待ってください。 見たところ、この平民は貴族にとって決闘がどういうものであるのか理解していないようです。 理解した上で決闘に挑むのではないのでは、フェアではないと思うのです。 彼に決闘についての説明をさせてください。」「へ?ああ…うむ、そうだね。 説明してあげてくれると有り難いかな。」ギーシュの同意が得られましたし、軽く締めましょう。「では、ギーシュ様は少し下がって休んでいてください。 貴方のお名前は?」「平賀才人。 そういうあんたは?」知っていますけど初対面ですから一応名前を尋ねると、ぶっきらぼうな答えが返ってきました。「私はケティ・ド・ラ・ロッタと申します、平賀才人様。」「才人でいいよ、あと様付けもやめてくれ。 女の子に様付けで呼ばせる趣味はないんだ。」日本人なのに苗字ではなく、名前を呼ばせようというのもどうかと思いますよ?女の子に名前で呼んでもらうのが夢だったんですね、わかります。「では、才人と呼ばせていただきます。 私のこともケティと呼んでいただいて結構ですよ。 では早速ですが才人、決闘というものがどういうものであるかわかりますか?」「要するに喧嘩だろ?」実も蓋も無い意見、ありがとうございます。「そうですね、喧嘩も決闘もやる事は同じです。 ただ、貴族の決闘は一味違うのですよ。 貴族は決闘ではコレを使います。」「…杖?」私がスカートのポケットから取り出した杖を見て、才人が首を傾げます。「杖は魔法の発動体で、これで魔法を行使するわけですが、貴族の決闘ではこれを奪ったり破損すれば勝ちとなります。 杖を奪われたり壊されたりすれば、魔法を使えませんからね。 もしくは、決闘相手が降参すれば終わりです ルールはこれだけ、至って単純明快です。」「そんだけ?」まあ、ルール説明だけではピンと来ないでしょうから、魔法も見せておきましょうか。「それだけですが、この決闘の際にはどんな魔法を使っても良い事になっています。 …例えば。」私が呪文を唱えると同時に、赤い炎が渦巻いて白いまぶしい光を放つ球体と化します。「ファイヤーボール。」私の放ったファイヤーボールは、広場の人が居ない所に突き刺さって爆発しました。跡には半径2メイル近い穴が開いています。「いいい、今のどこがファイヤーボールなのよ!? 私の失敗魔法みたいに爆発したわよ、ボカンって!」周りがポカーンとする中、ルイズが私に反論してきます。「いいえ、ミス・ヴァリエール。 高速回転を加えて収束率を上げただけで、今のは間違いなくファイヤーボールですよ。 爆発したのはファイヤーボールではなく、ファイヤーボールが突き刺さった地面が蒸発膨張して、結果として爆発に至っただけです。 灰が降ってきているでしょう? それは正確には灰ではなく、蒸発した土が冷えて再び固まったものです。」私は大規模に燃やすような派手なものを新規開発するよりも、こういう小手先アレンジした魔法の方が好きです今回の魔法は既存のファイヤーボールを改造して、広範囲を焼き払うよりも一点集中させ、それでも収束度が足りないから回転を加えて無理矢理でも収束度を上げたものです範囲あたりの破壊力は派手なものよりも低いですし、直進しかしないので動き回るものには非常に当たりにくいのですが、直撃すればスクウェアメイジでも蒸発させられる自信はあります「…とまあ、こんな感じで魔法を使って戦うわけですが、ご理解いただけましたか、才人?」「ちょちょちょっと待て、俺はこんなもんをばんばん撃ってくる相手と戦うのか!?」緊張感が出て来たようで何よりです。顔を青くして涙目になっていますが、これくらいで丁度良いのです。決闘をするにあたっての緊張感が足りませんでしたからね、才人は。「あー…えーと、僕はこんな物騒かつ器用な攻撃は無理だから、安心してくれたまえ。 そもそも彼女はドットの僕とは違って、より威力の高い魔法を行使できるトライアングルなのだよ。 だからといって、必要以上に安心してもらっても困るがね。 ワルキューレよ!」そう言うと同時にギーシュの薔薇型の杖から花びらが落ち、そこから青銅製のワルキューレが出現しました。「それがお前の魔法かよ。」「その通り、僕の通り名は《青銅》、青銅のギーシュ! 青銅のワルキューレが君のお相手仕る!」やっと緊張感を持ってくれた才人がギーシュを睨みつけると、ギーシュも高らかに名乗りを上げました。「ハ、とっとと来やがれ、その玩具がナンボのもんだっての!」「吠えてろ平民、格の違いを教育してやる!」才人がギーシュに走り寄って行こうとした所で、ワルキューレが素早く動いて才人の腹にパンチを叩き込みます。「グハッ!」才人は体を「く」の字に折ったまま、地面に倒れ伏しました。青銅の塊が腹に直撃したのですから、普通のパンチの比ではないでしょう。一発で既に目が虚ろですし。「ははは平民、もう終わりかね? 決闘はまだ始まったばかりだと言うのに。」「ぐ…は…ほざきやがれバカ貴族。 こちとら油断していただけだっての!」見ているだけで痛くなってくる光景なのです。必要な事とはいえ、こんな事態を発生させる必要があるのかと、そう考えてしまう自分の弱い心が嫌いなのです。「ギーシュ!もうやめてギーシュ!」「やめるも何も、君の使い魔との決闘は始まったばかりだし、彼の心も折れていない。 どこにやめる理由があると言うのかね?」やめる理由があるとすれば、この行為が単なる八つ当たりでしかないということなのでしょうね。貴族の矜持を賭けるに値しません。「そもそも学院内での決闘は厳禁な筈よ、ギーシュ! この決闘はそもそも学則違反でしょう、今すぐやめなさい!」「禁止されているのは、飽く迄も貴族同士の決闘だけだ。 学則には貴族と平民の決闘を禁止するなどとは一文字たりとも書かれていない、ましてや彼は使い魔だよ。 君こそ学則をきちんと読みたまえ!」まあ平民同士が決闘しようが、それが原因で死のうが学院は気にしないって事なんでしょうが、わざわざ貴族同士と書いておいたばっかりにこんな事になってしまったわけなのです。「そんなの、今までそういう事例が起きていなかったからでしょう!? 屁理屈捏ねていないで、とっととやめなさい!」「やけに彼を庇うね、君は。 おおそうか、これは愛なのか。 ルイズ、君は彼の事が好きなのだね?」ルイズの顔が面白いように真っ赤に変わって行きます。恥ずかしがっているのではなく、激怒しているのですね、あれは。「何であんたはいつも愛だの恋だのと、盛りの付いた犬みたいな事しか考えられないの、バカじゃないの! 自分の使い魔が他のメイジにみすみす傷つけられるのを黙って見ていられるほど、私は薄情じゃないのよ!」「誰が傷ついているって? こんなバカ貴族の玩具相手に怪我なんかするかっての。 ふざけるな、俺は全然無傷だ。」そう言いながら、ついていた膝を地面から離し、才人は立ち上がります。「才人!やめて、立ち上がらないで!!」「お、やっと俺の名前を読んでくれたか。 ちょっとまってろご主人様、こいつブッ倒したらすぐ帰るから。」ルイズは悲痛な声を上げますが、才人はニヤリと笑うとギーシュの方に向き直りました。…しかし、随分男らしいですね、この才人。「てめえらムカつくんだよ、どいつもこいつも威張りくさりやがって。 魔法は確かに凄いけど、その程度の違いが何だってんだ。 たかだか火を杖から出すだけ、たかだか青銅で等身大の玩具作っているだけじゃねえか。」「フン、その玩具の力を体で思い知らせてやるよ平民。」そう言ったギーシュのワルキューレが才人の顔を殴り、腹を殴り、胸を殴り、腕を殴り折りました。殴られるたびに起き上がり、起き上がるたびに殴り倒される才人。酷い光景ではありますが、この惨事を引き起こした張本人の私が眼を逸らすのは許される事ではありません。「ぐぅ…あぁ…。」「サイト!サイト! サイトもうやめて、もういいのよ!」崩れ落ちるように倒れるサイトに、堪らなくなったのかルイズが駆け寄って行きます。「へえ、泣いてんのお前?」「泣いているわけなんか無いでしょ、私は泣かないって決めているんだから。 あなた凄いわ、もういいのよもうやめましょう、私あなたみたいな凄い平民見たこと無いわよ。 もういいから十分だから、もうやめて、お願いだから。 あなたは私の使い魔なのよ、勝手な事して死にそうになって、何やってんのよ。」ルイズの目からは涙が今にも零れ落ちそうですが、彼女はそれを必死に堪えています。「そのお願いは聞けないぜ、ご主人様。 今は引けない時で、引いちゃ駄目な時なんだ。 何よりあのバカ貴族は無駄に態度がでかすぎる。 ああいう奴の泣きっ面を拝むのが大好きなんだよ、俺。」「莫迦ぁっ!何で立ち上がるのよ、お願いだから倒れていてよサイト! ギーシュももうやめてよ、私の使い魔を殺すつもりなの、あなたは!」ルイズはサイトを立ち上がらせまいとしますが、華奢なルイズと才人では満身創痍とはいえ、才人のほうが上回ったようです。これから起こる奇跡の為に、私は黙って彼らを傍観し続けます。「彼を殺す気は無いよ、ルイズ。 だが彼がいつまでも立ち向かってくるならば、そうなるかもしれない。 …そうだな、その状態ではまともに向かってくる事も適わないだろうから、剣を用意してあげよう。 それでも君の使い魔が適わないなら、僕の勝ちって事で引き上げるよ。」そう言って、ギーシュは青銅の剣を作り上げてサイトの前に放り投げました。「いい度胸だバカ貴族、その慢心が身を滅ぼすと知りやがれ!」そう言った才人が剣をつかんだ途端、彼の手の甲のルーンが光るのを私は確認しました。「…あれが、ガンダールヴですか。 なんて出鱈目な力。」途端にギーシュのワルキューレが真っ二つになって崩れ落ちたのです。私の目には彼がどう動いたかすら把握できませんでした。「な…まさか本気を隠していたとでも言うのかね!? ワルキューレよ!」慌てて残り6体のワルキューレを作り出し包囲しようとしますが、それも一瞬にして切り裂かれました。さすが伝説級の使い魔ですね、無茶苦茶にも程があります。「な…な…なんなんだね、君はいったい…。」「俺にもよくわからないが、俺の勝ちって事だろ。 言っただろ、慢心が身を滅ぼすってな!」鼻先に剣先を押し付けながら、才人はギーシュに告げます。「俺の勝ちって事でいいな?」「ああ、君の勝ちって事でいいよ。 僕の切り札はもう無いからね。」観念したようにギーシュは溜息を吐きました。「ルイズ、勝ったぜ!」「サイトあなた剣士だったの? あとどさくさ紛れで呼び捨てしないで。」ルイズにサムズアップをするサイトですが、残念ながらトリステインにはそのようなジェスチャーはありませんので、多分彼女は意味を理解していないと思います。あ…サムズアップしたまま才人が倒れた。「サ、サイトおおおおおぉぉぉぉっ!? ははは早く水メイジ、ああああありったけ水メイジ呼んで来てっ!」大慌てで、ルイズが水メイジを呼んでいます。「ギーシュ様、お疲れ様でした。 お体の加減は大丈夫ですか?」「今すぐ眠りたい気分だけれどもね、大丈夫だよ。」魔力を使い果たしたせいか、ギーシュの顔は蒼白通り越して土気色です。そこに豪奢な金髪縦ロールがやって来ました。「ギーシュ。」「やあ、我が愛しのモンモランシー。 今の汚れた僕では、君の美しさに対抗できないよ。 もうすぐ僕は君の輝きに塗り潰され消えてしまうだろう。 ところで、君に振られた哀れな僕に、何か用かい?」この期に及んでも、臭い台詞生成回路は正常稼動なのですね。まあ、それがギーシュなのでしょう。「残念ながら他の水メイジはミス・ヴァリエールの使い魔の治療の為に出払ってしまったから見に来てあげたのだけれども。 ミス・ロッタがいるなら私の出番は無さそうだから、あっちに行くわね。」「ミス・モンモランシ、待ってください。 私は火メイジですから、ギーシュ様を消し炭には出来ても治療は出来ません。 ですから、私に出番は無いのですよ。」それ以上に、それではギーシュとモンモランシーの仲が戻りそうにありません。責任とって私がギーシュの恋人になるのも変な話ですし、折角のチャンスですから邪魔者は引っ込みましょう。「出番の無い私は、引き下がるのみなのです。 それではミス・モンモランシ、ギーシュ様とお幸せに。」「なっ、ちょっと待ちなさい!?」待ったりはしないのですよ。なんだか胸がチクチクするのも気のせいなのです。