ごーんごーんと、トリスタニアに弔鐘が鳴る。立派な王様が亡くなったから、それを悼む鐘が鳴る。「…財政を立て直された王の功績は素晴らしいものであり…。」マザリーニ枢機卿の弔辞が大聖堂内に朗々と流れる。遠見の魔法を使う…泣き崩れる王妃と、その隣で懸命に涙を堪える姫様が見えた。「あの歳で人前で涙を堪えるとか、やっぱり名君の資質はあるんだよねぇ…。」「そういうのを冷静に判断できるケティの方が、僕は凄いと思うよ。 まあ、ケティがそういう娘だからこそ、連れてきたのだけれどもね。」ボクは大人の記憶がある分のチートでしかありませんよ、お父様。「はいはい、親馬鹿はそのくらいにして…あちこちで貴族が泣いているけれども、お父様は付き合わなくて良いの?」「貴族の義務だから来たけれども、特に親しかったわけじゃあないからね。 わざとらしく泣くのは無理かなぁ…ハハッ。」お父様は苦笑を浮かべた。「さすがはラ・ロッタの当主、『家族と仲間と領民を愛せ、他はその残りで愛せ』の家訓に忠実だね。」「うちの家の人間は領民含めてそんな感じだけれども、いつの間に家訓になったんだい?」お父様は首を傾げる。「今作ってみました。」「あはは、それなら僕が知らなくても仕方が無いね。」お父様はボクの頭をナデナデと撫でた。何だかくすぐったい様な楽しいような気持ち良いような、不思議な感じ。「そういえばケティ、ジョゼに何か小難しい事を語ったらしいけれども、何を話したんだい?」「ジョゼ姉さまはなんて言っていたの?」多分、物凄く大雑把にお父様に話したんじゃあないかなと思うけれども…。「お国の一大事だって言っていたな。」さすがジョゼ姉さまというか、一言に纏めちゃったよ。「…で、どんな風にお国の一大事なんだい?」「マリアンヌ様に統治者は無理だって事。 あの人、基本的に愛の世界に生きている人だし、あの歳まで殆ど政治の実務に関わっていなかったというのもあるから。 もっと若い頃なら兎に角、流石にあの歳じゃあ難しいと思うな。 おまけに政務を代行せざるを得ない右腕が外国人じゃあ、何やっても貴族は警戒してついて来ない…陛下が存命の頃なら兎に角、いくら能力はあっても今後は難しいと思うよ、色々と。」まあもっとも、今までの陛下もアルビオン人ではあったのだけれども、国王と宰相(みたいな仕事をしているロマリアから派遣された枢機卿)じゃあ大違いだし…国に骨を埋める的な意味で。「後、とりあえず言えるのは、国王陛下の葬儀で話すような話題ではないかもってことかな?」「ああ、確かにそうだね。」お父様が苦笑を浮かべる。周りの貴族が興味心身に聞いているし、失敗したかな…と。「ええと、ぼくこどもだからわかんない。」うわ、周囲からの白けた視線が…某名探偵バーローみたいにはなかなか行かないね。「君、その誤魔化しかたは、今更過ぎて無理があるのじゃあないかね?」その中の一人、上品そうな青年が僕を見ながら肩をすくめた。「えへへへへへ。」「笑っても同じだよ。」アホの子笑いで誤魔化してみたけれども、溜息を吐かれた…やはり無理っぽい。「僕の名はアレクシス・ド・パーガンディ、小役人をやっているしがない伯爵さ。 君の話はなかなか興味深かったのだけれども、良ければ葬儀の後で詳しく聞かせて貰えないかね?」「こんな子供の話を、ですか?」ボクの問い返しにパーガンディ伯爵はにっこり笑って頷いた。「甘いものは好きかね?」「あ、はい、嫌いじゃあありません。」そして私は、土と何かの焦げる匂いで目が覚めたのでした…。「う…ぐ…。」全身が鈍痛に包まれている感じ…全身打撲ですかそうですか。これは明日には身動き出来なくなっている感じなのですよ。「嫁入り前の乙女に何という仕打ち…状況は。」目を開けると、タバサとキュルケがメンヌヴィルと戦っているのが見えます。タバサが氷や水の盾で防ぎつつ、キュルケが攻撃している感じですが、メンヌヴィルの手数の多さに圧され気味の模様なのです。「なんとかあの場所まで逃げられれば、万全と言わずとも対策を打てる筈。」ポケットを探ると…よし、割れずに残っていましたか水の秘薬。モンモランシー印のそれを、ぐいっと一気飲みしました。「ぶーっ!?」頭に血が上ったような感覚と共に、一気に吹き出る鼻血…効き目が強すぎるような!?「か、回復するつもりが余計消耗したような…何だか踏んだり蹴ったりなのですよ。」いざ起き上がろうと試してみれば、あっさり起き上がる事が出来たのでした…鼻血が止まらないのが難ですが。くっ…しかしこのままでは鼻血が気になってしょうがないのですね…。「どうせぼろぼろですし…えいっ!」ブラウスを破いて、切れ端を両方の鼻の穴に詰めたのでした。「うう…乙女として色々と終わっているのです。」涙が出そうですが、泣いている暇は無いのですよ。取り敢えず、例の場所までメンヌヴィルを誘導しないと…。「てぇい、これでも食らいなさい!」いつものモーゼルの代わりに太腿のホルダーに括り付けておいた投げナイフを投げたのでした…ナイフを太腿に括り付けておくと、走っている時に抜けないという情けない事実に先程気づいたところだったりします。ちなみにこれ、一回だけ目標に命中する魔法の投げナイフ、発動ワードは…。「ハラモトコ!」付与魔法が発動すると同時に、ナイフは加速して背中を向けているメンヌヴィルの杖を持った腕に突き刺さったのでした。ちなみに目標に命中するだけで、何処に命中するのかはさっぱりなのが難だったりします。頭にでもグッサリいってくれれば、ここであっけなく終わってベストだったのですが…まあ、良い所に刺さってくれて取り敢えずラッキー。「ぐぉっ!何だと!?」「よりにもよって私に背を向けるたぁ、良い度胸なのですよ!」魔法の投げナイフはもう一つだけ…こんな事なら、ケチらずに後数本買っておけばよかったのです。「ぐっ…姑息な真似を!」「おほほほほ!負け犬の遠吠えが耳に心地よいのです! 姑息と卑怯は私の専売特許、戦いなんてのは勝ったモンの勝ちなのですよ!」全身痛いわ服はボロボロだわ鼻血は止まらないわで、虚勢でも張らないとやってられないのです。「相変わらず、酷い。」「ラ・ロッタは敵に回すなと、子孫に代々伝えるわ。」うぅ…タバサとキュルケが呆れた視線をこちらに送っているのです。「せっかく助けたのにその言い草は無いでしょう、泣きますよ!」『はいはい。』うわ、二人とも冷たい!?「兎に角、とどめを刺しましょう!」「ぶるわああああぁぁぁぁぁぁっ!」素早く杖を持ちかえたメンヌヴィルが、大量の火球を撃ち出してきたのでした。「あちゃ、あちゃちゃ!?」「ああもう、絶倫過ぎる殿方は却って嫌われるわよ!」一発一発は大した事ありませんが、これはまずい!?「タバサ、キュルケ、散って逃げますよ!」そうすれば、メンヌヴィルは私を追って来る筈。「例の場所で落合いましょう!」「ん。」「わかったわ、死なないでね。」さて、これで予想通りにメンヌヴィルが付いてきてくれればいいのですが…。「って、タバサを追いかけてるー!?」「ふはははは、燃えろぉ!」何故かメンヌヴィルはタバサを攻撃中。「あのロリコンめがー!」もしくは水属性のメイジが好みとか?「仕方ない…最後に取っておくつもりでしたが…。」これで打ち止めなのですよ、投げナイフ。「ナイスボート!」「ぐお!?」発動ワードと同時にナイフは加速して、今度はメンヌヴィルの背中に突き刺さったのでした。「ええい、幼い女の子をいたぶる変態趣味でもあるのですか貴方は!? もともと極めつけの変態の癖に、色々終わっている変態の癖に、そこまで行くともう正直救いようが無い変態なのですよ! 変態!大変態!変態大人!」兎に角挑発しまくらないと、どうにもならないのです。「貴様を追いかけると、何か良くない事が起きそうだったのでな。 あと変態変態言うな、地味に傷つくわ!」「きゃあぁぁっ!?」でっかい火球が私の方に向かって飛んできましたが、何とか回避に成功しました。「私の方が年上。」隙を見てこちらにやってきたタバサが、恨めしそうな視線を送っているのです。「私は、年上の、お姉さま、わかる?」そして何という圧迫感…何という王家のオーラの無駄遣い。「わ、私の方が幼いのです、タバサ姉さま。」「ん。」実はかなり気にしていましたか、タバサ…可愛いのに…。「そ、そんなわけで!おとなしく追いかけてくるか逃げるか、どちらか選択なさい! ちなみに逃げるという選択肢が、超オススメなのです。」後顧の憂いは残りますが、逃げてもらうのも一つの選択肢なのです。「タバサ、逃げますよ!」「ん。」メンヌヴィルが選ぶ前に、私達は当初の目的地へと逃げ始めたのでした。「ハハハ、せいぜい逃げるが良い!」背後から数個の火球が迫ってくる気配…いやほんと、何処まで底なしなのですか、この人。「ウインディ・アイシクル!」タバサの氷の矢が、メンヌヴィルの火球の軌道をちょっぴり逸らし、それで直撃を防いだのでした。「流石タバサ、上手いのです。」「ん。」杖さえあれば、私も何とか出来るのに…もどかしいのですよ。《三人称視点》一方その頃、キュルケはというと…。「あら、ミスタ?」「はは、挟まれてしまってね。」罠にかかったコルベールを発見していた。「何か君達の助けになればと思っていたんだが。」「ブレイド。」キュルケはブレイドで杖に刃を作り出し、罠を切り裂いた。「そんな軍用魔法を何故使えるのかね!?」壊れた罠から脱出したコルベールが、キュルケに少々驚いた視線を送る「ケティ直伝ですの…彼女は調理魔法だと言っていましたわ。 切れ味よし、刃に食材がくっつかないし、何より洗わなくて良いって。」キュルケは何を気にするでも無い風に言ってのけた。「成る程、切れ味のいい刃を作る魔法ならば、包丁の代わりにも出来るか。 彼女は本当に、気持ち良くなるくらい魔法を道具として扱うね。」「…私は正直感心しませんわ、あの子のああいう所は。」キュルケの顔は少々渋い。「彼女から色々と教わっているのにかね?」コルベールはびっくりしたようにキュルケを見た。「言い方が悪かったですわね…私が感心しないのは、彼女の魔法に対する姿勢ではなく、それを殆ど隠そうとしていない所ですわ。 解釈によっては異端審問官を呼ばれかねませんもの、それが心配で…。」キュルケのその言葉を聞いたコルベールは、思わず微笑んでしまった。「君は、本当に友達思いの素晴らしいレディですね。」「あ、あら、お上手ですわね。」思わぬコルベールからの賛辞に、キュルケは頬を赤らめた。「いえ、君がミス・ロッタの事をとても深く思いやっているのが良く分かりますよ。」教え子が友人を思いやる気持ちが嬉しくて、微笑みが止まらないコルベール。「もうっ…恥ずかしいので、そのくらいにして下さいません?」更なる畳み掛けで、真っ赤になったキュルケが弱々しく抗議した。元来少々露悪傾向のあるキュルケは、どストレートな賛辞というのが物凄く苦手だったりする。気障ったらしい御世辞なら幾らでもいなせるのだが…意外と恥ずかしがり屋なところもある彼女だった。「そんな事より、早く行かないとケティが危ないわ!」キュルケはケティとタバサが一緒に逃げている事を知らなかった。「ミス・ロッタが? 彼女はいったい、何をしているのかね!?」コルベールは驚いた顔でキュルケに聞き返す。「私達の策が力業で打ち破られましたの。 ケティは白炎のメンヌヴィルを引きつける為に…。」「何だって!? 場所は、場所は何処かね!?」コルベールはキュルケの肩を掴み、真剣な瞳で尋ねた。「でも、先生が行っても…無茶ですわ。」コルベールは火メイジでありながらいつも穏やかで平和を愛する人であり、今回の出征にも参加していない。出征への参加を断られたキュルケは、行ける身でありながらそうしない彼を公然と罵倒したこともある。「私は教師だ!無理だろうが無茶だろうが、親御さんから預かった生徒の身を守る義務がある! 案内したまえ!」「は…はい。」コルベールに気圧されて、コクコクと頷くキュルケだった。《ケティ視点》「ぜーはー、ぜーはー…。 焦げる、焦げてしまう…。」目的の場所までもう少しですが…あの変態、ポンポン火球を撃ちすぎなのですよ。私が今までクリアしたSTGはダライアス外伝しかないのですから、もう少し控えて欲しいものなのです。「ちょっと、危なかった。」先程から何度も近くで爆発が起きたせいか、矢鱈と真っすぐ伸びる傾向のあるタバサの髪がボンバーな感じになっているのですよ。多分私も似た感じになっているのでしょう。「ふはははは!」またもや大きな火球…底無しですか、あの変態。「いったい何なのですか、あのワンマンアーミーな変態は。」「底無し過ぎる…少し変。」そりゃまあ変態ですから、変なのは当然なのですよ。「そういう事は言っていない。」「心を読まれた!?」タバサ、何時の間にそんな高等技術を。「声に出ていた。」「おやまあ。」流石に少し疲れたかもしれないのです。「…まあ確かに、幾ら魔力があるとはいえ、底無し過ぎますね。 水の秘薬か何かで魔力容量を一時的に増大させているのだとは思いますが。」モンモランシーか姫様に聞けば何かアドバイスの一つも貰えたかもしれませんが、居ない人の事を考えてもしょうがないのですね。「タバサ、何か思いつきませんか?」「秘薬作りは苦手。」タバサは実戦一辺倒の環境でしたから、しょうが無いのですね。「それは兎に角、何とか着きましたね。」「ケティの杖が無い。」ふふふ、心配ご無用。「こんな事もあろうかと、この場所に予備用の杖を隠しておいたのです。」草むらの中を探ると木箱が一つ…かなり久しぶりですが、私のもう一つの杖の出番なのです。「これぞ私の予備用の杖なのですよ。」タバサはその「杖」をじーっと見ているのです。「何か問題が?」「派手。」まあ確かに魔女っ子が持っていそう…と言うか、多分あっちの世界から何かの手違いで送られてきた玩具の魔法の杖ですが。全体的にピンクですが、星とか付いていますが、しかも星が回りますが、やたらと装飾がきらきらしていますが、電池が残っていればボタンを押すと半濁音の多い呪文が流れると思いますが。闇市で売っていたコレを買って、コレで魔法使ったら魔女っ子気分で面白そうだなーって理由だけで予備の杖にチョイスしたものですが、ええ、ええ。「タバサ、もう一度聞きます…何か問題が?」「…人それぞれ。」タバサは目を逸らしながら、そう答えてくれたのでした。放って置いて貰えると有り難いのです…正直、ちょっぴり後悔しているのですから。「…ここが終点か?」煙の中からゆっくりと現れたのは、白炎のメンヌヴィルこと変態なのでした。「ええ、ここが貴方の人生の終点なのですよ。 今日で一生分の魔法を撃ち尽くしたのでは? もうそろそろ良いでしょう。」「ほざけ小娘、その星なんか付いたファンシーな杖持って何をしようというのだ?」…うう、この杖じゃあ嫌味もいまいち決まらないのです。「こうするのですよ…発火!」呪文とともに錬金で作っておいた仕掛けが発動し、学院の壁が燃え始めたのでした。「炎の壁か…考えたもんだな。」メンヌヴィルは余裕の態度を崩しません。「ええ、考えたでしょう? ついでにこんなんどうでしょう…炎の壁!」「小娘、何をした!?」こうかはばつぐんだ。炎の壁で私とタバサを挟んで、そろりそろりと移動…。「そこかぁ!」ばれたー!?ごく僅かな温度の差を見ましたか?「くっ、南無三。」責めてタバサだけでも助けようと覆い被さりましたが…火球は全然違う場所に当たったのでした。「…効いてる。」「…そのようなのですね。」正確に距離と熱量を測れるとは言っても、距離に関しては矢張り目の域は超えませんか。…とは言え、近づき過ぎたり近づかれ過ぎたりすれば無理でしょうけれども。「ではタバサ、そろーりそろーり移動しつつ、攻撃しましょう。」「ん。」反撃開始なのですよ。何だか杖が柔らかくなってきているので、なるべく早く、かつゆっくり…。「よし、一発いってみましょう。」「ん。」タバサが呪文を唱えると…。「そこかぁ!」こっちを向いたメンヌヴィルが、すかさず火球を放って来たのでした。「中止!」「ん!」タバサが魔法を中止し、炎の壁と一緒に別方向に逃げたのでした…が。「氷の魔法とこの戦法は、相性がものすごく悪い。」タバサの顔に浮かぶ汗は、たぶん暑さのせいだけではない筈なのです。「氷の魔法は温度を下げますからねぇ…。」多分、タバサが魔法を唱えている部分の温度が一気に下がって、そこがメンヌヴィルには良く見えたのでしょう。「風の魔法で行ってみる。」温度に干渉しない風の魔法なら何とかなるかもしれませんね。「はい、じゃあもういっちょ行ってみましょう。」「ん。」タバサが呪文を唱えると、風が巻き始めて…。「あちゃ!あちゃちゃ!?」「そこかぁ!」火が風に巻きこまれてこちらに迫ってきたうえに、メンヌヴィルの火球が飛んで来たのでした。「中止!」「ん!」メンヌヴィルの火球をかわしつつ、また移動をしますが…。「まさかこの戦法とタバサの相性がここまで悪いとは…。」「さすがに予想外。」何という八方塞…そしてクニャリと熱で曲がりつつある杖…。「ひょっとして、絶体絶命だったりしますか?」「ひょっとしなくても、絶体絶命。」熱い筈なのに、冷汗が止まらないのですよ。私は兎に角、タバサが死んだらガリアの未来が…。「やれやれ、ここらが死に時…という事でしょうか?」私は本来の物語では、どうせモブキャラ。「短い人生だったのです。」モブならモブらしく、死亡フラグ立ててメインキャラ守って果てる事にしますか。「唐突ですが、私この戦いが終わったら、故郷に戻って結婚する事にしようかなと。」「誰と?」はて…?故郷の男と考えたらパウルとか?無い無い…。「冗談はこのくらいにして…タバサ、私が盾になりますから、貴方だけでも逃げ…。」「蛇炎よ。」蒼い炎が、蛇のようにくねりながら、メンヌヴィルに襲い掛かったのでした。「ぐっ、この炎はまさか、隊長か!?」纏わり付こうとする炎を火球で払い除け、メンヌヴィルは周囲を見回します。「両目の光を奪えば、何も出来んと思ったのだがな…褒めてやろう若造。」立っていたのはコルベール先生、しかしいつもとは纏っている雰囲気が段違いなのです。近づけば燃えてしまいそうな殺気が、周囲を圧倒している…。「やはり隊長か!俺は運が良い、こんな所であんたに逢えるとは。 俺はずっとあんたに会いたかった、あんたを探していた、ずっとあんたを…燃やしたかったんだ!」メンヌヴィルが明らかに喜んでいるのです。「うわー、やっぱ変態…。」ドン引きなのですよ。「コルベール先生、何者?」タバサが私に尋ねてきました…私は何でも知っている事前提ですか、そうですか。確かに知っていますけれども。「彼はトリステイン魔法研究所実験小隊の元隊長なのです。 今はジャン・コルベールと名乗っていますが、本名はフランソワ・ミシェル・ル・テリエ。 ガリア貴族ルーヴォワ候の弟です。」取っ掛かりさえあれば、色々と調べることが出来ます…流石に名門ガリア貴族の出身だとは思いませんでしたが。いったい何が原因で家から出て、汚れ仕事をすることになったのだか。「…調べ過ぎ。」「タバサにこの件を話しておけば、後で色々と面白いかなーと思いまして。」そう言ったら、タバサから返って来たのは溜息でした…。「未来は不確定だし、私は王になるつもりなんて、無い。」《大公爵じゃ不満だ、けれど国王なんて野暮なお仕事はジョゼフにお似合い、我が名はタバサ》とか言うフレーズが不意に浮かびました。いやまあ、あれだけ王位継承の血みどろごたごたに巻き込まれたら、嫌気もさして当然ではありますが。「大丈夫だったケティ、タバサ!?」キュルケが私たちの方に走ってきたのでした。「まあ、何とか…しかし強いですね、コルベール先生。」炎の色は青ながら、白炎を用いるメンヌヴィルに一歩も引かないというか、むしろ押しているように見えるのですが。「コルベール先生と拮抗している今が反撃の好機、さあ、行きましょ…あら。」杖を振った途端に、融けて弱っていた杖の前半分がボロッともげたのでした。杖、ご臨終…つまり、私は再びただの小娘に逆戻りというわけで。「…頑張ってください、キュルケ、タバサ。」『ずこー』二人がずっこけたのです。ああもう、今日は厄日か何かですか。《三人称視点》「両目の光を奪えば、何も出来んと思ったのだがな…褒めてやろう若造。」そう言った男の声を、温度をメンヌヴィルは覚えていた。「やはり隊長、ル・テリエ隊長か!俺は運が良い、こんな所であんたに逢えるとは。 俺はずっとあんたに会いたかった、あんたを探していた、ずっとあんたを…燃やしたかったんだ!」どうにも隠し切れない喜悦が含まれた声とともに、メンヌヴィルは火球を撃ち放った。「うわー、やっぱ変態…。」ケティがシリアスブレイカーっぷりを発揮しているが、二人の男の耳には入っていない。「私の教え子達に、よくも好き勝手やってくれたものだ。」火球を炎の蛇が喰らう。煤塗れでぼろぼろのケティとタバサを横目でちらりと見てから、コルベールは怒りの視線をメンヌヴィルに向ける。「何だと、あんたが先生!?あんたが先生か、そりゃ面白い、そりゃ傑作だ!」メンヌヴィルはいかにも可笑しいといった風情で、笑い始めた。「一番縁遠い、一番向かない職業だろう、あんたは燃やす事しか出来ない、破壊する事しか出来ない、そんな人間の筈だ。」「そんな事ありませんよ、コルベール先生は時々激しく脱線しますが、基本的に良い教師なのです。 論理的に魔法を使用することにかけては、この学院で一番の教師なのですよ。 …もっとも、論理的に魔法を使うという事に価値を見出している生徒が少ないのが、問題ではありますが。」メンヌヴィルの言葉に、ケティが反論した。「いいや、お前らはこいつの価値を知らん、こいつの真価をな。 よく聞け、こいつは元魔法研究所実験小隊の隊長、フランソワ・ミシェル・ル・テリエだ。」「私はトリステイン魔法学校の教師、ジャン・コルベールだ。」コルベールはグッと杖を握り締める。「いいや、さっきの炎を感じてわかったよ、あんたは何も変わっちゃいない。、あんたはル・テリエ隊長だ。 蒼炎のル・テリエ、蛇炎のル・テリエ、灰のル・テリエ、無情にして無感動、任務を淡々とこなし、相手が女子供だろうと気にもかけない、生けるゴーレムと言われた男だ。 お前らは、そんな男を教師と呼んでいるんだよ!」喜悦の表情を浮かべたまま、メンヌヴィルはぶちまけた。「ンな事、前から知っているのです。 ついでに言えば、ガリアの名門出だという事も把握済みなのですよ。 そんな既知の情報をいちいち偉そうに話すな、なのです、このド変態。」「ん。」ケティとタバサは聞き流した。「ええっ、何ですって!?」結果としてキュルケだけがびっくりすることになった。「って、私だけ仲間はずれ? 謎の情報網持ってるケティは兎に角、タバサまで。 私たちの友情はどこに行ったのかしら!?」二度びっくりのキュルケ。「ついさっき、ケティから聞いたばかり。」「それなら、仕方が無いわね。」タバサの言葉に納得した表情で、キュルケは頷いた。「ケティ、そういう重要な情報は、びっくりする前に教えて。」「無茶言うなー、なのですよ。」ケティはツッ込みながらボヤいた。「君達はあまり驚かないのだね。」「軍人が仕事をして何が悪いのですか? 勤勉が罪だなどという話は、聞いた事が無いのです。 先生がダングルテールの件で実行部隊の隊長だったから、それが何なのですか? 悪いのは指揮系統に介入して、無茶苦茶な命令を出させた者でしょう。 罪は既に裁かれ、先生には裁かれるべき罪などありはしません。」ケティはそう言って、うんうんと頷いた。「あー…私はよくわからないけれども、この子が先生に罪が無いって言うならそうなんでしょ。 この子は肝心な所でドジだけれども、こういう時は大抵正しいもの。」「ん。」「肝心な所でドジ…。」キュルケがそれに続き、タバサも同意するように頷き、ケティは肩を落とした。「うぅ…そんなわけで、三人とも頑張ってください。」「予備用の杖折っちゃうとか、本当にドジよね。」それを聞いて、ケティは更に肩を落とす。「ううぅ…役立たずで申し訳無いのです。」「いいこいいこ。」落ち込むケティの頭を、タバサが撫でていた。「コルベール先生となら…。」「君たちは逃げなさい。」ケティが何かを言おうとしたのを遮って、コルベールはそう言った。「で…ですが。」「私は普段はうだつの上がらない教師だがね、時にはこうやって教師らしく生徒を守って見せなきゃいかんだろう? だから私にまかせたまえ、なんとかしてみせる。」 そう言って、コルベールは薄く笑った。「それに、杖が無い君がここに居ても仕方が無いだろう?」「う…わ、わかりました、では後ほど。」ケティは一瞬の逡巡の後、コルベールの言葉に従った。「ミス・ツェルプストー、ミス・タバサ、君達もだ。」「でも私たちは…。」キュルケはまだ戦えると言おうとしたが、コルベールに手で制された。「ミス・ロッタを守ってやってくれ、彼女は今何の力も持たない身だ。 それに、将来私の重要な出資者になってくれるかもしれない人なんだよ。」「わかりました。」タバサはコクリと頷いた。「キュルケも。」「え!?あ、うん。」何だかんだいって一番場慣れしているのはタバサであり、いつも保護者風な二人を先導して連れて行くことになったのだった。「…追いかけないのかね?」「ああ、どうもあの娘に関わると調子が狂う。 それに追いかけさせるつもりも無いんだろう?」口はにやけつつも、メンヌヴィルの目は笑っていない。「後な、長年追いかけていたあんたが此処に居るんだ、仕事を放り出してでも決着をつけたいあんたがな! こんな好機は多分もう二度と無い…さあ、此処から先は殺し合いだ、楽しい楽しい殺し合いの時間だ、さあ一緒に楽しもうぜ、ル・テリエ隊長!」メンヌヴィルが杖を振り上げると、無数の火球が形成された。「生憎、私には殺し合いを楽しむ感性は無いな。」コルベールが杖を振るうと、蒼い炎の蛇が形成された。「それにな、もうル・テリエなどという男は居ない。 私はジャン・コルベール…トリステイン魔法学院の教師だ!」「名などどうでもいいさ、此処にあんたが居て俺が居る。 それだけで十分だ、それだけで戦う理由としては十分だ。 さあ、燃えろ隊長!」火球が一斉にコルベールへと迫る。「小手調べか?」それを炎の蛇が薙ぎ払った。「甘いな!」メンヌヴィルの火球は炎の蛇を避けるように動く…かなりの数があるにも拘らず、彼はそれを制御して見せていた。「火球の動きを制御しているのか…なるほど。」コルベールが杖を振ると、炎の蛇は四方八方に枝分かれして逃げ回る火球を次々と喰っていった。「大道芸だけは上手くなったようだな、メンヌヴィル?」コルベールの声からは先程まで生徒達に向けていた温かみは消え去り、高山の氷河にあるという割れ目のごとく深く暗く冷たく響いていた。「そういう大道芸なら、そら…。」炎の蛇からかなりの数の青い火球が分かれて飛び立ち、メンヌヴィルに襲い掛かった。「なんの!」メンヌヴィルも素早く火球を形成してコルベールの火球を迎撃した。「こういう大道芸で良いのだろう?」しかし迎撃用の火球はコルベールの火球に避けられる。「私が蛇の形に炎を維持しているのは、伊達ではないのだ。」「ぐぁっ!?」メンヌヴィルは何とかかわすが、それでもあちこち焦げていた。「現役を退いて、腕が鈍っていたとでも思っていたか? この私が?有り得んな。」炎の蛇がゆらゆらと威嚇するように、メンヌヴィルに向かって口を開く。「生憎炎の記憶はあの日以来鮮明なまま…この力は私の罪の証、私が罪を忘れぬ限り、我が罪が雪がれぬ限り、力が衰えるなどあってはならぬのだ。」凄まじい気迫が、コルベールから放たれている。「私はあの日以来、人を殺していない。 残念だ、非常に、残念だ、残念で堪らない。 私は人を殺す事以外に我が炎を役立てようと志を持ち、人を育てる事、人に役立つ事をする為にこの学院の教師となったが、まさかその志の為にかつての部下と、それも光を奪って無害化したつもりだった部下と殺しあう事になろうとはな。」「ぐ…。」余りにも圧倒的な気迫に、メンヌヴィルは身動きをとることも叶わない。「だからだ、逃げるのであれば許そう、追わないでいてやろう。 人を育て役立つ志の為に躊躇無く人を殺すのでは、本末転倒だからな。」そう言って、コルベールは気迫を緩めた。「あんたは矢張り衰えたな…。」「何?」メンヌヴィルの周りに無数の火球が形成されはじめた。「力は衰えちゃいない…だが、貴方は人を殺すモノとして衰えたんだよ。 軍人ではなく、教師になったことでなぁっ!」「愚かな…。」メンヌヴィルから放たれた火球が、次々とコルベールに襲い掛かるものの、コルベールの炎の蛇はそれを喰らい巨大化していく。「では、死ね。 自らの白炎でな。」炎の蛇が巨大な白炎の球を吐き出した。「ぐあああああああぁぁぁぁぁっ!?」メンヌヴィルは炎の壁を張って防ごうとしたものの破られ、燃え上がりながら吹き飛ばされる。「お…俺は、あんたを殺す、あんたを殺して決着をつけると、あんたに光を奪われて以来ずっと思いながら生きてきたんだ。 死んで、死んでたまるか、死ぬのはあんただ。」全身焼け焦げよろめきながらも杖を手放さず、呪文を唱えて火球を形成しようとするメンヌヴィル。「もう良いんだ、もうやめろ。」コルベールの炎の蛇が消えた。「殺す、殺す、殺す。」「仕方が無い、せめて即死させてやろう。」コルベールは自らの奥義、《爆炎》の呪文を唱え始めた。この魔法は性質上、自分の周りに炎を形成できない。だから、コルベールは炎の蛇を消したのだった。「では、安らかにし…なにっ!?」突然、どこからとも無く突風が吹き荒れ、錬金で気化した燃料を吹き飛ばした。「死ね!」「ぐはぁっ!?」炎の蛇を消していたコルベールは、まともにメンヌヴィルの火球を喰らい、吹き飛ばされた。「い…今の風は、一体…?」「あいつめ、見ていたか…余計な真似をしやがって。 まあいい、これもまた勝負だ。 そんなわけで隊長、あんたはここまでだ、これが決着だ、死ね。」メンヌヴィルは巨大な火球を形成し始めた。「骨まで燃え尽きろ。」「ここまで…か。」炎の蛇は攻防共に便利なものの、詠唱に時間がかかるのが難だった。つまり、もう間に合わないのだ。「これでけっちゃ…。」メンヌヴィルが火球を放とうとした寸前、《タァン!》という乾いた音が響き渡った。「…く?」メンヌヴィルの胸から血液が噴出し、そのまま倒れた。「これでもう一人…。」茂みの中から、ずぶ濡れになったアニエスが現れた。「水に濡れた羽根布団を二枚、その上茂みの中。 ここまでやって、ようやく上手く隠れおおせることが出来たか。」そう言いながら、アニエスは身動き一つしないメンヌヴィルのもとへと歩いていく。「即死か、我ながら上手くやれた。」メンヌヴィルの死亡を確認すると、アニエスはコルベールの方に向き直った。そして、銃を向ける。「貴殿がダングルテール虐殺の実行責任者、魔法研究所実験小隊の小隊長フランソワ・ミシェル・ル・テリエだったとはな。」「ああ、君は…。」コルベールは納得したように頷いた。「その通り、私はダングルテールの生き残りだ。 名前はアニエス・ド・ミラン、陛下のシュヴァリエである。」「そうか、私はそろそろ終わりのようだ…その前に復讐を果たしたまえ。」コルベールはそう言ったが、アニエスは首を横に振った。「私が陛下から承った命令に、トリステイン魔法学院の教師を殺せなどというものは入っていない。 私は軍人だ、しかも陛下のシュヴァリエだ、私情のみで人殺しはしない…貴方と同じだ。」「しかし、私は君の…何をするのかね?」アニエスはコルベールを抱き起こすと、首の辺りを確認する。「矢張りな、貴方は私のかたきで同時に恩人だ。」「何の事かな?」コルベールは視線を逸らす。「あの日の記憶にな、首に貴方と同じ火傷を負った男に背負われた記憶がある。」「私の記憶には無いな。」アニエスの言葉に首を振るコルベール。「それとな、私は14歳まで孤児院暮らしだったのだが、その孤児院には私宛で毎年多額の寄付が送られていたそうだ。」「そうか。」コルベールはそう一言呟いただけだった。「そのせいで私はどこかの貴族のご落胤と勘違いされていてな。 おかげで平民の子しか居なかった孤児院に居づらくなって、私は飛び出し、傭兵になった。 貴殿であろう、空気読めない寄付を行っていたのは?」「そ…それは、何というか、すまない。 私は魔法とからくりいじり以外はとんとからっきしでね、そうか、それで…。」コルベールはあっさり白状した。「まあいい、全ては終わったのだ。 卿は任務だから殺した、私は任務外だから殺さない、それが軍人だ。 …今、信号弾を打ち上げる。」そう言うと、アニエスは紫色の弾頭が付いた弾丸を銃に装填し、天に向かって撃った。しゅるしゅると上がっていった弾丸は、破裂して紫色の煙となった。《ケティ視点》「信号弾紫…負傷兵回収要請の信号弾なのですね。」ここに負傷者が居るぞと絶叫しているような信号弾なので、戦闘が完全に終了した後でないと使われない信号弾でもあります。「モンモランシー、行きましょう。」「やっと出番というわけね…くくく、王室に請求し放題ならじゃんじゃん使うわよ、秘薬。」モンモランシーがばさっとマントを翻すと、その裏には無数の薬瓶が…。「何なのですかモンモランシー、そのマントの下の無数の薬瓶は…。」「これは当家の軍装用マントよ。 モンモランシ家の人間たるもの、何時如何なる時でも誰の治療でも受けなければならないの。 ただし、報酬をきちんと払ってくれる場合に限ってね…かつては戦争になると自前の騎士団率いて戦場を縦横無尽にタダで治療して回っていたのよ。 でも今はお金無いから…みんな貧乏が悪いのよ。」モンモランシーがたそがれているのです。いやしかし、モンモランシ家にも気前の良い時代はあったのですねー。「では、さっそく行きましょう。」「ええ。」杖も何とか見つけましたし、魔法も使えるようになりました…とは言っても私は治癒は使えないわけですが。「キュルケたちも行きますよね?」「今、負傷者の治療中だから、この人が終わったら行くわ。」負傷者の手をミイラにするつもりですか、キュルケ?「同じく。」タバサは治癒の呪文で、負傷者を癒しています。「では、後で会いましょう。」「ええ、すぐ行くわ。」「ん。」私とモンモランシーは先生たちが居ると思しき場所まで向かおうとしたのですが…。「よう、久しぶりだな。」「な…あ、貴方は…。」羽付きの気取った帽子に胡散臭い髭。「わ、ワルド卿!?」「構えるな、今日は戦うつもりは無い。」そう言って、ワルドは懐に杖を仕舞ったのでした。「何この伊達男?」「この方は私が対応しますから、モンモランシーは先に信号段が打ち上げられた場所へ。」ワルドから視線を外すわけには行きません。「わ、わかったわ、気をつけてね。」「はい、貴方こそ気をつけて。」モンモランシーは走り去っていきました。「…で、何のようなのですか?」「何の用か、か…。」ワルドはつかつかと私の方に向かって歩いてきたのでした。「な、なぜ近づいて来るのですか…?」よくわからない迫力に気圧されて、壁際に追い詰められてしまったのでした。「ふむ、なぜか…か? すぐわかる。」「な、何…。」ワルドは私のあごをぐいっと掴んで…。「むーっ!?」そのまま私の唇を奪ったのでした。