「我が名はケティ、五つの力を司るペンタゴン。我の運命に従いし使い魔を召喚せよ!」銀色の鏡にも似た召喚の扉が形成されます。さあ来なさい私の使い魔。「んぁ?何処だここは?」扉から出て来たのは、黙っていれば二枚目な顔に獰猛な笑みを浮かべ、全体的に緑色の装束と鎧に身をまとった戦士でした。「…えーと、なんだか見覚えがあるような、無いような?」「お、可愛い女の子発見。」何処かで見た人なのですよね、何処でしたか…?「はじめまして、私の名前はケティ、ケティ・ド・ラ・ロッタと申します。 貴殿のお名前は?」「ほう、ケティちゃんっていうのか。 可愛い名前だな、グッドだ。」うんうんと、その緑の人は嬉しそうに頷いています。『グッドだ』って、その言い方に何だか嫌な予感が…。「はあ、ありがとうございます。」「俺の名前はランスだ…って、何でいきなり逃げようとする!?」ランスという名前とその印象が合致した途端、私の体はくるりと踵を返し明後日の方角に向って逃亡を始めようとしましたが、素早く突き出された手に腕を掴まれ行動を阻まれてしまったのでした。「い、いえ…思わず逃げてしまったというか。」あの鬼畜王ランスを召喚してしまうとか、私の貞操完全にオワタ。人間の使い魔という事は才人という前例から考えるに寮で同居なわけで、それがあの才人ではなくランスなわけで、どう考えても即時に犯られます、本当に(ry「…で、ここはどこだ? 見たところ魔法使いがいっぱいいるが、建物がゼスっぽくないし。」きょろきょろしながら、ランスはあたりを見回しています。「ここはハルケギニアのトリステイン王国です。」とか言っても、さっぱりでしょうが、取り敢えず言っておきます。 「はるきげにあ?」「それはバージェス頁岩から発見された、カンブリア紀中期後半くらいまで生息していたトゲトゲの生き物です。」「知らん。」ですよねー。「ネタですので、サラリと聞き流してください。 ここはハルケギニアと呼ばれる地方で、この国はトリステイン王国といいます。」「それもさっぱりだ。 俺が聞いたこと無い国があるとはな。」そう言って、ランスは頭をポリポリと掻いたのでした。「…で、何で俺はこんな所に居るんだ?」「まことに言いづらいのですけれども…。」隠していても意味が無いので、諸々の事情をランスに語ってみたのでした。私が召喚した事とか、帰るあてが今のところ無い事とか。「ぬわにいいいいぃぃぃぃぃっ!?」「ああっ、やっぱり怒った!」まあよし、グッドだ!ってわけにはいかないのですよね、やはり。「怒らん奴がおるか阿呆!」「いやでも、さっきも言った通り、本来人を召喚する魔法じゃないので、まさか居世界の人間を召喚しようとは思わなかったのですよ。」ルイズは虚無属性なので規格外ですし、たかだか一介の火メイジに過ぎない私が人間を召喚するとは思いもよらないと言いますか。「知るかそんなの。」「ですよねー。」説得が効くタイプの人じゃないんですよね…はぁ。「兎に角、責任をとれ、責任を。」「はい、衣食住は私が責任を持って…って、な、何を?」ああ、《Auferstanden aus Ruinen》っぽい曲が脳内に流れ始めたのですよ…。「責任と言ったら、する事は一つに決まっているではないか!」いきなりランスに押し倒されたのでした。「ああっ!やっぱりこんなオチですか!?」「がはははははは!」いやホント、何でよりにもよってこの人呼び出しますか私はーっ!「もうちょっと紳士的な主人公キャラをーっ!」「がははははははははは!」どいっちゅらんとあいんにっひふぁ~たら~んと♪「…って、あれ?」目が覚めるとそこは魅惑の妖精亭の貴賓室。目の前には涎を垂らして緩みまくったルイズの顔。「また夢オチですか、ひょっとして…?」た、助かったのですよ…。「ああ、なんてぷにぷに。」「にゅ…にゅ…。」ベッドで眠るルイズのほっぺたを突っつくと、不快なのか眉をしかめたルイズが首を横に振っているのです。「…と、こんな事をしている暇は無かったのですね。 ルイズ、そろそろ起きてくださいルイズ。」「んにゃ…にゃ…にゃ…。」揺さ振られてもなかなか起きてくれないのです。「起きないと、モンモランシー特製の気付け薬を盛りますよー?」「にゃー…。」ふむ、起きないと。姫様のスリープがかかっているのだから仕方が無いといえば仕方が無いのかもしれませんけれども。「モンモランシー曰く、《これを一口飲んだら死人でも棺桶から起き上がって、のたうち回ってもう一回死ぬわ》だそうですが、仕方が無いのですよ、目覚めないのですから。」そんな風に自分を誤魔化しながら、ルイズの口に気付け薬を一滴流し込んだのでした。「にゅ…むにゅ………ふんぎゃー!?」ルイズは目をくわっと開くと、天高く跳び上がり…うわ、天井に頭をぶつけたのです。「からしょっぱにがあまいたい!?」ルイズは頭を押さえつつ、ゴロゴロと転げ回っているのです…この薬、やっぱりとんでもな…。「ふにょわー!ふむぐぉ!?」そのまま転がって、花瓶が置いてある台に激突し、その衝撃で転げ落ちてきた花瓶が身を仰け反らせたルイズの頭にズボッとはまったのでした。「と、とんでもないにも程ってものが…。」「もがー!? 前が、暗黒が!?何も見えない!?」ルイズがさらに転げ回って、ベッドの下にスポッと入ってしまったのです。「もが、何なの、もがもが、狭い、動けない、もがもがもが、息が苦しい…。」「…何という惨劇。」惨劇の引き金が私自身だという事は、忘却の彼方へ葬り去りましょう。「よっこら…せっ!」「あう…もが…今度は何?」すっかり死に体となったルイズをベッドの中から引き摺り出したのでした。「花瓶も…あれ?外れない…。」「いだだだだ!首が、首が外れる!?」確かに花瓶を外すと首ごと体から抜けてしまいそうなのです。それだと《ゼロの使い魔…完》って感じになってしまいかねないので、別の方法を考えないと。「と…とりあえず息が出来なくなるので…ブレイド。」ルイズを首無し死体にするわけにもいかないので、花瓶の底をブレイドで切り取って、缶詰みたいに開けたのでした。「明るくなった…息も楽になったわ。」「もうちょっと切りましょう。」花瓶を輪切りにして、やっとルイズの顔が現れたのでした。「おお…ケティの顔が見える。」「ここからはちょっとした恐怖の時間になりますが、覚悟は良いですか?」オペの時間なのです。「ええっと、ひょっとしてこれからは切れるか切れないか微妙って事かしら?」「ええ、花瓶ごとルイズが切れるか切れないかは微妙なのです。 まあ、切れてもちょっとですから、我慢我慢という事で…。」流石に…これはかなり緊張するのです。「ちなみに聞くけど、ケティのブレイドって、全開だとどのくらいの威力?」「んー…近接戦なんてしないつもりだったので全開で使った事は殆どありませんが、多分甲冑くらいなら中の人ごと一刀両断できるんじゃあないかなと。」魚を三枚に卸す時に骨が全く引っかからないので、わざと引っかかりやすくアレンジするくらいですし。「い、いやー!殺されるー!?」「人聞きが悪い事を言わないのですよ。 その陶器製の変な首輪を一生しているつもりなのですか?」視覚的に物凄く間抜けなのですが。「う…一つ聞きたいんだけれども、わたし何でこんな事に?」ルイズは観念したものの、私に事の原因を訪ねて来たのでした。「ルイズが眠ったまま目覚めないので、モンモランシーが作った気付け薬を…。」「元凶はケティかーっ!? ってか、モンモランシーの薬って時点で悪い結末しかないわよ!!」ルイズがうがーっと吠えたのでした。「ええまあ、ルイズを気絶させたのも私だったりするのです。」「何でわたしを気絶させたの?」ふむ…姫様の事をどう話しましょうか?「姫様から才人を護衛として、半日程借りたいという依頼がありまして。」「だから何でわたしを気絶させたの? 姫様が護衛を借りたいと言うなら、断らなかったわよ?」ルイズが首を傾げているのです。「その代わり、ルイズも一緒に行くでしょう?」「勿論よ、わたしも姫様の力になりたいもの。」私の問いに、ルイズは何を当たり前の事をといった感じでコクリと頷いたのでした。「だから、なのですよ。 ルイズが起きていると付いてきてしまうからこそ、気絶させるという手段を使ったのです。」思いきり嘘ですが、ちょっとびっくりさせるつもりで放っただけの魔法だったりしますが、気にしたら負けなのです。「な…何でわたしがついて行っちゃ駄目なのよぅ…?」「ピンクブロンドの髪が目立ち過ぎるのですよ、ルイズは。」暗い夜道はピカピカと…色々な色の髪の毛の人間がいっぱいいるハルケギニアですが、ピンクはなかなか居ないのです。ましてやルイズはふわふわの髪を思いきり伸ばしているので尚更。ちなみに大抵は私のような茶髪か、姫様のような黒髪かキュルケのような赤髪かモンモランシーのような金髪が主流。タバサのようなブルーシルバーブロンドも結構珍しかったりします。「あー…確かにそれは、そうかも。」自分の髪を見て、ルイズは納得したように頷いたのでした。「でもそれなら、ケティが付いていけばよかったじゃない?」ふと気付いたよう無表情を浮かべて、が訪ねて来たのでした。「私は荒事向きじゃありません。」「またまた御冗談を、今更か弱い女の子ぶっても意味無いわよ?」ぷぷぷと吹き出しながら、ルイズが私の肩を叩いているのです…何故?「いや、私は本当に荒事向きじゃあないのですよ?」「荒事向きじゃあ無い人間が、ワルドと一対一で勝つとか無理だし。」まあ確かにそうですね、アレは偏在でしたが。「女性には無意識に手加減する癖がついているのでしょう。 レディに暴力を振るうのは、貴族として絶対にいけない事だと子供の頃から教え込まれているでしょうし。」「…あー、確かに。 ワルドってああ見えて子供の頃は結構やんちゃで、遊びに来た時にエレオノール姉さまに悪戯しては、よくお母様に折檻されていたらしいし。 あのお母様の折檻を受けて、それでも何度もやるって所が凄いわ。」脳味噌が決定的に足りなかったのか、それとも反骨心の塊だったのか、今となってはわからない話なのです。「まあそれは兎に角、あの折檻を何度も受けたら、心に傷が残っても不思議ではないわね。」ひょっとして、ワルドも木の葉みたいに宙を舞ったのでしょうか…?今度遭ったら聞いてみましょう、トラウマを突けるかもしれません…って、あれ?「ひょっとして、ワルド卿とエレオノール様って…。」「ええ、幼馴染よ。」そういえば、エレオノールの一歳下でしたか、ワルドは。まあ、よく考えたら領地が隣接していますし、ルイズの許婚になるくらいですから、以前から家同士の交流はあったのでしょうね。「歳の近い異性の幼馴染といったら、恋の一つも生まれそうでしょ? 実際ワルドの許婚って、最初は私じゃなくてエレオノール姉さまだったくらいだし。 …でもそれを知ったワルドがお父様に頼み込んだらしいわ、許婚をわたしに変更してくれって。」エレオノールの結婚出来ない病は、その時に発症したのですね。「しかし何故?」「うーん…まあ、ワルドとエレオノール姉さまって、天敵同士みたいな間柄だったし。 こう言っちゃあ何だけれども、ワルドはエレオノール姉さまの事を女だと思っていなかった節があるわ…。」ワルドってば、同世代の女性がきつ過ぎて駄目だからって年下にはしるとは…。「…まあ、その話はこのくらいにして。」「わ、ちょ、ま…!?」ルイズが話に夢中になっている隙に、ブレイドで首輪みたいになっていた花瓶の残りをすっぱりと切り落としたのでしたのでした。「ほら、大丈夫だったでしょう?」慎重にやったので、当然といえば当然ですが。「…ちょっぴり痛いんだけど?」「大丈夫です、切れているのもちょっぴりですから、2~3日すれば消えます。」才人なら、傷がついた途端に消えて無くなるレベルです。「さて、それでは才人達に会いに行きましょうか? まあその前に、少々荒事が待っていますが。」そう言って、私はマントを外して椅子にかけたのでした。「ええと、何で脱いでいるの? それと、荒事って?」「ちょっとした着替えをしようかなと思いまして。 あと、荒事というのは荒っぽい暴力沙汰もあり得る出来事という事なのです。」…さて、久し振りなのですね、こういう格好も。「…そういう言葉の意味を聞いているんじゃあないわ。」ルイズの言葉はさらっと聞いていない事にする方向で。「だ…男装?」私の着替えた姿を指差して、ルイズはあんぐりと口をあけたのでした。「ええ、似合いますか? 男の格好をするのは久し振りなのですが。」「意外と似合っているのが、びっくりだわ。 似合っているというか、美少年というか、兎に角かっこいい。」つばの広い羽つき帽子に、乗馬に適した服装…わかりやすく言うと典型的な士官の格好…もっとわかりやすく言うと量産型ワルドなのです。胡散臭い髭はありませんが…あと、締め付けすぎて胸が苦しい…。「一昨年までは男装でしたしね…では行きましょうルイズ。」「言葉遣いは?」敢えて触れていなかった所に、ルイズがずばっと突っ込んできたのでした。「そこは放っておくという事で。」「それは駄目よ、駄目だわ、画竜点睛を欠くわ!」ルイズはびしっと私を指さしながら、そう断言したのでした。あーそーですか、仕方が無い、思い切りましょう。「ぬぅ…あー、あー、ボクはケティ、こんな感じで良いかな?」 男っぽいしゃべり方なんて、久しぶりなのですよ。「おおぅ、声のトーンまで下げたわね。 いいわ、その調子だわ。」「やれやれ、まさか男口調で喋る羽目になろうとは。」ちょっぴりトホホなのですよ。「外に馬を待たせてあるんだ、早く行こう。 …ではエスコートしますので、御手を御許し戴けますか御嬢様?」「なんだか慣れていない?」姉さま達の相手で、すっかり慣れてしまったのですよ、これが。「弟を除くと全員女だからね。 男っぽかったボクは、冗談半分で男として扱われていたんだよ。」ちなみにアルマンは冗談半分に女の子みたいな扱いを…っと、これは彼の黒歴史なのでこれ以上は語るまい、なのです。「ケティが男っぽかった…ねえ、これを見ると納得できるような気もするけれども。」そう言いながら、ルイズは私の手を握ったのでした。「じゃあ、案内してくださるかしら、騎士様?」「はい、御嬢様。」私はルイズの手をとると、部屋から連れ出したのでした。「…で、何処に行くの?」私の背中にしがみつくルイズが、そんな事を尋ねてきたのでした。ああ、ちなみに現在私とルイズは馬に乗っています。「リッシュモン邸へ、そこで落ち合う予定の人が居るのですよ。」「言葉が戻ってる…。」ツッ込む所はそこですか…?「何の為に、こんな妙な丁寧語を使っていると思っているのですか。 男っぽい喋り方を矯正する為なのですよ?」毒を以って毒を制するというわけなのです。「う…でもね、見た目美少年でその喋り方は無いわ。」「ふう…わかったよ、これで良い?」無言でニヤリと笑って、嬉しそうにサムズアップするのはやめてくださいルイズ。「じゃあ、ここらあたりで降りよう。」リッシュモン邸の近くに茶色い馬一頭。その影に騎士が一人、アニエスなのです。「さあルイズ、手を。」先に馬から下りてから、ルイズの手をとって、下ろしてあげたのでした。「た、タラシっぽいわね?」「礼儀正しいと言って欲しいな。」せっかくルイズのリクエスト通りにしているというのに、何なのですか、その暴言は?「だだだから、何でそこでウインク!?」「ちょっとからかってみた。」そう良いながら、アニエスの方に向かって歩いていきます。「アニエス殿、待たせたね。」「だ、誰だ貴様は!?」変装が効き過ぎたのか、アニエスに殺気の籠もった視線を送られてしまったのでした。「ボクだよ、ボク。」「生憎、私に金を送るような親戚は居ない! …って、あれ~?」ああ、やっと気づいてくれましたか。あと、騙されキャラが板についてきましたね、アニエス。「け、ケティ殿!? 何故に男装で!?」「アニエスだって男装じゃないか。」銃士隊も全員男装ですし、そんなびっくりする事ではないような気がするのですが。「い、いやまあそうだが、まさかケティ殿が男装して言葉まで変えてくるとは。」まあ確かに、それは道理ではありますが。「男装まではボクの発案だけど…男言葉で喋れと言ったのはこっちのルイズなのです。 そろそろ、元に戻しても良いですよね? アニエス殿も戸惑っていますし。」「…仕方が無いわね、ふざけて良い場面じゃあなさそうだし。 はじめまして凛々しい騎士様。 ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールと申します。」私が促すと、ルイズは優雅に一礼したのでした。「おお、貴女が陛下の幼馴染の…銃士隊のアニエス・ド・ミランと申します。 しかしケティ殿、何故に彼女を?」「彼女は荒事向きなのですよ、私よりもずっと。」だからルイズ、何で私を見て『無い無い』と、首を横に振るのですか。「…で、ここで何が起きるの? そろそろ話しなさいよ? 銃士隊のアニエス・ド・ミラン殿が、こんな所でサボっているわけ無いし。」ルイズは腕を組んで私を見たのでした。「鼠の巣に囁いたのですよ。 美味しそうな餌がありますよと…ね。」「鼠…ああ、この前私がぶん殴ったあの徴税官の件と関係ある話なのね。」さすがルイズ、どっかの鈍い日本人とは、ちょっとおつむの出来が違う筈なのです。普段は同レベルに見えますが。「…って、ちょっと待ちなさい。 サイトが姫様の警護に出歩いて、本来姫様を警護している筈の銃士隊がこんな所でうろついている。 そして姫様は最近頭の中が面白おかしい事になっているわけで…。」ルイズの目が細ーくなっていきます。いや、面白おかしいとか言い過ぎなのですよルイズ?「姫様を囮に使うとか、何考えてんのよ。」「何考えていると言われても、私は姫様直属の侍女なわけですし。 上司に強く言われたら、強くは断れないわけなのですよ。 いやはや、勤め人はつらいですねえ、アニエス殿。」アニエスに話を振ってみたり。「え!?私に何でそこで振るんだ!? ああいや、まあそういう事なんだ。」「そういう事を聞いているんじゃあないの、アニエス殿。 姫様がもしも殺されたりでもしたら、私が女王にさせられるのよ?」沈痛な表情で、ルイズが額を押さえているのです。「あんな勢いで働いたら、普通に死ぬわ。 わたしは不死身の究極生命体じゃあないのよ。」いや、姫様も不死身の究極生命体とか、そんな変な生き物ではない筈なのですが、たぶん。「んで、リッシュモン卿を殴り倒して、しょっ引けば全部終わるのね?」「ええと…その前の最後の詰めにひと工作必要でして。」頭良いのに脳筋発想とか、ルイズは絶対に脳味噌の使い方間違えているのですよ。「お、誰か出て来たわよ。」挙動不審な小姓らしき少年が現れて、こっちを見たのでした。「あー、目が合っちゃったのですよ。」「すっごく不審そうにこっちを見ているわね。」何故に私を見ますか、ルイズ?「これはまずいかもしれんな…。」何故に私を見ますか、アニエス?「どうせ不審なら…怪しさをふっ切らせれば、何とかなりますか?」そう言いながら、私はルイズとアニエスの手を握ったのでした。「な、何だ?」「アニエス殿、ルイズと手をつないで輪になって下さい。 そして、これから私の動きに合わせて下さい。」さあ、やりますよ!「U’sh’avetem mayim be-sasson.(ウシャヴテム マイム ベサソン)」「な、何語!?」ヘブライ語なのです。「Mi-ma’ayaneh ha-yeshua.(ミマアイネイ ハイェシュアー)」「何の呪文よこれ!?」旧約聖書イザヤ書12章3節であり…。「U’sh’avetem mayim be-sasson. (ウシャヴテム マイム ベサソン) ほら、合わせて下さい。」「うしゃびてむまいむべさそん。」元々は井戸を掘りあてた時に歌う歌であり…。「Mi-ma’ayaneh ha-yeshua.(ミマアイネイ ハイェシュアー)」「みまあいねいはいぇしゅあー。」日本では滅茶苦茶ポピュラーなフォークダンス。「Mayim mayim mayim mayim.(マイム マイム マイム マイム)」「まいむまいむまいむまいむ。」学校で一度は踊った事があり、やると結構テンションが上がる例のアレ。「Mayim be-sasson.(マイム ベサソン)」「まいむべさそん!」通称『マイムマイム』。ほら、いきなり輪になって聞いた事が無い言葉で歌い踊り始めた私達を見て、小姓がポカーンとしているのですよ。「まいむまいむまいむまいむ!」「まいむべさそん!」私たちは半ばやけくそになりながらマイムマイムを踊り続けます。「はい!はい!はい!はい!」「なんだか、楽しくなってきたわ。」ルイズがノッて来たようなのです。それこそがマイムマイムマジック。小姓の見る目がどんどん虫を見るような視線に変わっていっていますが、気にしてはいけません。「まいむまいむまいむまいむ!」「まいむべさそん!」あとひと押ししますか。「はい!はい!はい!はい!」私たちは回りながら小姓に近づいていきます。踊っているうちに全員のテンションが上がりまくって、少し目が血走っているかもしれません。「ひぃ!?こっちくんな!」小姓は慌てふためくと、逃げるように馬に乗り込んで走り始めたのでした。いやまあ、実際に逃げたのでしょうけれども。「…さて、追いましょうか。」「…そうね、追いましょう。」マイムマイムをやめ、遠ざかる影を見つめながら私とルイズは頷いたのでした。「思わずやってしまったが、大事なものを失ったような気がする。」「ふっ…甘いわね、アニエス殿。」くず折れるアニエスの肩をルイズがポンと叩いたのでした。「こんなの、ラ・ロッタ領ではよくある事よ。」「んなわけないでしょう!」思わずルイズにツッ込んでしまったのでした。勝手に人の領地を、人外魔境みたいに仕立てないでください。「兎に角、今の踊りの詳しい話は馬の上で聞きましょうか? 放っておくと逃げきられちゃいそうだし。」そんなこんなで、私達は馬に乗って、小姓の後を追っていったのでした。「…とまあ、そんなわけで、井戸を掘りあてた後にする踊りらしいのですよ。」「成る程、サイトの世界の踊りだったのね…あいつ、何でいつもいつもケティにばかり自分の世界の事をベラベラと…。」何だか、才人の冤罪がどんどん増えていくような気がしますが、まあ何とかなるでしょう。解決するのは私じゃあなくて、才人ですし。「あの宿屋か…。」アニエスが、宿の入り口から入っていく小姓を睨んでいます。小姓が入って行ったのは、貴族用の宿の中でもそこそこグレードの高い宿。「間者の分際で、良い宿に泊まっているじゃありませんか…。」「そうかしら?」ルイズは普通じゃない?といった感じで首を傾げます。ええい、大貴族はこれだから。まあ、現状市井に交じって情報収集中といっても妖精亭の中が殆どなので、宿における庶民感覚がいまいち身に付かないのは仕方ありませんが。「さて、ガサ入れと行きますか。」「がさいれ?」ルイズが不思議そうに首を傾げます。おっと、思わず日本語と混じってしまいましたか。「部屋に踏み込んで、証拠等を捜索する事ですよ。」「聞いた事が無い言葉だな。」アニエスも首を傾げていますが、当たり前ですね。思いきり日本語ですから。「まあいいか、踏み込むぞ。」「わかりました。」「わかったわ。」私とルイズはアニエスの後について、宿屋に入って行ったのでした。「いらっしゃいませ、何の御用でしょうか?」「銃士隊だ、今入っていった小姓が居るな。 どの部屋に入っていった?」アニエスが、銃士隊の紋章を見せながら受付係に尋ねたのでした。「この宿は宿泊者の秘密を守る事に関してはトリスタニアいちでして…はい。 銃士隊と言えども答えるわけには…。」「我らが言葉は国王陛下の言葉と心得なさい。」そう言いながら、私はルイズの懐から許可証を取り出して見せたのでした。「な、ちょ、ちょっとケティ、何で自分の見せないのよ?」「私のはルイズみたいな無制限許可証ではありませんから。 ついでに言うと、家名明かしていちいち説明するの面倒臭いですし。」交易商人や軍人あたりにはそこそこ有名ですが、ラ・ロッタなんて田舎貴族、一般庶民には無名も良い所なのですよ。「面倒臭いって何よー!」それに比べてラ・ヴァリエールは、誰が聞こうが一発でわかる威力を持ちます。ルイズはキレていますけれども…彼女はコンプレックスが原因で周囲に人を寄せ付けないようにしていたせいか、自分の家がどんだけとんでもない家なのか、いまいち把握していないのですよね。おそらく、トリステインで《王家とラ・ヴァリエールだけには絶対に逆らうな》などと昔から言われている家だというのも知らないのでしょう。まあ知らないのに加えて、彼女が自分の家の権勢を自分からは絶対に振りかざさない性質だからこそ、クラスメイトはある意味気安く彼女に接しているのですが。「王家にラ・ヴァリエール…何てこった。 こ、これは…ほ、本物ですか?」「この国でそんなのを騙ったら、100回は処刑されても文句言えない類のものであるというのは、わかるでしょう?。」時をかけてはいられないので、権力と権威で強行突破なのですよ。「わ、わかりました…こちらの部屋でございます。」そう言って、受付係は部屋番号を指差したのでした。「本当にそこなのですか? もし嘘偽りがあれば、一族郎党まるっとまとめて処刑は免れませんよ?」「ほ、本当でございます!」顔面を蒼白にし涙目になった受付係が、コクコクと頷いたのでした。「うわぁ、笑顔なのにすっごい悪そうな顔…。」「もしも敵に回したら、剣と銃以外では相手にしたくないな。 それが無理なら迷わず逃げるぞ、私は。」何でドン引きしているのですか、二人とも。「…二人とも、人が頑張っている時にチャチャ入れないでください。」「いやだって、本当に怖いわよ?」怖くしないと脅しにならないじゃありませんか…。「この部屋だな?」「ええ、受付係が命知らずで無ければ。」アニエスのヒソヒソ声の問いに、私もヒソヒソ声で返しつつ頷いたのでした。「では…お客様、ルームサービスでございます。」まずはコンコンとドアをノック。「せーの…ていっ!」直後にルイズの蹴りが重厚な造りのドアを蹴り飛ばしたのでした。…どうでもいいですが、何で虚無の呪文を使いませんか、ルイズ。「銃士隊だ!御用改めである!」そこにアニエスが剣を抜いて踏み込んでいきます。「…って、あり?」アニエスの間抜けな声が響き渡ったのでした。まさか、ガセネタ掴まされましたか!?「ど、どうしました?」「ああいや、何というか、ルイズ殿、天晴だ。」そこには間抜けにもドアに近づいて行ったらしく、ドアごと蹴り飛ばされて気絶した間者の姿が。「お久しぶりですね、小姓さん?」そして、まだ立ちさていなかったのか、こちらを驚愕の表情で見る小姓の少年。「あ、あんたらはさっきの変態!」レディに向かって変態とは失礼な。「炎の矢!」「ウボァー。」百本近い炎の矢が、小姓をふっ飛ばしたのでした。「…悪は滅びました。 さて、それでは縛って捕えておきましょう。 アニエス殿、銃士隊の手の空いているものを3名ほどと、荷馬車をまわしていただけますか?」「まあ、そのくらいならすぐにでも手配はつくな。 わかった、ロビーに頼んで使いを出させる。」まあ、その程度の予備戦力は用意していますよね。「じゃあまあ取り敢えず『バインド』。」毛布をかけてからバインドの呪文をかけると、毛布でぐるぐる巻きになった間者が出来上がったのでした。「そこの小姓は?」小姓にバインドをかけていないのが不思議なのか、ルイズが訪ねて来たのでした。「気絶している間に職場が無くなっていたというのは少々可哀想ですが、まあ仕方が無いという事で。」どうせ、ほとんど何も知らないでしょうし。「起きたら解放してやってもいいんじゃないか?」「連れて行って軽い尋問くらいはするべきでしょう。 ゴミみたいな情報でも、意外と大きな情報への突破口になることだって、ごくごくたまにはありますし。」もったいないお化けが出るのですよ~?「あと、なかなか綺麗な顔立ちをした子ですし、ついでに美形の兄が居ないかどうかとかも聞いてみるべきでしょう。 銃士隊の面々は強さと引き換えに色っぽい話から遠ざかりがちですし、婚活ということでひとつ。」「そんなしょうも無い心配はしなくてもいい!」しょうも無い心配とはなんですか、しょうも無い心配とは。「そういう事を言っていると、あとで同年代の人間がどんどん結婚して行って一人嫁き遅れ、友達の結婚式とかで肩身の狭い思いをするようになるのですよ。 終いには『独身』と言われただけで激怒する、そんな了見の狭い女と化してしまい…。 …最終的に金髪で胸が薄くて眼鏡をかけたきつそうな自称永遠の17歳の女性に、笑顔で『友達』とか言われてしまうのです。」「何なんだ、その妙に現実性がある上に、嫌な未来予想図は!?」いやー、本当にアニエスって弄り甲斐があるのですよ。「金髪で胸が薄くて眼鏡をかけたきつそうな女性って…どっかで見た事があるような?」独神エレオノールこと、貴方の姉なのですルイズ。出来れば思い出さないで、そっとしておいてあげて下さい。「まあ、育て上げてみるもよし、未熟な若木を弄ぶもよし、煮るなり焼くなり好きにすればー?なのですよ。」ああ、真面目な人をおちょくるのって楽しい。「…叩き切っても良いか?」「それはご勘弁を、おほほほほ。」アニエスの目がちょっとマヂなのですよ…おちょくり過ぎましたか?「まあ冗談はこれくらいにして、情報は金に等しいもの。 わずかな可能性も取りこぼすべきではないのですよ。 そんなわけで…てりゃ。」間者の腹を蹴ってみたり。「…………。」返事が無い、ただの屍のようだ…ではなく、私の力が弱かったのか、気絶から立ち直ってくれません。とはいえ、モンモランシーの気付け薬はまたカオスな事になるような気がするので使うわけにもいきませんし…。「アニエス殿、彼を優しく愛を囁くように起こしてあげてくれませんか?」「わかった。」アニエスは、あっさり頷いたのでした…って、あれ?「優しく!」「うぐぉ!?」「愛を!」「ぐふぁ!?」「囁くように!」「ぶぐぅ!?」アニエスは間者を思いきり蹴り飛ばしたのでした…。「起こしたぞ、私なりに優しく愛を囁くようにっ!」「は、激しい愛なのですね…。」その発想は無かったのですよ…というか、ストレスを間者にぶつけませんでしたか?「あー、すいませんが、生きていますか?」「げふ…何も話さんぞ、革命の敵め。」何気にソ連化していますねぇ、アルビオン。仲間を『同志』とか言っているのでしょうか、寒いのです。「ふざけるな、この地図は一体何だ、答えよ!」アニエスがトリステイン市街の概略時に×マークのいっぱい入った地図を間者に突きつけ、殺気を送りながら尋ねます。「おっかないおねーさんもこう言っている事ですし、出来ればお話しする事をお勧めしますが?」そう言いながら、懐から例の気付け薬の瓶を取り出し見せつけてみたりします。「どうせ、話さなくてはいけなくなるわけですし。」「その薬は…まさか…。」間者の顔が見る見るうちに青ざめていきます。「ええ、真実の血清かもしれませんね?」真実の血清…要するに魔法の自白剤の事なのです。使うと凄くフレンドリーな気分になって、何でも話してくれるようになります。強力な薬なので、使用後は当然の如くお花畑の向こう側の住民と化しますが。「そのような卑劣な水の秘薬を使おうとは…。」「何事も合理的に手早く。 話す気が無い人間に、拷問などの人道的な手段は無駄の極致なのですよ。」瓶の薬剤は全然違うものですが、嘘は言っていませんよ、嘘は。「くっ、こうなれば…もが!?」舌を噛み切ろうとしたので、口に固い林檎を突っ込んであげたのでした。「あが…あが…。」「貴方には2つの選択肢をあげます。 大人しく洗いざらい喋るか、それとも真実の血清で洗いざらい喋るか…さて、どちらを選びますか?」交渉に必要なのは、相手に選択肢を与えない事。もう一つ、ハッタリ利かす時は徹底する事。「あー、言っておくが、こっちのおっかないおねーさんは私より怖いぞ?」「たぶん、トリステインでも指折りのおっかないおねーさんよ?」あー…いや、後押ししてくれるのは嬉しいのですが、何か複雑な気分なのですよ。このあと彼がどうなったか?結果として情報が得られたのですから、つまりはそういう事なのです。うまくいったのに、この敗北感は一体何なのでしょう?翌日、妖精亭に戻って一泊の後、劇場の前に全員集合。「おはようございます、姫様。」「おはよう、ケティ。」ちなみに小姓の少年には軽い尋問を行った後、アカデミー謹製のお薬で手紙を届けた時点以降の記憶を綺麗さっぱり忘れて貰いました。「あとは最後の詰めね。」「はい、リッシュモン卿は既に劇場内に、ぬかりはありません。」いやー便利ですねえ、水の秘薬…暫らくの間、少々記憶の混乱を起こす副作用があるらしいですけれども。「…ですよね、アニエス殿?」「勿論です。」ちなみにこの秘薬、御禁制の品だったりします。流石は水の王国トリステイン、こういう陰険な品なら他の追随を許さないのですよ。「才人、お疲れ様です。」「お…おう。」眼の下にくまを浮かべてげっそりした才人が、力無く腕をあげて返事をしてくれたのでした。「ぬぅ?才人、何かありましたか?」「え?いや、何もないよ、何も無かった。 断じて何もないったら無い。」あ、怪しい…でも、たぶん才人は本当の事を言っていますね、才人ですし。「ふむ、姫様…無垢な才人をベッドの上で散々弄んだのですか?」「い、いいいいくら私でもそんな事しないわよ?」姫様がどもるとは、怪しい…そんな見え見えの誤魔化し方は姫様っぽくないのです。「何も無かったくせに、思わせぶりな態度で見栄張ろうとか思っていませんか、姫様?」「おほほほほ、何の事かしら?」うむ、これが正しい姫様の誤魔化し方なのです。「年頃の殿方と二人っきりで、興味半分で何度か誘ってみたりしたけれども、全て回避されて少なからず乙女のプライドが傷ついたわけですね、わかるのです。」「…何で図星をついてくるのかしら、貴方は?」憮然とした表情で、姫様は私を睨みつけたのでした。「…そりゃまあ経験者は語るなのですよ…。」思わずぼそっと呟いてみたり。何せ媚薬にやられた私とルイズのツープラトンアタックにも耐えきった男ですから。これで姫様にホイホイ手を出された日には、乙女のプライドがズタズタなのですよ。才人の鋼鉄の精神はルイズに対する態度が無ければ、ホモかと勘違いしているレベルなのです。「それでも、抱き枕にはさせてもらったわよ? 相談相手にもなってくれたし…彼ってなかなか博学よね。」日本でそこそこの高校まで行っていれば、嫌でもそこそこ博学にはなります。日本ではそれが普通なので誰も自覚していませんが、本来ホワイトカラー大量生産装置である日本の学校を舐めちゃいけません。「だだだだだ、抱き枕ですってぇ!? 不潔よ!不敬よ!何で丁重に断らないのよ!」「いやでも姫様有無を言わさないというかあの威圧感いっぺん味わってみろっての無理だから! だからやめてその拳はその足は止めてよして殴らないで蹴らないでギャー!」会った途端にフルボッコですか…クリアエーテル(さようなら)、才人。「あらららら、悪い事しちゃったかしら?」「いいえ、アレが普通なのです。」どうせ数秒で復活するので、無問題無問題。「いやしかし…。」周囲を見回すと、男装というか武装した麗人ばかり。アニエスが一晩でやってくれました。「…こうなると、あちら側の当事者たちは見事なまでに道化なのですね。」劇場は囲まれていて、自分たち以外の観客は殆どが銃士隊員。「アルビオンに踊らされる程度の道化だもの、私達にだって踊らされるのは当然よ。」「その程度の小悪党が大悪党のつもりになれるくらい、国が放置状態だったという事ですか。」権限も無いのに奔走する羽目に陥ったマザリーニ枢機卿が、鳥の骨みたいに痩せ細るわけなのですよ。「それが問題なのよね…助言が欲しくても、お母様は《夜更かしするな》とか、《もっと恋をしなさい》とか、しょうも無い事しか助言してくれないし。 恋愛なんかしなくても、扱いやすい莫迦でお人好しで家柄だけは良い二枚目なら、探せば見つかるってのに。 …まあ、恋愛に未練が無いかと言われれば、あるけれどもね。」「も、もうちょっと恋愛に夢見ましょう、姫様。」私だって、もう少しロマンチックなのですよ。「恋愛に夢見ている間に国が傾いたら、私は王として臣民に顔向けできないわよ?」「まっとうな王なら、恋愛と仕事の両立くらい出来るものなのです。 愛人を抱えて、なお国を最盛期に導いた王も居るのですよ?」例えば《ゼロの使い魔》の元ネタである《三銃士》の時代のルイ14世とか。「《最盛期は衰退の始まり、繁栄そのものに学ぶべき所など無い。あえかなる繁栄の色濃き影を見よ。そしてその後の衰退期に学べ》でしょ、ラ・アルーエット? その最盛期の王は愛人にかまけていたせいで、没落の折り返し地点に立ったのではなくて?」「はぁ…まさか自分の本の文章で言い返されるとは思わ無かったのですよ。 ちなみにその最盛期の王は外征を繰り返して、その国の絶頂期を築いた王なのです。 その後は、その最盛期の王が繰り返した外征で残した負債が国に重く圧し掛かり、結局二代後の王は斬首されて敢無く王朝は滅びました。」そう言いながら、姫様をじーっと見てみます。「戦争はお金がかかるのですよ…繰り返せば尚更。 儲けさせて貰っている身でなんですが、急ごしらえのハリボテ軍隊での外征はお勧めできません。 例えば狭い路地に兵を密集させたりする、用兵の基本が全然なっていない士官のいる軍とか。」外征するにしても、何とかしてトリステイン軍の被害を最小限に納めねば。「…そうね、全然なっていないわよね。 このまま今の軍を矢面に立たせたら、金の無駄だわよね。」ああ姫様、世界の神に成るとか痛い事言った人みたいな笑みを。「素人に等しい我が軍が、ゲルマニア軍と同等だなんておこがましいわよね。 そしてゲルマニアの皇帝は、か弱き乙女の頼みを断りきれない気がするのよ。 力強く雄々しくひ弱なわが軍を守りながら前線で戦うゲルマニア軍とか、見たいわ。」「はぁ…猫被る気ですね、徹底的にかわい子ぶって媚びる気満々なのですね、姫様? 色気とアルビオンでゲルマニアを釣る気ですか。」確かにゲルマニアの軍事力は、東方領土の問題を抱える我が国にとって激しく邪魔ですが、そこまでやりますか。「相手は自分達は絶対に正しいと思い込んでいる、真っすぐで純粋な莫迦の集団よ? そういう莫迦って無駄に意気込んでいて、しぶとくて、相手にするの面倒臭いじゃない。 そんなのはゲルマニアの脳味噌筋肉な連中にでも任せておけばいいのよ。 そもそも、ただでさえ自国の復興中なのに、アルビオンの荒廃した領土を何とかするだけのお金なんて無いわ。 成功しても王家の財産すら散逸しているアルビオンの復興に、ゲルマニアの財政は大きな痛手を受けるし…。 …失敗してもアルビオン軍の復興を邪魔出来て、ゲルマニアの圧力も減らす事が出来るわ。」「それではゲルマニアが納得しないのでは?」あからさまに盾にしたら、流石にゲルマニアも怒るのですよ。「一回合同演習でもさせてみるわよ、流石に呆れて納得してくれる筈だわ。 錬度の低い我が軍は、一部の部隊を除いて後方支援でもしてくれていた方がまだ戦いやすいと。 勿論、その為の人選もしておくわ。 軍の再編が間に合っただけじゃあ駄目なのね…貴方達とあのナ…ナ…なんとか連隊とかっていう部隊の件が無かったら、軍が酷い事になってショックで死ぬところだったわ。」まあ、それが妥当ではありますが、軍の不満が溜まりやしないか心配なのですよ。あと、ナヴァール連隊なのです。「ゲルマニアが呆れて遠征を断ってくる可能性は?」「アルビオンは婚儀をあんなふざけた手段で妨害したの。 だから潰された面子を取り戻さなくちゃ、仁義が成り立たないのよ。 我が国がやらなくても、一国でもやるわよ、ゲルマニアは。 何せ、我が国と違ってアルビオンと戦争した事が無いから、詳しい事を知らないし。 無知は時に勇者を生み出すもの…。」ちなみに私達はこんな物騒な話をこそこそしながら、劇場に向かって歩いて行っていたりします。ルイズは才人と思しき肉塊をビターンビターンと振りまわしているので、誰もが見ないふりをしていたりしますが…。「このか弱き女王の代わりに戦ってくれるゲルマニアの勇者達に、感謝感謝というわけよ。」「触り程度でも戦闘を経験させておけば、我が軍の錬度も上がるというわけですか。」か弱いとかいう世迷言は、さらっと流しておくのです。「財務卿兼高等法院長リッシュモン・ド・ラ・モンフォール。 処刑されるか、この場で自裁するか、選ぶがよい。 ちなみにお勧めは自裁だな、先に死ねる。」ちなみに彼にはアルテュールという立派な名前がありますが、諸事情で省略なのです。あと姫様がいきなり尊大な口調になったのですよ。「い…いきなりこのような場にやって来て、いきなり何をおっしゃいますか、陛下!? しかもいつもと全然雰囲気が違うのですが…。」リッシュモン卿もびっくりなのです。「説明が面倒臭い、良いからとにかく死に方を選ぶが良い。」「そんな殺生な!?」ちなみに私もびっくりなのです。「私は裁判官では無いのだ、女王である。 そなたの容疑をいちいち長々としゃべる趣味は無い。」「で、ですが、いきなりやってきて処刑するとか言われても、納得できませんぞ!」リッシュモン卿もいきなり演出もへったくれも無く処刑すると言われるとは思いもよらなかったでしょう。「あー…やっぱり面倒臭いわ、ケティ代わりにお願い。 貴方、説明とか大好きでしょ?」「すごい振り方なのですね…。」処刑する理由を本人が説明するのを面倒臭がられた人と言うのも、そうそういないでしょう。「はい、ここに書類とかあるから、適当に読み上げてあげて。」姫様がそういうと同時に、銃士隊員がどさっと大量の巻物を積み上げたのでした。「あー…面倒臭いのですね、確かに。」「面倒臭いならこっちの目録でも読めばいいと思うわ。」姫様が目録を手渡してくれたのでした。どれどれ…。「公金横領、賄賂の授受、便宜供与…外患の誘致。 ふむ、これはどう考えても死刑なのですね。」他のは兎に角、外患の誘致はどんな国でも例外なく死刑ですし。「な…何か証拠でもあると…。」リッシュモン卿がその罪状に対して言い返そうとしますが…。「そうそう、そなたとそなたの兄弟の領地にも兵が向かっているから、程なくそなたの妻子や兄弟も逮捕される筈だぞ。」「な、なんですと!?」姫様、面倒臭いとか言いながら結局喋ってる…。「決まっているであろ。 ラ・モンフォール伯の地位は没収、卿が無駄に溜め込んだ全財産も没収、ついでに親兄弟妻子ともども死罪。 そなたが懇意にしていた、商人のふりをしている癖に貴族用の宿屋に泊っている間抜けが、全て吐いた。 『真実の血清』を使ったから、供述に間違いは無い。」間者は、今頃薬がガンぎまりした状態で、とってもハッピーな感じになっているのでしょう。世界中が友達に見えている筈なのです。「そんな、そんなあんまりでございます!」「そなたにとっては、いつも通りのちょっとした小遣い稼ぎの一環であったのであろうがな。 世間で外患の誘致とは例外なく死刑なのだ。 …大して敬意を感じてもいない主君に、笑顔でゴマをするのも疲れたであろうから、煉獄でゆっくり休むがよい。」そう言って、姫様はにっこりと壮絶な笑みを浮かべたのでした。ああ…姫様がラフィール殿下のように…。「この国は何をしようがもう終わりだ! その前にひと儲けしようとして何が悪い!」臣下の仮面をかなぐり捨てたリッシュモン卿が、姫様を睨みつけたのでした。「そうだな、そなたのような者だらけの現状、この国を建て直すのは難しいと言わざるをえぬ。 だがな、そなたのような地位にある者でも、汚職を行えば死刑となる事を示せばどうなるであろ?」「そんな事をすれば、反乱が起きますな。 陛下は貴族というものを理解していらっしゃらないと見える。」そう言って、リッシュモン卿は鼻で笑って見せたのでした。「そうだな、それだけでは確かに叛乱は避け得ぬ。 では…不正蓄財した財産を自己申告で返却し、名乗り出れば罪は許すと言えばどうであろ?」全員処刑するわけにはいかないから、踏み絵を用意するわけなのです…まあこの話は前にも聞きましたが。「ま、まさかその為だけに、私を生贄に!?」「そなたの場合は、外患誘致の罪だけで一族郎党まとめて死罪は逃れ得ぬ。 ただし、外患誘致の罪をわざわざ表に出して、国内に動揺を広める必要も無い。 一罰百戒に、まさにうってつけではあったな。」罪人を死罪にする時には、それが大貴族であるなら尚更、その死を政治的に利用するのは当たり前であると言えるのです。「であるからもう一度問う。 妻子や兄弟が処刑されるのを、その目で見てから死ぬか? それとも、先に死ぬか? 選ぶがよい。」「ものども、出あえ!」リッシュモン卿がそう言うと、周囲の貴族たちが杖を構えて立ち上がったのでした。「く…くくく、私が一人で来たとお思いか?」「それこそ、こちらの台詞だな。」姫様がパチンと指を鳴らすと、リッシュモン卿とその取り巻き以外の劇場の客、俳優、全ての人間が一斉に銃を抜いて彼らに向けたのでした。「な…。」「世の中そんなに甘くは無い、という事だな。 ああ、銃士隊に採用された新式銃はそなたらが呪文を唱えるよりも早いぞ…。」そう言って、姫様はもう一度指をパチンと鳴らし、それと同時にリッシュモン卿が持っていた杖が、パンッという乾いた音とともに吹き飛んだのでした。「…おまけに命中精度も良い。」新式銃はまだ銃士隊に行き渡っているとはお世辞にも言い難いですが、ハッタリ利かすには丁度良いというわけなのです。「杖を捨てよ、抵抗は無意味である!」そう言って、アニエスがリッシュモン卿に銃を向けたのでした。「どうせ殺されるのなら!」そう言って、一人の取り巻きが呪文を唱え始めますが…。「愚者の選択だな。」姫様がパチンと指を鳴らすと無数の銃撃音が響き渡り、リッシュモン卿以外の取り巻きは地に倒れ伏したのでした。「さて、これで何度目になるか? 首切り役人の前に跪く事を選ぶのか、自裁を選ぶか、はっきりせよ。」この問いに彼が何と答えたか、ですか?私はそれを語りたくありません。ただ一つ言える事は、アニエスが本懐を果たしたという事でしょう。そして、本懐を果たしたのに、アニエスの表情がいまいちすっきりしていないという事でしょうか。