「貴方が私の立場で、アルビオンを征服しない事を前提に戦略を立てるのであれば、どうする?」「…まーた、無茶振りなのですね、姫様?」姫様の無茶振りは今に限ったことではありませんが、何故に私を呼ぶ度にこうなるのでしょうか。「ケティの本には軍事戦略論とかあまり入っていないし、そのあたりはどうなのかしら?」「私はそちらの方はあまり得意ではないのですよ。」転生前の人も基本的に兵器オタでしたし、戦略論は概略程度しかわからないのです。「それでも良いのであれば…そうなのですね、アルビオンが空を飛ぶ島であり、船が無ければ行き来できない土地である点を利用しない手はないいのではないかと思われるのです。」「それは、我が国にとっての不利ではないかしら?」私の言葉に姫様は眉を顰めます。「確かに攻めるに難い土地柄なのですが、それをこちら側が利用してあげるという手もあるのです。 取り敢えず、大半の軍は当初の予定通りゲルマニアとの連合軍を組み、攻勢を仕掛けて敵軍の身動きを封じます。 その上で予め選抜した小規模艦隊による別働隊を編成し…まず、港を潰すのですよ。」行き来の難しい土地柄だから攻め難い、であれば…。「港を?」「ええ、港には船と造船所と商人達が荷物の一時保管に使う倉庫群があるのです。 それらを砲爆撃で潰します。」いっそあちらの保有する民間船と造船能力を奪って、行き来を困難にしてやればいいのです。「倉庫群を狙うのは何故?」「これから季節は秋に入ります。 収穫した作物が入るのは領主の倉庫、そしてそこから商人が買い取り商人の倉庫に入って民衆に流れるのです。 遠征の時期は刈り取り寸前ですが、それでも前年度の残りと早めに収穫されたものが入っている筈なので、燃やしてしまいます。 これにより、アルビオンはちょっとした食糧不足となるでしょう…食糧不足では軍を動かすのが困難となるのです。 あと、倉庫には輸出用の風石も入っているのです。 アルビオンがある位置まで上昇するには、それなりの量の風石が必要ですが、アルビオンからの供給が途絶えれば価格は高騰するでしょうね。」結構えげつないですが、これって戦争なのよね、なのです。「港を潰し終えてもまだ時間があるのであれば、アルビオンの旧貴族派の領地で収穫寸前であろう麦畑を火で焼き払います。」「都市への攻撃はしないの? 敵の人的被害が殆ど出ないと思うのだけれども?」私の上げている策は確かに人的被害は最小で済みます、最初だけは…。「敵は港と畑が攻撃されれば、都市もと思って守りを固めてくれるでしょうね。 ですが、しませんというか、しない方が良いのです。 現に慎んだ方が良いのですよ、むしろ人は多いに越した事は無いのですから。」敵兵への被害も、なるべく減らしたいくらいなのですよ。「畑からの今年分の収穫物は無い、商人の港湾倉庫が潰されて、民間に残った食料も少ない。 ですが、領主の蔵には、昨年の残りの食料があるのです。 アルビオンの蔵にも、戦争用の糧秣が。 そんなわけで食料はありますが、アルビオンの民全ての腹を満たす事は不可能ですし、信仰と理想に燃える貴族たちが領民の困窮をどこまで把握できるやら。 さて、飢えた領民たちは、どうすれば飢えを凌げるでしょう? 彼らは飢えていますし、信仰と理想では腹は膨れない…と、いうわけなのです。」「敵の経戦能力を削ぐのと、領主と領民の離間を同時にやるという事ね。 食料の消費量を多くするのであれば、人はなるべく死なない方が良い…と。 悪辣過ぎて反吐が出そうだわ…採用。」ええええええええええええええええ!?「い、いや、この策は飽く迄も仮定の策で…。」「枢機卿、聞いていたわね? 将軍や参謀を何人か呼んで、ケティと作戦を詰めさせるわよ。」いや、ちょ、ま、こんな真っ黒な策、有り得ない仮定だから良いのであって…。「はい、アルビオンの領土を欲さないのであれば、それで良いかと。 しかし、ここまで非情な策がさらっと出てくるあたり、流石ですな。 このマザリーニ、感服いたしましたぞ。」感服しないで止めてええぇぇぇぇぇ!「ああ、いえ、出来れば考えなおして欲しいのですが。」恒常化したら領土化が困難になるので、こういう例外的な事態でも無い限りは多分根付きはしないでしょうが…。こんなやり方が戦争でメジャーになったら、私は後悔で死にたくなるかも知れないのです。「嫌よ。」「ですよねー。」はぁ…仕方が無いのです。また調子に乗ってやっちまいましたか、私?「さあ、いざ行かん作戦室、おほほほほ。 アニエス、ケティを連れていきなさい。」「御意。」アニエスに腕力でかなうわけもありませんし、やるしかありませんか。「ああああああああああああ…。」私はアニエスに引き摺られて、執務室を後にしたのでした…。「ぬ…。」頭と体に大きな衝撃を受けたショックで目を覚ますと、いつもの部屋…の床。「何だ、夢でしたか…ええ、ええ、わかっているのですよ、これは現実なのです。」数ヶ月前、姫様に不意に尋ねられて、得意満面で語った自分が恨めしい…。「ところで…タバサは兎に角、何故にキュルケが…?」まあそれよりもアレなのです。「部屋の主がベッドから落とされるとか、何という悲劇…くっちゅん!」つーか、アレですか、勝手に人の部屋のベッドに入って、主を蹴り出しますか、キュルケ…。ハルケギニアはヨーロッパそっくりの風土と気候であり、植物も大体似た様なものが自生していたり栽培されているわけなのですが、世界扉のせいなのか時折妙なものが生えていたりするのです。「ふむ~?」丸くてデコボコしたその物体。「何故にこの作物が…まあ大方ドイツあたりの兵器と一緒にこの世界に引っ張られたのでしょうけれども。」闇市場で毒草の球根として売られていたものなのですが…。「誰も球根を煮炊きして食べようとしなかったのでしょうね。 それなら毒草呼ばわりされてもしょうがないといえるのです。」どう見てもジャガイモなのですよ、本当にありがとうございました。ハルケギニアには大航海時代が無かったせいでトマトも無いというのに、何故かここにあるジャガイモ。まあ確かに、ソラニンを大量摂取すれば死ぬこともありますけれどもね。「まあ兎に角、一個茹でてみますか…。」そんなわけで、青くなっていないジャガイモらしきものを、綺麗に洗ってから部屋で沸かしたお湯に投入。待つこと20分ほどで、お湯から上げてみたのでした。「ふむ、見れば見るほどジャガイモ。 匂いも間違い無くジャガイモなのですね。」後は、食べて確認するだけなのですが…。「似ているだけで本当に毒草の球根だったら、どうしましょう…?」薬草とかに詳しいモンモランシーに聞いても知らないといわれましたし、まだハルケギニアに広まるほどではないという事なのかもしれませんが。「これ食べて死亡とか、多分笑い者になるのですよ…ゴクリ。」芋食って死ぬとかドンだけ超展開だとか、どこからとも無く聞こえてきそうなくらいなのです。「ちょーっとだけ、舐めてみましょう。」皮を剥いて、ペロリと舐めてみました…やはり、ジャガイモの味がするのです。ペロペロと何回か舐めてみますが、やはりジャガイモの味。「こ、これは大丈夫そうなのですね…。」思い切ってかぷっと噛み付いてみると、口の中に広がるホクホクとしたジャガイモの風味と食感。「お…おいひい。」懐かしさを感じるジャガイモの味に、思わず涙が出そうなのですよ。「これで、ポテチやコロッケや芋餅が作れるのです。」これでコロッケとか作ってあげたら、才人も絶対に喜ぶ筈なのです…って、何で私は才人の喜ぶ顔を想像してにやけているのだか。「取り敢えず、あの商人はまだ在庫はあると言っていましたし、全部買い占めてラ・ロッタで栽培させてみますか…。」うまくいけば、来年の秋にはジャガイモパーティーなのですよ…と、不意に背中をちょんちょんと突かれたのです。「ひゃあぁぁ…って、タバサ?」いつの間にやらタバサが背後に立っていたのでした。流石北花壇騎士…というか、気配消して背後に近づかないで欲しいのですが。「おいしい?」タバサは私が手に持つジャガイモを無言でじーっと見つめています。「ええ、私は美味しいと感じましたが…。」「…………………。」じいいいいいいいいいぃぃぃぃっと…。「あー…一個食べますか?」「ん。」心なしか目をキラキラと輝かせ、タバサは私が皿に乗せて差し出したジャガイモを受け取ったのでした。「このバターを乗せて食べるとより美味しいのですよ。」「ん。」タバサは椅子に座るとジャガイモをナイフで切れに切り分けてから、バターを乗せて食べ始めたのでした。「どうですか?」「ん、おいしい。」タバサの食べている姿は本当にラブリーなのです。「おかわりは要りますか?」「ん。」ああ、何という幸せ…って、何だかジゼル姉さまみたいなのですよ、私。ええと、まさかこれはひょっとして遺伝?「…とまあ、こんな感じで、夜間に襲撃された場合の避難訓練を行うのです。 いつ行うかは秘密…ですが、送れずに必ず集合してください。」2年生の教室で、私はまたアニエスの代わりに説明を行っていたりします。まあ、苦手な事は補い合えば良いという事なのですよ。「寝不足は美容に悪いわ。」キュルケが嫌そうに私に言いますが…。「ええ、夜中にベッドから蹴り落とされたりすると、それはもう美容に悪いのです。」「…根に持っているわね。」うふふふふふふふふふふ。「一応、方便上軍事教練ですので、恰好だけはつけておく必要があるのですよ。 ちなみに従わねば、罰ゲームがあるのです。」恐ろしい罰ゲームなのですよ、従わせる為とはいえ、私も非常な決断をしたものなのです。「罰ゲーム?」「ええ、夜間避難訓練に参加しなかったものには…。」そう言いながら、モンモランシーの方を向きます。「ミス・モンモランシの秘薬の実験台になっていただくのです。 …ちなみにこれは、姫様と学院長のサイン入りの令状なのですよ。」許可証を見せると、緩かった教室内の空気が凍る音がしたのでした。「ミス・モンモランシの…。」「実験台ですってぇ!?」「あたし達を殺す気なの!?」「いいえ、きっと体が伸びるようになったり、透明になったりするのよ!」「違うわ、体を炎で包んで飛べるようになるのよ。」「もしかして、体が岩みたいにゴツゴツ固くなるのかも?」「こんな所には居られないわよ、私は逃げるわ!」大混乱なのですよ…こうかはばつぐんだ!なのです。効き過ぎな感はありますが。「またこんな扱いかー! というか、私を一体何だと思っているのよ!?」そんなモンモランシーの問いかけに…。『畑を謎の密林に変える女』「うっ。」うわ、ハモったのです。「いやでもアレは、偶然の大失敗というか…。 …まあ良いわ、参加しなかったら、とびきりの新作の実験台にしてやるんだからっ!」『ひいいいいいぃぃぃぃぃ!?』クラス全員恐怖の絶叫なのですよ。ちなみに、先程上級クラスで話した時も、全員が本気モードになったのが良く分かったのです。自業自得とは言え、モンモランシーも不憫な…。「…さて、打てる手は全部打ったのです。」現在私達は機密保持の為に、学院長室に集まっていたりします。「夜間襲撃対応訓練という事で、皆を逃がす手立てもバッチリなのです。」「私の悪名は、より高まったけれどもね…。」モンモランシーがちょっと煤けているのです。「成長退行薬とか、無いわー。 この世が終わったかと思ったわよ。」机に突っ伏したキュルケが、疲れた声でぼそっと呟いたのです。「うくっ、一時的に巨乳になる薬の筈が、何で一時的に幼女になる薬になんてなったのかしら…。」そりゃモンモランシーですしー…とは、口が裂けても言えないのです。犠牲になったのは我関さずと寮内で眠っていたキュルケ…事情を知っているとは言えサボるとは良い度胸なので、見せしめに使わせてもらったのでした。「しかし、あのミス・ツェルプストーは可愛らしかったな。」アニエスはああ見えて可愛いもの好きなのですよね…そのせいでガチレズ疑惑が絶えないわけなのですが。それにしても、キュルケの長身も胸のでかい固まりも見る見るうちに縮み萎んでいって、8~9歳くらいのとてもキュートなお子様になった時には少し驚いたのですよ。その後キュルケは、薬が切れるまで女生徒達に可愛い可愛いと揉みくちゃにされたのでした。「同性に可愛がられても、あまり嬉しくないのよね。 どうせなら、美少年とか美青年とか美中年とかに揉みくちゃにされたかったわ…。」キュルケはそう言いますが、幼女を揉みくちゃにする美少・青・中年達とか、そんな顔が良いだけのロリコンの群れは嫌なのです…。ちなみに胸が膨らむだけの薬と、成長を制御する薬では後者のほうが難易度は遥かに高い筈なのですが…モンモランシーの失敗はつくづく予測不可能な結果をもたらすのですよね。この薬、ロリコン大喜びなだけなので、封印決定と相成ったのでした。「白炎のメンヌヴィル達一行を乗せた船が、昨夜リヴァプール港から密かに発ったのを間者が確認しています。 襲撃は恐らく明日の夜…皆様、ゆめゆめ油断なさらぬように。」「無論だ、銃士隊も各所で配置についている。」銃士隊は新式銃を持った者だけで構成されており、ついでに言うと全員メイジとは直接相対せずに狙撃するという方式に切り替えているのです。メンヌヴィル対策として、これから襲撃者が来るまではずーっと濡れた布を被ったまま…心の底から御苦労さまと言いたいのです。「変態への対応は、我々メイジで何とかしてみます…駄目だった場合、速やかに生徒を予定通り学院から脱出させてあげてください。」「…わかった。」アニエスが一瞬私に向けた意味ありげな視線が…まさかとは思いますが、姫様から何か別の命令を受けているのでしょうか?二日後の夜中『めけめけ~めけめけ~』という、間抜けな音が寮内に響き渡ったのでした。「来ましたか…。」ドアを開けると慌てて着替えて所定の避難場所まで移動する皆の姿。「ふむ…では行きますか。」ここももうすぐエトワール姉さまの狩場と化します。長居は危険なのですよ。《三人称視点》「ん…?」メンヌヴィル達を学院まで誘導してきたワルドは、不意に寒気に襲われた。「どうした?」「ああ、いや、何でもない。」ケティ・ド・ラ・ロッタ、あの栗色の髪のとぼけた表情の娘…あのぼんやりした感じの瞳に潜む奥底知れぬ光をワルドは不意に思い出した。(羊の群れを襲おうという計画だが、どうにも虎口に飛び込んでいるような…。)ワルド自身の裏切りすらも見抜いていた娘である。この襲撃もばれていない保証が全く無い。「ふむ…僕はここで貴官らの帰還を待っていることにしよう。」「ほう、行かんのか? ここには卿が執心している娘が居るのだろう?」メンヌヴィルの光を失い白く濁った瞳が、ワルドに向けられた。「執心とは…僕が彼女に恋でもしているかのような言い草だな? それに、僕ははじめから襲撃部隊ではない、変な言いがかりはよしたまえ。」「強く求めている事には変わらんだろうさ…まあ、幾ら知略に長けていようが、寝起きでは何もできんよ。 卿の前に引き摺り出してきてやるから、泣き喚く娘を辱めるなり殺すなり、好きにするが良い…多少焦げているかもしれんがな。」ワルドは今回の作戦において飽く迄も道案内、襲撃部隊には加わらぬようにとの上層部からの命令が来ている。「そううまくいくものなら、僕はここまで落ちぶれてはいないさ。」「俺たちはこれで食っているんだ。 多少腕が立つだけのお坊ちゃんとは違うんだよ。」傭兵のメンヌヴィルに侮辱されても最早返す言葉が無い…ワルドには既にレコン・キスタ内での居場所が無くなりつつあった。「僕は本気で警告しているんだが…まあいいさ、好きにしたまえ。」ワルドはあっさりと説得するのを諦めた。「のんびりと君達の帰りを待つことにするさ。」「ああ、のんびり待っていろ、俺は愉しんでくる。 …行くぞ。」メンヌヴィルがそう言うと、他の傭兵たちもその後に続いていった。「…良いの?」夜の闇から浮き上がるようにフーケが現れ、ワルドに問うた。「ああ、幾らなんでも哨戒網が甘過ぎる…避けながら来たとは言え、このような僥倖はそうそうあるものではないからな。」「ばれているというわけ…あの小娘の仕業かしらね?」フーケは眉をしかめる。「あやつの仕業なのか、女王からの差し金なのかはわからぬ…わからぬが、僕が出て行ってからこの国はすっかり変わってしまった。 裏切った理由は一つではない…だから、後悔などしてはいないが…。」「ま…気持ちはわからなくも無いわ。」複雑な表情になるワルドの肩を、フーケはポンポンと叩いたのだった。「しかし、油断し過ぎよね、アレで一流の傭兵?」「一流だからこそ、メンツが許さんのだろう。 守っているのがメイジとはいえ女子供、兵士は全員平民。 侮るのも無理はない…僕も君もそうやって侮って見事にはめられた口だ。 聞く気が無いならしょうがないさ、僕は彼らが間抜けに踊るのをせいぜい眺める事にするよ。」ワルドはそう言うと、肩をすくめた。「眺めているだけで、貴方が何もしないだなんて信じられないわね、何を考えているの?」ワルドがおとなし過ぎるのが気になったフーケは、訝しげな視線を送る。「眺めているとは言ったが、何もしないとは言っていないさ。 ダンスが終われば気が抜ける…違うかね?」「根は正々堂々としている癖に、思いつく手段がどれもこれも狡っからい所に得難い才能を感じますわ。」フーケは情け容赦無かった。「ぐっ…。」「でもそうね、気が抜けた一瞬を狙えばいけるかもね…どうしたの?」フーケの一言で激しく落ち込んだらしく、ワルドはくず折れていた。(ああもう、こういう所が可愛いのよね、この人。)何か、ちょっぴりラブラブな二人だった。傭兵たちが木っ端のように宙を舞う。「なんじゃこりゃああああああぁぁぁっ!?」「俺は女子寮に忍び込み無抵抗な女の子捕まえてついでに数人摘み食いしようかと思っていたら罠のど真ん中にいた。 何を言っているのかわからねえと思うが…。」ドアを開けて部屋の中に入ったまでは良かったのだが、いきなり床が跳ね上がって天井に激突し、落ちたところで高速で突き進んでくる壁に押されて窓から放り出されたのだった。「うふふふふふふふふふ…。」落ちた場所は細い坂道…。「い、一体何が起きやがった…って、ええええええええええ!?」彼の目に映ったのは鉄球…ごっついトゲトゲ付きの鉄球だった。「ぎゃああああああああああぁぁぁぁっ!?」押し潰される瞬間、彼らは意識を手放した。「うふふふふふふふふ…。」潰され、斬られ、押し潰され、跳ね飛ばされ、落ち、痺れ、毒に侵され、溺れ、挟まれ、殴られ、窒息し、押され、跳ね上げられ、叩き落され、吸い込まれ…。「うふふふふふふふふ…。」「お見事といいますか、なんともはや。」そして悲鳴が、途絶えた。「うわぁ…流石エトワール様…。」「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。」キュルケの顔は少し青褪め、隣のタバサは無言だが、額に一筋の汗が。「…生きているのですよね?」ケティは恐る恐るエトワールに尋ねる。女子寮で大量虐殺なんかやった日には、幽霊を怖がって寮に住むのを拒否する生徒が出かねない。「うふふふふ…大丈夫よぉ、9割9分9厘殺しだから、生きているわぁ。」「それは、ほぼ死んでいるのでは…。」そうぼやいたケティの元に、数個の火球が飛んできた。《ケティ視点》「ファイヤーボム!」いきなり飛んできた複数個の火球から逃れる為に、至近距離でファイヤーボムを炸裂させ、爆風で軌道を逸らして回避…!?『きゃああああああぁぁぁぁっ!?』飛んできた炎の弾が、誘爆したのでした。「ちょっと、びっくりしたじゃない!?」キュルケがぼやいているのです。しまった、ただのファイヤーボールではなく、私と同じファイヤーボムでしたか!?うわ、煤塗れなのですよ。「至近距離で食らわずに済んだ事でチャラにしてください…。」「ん、今の判断は正しい。」エトワール姉さまがやられたら、罠は全て不活性化してしまう…魔法を使ったトラップの欠点は、術者がそこそこ近くに居なければいけない事なのですよね。トラップを無効化しようと思うのならば、何処かに隠れている術者を殺す必要がある…だから、歴戦の傭兵ならそこを狙ってくると踏んで待っていたのですが…一撃目を不意打ちされようとは。「ふはははははは! 誉めてやろう小娘ども、俺達を半数以下に減らすとは、でかした!」変態の上にバトルフリークなのですよね、メンヌヴィルって。「あー…超ダリぃのですよ。」「やる気ないわねぇ…。」キュルケは呆れた視線を送りますが、私は基本的に『俺より弱い奴に会いに行く』っていうタイプなのです。弱ければそのまま踏み潰し、強大な敵なら政治的物理的ありとあらゆる手段を駆使して弱くしてから踏み潰す…敵が強いのは失敗なので《あちゃあ》と思う事はあっても、《わくわく》などしないのです。「相手は変態、しかも強い、その上数減らしたのにやる気上がっている。 面倒臭い事この上ないのです…死ねばいいのに。」「身も蓋も無さ過ぎる。」タバサにまでツッ込まれた!?「そんなわけでそこな変態集団! 面倒臭いから、その場で今すぐ自分の首を掻き切って死になさい、可及的速やかに。」『出来るか!?』事を穏便に済ませたい私からの提案は、人相が悪い変態の集団に全力で拒否されたのでした。ちぇー、面倒臭いのです。「はぁ…新式銃の弾丸一発いくらすると思っているのですか。 やっちゃってください。」私が指をパチンと鳴らすと、銃声が轟き傭兵が数人胸を押さえて倒れたのでした。あれ?でも銃声の数が少ないような?「何かを勘違いしているようですが、準備は万端なのですよ。 私達は狩る側、貴方達は狩られる側、間違えないで頂けますか?」「いいや、勘違いしているのは小娘、お前だ。 もう、銃声は響かん。」え…?「…全員、片付けました。」「ご苦労だったな、お前は先に帰っていろ…狙撃手を潜めておいたようだがな、生憎俺にはまる見えなんだよ。」風メイジによる暗殺…ぐ、まさか、全員マークされていた!?「俺の事を随分調べていたようだがな、あの程度の小細工で俺は誤魔化せんよ。」「ぬぅ…。」さて、かなり減らしたとはいえ大ピンチなわけですが、どうしましょう?取り敢えず…。「エトワール姉さま、トラップは解除してかまわないので逃げてください。」「え?でも…。」エトワール姉さまは心配そうに私を見つめますが、こと接近戦では姉さまは殆ど無力なのです。「良いから早く井戸に飛び込んで下さい。」「わ、わかったわぁ。」素直で大変結構…ちなみに、井戸の奥に脱出路があるのです。「…さて、キュルケ、タバサ、取り敢えず何とかしましょうか?」「ええ、勿論。」「ん。」残った敵は4人で、どれも歴戦の傭兵。味方は私とキュルケとタバサで3人…これじゃあ原作よりも不利なのですよ。「白炎のメンヌヴィル、ここはひとつ一騎討ちと行きませんか?」「断る。 お前は何を考えているのか、さっぱりわからん。」変態に何考えているかわからんとか言われてしまったのですよ。いやまあ、ここで炎のリングを作って例の作戦を使おうと思っていたのですが、駄目なら仕方がありません。ああ、机上の空論ここに失敗す。「仕方が無い…タバサ、キュルケ、残り三人やれますか?」コッパゲ先生がまだ出てこないので、それまで時間を稼ぐしかありません。ひょっとしたら、ずーっと出て来ないかもしれませんが…。「ん、二人一気にいける。」タバサはこくりと頷いたのでした…二人一気にとか、流石は北花壇騎士。「あら、じゃあ私は余りものでいいわ。 レディは謙虚じゃなきゃね。」この中で一番実戦経験が少ないのはキュルケですしね、余り負担はかけたくありません…とは言え、どのみち命の取り合いなわけですが。「それじゃあキュルケ行きますよ…いち、にの、さん!」一斉に呪文を唱えて一気に放つ!『ファイヤーボム!』先ほどの意趣返しなのですよ!「猪口才な!ウインドカッター!」「待て、早まるんじゃない!?」炸裂系火魔法であるファイヤーボム2つが一気に爆発、爆風でメンヌヴィルと部下を引き離す事に成功したのでした。「ウインディ・アイシクル!」「ちぃ!」駄目押しでタバサがウインディ・アイシクルを撃ち込んで、私達はメンヌヴィルと部下との間に間に割って入ったのでした。「一騎討ちしたくないというのであれば、せざるを得なくするまでなのです。」「は!先程まであれほど戦うのを嫌がっておきながら、随分やる気じゃねえか!」」今度は大火傷か、はたまた死ぬのか…いずれにせよ、こんな事を続けていたらお嫁にいけなくなるのです…。「ええ、自分の命が危ないのですから、嫌でもやる気になるのですよ。 後は…そうですね、燃やして破壊するくらいしか芸が無い人のヘナチョコ炎とやらを、一度拝んでみたくなりまして。」「よく言った小娘、貴様は黒焦げにする訳にはいかんが、手や足を消し炭に変えるくらいならかまわんだろう。」そういったメンヌヴィルがファイヤーボールを生成し始めたのでした。「俺が白炎と呼ばれる所以、見るが良い!」メンヌヴィルの掌の中には、白い光を放つファイヤーボール…。「火は温度が変わる度に色が変わるのはご存知の通り…赤、青、白…その上があるのをご存知ですか?」ならば私もファイヤーボールで対抗するまでなのですよ。「…何だと?」「炎を白くした程度で誇るとは笑止千万なのです。 輝ける炎を、その見えぬ瞳にしっかりと焼き付けなさい。」 ファイヤーボールに高速回転を加え、エネルギーを集中!「くっ、ファイヤーボール!」「ファイヤーボール!」メンヌヴィルの白い火球に私の輝く火球が激突し、打ち砕いたのです。「うおおおぉっ!?」メンヌヴィルは自分に向かって飛んできた火球を咄嗟に避けたのでした。軌道の変わった火球は地面に当たって、瞬時にその箇所が蒸発し大爆発…いや、威力はあるのですが、本当に直進しかしない上に干渉を受けやすいので困るのですよね、このファイヤーボール。「な、何だ今の炎は、土が蒸発し爆発するだと!?」「白炎如きが何だという事なのですよ。 その程度、私にとってはいつか通った道でしかありません。」メンヌヴィルがびっくりしているうちに、ハッタリ効かしましょう。「くっ、俺の炎がこのような小娘に遅れをとるだと!?」そう言いながら、メンヌヴィルは炎を放ってきたのでした。ただの炎まで白いとは贅沢なというか、この人魔力だけならスクウェアクラスなのではないでしょうか?「炎の矢!」私もそれを炎の矢で迎撃したのでした。実際のところ、メンヌヴィルが魔法の撃ち合いに応じてくれてよかったのですよ。相手はマッチョな傭兵で、こちらはここ何日かの訓練で鍛えはしたものの貴族の小娘に過ぎませんから、距離を詰められて腕力で来られたら抵抗のしようがありません。実際、そろそろ逃げ場が無くなりつつあるのです。「ファイヤーボール!」「ファイヤーボール!」うーむ…こっちのハッタリも、何とかしないとコントロールがいまいちなのがばれてしまいかねないのです。「ええい、貫きなさいファイヤードリル!」ファイヤーランスの改良型で、さらに貫通力を強化した魔法を放ってみたのでした。「赤い炎が俺の白炎を砕くだとぉ!?」「私のドリルは天を突くドリルなのです!」ええい、また避けた…というか、でかい図体してすばしっこいにも程があるのですよ、このおっさん!「ファイヤーボール一気に三つ、行きなさい!」「狙いが甘い!」ちなみに、何で魔法を連射しているのかというと、いつの間にやら壁に追い詰められつつあるからなのですよ。「そろそろお互い魔法は撃てん距離だな、小娘?」「ぐ…ブレイド!」こうなりゃやぶれかぶれ、いたちの最後っ屁、窮鼠猫を噛む、最後の反撃なのですよ!「剣を握った事ねえな、小娘?」メンヌヴィルの杖が一閃、私の杖を弾き飛ばしたのでした。「戦闘技術は大した事無いくせに、俺の魔法を尽く退けやがって…全く、末恐ろしいガキだな。」「私の魔法を全部避けるとは…。」流石は歴戦の傭兵といったところでしょうか、万事休すなのです。「全て威力は強いが直線的だからな、避けやすい。」「ぬぅ…。」ばれていましたか。「で、私をどうするつもりです? 犯して殺すというのであれば、おとなしく犯されて殺されますが。」「抵抗せんのか?」ツッ込みが甘いのです…所詮歴戦の傭兵ですか。「杖を喪った私は、ただの小娘に過ぎません。 抵抗は無意味なのです。」こんな事になるなら、自爆装置でも用意しておくべきでしたか。「若さが足りんな、最近の若いのはそんなのばっかりか? 俺でも、もう少し生きようと足掻くぞ。」「その将来有望な若者を殺そうという人間が、吐くべき言葉ではないのですよ。」今は兎に角、キュルケ達がメンヌヴィルの部下を倒して、こっちに救援に来てくれる事を期待するしかありません。駄目だったら…まあ、死んだ後の事を気にしても仕方が無いのですよ。「しかし、悲鳴一つ上げないというのは気に食わん。」「きゃあ!こんなんでどうでしょう? お望みとあらば、もっとみっともなくうろたえても見せますが。」兎に角、時間を…。「萎えた…物凄く萎えた…燃えろ。」「うひゃあ!?」メンヌヴィルからいきなり火球。「そそそんな、不意打ちせずともいつでも殺せるでしょうに!?」「避けたな?」メンヌヴィルがにやりと笑ったのでした。あー…もしかして気付かれましたか?「立て、そして逃げろ。 逃げ切れたら、生かしてやってもいい。」「お断りします、先程言ったとお…ひゃあ!?」足元に放たれた火球を思わず避けてしまったのでした。「そらそら逃げろ、俺は約束を守る事もある男だからな!」「それは大抵守らないという事…きゃあ!」更に火球が私の目の前の地面に直撃し…その気は無いのに、体が勝手に逃げ始めたのです。「こうなったら…秘儀、前屈姿勢でジグザグ逃げ!」「ふはははは!逃げろ逃げろ!」わざとやっているのか、威力低めの火球が私の近くに何発も着弾しているのです。「えーん、変態~!」「誰が変態だと!」本当に死んでしまうー!「女の子を笑いながら追い回す中年のおっさんのどこが変態では無いと言うのですか~!」「そう言われると確かにそんな気もするが、改めて言われると腹が立つわ!」後ろからとんでもない熱量…避けられない!?「きゃあああああああああぁぁぁぁっ!」爆発に思いきり吹き飛ばされて、私の意識は暗転したのでした。《三人称視点》「大丈夫?」「え…ええ、うん、だ、大丈夫よ。」腰を抜かしたキュルケが、タバサの手を取って立ち上がる。「わわ私、自分がこんな腰抜けだとは思わなかったわ。 今まで散々勇ましい事言ってきたのに、自分の火で燃やした男がのた打ち回るのを見て腰を抜かしちゃうだなんて。」「おかしくない、初めは皆そんなもの。」キュルケの前には黒焦げの死体。戦いの末に、とびきりの火球が命中して燃え上がり、傭兵が絶叫しながら果てたのだった。「私も、最初はそんなもの。」「タバサ…私よりも前に、貴方はこんな体験をしていたのね。」キュルケはタバサを労わるように、そっと抱き締めた。「苦しい…。」「あら、ごめんなさい。」そっと抱き締めたのだが、タバサの頭はキュルケの胸に埋まり呼吸困難になってしまっていた。「それほど気にする必要は無い…いずれ慣れるから。」「あまり慣れたくは無いけれども、仕方が無いのかもしれないわね。」キュルケは体を小刻みに震わせながらも苦笑を浮かべた。「そう言えば、貴方の相手は?」「杖で殴り倒した。」メイジの戦い方じゃなかった。「…えーと、魔法は?」「使った。」魔法は使ったが、最終的には杖で殴り倒したらしい。「ねえタバサ…?」「ん?」タバサは自分の手を握って不安そうに見つめてくる親友を見つめ返した。「魔法で戦いましょ…ね?」「?」ルイズは虚無に目覚めたのに何故か打撃系に走っている今、タバサを呼び戻さないとえらいことになる予感がするキュルケだった。「きゃあああああああああぁぁぁぁっ!」その時、遠くからケティの悲鳴が聞こえた。「っ!?こんな事している場合じゃなかったわ、行くわよタバサ!」「ん!」二人は悲鳴の聞こえた方向へ、急いで向かうのだった。「ケティ!?」「!?」二人が見たのは地面に力なく横たわり、全身煤に塗れたケティの姿。「貴方、よくもケティを!」「そういえばいたな…おい、俺の部下はどうした?」キュルケはメンヌヴィルを睨み付けるが、彼は意に介さぬようにキュルケに尋ねてきた。「倒したわ。」「そうか…では、もう少し楽しめそうだな?」そう言った途端にメンヌヴィルは白い火球を生成し、二人に向けて放った。「白い炎ですって!?」キュルケはケティに実演しながら教えてもらった、炎と色の相関関係を思い出していた。間違いなく相手の炎の方が、威力は高い。「…はぁ、これが力任せに魔法を使っていたツケってわけ?」キュルケは己の魔力を効率良く使うために、時々ケティに技術を教えてもらっていた。何せ、もう既に全部知っている授業しか出来ない教師たちと違って、実践的かつ理論的だったからだ。そのケティが敵わない…と言う事は、自動的に自分一人では無理だということだった。「タバサ、何とかなりそう?」「何とかするしかない。」タバサとしては、こんな所で倒れるわけには行かなかったし、ここで親友であり強力な情報網を持っていると思しきケティを喪うわけにも行かなかった。まさしく何とかするしかないのだ。「そうよね、弱気になっている場合じゃあないわよね。」「ん!」二人は杖を構えなおすと呪文の詠唱を始める。「良いだろう、お前たちは燃やすなとは言われておらん。 松明のように燃え上がりのた打ち回るが良い!」メンヌヴィルの前に、白い巨大な火球が形成される。「はははははははははは!燃えろ!」その笑声と共に、巨大な火球が二人に向かって飛んでいったのだった。