『教団』とは、『始祖の正しき教え』を守り伝える為に作られた組織経典の原本全てを持っているのはロマリアの教皇庁だけなので、ぶっちゃけ幾らでも追加できたりするわけなのですが『教団』とは、『始祖の正しき教え』を守る敬虔なる徒が仕える組織内情といえば、高位の坊主でも袖の下を渡せばホイホイ『保管庫』にある異世界の武器を横流ししてくれたりするわけなのですが『教団』とは、『始祖の正しき教え』を守る為にハルケギニア中に『異端審問官』を派遣している組織我が家領にも何度か異端審問官が立ち入ろうとした事があるらしいのですよね、いずれもその後の消息は不明…無茶しやがって、なのです「さて…二人きりになれたわけだけれども。」そう言って、ジュリオは柔らかく微笑んで見せたのでした。「月に照らされる君は、まるで妖精の様だね。」「ぼちぼちでんな。」私はジュリオのロマリア風挨拶に大阪風挨拶で返すことにしたのでした。「ボチボチデンナ?」「ロマリア風挨拶はいちいち面倒臭いので、普通にしてください。」後でなら兎に角、この段階のジュリオと馴れ合うつもりはありませんし。「や、やりにくいなぁ…普通の女性はもうちょっと僕に好意的に接してくれるんだけれども。」「いあいあ、そんなに気落ちなさらずに。 私の男の趣味は、世間一般からちょっぴりずれているらしいのです。」正直な話ちょっぴりドキッとはしますが、こと交渉時にその程度で表情を変えるものですか。「うーん…僕の目を見て、どう思う?」「珍獣。」オッドアイは初めてですが、別に目からビームが出るわけじゃなし。珍しいという事以上の感慨は浮かびません。「ち…珍獣!?」「とても珍しいのですね、それで珍獣、珍獣ジュリオ・チェザーレ(仮)。」私の出した感想にあっけにとられたのか、ジュリオはポカーンとしているのです。「そ…そういう感想を抱かれたのは、生まれて初めてだよ。 神秘的だとはよく言われるんだけれども。」何とか立ち直ると、ジュリオは心底困惑した表情で、頬を掻いたのでした。「うーん…そこで『ジュリオビーム!』とかの掛け声と一緒に色違いの方の目から光線を発して鳥を撃ち落したりしたら、『素敵!抱いて!』って感じに惚れるかもしれませんが?」「さ、流石にそれは無理だよ。」矢張り無理ですか、それは残念無念。間近で見ると、ビーム出せそうなのに…。「それで、私を人気のない場所まで連れ出して、何の話なのですか珍獣ジュリオ・チェザーレ(仮)。」「その珍獣と(仮)は止めてくれないかな?」お、頬がひくひくしているのですね。「それでは、ジュリオ・チェザーレ(笑)では?」「人の名前に(笑)とかつけないでくれ…。」もうちょいで爆発しますね…うん。「仕方がありませんね…では、カミッロ・ベンソ・コンテ・ディ・カヴールと。」「『ジュリオ・チェザーレ』が跡形も無いよ!しかも何か長いよ!?」同型艦の元ネタなのです。「どうせ仮名なのですから、どうでも良いでしょう?」「いくら仮名でも、勝手に全面改訂されたら困るよ!?」がーっと叫ぶように、ジュリオは私にツッ込んだのでした。「なんというツッ込み属性持ち。」「誰がツッ込み属性持ちだっ!」この人とコンビを組めば、お笑い界の高みまで登れそうな気がするのです。「今の貴方がツッ込み属性持ちで無くて、何だというのですか?」「この状況でツッ込まずにいられるか!?」ああジュリオ、今の貴方は最高に輝いているのです。「それで、私に話したい事とは?」「いきなり話変えないでくれ。」私はそれでも構いませんが…。「いや、私と一緒に大衆芸能に一大改革を起こしたいのであれば、そっちの話を続けますが?」「そんなつもりは無いから安心してくれ。」それは残念。「それじゃあ、話を戻そう…僕達は組めると思うんだが、違うかい?」「そうですね、目的に一緒のものもありますから、その点では組めるかもしれません…が、時期尚早なのです。」勿論『組む』とは、お笑いコンビの事では無いのですよーと。しかし、その件は我が国でも特級クラスの機密なのですが…壁に耳あり障子に目ありとは良く言ったものなのです。あまり考えたくありませんが、枢機卿の辺りから漏れていますか?彼は兎に角、彼の周辺にいる聖職者とか?諜報と一緒に防諜体制もしっかり整えて行かないといけないのですね、我が国は国土も狭けりゃ大した鉱物資源も無いのですから。金と情報だけでもしっかり握っておかないと、これ以下に凋落したらガリアかゲルマニアに吸収されてしまいかねません。「例の件は実際、実例を見せないと誰もわかりはしないでしょう。 陛下は存じていらっしゃいますが、それでも完全に信じていらっしゃるかと言えば、そうではありませんし。」姫様がいかにまっく…もとい心の強い方とはいえ、国土が天空高くすっ飛んで行くなんて事態は、あまり想像したくないものなのです。「…つまり、暫らくは対策にかかれないというわけか、クソっ。」「我々の間に流れる血は、まだ足りないという事なのでしょう。 歴史はたくさんの生贄の血を求めます…私達に出来るのは、せいぜいその生贄に選ばれないように努力する事のみなのです。」非情な話ですが、今ここで色々なイベントをすっ飛ばすと、何が起こるのか正直な話見当がつかないのですよ。「来たる時、陛下が貴方達に味方する事だけは私が保証させていただきます。 それまでは、お互い歴史に踊らされる道化を演じましょう。」「はは、覚悟は出来ている…とはいえ荷が重いね、それは。」私だって、幾人もの人間を見捨てる事になるのです…私が死ぬなり殺されるなりして、死んだ時に見る光景は地獄か、それとも?「偵察よ、偵察。」「はぁ…。」翌日ルイズが、唐突にそんな事を言い始めたのでした。「数日後にはシティ・オブ・サウスゴーダ攻略を始めるのよ。 司令部から回って来るものだけじゃなくて、生の情報が欲しいわ。」「まあ確かにそれがあって困らないのは確かなのですが。」あったとして、それをどうやって処理するつもりなのですか?トリステイン軍司令部には偵察情報を統合して分析するオクセンシェルナ方式を取り入れた参謀団が居るので、情報をかなり正確に図として書き起こせているのですが。「それで、蒼莱を飛ばすと?」「うん。」成る程、成る程…。「却下、なのです。」「何でよ!?」「ぐふぇ!?」ルイズ瞬間沸騰、唸る拳、そして崩れ落ちる才人。「…な、なんで俺?」床に崩れ落ちたまま、呻くように才人が訊ねています。「ケティ殴れないでしょ、死んじゃうわよ。」「そんな思いやりがあるなら、もうちょっと俺の事も労わってくれ…がく。」南無南無…。「で、なんで?」「生の情報を持ってきても、それを処理出来ない以上、司令部からの情報以上の精度にはならないのです。」オクセンシェルナ方式恐るべしというか、一気に戦場の情報処理を数世紀進ませるとか、故ミフネ中将やり過ぎなのです…。「う…。」「それに蒼莱を使うのは、ガソリンが勿体無いのですよ?」学院が閉鎖してしまったので現在、学生達の小遣い稼ぎにやって貰っていたガソリンの生産が止まってしまったのです。残った分も私と一緒に持ってきてしまいましたし、もし無くなれば蒼莱は超々ジュラルミンの塊でしかないのです。時間と暇を持て余す上に金銭感覚が未熟なメイジが兎に角無茶苦茶に多いという学院の環境は、ガソリン生産に於いて非常に良い環境だったのですが。普通の職人メイジに頼むと、生産コストが…コストががががが…。「わかったわ…ソウライを使うのは諦める。」ルイズは肩を落として溜息を吐いたのでした。「私ちょっと出かけるわ、じゃあね。」「あ、はい、お気をつけて。」そう言って、ルイズは立ち去ったのですが…。「け、ケティ、ルイズがあのロマリア野郎と一緒に風竜に乗って出かけた!」「ブーッ!?」慌てて私の部屋に駆け込んできた才人に、お茶を吹くというお決まりの反応で返してしまったのでした。「ぎゃああああああああぁぁっ!?」「あ、あのピンク猪、納得したわけじゃあなかったのですね…。」私は顔を押さえる才人にハンカチを手渡しつつ、左手で眉間を抑えたのでした。蒼莱が駄目なら風竜で行きますか…何でそんなに戦況が知りたいのやら?「しくしくしくしくしく。」「いや才人、毒霧噴射してしまったのは謝りますが…そんな、さめざめと泣かなくても。」才人の顔がまだ赤い…ひょっとして、まだ酒が残っていやがりますか?「ルイズにフラれた、完全にフラれた、俺オワタ。」「うわぁ…。」ああもう、酔っぱらいウザい。「大丈夫なのです、ルイズと貴方は…そう、ラブラブなのですから。」「でもな、ルイズの奴『ちょっとイケメンと空飛んでくる』とか言ってたぞ?」ああもう、ツンデレ面倒臭い!超面倒臭い!何か話しているうちに拗れたのでしょうが、どうしてそういう風に抉る事しか言えませんか、あのピンク色した釘宮病感染元は!?「だってさ、あんだけのイケメンだぜ、俺の出る幕無いというか…。」「ぶっちゃけましょう、ルイズはイケメンなど、散々見慣れているのです!」才人のボヤキを遮って、宣言してみたのでした。「な、何だってー!?」「ラ・ヴァリエール家の親戚筋は、美形揃いなのですよ。 ルイズはイケメンなんて見慣れているのです。」…という事にしておきます。そんな事はいちいち調べてはいません、面倒臭いので。「な、なんてこった。」「ですから、才人、そんな事をいちいち気にしていては…才人ー?」あ、あれ、逆効果でしたか?「ふんがー!それじゃあ始めっから無理って事じゃねーか!不公平だ!イケメン爆発しろ!」変な方向に才人がエキサイトしてるー!?「バースト・ロンド!」「ふんぎゃー!」取り敢えず、才人には頭を冷やして貰う事にしたのでした。「頭、冷えましたか?」「燃えたのに頭冷えた、不思議…。」頭冷えたのであれば、結構なのです。「才人、どうします?」「フラれたとかそういうのは兎に角として、心配だからルイズを迎えに行って来る。」うーん、でもガソリンが…って、ええい!みみっちい事を考えている場合ではないでしょう私!「わかりました、行きましょう。」ぱっちゃり竜騎士…じゃなくて、確かジャン・ルイみたいな名前の竜騎士たちの人脈作って小遣い稼ぎ代わりに作ってもらえば…屁の突っ張り程度にはなる筈。「ちなみに才人、今回の飛行で燃料をかなり使ってしまいますが、それは理解していますね?」「ああ…でも、風竜単騎じゃ幾らなんでも危ない。」ジュリオがいかにヴィンダールヴとは言え、危ないものは危ないのですよ。「…ところで、何時の間にかケティも乗る事になっていないか?」「ほほう?つまりアレなのですか? 才人にはエンジンの爆音鳴り響く空で、発光信号無しにルイズと会話する手段があると。」発光信号はこちらの言葉でやり取りされているせいで、翻訳魔法の適用範囲外なのですよね。「あ…ケティも発光信号使えるの?」「フフーフ、『こんな事もあろうかと』ってヤツなのです。 才人は魔法で自動翻訳されたこちらの言葉を理解しているという制約が付く以上、発光信号を覚えるのは困難ですから。」まずは文字を覚えなければいけない段階の人間に、いきなり発光信号はハードル高過ぎなのですよ。「何で、笑い声がどっかの武器商人のお嬢様なんだよ?」「私は一応武器も売る商会の主で、一応お嬢様なわけですが。」いやまあ、あんな銃弾飛び交う戦場に、しょっちゅう乗り込むのは勘弁願いたいのですが。「そうでした…話を戻すけど、すげえよな、この翻訳魔法。 俺、最初は皆日本語でしゃべってんのかと勘違いしたくらいだもん。」「私が才人と話している時なんか、私は日本語で話す才人の言葉を日本語で聞き取ってトリステイン語で話しかけているのですよ。 翻訳魔法の効果が存在しない、例えば録音された音声などで聴いたら物凄くチグハグでしょうね。」私が日本語聞き取れるのをいい事に、翻訳魔法がサボっているのですよね。まあ多分、そっちの方が言葉の細かいニュアンスとかが伝わりやすいからでしょうが。「…と、こんな事を話している場合じゃないのです。 早く筏に向かいましょう。」「おう、わかった。」私は才人に先んじて走り始めたのですが…。「短剣を握って走るなーっ!?」才人が短剣を握ってガンダールヴ発動させたせいで、あっという間に抜き去られたのでした。「すまん、急いでたから…。」戻ってきた才人が、気まずそうに私に頭を下げつつ併走し始めたのでした。「どうでもいいですが、デルフリンガーは?」「ルイズに持っていかれた。」何故ルイズが持っていくのですか。「…何故に?」「最近デルフで素振り一万回とかするようになったんだ、アイツ。」それは、何と言いますか。「ええと…才人いらない子?」「近代兵器の操縦以外の扱いでちょっと自信無くなってきているんだから、トドメ刺すような事を言わないでくれ…。」走りながら泣くとは器用ですね才人。「うし、ケティには恥ずかしい目にあってもらう事に決めた。」「へ?いや、あの、ちょ、何を!?」私は才人に抱え上げられたのでした。「お姫様抱っこで晒し者の刑…つーか、こっちの方が早いからこれで運ぶ。」「た、確かに恥ずかしいのですが、これは運んでいる物も同じでは?」うわ、陣地内を歩く人の奇異の視線が…女の子をお姫様だっこしながら常人では有り得ないスピードで走っているのですから、当然といえば当然なのですが。「こちとら奇異の視線で見られるのは慣れてるから、全然恥ずかしくねえ。」「ふ、吹っ切れているのですか、やりますね。」まあ、あっちとこっちじゃ常識がまるで違いますものねえ…。「降ろしてとか、恥ずかしがらないのな?」「私は望む者に望む物を与えるのが大嫌いなのです。 ついでに言えば、この方法が持ち方は兎に角、やり方としては合理的なのも理解しています。」本音を言うとめっちゃドキドキしているわけなのですが、このくらい抑えて見せるのがレディの嗜みといいますか。「顔、赤いけど?」「そ、それは、見なかった事にするのが男ってものでしょう?」失敗していましたか…才人に謀られるとは不覚。「ええ、ええ、物凄く恥ずかしいのですよ。 お願いですから、早く筏まで連れて行ってください。」「お…おう。」ミラー効果で恥ずかしさが更に上昇するので、才人まで恥ずかしそうに頬を赤らめないでください。「…で、ルイズ達が何処に行ったのか知ってるか?」「あがー!?」プロペラを回す為に呪文を唱えていた最中にそんな事を言われて、思わずコックピットの風防に頭をぶつけてしまったのでした。「いや、そんな盛大にずっこけなくても…。」「い、一体、何処に探しに行くつもりだったのですか!?」ルイズに行き先を聞いていなかったのですか!?「いや、兎に角探せば見つかるかなと。」「ええいこのスットコドッコイ! そんな当てずっぽうに飛んだら、幾らなんでもガソリンの無駄なのです!」ひ、一人で行かさないで大正解でした。「うう…適当ですまん。」「はぁ…ルイズ達はシティ・オブ・サウスゴーダ上空に居る筈なのです。 『クランキング!』」蒼莱のプロペラ回す為専用の魔法…自分でアレンジしておいて何ですが、何というニッチ魔法。恐らく、私のアレンジ魔法の中でも今まで無いくらいのニッチなニーズの為に作られた魔法なのですよ。まあ蒼莱には、それくらいの価値はあるのですが。「おし、エンジンかかった!」「それじゃあ、いっちょ行ってみましょう!」蒼莱は平らに均された筏の上を急加速し、一気に浮き上がったのでした。「…んで、サウスゴーダって、どっちだ?」「あっちです。」だいたいあっちといった感じなのですが、まあそれでも大丈夫大丈夫ノープロブレム。「オッケー、じゃあ全速力で行くぜ!」「はい、やっちゃってください!」私がそう言うと同時に蒼莱のエンジン音は更に激しくなり、ぐいぐいスピードが上がっていくのがわかるのです。「学院長室で一番良い椅子かっぱらってきて据え付けただけの事はありますね、この加速でも快適快適。」「学院長可哀想に…。」まあつまり私が今座っている後部座席は、学院長の椅子の熟れの果てなわけですが。全身をきっちりサポートできて、尚且つしっかりとクッションが効いた椅子が学院長の椅子しかなかったので、ルイズの権限で接収してトリスタニアにあるパウル商会の工房で加工の後、蒼莱の正式な後部座席となったのでした。ちなみに、代わりの椅子は注文しておきました。学院長室には新品の、前と遜色ないどころかより快適に座れる椅子が提供される予定なのです。予定という事はつまり、注文したけどまだ届いていないのですけれども…学院長が今どんな椅子に座っているのかは謎なのです。「何を言っているのですか才人、学院長の椅子は国家の為の礎になったのです。 名誉でこそあれ、可哀想などという事は無いのですよ、たぶん。」「顔を『のヮの』にして、言うこっちゃねーな…。」バックミラーで私の顔を覗き込みつつ、才人は溜息を吐いたのでした。「つまり才人は私が加速Gに悶える姿が見たかったと…変態。」「俺いきなり変態認定!?」才人は悲鳴のような声を上げると、わたわたと慌て始めたのでした。「い、いや、そういう事じゃなくて、椅子取られた可哀想な学院長と、すっとぼけるケティの狸っぷりにだなー…。」「狸呼ばわり…ええ、ええ、私はどうせタレ目の狸顔ですよ、悪かったですね。」ちなみにハルケギニアはあっちの世界のヨーロッパと違って狸が生息しているので、狸顔で通じてしまったりします…うう。「ああもう、悪かった、悪かったって! 良いじゃねーか狸顔、可愛いって。」「そ、そうですか!?」才人に可愛いって言われて、素で喜んでしまう私…ううむ、自分で言うのもなんですが、乙女なのです。「お、あれがサウスゴーダか?」少しして、遠くに見え始めた城塞都市を見ながら、才人が尋ねて来たのでした。「はい、この近辺であれだけの規模の城塞都市はシティ・オブ・サウスゴーダのみなのです。」城塞都市、ロンディニウムへの門、それがシティ・オブ・サウスゴーダ。王家の縁戚であり、かつては『王家の守り手』として知られていたサウスゴーダ侯爵家によって古来より治められてきたサウスゴーダ領の首都。…良く考えてみたら、フーケは王家の縁戚で元侯爵令嬢なのですよね。もしもサウスゴーダ家が復興すれば、唯一の生き残りであろう彼女がマチルダ・オブ・サウスゴーダ婦人侯爵ですか。貴族社会にすっかり嫌気がさした彼女本人は、激しく嫌がりそうですが。それにしても、かつての『王家の守り手』の生き残りが、一族の復讐の為に王家を滅ぼすのに手を貸したというのは、何とも皮肉な話なのです。「ルイズ達は…あれか!?」数十匹の風竜を巧みにかわし続ける風竜が一匹…。「流石はヴィンダールヴといったところですか…。」「何か言ったか!?」思わず呟いてしまっていましたか、くわばらくわばら。「いいえ、何も。 それよりも才人、ルイズ達の救援を!」「おう!」蒼莱はドッグファイトの真っ最中なその場所に、急降下していったのでした。「ああ、ルイズがあのイケメンにしがみついてる!? 偵察飛行をドキドキ密着イベントにしやがって、アルビオンの連中許さん!!」流石はガンダールヴ、無駄に目が良いのです。「理不尽な怒りなのか、まっとうな怒りなのか、判別し難いのですね…。」私がそう呟いた途端に12.7㎜機銃が火を噴き、風竜の頭を真っ赤な霧に変えたのでした。「うっ…ルイズから聞いていましたが、これは…。」風竜だけでなく、乗っていたメイジも上半身と下半身が泣き別れ…うう、内臓が、内臓が。実家で牛の解体とかやっておいて、大正解でした。ちなみに牛の解体をブレイドでやると、とっても手早く済ませる事が出来るのです。こんな便利な魔法なのに、何で戦いのみに使おうとするのだか…とか、こんな感じで現実逃避をしている間に目の前で竜騎士が飛び散りーの、風竜が砕けーの、風防に血飛沫がかかりーのと、スプラッタが展開されているわけなのですが。ナマモノ相手に機関砲は、恐ろしい結果をもたらすのですね…まあ、小口径だろうが何だろうが、死んでしまえば一緒なのですが。「でも才人、こんな光景見ても大丈夫なのですか?」貴方はあの平和な平和な平和ボケした日本で生まれ育ったごく普通の高校生の筈なのですが。 「んー、何故か大丈夫なんだよな。 想像したくも無いんだが、俺って人殺しの才能でもあるんだろうかって、時々悩んだりするんだぜ? 人殺しの才能があるから、使い魔として召喚されたんじゃないかって…。」「いや、貴方はルイズを守る為に戦っているのですから、自分の事をそんなに卑下しなくても。」多分コントラクト・サーヴァントの呪文が『同種族の殺害』という行為への抵抗感を薄めているのだとは思いますが、才人も何でこんな事が容易く出来るのか悩んでいるのですね。「…人殺しの才能のくだりは否定しないのな?」「はい…才人には元々戦闘に関する何らかの才能があり、その才能とルイズとの相性の両方が優れていたが為に召喚の門が開いたのではないかという推測は可能ですから。」この件に関しては、ある程度正直に私の思っている事を伝えないと、才人は納得しないでしょう。そんな事は無いと幾ら伝えようが、彼は理性では納得していないにも拘らず人を殺せているのですから。「ひでーなぁ、そういう時は嘘でもそんな事は無いって言わねえか、普通?」「そういうあからさまな嘘は苦手で下手糞なのですよ、私は。」苦笑を浮かべる才人に、私も苦笑で返したのでした。「それに、今は戦争です。 貴方の罪は全て国家が背負うべきものなのですよ。 その為に姫様は居るのですし、姫様はその覚悟もしてらっしゃいます。」あの歳であんな重荷を背負う事を覚悟するというのは、凄まじい事なのです。「俺の罪はあのお姫様が背負うって事か?」「戦争を決断したのは姫様なのです。 いざという時には血が流れる事に躊躇せず決断し、まさかの時には全ての責任を負って罵声と石礫を浴びながら処刑台で首を落とされる覚悟をする。 それこそが戦時に於ける国家指導者というものなのですよ。」そして姫様はそれを受け入れている…流石は王家の血筋とでも言えば良いのでしょうか?「それ聞いたら、気が軽くなるどころか余計気が重くなったんだが。 俺の罪があのお姫様に擦り付けられるだなんて。」「姫様にはその覚悟があると言ったでしょう。 どうせ国王を裁ける存在は、国王のみなのです。 戦時には、好きなだけ罪を姫様に擦り付けなさい。」『戦争の時には人殺しをしても良くて、何故平時に人を殺してはいけないのか?』などという寝言をほざく者が時々居ますが、そんな世迷言を言う前に良く考えるべきなのですよ。罪を裁くのは国なのですから、国が責任を持って行っている戦争で人を殺しても、それを国が裁く事など出来ないのです。「原則論はそうなんだろうけどさ…。」その間にも人が、風竜が、砕け散って果てて行きます。「まあ何を言おうが、殺しているのは自分自身ですからね。 こういう誤魔化しを使わずに、正面から向き合うというのも、また道なのです。 でも才人、それは茨の道な上に私は助けられませんよ?」「ああ、ごめんなケティ。 何とか俺の中で解決してみるよ。」才人がそう言った時、空にはその殆どを落とされて逃げ散るたった2~3騎のアルビオン竜騎士隊と、それを確認して戻って来たジュリオとルイズが乗る風竜。撃墜対被撃墜比率(キルレシオ)は一体どのくらいなのやら?試したら危な過ぎるので、そこまでやらせる気は全くありませんが。《ダイジョウブデシタカ、ルイズ?》《チョットメガマワッタケド、モウダイジョウブ》発光信号を送ってみました…ちなみにここからはカタカナではなく普通の言葉で。《あー!蒼莱駄目だって言ったのに、才人と乗ってるし!》《貴方の身を案じて来たのですがー?》…ちょっと実験。「才人ー♪」秘儀、ちょっと前のキュルケの真似。わかりやすく言うと、才人に抱きついてみたのです…とは言っても、間にパイロットシートが挟まっているのですが。ああ、顔に当たるのは固くて冷たい感触、これは間違いなく金属。「うわ、ケティ何を!?」触れているのは才人の胸のみ…って、性別ひっくり返したら完全に変態行為なのですね、これは。しかし何時の間にこんなに厚くなりましたか、才人の胸板…ふひひ、これはこれで…って、いけないいけない、パイタッチのせいで思わず変態方向に思考が流れたのです。「ちょっとした実験なのですよー。 ルイズがやきもちやけば、才人がフラれたわけではないという事が証明できるのです。 …その代わり、後で才人が暴虐の嵐に曝されますが。」「それはそれで嬉しく無いんだが…。」ルイズはかなり目が良いので、ばっちり見えている筈。《きしゃー!》ジュリオの腹に回されているルイズの片手が、物凄い勢いでジュリオの腹にめり込んでいくのです。悶絶するジュリオの後頭部に、腹立ち紛れなのか、ルイズの頭突きが…エラい事になっていますが問題無いでしょう、ヴィンダールヴですし。「ジュリオ、怒れるルイズの生贄となりましたか…虚無の生贄になれるとは、聖職者冥利に尽きるのですね、南無南無。 おほほ、良かったですね、才人はフラれていませんよ。」「俺の寿命は確実に縮まったがな…。」別の意味で憂鬱になった才人が、喜んでいいのだか、悲しんでいいのだかわからない表情で呟いたのでした。筏に着陸した風竜から、ボロボロになったジュリオが降りて来たのです。「ぼ…僕が何でこんな目に?」いやもう何というか、誠死ねだからとか?「御苦労様でした、ジュリオ殿。」「やあミス・ロッタ、今日も相変わらず空に浮かぶ双月のように美しいね。 こんな苦労に満ちた飛行になるだなんて、全然予想していなかったよ。」でしょうね、私も風竜の背でルイズがあんなに荒れ狂うとは思いもしませんでした。「水メイジを一人手配しておきましたから、ここで治療して行ってください。」「ありがたい、恩に着るよ。」事ここに至っても女性の悪口は言わない。流石はロマリア男…。 「ケティイイイイイイイィィィィィィ!」「おや、ルイズ。」風竜が着陸する前に飛び降り、才人に暴虐の限りを尽くし終わったルイズが、こちらにやって来たのでした。「あああああんたね!」「まあまあ、取り敢えずあーん。」怒り狂うルイズを手で制しつつ、懐からとある物を取り出します。「あーん。」「はい、飴ちゃんでも舐めて、取り敢えず落ち着くのです。」素直に口を開けたルイズの口に、偽ヴェ○ター○オリ○ナルを放り込んだのでした。「む…むむ…甘い、美味しい。 何という濃厚な味わい…むふー。」ルイズの怒りは、飴ちゃんの甘味に押し流されて一気に収まって行ったのでした。今や姫様御用達となったこの飴に隙は無かったのです…というか、実はこの飴は姫様に独占されたのですが。何時の間にやら、陛下からしか賜われない『恩賜の飴』と化してしまったのですよ。ちなみにパウル商会では現在、お菓子職人を集めてあっちの世界のお菓子を再現したものを貴族や裕福な平民向けに作っていたりします。貧乏人は麦を食えとかいう話ではなく、甜菜糖はゲルマニア名産なので高いのですよね。水飴ならばトリステインでも生産は出来るので、和菓子ならば可能なのですが豆が無いという…。「ルイズルイズ、才人の気持ちは戻しておきましたよ。」「ああああいつの気持ちって、なな何よ?」ふう…ツンデレめんどくせーのです。ま、突いたら悪化しますし、適度に放っておきましょう。「それは自分の胸に聞きやがれ、なのですよ。」 「いつも通り平らだけど、何か?」いや、そういう事では無くというか。「どこが平らですが、何処が。」むにゅっと掴めば、そこには確かなふくらみ。いいもん持ってんじゃねーか、なのですよ。「前も言いましたが、そんだけあれば十分でしょうに。」「前も言ったけど、私はちい姉さまみたいになりたいの!」カトレアやテファのレベルは、既に別世界の存在なのですよ。「…今度、モンモランシーと一緒に風呂に入って、胸について熱く語ってくればいいのです。」「ああ、そういえばモンモランシーも同志よね。」制裁については、モンモランシーの独自裁量という事で。「…行ってしまいましたか。」数日後、私はシティ・オブ・サウスゴーダに向かって飛んでいく蒼莱を見送っているのでした。「…行ってしまったね。」「…って、何で貴方が居るのですか!?」振り返ると奴が居る…というか、何故かジュリオが居るのでした。「僕らの隊は第二波でね…で、一つお願いがあるんだが。」「な、何でしょう?」近い近い!何でロマリア男は女性に矢鱈近づくのですか?「僕の後ろに乗って、一緒に出撃しないか?」「はぁ!?」いきなり何なのですか!?