「あ、あーあの、えーと?」汗がぶわっと噴出してきたのでした。「い、いきなり何を?」「だから、ケティは才人の事が好きでしょ?」修羅場?これがひょっとして修羅場って奴なのでしょうか?「はっきり教えて。」「わ、私は…。」ここははっきり言うべきか、言わざるべきか。「才人の事を…。」本来なら迷うところですが、ルイズがはっきり言って欲しいと尋ねてきているのですから、私もそれには応えないと。「大事な友達だと思っているのです。」あ、あれ…?何で、何で何で何で!?「え…本当に!?」「え、ええ、才人は私の大切な親友なのです。」意思と言葉が直結しない、この私が、ケティ・ド・ラ・ロッタが、意思を口に出せない…どうして!?「そ、そうなんだ…。」「だいたい、私はルイズが才人と結ばれるように応援しているのですよ。 私が才人をあ…あい…愛してしまったら、それこそ本末転倒ではありませんか?」ルイズがほっとしているのを見て、私もほっとしているのを感じます。この口から生まれてきたような私が、何で本音を語るのを恐れているのでしょうか?ん?恐れている?私は恐れているのですか?何故?「で、でも、ケティは才人を目で追っているじゃない?」「そりゃもう、今までも気を抜くと散々セクハラされましたから。 見張っておかなきゃ駄目ではありませんか?」何故も何も有りませんか、私は知っているのですから…何をしようが私の目の前の少女が全て持っていく事を。才人が主人公でルイズはヒロイン、そして私は本来ただのモブ、賑やかしでしかないのです。その証拠に、私が関わった事で世界は本来の道から多少ズレつつはありますが、二人が辿っている大筋は今のところ何一つ変わっていない。「あ、安心したわ…ケティが相手だと、私勝てる自身が無いもの。」「はいはい、安心してください。 才人が好きならはっきり言わないと、シエスタあたりに掻っ攫われるかもしれないのですよ?」いや、こんなのも誤魔化しでしかないのかもしれません。私はかつてギーシュとモンモランシーの関係から、半ば意図的に注意を逸らしたのですから。私はギーシュ達から逃げたように、才人達からも逃げようとしているのでしょうか…?「はう、それはありえるわ、あのバカメイドならありえるわ。 忠告有り難うケティ、私、部屋に戻るわね。 おやすみなさい。」「はい、おやすみなさい。」ドアがぱたりと閉じたのを確認した私は、微笑みに引き攣らせた顔から力を抜き、ベッドに倒れ込んだのでした。「は…はは、ボクは、ボクは何をやっているんだ…?」いやボクじゃない、私、私なんだ…いや、なのです。「恋敵に宣戦布告の一つすら出来ずに逃げるだなんて、これじゃあか弱いどこかのお嬢様みたいじゃないか? いや、お嬢様だったか…そう、私は貴族のお嬢様、なのです。」変な口調…他の女の子と一緒になるのが何となく嫌でこうする事に決めた口調…これも逃げ、なのです。口調も態度も格好も女の子に換えて、男の感情の記憶から決別するのだと決めたのに、他の女の子と同じように喋らずに、莫迦丁寧な口調にしている。「もうすっかり慣れ親しんだと思っていたのに、錯乱してこのザマ…か。 矢張りボクは中途半端なんだ、男の記憶と女の心を上手くすり合わせたつもりがこんな具合、なのですよ。」才人の事が好きなのは間違いなく、男の記憶など既に記録でしかないのに、私は何故逃げたのですか?「枕が、濡れてる…。」これは少女としての私の気持ちなのか、それともボクの男の記憶が男との恋愛に至るのを拒否しているのか?「ああ、ボクは…私は、どうすればいいの?」誰かに助けて欲しい…けれども、私がこんな人間だと知っているのは才人だけ、才人には絶対に相談できないのです。「助けて…助けて、誰か、さいと…。」こうしてボク…いや私の夜は過ぎて行ったのでした。「う…なんだ、これ?」目が覚めたら非常に具合が悪いのだけれども…。昨日は本の執筆で遅かったからなぁ…寝不足?今ボクは《君主考察》という本を執筆中だったりする。これには《君主たるもの決断を躊躇してはならない、ただし熟慮を怠ってはならない》みたいな当たり前に色々な修飾をゴチャゴチャくっつけてでっち上げ…もとい考察した本で、スターリンやティトー、ケマル・パシャなんかの逸話とかを例え話にしつつ入れている。「寝不足にしては、何かお腹にずーんと来るんだけど…。」痛いというか、重いと言うか、倦怠感に頭のふらつき…。「風邪がお腹にも来たかな…?」ベッドに戻った方が良いかな、これは。「おはよ、ケティ…って、どうしたの?」「…あ、ジョゼ姉さま。 いや何かね、頭が痛くて少し吐き気がして、そのうえだるくて下腹がズーンと重痛いというか…。」「あら、おめでとう。」人が体調悪いのに、いきなりおめでとうですかジョゼ姉さま…。「いきなり結論から言わないで、ジョゼ姉さま。」「貴方もやっぱり女の子なのね。」んー…?女の子?「多分それ、月のものよ。」「おおぅ。」思わず手槌を打ってしまった。そうか、これが初潮ってやつか…おえ。「こんなのが、これから毎月…。」どんな罰ゲームだよ、これ。「ケティはサフィール姉さまと似たような容姿背格好だから、重めかもね?」しかも重めなのか…。「和らげる方法は無いの?」「んー、私は月のもの軽いから、時々忘れてて唐突に股から血が出て来てびっくりする事もあるくらいよ、あはは。」つまり知らないと。しかし背が高くて、胸が大きくて、生理が凄く軽いとか、どんなチートキャラだよジョゼ姉さま。「経血が出る前にお母様にでも聞いて来よう…。」「そうね、お母様に聞くのがいちばんよね。 レビテーション。」ボクの体は唐突に浮かび上がったのだった。「わ、ジョゼ姉さま!?」「だるいんでしょ?連れて行ってあげる。」ふわふわと浮かされたまま、ボクはお母様の元まで連れて行かれたのだった。「あら、とうとうケティもそんな歳になっちゃったのね。」「はい、お母様。」ボクはふわふわ浮いたまま、頷いた…って。「…ジョゼ姉さま、降ろして。」「だって、ふわふわ浮いてるケティが可愛くて。」「ジゼル姉さまみたいな事を言わないで下さい、ジョゼ姉さま。」ボクがそう言うと、ジョゼ姉さまは「可愛いのに」とか言いつつ降ろしてくれた。「それでお母様、この痛みを抑える方法を御存じありませんでしょうか?」「あら、ケティにも知らない事があるのね。」生理痛の抑え方なんて、当然の事ながら前世の知識には無い。「僕にだって、知らない事ならいくらでもあります。」つーか、あったら逆に怖い、何者だって感じになる。「うふふ、ごめんなさい。 そういう時はね、体を温めるのよ。」「体を、温める…ですか。」成る程成る程。「後、経血はね…。」お母様による月経講座を暫らく聞き続けるボクなのだった。「お母様、ありがとうございました。」「いいのよ、それじゃ早速ドレスを仕立てなきゃね。」ドレス…だと?「な、何でドレスとか言う話に?」「貴女も女になる第一歩を踏み出したのですもの。 そろそろ男の子の格好は止めるべきじゃないかしら?」う、うーん、それは確かにそうかもしれない。ボクは女の子なんだから、何時までも前世の記憶に縛られたままじゃいけない筈だ。男の格好の方が動きやすくて良いのだけれども、このままだと嫁ぎ先無さそうだし、かと言ってボクにニートとかになられてもお父様とお母様は困るだろう。あ、そうだ、僕の事を未だに女の子みたいな名前の男と勘違いしているパウルとかはびっくりするかもな…くくく。「そういう事であれば、ドレスを仕立ててください。」「うふふ、腕が鳴るわ。」「うんうん、ケティは凛々しいというよりも可愛い顔立ちだもの。 男装よりも女の子の方が似合うわ。」あっさり頷いたボクとそれに喜ぶお母様を見ながら、ジョゼ姉さまは頷いている。「でも、ジゼル姉さまが知ったら気絶するかも?」「大丈夫よ、ジゼルが好きなのはケティそのものだもの。」うーむ、矢張りジョゼ姉さまは非常に賢い人だと思う。勘が良いというか、物事の核心をズバリと理解する人なのだ。だから、ジョゼ姉さまの言った事は、間違いなく事実なのだろう。「じゃあ、早速採寸を始めましょう、お母様張り切っちゃうんだから。」そう言って、お母様はメジャーを取りに立ち上がったのだった。「起きてください、ルイズ。」翌朝、私はルイズをゆさゆさ揺すっているのでした。「ふあ…?何でケティが此処に?」「見事に寝ぼけていますねルイズ。」まだルイズは寝ぼけている模様…私はあまり良く眠れなかったというのに、安心してぐっすりだったのですね。「くー…。」「起きてください、起きないと…妹キャラっぽい起こし方しますよ?」私はそう言いましたが、ルイズは眠ったままなのです。「警告はしました…それでは、ルイズおねえちゃあああぁぁん!おっきろおおおおぉぉぉぉぉ!朝だよおおおおおおおおぉぉぉぉっ!」《必殺!妹ダイブ!》幾多の世界で元気系妹キャラがいくつものお兄ちゃんを餌食にしてきたその攻撃を、ルイズに!…問題は、私は本来元気系妹キャラでは無い事と、ルイズの妹では無いという事でしょうか?「げふぁ!?」まあつまり、私はルイズの腹の上にお尻から飛び乗ったのでした。「おはようございます、ルイズ。」「は、計ったわね…ケティ…ガク。」いや全く計っていない上に、そこで息絶えられても。「良いから起きてください、今日は作戦会議があるのでしょう?」今日は連合軍の作戦会議があるのです。議題は当初の目的通りに即効でロンディニウムを陥落させるのか、それともゆっくり攻めるのか…。「ずーっと呑んでいたから、体がへとへとなのよぅ…。」「成る程、そんな時はこれなのです。」そう言いながら、薬瓶の蓋を外してをルイズの口に突っ込んだのでした。「んもーっ!?」ルイズは絶叫しますが、鼻を押さえて飲まざるを得なくすると、あっさり飲んでくれたのでした。「体が何だかぽかぽかしてきたんだけれども…一体、何を飲ませたのよ?」「強壮剤なのです、モンモランシー製の。」いや流石はモンモランシー、効き目が早いのですね。疲れている時には強壮剤、落ち込んでいる時には興奮剤、興奮している時には鎮静剤…とかやったら、テオドール・ギルベルト・モレルとか呼ばれちゃいますね。「またろくでもないものを飲ませてくれたわね…まあいいわ、目も覚めたし。」「では、私は食堂に行っていますから、ルイズも早く着替えてくださいね。」「はーい。」私は部屋から出て、ぱたりとドアを閉じたのでした。「ほぅ…。」何とか、冷静でいられましたか…。「私はお友達、親友…。」私は女で、才人は男で、ルイズは女なのです。私のすべき事は、私の大好きな人々を手っ取り早くハッピーにする事であって、場を引っ掻き回す事ではありません…と、今はそういう事にしておきます。。じわっと涙が出て来そうになりますが、そこをグッと堪えるのが女ってもんなのです。「…さて、御飯を食べに行きましょうか。」気を取り直して…。「お、どうしたんだケティ?」「くぁwせdrftgyふじこlp!?」し、心臓が、心臓が!?な、何者!?「ケティ、ルイズの部屋の前で何やってんだ?」「さささささ、才人!?」考え事をしていたせいで、才人の気配にさっぱり気づけなかったようなのです…不覚。「…って、何で泣いてんだケティ?」いつも鈍いくせに、こういう時にだけ気づくとか、才人貴方はラブコメの主人公…でした。「わわ、私が欠伸して何が悪いというのですか才人? 悪くないでしょうええ悪くないですとも悪いというのであれば悪いという根拠を示してくださいええもう論理的に簡潔に示してください!」「心配したら畳み掛けられた!?」才人がびっくりして一歩引いたのでした。「こう見えても乙女ですから、欠伸の痕など確認されたら恥ずかしいのですよ。 それで、ルイズの部屋に何の用なのですか?」「へ?いや、ルイズを起こしに来たんだけれども。」ですよねー、慌てて思わず間抜けな質問をしてしまったのですよ。「ルイズなら起きているのです。 現在着替え中ですが…入りますか?」「あー…物凄く悪い予感がするんで、遠慮しとく。」才人の目が泳ぎ、ノブにかけようとしていた手が引っ込んだのでした。「そこはあえて開くのが男と思いますが~?」いつも通り、いつも通りに接するのです。「俺に死ねってのか!?」「どうせ数分で蘇生するでしょう?」そう、いつも通り、いつも通り。「蘇生しようが何だろうが、痛いもんは痛いの!」「きゃっ、何を!?」って、何で才人が私の手を掴みますか!?「とっとと食堂に行くぞ、シエスタが飯作って待ってるから。」「あ、あの、その…。」何で私は離してと言えませんか!?「ほら、キリキリ歩く!」「あわわわわわ…。」そのまま何も言えずに、私は才人に手を掴まれて引っ張られて行く事になったのでした。「おはようシエスタ。」「おはようございますサイトさ…縁切りチョーップ!」食堂に行くと、挨拶をして出迎えてくれようとしたシエスタが、私と才人が手を繋いでいる事に気づき、素早く繋いだ手にチョップをしてきたのでした。「うわ、何すんだよシエスタ!?」「私というものがありながら、ミス・ロッタと手を繋いで食堂に来るなんて、不潔ですサイトさん!」ぷりぷり怒っていますが…ナイスですシエスタ。あのままだったら、どうなっていたことやら?「い、いや、ケティが不穏な事を勧めるもんだから、つい。」「ふおんなこと?」シエスタが首を傾げています。「ああ不穏で恐ろしいこと、口に出すのも憚られる。 創造するだに恐ろしいから、無理やり引っ張ってきたんだよ。」そんなに恐ろしいのですか、ルイズの折檻は…。「なんだかわかりませんけれども、ミス・ロッタはサイトさんと手をつないじゃ駄目です!」「ええと…いえシエスタ、私は手を繋がれた方なわけなのですが?」言うなれば、被害者なのです。「うふふ、頬を赤らめて目を泳がせておいて、何を言い逃れしているんですか?」シエスタは、私の耳元に口を近づけると、そっとそう言ったのでした。「ぬな!?」シエスタが気づいているのはわかってますが、こんなところでそんな話しづらい話題を振って来ないで欲しいのです!「と、と、殿方に手を握られたら、普通はこうなります!」私はシエスタの耳に手を当てて、言い返したのでした。「好きでないなら、普通は嫌な顔をするものですわ。」シエスタも私の耳に手を当てて言い返してきます、ぬぅ…こっちの話題に関しては、矢張りシエスタのほうが上手ですか。「親友なのですから、嫌いなわけが無いでしょう。 ですから嫌悪感ではなく羞恥心が出てしまうのは、仕方が無いのです。」「そう言い張るなら、こちらにも考えがあります。」シエスタはそう言って離れると、才人の腕に自分の腕を絡めたのでした。「はい、サイトさん。 サイトさんの分はこちらです。」「え?ああ、こっちな。」「ぬ…。」くくくくくクールになるのです、ケティ・ド・ラ・ロッタ。ああ貴方はこのくらいで動揺するような娘では無い筈なのです。「クス…やっぱり。」あっさり見抜かれた…何故?「ぬぬぬ…。」うう、女として二年の差があると、こうも駄目なものなのでしょうか?「何が『ぬぬぬ』ですか、やっぱり油断ならないです。」「私は諸々の理由があって、シエスタのように素直には出来ないのです。 そもそも、私は現在そういう感情を秘めておいているのに、わざわざ藪を突付いて蛇を出すつもりなのですか?」私としては、どうにも整理が付かないので、放って置いて欲しいのですが。「むむむ…。」「何が『むむむ』なのですか…兎に角、この件は口出し無用で。」私は唇の前に人差し指を立てて、喋らないようにというジェスチャーをして見せたのですが…。「私は、そういうのは好きじゃないです。 何事もやるなら正々堂々とするようにと、ひいお爺ちゃんからも教わりました。」「それは貴方の流儀、私は私の流儀なのです。 惰弱だと思いたければ、そう思って頂いても構いません…実際、気持ちの表明が出来ないのは私の惰弱さゆえ、ですから。」どうしてこうもブレーキがかかるのか、自分自身の事ながら不可解なのです。「う…わかりました。 この件は胸に仕舞っておきます。」シエスタは少々困惑しながらも、頷いてくれたのでした。「どうしたんだよ二人とも、何かこそこそ話したりして?」才人が不思議そうに首を傾げているのです。「乙女には色々と秘密があるのです。 ですよね、シエスタ?」「え?あ、はい。 ではミス・ロッタの分はこちらですので、席におつきください。」私はシエスタが促してくれた席に座ったのでした。「何だよ、隠し事とか水臭いな?」「ほほう、才人は女の子の秘密を暴きたいのですか?」半眼で才人を睨み付けてみます。「エッチなのですね。」「そ、そういう話なの!?」才人が顔を赤くしてのけぞったのでした。「さあ?でもエッチなのですね。」「わ、わかった、わかったからエッチとか言うな。」顔を真っ赤にした才人が、わたわたと手を振ったのでした。「ふわ…みんな、おはよー。」ルイズが欠伸を噛み殺しつつ、食堂にやって来たのでした。「なあ男爵令嬢?公爵令嬢が、欠伸顔を隠さずに部屋にやって来たんだが? 男爵令嬢があれだけ恥ずかしがっているのに、公爵令嬢があれなのはどういう事だ?」誤魔化しが何となく引っ掛かっているのですか、才人?「良かったですね才人、貴方には素顔を見せても良いと思えるくらい、ルイズは貴方への警戒心を解いているようなのです。」ぶっちゃけ才人とルイズの場合、一緒の部屋で寝泊まりしていて今更恥じらいも何も無いような気がしますが。「そーいうもんか?」「ですです。」神妙な顔でコクコク頷いておいたのでした。「ミス・ヴァリエールはこちらですわ。」シエスタがルイズを席に促します。「ありがと、あんたも自分の席に座りなさい。」「はい。」シエスタが席に座ると、皆が一斉に朝食を摂り始めたのでした。「…で、今日の作戦会議なんだけれども、ケティはどんな事を話すと思うかしら?」「ゲルマニアは当初の作戦通り、速攻案で来るでしょうね。 …とは言え、誘引策がいささか上手く行き過ぎて、ロサイスにせっかく構築した防衛陣地が全部無駄になった上に、アルビオン軍は士気が崩壊しつつあるとは言え依然無傷なわけですが。」確かこれは、原作どおりだった筈…。「空を埋め尽くす大艦隊は、やっぱしやり過ぎだったんじゃねーか?」「う…やっぱりやり過ぎたかしら?」ルイズは苦笑いを浮かべたのでした。「お蔭様で遠征軍はたっぷりと休みを取れましたし、これはこれでありでしょう。 ただ、これ以上のんびりしていると士気がブッ弛みますので、そろそろ戦争再開…なのです。」「戦争再開か…嫌になるわね。」ルイズの顔が憂鬱になったのです。「いやほんと、憂鬱になるな…。」才人も憂鬱そうな表情になったのでした。「弾薬はケティんとこで作ってもらったのがあるから良いけど、あの大砲をまた使うのか? 今度は地上に向かって…。」蒼莱は対地攻撃には向いていないのですが、アルビオン空軍が壊滅した今となっては仕方が無いのですよね。「城門を狙えば、恐らく一撃で破壊できる威力がありますから、攻城戦での破城槌の代わりとして使われる事になるでしょう。」問題は、多分そうなる前に例のイベントが起こるという事…ですか。7万に膨れ上がったアルビオン軍を才人がたった一人で食い止めるという、呂布でも無茶っぽいイベントなのです。「私はこれを放置すべきなのか…。」「ん?なんか言った?」おっと、思わず口から思考が漏れていましたか?「いえ、何でもありません。 それで、今後連合軍が…特にゲルマニアが採る選択は…。」私は朝食を楽しみつつ、ルイズに戦略の説明を行ったのでした。「速攻策だ! ロンディニウムまで一気に進軍し、包囲し、撃滅する! これが我々が採り得る策の中で最善である!」ハルデンベルグ侯爵は、開口一番そう吼えたのでした。銀髪に同じ色の見事なカイゼル髭を蓄え、ガッチリした体格のそれはもう何というか…暑苦しい感じの御仁なのでした。「…とまあ、最初に私は私としての結論を述べておく。 その次に悪い知らせからだが、我が軍の兵糧は既に4週間分しかない。 まさかロサイスを完全無欠に放棄するとは思わなんだ…とは言え、間者からの報告では敵軍の士気は急激に崩壊しつつあるらしい。 此処は砦等を全て迂回してロンディニウムに立て篭もるアルビオン軍を包囲殲滅するべきだと思うが、ド・ポワチエ伯はいかがかね?」ハイデンベルグ候は鼻息荒く、トリステイン軍司令官のド・ポワチエ卿に話を振ったのでした。「そうですな…兵糧を買うにも莫大な金がかかる…長期戦はなるべく避けるべきですな。 それに、姫様からは勇敢無比なゲルマニア軍に先陣を切っていただき、我々はそれを徹底的に支援すべしとも承っている。 …であれば、ハイデンベルグ候の策に対してゲルマニア諸将に異存が無いのなら、我々はそれに従いますぞ。」ド・ポワチエ卿はあっさりと頷いたのでした。「ハイデンベルグ閣下、私は反対です。 此処から一気にロンディニウムでは補給線が延び過ぎます。 そこを衝かれれば、我が軍のただでさえ少ない兵糧が更に少なくなります。 そうなれば、軍の士気を維持するのが困難になりかねません! 最低限2~3箇所の砦を制圧して、敵の主力をおびき出す行動をとりつつ、物資の中間集積所にする事を提案いたします。」東トリステイン系のトリステイン軍人であるウインプフェン卿が、ハイデンベルグ候の主張にいきなり異議を唱えたのでした。「はぁ…空気読めない人ね、って言うか上官が良いって言っているのに…。」ルイズが思わず溜息を吐きながら、隣にいる私にしか聞こえないくらいの小さな声でボソリと呟いたのでした。とはいえ、ウインプフェン卿の発言は戦の常道ではあるのです…まともにやったら追加の兵糧を用意するのにかなりお金がかかりますが。…姫様からの命令は、ゲルマニア側に察知されないように、司令部ではポワチエ卿しか知らないのですよね。「いいや、そんなものは大した問題では無かろう? 我が軍は既にアルビオンの制空権を確保しておるのだから、補給線は空から見張ればよい。 そもそも、我々は当初の目的通り、降臨祭までには帰らねばならぬのである。」ハイデンベルグ候がウインプフェン卿の発言に反論していますけれども、『降臨祭までに帰る』は長期戦フラグなのですが…第一次世界大戦的な意味で。「始祖の降臨祭までに帰るつもりで始めた戦が、かつて降臨祭までに終わった例がありましょうか? 『年越し戦争』や『長過ぎる一週間戦争』の例などからも明らかなように、急ぎ過ぎて拗らせた例ならば腐るほどありますが。」東トリステイン系の貴族は、自分達の祖先が治めていた領土をゲルマニアに奪われてしまった者が大半なので、ゲルマニア嫌いっぷりが西トリステイン系の貴族に比べてもかなり酷いのですよね…。これ以上彼に話させたら、話が拗れかねません。「自らの臆病を慎重さと履き違えているようだな。 ふん、風系統は臆病風とはよく言ったものよ。」ちなみにウィンプフェン卿は風系統のメイジなのです。「臆病者はそちらでしょう。 降臨祭までに帰る事が出来ずに、奥方に叱られるのが余程怖いと見える。」「なに?聞き捨てならぬ事を…。」ハイデンベルグ候は奥方に頭が上がらない事で国内外に有名ですからね…軍人としては攻勢には滅茶苦茶強いタイプの…ビッテンフェルトではなくグエン・バン・ヒュー系といいますか、そんな御仁なのですが。「ハイデンベルグ候、ウインプフェン、双方ともそのくらいにして頂きたい。」双方が睨み合い始めた所を見計らって、ポワチエ卿が割って入ったのでした。「ウインプフェン、私は己の出世のみがささやかな趣味という、自己保身に塗れた木端軍人でな。 頼むから、あまり会議の場を波立てないでくれないか?」「は?はあ…。」何で物凄く情けない事を言いつつ、ウインプフェン卿を威圧感たっぷりに睨み付けるのですか、ポワチエ卿?ウインプフェン卿が、わけわからなくなって戸惑っているのです。「ハイデンベルグ候、このままロンディニウムに敵の全軍が立て篭もったままでは、当初の予定よりもロンディニウムで会う敵兵が多過ぎるのも事実。 ここはもう少しロンディニウムに近い場所に陣取って、敵の主力を精神的に圧迫すれば少しくらいはおびき出せるのではないかと思われるが、いかがか?」「うむ、確かに私もそれは危惧していた事ではある。 …で、具体的には何処に陣取れば良いと思われるであろうか?」ハイデンベルグ候は、そう言って地図(といっても、滅茶苦茶大雑把な位置関係しか書かれていないものですが)を、ポワチエ卿に手渡したのでした。「ウインプフェン、ここを抑えられると敵が焦る…というのは何処か?」「そうですな…。」ポワチエ卿がそう言うと、ウインプフェン卿は一点を指差したのでした。そこに書いてあったのは、シティ・オブ・サウスゴータという文字。「矢張りサウスゴータかと。 ここには近くの風石鉱山から運び込まれた風石や、食料が保管されております。 現在サウスゴータからは物資がロンディニウムに運び出されている最中のようですが、何せ大量にあるので未だに搬出は完了していない模様です。 ここの食料や風石を手に入れることが出来れば、我が軍は若干ながら一息つけますし…。」「…同時に、物資を奪われたアルビオン軍は動揺すると。」ポワチエ卿は感心したような顔をしていますが、この二人…マッチポンプなのですね?何で、わが国はこういう狸ばっかりなのですか…。「成る程な、それであれば数箇所もの砦を攻略するなどというまどろっこしい事をせずとも良いか…。 しかし、サウスゴータは物資の集積地と交通の要衝を兼ねている重要拠点ゆえ、ロンディニウムほどではないにせよかなり堅牢な城塞都市と聞くが。」ハイデンベルグ候は首をひねって唸っています。「その為の『我々』なのです。」あの二人の三文芝居に、私も付き合って見ますか。「そう言えば、貴方はいったい誰かねフロイライン?」「ケティ・ド・ラ・ロッタと申します…ミス・ヴァリエールと同じく、アンリエッタ陛下直属の侍女ですわ。」「なんと!?」それを聞いて、ハイデンベルグ候が目を剥いてびっくりしたのでした。そして、それを見たポワチエ卿が、笑いを堪えて口を押さえているのです。「それで、『我々』とは…?」「私、ルイズ、そして彼女の使い魔である才人などが所属する組織…特務機関『オレンジ』なのです。」「ぶーっ!?」ルイズが隣で水代わりに出たワインを噴きましたが、無視無視。「ちょ、ケティ、それって…。」「大丈夫なのですルイズ、陛下からの許可はいただいているのですよ。」ルイズに『取り敢えず合わせれ』という意思を込めつつ、微笑みかけたのでした。「へいかが、それならちかたがないわね。」なんという棒読み…噛んでるし。「サウスゴータの門は、全て蒼莱が潰します。 いかな城塞都市といえど、門を尽く破壊されては守り切る事は不可能でしょう?」蒼莱の弾ならまだ筏に残っていますし、あれなら下手な破城槌よりも強力ですからね…パウルにあちらで今出来ている分も全部送るように手紙を送っておきますか。「素晴らしい…貴公らの働きには我が軍も大いに助けられている。 これからもよろしく頼みますぞ。」「え、ええ、はい。」感動した表情でハイデンベルグ候が、ルイズの手を握って激しく握手しているのでした。「…と言うわけで、頑張って下さい才人。」作戦会議で決まった事を、掻い摘んで才人に伝えたのでした。「何だか、そんな事になったわ。」ルイズも沈痛な面持ちで、頷きます。「なんだそりゃ!?」才人は頭を抱えたのでした。「仕方が無いでしょう、手っ取り早く城塞都市を陥落させるには、全ての門を破壊してしまうのが一番なのです。 コルベール先生が作ってくれた新兵器も、実験してみないと…。」しかしあんなものを作っていたとは…。「ケティが持ってきた、『猛り狂う蛇くん』とかいう、アレか?」「ええ、2発しかありませんが、ヴィスビューの艦長に頼んで筏に運び込んでもらったので、試しに城壁に向かって撃ってみてください。」このファンタジーなハルキゲニアで、あの人だけが相変わらず未来に生きているのです…。「おいっすー!」私達がそんな事を話している間に、ぽっちゃり系竜騎士がやってきたのでした。「ええと、ぽっちゃり系竜騎士…じゃなくて、ジャン・ルイでしたか?」「なんだそのいつの間にか撃墜されていそうな名前は!? 俺の名はルネ・フォンクだ!」ぽっちゃり系竜騎士は、そう言いながら、私に酒瓶を渡したのでした。「これは?」「ゲルマニア軍から、あんた達に差し入れだと…しかもハイデンベルグ候直々だぜ。 あんたらの所にうちの竜騎士隊総出で届けに来たんだ。」ぽっちゃり系竜騎士はそう言うと、私を見たのでした。「…で、今度は何やるんだ? いい話なら、俺達にも一枚噛ませてくれよ?」「今回も蒼莱が無いと出来ない任務ですから、それはちょっと無理なのですね。」流石に風竜のブレスでは、城門破壊は無理ですし。「ちぇー…それは残念。 …まあ、それは兎に角だ、食いもんがいっぱい来たんだ、しかもあんたらじゃあ食いきれないような量が。」「サウスゴータ進攻前にもうひと呑み…ですか?」私が半眼になると、ルネはびくっと顔を引き攣らせたのでした。「だ、駄目か?でもそれだと折角の食料が…。」「駄目だとは言いませんよ、今夜は皆で飲みましょう。」ゲルマニア軍からの差し入れは、おそらく遠征軍では貴重な生の食料や、ハムやソーセージといった干し肉よりも上等な保存食でしょう。「折角の差し入れを、痛ませてしまっては勿体無いですし。」「…いいのか?」何故に、そんな恐る恐るなのですか?「…あんた、意外と話がわかる?」いや、だから何で疑問系なのですか?「ひょっとして、私を物凄い堅物か何かと勘違いしていやしませんか?」「いやだって、宴席にいきなり火魔法ぶっ放す女だぜ?」成る程…って。「一週間ぶっ続けで宴会して部屋汚しっぱなしにしている状態を、誰かが怒らなかったら収拾が付かないではありませんか。」皆泥酔していたので、喝を入れる必要があったというわけなのです。「いやだからって、いきなり火魔法は…。」「何か言いやがりましたか?」交渉に於いて、笑顔は大事なのですよ。「い…いや、何でも無い、です、はい。」ほら、笑顔を浮かべれば、皆友好的になってくれるのです…ねっ★「はーい、出来ましたよー♪」「どんどん食べてくださいねー♪」シエスタと一緒に運び込まれた食材を調理し、どんどん持って行きます。『おーっ!』竜騎士たちが歓声を上げているのです。「お、俺、男爵家の女の子の手料理食うの初めてです。」「安心しろ、俺もだ。 しかし男爵家のお嬢様でも、料理って作るんだな…。」何だか、妙な感動を与えている模様…いや、うちは男爵家でも多分に庶民的な家なのですが。。ちなみに彼らは軍人になる事で、エスクァイアという一代限りの貴族の身分を保証されているメイジなのですよ。階級としてはギリギリ貴族、ほとんど平民という人々なのです。ですから、何と言いますか…。「わはははははは! 何だかやっぱり気が合うなお前ら!」「おう、気が合うな、まあ呑め!」学院に通う貴族の子弟とは違って非常に庶民な人々なので、才人と気が合う事気が合う事…。「才人、楽しむのは良いですが、あっちは良いのですか…?」ルイズに目を向けると、オッドアイの美少年が彼女のお酌をしているのです。「さあ、お嬢様、もう一杯どうぞ。」「あ、有り難う…。」ふむぅ…髪がピンクや空色の人は見ていますが、オッドアイは始めて見たのですよ。あれがジュリオ・チェザーレ…ね。「…くぅ、辛い現実から逃げさせてくれ。 こんなあっさりルイズが俺から乗り換えるだなんて。 イケメンなんて、イケメンなんて、爆発すれば良いんだ。」「いや、才人の目が曇りまくっていると思うのですがー?」ルイズは確かに滅多に見ないレベルの美男子を見て少々照れてはいますが、ぶっちゃけめっちゃ困惑しているのです。「いや、あれは男に惚れた女の目だ、間違いないね。」「矢鱈気障なロマリア男と二人きりにされたせいで、基本的に人見知りの激しいルイズが目を白黒させているだけに見えますが。」ルイズから助けてオーラが出ているのに気づきませんか?才人?「ケティ慰めないでくれ、俺は振られたんだ。」「そうですか、わかりました根性無し。 そこで好きなだけクダ巻いていやがれなのです。」前もそうでしたが、才人は酔っ払うと異常なくらい自信を無くすというか…フラれ上戸?わけのわからない酒癖なのですね。「…さてと、私もルイズのところに行きますか。」才人は役に立たないようなので、私がルイズを助けてきますか。「ケティにまでフラれた!? 俺の人生オワタ、もう樹海行くしか。」はいはいわろすわろす…そもそも、どうやってハルケギニアから富士樹海に行くつもりなのですかと。「シエスタ。」「はい、何ですかミス・ロッタ?」私が声をかけると、シエスタがとことこやってきたのでした。「料理は運び終えましたよね?」「ええ、全部運び終わっていますわ。」シエスタはこくりと頷きます。「では、暫く才人の相手でもしてあげてください…多分、うんざりすると思いますが。」 「大丈夫です、任せてください! 酔っ払いの相手はこれでも慣れているんですよ。」シエスタは力瘤を作って見せてくれたのでした…何故に?「でも良いんですか? 私、サイトさんの心の隙間を突っ突いちゃうかも…ですよ? そして取っちゃったりして。」「シエスタ…。」私はシエスタの肩をポンポンと叩いたのでした。「…戦わなきゃ、現実と。」「どういう現実と戦わなきゃいけないんですかっ!? 哀れみの視線を送らないでくださいっ!」いやだって、いつもアプローチが大胆過ぎて才人ドン引きじゃないですか、シエスタ。「人間、知らない方が良い事だって結構あるのですよ。」「うぅ…凄く不安になってきたんですが。」シエスタは大胆に迫るタイミングが、才人がその気になる前よりも早過ぎると思うのです…教えてあげませんが。「では、私はロマリア男からルイズを救出に行ってきます。」「はい、御武運を…。」シエスタは肩を落としながら私を送り出してくれたのでした。「ルイズ、楽しんでいますか?」「あ、ケティ。」ルイズは私を見て笑顔を見せましたが、才人の方を見て眉を顰めたのでした。「あのバカメイド…。」「才人は泥酔状態ですから、シエスタに任せて放って置きましょう。 あの状態だと、たぶんまともな受け答えは出来ませんよ?」正直、あの状態では処置無しなのですよ。「さて、貴方のお名前を伺っていませんでしたねロマリア人?」「可憐な人、僕も君の名を聞いてはいないな?」ふむ、やはり間近で見るとよりいっそう面白いといいますか。「私の名はケティ・ド・ラ・ロッタと申します。」「僕の名はジュリオ、ジュリオ・チェザーレとお呼びください。」ジュリオが右手を差し出してきたので、握手するのかとでも思って左手を差し出したら、素早く跪いて手の甲に軽くキスをしてきたのでした。「な!?手を許した覚えはありませんが?」「失礼、あまりにも美しい手だったものでね。 そう…うちの恥部との繋がりがある人の手には見えない美しさだ。」ジュリオはそう言って、私にウインクして微笑んで見せたのでした。『お前のルートは知っているが、わざと泳がせているんだ』ですか。「あら、貴方の言う恥部が何なのかは知りませんが、褒めていただけて光栄なのです。」はぁ…この人との会話は胃が痛くなりそうなのですよ…。