「むーっ!?」な、なにがなにがなにがーっ!?何でワルドが私にキスするのですかー!?「むっ!?」腕に全力を込めて押…動かない?それどころか、腰と後頭部を押さえられてがっちり拘束…。み、身動きが、身動きが出来ないのです…あと、呼吸も出来ないのです!いや鼻で呼吸が出来るっちゃあ出来ますが、ワルドの髭フィルターで濾過された空気とか、絶対に嫌!「むっ、むむっ、むっ、むっ!?」この状態では呪文を唱える事も叶わず…あ、なんだか気が遠くなって…って、それじゃ拙いのです。「む、むむ、む…。」右足を…何とか…ワルドの足の間に…入れて!「むむーっ!(死ねーっ!)」ジャンプして、男の一番敏感な部分にひざ蹴りを入れたのでした。う…膝に一瞬ぐにょっと嫌な感触が。「はぅ…あ…っ!?」股間を襲ったであろう激痛に体をコの字に曲げるワルドを腕で押しのけ、何とか脱出に成功したのでした…。「ここここの髭!おおおお乙女のファーストキスと何だと思っていやがるのですかぁっ!」ああ、ちなみに媚薬に頭やられていた時のアレコレはノーカンで。あの時何が起きたか?気にしないでください、聞かないでください、思い出させないでください。「ぐ…ぁ…。」返事が無い、ただの変態のようなのです。「おーい、聞いていやがりますかー?この変態~?」「へん…たい、言う…なっ!」股間を押さえて悶絶しながら、ワルドは私を睨みつけるのでした。「いきなり現れてキスしてくる相手を他にどう呼べば良いと?」「そういう、毒吐きな所とかが本当に堪らんな、君は。」そう言いながら、ワルドは苦痛に顔を歪めながらも立ち上がったのでした。「好きだ。」なんといったのか、にんしきできないのです、えらー、えらー、えらー。「僕は、どうやら、君の事が、好きらしい。」「はーい、ちゃーん。」えらー、えらー、えらー。「そんなわけで、もう一度キスしても良いだろうか?」「ぴぴるまぴぴるま~。」えらー、えらー、えらー。「返事が無いのは了承と受け取るよ、そんなわけで…。」「何をするだァー!?」ワルドの顔がもう一度迫って来たので、思わず私の黄金の右が唸ったのでした。「魔法が無いと、非力な娘だな、君は。」ワルドにあっさり止められてしまいましたが。「今、貴方は私に対して何と言ったのですか?」「魔法が無いと非力な娘だなと…。」「そっちではなく、もう少し前なのです。」私が聞きたいのはそっちでは無くて!「君が好きだ。」ぽぺぷー。「認識できないので、もう一度。」「君が好きだ。」ぽぴー。「い、何時の間に人間に認識できない言語を習得しましたか、ワルド卿!?」「…君が好きだと何度言えば理解して貰えるのかな?」ワルドが頬をぴくぴくさせて、私を見ているのです。「つまりアレですか、真に真に理解しがたい話ながら、貴方は私の事が好きだというのですね?」「ようやく理解してもらえて、有り難い。」それを何とか理解しようとする私の理性が、現在進行形でゴリゴリ削られているわけなのですが。「わかりました、正気を失っているのですね。」ワルド…酸素欠乏症で…。「何故そうなるのかねっ!?」「私でなくてもそう思うのです。」私が今までワルドにした仕打ち的に。「貴方は私に、今迄結構散々な目に遭わされていた記憶があるのですが?」「うん、ありとあらゆる意味で酷い目に遭っていた筈なんだが…君の事を考えると、頭がカッカしてきて胸の動悸が止まらないんだ。」それは単に、何かのトラウマになっているだけの様に聞こえるのですが。「それにアレだ、憎さ余って可愛さ百倍と言うではないかね?」「逆の格言なら良く知っていますが、そんな素っ頓狂な格言は聞いた事が無いのです。」そんな事を言うのであれば、世界中の不倶戴天の仇敵同士が恋に落ちているでしょうに…ローエングラム候とブラウンシュヴァイク公がキャッキャウフフしているのを想像したら、気持ち悪くなりました。女の子は皆BLが好きだとかいうのは、絶対に嘘ですね。「それに、さっき君がメンヌヴィルから必死に逃げている所を見ていたら、なんだか胸がざわざわしてきて、思わず2~3手助けしてしまった。」それは『そいつは俺の獲物だ』的なやつではないかなと思うわけなのですが。「そんなわけで、どうやら僕は君の事が好きらしい。」「わかりました、貴方は精神に重大な疾患を抱えているようなのですね。 治し方は貴方の背後で鬼のような形相をしている女性が知っているので、その御方にお任せするのです。」ああ…何で私は、何時も何時も浮気相手属性なのでしょうか?「げぇっ!マチルダ!?」「何ていう声出してんのよ、あんたは…。」半眼でワルドを睨みながら、フーケはワルドのお尻を蹴り飛ばしたのでした。「ぐぁ!痛い、何をする!?」「人の名前を勝手にばらすなって言っているでしょうが、この宿六。」ほほう、この段階で既にそんな関係なのですか、この二人は。「貴方の本名なら知っているので別に構わないのですよ、マチルダ・オブ・サウスゴータ殿。」「あんたは何処まで知ってんのさ?」フーケは苦々しい表情で私を睨みつけて来たのでした。「森の中に子供に囲まれた妖精がいる事とか?」「…!?」おー、やっぱり驚いたのですね。「あんた、何処でそれを…。」「そんなに警戒しなくとも、彼女らに何か危害を加える気など全くありませんので、その点は一切ご心配なく。」フーケの警戒を解く為に嘘偽りない微笑みを浮かべて見せたのですが、彼女の訝しげな視線は戻りません…はて?「笑顔が胡散臭い…。」「はう…本当に何も危害を加えるつもりはありませんから、心配なさらないでください。 私には理由も無く誰かを傷つける趣味はありません。」がくっと肩が落ちるのがわかるのです…うぅ、仕方が無いとはいえ、信頼ゼロなのですね。「こんな事なら、口を滑らすべきではありませんでした…。」「あーわかったわかった、そこまで言うなら信じてあげるよ。」面倒臭そうな表情になって、溜息を吐きながらフーケは頷いてくれたのでした。「でも…もし、危害を加えるような事があれば…地の底まで追いかけてでも、あんたを殺すからね?」「はい、その時は八つ裂きにするなりなんなりと。」私としてもティファニアに危害を加える気は一切ありませんからね、危害を加えるつもりは。「笑顔が怪しい…。」「はうぅ…。」ひょっとして、結構顔に出ますか、私?「…とまあ、この話はこれくらいにして。」フーケは先程蹴られた尻を痛そうにさすっているワルドに向き直ったのでした。「な、何かね?」ワルドの目がキョドっているのです。「私というものがありながら、何故に年下の小娘の唇を奪って愛の告白なんかするのさっ!」「たわらば!?」地面から、いきなり巨大な腕が突き出て、ワルドを殴り飛ばしたのでした。「やっぱり歳かい!?若い方が良いのかい!?きーっ!!」「ちょ、マチルダ、これは洒落になら、ぶば!?」石飛礫が宙を舞うワルドをしこたま打ちすえています。「ふむ、矢張り恋をする女は強いのですね。」「ん。」「強いというか、怖いわね。 恋をしているというか、嫉妬に狂っている感じだし。」いつの間にかやって来たタバサとキュルケが、感慨深げにフルボッコにされるワルドを見ているのです。「どうせあたしは二十歳越えさ、十代の娘のぴちぴちしたのには敵わないさ、コンチクショー!」いやいや、貴方23歳でしょうフーケさん。若いです、トリステイン的にはちょっぴりアウト気味になってきてはいますが、十分若いのですよ…面白いから宥めませんが。「い、いや、マチルダ、君はとても献身的だし、優しいし、僕には勿体無…。」「若い可愛い女なんて、みんな爆発すればいいのよーっ!」フーケの魔法でワルドが倒れていた地面が大爆発。「ふんぎゃー…!」ワルドはゴミみたいに宙を舞ったのでした。「お、落ち着きましたかー?」暴虐の嵐の後、恐る恐るフーケに話しかけてみます。「うん、落ち着いた。」すっきりした表情で、フーケが頷いたのでした。「そ、それは、良かった…がく。」そして、彼女の傍らには、消し炭みたいになったワルドが。「この後は如何なさるおつもりなのですか?」「何とかして、アルビオンに一度戻るつもり。」そう言いながら、フーケはワルドにレビテーションをかけたのでした。「詳しくは言えませんが、これからアルビオンは酷い事になりますよ?」「それなら尚更、妹…みたいなのもいるし、いっぺん様子見に行かないとね。」鈎爪付きのロープをひゅんひゅん回して壁に引っ掛けて、外れないかどうか確認しながら、フーケは言ったのでした。「それじゃあね、あんたとは二度と敵になりたくないわ。」「私も同じく…なのです。」私がそう言うと同時に、フーケは物凄い勢いで壁を登って行ったのでした。「…で、あの二人、見逃してよかったわけ?」壁の向こうに二人が消えたのを確認すると、キュルケがぽつりと言ったのでした。「まともに相対せるような状況でも状態でもないですから。 重要な局面でも政治的に重要な人物でも無し、負けるかも知れないのを覚悟して戦うような相手ではないのです。」…ファーストキスを奪った仕返しは、今から色々と考えておきますが。絶 対 に 許 さ ん…なのです。「コルベール先生、ご無事でしたか?」地面に横たわるコルベール先生に駆け寄り、容態を尋ねてみます。「ああ、ミス・モンモランシのおかげで助かったよ。」「こと傷の治療に関しては、水のモンモランシに抜かり無しよ。」コルベール先生がそう言って褒めると、モンモランシーは胸を張って見せたのでした。「コルベール先生の額に突如第三の目が発生したりしないですよね?」「…心配しなくても、使ったのはごく普通の水の秘薬と治癒よ。 開発中の薬使って、治療費誤魔化そうとかは一瞬しか考えなかったから安心して。」 一瞬は考えたのですね…流石は赤貧貴族。「それはよかった…もしも誤魔化したのが発覚したりしたら、モンモランシ家に銃士隊が御用改めに赴く所だったからな。」「そうなったら、モンモランシ家は御取潰しなのですね。」モンモランシーの言葉に、アニエスが物騒な科白を発しつつ安心したようにうんうんと頷いているので、私もそれに乗っかってみました。「危うくご先祖様の墓の前で自害でもしなきゃ、お詫びできない状況になるところだったわ…。」少し引きつった顔を青ざめさせて、モンモランシーはブルッと身を震わせたのでした。「ところでコルベール先生…いえ、魔法研究所実験小隊の元隊長フランソワ・ミシェル・ル・テリエ殿。 貴方には公文書の無断処分により手配書が出ているのです。」「何だと!? 私はそんな事は聞いていないぞ!」アニエスが焦った表情になって、私に詰め寄ってきたのでした。「そういわれるという事は、コルベール先生の事は許していただいた…と言う事で良いでしょうか、アニエス殿?」「ああ、先ほど本人から事情を聞いた。 私も命令ならば同じ事をしただろうさ…軍人だからな。」二人が和解出来ていたようなので、安心しました。…私の説得が上手くいったのかどうかはわかりませんが、まあ兎に角解決したならそれで結構なのです。「それはそうと、そのような手配書の話、聞いたことが無いぞ?」「それはまあ…軽くは無いとは言え、諜報目的ではないのは明白ですし、重罪と言うほどではありませんから。 ついでに言うと、手配書が出されたのもコルベール先生が学院に入った頃ですから、大昔の話なのです。」勿論、重罪というほどではない罪で手配書が出ることなど通常有り得ません…つまり、先生はリッシュモンあたりに命を狙われていたのかもしれませんね。学院長もひょっとしたら知っていて匿っていたのかもしれませんが、そうだとすれば学院長への評価がちょっぴりアップなのです。「わかっていた事とは言え…逮捕されれば、私は教師には戻れなくなるな…。」コルベール先生は肩を落としたのでした。「いやーまいりましたね。」「棒読み。」私の科白にタバサがすかさずツッ込んだのでした。「何か手がある?」「まあ、一応は。」タバサの問いにこれ幸いと、頷いてみます。「先生は一度、怪我の療養という事でこの国を離れてください。 ゲルマニアのブレーメンという自治都市に、パウル商会が買い取ったフルカン造船所という造船所があります。 そこで例の機関の実験と開発を行っていますので、そちらに逗留しつつ研究意欲を満たしていただければなと。」トリステイン国内の造船所は全て軍艦の建造で埋まっていたので、ゲルマニアの自治都市にある造船所を買い取って機密保持するしかなかったのですよね…。「おおっ!そこにあるのかね、例の機関が!?」コルベール先生は喜色満面な表情になって、がばっと起き上がったのでした。「しかし、それだけだと戻ってこられなくないか?」アニエスが首をかしげながら尋ねてきます。「そこで私とアニエス殿の出番なのですよ。 コルベール先生が今回私達と学院を守る為に勇敢に戦ったことを陛下に報告し、恩赦を出してもらうのです。」「成る程な、私とケティ殿の嘆願であれば、公文書の無断処分程度なら恩赦は簡単に出るか…。」納得いったように、アニエスは頷いたのでした。「あとキュルケ、一つお願いがあるのですが…コルベール先生をブレーメンまで一緒に連れて行って貰えませんか? あの町、自治都市とは言え名目上はツェルプストー家が収めている町だった筈ですし、貴方が一緒なら心強いのですが。」「事と次第によっては、うちも一口かませて貰うけれども、それでも良いかしら?」まあ、元々はツェルプストーがやる筈の事でしたし、しょうがありませんか。「良いですけれども…でも、一口かむならお金も出してくださいよ?」「はいはい、そうしないと碌な情報渡してくれないでしょうし、そうさせてもらうわ。」それなら契約成立なのです…もっとも、基幹技術はうちが握りますが。「まあそんなわけでアニエス殿、コルベール先生の正体に気づくのを一週間ほど延ばして頂けると、お互いの為にとって最良と考えますがいかがでしょう? 私も同じようにいたします。」「むぅ…そうだな。 この後事後処理で忙しくなるだろうから、ついうっかり一週間ほど忘れることもあるだろう。」アニエスは苦笑を浮かべながら頷いたのでした。「それじゃあ私はコルベール先生を一週間で快癒させて、キュルケと一緒にゲルマニアに行けるようにすれば良いのね?」「お願いするよ、ミス・モンモランシ。」体のあちこちに残った傷が痛いのか、再び横になったコルベール先生がモンモランシーに必死な形相で話しかけたのです。「一週間だって辛いんだよ、まだ見ぬ機械が、素晴らしい機械が僕を待っているんだ!」「はいはいわかりましたから、急ぐんなら手が八本くらいになるのを覚悟してもらいますよ?」どんな薬使うつもりなのですか、モンモランシー…。「素晴らしい! 手の本数が増えれば研究が捗るじゃないか!」コルベール先生も何で喜びますか?「やれやれ、先が思いやられ…をや?」『ケティー!』空からジゼル姉さまと…姫様が降って来た!?「ちょ、ま…おぶぁ!?」そして私は哀れ二人に押し潰されたのでした。何なのですか今日は…策は尽く空振るわ、予備の杖は融けるわ、ワルドにファーストキスを奪われるわで既に散々なのに、止めに姉と上司に潰されるとか…。「ケティ大丈夫!?怪我とかしていない!?あの変態はどこ!?」「ごふ…そこそこ無事でしたが、たった今無事ではなくなりました。」ジゼル姉さま、私の上から降りてください。「白炎のメンヌヴィルは何とかしたみたいね。」「ええ、あちらに死体が転がっているので、後で片しておいてください…。」起き上がろうとしても、体が動かなくなったのです。「あれ?ケティどうしたの?」「いや、全身を凄まじい倦怠感と鈍い痛みが…。」そう言えば、薬で誤魔化しただけで全身打撲状態でした。「すいません姫様、もう、駄目…。」「あ、ちょっと、ケティ!?」ガクッと私の意識は落ちたのでした。「これが例のものです。」ボクは箱からモシン・ナガンを取り出して、目の前の人に見せた。「へぇ、これが例の…面白そうだわ。」片眼鏡をかけた男装の麗人が、それを興味深そうに見ている。「これ、本当に分解しても良いの?」「はい、アンナさんなら、分解しても組み立てるのくらい容易いでしょ?」彼女の名はアンナ・ファン・サクセン、東方領土(旧東トリステイン)出身のトリステイン人で、土メイジにして武器職人。こないだ出来たばかりのパウル商会において、数少ないメイジの社員だ。「んー、まあ確かに問題無いとは思うけれどもね。 ケティ君、こんな逸品、いったい何処で見つけたの?」「蔵で埃を被っていました。 恐らくはお爺様が何処か買ったものじゃないかって、お父様が。」お爺様はロマリアの工芸品を集めるのが趣味だったらしいけれども、まさかロマリアにある《場違いな工芸品》まで集めてしまうとは…。《場違いな工芸品》の収蔵庫の横流しルートが存在しているんだろうね…今度パウルに調べてもらわないと。「んで、ケティ君。 この銃の名前は?」「はい、モシン・ナガンと呼ばれる東方の銃らしいですよ。」異世界の銃と言っても通じそうにないから、《場違いな工芸品》は全て東方製という事にしている。便利だね東方、何かあったら全部東方にこじつけりゃいいんだから。「しかし、鉄をここまで精密に加工するなんて芸術的よね、なんていう名工の作なのかしら?」箱の中に入っていた工具を使ってモシン・ナガンを分解しつつ、アンナさんは感嘆の声を上げる。腕利きの土メイジをして、こうまで言わせる代物が量産品の一つなんだから、あっちの世界の冶金技術って凄いんだよね、やっぱり。「同じものは作れそう?」「職人の名誉にかけてね。 …とは言え、この精度となると量産は殆ど無理だと思うわよ? 一ヶ月に数丁…ってところでしょうね。 それですら気をつけないと粗悪品が出来かねないわ。」ぬぅ…やっぱり一足飛びに19世紀の小銃は量産困難かぁ。まあ、あんまり量産できる代物だと、市民革命が起きてしまいそうで困るんだけれども。「これの大量生産でトリステイン大勝利ってわけには行かないか…。」「一丁あたり結構な額になるわよ、これ。 こんなの強引に量産したら、ガリアあたりでも破産しかねないわ。」魔法のみでどこまでいけるのかってのを色々試すには土メイジの職人を雇う必要があるのだけれども、土メイジって結構自分で工房持っていることが多いから、なかなかスカウトできないんだよね…。「後、この薬莢ってのもかなりの精度だしね。 火薬の複製自体は、水メイジにでも頼めば結構簡単にやってもらえそうだけれども、この薬莢は職人が一個一個丁寧に手作りしないと無理よ。 慣れれば一日数十発ってところかしら? 勿論、銃と一緒に作るのは無理よ…結論としては…。」「…結論としては?」アンナさんが言葉を濁したので、聞き返してみた。「…あと数人、土メイジの職人と水メイジの薬師がいるわ。」「う…うーん、それは正直きついなぁ…。」現状でも結構かつかつなのに、これ以上メイジを雇うのは…。「兎に角、この精度のものを私一人で作り続けるのは無理よ…って、そんな落ち込んだ顔しないでも、きちんと分析して安定して生産するにはどうしたら良いかとか、準備はきちんと済ませておくから。」「うう、貧乏で御免なさい。」えーん、みんな貧乏が悪いんだい。魔法を使わない冶金技術を高めればいいのだろうけれども、高炉の作り方なんて知らないし、知っていたところでボクは鉄の加工技術なんか知らない。八方塞じゃない、どーすんのさ、これ…。「貧乏怖い、貧乏超怖い。」私はガタガタ震えながら目を覚ましたのでした「あら、目が覚めたのね。」「見知らぬ天井が、矢鱈と豪華なわけですが…。」目を覚ますと姫様が居たのでした。手には何かの書類を持っています。「そりゃまあ、豪華でしょうね。 貴方が寝ているの、私のベッドだもの。」「どうりで、未だかつて無いくらい寝心地が良いと思ったのです…。」いつの間に王宮まで運ばれてきましたか、私は。「丸一日、眠り続けた感想はどうかしら?」「豪華な眠り心地でした。」なにせ、王様用のベッドですから。「何故に私を王宮まで?」「貴方がいつまで経っても目を覚まさなくて心配だったから、私の目の届くところに置いておきたかったのよ。 ここでなら、仕事をしながら貴方が目覚めるのを待っていられるでしょう?」どうりで、姫様以外にも枢機卿やら、見た事のある大臣やら官僚やらがうじゃうじゃしていると思ったら…。「若い娘の寝顔を見ながら仕事をするというのも、なかなか乙でしたな。」「あら財務卿、貴方なかなか通ね。」新しい財務卿のデムリ卿…名字は兎に角、名前なんでしたっけ…なのです。「しかし、姫様は一体どこで寝ていたのですか?」「ベッドは広いのよ、娘二人が寝るくらいどうって事無いわ。」毎度の事ながら、こういう所は豪快な姫様なのです。「御飯用意してあげるけれども、起き上がれる?」「はい、よいし…ふぬぐぉっ!?」ぜ、全身に電流の如く満遍なく激痛が!「だ、大丈夫ケティ? 今、乙女にあるまじき奇声が聞こえたけれども?」「全身打撲がここまでしんどいものだとは、予想外だったのです…。」あまりの痛みに、魂が砕け散るかと思いました。「手を動かすだけでも酷い痛みが…。」「診させた水メイジもそんな事を言っていたわ。 はい、治癒力を高める水の秘薬よ、飲みなさい。」そう言うと、姫様は私の口に薬瓶を突っ込んだのでした。「もむ!?」人が動けないと思って好き勝手やりますね、姫様。まあ、仕方ないから飲みますか。「それで、明日の朝には打撲はほぼ快癒しているって、言っていたわ。 さすがモンモランシ家の当主ね、いい仕事をするわ。」モンモンパパですと!?「とうの昔に帰ったから、目だけ動かしてキョロキョロしないで、怖いわ。」「それは残念、良ければ御挨拶させて頂きたかったのですが。」つい先日モンモランシーの伝手で、パウルが薬の流通に関する契約に成功したみたいですし。「それよりも御飯よ。」姫様は女官の方を向いて…。「私とケティの御飯を用意して頂戴。 いつものアレのどっちかで、中身は任せるわ。」「はい、かしこまりました。」姫様のいつものアレってなんでしょうか…?などと考えていたら、あっという間に食事が用意されたのでした。「が、ガレット…!?」そんな道端B級グルメと、一体何処で出会ったのですか、姫様?「ええ、前にサイト殿と一緒に屋台で食べたのよ。 貴方に教えて貰ったサンドウイッチ同様、仕事中に食べられて楽よね、これ。 おお、今日はひき肉と玉葱をバターで炒めたものなのね、これ好きよ、私。」そう言って、姫様は美味しそうにガレットにぱくついているのです。何というジャンクフード女王…。それにしても才人…姫様とこっそり何いちゃついていやがりますか?「ふう、美味しかった。」「食事見せつけるとか、鬼ですか…。」くうくうお腹がなりました…。「あら、ごめんね。」そう言いながら、姫様はガレットを切り分け始めたのでした。「はい、あーん。」「何故にそのような恐れ多いプレイをさせようとしているのですか…?」女官の方々の視線が痛いのですが。「いや、ですが、陛下?」自分の立場を分かって貰う為に、わざと《陛下》と読んでみます。「そんな、陛下だなんて他人行儀な事言わないで、『アンお姉さま』って呼んで。」「どーゆー小説を読まれたのですか、姫様…。」変な小説を読んだらしい姫様を、半眼で睨んでみるのです…が、効き目無しな模様。それに、男性官僚の方々の視線が温いのも納得いかないのですよ。誰か、叱責して下されば良いものを…枢機卿が何処かに行ってしまったせいでしょうか?「ふつくしい…。」「美少女同士が戯れる姿は、心洗われますなぁ…。」変態紳士ばっかりですか、この国の官僚は!?「もうどうでも良いですから、御飯ください…あーん。」物凄く投げやりな気分になって、私は口を開けたのでした。「はい、良く出来ました。」姫様はそう言うと、ガレットを口の中に放り込んでくれたのです。良い材料を使ったB級グルメ…まあ良いですが。 「む…流石は王城の料理人。 ガレットもここまで美味しくなりますか。」良い材料使って、良い腕の料理人雇ってB級グルメ…考えようによっては最高の贅沢なのですね。「はい、あーん。」「あーん…むぐ、むぐ…美味しい料理を女王の手ずからいただく…ひょっとして、今私は物凄い贅沢をしているのでは?」問題は全く望んでいない贅沢だという事ですか…。「そうね、実は罰だけれども。」「ば、罰ゲーム?」姫様はニコニコ笑ったまま、私にガレットを薦めてきます。「そう、貴方と私、両方への罰。 自分の命を軽く見る貴方への罰と、それを理解出来ていなかった私への罰…本当を言うとね、かなり恥ずかしいのよ、これ。」嘘だっ!…と思ったら、よく見ると姫様の頬がほんのり赤いのです。「タバサ殿を守る為に命を捨てようとしたんですって?」「う…。」そんな、泣きそうな表情で私を見ないでください、姫様…。「貴方が死んだら、命を永らえさせる事が出来ない人が居るの、わかるでしょう?」「まさか…。」確かに、ルイズが虚無の使い手であるのは国中の貴族にいずれ浸透するでしょう。そうなれば、彼女が望むと望まざると、神輿に担ごうとするものが出て来る…私になら任せられるが、そうでなければと言う事ですか。それは無いと断言したいところではありますし、私を買い被り過ぎだとも言いたい所ですが、言えないのがもどかしいのです。「私の命に彼女の命がかかっているから死ぬな、ということなのですか?」「それもあるけれどもね…貴方を失いたくないの。 政治的にではないわ、親友として、絶対に失いたくないのよ。」ぬぅ…姫様が泣きそうなのです。「わかりました、わかりましたから。 彼女の命が私の肩にかかっているというのであれば、確かに死ねないのですね。 姫様が私を親友だと仰ってくれる限り、私は私の命を軽々しく捨てない事を誓います。」これは、死ねませんし、死ぬわけには行かないのですね。「絶対だからね?」「はい、姫様。」私は微笑みながら頷いたのでした。