「冗談は顔だけにしておけよ?なのです。」私はジュリオを睨みつけながら、3歩ほど離れます。「い、いや冗談じゃなくて、手伝って欲しいんだ。」なのにジュリオは3歩近付いてきたのです。「コホン、まず言っておきますが…距離が近い!」「うわぁっ!?」耳に口を近づけて、大声で教えてあげたのでした。「貴方は絵に描いたような美形ですから、大抵の女性はそれでも良いのかもしれませんが、物事には例外というものがあるのですよ。」「絵に描いたような美形だと思うなら、もう少しうっとりしてくれても良いんだけど?」ええい、この自惚れキングが。「成る程、落ちない女がお好みなのですか?」「まあ確かに、こんな事は初めてだけれども。」ひょっとしてモテ期ですか私?「君みたいに一見ぽけーっとしているのに、中身おっかない女はちょっと…。」人の夢と書いて儚い、なのですね…。「誰が見た目ボケ狸な癖におっかない女ですか、誰が?」「そこまでは言っていないが、君だっ!。」ええい!こっちを指差すな、なのです。「…で、そのおっかない女を背中に乗せる理由は?」「僕は魔法が使えないんだ。」そう言えば、そうだったような記憶が。「風竜のブレスだけでも十分に戦えるんだが、今回みたいな大規模な戦に参加するなら、魔法も欲しい。 君は火のトライアングルで、攻撃魔法も結構使えるって聞いているし。」「ふむ、成る程。」それは確かに道理ですが…。「戦闘中の事故死とか、狙っていませんよね?」「まさか!そんな露骨な事はしないよ、失礼な。」露骨な事じゃなければ、殺るつもりですかコノヤロウ。「流石は当家に対して毎年定期的に蜂の餌を寄付してくれるだけあって、慈愛に溢れているのですね。」正直な話、ジャイアント・ホーネットが異端審問官を生きたまま巣に持ち去る光景を見たりすると激しく憂鬱になるので、勘弁して欲しいのですが。「いい加減焚書指定の禁書を死蔵していないで、こっちに引き渡して欲しいものだけれども?」「当家は出版の自由と表現の自由を可能な限り尊重する家風ですので、それはお引き受けしかねるのです。 そもそも、初期の聖書を焚書指定の禁書にするとか、意図があからさま過ぎなのですよー?」当家の蔵書は、歴史遺産とか文化遺産とかの概念がこの世界にきっちり出来上がるまでは門外不出、一切封印なのです。「こんな事で言い争っても、今更か…。」「6000年ずーっとこの調子ですからねぇ…。」固定化してあるから劣化が避けられているものの、6000年前の蔵書とかは既に文字や文法がかなり変化してしまっていて、そのままでは判読不能という…。「…で、話は元に戻るけれども、付いて来てくれるかな?」「いいともー。」ルイズ達ばかりを戦場に赴かせるのも正直気が引けましたし。「何で、そんなに軽いんだよ!?」「お約束ですからー。」「お約束って何!?」ジュリオは投げっぱなしで。どうせ『い○とも』とか『タ○さん』とか説明してもわかりませんし。「…シティ・オブ・サウスゴーダが見えてきましたね。」「この前ここに来た時は酷い目に遭ったけれども…ミス・ロッタは突然暴れ始めるとかしないよね?」ルイズのアレがトラウマになったのですね、わかるのです。「大丈夫なのです。 突然全力で抱き締めたり頭突きしたり噛み付いたり後頭部を握り潰そうとしたりはしませんから。」「思い出したら気分が悪くなってきたよ…。」そう言えば、あの日以来絶対にルイズの近くに寄りませんよね、ジュリオ。もはやPTSDのレベルですか、そうですか。「しかしアレですね。」「うん?」周辺を見回すのですが、空に敵が居ないのですよ。「出番、無さそうですね。」「先日あの鉄の風竜が、ここの上空で一方的に竜騎士隊を駆逐したからね。 びっくりして逃げたのかも?」そんなアホな…って、あれは?「既に守備隊が総崩れですか…。」こちら側が突入している反対側の門から、敵兵が我先にと逃げ出しているわけですが…。「あの鉄の風竜が城門を吹き飛ばしたみたいだからね。 圧倒的な数の敵が迫ってきている状態で、城門を一撃で破壊されたら心も折れるだろうさ。」「成る程、それは道理なのです。」士気がガタガタだというのもあるでしょうが…。「…となると、敵の竜騎士が居ないのも道理ですか。」下が総崩れなら、竜騎士も撤退するしかないでしょう。…とはいえ、エアカバーを早々に放棄したというのも腑に落ちませんが。「ああ、そういう事ですか。」町を丸ごとひとつ罠に使うという事を、アルビオン軍はこの時点で決断していたのですね。立場が逆転すれば、士気が崩壊した兵も元通りになるわけですし。まあ正確にはそう決断したのはミョズニトニルンであって、クロムウェルはそれをさも自分の命令のように伝えただけなのですが。カンペ帳にも『坊主は傀儡、デコピカリンが裏番』とか、書いてありますし…何でデコピカリン?「何か分かったのかい?」「上手く行き過ぎなのです。」ジュリオに全てを語る気はさらっさら無いのですが…。「成る程ね。」…なーんと無く理解出来てしまうのが、ジュリオですか。まあ、そうじゃないと工作員なんか出来ませんよね。「上手く行き過ぎて、出番が無さそうだね。」「戦争なんてのは、楽なのが一番なのです。」手柄とあの世は紙一重ですからね。「…とはいえ、ここまで楽だと士気が緩みそうなのですね。 何か、梃入れが必要ですか。」具体的に言えば、適度な酒と女…あと、何か闘争心を煽れるものが必要なのですね。「さてはて?」何が良いでしょうかね?「さて、諸君。 我々は今回の戦略目標であるシティ・オブ・サウスゴーダの占領に成功したわけだが…。」定例軍議で、議事進行はいつも通りハイデンベルグ候。そして、勝ったというのにずーんと重い天幕の雰囲気…まるで葬式のようなのですよ、その理由は…。「市民から根こそぎ食料を奪った上に、食料庫を爆破されるとはな。 せこい手には定評のあるこの私よりもせこい事をするとは、アルビオン軍の将は余程の人手不足と見える。」ポワチエ卿は言っている事はまともながら、相変わらず自虐的なのです。「とりあえず我が軍の兵糧を放出したものの、これでさらに2週間分の食料が吹き飛びました。 残りはたったの一週間分弱…正直な話、これでは無事に撤退するのも少々困難です。」そう言って、トリステイン軍の補給参謀から渡された資料を読んだウインプフェン卿は溜息を吐いたのでした。まさか、こんな最終防衛ラインで焦土戦術かまして来るとは、悪足掻きも良い所なのですよ。…これも原作にあった展開なのでしょうか?「守備隊も雇い入れた亜人兵を置き去りにして、早々に脱出。 こちらの懐具合がばれていますかな、これは?」狭い路地で亜人兵に足止めされた我が軍は、追撃もままならず。すぐに取り返す当てがあるからこんな方法を取ったのでしょうが、自国の都市に対して良くやるのです…。「ラ・ヴァリエール嬢、ラ・ロッタ嬢、貴殿らにも陛下に食料の追加支援の御口添えを願いたい。」ポワチエ卿は、静かに私達を見るのでした。「あ、はい。」「その件に関しては、そろそろ整っている筈なのです。 要請があれば、一週間と経たずに六週間分の食料が届きます。」城で姫様にやらされていた仕事が、まさにその物資の追加分の手配だったり。「え、そうなの? わたし聞いていないけれども。」ルイズが首を傾げて尋ねてきたのでした。「聞かれていませんでしたから。 それとも…ルイズもしたかったですか? 姫様と朝昼晩を問わずに書類仕事。」「全力でお断りするわ。」いずれ巻き込むから覚悟しておけ、なのです。「有り難い!」「これで兵達が餓えずに済みますな!」私達の話はさておいて、おっさん達が喜んでいるのです。「喜んでいるところ恐縮ですが、この金はクルデンホルフから借りた金なのです。」私がそう言うと、喜んでいたおっさん達がぴたりと動きを止めたのでした。「な、何であんな高利貸しに!?」ハイデンベルグ候も借りたことあるのですね、わかります。クルデンホルフ大公国はその有り余る資金を各国に貸し付けてくれるのですが、何かきっちりとした見返りでもない限りは利率が結構高いのですよ。「返す当てがあるのですかな!?」「返す当てはあります…が、それもこれも勝ってこそとしか言ってはならぬと言われています。」我が国の作戦目標が達成されてこそ…ですよね、あの『返す当て』は。「それは、何が何でも勝たねばなるまいな。 気を取り直して、次は論功行賞の査定と行くか、それでは…。」ここから先は私とルイズの出番は無いので、ぽけーっと聞き続ける事になったのですが…ギーシュの部隊が火縄銃で大層頑張ったようで。これでモンモランシーにも顔向けできますね…。「…で、勲章を兵士達に与える役をラ・ヴァリエール嬢とラ・ロッタ嬢にお願いしたいわけなのだが?」「私達がですか!?」「…ほへ?」あまりの長丁場に意識が彼岸の彼方に飛んでいたので、何言われたのかさっぱりなわけですが。「何がどうしたのですか、ルイズ?」「わわ、わたし達が陛下の代理で勲章を与える役をやれって!」ルイズは注目されるのに慣れていないので、テンパっているのです。「ふむふむ…頑張ってくださいね、ルイズ!」爽やかに微笑みながら、ルイズの肩を叩いてみたり。「あんたもよおおおおおぉぉぉぉぉぉぉっ!」あ、キレた。「いや幾ら肩書きがあるとは言え、ラ・ロッタ家なんて田舎貴族の娘から勲章貰ったって嬉しくないでしょう。 その点、王家の親戚であり、トリステインで並ぶ者の無い名家であるラ・ヴァリエール家の娘なら、箔も付くというものなのです。」「屁理屈捏ねて私を騙そうとしているでしょ? ねえ、騙そうとしているでしょ?」「いひゃいいひゃい。」説得失敗…ほっぺたを伸ばさないでください、ルイズ。「いたた…騙すだなんて滅相も無いのです。」下膨れになったらどうするのですか、全く。「家柄の古さで言うなら、あんたン家の方が圧倒的でしょーが!」「泣かず飛ばずで6000年…当家の場合、単に古いだけなのですよ。」山の女王に守られて、のほほんとやっていただけですし。「だいたいルイズは、ラ・ヴァリエール家の跡取り娘でしょうに。 次期ラ・ヴァリエール婦人公爵で、陛下の特命勅使。 アレです、でかい屋敷に生まれた宿命だとでも思って諦めてください。」「騙されている気がするわ。」実は当家も数十代前にトリステイン王女が降嫁して来た事があるらしいのですが、系統は虚無どころか水ですらありませんし。気にしない気にしない。「それでは、御二人に頼んで宜しいかな?」「はい、謹んでお引き受けさせていただきます、ルイズが。」「ちょ、待ちなさいよ!」ルイズが慌てて私を止めようとしますが…。「はいルイズ、あーん。」「あーん。」素直に開いた口の中に、例の飴投入。「むふー。」「そんなわけで、異論は無いようなのです。 全てまるっとお任せ下さいと、ルイズが。」ルイズがヘヴン状態の間に、話しをちゃっちゃと終わらせておきましょう。「うむ、宜しく頼む。 私のような寂しい中年に勲章を渡されるよりも、麗しき高貴な乙女に手ずから勲章を渡された方が兵達も喜ぶであろう。」ルイズは真面目ですから、引き受けてしまった仕事はちゃんとやってくれますし、大丈夫大丈夫。「…また、騙されたわ。」豪奢なドレスを着せられ、思いきりめかしこんだ格好になったルイズが、肩を落として溜息を吐いたのでした。「騙して無いと言っているでしょう…ああ、しかし苦しいわ鬱陶しいわ、何でこんな恰好が御洒落だなんて思う者が居るのやら?」ちなみに、私も同じような格好…こういう格好は正直な話大嫌いなのです。何と言ってもウエストを異常に締め上げるので、息が苦しいのなんのって…いや、「うお、二人ともすげー!可愛い!」「そ、そうかしら?」「有り難う御座います、才人。 そう言ってもらえれば、この扮装も報われるというものなのですよ。」才人が喜んでくれているから、まあ良しとしますか、うん。…ああそこ、掌返し早っとか言わない。「カカカ娘っ子ども、馬子にも衣装ってやつか?」「あら、居たのデルフ?」「へし折りますよ鉄屑。」デルフリンガーが気分が萎むような事を言うので、私とルイズは笑顔でそう言ってあげたのでした。「酷っ!そして怖っ!? 俺、せっかく久し振りの出番なのに!」「メタってんじゃないわよ、この駄剣。」ルイズはデルフリンガーを諭しますが…。「メタるに決まってんだろ、何てったって俺は金属(メタル)製だぜ?」「…お、何すんだルイズ?」ルイズは才人の背負った鞘からデルフリンガーを抜き放つと…。「ふんっ!」気合一閃、近くにあった大きな岩にデルフリンガーを突き刺したのでした。「ちょ、いきなり何すんだよ娘っ子!?」「あんたはそこで、頭冷やしてなさい…頭無いけど。」しかしまあ、見事に岩に突き刺さったのですね、デルフリンガー。「ちょ、相棒抜いてくれ!」「おう、わかった…って、なんだこれ抜けねえぞ!?」突き刺すよりも抜く方が大変そうですよね、ああいうモノの場合。「良かったですねデルフリンガー、これからは《カリバーン》とでも名乗るがいいのです。 貴方を抜いた者がアルビオンの王となれるとかなれないとか多分無理じゃね?とか、そんな伝説を今捏造してみました。」「いきなり俺の名前と微妙に後ろ向きな伝説を捏造すんじゃねえ!」場所も丁度アルビオンですし、そういうのもアリでしょう。ちょっぴり同情しますが、助ける気は更々無いのです。「お、そろそろ時間なのですね、ルイズ行きますよ?」「うん、わかったわ。」さて、そろそろ勲章の授賞式なのですよ。「ねえ、もしかして俺投げっぱなし?投げっぱなし?投げっぱなしジャーマン?」ジャーマンは関係無いと思いますが。「ああ面倒臭いわ、ちゃっちゃと始めてちゃっちゃと終わらせましょ。」「いやルイズ、勲章の授賞式っていうのは《貴方はこれだけ頑張りましたね、素晴らしいです》って誉める場なのですから、ちゃっちゃと終わらすとか言っちゃ駄目なのですよ。」しかし、こういう言い方をする時のルイズと姫様の表情のそっくりな事…流石親戚。「でも…。」ルイズは不満そうに口を尖らせます。「デモもストもありません、これは《高貴なる者の義務》なのです。 士気高揚の為にも、彼らを心から祝福するのですよ、ルイズが。」「結局ケティはやらないの!?」いいツッコミなのです、ルイズ。「私には功績を上げた兵士達を『拡声』の魔法で呼ぶという、大事な仕事があるのです。」《拡声》の魔法で名簿を読み上げるだけの簡単なお仕事なのですが。「仕事少なっ!? そんなの良いからケティが渡してよ、私が『拡声』で呼ぶから。 あれならコモンだから、私でも使えるし。」「だから、ラ・ロッタ家じゃあ家格が足りないと何度も…。」毎度毎度思いますが、ルイズは自分への評価が矢鱈と低いのですよね。それが、無意識的に自分の家への評価まで下げているという…。「ル・アルーエットが勲章渡してくれるって言えば、喜ぶどころかサインまでねだられるわよ!」「絶対嘘だと思われるので、嫌なのです。」商会の情報網を使って改めて調査させてみたら、矢鱈と貴族の間に出回っていたのですよね、あの本。しかも、ハルケギニア全土に…ああ、儲け損ねた…。「さて、行きましょうかルイズ?」「仕方が無いわね…わかったわよ、全力で祝福してあげるわ。」何で指をポキポキ鳴らしますか、ルイズ?祝福というものは、拳でぶん殴る事ではないのですよ?「相棒、何とかして俺を引っこ抜いてくれ!」「んぎぎぎぎ!ンな事言ったって、この状態だとルーンがお前の事を武器だって認識しないみたいなんだよ!」ちなみに私達の背後では、何とかしてデルフリンガーを引っこ抜こうと才人が四苦八苦しているのです。「なんだとぅ!? 兎に角頑張れ、頑張るんだ相棒!」「言われなくても頑張るっての!」まあ、頑張ればいずれ抜けるでしょう…多分。町の中央にある教会前のかなり広い広場で、今回の作戦に参加した部隊が勢揃いしているのです。まあ、流石に収容し切れなくて完全に溢れかえっていますが。「皆の者、ご苦労であった!」ハイデンベルグ候の長話が始まったのでした。内容は、最初の方は今回の作戦で重要だったことなど、そして功績を上げた部隊もそれを支えた部隊も素晴らしいという事など。中盤からは今日は晴れているとか、飯が美味かったとか、寝覚めが良かったとか。終盤にいたっては孫が生まれただのうちの末娘は美人だの…って、話の七割くらいが戦争に関係無さ過ぎなのです。「では、続いて勲章の授章式を始める!」このとき上がった歓声が受章の喜びなのか、わけのわからん話がやっと終わった事への開放の叫びなのかは不明なのです。「それでは…。」私達の出番がやっと来たのですね。「こちらのご婦人に勲章を授与していただく! 彼女の名はルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール、かのヴァリエール公爵家のご息女にして、あの鉄の風竜の使い手であらせられる!」『うおおおおおおおおおおおおおっ!』広場に大歓声が響き渡ります。まあ、今回の作戦でも大活躍だったらしいですし、当然なのですね。「え?え!?」ルイズがちょっとびっくりしているようなので、耳元で囁いておきますか。「使い魔の功績が主人の功績なのは、今まで人を使い魔にした者が居ないのですから仕方が無いでしょう? 才人には勲章よりも、貴方自らご褒美をあげた方が余程喜ぶでしょうし。」「う、うん…才人にご褒美…ご褒美…ぽ。」胸を張るのは良いのですが…何故に赤くなりやがりますか、ルイズ?「ジャック・カトリノー!」「はっ!」さあさあ、赤くなって身を捩らせているピンクは置いておいて、受章者を呼びましょう…。私が『拡声』の魔法で受章者を呼び、ルイズが勲章を手渡すという行為が何人か続き、ついにこの名を呼ぶ時が来たのでした。「ギーシュ・ド・グラモン!」「はっ!」私に呼ばれて、ギーシュが壇上に上がってきます。「ギーシュ様、おめでとう御座います。」「君達もこの戦に参加していただなんて知らなかったから、現れた時はびっくりしたよ。 二人ともとても綺麗だよ、咲き誇る二輪の麗わしき花の如しだ。」くっさい台詞でも褒められると思わず反応してしまうのは、女のサガでしょうか…?「ギーシュ、おめでとう。 あんた、案外度胸あるのね…数ヶ月前に怯えてモンモランシーと抱き合っていた男の子には見えないわ。」「何時までも怯えてモンモランシーと抱き合っているわけには行かないからね。 男は戦場で成長するのさ、ヤケクソになって涙と鼻水垂らして開き直って歯を食いしばってね。」ギーシュの癖に、飾り気無く格好良い事言うとは…いや、格好悪い?ううむ…。「うちのクラスの出征者の生き残りは、こっちでケティに調べてもらったから、皆で祝勝会しましょ。」「生き残り…って、誰か死んだのかい?」ギーシュの顔が悲しみに歪みます…戦争なので仕方が無い事ではありますが、戦場に赴く以上は死は避け得ないのですよね。「それについても祝勝会で…ね。 それよりも、今は勲章貰っている最中なんだから、しゃんとしなさいよ! 貴族たるもの、誉れの場では何があろうが胸を張って堂々としているべきでしょ?」「うん…はは、ゼロのルイズに説教されちゃったよ。」苦笑を浮かべて、ギーシュは胸を張りなおしたのでした。ギーシュはルイズが虚無だという事を知っている数少ない一人なので、《ゼロ》には嘲りも侮りも有りはしません。ちょっとしたユーモアなのです。「言ってなさい、私は座学ではあんたより上なんだから。 それじゃあ、また後でね。」「ああ、また後で。」ルイズがスカートの裾を軽く上げて礼をすると、ギーシュも敬礼で返礼したのでした。そして、ギーシュは壇から降りたのですが…。「ギーシュ!」「ギーシュううううぅぅぅぅぅ!」「ギーシュたん!」「うわ、兄さん達!?」ギーシュのそっくりさんが唐突に三人現れ、ギーシュを抱きしめたのでした。「あれがグラモン兄弟なのね、ギーシュたんって、キモ…もが。」素直な事言おうとしたので、とっさにルイズの口を押さえたのでした。「はい、そこまでなのです。 いやしかし、そっくりなのですね。」「確かにというか、背丈をちょっとずつ変えて模写したみたいな兄弟ね。」ギーシュを抱きしめたり頬擦りしたりするギーシュと同じ顔三つ。「流石グラモン家の男、武門の誉れだ!」「ギーシュはやれば出来る子だって、お兄ちゃんは信じていたぞ!」「ギーシュたん、怪我は無いかと言うか怪我させた奴が居たら今すぐそいつを兄さんのゴーレムで轢き潰すから早く言いなさい!」人の家の事をとやかく言える身ではありませんが、何という濃い兄弟。「ちょ、兄さん達、嬉しいけれども恥ずかし過ぎるから離してください!」ううむ、流石のギーシュもあれは恥ずかしいのですね。「先ほど降臨祭休戦の使者がアルビオン側から来た。」式典の後に開かれた緊急軍議で、ハイデンベルグ候は重々しくそう告げたのでした。「降臨祭休戦…でありますか。」ウインプフェン卿が忌々しそうに顔をしかめます。「降臨祭休戦を告げられてしまったとなると、断るわけには行くまいな。 丁度補給物資が届く頃だから、こちらとしても都合は悪く無い、無いが…遅きに失してしまったか。」ポワチエ卿が眉をしかめているのです。この時期に始める戦争が『降臨祭までに決着をつける』と急ぐのは、降臨祭を家族と過ごしたいから帰りたいという事と、もう一つは降臨祭休戦があるからなのですよね。攻める側にとっては休戦している間も兵糧は消耗するわ、敵は防備を整えるわで良い事は無いのですが、何しろ始祖の降臨を祝う大事なお祭りなので、これを蹴ると最悪背教者呼ばわりされて破門となりかねないという…。トリステイン軍にはジュリオをはじめとしたロマリア教皇庁から派遣された義勇軍が加わっていますし、尚更申し入れを断るわけにはいかないのです。ちなみに、今回の件でロマリアが錬度不足のトリステイン軍に義勇軍を派遣しているというのには理由があるのですよ。それはクロムウェルが『皇帝』を名乗っている事。このハルケギニアに於いて『皇帝』の戴冠権限を有するのは、大王ジュリオ・チェザーレの後継者にして最初の《皇帝》を名乗ったオッタヴィアーノ以来ただ一つ、ロマリア教皇庁のみなのです。『皇帝』になるには、ロマリア教皇庁に直接出向いて戴冠式を執り行わなければいけません。ゲルマニア皇帝アルプレヒト3世の玉座の正式名称は『ゲルマニア王にしてゲルマニア皇帝』と言います。始祖の血統を拠り所にした家が無いゲルマニアでは、選帝侯による選挙によってゲルマニア王が選出され、それをロマリア教皇が『皇帝』として認証するという回りくどい権威づけを行っているのですよ。それをよりにもよってロマリア教皇庁のいち構成員に過ぎない司祭であったクロムウェルが自ら戴冠して僭称してしまったものですから、ロマリア教皇庁の面子丸潰れ。一時は『聖戦』を発動してロマリア全土に動員をかけよとの声まであったらしいのですが、クロムウェルらの唱えているお題目がロマリア教皇庁が代々掲げる『聖地奪還』というものであった為か、『義勇軍派遣』という玉虫色の決着に落ち着いたらしいのです。「幾らあの陛下でも、此度の休戦は受け入れざるを得まい。 まあ、血染めの降臨祭というのも、段取りが悪い私らしかったのであるが。」ポワチエ卿はほっとした様な残念なような表情を浮かべているのです。「我等が陛下も同じだ。 本国には既に使いを送ったが、このまま降臨祭の翌日までは休戦となろう。」ハイデンベルグ候も諦め顔なのです。「僭越ながら申し上げます。 ここに長期駐留するとして、軍の駐屯地なのですが…。」カンペ帳には《アンドバリの指輪で反乱が起きる、たぶん町に流れ込む川とかそういうのがある方が危ない》と書いてあったので…この町の地図を見ると、丁度西端に近くの山から流れ出て町を通り抜ける川があり、町の西側はそこから水を引き込む横井戸にしているのです。かえして反対の東側は町の直下にある地下水脈まで掘り込んだ丸井戸になっています…つまり、危ないのは外に水源地を持つ西側市街地ということになります。「…軍の混在は指揮系統を混乱させるので、ゲルマニア軍は町の西側を我が軍は町の東側に駐屯するということでいかがでしょう?」「我が軍に水源地を全て預けてくださると?」ハイデンベルグ候は意外そうな顔で聞き返してきます。大所帯である以上は川という大規模な水源地がある西側の方がやりやすいのですよね、ですからこちらが水源の貧弱な東側を選んだというのが意外だったのでしょう。「はい、ゲルマニア軍が主力なのですから、そちらにより良い環境を提供する方が得策かと。 ポワチエ卿はいかがですか?」「異論は無い。 我が軍で主に活躍しているのは鉄の風竜であるし、それに関わる者がそれで良いというのであれば、我々は構わぬ。」ふう、ポワチエ卿から異論が出なくて良かったのです…ついでに言うと、蒼莱は既に深刻な燃料不足に陥っているので、あまり積極的には飛ばせないのですが。まあ取り敢えず、これで両軍が同時に瓦解という事態は避けられそうなのですね。「ただいまー。」私達の宿舎として提供された屋敷のドアを開けると。「お帰りなさい、ケティちゃん!」「もが…。」野太いのに可愛らしい口調の声と同時に、いきなり黒いもわっとしたものに顔が包まれたのでした。「会いたかったわよぅ!」「ぷは…。」見上げると、そこには…。「スカロン!?」「ノンノンノン、ミ・マドモワゼルって呼んで♪」この返答、間違い無くスカロンなのですね。…ううむ、相も変わらず濃い胸毛。「ああ、第二次補給隊と共にここに来たのですね?」「ええ、ちょっと前にルイズちゃん達にも会って、ここで待っていればケティちゃんに会えるっていうから、待ってたの。」喋りながらクネるのも相変わらず…たった数ヶ月なのですが、キモ懐かしいのです。「あ、ケティ帰って来たのね。」廊下の奥から、ルイズがとてとてとやって来たのでした。「帰って来たのねではありません、自分だけ軍議すっぽかして先に帰って!」「いや~、あのガチガチなドレス姿で居続けるのが嫌で、つい…テヘ♪」カワイコぶってりゃ全てが片付くと思わない方が良いのですよ、ルイズ…可愛いから頭ナデナデしますが。「取り敢えずルイズは食べ過ぎで体調崩して倒れたという事にしましたから、安心してください。」「食べ過ぎでって何処のタバサよ、それは!?」いや、タバサの胃はブラックホールなので、食べ過ぎで倒れた事はありませんが。「どうどう、取り敢えず落ち着くのです。 それでスカロン、私に会いたかった理由は何なのですか?」「物資の融通をお願いしに来たのよ。」成る程、まあ店から持ってきた分だけでは調達しづらいものもあるでしょうね。「わかったのです。 出来る限り用意しますから、欲しい物があれば書面でここに送ってください。」「流石、ケティちゃんは話がわかるわ!」スカロンは笑顔でクネクネしているのです…う、やはり長時間彼を見ているのは、脳にダメージが。「その代わりといっては何ですが、明日までに店を準備して、貸切にしてもらえませんか?」「祝勝会場にするの?」ルイズが話しかけてきたのでした。「ええ、呼ぶメンツから考えても、変なものは出せないでしょう?」「確かにそうね。」学院の生徒は、貴族でもそこそこ良い所の子息ですからね。「その点スカロ…。」「ミ・マドモワゼル♪」「…ミ・マドモワゼルの料理は材料が良質で調理の腕もとても良いものですから、招待された方々の名誉を傷つけることは無いと断言できるのです。」そこは譲れないのですね、スカロン。「わかったわ、それで行きましょう。 ケティ、後で招待状書くの手伝ってね。」「はい、わかりました。」私達の荷物は全てここに運び込まれているとの事なので、早速取り掛かりましょうか。「それではミ・マドモワゼル、料理の件お願い出来ますか? 取り敢えず100人分くらいで。」ルイズの同級生と私の同級生と、ジャン・ルイみたいな名前の竜騎士達やジュリオ達ロマリア義勇軍の一部も呼ばなくてはいけませんからね。「勿論よ、張り切っちゃうんだから!」お願いだからクネりながらウインクはやめてくれなさい、スカロン。「あら、ケティ?」「お、帰って来てたんだ。」「あ、お帰りなさいませミス・ロッタ。」廊下の奥から、ジェシカと才人とシエスタが出てきたのでした。「貴方まで店を開けて大丈夫なのですか、ジェシカ?」「大丈夫よ、お店は《しばらく休業いたします》って張り紙して閉鎖してきたから!」ジェシカはそう言うと、エヘンと胸を張ったのでした。「そりゃまた思いきりが良いのですね…。」常連客とか居たでしょうに…。「…ルイズの常連客が仲間を呼んで、うちの店に大量に居着いちゃってね。 店の女の子の勢力図が変わりそうな勢いだったから、良い機会かなって。」遠い目になったジェシカが、嫌な事実を教えてくれたのでした。暫らく行かない間に変態紳士が増殖して、ぺたんこの園と化していたのですか、魅惑の妖精亭。「素晴らしい判断です、ジェシカ。」「勿体無かったような気もするけれども、アレは私にも都合が悪かったもの。」店長の娘としては、あまり自身の売り上げが落ちるのは立場上まずいでしょうしね。「何の話してんだ?」才人が私とジェシカの話に入って来たのでした。「女の情念…どろどろとしたお話なのです。」「どろどろ?」才人が不思議そうに首を傾げているのです。「聞きたい…サイト?」「うぉ…。」流石ジェシカ、色っぽい流し目で殺気を送るとは。矢張りそっち方面では私を遥かに上回る上級者…師匠と呼びたいのです。「私は聞きたいです。」何故にそんなわくわくした顔になっていますか、シエスタ?「シエスタはジェシカから後で聞いてください。」「えー?」何という残念そうな顔…ゴシップネタ大好きですね、シエスタ。「従姉妹でしょうに、身内のゴシップは身内で話しなさい。」「あれ、知ってらっしゃったんですか?」シエスタがきょとんとした表情で首を傾げているのです。「え!?そうなの?」「何で才人まで聞き返してくるのですか…。」何故に一緒に居ながら話していませんか。「ひょっとして、うちの店に来る前から知ってた?」「潜伏先の店を調べないわけが無いでしょう。」シエスタとジェシカの件は、当たり前ですがその前から既に知っていましたが。「でもシエスタに聞いてびっくりしたわよ、タルブに飾ってあった竜の羽衣が本当に飛び回って大戦果をあげるだなんて。 しかも、ひいお爺様が才人と同じ国の出身だったなんて。 あれ、ひいお爺様の法螺話じゃあ無かったのね。」「身内の話くらい、信じてあげて下さい…。」味皇様、本気で誰にも話を信じて貰えなかったのですね。仕方が無いかもしれませんが、泣けるのです。二日後、全ての準備が整い、広場に設けられた仮設店舗で《魅惑の妖精亭シティ・オブ・サウスゴーダ臨時支店》が開店したのでした。開店と同時にうちの貸し切りなのですが。「では皆さん、勝利と散っていった仲間達の冥福を祝って、乾杯!」『乾杯!』宴が始まったのでした。