「ありゃまあ。」その光景を見て、ケティはのんびりとした声を上げた。「待ち切れなかったみたいですね。」「ん。」タバサもコクリと頷く。タバサ達が見る先には、翼人達に追い散らされる樵達の姿があった。「良いの?」「私はタバサの味方ですから、タバサがやるというならそれに追随するまでです。」そう言いながら、ケティは杖を抜いた。「シルフィも、シルフィもやるのね、翼人美味しくないけど!」「喰う気なんですかぃ!?」ケティは思わずツッ込んだ。「食べない相手には、攻撃されない限り攻撃しちゃいけないのね、きゅい。 見境ない人間と違って、韻竜には色々と掟があるのよ、きゅいきゅい。」「食べちゃ駄目。」「きゅい、わかったのね。」シルフィードは素直に頷いた。「ヘイル・ストーン。」翼人から樵達に放たれた葉の刃を、タバサの氷の飛礫が撃ち落していく。「イル・フル・デル・ソラ・ウィンデ…フライ。」タバサはその大きな杖を発動体としてフライを唱え、地面に向かって降下をはじめた。「くっ、新手かっ!?」翼人たちはタバサに攻撃を加えようとしたが…。「ウィンド・ブレイク!」「うぉわぁっ!?」翼人の一人がウィンド・ブレイクにぶっ飛ばされて、すっ飛んで行った。「お姉さまを助けるとは見上げた行いなのね、腹黒娘。 褒めてあげます、きゅい。」「お褒めに預かり光栄の至り。 …とは言え、森の真上でバカスカ火の魔法を放つわけには行きませんからね。 火に比べればバリエーションは圧倒的に劣りますが、風系統だってライン程度には使えますよ!」ケティはそう言いながら、ウインド・ブレイクでタバサに近づく翼人達を排除し始めた。「ウインド・ブレイク!」「狙いが甘いわ!」とは言え、ケティの攻撃に慣れた翼人たちはケティの攻撃をするすると避け始める。「むきー!猪口才な! ウインド・ブレイク!ウインド・ブレイク!ウインド・ブレイク!ウインド・ブレイク!」「わはははは、無駄無駄ぁ!」「案外短気なのね、腹黒娘。」ウインド・ブレイクを撃ちまくるケティに、シルフィードがボソッとツッ込んだ。「…時間稼ぎですよ、ほら。」翼人たちがケティのウインド・ブレイクを避けているうちに、タバサが地上に降りていたのだった。「ん。」タバサがフライを解いて杖を構える。「しまった!」「おほほほほ、引っかかった引っかかった。 やっぱり、戦慣れしていないのですね、貴方達。」ケティ的にはタバサが地上に降下するまでの時間稼ぎが出来ればそれでよかったので、当たらないならと乱発して翼人たちの注意を引いたのであった。「くっ、根よ伸びて歩みを止めよ。」「ウインド・カッター。」タバサが翼人たちの魔法によって襲い来る木の根を風の刃で切り裂いた。「クソ、あちらの当たらない娘を狙え!」「誰が当たらない娘ですか、誰が! 炎の矢!」ケティは炎の矢を放った。「こんなもの…って、うわ何だ、追いかけてくる!?」炎の矢は逃げる翼人を延々と追いかけ続ける。「おほほほほ、私の本分は火なのです! …燠火はしつこいですよ?」「うひゃああああああぁぁぁっぁっ!?」翼人は空を必死で逃げ回り、何とか炎の矢が消えるまで逃げ切ったのだった。「どうだ!?」「それじゃあ第二段…。」ケティが無情な事を言おうとしたとき、1人の翼人が割り込んできた。「おやめくださいメイジ殿! 貴方達も精霊との契約をこんな事に使わないで!」それは亜麻色の髪の美しい翼人の娘だった。「貴族様、なにとぞ御容赦を!」下ではひょろっとした青年がタバサの前に立ちはだかっている。「引きなさい、争ってはいけません!」「し、しかし、アイーシャ様…。」アイーシャという名前らしい翼人の娘に、翼人たちは言い返そうとするが。「駄目なものは駄目です! これ以上やりあったら、お互いに犠牲者が出ます! そんな事は私が許しません!」「は…はぁ、かしこまりました。」翼人たちは天高く舞い上がると、飛び去っていく。「てめえヨシア!折角来てくださった騎士様になんて無礼を!」「うわっ!?」大柄でがっちりした体格の男に、ヨシアと呼ばれた青年はぶっ飛ばされた。「すいやせん騎士様。 あっしはこの村の村長の息子でサムと申しやす。 今ぶっ飛ばしたのは弟のヨシア。 さあ、一緒に翼人どもを追いやしょう!」サムと名乗った男はそう言ったのだが…タバサの頭はぐらぐらしている。「騎士様?」「……………。」よく考えたら一晩中ぶっ通しで飛んでこの村について、既に昼近く…タバサは緊張が解けたせいなのか、うつらうつらしている。「よ…っと。 あ、どもどもこんにちわー。」レビテーションを自分の体にかけてゆっくりと降下してきたケティが、樵達にのんびりと挨拶をした。「き、騎士様が二人も!?」「あ、私は騎士(シュヴァリエ)ではなく従騎士(エスクァイア)ですよ~。 ケティと申します、よろしく。」家名はあえて名乗らずに、身分も偽ってケティが名だけ名乗り、うつらうつらしているタバサを見た。「おやまあタバサ、ひょっとして眠いのですか?」「ん。」ケティの問いに、タバサはコクリと頷く。「一晩中かけて飛んできましたからねぇ…そこな樵さん。 翼人は逃げませんから、取り合えず寝床の準備を願えますか?」「へ…へえ。」サムは拍子抜けしたような表情で頷く。「この方はガリア花壇騎士のタバサ様です。 こう見えても先ほど貴方達が見たとおり、一眠りさえすればとても強い御方ですので、どうぞご安心ください。」「へえ、そうなんですかい…わかりやした。」サムは二人のトリステイン魔法学院の服装を見て、あれが花壇騎士の制服なのかなーとか思いつつ頷いたのだった。「ブレイド!」ケティはいきなりブレイドを出し…。「はいはい避けて下さいねー…スパスパスパスパスパーっと。」ズシーンズシーンと音を立てて、次々とこの地方名産のライカ欅の大木がが倒れていく。ケティは数本の大きなライカ欅を斬り倒して、小さな広場を作ったのだった。「のわーっ!? ライカ欅がーっ!?」「ほよ?」いきなりライカ欅を問答無用で切り倒された樵達が頭を抱えるのを見て、ケティが首を傾げた。「どうかしたのですか?」「どうかしたのですかじゃねーでございますよ。 運び出す準備も出来ていない場所で、こんな立派なライカ欅を切り倒すだなんてなんて勿体無い事を…。」木を斬り倒したらきちんと使い切る。木を住処とする翼人とは違うとはいえ、彼らも森の恵みを大事にしている森の住民なのだ。「ふむ…こんなんでどうでしょうか? ゴーレム!」ケティが呪文を唱えると、斬り倒されたライカ欅ににニョキっと数本の足が生えた。ライカ欅をゴーレム化することで、運べるようにしようと考えたらしい。「き…キモい…。」「がーん…キモいとか言われた。」樵の一人が呟いた言葉に、ショックを受けたように仰け反るケティ。ちょっと涙目である。「見かけはアレかもしれませんけど、これなら貴方達の村までライカ欅を運べると思ったのに…すっごい傷ついた、やめよ。」「うわわわわ、すんませんすんません! 誰だキモいとか言った奴は、ぶっ飛ばしてやる! 確かに見た目は倒木に人の足が生えまくっていて何処の怪物だってくらいスゲエ気色悪いが、この騎士様が木を無駄にしないように考えてくれたんじゃねーか!?」「がーん…スゲエ気色悪いとか言われた…矢張りこれは却下で。」正直過ぎるサムの言葉にガックリと肩を落としたケティが、ゴーレムを解除する為の準備を始める。「わーっ、今の言葉は無し、無しです! 有難いです、助かります! だからいじけないでください、騎士様!」サムは慌ててケティの手を止めた。「姿はあんなやっつけでも構いませんか?」「ええ、ええ、もちろんでさぁ!」こくこくと何度も頭を縦に振りながら、ケティを必死で宥めるサム。「ふむ…では、あのゴーレムはすべて貴方に着いて行くように指定しますので、連れて行ってあげてくださいね。」「へえ、わかりやした…しかし、何で木を斬り倒したんで?」ケティによって指定されたせいか、わらわらと近づいてくる足が沢山生えた倒木に若干顔を引き攣らせつつ、サムは訊ね返す。「広場を作らないと、あの子が降りて来られませんから…シルフィード!」「きゅいいいいいいぃぃぃぃぃっ!」ケティに呼ばれると同時に、シルフィードが即席の広場に降り立った。「うわああああぁぁぁぁぁぁ!竜だあああああああぁぁぁぁぁぁっ!?」「ひいいいいいぃぃぃぃっ!お助けええええええぇぇぇぇっ!?」途端に樵達が恐慌状態に陥る。ハルケギニアの幻獣の中でも最強の生き物、それが竜だ。繁殖期でつがいを求めて火竜山から旅に出た火竜の成体が、たまたま通りがかった村を襲撃して、村人の殆どを食ってしまった…なんて事件は、数十年に一度は起こる惨劇として有名だったりする。竜は例えシルフィードのような風竜の幼生であっても、村人が持つ弓などの武器では対抗出来ない。成体であればメイジであっても単独での対抗は困難、火竜の成体ならばまず不可能…そんな無茶苦茶な生き物なのだ。その吐息はすべてを焼き払い、その咆哮は魂を凍てつかせる。出会えば生きて帰れない絶対的な死の象徴、それが大半の平民にとっての竜なのである。「この人間達はお姉さまや腹黒娘と違って、竜に逢ったときの礼儀がちゃんとわかっているのね! それ、泣きなさい、喚きなさい、己の無力さを噛み締めるのね、きゅい!」「ひいいぃぃぃぃぃ!竜が喋ったぁ!?」逃げ惑っている樵達が面白いのか、シルフィードは自慢げにブレスを吐き出して混乱をさらに助長する。「やめなさい、お莫迦。」ケティは懐から円筒状のものを取り出し、シルフィードに向けてボタンを押した。そこから弾丸が発射され、シルフィードの硬い皮膚にカキンと弾かれる。「痛っ!?何をするのね腹黒娘!?」弾かれても痛いものは痛いので、シルフィードはびっくりして抗議するが…。「シルフィード…知っていますか? 竜の干物は、秘薬の材料として高く売れるのですよ。 ああ…韻竜のものならば、それはそれは高く売れるでしょう。」「きゅ、きゅい!? な…なんだか急に寒くなってきたのね?」ニコニコ笑いながらゆっくりと話すケティに、シルフィードは本能的な恐怖を感じて後退さる。シルフィードはニコニコ笑うケティから、真っ黒いオーラが出ているのを幻視した。「選びなさい。 竜の干物になるか、黙るか。」「だ…黙ります…黙るのね、きゅい。 だから干物は勘弁してほしいのね。」シルフィードは尻尾を股の間に挟んで、頭を地面に降ろして降伏のポーズをとった。「…と、ところでその小さい鉄砲は何なのね?」シルフィードは恐る恐る頭を上げると、先ほど自分に激痛を感じさせた武器のをことを聞いてみる。「死の接吻(キス・オブ・デス)ですよ。 至近距離で…例えば殿方と抱き合いながら、手と一緒に背中に回して心臓目掛けてズドンとやる為の暗器です。 私はタバサみたいに鈍器持っていませんし、それを振り回す腕力もありませんから、これなら傷つけずに痛がらせられるなと思いまして。」「シルフィが竜だからって、おっそろしい物を躊躇無く使うのね…流石は腹黒娘。」シルフィードは思わずゴクリと喉を鳴らした。「躊躇ならしましたよ? これ一発屋な上に非常にコンパクトに作られているので、弾を込め直すのが凄く面倒臭いのですよ…。」「そういう躊躇じゃないのね…きゅい。」ケティはこの程度では幼生であろうとも矢すら通さない竜の皮膚に通るわけが無いのを知っていたのでしれっとそう答えたが、シルフィードは先程のケティの怒りが決して単なる脅しではないのではないかと心臓を縮めたのだった。「あ、あのぅ、姐御。」サムが恐る恐る声をかけてくる。「何故に姐御なのですか…。」「いや、何となくこう呼ばないといけないような気がするんでさ、へ、へへ…。 それは兎に角、この喋る竜は何なので?」韻竜の存在は、平民には殆ど知られていない。そもそもとっくの昔に絶滅した筈の生き物なのだから生活に必要ない知識であり、平民が知っている方がむしろ珍しいのだが。「ガーゴイルなのです。 勿論『久し振りだね、ネモ君』とか言う方では無く、魔法生物のガーゴイルなのですよ?」「前者の方が何なのか、無学な俺にゃあ全然わかりませんや、姐御…。 でも、さっき散々竜とか言っていやせんでしたか?」サムはそう訊ねたが…。「それは幻聴で、この子はガーゴイルです。 …ですよね、シルフィード?」「ハイ、しるふぃハがーごいるナノネ、キュイ。」急に片言でぎこちない喋りになったシルフィードが、カクカクと動きながら返答したのだった。「でもさっきまでこの竜、流暢に話していやしたよね?」「サム、それは貴方の心が生み出した幻想です。 そんなものはありません、この子はガーゴイルです…わかりましたね?」ケティがにっこり微笑みかけると、サムは自分の全身が蛇に睨まれた蛙のように固まるのを自覚した。「へい姐御、俺は何も見ていやせんし何も聞いていやせん。 だよな、お前ら!?」『へ、へい!』必死の形相でそう言うサムとニコニコ微笑むケティを見て、真っ青になった木こり達がコクコクと頷いている。「ではシルフィード、タバサを乗せてエギンハイム村へと向かいましょう。 この中から誰か、道先案内人を用意して下さいますか、サム?」「へ…へい、では…。」サムはキョロキョロ見回して、道先案内人(いけにえ)になりそうな人物を探し…弟を差し出す事に決めた。「おいヨシア、お前が姐御達を案内しろ!」「ええっ!そんな殺生な!?」ヨシアは悲鳴みたいな声を上げた。「俺は知っているぞ、この中で一番度胸があるのはヨシアお前だ。 …頑張れ、骨は拾ってやるから。」「嘘だッ!サム兄さんは嘘を言っている!」サムはそう言うと、ケティ達を押し付ける為にヨシアをドンっと押した。「…酷い事を言われているような気がするのですが。」「腹黒娘が本気を出すと、おっかな過ぎるのね。 人間の身で竜をビビらせるとか、無茶苦茶にも程があります、きゅい。」シルフィードは眠るタバサを口に咥えて自分の背に乗せながら、溜息を吐いたのだった。エギンハイム村に着いたタバサ達一行は、村長の家の一室を用意して貰い、そこで一泊…というか夕方まで眠る事にしたのだった。「…タバサ、起きていますね。」タバサをレビテーションでベッドに運び毛布を被せたケティが、小さな声でタバサに呼び掛ける。「ん。」タバサは寝ぼけ眼でボケーっとしながら目覚める。「…って、本当に寝ていたんですか?」「ん。あの状態で目を瞑って眠らないでいるのは、無理だった。」少し頬を赤らめるタバサ。いくら強靭な精神力を持つタバサだって、出来ない事はあるのだ。「まあ、本当に寝ていても構わないっちゃ構わない状況でしたが。 タバサの機転でお互いに死人が出ずに済んだわけですし、これで交渉の余地は残りましたね。」「…ん。翼人の中にも色々ある。 村の側にも。」タバサとケティは、あの時に双方の争いを止めた二人に注目していた。「戦わずして勝つは上策なり、戦って勝つは下策なり…翼人と共に生きる道があるのであれば、それが一番良いでしょう。 憎しみの連鎖を作るのが、長期的に見て一番面倒なわけですし。」「ん。」タバサはこくりと頷く。「ヨシアは村長の息子ですし、アイーシャと呼ばれた翼人の娘も翼人達の反応を見るに彼らの中では身分が高いようなのですね。 あの二人が何故に争うのに反対しているのかは分かりませんが、反対しているならば彼らを利用しない手は無いかと。 …それは良いとして、彼ら二人とこの狭い村近辺で不審がられずにコンタクトをとるには、どうすれば良いですかね?」ケティはそう言って、肩をすくめた。「事態を見守りつつ、衝突を出来得る限り避けさせて待つ。」「ふむ…やはり、それしかありませんか。」ケティはポリポリと頭をかく。「まあ取り敢えず、ヨシアと話をしてみましょう。 何とかなると…良いですねえ。」「ん。それじゃあ、また夕方。」タバサはそう言うと、目蓋を閉じた。「はい、また夕方。」ケティもベッドに入り、目蓋を閉じる。睡眠不足は美容の敵、そして正常な思考の敵である。今は回復する為に眠る事が、最上の策だった。「…おなか空いたのね。 お姉さまは寝ているし、腹黒娘は御飯くれないし。 このままだとお腹と背中がくっつくのね、きゅい…。」村長の家の厩舎を貸して貰ったシルフィードは、ビビる村長の馬を意識しないようにしてゆっくりと目蓋を閉じたのだった。馬食べたいなーとか思いながら…村長の馬、ファイト。