「最近、影が薄い気がする…デルフ並みに。」ヴュセンタールに曳航される浮遊筏に敷設された格納庫内で、蒼莱の整備をしながら才人がぼそっと呟く。「それは色々と酷ぇよ、相棒。」操縦席に入れっぱなしになっているデルフリンガーがボヤく。「唐突に何言ってんのよ、あんたは…。」右手の人差指一つだけで体を支えて逆立ち腕立て伏せしながら、ルイズはツッ込んだ。「俺はルイズが何やってんのかの方が不可解だよ。」つーか、いったい何処に行く気なんだルイズと内心思いつつ、溜息を吐く才人だった。「後な、スカートで逆立ち腕立て伏せはヤメレ、見えてんぞ。」「これ、『ブルマ』だから、ケティのところの発明品だから。 パンツじゃないから恥ずかしくないもん。」ルイズは涼しい顔で逆立ち腕立て伏せを続ける。「しかし提灯ブルマとはマニアックな…何で普通のブルマとかスパッツじゃないんだ?」才人から見れば、例えパンツじゃ無くても逆立ちで全開なルイズの白い太股が眩しい事に変わりは無い。ちなみに何で普通のブルマやスパッツじゃないかというと、伸縮性に富んだ生地が見つからなかったからというのに尽きる。ゴムが無ければ作った提灯ブルマとて紐パン状態だったのだが、何故かハルケギニアにはゴムが存在するので、見事な提灯ブルマとなった。ゴムの木は温暖なロマリア半島でしか栽培できない為、莫大な利益を生み出しており、ロマリアに乱立する都市国家群における戦争の原因は大抵ゴム利権に起因するものである。『ゴム野郎』といえばロマリア人に対する蔑称でもあるくらい、ゴムはロマリアを支えている…現状どうでも良い話だが。「ん?何か言った?」「…いいや、何でもねえ。 パンツじゃないなら、確かに問題無いな、うん。」久し振りに己の欲望にちょっぴり正直になってみた才人だった。あんな超人的な事をしつつも、ルイズはムキムキマッチョになったりはせず、相も変わらずガラス細工みたいに華奢。多分、虚無の効果がアレでナニな感じで、ルイズの体が飛躍的に強化されているのだろうとケティが言っていたのを思い出す。虚無万歳と内心思いつつ、才人は整備作業に戻った。「ねえ才人、ケティ達今どうしているかしら?」「昨日手紙が来てたじゃねえか。 お菓子食ったり軍事教練したりしてんじゃねーの?」口に出すと落差が凄まじいなと思いつつ、才人はワイヤーのテンションを確かめる。ガンダールヴの能力の凄まじいところは、触った武器の扱い方全般…つまり、戦い方だけではなくメンテナンスまで教えてくれる所だったりする。工具は今のところ、ケティの姉のエトワールに作って貰ったプラスとマイナスのドライバーにモンキーレンチ大中小のみだが…。「楽しそうよね、お菓子パーティーとか…なのに私は軍艦でむさい男ばっかで、材料が保存食ばかりなせいでシエスタの作った料理も微妙で。 お風呂はこの筏に取り付けてある小さいのでないと入れないし…。」貴族ばかりのお嬢様生活から、庶民でもちょっときつい軍艦暮らしが何日も続いたせいかルイズは少し煤けていた。毎日パンと干し肉のスープと野菜の酢漬けばかりでは、大貴族の娘であるルイズにはちときつかった。ちなみに小さいとは言え風呂はかなりの贅沢装備なのだが、これもやはりルイズは気づいていない。「あー…あの飯は確かに飽きてきたかもな。 でも風呂はあのくらいの方が落ち着くぞ、俺は。」ちなみに才人も、そのあたりの事情には気づいていない。普段は少し鈍いというのもあるが、何だかんだ言って才人も世界屈指の先進国で生まれ育った身、つまり現代の貴族なのだ。「えー…? お風呂場って言うのはもっとこう、泳げるくらい広くないと…。」「どんだけ金持ちだよ…って、ツッ込むだけ無駄だったか。」才人が思い出したのは、屋敷に移動するだけで半日以上かかる領地に、学院なんか目じゃない規模のバカでかい屋敷。アレだけでかい屋敷なら、間違い無く風呂もでかいだろうなと才人は考えた。「何遠い目してんのよ?」「いや、格差社会の不条理って奴をな、ちょっと考えていたんだ。」あれほど大きな屋敷は、日本にいた時も見たことが無い。すげえ所のお嬢様なんだよなー…とか、才人は考えていた。「お前って口より先に手と足が出る凶暴な生き物なのに、あんなでかい屋敷のお嬢様なんだもんなー。」そんでもって、思わずポロッと暴言が…。「誰が口より先に手と足が出る凶暴な生き物よっ!?」「もけけぴろぴろっ!?」ルイズの肘打ちが才人を吹き飛ばした。「け、結局、手…出てるじゃねえか…。」「これは肘よ、手じゃないわ。」おおルイズよ、それは詭弁だとか思いつつ、才人は意識を手放した。「ひぇくち!」マリコルヌ・ド・グランドプレは何も見えない闇を見つめながら、くしゃみをした。「うー…寒い。」純情可憐な(ように見える)姫様の姿に感動し(コロッとだまされ)て勇んで志願したのは良いものの、いざ軍に来てやった事といえば甲板掃除とか甲板掃除とか甲板掃除だった。甲板掃除意外だと、今みたいに見張りだけ。「我慢我慢、戦争行って帰れば女の子にモテる戦争行って帰れば女の子にモテる戦争行って帰れば女の子にモテる…よっしゃ漲って来たぁ!」「喧しい!」マリコルヌは隣にいた先任下士官に思い切り拳骨を喰らった。「な、何するんですか!」「貴様!大声を上げて、もし敵に見つかったらどうする!?」先任下士官はカンカンだった。「ひぃ、すいません!」怒らすと余計殴られるのは目に見えていたので、マリコルヌは思い切り謝った。「でも先任、何故自分の傍に?」「いやだって貴様、さっきから定期的に奇声上げておるだろうが…。」先任下士官はマリコルヌを半眼で見る。「す、すいません、でも何か楽しい事を考えないと不安で。」「楽しくなると奇声を上げるのか、貴様は…。」先任下士官は、呆れたように首を振った。「てっきり不安になって奇声を上げているのかと思っていたぞ。」「あ、心配してくださったんですか?」マリコルヌは思わず笑顔になって先任下士官を見た。「ふん…それが俺の仕事だからな。 じゃあ俺はもう行くから、見張りをしっかりと続けろ。 それと、以降見張り時には楽しくなるな、これは命令だ。」「え?あ、はい、わかりました。」マリコルヌは楽しくならないようにするってどうやるんだとか思いつつ、敬礼した。「それにしても、何も見えないわ、寒いわ…きっついなぁ。」あまりにつまらないので、学院の女子の裸とかを妄想してみるマリコルヌ。「裸…裸…うーん、そういえばこの遠征にはルイズも来ていたんだっけか?」ルイズを脳内で裸にしてみようとしたマリコルヌだったが…。「よく考えたら女の子の裸を見たことが無い。」それはルイズの顔が付いた男だった…男の体というか、よく一緒に風呂に入りに行くギーシュのだった、小さかった。「うほっ!…じゃなくて、女の子の裸だろ、うーん、裸婦画とかを参考にイメージ、イメージ…。」めっちゃグラマラスなルイズになった。どう考えても色々とおかしかった。「これはルイズじゃ無いだろ、常識的に考えて…。」闇の中に、マリコルヌの独り言が消えていったのだった。「くっちゅん!?」「お、どうしたルイズ、風邪か?」くしゃみをしたルイズに、才人が心配そうに声をかける。ここは格納庫の一部を作って作られた部屋、その中でルイズと才人とシエスタの三人が食事を取っている。最初はルイズのテーブルは才人とシエスタの使うテーブルとは別だったのだが、才人とシエスタが談笑しつつルイズがハブられるという酷い構図が出来上がった為、全員一緒に同じテーブルで食べる事になったのだった。「それはいけませんわ、滋養の付きそうなものを食べなくては。」「へ?そんなんあるの?」ずーっと同じメニューだったので、それ以外無いと思っていた才人だった。「ええ、才人さん達に食べさせてあげてくれって、ミス・ロッタが私に。」できれば、才人さんにミス・ロッタの料理は食べさせたくなかったんですけれどもねーとか黒い事を呟きながら、シエスタは立ち上がった。「これ、瓶詰めっていって、食べ物を長期保存できるらしいんですよ。」シエスタはいくつかの大きな陶器製の瓶を取り出した。瓶の口の部分は、蝋で厳重に封印されている。「これが煮込みハンバーグで、こっちがゆで卵の牛骨スープ漬け…。」「煮込みハンバーグ!」才人はハンバーガーが好物であり、勿論ハンバーグも好物だった。「あー言っていました、これにサイトさんは食いつくだろうって。」シエスタはあははと笑い始める。「完全に行動パターンを読まれているわね、サイト。」ルイズもニヤニヤしている。「じゃあシエスタ、私はその煮込みハンバーグを戴くわ。」「お前は鬼か!?」才人はこの世の終わりみたいな表情になって、ルイズにツッ込んだ。「大丈夫、煮込みハンバーグとやらはたぶん、三人分入っている筈よ。 だからこそ瓶は大きい…そうでしょシエスタ?」ルイズはニヤニヤしたままシエスタにそう言って、ウインクした。「はい、ミス・ロッタもそう仰っていましたわ。」シエスタも笑いながら頷いた。「何だ、だったらいいや。」安心したように才人は席に座りなおした。「あのケティがそのあたりぬかる訳が無いじゃない?」「いや、結構うっかりしてるだろ、ケティ。」部屋の鍵がかけられておらず、何度か裸を見てしまった才人としては、少々頷き難い。「ケティのうっかりしている所を見られるなんて、やるわね。」「で…サイトさん、ミス・ロッタのうっかりしていた場面って、具体的には?」才人の顔から何となく察したのか、ルイズとシエスタの二人がにじり寄ってくる。「さあ、教えなさい。」「教えてください。」「うぐ…。」正直に答えたら、多分煮込みハンバーグは食えない。才人の滅多に動かない灰色の脳細胞が、物凄い勢いで回転し始めた。「あー、うー。」何も思いつかない、空回りしただけだったかもしれない。「なんだ、その、本人の不名誉になるから言えない…。」何とか搾り出せた言葉は、当たり障りの無いものだった。「却下。」「駄目です。」当然の如く却下される。「あー…なんだ、その、実は…ノック忘れてドア開けたらケティが着替え中だった事が何度か。」進退窮まって、とうとう本当の事を言ってしまった才人だった。『ほほう。』そして気温が一気に20度くらい低下。「それは、あんたが悪いでしょうが!」「不潔です!というか見るなら私のを!」「ふんぎゃー!」才人は宙を舞った。「はぁ…いやほんと、どうしようかね?」ド・ヴィヌイーユ独立銃歩兵大隊ド・グラモン鉄砲中隊中隊長と、肩書きだけなら行き成りすんごい事になったギーシュは、月を見て溜息を吐いた。ギーシュは鉄砲部隊の運用の仕方なんて知らない。「ああ、鉄砲といえば、妙な銃にケティがすりすりしていたな。 彼女なら、案外鉄砲部隊の運用とかも知っているかもしれない…とは言え、彼女は遠く離れた祖国の学院…聞きようが無いか。」ギーシュはもう一度溜息を吐いた。「ああ、しかしモンモランシーに逢いたい。 僕の可憐なる蝶モンモランシー、君は一体今何をしているのやら?」たぶん怪しい半笑いでぐつぐつと煮え滾る鍋をかき混ぜている。モンモランシーの日課は基本勉学と秘薬作りとそれを売りさばく事の三つのみ、赤貧貴族なめんな。「僕の事を想って、月を見るたび涙を流しているのだろうか?」たぶん呪文を唱えながら、時折フヒヒとか変な笑い声を発している。モンモランシーはウィッチクラフトに入ると、妙なテンションになるのだ。「ああモンモランシー、僕の可憐な蝶、泣かないでおくれ、僕もつらいんだ。 同じ月を見て僕らの気持ちは今一緒になっているのさ。」たぶん月なんかチラ見すらせず、山から取ってきた薬草や蜥蜴などを乾燥させたものを擂鉢でごーりごーりと煎じている。モンモランシーの夜に、感傷に浸る時間など一切無いのだ。「ああ、君の言いたい事はわかるさモンモランシー、僕は必ず手柄を立てて帰るよ。 そして君をまた抱擁するんだ、そして愛を囁くんだ。」たぶん煎じた粉をぺろりと味見してウヒヒヒヒとか言っている。薬を作っている時のモンモランシーは自重しない、自重しない女なのだ。「ああ、モンモランシー。」両者は思い切りすれ違いつつも、それぞれの幸福な時間に思い切り浸っている。そして両者とも自重しない…ある意味、似たもの同士な恋人だった。「中隊長、どうかしたんですかい?」中隊付軍曹のニコラがやってきた。「自分で自分を抱きしめなさって…。」「え!?あ、ああ、いや、これは恥ずかしいものを見せたね。」本当に恥ずかしい姿だが、プライドの高い貴族を刺激するような愚をニコラは犯さない。「恋人がいらっしゃるので?」今迄も上官に何人もの貴族を迎えて来たニコラにとって、さり気無い話題逸らしくらいはお茶の子さいさいだった。「あ、うん、モンモランシーといってね、水メイジなんだ。」ギーシュは香水の瓶を取り出して眺めた。「これは彼女から貰った品でね、宝物だよ。」落として才人が拾って、華麗にスルーしようとして失敗した挙句決闘になったりもしたが、あれが無ければ才人という変わった友人は得られなかったわけで、良い思い出になっている。「恋人がいるというのは、素晴らしいですな。」恋人を残して出征というと、死亡フラグだったり寝取られフラグだったりするが、その辺りはたぶん大丈夫なギーシュだった。「軍曹には奥方が?」「ええ、息子と娘もおります、宝物でさ。」ニコラは照れたように笑って見せた。「ところで軍曹、話は変わるが、その…うちの部隊の事なんだが。」「パッと見た感じ酷いでしょう? 爺さんか若過ぎるかさもなくば末生りばっかだ。」ギーシュの問いに、ニコラは頷いて見せた。「うちの部隊は元々、ガリア国境警備隊の予備部隊なんでさ。 ゲルマニア方面に良いのは殆ど持って行かれちまって、うちは殆ど出涸らし…とはいえ、使う武器は旧式とはいえ鉄砲ですから、戦いようはありまさぁ。」「へえ、鉄砲だとどう変わってくるんだい?」ギーシュはニコラに教えを求めた。「おや、貴族様が平民の、しかも下士官の俺の話を聞いて下さるので?」「貴族を舐めないで欲しいな。 戦でまともに部隊の指揮も出来ずに果てたりしたら、家名の名折れもいいところだよ。 そんな面子丸潰れの惨めな死を迎えるくらいなら、銃歩兵の扱いに慣れた熟練下士官に教えを請う事くらい痛くも痒くもないさ。 貴族は国家の為に、誇りの為に戦うべしと教えられてきた。 僕は貴族らしく、名誉ある戦いがしたい…例え果てるとしても名誉ある死を。 グラモンに生まれたものとしてね。」ギーシュは薔薇の造花をくるくる回す。「だから頼む、この素人丸出しの上官を教育してくれ。」ギーシュはニコラに頭を下げて見せた。「わかりました…そうまで言われちゃ断れねえ。 何処まで出来るかわかりやせんが、ビシバシやらせていただきやすぜ?」「ああ、よろしく頼むよ。」こんな事、才人と出会う前なら言えなかっただろうなとか、そんな事を考えながらギーシュは頷いて見せたのだった。 「潜望鏡上げよ。」アルビオン周囲に出来た厚い雲海、その中に潜む特務艦隊旗艦ゼノベ・グレイムの甲板で、艦隊指揮官ニコラス・ダース・ド・ラ・ラメー提督が呟くように言った。「潜望鏡上げい。」ゼノベ・グレイム艦長パトラッシュ・ド・フェヴィスの声とともに、雲海の上に向かって潜望鏡が伸びて行く。「対アルビオン用の秘密装備…便利ですな。 これも例のパウル商会のものだとか聞きましたが?」「うむ、長い筒と鏡とレンズの組み合わせで、船体を雲の上に出さずとも索敵が出来るとは考えたものよ。 もっとも高価過ぎてこのゼノベ・グレイムにしかついておらぬがな…さて、アバディーンには何があるかな?」ラ・ラメーは、《夜目》の呪文を自身にかけてから、潜望鏡を覗き込んだ。船の行き来に大量の風石を必要とするこのアルビオンにおいて、物資の大規模集積施設を持つ交易港の数は限られている。風石鉱山に近い浮遊島外縁部の大都市、つまりカーディフ、リヴァプール、サウスゴータ、アバディーン、エディンバラ、ニューカッスルの6つのみであり、しかもニューカッスルとエディンバラは内戦末期の激烈な攻防戦によって壊滅していた為、事実上目標は4つのみであった。「ふむ…?」今は夜中、人々もそろそろ寝静まる時刻である。港には人影は無く、停泊している船も無人のようだった。「素敵だな。」「素敵ですか?」ラ・ラメーの言葉を、フェヴィスが聞き返す。「うむ、見事に寝静まっておるな。 武人としてはいささか物足りぬが、軍人としては好機だ。」「それはまたじれったい話で…ですが確かに好機ですな。」二人は視線を合わせると、にやりと笑った。「発光信号で《全艦浮上の後、目標への砲撃開始せよ》と伝えよ。 トリステイン空軍の早撃ちを見せてやれ!」「はっ、発光信号《全艦浮上の後、目標への砲撃開始せよ》送れ。」発光信号によって艦隊は上昇を開始した。旗艦ゼノベ・グレイム以下、帆までもが夜間迷彩の濃紺色に塗られた戦列艦たちが雲海よりその姿を現す。「蹂躙せよ、嵐の如く!」艦隊の砲門が一斉に火を吹き、アバディーン港に係留されていた船を、倉庫を、港の施設を破壊し燃やしていく。猛烈な熱によって精霊のバランスを崩された風石が、暴発し、爆発し、火をさらに勢いづかせる。大火が港を覆いつくし…数時間後、アバディーンは港としての機能を喪失したのだった。「ハンバーグ、ハンバーグ♪」惨めな肉塊から数分で完全復活を遂げた才人が、蝋の封が外され、湯煎されている瓶から漂う匂いをかぎながら、楽しそうに歌っている。パッと見、少しイタい。「そ…そんなに好きなのね、ハンバーグとかいうの。」「サイトさんがヘヴン状態です…。」そしてそれを『うわぁ…』といった表情で見つめるルイズとシエスタ。「ところでサイト、何でケティが貴方の故郷の料理の事を知っているのかしら?」「へ?あ、いや、前に話したことがあるんだよ、うん。」才人は焦ったように目を明後日の方向に向けた。「何でケティにばっかり何でも話すのよ…。」ルイズがぼそっと呟くように言った。「そうです!ミス・ヴァリエールとよりも、仲良さそうに見えます!」「ぐはっ!?」ルイズが胸を押さえた。「そ、そうよ、シエスタなんか目じゃないくらい仲が良いじゃない?」「ぐはっ!?」今度はシエスタが胸を押さえる。「こ…こういうやり合いはお互いの精神衛生上良くないわ。」「そ…そうですね、これは諸刃の剣ですわ。」女同士で何か分かり合うものがあったらしく、二人はそう言いながら目配せすると頷いた。「そんなわけで詳しく教えなさい!」「御二人の仲を教えてくださいっ!」ルイズとシエスタはそう言いながら迫ってくる「仲も何も友達だよ!親友! それに、ケティは俺の国の話を聞いてくるけど、お前ら聞いて来ないじゃんか?」怯んだ表情で仰け反りつつ、ケティに言われた通りに返す才人。流石の才人も、ケティの中に自分と同じ国で生きていた人の記憶があるとは言えない。「じゃ、じゃあ、教えてよサイトの国の話。」「私も聞きたいです。 取り敢えず御両親の話とか、例えば御両親の話とか、気が向いたら御両親の話とか、今後の参考の為に是非!」「お、おう。」照れながら言うルイズの可愛らしさと、シエスタの勢いに押されて、才人はコクコク頷いた。「えーと…だな。 …ちょ、ちょっと待ってろ!」才人は急に立ち上がると蒼莱まで走って行き、ごそごそと何かあさり始める。「あったあった。 うん、これがあれば完璧。」その中から一冊の手帳を取り出すと、それを持って部屋に戻った。「あー、うちの国はだな、人口一億二千万人…。」手帳の中身はケティが作ったカンペだったりする。「何その棒読み…。」「聞きたいのはそんな事じゃないです…。」二人に半眼で睨まれる才人。「じゃ、じゃあ何が聞きたいんだよ?」「才人の国の話。」才人的には、それは一億二千万人から始まる話だった。「漠然とし過ぎていて、それだとまた一億二千万人からになるな…。」「ぐっ、生意気ね…。」「じゃ、じゃあ、御両親の話を! これなら具体的ですよね?」両親の話なら、確かに何とかなる…が、才人は自分の記憶の中にある両親の顔がやたらとボヤけているのに気づいた。しかしそれは頭をぶんぶんと横に振ると元に戻った。「ああうん、両親の話な。 それなら…って、あり…?」才人は自分の目に涙が溜まって来るのを感じた。同時に望郷の念も一気に噴き出してくる。「ど、どうしたの!?」「どうしたんですか、サイトさん!?」ルイズの心配する声とともに、才人の悲しみは急激に引っ込んでいき、何故か勇気のようなものが湧いてきた。「え?あ、ああ、いや、故郷の事思い出したらちょっぴり悲しくなっただけだよ。 じゃあ、俺の両親の事を…話す前に、煮込みハンバーグそろそろ暖まってねえか? 飯食いながら話しようぜ。」少し不可解なものを感じながら、才人はそう言ってニカッと笑って見せた。「暇だわ…。」書類を読み、その前に読み終わって決裁した書類にサインをしつつ、眠気覚ましの香草茶を飲むアンリエッタが憂鬱げに呟いた。全然暇そうで無いのは取り敢えず置いておいて、現在は真夜中であり、学院ではケティとメンヌヴィルが追いかけっこをしている真っ最中だったりする。「…誰もツッ込まない。」夜中では侍女も官僚も居やしない。警備の兵なら室外に居るが、わざわざ出ていって立ち話する女王というのもアレだった。そして何より、戦争中で予算の大部分がそっちに割かれている事もあり、出来る仕事がちまちましたものばっかりになっている。「ド・ポワチエ卿は上手くやっているかしら?」ジャン・ド・ポワチエ子爵はぶっちゃけた話、軍人としてそれほど大きな功績を立てた事は無い。遠征軍の司令官に選ばれた理由も、戦場ではあまり積極策を取らないという地味な所が、アンリエッタの目に留まったせいだった。ド・ポワチエを呼び出した時の事をアンリエッタは思い出す。「ジャン・ド・ポワチエ卿、私がなぜ貴殿を超旅の遠征軍の長に据えたか、わかるかしら?」「はっ、陛下の期待に応え、良く戦う為ですね?」全然わかっていなくて、アンリエッタの肩ががくっと落ちる。ラ・ラメーのような有能な指揮官は、トリステイン軍にはそれほど多くない。ド・ポワチエは中の下くらいである。「やっぱり、わかっていらっしゃらなかったようですわね。」アンリエッタがぶっちゃけた口調になるのは、基本的に信頼している者だけである。「わかっていない…とは?」「貴方を遠征軍の長に据えた理由は、功を求めず適当に戦って無難に撤退して貰う為ですの。 こう言えば分って貰えるかしら?」ゲルマニア軍を盾にしつつとかも付け加えようかと思ったが、ド・ポワチエの器量では御しかねると思い、それは断念した。「ぐ、軍人である私に、功を求めるなと…?」「私はね、貴方が今まで戦場において功を求めず、極めて消極的に戦っている事を評価していますの。」 ド・ポワチエは組織内での縄張り争いには滅法強いが、戦場においては自身の派閥を守る為に極めて消極的な戦いしかしない。「ですから、今回の戦いでも無粋な真似はせず、ゲルマニアの将軍を立てて、いつも通り消極的に無難に撤退の時を待っていて下さいな。」アンリエッタは可愛らしい笑みを浮かべるが、ド・ポワチエはその笑顔に恐怖を感じた。アンリエッタの言っている事が、何となくわかってきたためである。「つ、つまり、今回の戦は茶番だと?」「そうは言っておりませんわ。 ゲルマニアのアルブレヒト三世が頑張りたいと折角仰っているのですもの、そうするのが一番ではなくて?」女王は白百合のような清楚な笑顔を浮かべているのに、ド・ポワチエの冷汗は止まらない。軍内部の縄張り争いで鍛えられた彼の勘が、逆らっては駄目だと彼に囁きかける。「かしこまりました。 このド・ポワチエ、今度の戦いでは姫様の仰られる通りにいたします。」「ええ、そうなさってください。 無事に帰って来る事、それが貴殿にとって最大の手柄となりますわ。」アンリエッタは緊張というか怯えた表情で敬礼するド・ポワチエに、微笑みながらゆっくり頷いたのだった。そこでアンリエッタの意識は回想から戻った。「御注進!御注進!陛下、一大事です!」何故なら、大慌てで親衛隊長が駆け込んできたからだ。「どうしたの?ド・ゼッサール隊長?」「魔法学院がアルビオンのものと思しき部隊により強襲されました!」それだけなら事情を知っているド・ゼッサールは慌てない…という事は、予測を上回る事態が発生したという事だった。「ケティの策が破られたのね?」「は、はい、ケティ殿の姉のジゼル殿が風竜の背に乗って…。」ド・ゼッサールが頷き切る前に、アンリエッタは立ち上がった。「ド・ゼッサール隊長、現在すぐに動ける親衛隊を緊急招集! 銃士隊にも伝えなさい、すぐに出るわ、遅れたら置いて行く!」アンリエッタにとって、ケティは自身が死んでも失う事が出来ない相手だった。自身が死んでもルイズをケティに任せれば国を回す事は可能だろうが、ケティが死んだらその全てが瓦解する。「いやしかし陛下が出ても…。」「私が一緒に出ないと、がら空きになった城で私が襲われるでしょ!」ケティの安否が不明な以上、自身の命が失われるという事はこれから行おうとしている改革が終わるという事。改革できなければ、この国は遅かれ早かれガリアかゲルマニアに吸収されて消える。「急ぎなさい!」「しかし、深夜で隊員の半数以上が…。」ルイズはまっすぐ過ぎて、周囲の者に容易に踊らされる可能性がある。自身のやろうとしている改革において、置いて行かれた者たちから容易に不満分子が生まれるのは良く分かっている。ルイズはそういう輩の神輿にされる可能性があり、もしそうなれば国が割れる。彼女自身が望もうが望むまいが、虚無の力があるという事はそういう事なのだ。「付いて来られなければ、置いて行くと言ったでしょう! 今動ける者だけで構わない、潜入部隊なのだから相手は小勢。 それであれば、一個中隊もあれば何とかなるでしょ!」「は、ははっ!」ケティならば彼女を陰謀から守る事も可能だろう。だが、ケティが死んでしまっている場合はそれが不可能となる。つまり、ルイズをどうにかして排斥しなければ国が危険になる。それだけは避けたいが、そうしなくてはいけない場合は幼馴染だろうが躊躇いなく実行するつもりだった。「ケティ、お願い生きていて…。」非情なる政治の世界に全身を投じる覚悟を決めた彼女とて、容易に日常を、友人を、思い出を切り捨てられるわけではない。失いたくない、我侭だと言われようが決して失いたくないのだ。「貴女は…?」中庭にやって来たアンリエッタは、風竜の幼生とその傍らに立つ凛々しい風貌をした背の高い娘を発見した。「ジゼル・ド・ラ・ロッタと申します、陛下。」「きゅい!」ジゼルが片膝をついて一礼すると、風竜も一声鳴いた。「この子はシルフィード、私の妹の友人の使い魔です。 もしもの時の為に私達は待機しており、そのもしもの時が起きてしまいました。 我が妹ケティの策は失敗、現在妹とその友人、銃士隊が対処しておりますが、何時までもつかは不明です。」「きゅいきゅい。」ジゼルに合わせてシルフィードも頷きながら鳴く。「そうですか…真に大儀でありました。 貴女には、後ほど何か褒美をとらせます。」「いえ、しかし、私は妹の不始末を伝えに来たので…。」恐縮するジゼルに、アンリエッタは驚いた顔をする。「あら、ケティなら『貰えるならば幾らでも』とか言いつつ、平然と受け取るところだけれども?」「すいません、あの子は基本的にがめつくて…。」顔を赤らめるジゼル。最愛の妹と言えど、流石にちょっと恥ずかしい。「そんな事はありませぬ。 こちらがあげると言っているのですから、受け取って頂けた方が有り難いですわ。」「は、はあ…。」アンリエッタが気にしていない風なのを確認して、ジゼルは気の抜けたような声を上げた。「では私達はこれから学院に戻ります。」そう言って、シルフィードの背に乗ろうとするジゼルに、アンリエッタが声をかけた。「待って、私も学院に連れて行って下さらないかしら?」「え?陛下御自ら!?」ジゼルは驚いて顔を上げる。「今動ける兵を連れていけば城の警備ががら空きになるので、私はついて行った方が良いのですわ。 それに、私は私の友人を救いたいのです。」アンリエッタはジゼルの瞳をまっすぐに見つめた。「わかりました…シルフィード、行ける?」「きゅい!」シルフィードが元気に鳴く。「ありがとうシルフィード、貴方には後で王室からお礼を贈らせていただきますわ。 たっぷりのお肉でいいかしら?」「きゅいいいいいいい!」アンリエッタの言葉に、ヘヴン状態と化すシルフィード。喋っていないだけで人語を思い切り理解しているのバレバレなのだが、シルフィードはタバサの言いつけをきちんと守っている気ではある。まあ、使い魔の中には契約時に人の言葉が何となくわかるようになるものが多いので、一応許容範囲内ではあるが。「では陛下、こちらへどうぞ。」シルフィードの背に乗ったジゼルが、アンリエッタに手を差し伸べる。「あら貴女、スカートを履いているのに、凛々しい美形の騎士に見えますわ。 親衛隊で働く気はありません?貴女なら、侍女達から人気が出そう。」「う…何卒そういうのはご容赦を…。」少し頬を赤らめたアンリエッタを、ジゼルは軽く引き攣った笑みを浮かべながら引き上げた。「では、出してください。」「え?いやでも周囲の方々はまだ準備が…。」ジゼルが慌てるが…。「シルフィード、私専用に用意したとても美味しいお肉がありますの。 貴女にどーんと進呈いたしますわ、だから向かって下さらないかしら、全速力で。」「きゅいきゅいきゅいきゅいいいいいぃぃぃぃぃぃ!」シルフィードは全力で飛び立った。「え、ちょ、シルフィード、待って、これまずいって!?」「おにくうううううううぅぅぅぅぅぅぅ!」完全にアウトな鳴き声を発しつつ、物凄い勢いで学院に向かってカッ飛んで行くシルフィード。「ド・ゼッサール隊長、早く追いつかないと、私の命が危ないですわよー!?」「そんな殺生な!?」物凄い勢いで遠ざかるアンリエッタの声を聞きつつ、マンティコアに馬具を取り付けていたド・ゼッサールが悲鳴を上げる。「皆のもの、陛下の単騎駆けである! 早く追いつけ!追いつけねば武門の名折れぞ!」『は、ははっ!』皆、馬具の取り付けもそこそこに、慌てて離陸していくのだった。「お・に・く☆お・に・く☆美味しいおにくが待っているのね~☆」美味しいお肉と聞いて、すっかりタバサとの約束がすっ飛んでいるシルフィード。何だかんだ言って、まだまだ子供なのだった。「へ…陛下、この子、喋って…。」「しーっ…。」その背中の上でうろたえるジゼルの口を、手で塞ぐアンリエッタ。「この子の主人はタバサという娘でしょう? 空色の髪の…。」「え?あ、はい、そうです。」ジゼルはこくこくと頷いた。「彼女については色々と聞いています…ですから、私はこの件は忘れる事に致しますわ。 貴女もそうなさい。」「はい、忘れる事に致します。」自分の背中にしがみつくアンリエッタから、ケティから時々出るのと同じタイプの黒いオーラが出たのを感じ、ジゼルは素直に従う事にしたのだった。数日後の朝八時、アルビオン艦隊を索敵に出した風竜が発見したとの報が、アルビオン遠征艦隊旗艦デ・ゼーヴェン・プロヴィンシェンに届けられた。「敵が来たか、朝っぱらからご苦労な事だ。」朝食中のド・ポワチエが、忌々しげに毒づいた。「ゲルマニア艦隊に連絡は?」「はっ、既に入れています。」それを聞いて、ド・ポワチエは朝食を再開した。「ではゲルマニア艦隊に、か弱き我々をお守り戴きたいと一報を入れよ。」「は…はあ?」通信参謀がそれを聞いて首を傾げる。「私は陛下より、出来うる限り部隊を温存せよといわれている。 そしてあの田舎者どもは、我等が陛下の激励を受けて、大いに張り切っているそうだ。 陛下は大層麗しくらっしゃるからな、純朴な田舎者どもならばコロッと騙されたであろうよ。」ド・ポワチエは内心《まあ、あの猫かぶりはなかなか見抜けまいよ》とか思いつつ、溜息を吐いた。彼自身も漏れ伝わる噂くらいは聞いていたが、あそこまで本性が怖い女だとは思っていなかったのだ。王家の血というものは、あのような美しい少女にあのような凄みを持たせられるのかと、戦慄しつつ感心した面もある。「所詮我が軍は急増のでっち上げに過ぎぬ。 念のため風竜隊の発艦を急がせよ。 敵がこちらまで来るなら容赦なく迎え撃て、さもなくばゲルマニアに任せよ。」ド・ポワチエは、ワインの杯を傾けた。この地位に上り詰めるまで消極策に徹してきたのは、いつか大艦隊を率いて雄々しく戦う事を夢見てきた為、それまで死なないでいられるようにする為だった。だのに女王にはいつもどおり消極策に徹しろといわれ、出征してきたヴァリエールの娘は虚無の使い手である聞き、どう使おうかと思っていたら権限的には自分より上位であると言われた。おかげで彼女の使い魔の少年にまで、へりくだらなければいけない始末。「呑まなきゃやっていられるか…。」なだめすかしておべっか使って、彼女の虚無魔法による陽動作戦でロサイス上陸をより容易にする為の作戦を用意してもらったが、やはり用意してもらったもので、自分は何もしていない。帰れば勲章の一つもくれるだろう、よくやったと褒めてもらえるだろう。だがしかし、この上陸作戦そのものがよりにもよって、同期のラ・ラメー率いる艦隊の為の陽動に過ぎないのだ。自分が司令官である筈なのに、空戦においてゲルマニアが仕切り、トリステイン側の最高権限を持つ者でも無く、そもそもこの作戦が陽動なので作戦という意味においても完全に脇役。その上ロサイスに上陸するのも前線に立つのも大半はゲルマニア軍で、トリステイン軍は後方で支援するという事になっていた。おかげでゲルマニアの司令官ハルデンベルグ侯爵にも鼻で笑われる始末…。「考えたら泣きたくなってきたな。」「敵艦隊の一部、こちらに突っ込んで来るとの事!」その時、伝令が泡を食って司令室に飛び込んできた「なんと、ずいぶんと活きが良いな。」ド・ポワチエはワインの杯を置くと、にやりと笑った。「消極的な戦をさせたら右に出る者が居ないとまで揶揄された私に挑んでくるか。」立ち上がるとドアを開け、甲板に出る。「全艦に発光信号で通達、敵艦隊と一定の距離を保ちつつ、逃げ惑って見せよ。 横腹をわざと割って中に入れてやれ、そして信号弾赤で一斉に砲門開けと。」実は発光信号を採用しているのは、今のところトリステイン艦隊のみだったりする。魔力で光る発光装置には、《パウル商会》のロゴ入り…まあつまり、ケティの差し金だったわけだが、これの登場によって艦同士の連絡が容易になり、連携が物凄く楽になっていた。「来たな。」アルビオン艦隊がトリステイン艦隊の横腹に突っ込んできた。トリステイン軍は対応できなく逃げ惑うふりをしつつ、敵を艦隊の真ん中まで誘導する。「信号弾赤、放て!」信号弾赤の合図と共に、逃げ惑うふりをやめたトリステイン軍の艦の大砲がほぼ一斉に火を吹く。四方八方から一斉に反撃されて、一瞬で空を飛ぶ残骸と化したアルビオンの軍艦が落ちていく。何とか生き残った艦も逃げようとするが、蓋は既に閉じていた。「ははは、皆消極的にいこう、消極的に。 一艦たりとも逃がすな、我らの連携が意外と良い事に気づかれてはならぬ。 しかし便利だな、この発光信号というものは。」これが素人だらけのトリステイン艦隊が何とか機能している要因だった。「うわああああああああぁぁぁっ!?」その戦の最中、マリコルヌは必死で魔法を撃ちまくっている。何故かと言うと、マリコルヌの乗っていたレドウタブールはアルビオン艦隊が突っ込んできた時の矢面に居た艦だった為、上部構造物が砲撃で滅茶苦茶にされてしまったのだ。甲板で動いている人間はそれほど多くない、死んでいるか、大きな怪我を負って動けないかのどちらかだ。マリコルヌはその点幸運だった…何しろ莫迦みたいに無傷なのだから。「死ね、死ね、死ね、死ね!」とは言え、頭を吹っ飛ばされた死体やら、運悪く胸を貫かれて即死した死体やら、片足失ってのた打ち回っている仲間やらを見て平静で居られるわけも無く、恐怖に背中を押されるまま闇雲に魔法を放っていた。誰も助けてくれない、戦えとしか言ってくれない、気絶して楽になりたいが生憎気絶するとそのままお陀仏になりそうなので、それも出来ない。「ふんぬぁー!」マリコルヌは獣のように咆哮しつつ、魔法を放ち続ける。「火船だ!アルビオンの連中火船を使いやがった!」誰かが叫ぶ声がするので、マリコルヌはそちらの方を向いてみた。「な、なんじゃありゃあぁぁぁ!」燃え盛る船がレドウタブールに向かって真っすぐ突っ込んで来る。砲撃もものともせず、火に包まれた船が…。「ここで僕は死ぬのか?」絶望でマリコルヌの前の前が真っ暗になる。「嫌だ、嫌だ、僕の…僕の従軍してモテモテ大計画がー!?」マリコルヌの絶叫が、戦場に響き渡ったのだった。