ドツボというものは思わぬところにあるものです己の所業は巡り巡って最悪の時にこそ返ってくるものですドツボに嵌ったらもう手も足も出ません今回の情けなさを私は一生忘れないでしょうドツボから脱出するには誰かの手を借りなければいけません自分では絶対に脱出できないものなのです「ダーリン、ダーリン、貴方の愛しいキュルケが来たわよ、ドアを開けて。」「煩い!この万年発情期女! とっとと自分の部屋に帰って一人で盛ってなさい!」ルイズの部屋の前で、キュルケがノックしていますが、案の定ドアは開きません。キュルケたちになんとなくついてきたら、案の定ルイズの部屋の前でした。ジゼル姉さまは私とは既に別れて帰っています。「アンロック。」アンロックの使用は学則で禁止されているのですが…そんな事をキュルケに言っても無駄ですか、そうですか。「私の愛と情熱の前に、鍵など存在しないわ! さあダーリン、私の愛を受け取ってもらいに来たわよ。」「いきなりアンロックとか何考えてんのよ、この万年はつじょ…うゎきゃ!」キュルケを止めようとしたルイズでしたが、顔がキュルケの胸の谷間に埋まってしまうだけでした。「ムー!モガモガ!」「あらヴァリエール、何をやっているの?」キュルケの胸の谷間でもがいているルイズをキュルケは不思議そうに眺めています。「ぷは!私が止めているのにあんたが気にせず進んでくるから、あんたのその不愉快な塊に埋まっちゃったのよ!」少し苦しかったようで、ルイズの顔が真っ赤になっています。「あら災難だったわね、ヴァリエール。 そんなことよりもダーリン、愛しい貴方にプレゼントよ!」「なななっ、その剣は!?」キュルケが包装を解いて取り出したのは、装飾過多な大剣です。「これこそはゲルマニアの錬金の名手、シュペー卿が作った…。」「…あ、これは式典儀礼用の装飾宝剣なのですね。」ぴたっと、キュルケの動きが止まりました。「…し、式典儀礼用の装飾宝剣?」「はい、基本的には我々貴族が、大きな式典などで使う装飾宝杖と一緒のものなのです。 装飾宝杖を実用する杖として使用する人が滅多に居ないように、式典の権威付けなどに使うのですから、剣としての性能は大抵二の次三の次になっているのです。 たぶん平民中心の傭兵団などが、団の権威付けとして飾りに使うものではないでしょうか? そもそも、このような宝石やら金細工やら螺鈿やらがごちゃごちゃと貼り付けられた剣で戦いにおもむく人は、あまりいないと思うのですよ。」まあメイジは剣は完全に門外漢ですから、知らなくて当たり前なのですが、キュルケには少し可哀想な事をしてしまったかもしれません。「つまり、この剣は見掛けだけ立派なガラクタだってこと?」「いいえ、本当にシュペー卿の作であれば、剣としての実用にも耐え得るでしょう。 ただし、実用品とするならば装飾は全部剥がした方が良いと思われるのです。」螺鈿に使われている貝くらいならとにかく、戦闘中に金細工や宝石が剥がれ落ちていったりしたら、物凄く勿体無いのです。 「ぎゃははは!言うじゃねえか娘っ子、気に入ったぜ。 その通り、剣は斬ってなんぼ、頑丈でなんぼだ。 飾りがついたチャラチャラした剣なんかで戦えるわけがねえ。」ルイズの部屋に立てかけてある剣が、いきなりしゃべり始めました。あれがデルフリンガーなのですか。「あなたはインテリジェンスソードなのですか?」「おう、インテリジェンスソードのデルフリンガー様だ、よく覚えておけ!」デルフリンガーの鍔がカチャカチャ動き、声を発します。「デルフリンガーというのですね、今後ともよしなに。 ちなみに装飾云々言っていましたが、喋るなんて宝石よりも無駄機能なのです。 喋ったからといって、切れ味が上がるわけでも頑丈になるわけでもないのですよ。」「がーん、がーん、がーん…。 俺様の存在が、無駄…無駄…無駄…。」アイデンティティーを否定されたデルフリンガーは、そのまま静かになりました。「うわ、ひでえ…。」「あなた鬼ね、ケティ…。」何故か才人とキュルケから非難の視線が。まあ、投げっぱなしも可哀想ですから、フォローはしておきますか。「まあ、インテリジェンスソードは大抵色々な魔法が付与されていますから、インテリジェンスソードに与えられた機能はその取扱説明書みたいなものなのです。 孤独な夜の話し相手にもなってくれますし、まったくの無駄かといえばそうでないような気もするのです。」「え?この剣魔法が付与されているの? ひょっとしてすごい当たりを引いたのかしら!」ルイズが目を輝かせ始めます。「はい、おそらくは2種類以上の魔法が付与されているものと思われるのです。」「わわ凄い!ねえデルフリンガー、あなた何か特殊な機能はあるのかしら?」おお、ルイズの瞳がきらきらしていますね、これでキュルケの鼻っ柱をへし折ろうとしているのでしょうか?「おう良く聞いてくれた!そうよ、その通りよ、俺の機能は無駄なんかじゃねえ! やいそこの娘っ子、さっきは散々な事言ってくれやがったな! 俺はすげえんだよく聞きやがれ!俺は…俺はな…お…れ…は…?」「おれはなに?どういう機能があるの!?」ああルイズ、今のあなたは最高に輝いていますよ。「すまん…忘れちまった。」『ズコーッ!』私以外の皆が、盛大にずっこけました。タバサも本を読んだ体勢のまま、床に倒れています。本読みながらもこっそり聞いていたのですね、ああなんてラブリー。「ああああああんたね、わわわわ忘れたですって、わわ忘れたですって! せせ説明書の癖に、せせせ説明書の癖に忘れたですって!? ふふふふざけんじゃないわよこの駄剣!駄剣!駄剣!駄剣!! 何なのよこの無駄機能!」「ま、待て娘っ子、忘れているだけで思い出すから、何とか頑張って思い出すから蹴らないで踏んづけないで、ぎゃー!」ルイズが物凄い形相で、デルフリンガーを何度も何度も踏みつけています。「まあまあ、落ち着いてくださいミス・ヴァリエール。 デルフリンガーも必死に思い出そうとするでしょうから、そのうちこの剣の機能は見つかると思われるのですよ。」「嫌よ、せっかく機能があるのに使えないなんて、そんなの宝の持ち腐れじゃない。 ケティだった?あんた剣に詳しいみたいだけど、何か良い考えは無いの?」このままだと本当に壊されそうなのでルイズを止めたら、思わぬ事を聞かれてしまいました。私の不用意な一言で才人がどちらの剣を選ぶかのイベントが無くなってしまったので、まあ渡りに船ではあるのです。「…そうですね、この手の魔剣には結構な確率で魔法を無効化する機能が備わっているのです。 本来こういうものはメイジ殺しが持つべきものなのですから。」平民出身の傭兵の中には、己の技量のみでメイジに効し得る『メイジ殺し』と呼ばれる人達が居ます。そういう人達の中にはメイジの魔法を無効化する魔法が付与された武具を身に纏っている人も少なくないそうなのです。「それはすばらしいわ、ぜひとも試してみなくちゃ。」「そのボロ剣がねぇ…。」デルフリンガーを抱えて目を輝かせるルイズを、キュルケが当惑した表情で見つめています。「部屋の中で攻撃魔法を使うのは流石に危ないですから、外で実験してみるのですよ。」「あら、それは名案ね。」ルイズは笑顔で満足そうに頷いたのでした。「ほ、本当にやるのか?」本塔に吊るされたデルフリンガーが強張った声で聞いてきます。「もちろんやるのですよ。 それとも、ミス・ヴァリエールに蹴り壊されたいのですか?」「どっちも嫌ってのは駄目か?」ちなみに私はレビテーションで浮きながら、彼(?)を紐で釣り下げている最中なのです。「あなたはミス・ヴァリエールの所有物ですから、そもそも選択権など無いのですよ。 彼女の決定に従い、己の運命を黙って受け入れるのみなのです。」「な…なんてこった、こんなに己の身が動けない剣であることを呪った事はねえぜ…。」デルフリンガーは観念したのか、落ち込んだ声でボヤいています「始祖プリミルに祈っておいてあげます。 死後もあなたの魂が安らかでありますよう…。」「何それ、おれ死ぬの!?死ぬ事前提なの!?」おお、元気になったのです。「冗談ですよ、たぶん大丈夫です、たぶん。 あなたはたぶん魔法無効化能力を持っていますよ、たぶん。 持っていなかったら私かミス・ツェルプストーの炎で跡形も無く溶けますが、たぶんあなたなら大丈夫です、たぶん。」「滅茶苦茶『たぶん』を多用していませんか? 何でおれから目を逸らすのですか? ぜんっぜんおれが大丈夫だと思っていねえなコンチクショー!」まあデルフリンガーで遊ぶのはこれくらいにしておきましょう。「では、頑張ってくださいね。」「何を頑張れってんだ、どう頑張れってんだ、おれはただ吊るされているだけじゃねえか! 畜生、もしも死んだら呪ってやる、化けて出てやるからな!」さて、デルフリンガーには早めに覚醒してもらうとしますか。「さあ、ちゃちゃっとやってしまいましょう。 もう夜も遅いですし、私も早く寝たいのです。 ではミス・ツェルプストー、間違えて宝剣を買ってしまった遣る瀬無さをあの剣に思う存分ぶつけてやってください。」「やめろー!やめてくれぇ!おれはまだ死にたくねえよぉ!」何という処刑シーン。彼を吊るした私は、どう見ても悪役なのですね。「あ…アレにファイヤーボールぶつけるの?」「ええ、ご存分にどうぞ。」キュルケの顔が引きつっています、ぶっちゃけ青いのです。まあ嫌ですよね、いくら剣でも生理的な拒否感は出るのですよね、あんなのに魔法ぶつけるのは。「ミス・ロッタ、あの剣に魔法無効化能力があると仮定したのはあなたでしょう? あなたが試すべきだとは思わなくて?」「ヴァリエールの宿敵たるツェルプストーこそ、あの剣に魔法を放つのにふさわしいと思ったのですが。 まあ、そうおっしゃられるのであれば、私がやります。」今回は普通のファイヤーボールにするのです。アレンジしてもしょうがありませんし。「ファイヤーボール!」「な、大きい!」ただし、ファイヤーボールの容量に詰め込めるだけの魔力を詰め込んだ特大ですが。「受けるのです、これが私の全力全開なのですよ!」「ぎゃああああぁぁぁぁ!お助けええええぇぇぇぇぇっ!」ファイヤーボールはデルフリンガーに向かって真っ直ぐ飛んで行き、ついに直撃しました。「たっ、助けてくれええぇぇ…え?あれ?」デルフリンガーに当たった途端にファイヤーボールは小さくなっていき、代わりにデルフリンガーのサビサビの刀身から錆が抜け、見事な白銀の輝きを放つようになりました。「お…おおおおおお? 思い出したぜ、そういやあんまりにもつまらねえ事にばかり使われるから、錆びて相手にされないようにしていたんだった! それと俺の能力は魔法無効化じゃねえ、魔法吸収だ!」デルフリンガーの喜びの声が響き渡ります。「どうやら魔法を吸収して自らの力に変える魔剣のようですね。 もう少し魔法を吸収させてやれば、もっと機能が回復するかもしれないのです。 ミス・ツェルプストー、お願いで…ん?なんですか、ミス・ヴァリエール?」「はい!はい!私もデルフリンガーに魔法ぶつける!」なんか、滅茶苦茶張り切っています、ルイズ。もう少し後に頼もうと思っていましたが、デルフリンガーも元の姿に戻りましたし、このくらいでもかまいませんか。「そうですね、持ち主であるミス・ヴァリエールが魔力を与える方がここは良いですね。 では、ご存分にどうぞなのです。」「うん、存分にやるわよ。 ファイヤーボール!」大爆発しました、しかもデルフリンガーのいるあたりにピンポイントで。「やった、大当たり!」しかし、爆発の煙が消えた後、そこにデルフリンガーの姿はありませんでした。「…ヴァリエールの魔法で吹き飛んだかしら?」「え?嘘、そんなまさか、あの剣魔法を吸収するんでしょ?」まあ、固定化を無効化できる虚無魔法ですから、直撃したら消し飛ぶでしょうね。「…デルフリンガー、惜しい剣を亡くしました。」「そ、そんなぁ…。」ルイズはヘナヘナとへたり込みます。私もへたり込みたい気分です…まさかルイズの魔法が直撃するなんてラッキーショットがこんな時に起きるだなんて。「あの剣、吹き飛んじまったのか?」「おそらくは跡形もな…」その時、頭上から風切り音が聞こえたかと思うと、私の目の前数サントにデルフリンガーが突き刺さっていました。「ぅきゃああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」「うぉ、ケティ何を!」思わず隣に来ていた才人に思い切り抱きついてしまいました。「勝手に殺すんじゃねえ! おれは不死身だ!」「なっなっなななななななな…。」何という所に落ちてくるのですかと言おうにも、驚愕で舌が麻痺して喋れません。「ちょっとケティ、ダーリンから離れなさいよ。」「こっここここここここ。」腰が抜けて才人に抱きついていないと立っていられないのですと言おうにも、舌が麻痺して声帯が引きつった状況では無理なのです。「うお、ケティって結構でかい?」「さささささささささささささっ!」才人の鼻の下が伸び始めていますが、抗議しようにも口が動かないのです。「こらーっ!ケティ離れなさい、離れなさいってば!」「むむむむむむむむむっ!」無理ですミス・ヴァリエールと言おうにも、発音すらままなりません。ルイズに制服を思いきり引っ張られますが、離れたくても離れられないのをわかってください!ああっ、キュルケまで加わってきました。これは罰ですか、デルフリンガーをおちょくり過ぎた罰なのですか!?「離れな…何?」私達の背後に巨大な人影が現れました。「ゴーレム。 しかも物凄く大きい。」「いったいなに?何なのよアレ!」こんな時にフーケのゴーレムですかっ!腰は抜けたままですし、腕を離して才人を自由にしようかと思ったら…。「ななななななななな!(何で離れないのですかっ!)」腕も硬直してるうううぅぅぅぅ!?このままじゃあ、才人ごと踏んづけられてしまいます。「離しなさいケティ、ふざけている場合じゃないってばっ!」「ふふふふふふふふふっ!(ふざけてなどいませんっ!)」キュルケとルイズが私の腕を引き剥がそうとするのですが、全く動く気配すらありません。「ルイズ、タバサ!ダーリンとケティを何とか動かすわよ…って、タバサ?」タバサがいない…と思ったら、タバサが乗ったシルフィードが急降下してきて、私達の前に降り立ちました。「乗って。」「乗ってって、ダーリンとケティはどうするのよタバサ。」私達は置き去りですか?「大丈夫、何とかする。 だから二人とも早く。」ルイズとキュルケがシルフィードの背に乗った途端にシルフィードが飛び立ちました。「ちょっと待て、俺たち置き去りかよ、おーい! いやまあ、こんな死に方なら幸せかもしれないけどさ。 ケティは柔らかいなぁ…。」「ええええええええっちなななな!」才人、無事に帰れたら制裁です。断じて制裁するのです!そんなアホな事をしている間にもゴーレムはどんどん近づいてきます。「ああここで俺の人生も終わりか…そういえば、俺のキスって、ルイズとの契約でしたのだけだよな。 もう一度女の子とキスしたいな、そう思わないか、ケティ?」「おおおもおおもおおおもおおおもおおもっ!」思いません、全く、これっぽっちも、欠片も思わないのですよ!「んー…。」才人の唇が、唇がどんどん近づいて…急に重力から解き放たれました。「おわぁっ!なんだこれ!」「ししるしるししるしるふぃーど!」い、いろんな意味で危機一髪な状況は去ったのです。命とファーストキスの両方の危機が、危機が去りました…。「なんて大きいゴーレムなのかしら…。 あ、本塔が!」「いったい何をするつもりなの!?」ゴーレムがルイズの傷つけた跡を思いきり殴りつけると、本塔の壁が崩壊しました本塔の中の宝物庫を破壊し、ローブ姿のフーケが破壊の杖を持ち去っていくのが見えます。ゴーレムは学院から悠々と立ち去り、暫くすると崩れて消えました…。「ささ才人。」体の硬直がやっと解けて来ました。「お、ケティ、やっと話せるようになったのか。」「よよくも、よくもすす好き放題にやってくくれたものなのです。」制裁です…制裁なのですよ。「わ、私も体が硬直して貴方にめ、迷惑がかかった事は、しゃ、謝罪します。」「いや、ホント死ぬかと思ったよな、あはははは…は?」何を暢気に笑っていやがりますか?「身動きが出来ない私が喋れないのを良い事に、キスまでしようとしましたね?」「えーと、ひょっとして怒ってる?」ようやっと気付きましたか、この唐変木。「これで怒らなかったとしたら、私はロマリアで列聖されるでしょう。 降りたら、制裁です。」「ひぃ!?」このあと彼がどうなったのか、それは想像にお任せするのですよ。