タバサは大喰らいである。物凄い大喰らいである。何処に入るのそれってくらい食べる。「はむ…もぐ…。」「はいはーい、タバサ次が出来ましたよー。」そしてケティは料理を作るのが結構好きである。村長の奥さんに頼んで、今日は調理場を貸して貰ったのだった。「姐御…うちの食材がもう尽きそうでさ。」そして村長の家の食料庫はたまたま蓄えが少なかった為に、限界を迎えつつあった。「サム、諦めては駄目です。 諦めたら…そこから試合開始ですよ★」「姐御…って、そりゃドンだけドS展開ですか!?」良い事言っている感じで酷い事を言っているケティに、サムは思わずツッ込むのだった。「現実は無情なのです。 諦めたら余計酷くなるしか無いなら、選択肢は一つでしょう。 死ぬ気で頑張れなんて言いませんよ、死んでも頑張りなさい。」「この人達、正体は絶対エルフか竜だ…そうに違えねぇ。」はむはむもぎゅもぎゅひたすら食べ続けるタバサの横で、村長一家はとんでもない人を泊めてしまったと少し後悔していた。「ごちそうさま。」「おお、タバサ。 もう良いのですか?」ケティの問いに、タバサはこっくりと大きく頷く。「ん、腹八分目。」積み上げられた、凄まじい量の皿の前で。「満腹にするなら、更にこれに2分ですかい…。」がっしりした体格のサムでも、そんなに食べるのは無理である。「そう言えば、姐御が食べているのは見ませんでしたが…。」「つまみ食いだけで、正直お腹いっぱい胸いっぱいなのです。」別にメイジが全員想像を絶する大食いってわけでは無いので、当然ケティはそこまでとんでもない量は食べない。「しかし姐御、貴族なのに料理上手なんですねぇ。 ご相伴に与からせてただきやしたが、美味かったです。」「す…すいません貴族様。 私がぎっくり腰になったばかりに、こんなあばら家の厨房なんぞに入らせちまって。」実は朝に運悪く村長の奥さんがぎっくり腰に倒れて、女手の居ないこの家ではまともなご飯が作れない状態にあったのだ。他の家から応援に来る予定だったが、ケティがそれなら自分が作るから問題無いと断り、家にあった食材を使って料理を作ったのだった。「良いのですよ、何に於いても領民の範となれが当家の家訓。 領民が出来る事は一通り出来るようになっておくというのが、当家の慣わしですから。」ケティはタバサの食器を片付けつつ、そう言って笑いつつ…ずーっと浮かない顔のままのヨシアを見る。「ヨシア、御口に合いませんでしたか?」「い、いいえ、凄く美味しかったです。 少し考え事をしていたもので…すいません。」ヨシアはすまなそうに頭を下げるが、ケティは首を横に振った。「いいえ、そういう事なら良いのです。 何か悩み事があるのなら、私たちの元に相談に来て貰っても良いですよ? 普段あまり話すことが無い者と話をすると、考えが美味くまとまる事もありますしね。 …良いですよね、タバサ?」「ん。」タバサは心なしかまったりした表情で、コクリと頷いたのだった。「おなかーおなかすいたのねーすいたのねーすいたのねーるーるるるー。」「何というアホかつ物悲しい歌を歌っているのですか、シルフィード?」ケティはそう言いながら、締めたての羊をレビテーションで浮かしながら一頭持ってきた。血抜き直後で虚ろに開かれた羊の目が怖いが、実家で家畜の屠殺を家族総出でやっていたケティは慣れて全然気にしていない。「お肉!しかも羊一頭丸ごと!」シルフィードはガタッと立ち上がった。「羊を飼っている家に頼んで一頭買い取りましたけれども…毛こそ刈っていますが、こんな状態の羊で大丈夫なのですか?」「だから、一番良い羊を頼んだのね。 肉は新鮮なのを骨ごと噛み砕いて食べるのが一番なの、きゅい。」幼生といえど矢張り竜というか、食べ方が豪快なようだ。「いただきまーす。」早速シルフィードが嬉しそうに羊にかぶりつく。メキョッだとか、ゴリッだとか、バキッだとか、ビシャッだとか、かなり生々しい音が厩舎の中に響く。村長の馬はそれを見てしまって、恐怖のあまり腰を抜かしてへたり込んでいた。「うーん…アラクニドが牛を食べている光景みたいなのですよ。」放送禁止っぷりは、間違いなく例の映画のアレと同等であろうと思われる光景だ。ケティも流石にちょいと引いてるが、シルフィードが一番美味しく食べられる食べ方がそれなら別に良いかと開き直る。「シルフィード、あまり食い散らかさないようにして下さいね?」「はいなのねー。」ケティはぶるぶる震えている可哀相な馬をレビテーションで運びつつ、厩舎から出たのだった。「おや、サムにヨシアではありませんか、どうしたのです?」顔を蒼白にしたサムとヨシアが、厩舎の外に立っている。「え…ええと姐御、何でガーゴイルが羊を丸かじり…。」そう言い切る前に、ケティはサムに穏やかな視線を向けた。「サム…《君子、危うきに近寄らず》と言います。 賢き者は不要な危険を自ら求めないものなのです…聡明な貴方なら、わかりますよね?」「すんません、見間違いでした。」マフィアの女ボスみたいな穏やかな微笑を浮かべたケティに、サムはぺこりと頭を下げる。「…それで、二人は何を?」「へえ、昼間騎士様と姐御の邪魔をしたヨシアと、少し話し合わなきゃなと思いまして。」「成る程。」ケティの視線を受けて、ヨシアがびくりと身を竦める。「サム、それは私達に任せてもらえませんか?」「あ、姐御…ヨシアは少し変わっていますが、そりゃ気の良い優しい奴でして、どうか命だけは…。」慌てて弟を庇い始めるサムに、ケティはちょっと脅し過ぎたかもしれないと内心で思いつつ、溜息を吐いた。「殺しません殺しません…私達もヨシアと一度ゆっくり話したかったのですよ。 道先案内をしてもらった時はタバサも寝ていましたし、私もいい加減限界だったので大して話せませんでしたから。」「俺に…ですか?」ヨシアはそう言って首を傾げる。「サムに説教されようとしていた件と、貴方が先ほどぼーっとしていた件は何か関連があるのではありませんか?」「あ…姐御、その話は…へい。」ヨシアが何か言いたそうなのを遮る様にサムが前に出るが、ケティは視線でそれを止めた。「じ、実は…貴族様達にお話したい事があります。」「わかりました。 それでは行きましょうか。」ケティはにっこり笑って、家の方に歩き始めたのだった。「貴族様方にお願いします。 あの…翼人達に危害を加えるのをやめてください。 お願いします、この通りです!」ヨシアはそう言って頭を下げた。「仕事。」タバサは一言。その言葉に一切の感情は見えない。「ですよねえ。」ケティもそれに同意して頷いた。「私達に下された命令は、翼人による妨害行為の排除なのです。 ですから翼人があの場所に居座る限り、それを排除しなくてはいけません。」「それには理由があるんです。 翼人達があの場所に居座らなければいけない理由が!」「ん。」真剣な表情で訴えるヨシアに、タバサは頷く。「話は聞きましょう、でも聞くだけですよ?」ケティもタバサが頷くのを見て頷くが、一言付け加えたのだった。「有難う御座います! 実はこの地方の翼人には、ライカ欅の木に巣を張るという習慣があります。 巣と彼らが呼んでいるから俺もそう呼んでいるんですが、木と布で出来た立派な家なんです。 そして、彼らは子供が増える時期、子育ての為に大きな巣を張ります。 その為には大きなライカ欅がある程度纏まって生えている地域が必要なんですよ。」「…………………。」「成る程、そうですか。」真剣かつ感情を込めてヨシアは語るのだが、タバサは無言でケティの反応も薄い。なので、ヨシアは更に言葉を続ける。「あの場所に大きなライカ欅があるのは、皆前から知っていました。 でも、あの場所で翼人達が巣を作り始めてから、急にあの場所のライカ欅が大きいから切ろうと皆が言い始めたんです。 他にもあのくらいのライカ欅が生えていて、しかももっと近い場所ならいっぱいあります。 皆があの場所のライカ欅を切りたいと言っているのは、生活の為じゃ無いんです。 あそこに翼人が巣を張ったせいで、おまんまが食い上げだなんて大嘘なんですよ。 村の皆があの場所のライカ欅を切ろうとしている本当の理由は…。」「…翼人が気持ち悪いから追い出そうとしているだけであると、そう言いたいのですね?」ヨシアの言葉を遮って、ケティがそう続けた。「やれやれ、亜人や幻獣と協力関係を築ければ、これが結構便利なのですがね。 …タバサ、どうしますか?」「仕事。」ケティは肩を竦めながらタバサにたずねるが、タバサの意思は変わらない。「ですよねえ。」ケティはコクリと頷いた。「そんな!? この土地は元々俺達のものなんかじゃない。 この村は十数年前に、前の土地で木を切りつくした俺達の親が、領主様に言いつけられて村ごと引っ越してきたものなんです。 俺達はそこを勝手に俺達の森だと宣言して、木を切ってきただけなんですよ。 翼人達を追い出して、好き勝手して良いわけが無いんだ!」「ヨシア、貴方は人間ですか、それとも翼人ですか? 貴方は人間で、人間側の道理を主張するべき立場にあります。 そこを履き違えるべきではありません。」ケティとしてもヨシアの言い分に頷いてやりたいのは山々なのだが、だからといってタバサの仕事を放り出させて帰るわけにも行かないのだ。それにヨシアが明らかに、翼人の側に入れ込み過ぎなのも気になっていた。「道理に人間も翼人も無いです! 俺達の側は、まだ切らなくても良いライカ欅を翼人を追い出すためだけに切ろうとして、それを領主様に訴えたんです。 こんな事に正義なんてあるもんか!」「熱いし、潔癖ですねえ…若いとか言ったら、自分が凄く老けた気分になります、やれやれ。 どうしますか、タバサ?」ケティは、そう言いながらタバサを見るが…。「仕事。」「ですよねえ。」タバサの姿勢は変わらず。ケティも頷くしかない。「なんでだよ!あんた達には人情ってもんが無いのか!?」「まあ待ちなさい、ヨシア。」ヨシアはタバサに詰め寄ろうとしたが、ケティがそれを押しとどめた。「貴方は私たち貴族を何かとんでもない生き物だと勘違いしているようですが、私たちだって呼吸もすればご飯も食べます。 晴耕雨読な自給自足の生活を送っているわけではないので、日々の糧はお金が無くては得られません。 そしてその糧の元であるお金は、貴方達と同じように労働の対価として得られるのですよ…たとえば、今回みたいな任務で。 貴族と言えど、私達は所詮しがない雇われ人ですから、上の命令無しに仕事を放棄すれば、爵位を奪われ野良メイジ…最悪の場合は処刑です。 処刑場で首と胴体が泣き別れになるか、傭兵になって戦場で果てるか…なんて末路を私達に強いる権利が、貴方にあるのですか?」「う…じゃ、じゃあ…。」ケティに一気に畳み掛けられて、ヨシアの目が泳ぐ。「その命令を取り下げますから、帰っていただけないでしょうか?」「はい、頑張ってくださいね。 村全体の同意を取り付けて、領主に任務の取り下げを請求してください。 任務取り下げの命令書が来るまでは、我々は任務を遂行し続けます。」ヨシアの要求に、ケティは徹底的なお役所対応で応えた。「そんな…それじゃ時間がかかり過ぎる! お願いします、せめて任務取り下げの命令書が来るまで、任務の遂行を停止していただけませんか?」「それは無理ですよ、給料は労働の対価無しには得られないのですから。」「…………………。」タバサから『ちょっとやり過ぎじゃね?』といった感じの視線を送られるケティ。その時、コンコンと窓からノックをする音がした。「シルフィードですかね?」ケティが窓の方に向かうと、そこには昼近くに遭遇したアイーシャと呼ばれていた翼人の娘がいたのだった。「おや、こんな夜更け過ぎにどんな御用でしょうか?」「ヨシア、人間の娘とこんな夜更けに…呪うわ。」アイーシャは、何だか瞳をどよーんと曇らせている。「ち、違うんだアイーシャ! 僕は貴族様達に、君達への襲撃をやめてもらおうと思って…。」「私との事は遊びだったのねっ!」アイーシャは、ヨシアの台詞を無視して窓辺でヨヨヨと泣き崩れる。「…とまあ、冗談はこれくらいにして。」「酷いよアイーシャ、僕をまた騙したね!?」ヨシアが程よくうろたえた所で泣き真似をピタリと止めて、アイーシャは頭を上げた。「またって、何時もこんな感じに騙されているんですかぃ…。」ケティがボソリとツッ込む。「うふふふふ、ヨシアってば何時も簡単に引っかかるんだから…それが可愛いんだけどね。」「も…もう、あんまりふざけないでよ、アイーシャ。」ヨシアが安心して肩を下ろした。「でも、どうしたの? いくら夜とは言え、村に直接やってくるなんて危ないじゃないか。」「うん…あのね…。」アイーシャの顔が一瞬曇り、それから力無く微笑を浮かべる。「ヨシア、私ね…今日貴方にお別れを言いに来たのよ。」彼女はそう告げて、微笑みながら涙を流したのだった。