「ケティ坊ちゃん、ヤキュウしようっス!」「お兄ちゃん、野球しましょうでしょ!?」ボクが魔法の練習をしている最中に、後ろからやかましい声と、それを嗜める声がした。「パウルにキアラか、メンバーは揃っているの?」「そりゃもう、バッチリっス。 きっちり揃えたっスよ。」しかしいくら遊びに餓えていたからって、領内でこうも急激に野球が広まるとは。最近では隣の領地とかにも飛び火しているみたいだし、そのうち甲子園みたいな大会が出来るようになるかもね。「一つ疑問なんスけど、何でヤキュウの掛け声はアルビオン語なんスか?」「ボクが考えた遊びだなんて言うよりも、外国から来た遊びなんだと言った方が説得力あるじゃない? ここまでルールがきっちり作り込まれているゲームを10歳のボク一人でゼロから作ったというのには、幾らなんでも難があるからね。」本音としては、わざわざトリステイン語に変えるのが、何か違和感あったからだったりするけれども。「なるほどー…流石坊ちゃん、勉強になるっス。 最大の疑問は、坊ちゃんが何でそんなきっちり作り込まれたゲームを作れたのかって事っスけど。」パウルは鋭いなぁ…その部分はさらっと言ったのに。「そ・こ・は、深く考えちゃ駄目だよっ☆」「う…ひ、卑怯っすよ、坊ちゃん。」かわい子ぶりっこで誤魔化すとか、ボクも段々女の子っぽくなってきたのかなぁと思うけれども…パウルの鋭い指摘を誤魔化す時には効果抜群だからなぁ。パウルがボクが実は女の子だって知らないのにも拘らず、頬を赤らめる姿に一抹の不安を感じるけれども…。「うー、ケティ坊ちゃん、お兄ちゃんを変な世界に引っ張り込んじゃ駄目ですぅ。」同じくボクが女の子だっていう事を知らないキアラが、涙目で僕を睨んでいる。う~ん、性別は逆だけれども、何だかひばりくんの気持ちがちょっとわかるかも?あ、そうだ、お父様にあの雑文を本にしろって言われていたけれども、ペンネームは『ひばり』にしよう。ああ無情(レ・ミゼラブル)とも被る感じだし、良いかも。「キアラ大丈夫だよ、パウルの反応は少しロリコンな事を除けば普通だと思うよ。」「ろりこん? はわ、わわわわ、ケティ坊ちゃん!?」小首を傾げるキアラ可愛い、年上なのに可愛い!これはハグだよ、ハグするしか無いよ~。「は、恥ずかしいですケティ坊ちゃん!」ああもう、このまま成長したら、どんだけ美人になるんだろこの子!「坊ちゃん…キアラはあげないっスよ?」「ボクじゃあ貰えないよ、どの道。」こうやって、実は女の子だっていう事を暗喩しているのだけれども、何故か誰も気づかない…。最近その事に少しイラつく自分が居るのが、少し新鮮かもしれない。女の体である事に違和感があった時期もあるというのに。これもボクが、前世の『俺』とは違う存在であるという証拠なんだろうか?「…《変身》しなきゃ駄目なのかな、これは。」いつまでも惰性で男をやっているわけにもいかないだろうとは考えている。ボクの体は女だし、心も多分女の子なんだっていうのがわかってきた。いずれ、今のボクに違和感を覚える時が来るようになるだろう。「ぼっちゃーん、何を難しい顔して立ち止まっているんスか?」「坊ちゃん、大丈夫ですか?」パウルとキアラが、僕の顔を心配そうに覗き込んでいた…。「ぬ…。」目を開ければ、そこは学院の私の部屋。「何だか熱い…ああ、タバサだったのですか。」「ん。」いつの間にかタバサが私の傍らで眠っていたのでした。「寝言…夢?」「あれまあ、寝言言っていましたか。 ええ、懐かしい夢を見たのです…んんっ!」一気に伸びをし、背骨を伸ばします。「さあ、朝なのです!」「眠い…。」ああ、頭をふらつかせるタバサもラブリー。最近学内に溢れ返っているのは、変態の噂とお菓子の話。あと、男装。「…暇にも程ってものがあるのですよ。」変態の噂は私が意図的に流したもので、お菓子作りブームもまだ去っていないのです。得にお菓子作りブームは危険というか、このままだと男子生徒が帰ってきたら、女子が全員ぽっちゃりさんと化した事態に絶望しかねないのですよ。「そろそろ銃士隊の準備も出来ているでしょうし、呼びましょうか…?」主に私達の美容と健康の為に、ついでに非常事態への対処の為に。「注目(アテンション)!」私はアニエスと一緒に、2年生の教室に乗りこんでいったのでした。「あら、ケティじゃない?」「やほー。」「はぁい。」「あ、キュルケにタバサにモンモランシー、どもどもなのです~。」私は手を振ってくれた三人に、手を振り返したのでした。「コルベール先生、授業中失礼するのです。」「ええと、ミス・ロッタ、これは一体?」現在3年生から順に教室を回って、説明中なのです。「この授業時間が終わり次第、学校のカリキュラムは全面変更される事が決定されました。 今後、授業はすべて午前中に移行、残りの時間は全て軍事教練となります。 これは女王陛下からの命令であり、学院長も既に了承済みなのです。」「な…何故にそんな事を…?」コルベール先生は信じられないと言った表情で、私を見ているのです。「理由なのですか? 表向きの理由は、アルビオン軍が国内への小規模部隊による撹乱作戦を企てているという情報があり、それに対処できるように訓練する事という風になっています。」「表向きの理由?」コルベール先生は首を傾げたのでした。「ええ、裏の理由は…最近のお菓子ブームへの対処なのですよ。」「お菓子ブーム…?」アニエスはめっちゃ不満そうな顔をしていますが、黙っていてもらえるように頼んであるので何も言いません。「ええ、最近学内でお菓子作りが異様にはやって居まして、このままだと男子生徒が帰って来た時に女子が殆どぽっちゃりさんという非常事態に成りかねません。 これを解消するには運動が一番なのです。」「え…ええと、まさか、太らない為の軍事教練なのかね?」コルベール先生はさっきとは別の意味で信じられないという視線を私に向けて来たのでした…うう、そんな痛々しいものを見るような眼で見なくても。「暇潰しになる、痩せられる、いざという時の為の心構えも出来るようになる。 最近変態が近くをうろついているという噂も聞きますし、いざという時の対処を訓練しておいても悪い事ではありません。 まさしく、一石二鳥ではありませんか?」「ううむ…確かに、それは良い事かもしれないね。 先生も殆ど居ないし、授業が殆ど自習になっているのは、私も由々しき事態だとは思っていたんだ。」コルベール先生もあっさり了承。まあ、運動不足解消と変態への対策だと言われたら、特に反論する事も無いですよね。ちなみにこれはアニエス達銃士隊に気持ちよく働いて貰う為の根回しなのです。「軍事教練だなんて、面倒臭いわ~。」キュルケがやる気無さそうなわけですが。「キュルケ、自慢の胸が大きくなるのは良い事かも知れませんが、最近全体的にふっくらとしてきている自分に気づいていないのですか?」「う…。」キュルケも連日連夜のお菓子祭のせいで、少しぽっちゃりして来た感があるのです。「軍事教練で体を動かせば、元の引き締まった体に戻る事が出来ます。 良いですか皆さん、適度な運動はプロポーションを良くします。 軍事教練は美容に良いのです!」言い切ってみました。「美容に…良い?」これまた少しぽっちゃりしてきたモンモランシーが、呟くように言ったのでした。「ええ、見てください。 この均整の取れた肢体を。」そう言って、アニエスを指差します。「彼女は銃士隊の隊長なのです。 胸は適度に形良く盛り上がり、手足はすらっと美しく伸び、くびれる所はくびれている。 この素晴らしい肢体は、日ごろの軍事教練によって得られたものなのですよ。」『おおおおおおおぉぉぉぉ…。』教室内にどよめきが走ります…ふふ、かかりましたね。ちなみにアニエスは体を褒められたのが恥ずかしかったのか、少し顔が赤いのです。「私達は、軍事教練によって美しい肢体を手に入れられるのです! 貴方も、そしてそこの貴方も、お菓子で少しふっくらしてきた体を引き締め、それだけでは無く、より美しさの高みへと昇る時が来たのですよ!」『おおおおおおおぉぉぉぉ…!』ふむ、全員エンジンがかかったようなのですね。「そ、そんなわけで、午後から軍事教練を行う! 全員時間に遅れるな!いいか!」『応!!!!』アニエスの言葉に、全員が力強く返答をしたのでした。「い…良いんだろうか、こんなんで。」教室から出た後、アニエスはちょっと疲れたように壁に手をついたのでした。「良いではありませんか、皆やる気になっているわけですし。」「こんな方法でやる気にさせても…。」アニエスは不満そうなのです。「やる気になる理由なんて、どうでもいいでしょう。 元気があれば、何でも出来るのです。」「そういうものか? 何というか、国を守る意思とか気概とか…。」アニエスは、そういった覚悟みたいなものが欲しいのですね。「あの年頃の貴族の子女は、ごく一部を除いてそんな事は考えないのです。 そんな事を理解させる為に労力を使うよりも、彼女らの興味ある事に合わせて意識を誘導した方が合理的なのですよ。」「そんなものか?」アニエスは首を傾げながら私を見たのでした。「そんなものなのです。 国を守る意思や気概といったものは、もう少し成長すればどうせ自然と身についてくるものなのですから…焦らない、急がない。」身に付かない人もいますが、まあそこはそれ、人それぞれという事で。「…という事は、ミス・ロッタは異端児か?」「まあ、多分に異端児ではあります。」それは否定出来ないのです。「戦でも同じでしょう? 正面から駄目なら、どう攻めるか。 相手の特徴を知り、理解し、対処するわけなのです。」「なるほどな…そういう話なら理解できる。」アニエスにしても体が女性である以上、どう鍛えようが純粋な腕力だけでは鍛えた男性には敵わないのです。ですから、それを補い男性に対抗するにはどうすれば良いのか、それを考え工夫し、相手の弱点を突く。その為のの工夫を加えたものが体術であり戦術なのですよ。「とはいえ、私は戦なら兎に角、そっち方面の技術はからっきしだ。 だから、そういうのはケティ殿にお任せするとしよう。」「はい、お任せされるのです。」こういうのは、それぞれ得意分野を利用し合うのが一番なのです。「しかし…貴族の娘の美容の為とは。 いくら方便とはいえ、隊員の士気が下がらねばいいが。」「そうですね…この任務が終わったら、魅惑の妖精亭で呑み食い放題の無礼講パーティーでも設けましょう。 お望みとあらば、パウル商会の若い男衆も呼びますが?」まあ取り敢えず、私が与えられそうな飴を用意。ついでに合コンもセッティング…と。「無礼講パーティーか、それは隊員も喜ぶな。 あと、男衆については…聞いてみる。」出会いは大事なのですよ、アニエス?「自分で呼んでおいて何ですが…死ぬ、死んでしまう…のです。」軍事教練はやはりきついと言いますか、いきなり基礎体力作りの為にヴェストリの広場を50周とか…。あちこちに力尽きた女生徒がへたり込んでいるのです。なのに一緒に走る銃士隊員は涼しい顔…。「さすがに…本職の軍人さんは…体力のお化けなのですよ。」「くじけちゃ駄目よケティ。 美しいあるべき自分、それを想像しながら走るのよ!」同級生のクロエが、そう言って私を元気づけてくれます。「諦めたら、そこでぽっちゃりさん決定よ。」ジェラルディンもそう言って声をかけてくれたのでした。この二人、最近かなり横に広がってきたので、必死なのですよ。「こらー!お前たちは痩せたくないのか!美しくなりたいと欲しないのか! それで貴族の娘だと良く言えたものだな!」アニエスの叱咤が飛びます。ちなみにアニエスや隊員には『美容の為』だと、発破をかけるように伝えてあるのです。「痩せる…。」「より、美しく…。」倒れていた女生徒達が、一人二人と立ち上がり始めたのでした。「貴族の子女たるもの…より美しく…。」「より麗しく…在り続けるべし。」子供の頃から一般的な貴族の娘は、『美しく麗しくあらねばならない』と母親からガッツリ教え込まれるのです。「お父様、お母様、私は貴族の娘の誇りにかけて、この軍事教練は必ず成し遂げます!」「その通り!こんな所で倒れている場合ではありませんわ! 私達の為すべき事はお菓子を食べて膨らむ事では無く、軍事教練で美しくなる事ですもの!」ああ、みんな盛り上がっているのですよ。…もっと扇動しましょう。「皆様、私たちはもっと美しく、もっと麗しくなれるのです。 皆で頑張れば、必ずその高みへとたどり着けるのですよ。 誰かが倒れていれば皆で助け、皆がくじけそうな時は誰かが叱咤する! そうやって、皆で美しさの高みまで上るのです! そう、すなわち一人は皆の為に、皆は一人の為になのですよ!」『一人は皆の為に、皆は一人の為に!』やっちまったのですよ、何という原作の原典の名台詞レイプ。「甘いものが美味しいのですね~。」「いひゃ、ほんふぉにおいひいわ(いやー本当に美味しいわ)。」訓練の後、そこにはケーキやクッキーを貪り食う乙女たちの姿が…。いや実際、疲れると脳が手っ取り早くエネルギーを補給する為に糖分を求めるのですよね。だから、炭水化物が美味い美味い。「…あー、ジゼル姉さま、幾らなんでも貪り食いすぎなのですよ?」「らっふぇ、おいひいものはおいひいのふぉ(だって、美味しいものは美味しいのよ)。」口一杯に頬張った姿が栗鼠みたいで可愛いのですが、妹としては一応苦言を呈しておかないといけないのです。「体動かした後って、何でこんなにお菓子が美味しいのかしら?」「ん。」キュルケは上品にゆっくりと食べているのですが、その隣のタバサは上品に物凄い勢いでお菓子を平らげているのです。どうやれば、あの小さな口にあの勢いでお菓子が入っていくのだが…不思議なのですよ。「あれ、モンモランシーは食べないのですか?」「運動した後に御菓子食べたら元の木阿弥でしょうがーっ!」モンモン再噴火…したものの、全身に走る体の痛みにダウンしたのでした。。「あ…あぅ…体が…筋肉が…。」そう言ってから、モンモランシーは懐から水の秘薬を取り出し、ラッパ飲み。「なーんてね。」即時に回復、何というチート。というか、元値殆どタダだからって、水の秘薬を使わなくても…。「出来ればその水の秘薬、私にも分けて欲しいのですが?」「出すもの出せば、分けてあげるわよ?」ああモンモランシー、すっかり逞しくなって。「傷を治す水の秘薬が筋肉痛にも効くのを、教えてあげたじゃありませんか?」筋肉痛の痛みは、主に筋肉を過度に動かした事による炎症や筋繊維の小規模な断裂によるものなのです。ですから、水の秘薬が良く効くわけなのですよ。「だから、本来10エキューの所を20エキューでどう?」「な…何で値上がりするのですか?」ちなみに現在、私自身も倦怠感の後からじわりと筋肉痛が…。「おほほほ、日頃からかわれている鬱憤代を加算してみたのよ。」「う…。」まさか、こんなときに復讐されるとは。「…先日、こんな物が取引されているというのを知ったわけなのですが。」そう言って、取り出したピンク色のガラス瓶。ふふふ、まさかこんな事に使うとは思いませんでしたが…。「ど、ど、どうやって手に入れたの、それ?」「惚れ薬6号ですか…あれだけ反省していたのに、またこっち系統の薬に手を出しましたね?」モンモランシーがまた惚れ薬を作って、しかもトリスタニアの闇市に流しているようなのですよ…。「う…それは、ご禁制一歩手前に調合してあるから大丈夫よ。 効き目は『この人から離れたくないくらい大好き』とかいうのではなくて、『あの人の事が微かに気になる気がする』って程度だし。 ついでに言えば、効き目は一ヶ月限定だもの。」これまた上手い具合に調整したのですね、ですが…。「闇市にしか流れていない時点で、どう考えても御禁制なのですよ。」「うっ…。」モンモランシーが、私のジト目から顔を逸らします。「法律では『惚れ薬』ではなく、正確には『心に過度の影響を与える薬』を禁止しているのです。 そして『心に過度の影響』の部分は、高等法院長の匙加減一つで決まってしまうのですよね。 わかりやすく言えば、実のところそんなに安全地帯というわけでもない…と、そういうわけなのです。」そう言って、私は惚れ薬を懐に仕舞い直したのでした。「お、脅す気?」「いいえ、これは友人としての単なる忠告なのですよ。」実の所、これは本当に脅しでも何でも無く、単なる忠告だったりします。惚れ薬も、普通に忠告しようと思って持ってきた品なのです。とは言え、この段階でいきなりこんな事を話して、モンモランシーがどう受け取るか…というのは別ですが。「えい。」「あいたぁ!?」ひ、額に、額に激痛が!?「な、何をするのですか、ジゼル姉さま。」ジゼル姉さまは、デコピンの達人なのですよね。「友達脅しちゃだめでしょ? ケティの事だから、本当に忠告するついでに脅したんだと思うけれども。」ぬぁ…全部読まれているのです、流石は腐っても我が姉。普段はアレですが、きちんとお姉ちゃんする時はお姉ちゃんなのですよね、最近では完全に失念していましたが。「モンモランシーも、ケティをからかおうとしちゃ駄目よ。 この子、弄るのは得意でも弄られるの苦手だから、時々素っ頓狂な反応を見せるのよ。 エトワール姉さまとか、ケティを弄るの凄く上手いけれども。」「ええ…今身をもって体験したわ。」モンモランシーってば、冷汗ダラダラなのですよ…ぬぅ、脅し過ぎましたか?「モンモランシー、すいません。 ですが、忠告の部分は本当なので、自重を願うのです。」「私も、もう少し上手く弄れるように努力するわ。 あと、媚薬系は金輪際止めるわ…その代わり。」モンモランシーが、私の前に水の秘薬をトンと置いたのでした。「これあげるから、代わりにケティの商会のルートに私の薬も乗せて。 品質なら、いつも私が色々な薬あげているから知っているでしょ? そんじょそこらの水メイジが作った木っ端薬になんて、品質で負けていない事くらい。」品質は高いですが、効果が何時もフルスロットルな感じな事も良く知っているのです。いやまあ、効かないよりは百倍ましなのですが。あと、またコツコツお金を貯めるつもりですか…とはいえ、モンモランシーの場合は何かの計画があって貯めるのですよね。「…今度は何を作る気なのですか?」「ナンノコトヤラ。」また何かやらかさなければいいのですが…。「はぁ…まあ良いのです、商会に月一回引きとりに来るように言っておきます。 とは言え、作るのは飽く迄も一般で売られている水の秘薬なのですよ?」「ちっ…。」うちの商会に何を売らせる気だったのですか、何を…。「モンモランシー、どうでもいいかもしれないけれども、貴方のケーキ…タバサが全部平らげちゃったわよ?」「んなっ!?」キュルケの声に振り向いてみると、モンモランシーの皿が空になっていたのでした。「な…何で!?」「いらないって言っていた。」正確には、『お菓子食べたら太っちゃうでしょ』みたいな言葉でしたが。「私もちょっと食べたかったのに…。」「そうは聞こえなかった。」私も、いらないと言っているように聞こえましたが…ツンデレ属性持ちの言動は、複雑怪奇なのですよ。「ふんふふんふーん♪」「ぬぅ…。」エトワール姉さまが鼻歌交じりにトラップを設置しているのを発見してしまったのです。「姉さま、どうなのですか、進捗状況は?」「実はもう終わっていたりするわぁ。」やはり終わっていましたか。「では、これは…?」「だって、折角沢山お客様がいらっしゃるのだもの、期待以上の御持て成しをしなくちゃ駄目でしょ?」向こうは期待どころか、目的地が惨殺幻想空間と化していようなどとは、夢にも思っていないと思うのですが…。「ああ…狩りに来たつもりが、実った小麦のように為す術も無く一方的に刈り取られていく…その恐怖と絶望を思うと、ぞくぞくしちゃうぅ。」ああもう、ついていけないレベルのドSなのですよ、エトワール姉さま。「心配しなくても大丈夫よぉ。 抵抗しなければ死なないかもしれないような気がするような予感があるような無いようなぁ?」「その言動が果てしなく不安を掻き立てるのですよ、姉さま。」自室に血飛沫が飛び散っていたりしたら、戻ってきた生徒が気絶するのですよ。「しかし…元々は猪狩りに罠を使う程度だったのに、何をどこでどう間違えたのやら…?」「ケティが『べとこんはこんなふうにわなをしかけていたんだよ、ねえさま』とか、色々トラップを教えてくれたのを忘れたのぉ? あと、処刑器具の歴史とか、その悪辣な工夫の仕組みだとか、色々教えてもくれたでしょぉ?」ええと…。「ソーデシタカ?」「そーよぉ。」思い返してみると、エトワール姉さまにせがまれて、色々とそんな感じの話をしたような記憶が…。思えば知識の先走り過ぎたょぅι゛ょでした…。「アニエス殿、銃士隊の皆さま、お疲れ様でした。」「おぉ、ケティ殿か。」銃士隊の詰め所として用意された部屋に行くと、アニエスが居たので取り敢えず挨拶なのです。「おや、そのお菓子は?」「生徒に渡された。 貴族の子女が作ったお菓子なんて滅多に食べられるものではないから、ありがたく戴いているよ。」詰め所に広がる甘い香り。そしてそれをパクパク食べている隊員達…ふむ、こういうのはどこでもあまり変わりが無いものなのですね。「皆、腕は大したことはありませんが、材料は良いのを使っているので味は良い筈なのです。」「いや、なかなかたいした腕だと思うぞ。 むぐむぐ…うん、やはり美味い。」皆、ケーキ屋でも開くつもりなのでしょうか…。「ケティ殿は作らないのか?」「うーん…作れる事には作れるのですが、私は甘いものよりも塩っ辛いものと酒の方が良いのですよ。」私が言うと、アニエスはガクッと肩を落としたのでした。「それは…何というか、花の乙女らしくないというか、おっさんみたいな趣味だな。」「がーん…。」い、言われてしまったのですよ、自分でも結構気にしているのに。「せめておばさんくさいと。」「それでいいのか!?」アニエスに全力でツッ込まれたのです。「全然良くありませんが、おっさんよりはましなのです。」「花の乙女が、そこまで妥協するか…。」幼いころから『妙に枯れた子』という評価を受け続けていますから、しょうが無いのですよ。「しかし、ケティ殿にも弱点があるのだな。」「そんな完璧超人のような扱いを受けていたとは、思いもよらなかったのです。 例えば接近戦ではここに居る誰にも敵わないでしょうし、他にも色々とあるのですよ。」結構うっかり者ですしね…それで何度も痛い目見ているのですよ。ええ、才人に着替え中の姿を見られるとか、しかもほとんどマッパの姿を…。前世の人の名字が遠坂なら、『ま た 遠 坂 の 呪 い か』で済ましていたのですが。「おーい…ケティ殿、戻ってきてくれー?」「はぅ!? すいません…少々の間、思考が自分探しの旅に出かけてしまったようなのです。」危ない危ない、思考が彼岸に飛んでいたのですよ。そろそろ本題に戻らなくては。「まあそれはそうとして、差し入れを持って来たのです。」「差し入れ?」アニエスは不思議そうに首を傾げます…まあ、現状手ぶらなので仕方が無いのですが。「ドアの外にあるのですよ。」「ああ成る程、どれどれ…。」私と一緒にアニエスがドアを開けたのでした。「これは…ワインか?」「ええ、タルブワインのいいものを持ってきたのです。 任務中は兎に角、非番の方なら良いかと思いまして。」差し入れにタルブワインをひと樽、レビテーションで浮かせて持って来たのでした。「これはありがたい、眠る前の一杯にさせて貰おう。」アニエスにも喜んでもらえて結構なのです。「それでは銃士隊の皆さま、学院の生徒を鍛えてやってくださいませ。 宜しくお願い致します。」そう言って、私は深々と礼をしたのでした。《才人編》「はぁ…それにしても、貴方の友人にラ・ロッタ家の娘が居たとはね。」道中立ち寄った食堂で、ルイズとルイズの姉ちゃん(エレ…何とか、名前忘れた)が食事をする間、俺とシエスタはずーっと立ったまんまなわけだが、そこでルイズがケティの話をし始めたのだった。内容はなんつーか、ベタ惚れ?何、?どうしちゃったの?いつものツンっぷりは何処行っちゃったの?つーか、その10分の1でも良いからこっちに分けて下さいって感じ。…まあ仕方が無い、俺とルイズはケティに助けられっぱなしだからなぁ。時々借りを返してはいるけれども、借りはいまだに莫大で、返せる当てが思いつかない。ルイズはああ見えて律儀で真面目だから、そういう所に素直に感動しているんだろう。「そうなの!」ルイズの顔は紅潮しているのだけれども、それを聞くルイズの姉ちゃんの表情は暗いというか、イラついてる?「あー…ルイズ、実はね、私ね、去年パーガンディ伯爵に婚約破棄されちゃったのよ…。」「え…?えと、そ、そうなんですの?」ルイズの姉ちゃん行き成りの話題変更。しかも、ルイズはそれを知らなかったらしい。「君とは一緒にやっていける自信が無い…って。 そう言って私と婚約破棄をした途端に、他の女と結婚したのよ。」「そ、そうだったんですの…。」ルイズの姉ちゃんが何でいきなり話題を転換したのか、良く分からんけど嫌な予感がする。「その相手の娘の名前がね、ジョゼフィーヌ・ド・ラ・ロッタって言うの。 貴方の大事な友達の姉よ。」「あちゃー…。」俺の口から、思わずそんな声が漏れた。そう言えば、結構前にそんな感じの話を聞いたような気がする。「そ、それは…何というか…。」ルイズもかけるべき言葉が見つからないらしい。「ラ・ヴァリエールは火メイジに呪われているのよ、きっとそうなんだわ。 …というわけで、ラ・ロッタの娘との交遊はそこそこにね。 貴方もいつか、好きな男を眼前で掻っ攫われるわよ?」「そんな事無いもん!」ケティは恋愛関係は凄い奥手だしな、狙って掻っ攫っていく事は性格的に無理だろ。…と、そんな女の子の着替えを見ちまった俺って、マジ鬼畜なんじゃあないだろうか?ノックはきちんとしよう、うん。ラ・ヴァリエール邸では、笑顔満面のルイズのお母さんに出迎えられたわけだが…。「マリー…じゃなくて、マリア・アントニア・フォン・エステルライヒよ、知っているでしょう?」ルイズのお母さんは、いきなり知らない名前を口走った。「マリア・アントニア・フォン・エステルライヒ?」ルイズが首を傾げている。俺も首を傾げたい気分だ。「ええルイズ、貴方達の友人なのでしょう、彼女は?」「ええとお母様御免なさい、誰の事だかわかりませんわ…。」家に帰って来たルイズが、まず最初にされたのがこの質問だった。「ほら、貴方の手紙に書いてあったでしょう? 語尾が《なのです》で、物凄く丁寧な言葉で話す、栗色の髪でやたらと博識で腹黒いけれども、なんとなく和む下級生の女の子。」「ええと、ひょっとしてケティの事ですの?」おずおずと、ルイズがルイズのお母さんに聞き返している。つーか、俺の知る限り、そんな女の子ケティしかいねえ。「そう、それ、ケティ、ケティよ、やっと思い出したわ! マリーじゃなくてケティ! でもやっぱり私にとってはケティよりもマリーの方がしっくり来るわ!」ルイズのお母さんが、喜んでくるくる回っている。しかし、《ケティよりもマリーの方がしっくり来る》って、どういう意味だ?「彼女は当然、連れて来たのでしょう?」「え、ええと、ケティは学院で何か仕事があるらしくて、来ていませんの。」怒られるものだと思っていたルイズは、状況について来られなくて目を白黒させている。シエスタも置いて行かれた感たっぷりな表情をしているから、多分俺もそんな感じなんだろう。「そう…残念だわ。 久し振りにマリーに会いたかったのに…。」「お…お母様、ケティの事を知っているんですの?」しょぼーんと落ち込んでしまったルイズのお母さんに、ルイズはおっかなびっくりといった感じで声をかけている。「私がまだ貴方くらいの頃に、間違えて時の迷子になってしまったマリーと一緒に過ごした事があるのよ。 その時、彼女が名乗っていたのが『マリア・アントニア・フォン・エステルライヒ』ゲルマニア南部の貴族の娘だと言っていたわ。 私が魔法衛士隊に入ったばかりの頃、金庫番をやっていたのよ、彼女。」「時の迷子って、あの御伽話とかで聞くあれですの!?」ケティの奴、タイムスリップしてたのかよ…。「貴方達が知らないなら、彼女が時の迷子になる日はもう少し先なんでしょうね。 彼女と最後に会った時、すべてを打ち明けてくれた上で『いずれ未来で』と言っていたから、会えると思っていたのだけれども。」おし、これをケティに話してやろう。間違いなくびっくりするぞ。…なんて事を思っていたのも束の間、現在俺は現在ルイズを小脇に抱えて、キレたラ・ヴァリエール公爵に追いかけられている。「まてー、またんかー!」「そ、そう言えば、ケティがラ・ヴァリエールで危機に陥ったら開封して読めとか言っていた手紙があったな…。」パーカーのポケットを探って…あ、あった。「ルイズ、こいつを開封して読んでくれないか?」「え?これ? ええっと…どれどれ…って、読めないわ。」ルイズは、そう言って開封した手紙を俺に手渡してくれた。「…何で俺の行動が完全に読まれてんだ。」手紙には『ルイズとイチャイチャしているから、そういう目に遭うのですよ。まあ取り敢えずィ㌔(´=ω=)b』と、日本語で書いてあった…。「AAを紙に書くなよ…。」つーか、からかうだけの為に渡したのかよ。下らねー、超絶に下らねー。「意味ねー!」ラ・ヴァリエール邸に俺の絶叫がこだましたのだった。《三人称視点》「入りなさい。」遡る事数ヶ月前、アンリエッタの促しに従うように、とある人物が執務室に入った。「ニコラス・ダース・ド・ラ・ラメー伯爵、傷は癒えましたの?」未だ敵艦とともに墜落した際の傷跡が残る彼を、アンリエッタは柔らかい笑顔と共に労ってみせる。そう、ラ・ラメーはあの戦で墜落した敵艦の残骸の中から、辛うじて救出されていたのだった。「はっ、軍務に支障が無い程度には。」ラ・ラメーはそう言って、見事な敬礼をして見せた。「貴官らの勇気と奮闘によって、我が国はアルビオンの卑怯極まりない騙し討ちから立ち直り、反撃する為の時間を稼ぐ事が出来ました。 貴官の胸に輝く紅百合章は名誉の負傷の証、これから与える勲章と共に誉れとなさい。」『はっ!』見ない間にすっかり凄みを増したアンリエッタに、ラ・ラメーは敬礼しながらも頼もしさを覚えていた。「サファイア付き十字黄金杖百合章、貴官らの勲功に応える為に作らせました。」そう言いながら、アンリエッタは自ら勲章を手に取る。「な、何と…!? 小官は敗将でありますのに…。」ラ・ラメーは目を丸くして恐縮する。サファイア付き十字黄金杖百合章は、この国においては最高クラスの軍事勲章だからだ。「恐縮する事などありませぬ。 彼我の戦力差において貴官らができたのは、出来うる限り敵軍を引き付け侵攻を遅延させる事。 その役目を立派に果たして見せ、国家存亡の危機を回避させる事に成功したのですから、貴官らは間違い無く誉れ高き勝者にして勇者にして英雄ですわ。」そう言って、アンリエッタはラ・ラメーの胸に自ら勲章をつけて見せる。「本来であれば大規模な式典などを執り行わせなければいけないのに、今は戦の真っ最中につき叶わぬ事をお詫びいたしますわ。」アンリエッタはそう言うと、すまなそうにラ・ラメーに頭を下げた。「滅相もございません、陛下自ら勲章を賜る栄誉、このラ・ラメー名誉の極みであります。」ラ・ラメーは、感動で胸が打ち震える気分だった。「貴官に用意した、新しい艦隊はどうですの?」「はっ、皆良い艦です。 あの戦の生き残りも、あれらの新造艦には満足しております。」ラ・ラメー率いる艦隊は、以前よりも小規模になったが再建された。全てが快速タイプの新造艦であり、熟練兵の多い彼の艦隊にはうってつけだった。「旗艦ゼノベ・グレイム以下6隻、受領後日々訓練を重ねております。 来たるべきアルビオンとの戦までには、以前と変わらぬ仕上がりをお約束いたします。」 「大変結構、期待させてもらいますわ。」アンリエッタは満足そうに頷く。「…さて、早速ですが。」そう言うと、アンリエッタの目が細くなった。「貴官らには開戦後、現在再建中の艦隊とは別行動をとってもらいますわ。」「は…例の作戦ですな。」ラ・ラメーの表情が神妙なものになる。「アルビオンの行動を封じる為とはいえ、些かやり過ぎな感もあると感じますが。」「継承権があるとはいえ、陸続きでは無く統治が面倒な空に浮く島なんかに興味はありませんもの。 私の国と私の臣民に迷惑かけない存在になってくれさえすれば、永遠に放っておいても構いませんわ。 王家と貴族が殺し合った国だもの…今度はせいぜい貴族と領民で殺し合っていればいいのよ。」アンリエッタはぎりっと歯を噛み締めた。「私怨ですか。」「はっきり言うわね、ラ・ラメー卿…私、そういう家臣大好きよ。 そうね、アルビオンを我が国の脅威足り得ない存在へ貶める今回の作戦には、確かに私の私怨もありますわ。 伯父上と従兄殿を殺されたのですもの、否定出来ませんわ。」ラ・ラメーの問いに、アンリエッタは笑顔で頷く。凄みに満ちたその笑みは、ラ・ラメーの背筋にぞくっと何かを走らせた。「でも、それは飽く迄もついでよ、この身は既に国家そのもの、私個人の私怨のような些事にいちいち構っていられないわ。 貴官の艦隊の作戦目的は飽く迄もアルビオンを我が国の脅威足り得なくする事、それが第一目標であると肝に銘じなさい。」「了解いたしました、私怨はついででありますな。 それであれば、小官としても異存はありませぬ。」そう言って、ラ・ラメーは敬礼をして見せた。「ですが、恐れながら申し上げます。 陛下、陛下の身は確かにこの国そのものであらせられますが、同時に17歳の娘でもあります。 御友人でも恋人でも構いませぬ、誰か寄り掛かれるお相手をご用意下さい。 この国は陛下を喪うわけにはいかないのですから。」「そうね、友にもう少し寄り掛かってみるわ。 でも私、基本的に怠け者だから、寄り掛かり過ぎるかも知れませんわよ?」ラ・ラメーからの進言に、アンリエッタは笑顔で頷く。「陛下の友人になれる程の御方です、せいぜい寄り掛かってあげればよろしいかと。」「そうね、あの子ならもっと寄り掛かっても良いかもね、おほほほほ。」アンリエッタはそう言って、艶やかに笑ったのだった。「ぬ…ぬぅ…。」学院で姉二人とお茶の最中だったケティは、えもいわれぬ寒気に身を震わせ、ティーカップを落としてしまった。「ど、どうしたのケティ?」「あらあら、風邪かしらぁ?」慌てるジゼルとエトワール。「いや、何と言いますか、とんでもない災厄が我が身に降りかかるような予感と悪寒が。」「大丈夫よ、そんなの私が何とかして上げるわ! ドーンと、このジゼル姉さまにお任せよ。」そう言って、ジゼルは胸を張って見せた。「胸が無いのを誇示しなくても良いわよぉ、ジゼル?」「むきー!」エトワールの指摘に、猿みたいな声を上げるジゼルだった…。そして現在、ラ・ロシェールには旗艦ゼノベ・グレイム以下、6隻の快速戦列艦が揃っている。帆を含めて全てを濃紺に塗られたその新造艦達は、トリステイン・ゲルマニア連合軍艦隊を見送っていた。「自分も加わりたい…といった風情ですかな?」連合軍艦隊を無言で見送るラ・ラメーに、背後から声がかかった。「フェヴィスか。」元メルカトール号館長にして、現ゼノベ・グレイム艦長パトラッシュ・ド・フェヴィス、彼も同様に辛うじて生き残るという幸運に与っていたのだった。「当り前であろう、艦隊決戦は船乗りの誉れ…しかもあの艦隊の主はド・ポワチエ卿だ。 ゲルマニア艦隊が無ければ、まあまず勝てぬであろうからな、陛下から預かった艦隊を一隻でも失わぬ為に加勢に行きたくもなる。」ラ・ラメーのド・ポワチエへの評価は《可も不可もない、これといった特徴がまるで無いという或る意味珍しい凡将》だった。「では、加勢しますか?」「相変わらず誘惑が下手だな、フェヴィス。 それでは奥方を落とすのに、さぞかし苦労したであろう?」そう言って、ラ・ラメーは皮肉っぽく笑った。「ご安心ください、見目麗しいレディを口説く時には、もっと情熱を込めます。 妻を口説き落とした際の小官の奮闘、先の戦の時にも劣らぬものでありました。」「それは見ものであったであろうな…まあ兎に角、我が艦隊には陛下から直々に賜った作戦がある。 この紅百合に誓って、それを違えるわけにはいかぬな。」ラ・ラメーはアンリエッタに紅百合章を誉にせよと言われた時から、肌身離さずその本来傷病者に贈られるありふれた勲章をいつも身に着けていた。「今度の陛下はそれほどの御方でありますか。」「フェヴィスにも会わせたかったものだな。 あの御方は間違いなく、この国を良い方向へと導かれる。」そう言って、ラ・ラメーは深く頷いた。「今度勲章を戴く時には、小官も同席させていただきたいものです。」「うむ、約束しよう。」ラ・ラメーは頷くと、雲間に消える連合軍艦隊から目を外した。「心配ばかりしていても仕方がないか。 我が国とゲルマニアは、必ずやアルビオンの艦隊を討ち果たす。 我々の仕事は…それからだ。」「そうですな…しかし、地味ながらも重要かつ陰険な今回の作戦。 陛下が我らの腕に期待なさったのも、良く分かりますな。」この艦隊は数こそ少ないものの搭乗員の殆どが熟練兵と熟練士官で構成されているという、現在のトリステイン軍ではかなり贅沢な構成だった。「そうだな、地味で陰険であるが故に、効果は抜群であると言えよう。」「戦は戦場のみにあらず…ですか、戦争が変わって行きますな。」フェヴィスは少し遠くを見るような視線で何処かを見ている。「こうやって、人は一歩ずつ悪辣になっていくのかも知れんな。 …予定通り、出航は黄昏刻とするので、各員に徹底させよ。」「はっ、了解いたしました。」フェヴィスは敬礼をした後、船員にその旨を伝えに行ったのだった。「…しかしまあ、無茶したなぁ、これは。」一方、才人とルイズは連合軍艦隊の大型戦列艦『ヴェセンタール』にいた。艦隊旗艦は『デ・ゼーヴェン・プロヴィンシェン』なのだが、蒼莱を運用する為には艦から飛行甲板用の超大型浮遊筏をぶら下げる必要があり、新造艦である『デ・ゼーヴェン・プロヴィンシェン』ではなく、旧式だが大型の『ヴェセンタール』に白羽の矢が立ったのであった。「ケティは『ガンパックなのです』とか言っていたけれども、そもそもガンパックって…何?」「後付式の機銃の事だな…『個人で携帯するには重過ぎますし、どうせ壊れたら再生産不可能ですし、蒼莱につけちゃいましょう』とか言っていたけれども。」ケティが持ってきたものをコルベールが取り付けたらしい、それは…アメリカ製のブローニングM2と呼ばれる重機関砲だった。「よくもまあ、次から次へと物騒なもんばっかり…ケティって本当に武器マニアなんだな…。」ちなみに12.7㎜弾を使用し、ベルト給弾式なので大量の弾を発射可能な凄い機関銃なのだが、ロマリアから横流ししてもらったのはいいもののコピー不可能と判明して、パウル商会の倉庫でずーっと眠っていた代物だったりする。「弾も現物限りだから、大事に使えって言っていたわ。」「ひょっとして、殆ど廃物利用なんじゃねえか、これ?」流石のケティも、使いどころが思い浮かばなくて完全に持て余していたようだ。「でもまあ、蒼莱はあっという間に弾切れするからなぁ…有難く使わせてもらうとすっか。」コルベールが取り付けたという時点で、不安がいっぱいな才人たちだった。「コルベール先生、アレ以外にも色々といじっているみたいだったし…飛ぶのか、これ?」スゲエ良い笑顔で蒼莱をいじっているコルベールを見かけたマリコルヌは、『先生はイッちゃってるよ。 あいつは未来に生きてんな』とか言っていたらしい。「大丈夫よ、ケティを信じましょう、ケティを。」「そ、そうだな、ケティを信じるか…。」でもやっぱり不安な才人たちだった。