撤退戦は戦の華撤退戦の上手な人こそが、玄人好みな名将なのです撤退戦は戦の地獄撤退戦の時にこそ、戦争においては最大の犠牲者が出るのが戦の常なのです撤退戦は戦の終着点撤退戦において、私は何を得、何を失うのでしょう?「…さて。」会議の後、私達三人しか居なくなった会議室で、ルイズは私の方にくるりと振り向いたのでした。「な、ななな何か良い知恵は無いかしら、ケティ?」思い切り引き攣った顔で、ルイズが涙目になりながら私に尋ねてきたのでした。「今…何と言いやがりましたか?」私はルイズの頬に手を伸ばし、むにーっと伸ばしてみたのでした。「ひたたたたたたた…。」「おお、伸びる伸びる。」取り敢えず堪能したので手を離してみました。「…で、今何と言いやがりましたか?」「いや、勢いで思わず口走っちゃったけど、7万は流石に無ち…いだだだだだだ! ウメボシぐりぐりは反則、反則よ!?」ああもう、どうしてくれましょうかね、このピンクわかめ。「私はヤン・ウェンリーでも、ジャスティ・ウエキ・タイラーでも、マイド・B・ガーナッシュでも無いのですよ!? そうポンポンと逆境を完膚なまでにひっくり返す知恵が浮かんでくるものですかー!」「だれよそれー!?」逆境をひっくり返すのが得意な人達なのです。「そうなると、流石に拙いな。 流石に7万相手にたった3人じゃあ、焼け石に水とかいうレベルじゃねーぞ?」「まあ…幾らかましに出来る策ならば、ある事にはあります。 ルイズが全力全開なら、最大限見積もって7万を3万5千くらいには出来るかもしれません。」色々と賭けですが…分の悪い賭けは大嫌いなのですが、言ってしまったものは何とかやりくりしなければいけませんし。「七万を半分って、どうやってやるんだ?」「いくら私でも、3万5千も殴り倒せないわよ?」何で殴り倒す事が前提なのですか。「どこの世紀末覇王だ、そりゃ…。」「乙女としてはやってはいけない危険水域なのですよ、それは…。」「あはははは…。」ルイズは頬をポリポリと掻きつつ、誤魔化すように愛想笑いを浮かべるのでした。「最近、自分がメイジだという事を忘れつつありませんか、ルイズ…?」「そ、そんな事ナイデスヨー?」何故に目を逸らしますか、ルイズ?「はぁ…まあ良いでしょう。 ところで、ディスペルの呪文はまだ覚えていますよね?」「ほへ?ディスペルなんか使ってどうするの?」ううむ、不思議そうに小首を傾げる様が、これまた可愛い…。「おお、魔法を解くと3万5千程居なくなるのか。」才人はポンと手槌を打ったのでした。「…で、何で?」「今回の叛乱、些か前触れが無さ過ぎではありませんでしたか? 叛乱が起こるというならば、通常は事前に何らかの不審な事態が発生するものなのですが、今回はそれが全く起きていないのですよね。」まさか、アンドバリの指輪のせいだと言うわけにはいかないので、誤魔化すしかありませんが。「隠蔽が上手かったんじゃないの?」「もしそうだとしても、ゲルマニア司令部に全く気取られずに自爆攻撃をかけられる程だとは思えません。 そこにあるシティ・オブ・サウスゴーダの地図を見てください。 この東側が私達が滞在していたトリステイン側、対してこの西側がゲルマニア軍が滞在していた地域なのです。 町の構造を見て、何か感じませんか?」そう言いつつ、さりげなく川に指を持って行きます。「川が流れているな…。」「西側の市街地はシティ・オブ・サウスゴーダの中でも古い地域で、川から引き込む方式の井戸を採用しているのですよ。」私は地図上の川を何度かなぞり、それから井戸のマークが入っている地点にその指を持って行ったのでした。「つまりケティは、今回の叛乱は私達が前に間違って飲んだ惚れ薬みたいに、心を操る水の秘薬のせいだって言いたいのね?」「そうだとしか考えられません。 不可解なのはそれだけの量の特殊な水の秘薬をどうやって集めたのかという事ですが…こればっかりはすぐ調べるのは無理なのです。」水の秘薬の量にルイズが疑問を感じる前に、疑問として出して潰しておきましょう。はう…やはり身近な人をしれっと騙すのは心苦しいのです。「確かにね…まあ、国ぐるみでやれば何とかなるって事にしておきましょ。 でも、それなら確かにディスペルで効果を消せるかも。」「やってみる価値ありだな…でもルイズ、この前イリュージョンで大艦隊出したじゃん。 あの後で、それだけ大規模なディスペル使えるのか?」才人はルイズの顔を見つめたのでした。「元気があれば、何でも出来る! たっぷり素振りして、たっぷり魔力なら貯めたわ!」「素振りで魔力貯めてたのかよオイ!? ああでも…まあルイズが言うなら大丈夫か。」そう言いながら、才人はルイズの頭をぽふぽふと撫でたのでした。「後は…アルビオン軍に例の甦った死体が結構な数いるらしいという事なのですよ。 最初は小さな地方の叛乱勢力に過ぎなかったレコン・キスタが、あれよあれよと言ううちにあそこまでの大所帯と化したのは、どうも倒した敵軍の兵の死体を再利用していたからみたいなのですよね。」「それ、今回の戦で使われていたら、やばいかったんじゃあ…。」まあ、疑問点はそれなのですが、それに関しても調べておいたのです。「どうも、アンドバリの指輪には決められた使用回数があるようなのですよね。 最初は部隊レベルを再生させていたようなので使用回数に関してはそこそこ多めなようですが、叛乱軍がそれなりに増えてきたあたりからは征圧した地方の貴族に対して使ったのではなかろうかという痕跡が増えていきます。 無限に使えるなら領主だけでなく、倒した兵も全部甦らせた方が楽なのにも関わらず…なのです。」「使用回数が残り少なくなったから、兵卒ではなく頭である領主だけを復活させて生き残りや新たに徴用する兵を指揮させたということね。」ルイズがなるほどといった感じで頷いたのでした。「勿論、数が増えて単に面倒臭くなったという可能性もありますが、体をズタズタにされても動けるというタフなのにも程があるというかお前は上○当○かー!?みたいな連中なのですよ? 増やせる材料はそこらじゅうに転がっているのですから、使用回数が無限なら、そして使用者が私なら、絶対に使うのです。」凄まじくタフな屍人の軍隊とか、中二病丸出しですが物凄く強そうなのです。「悪は悪を知る…か。」「深いわね、それ…ところで○条○麻って、誰?」「がーん、何時の間にか悪人にカテゴライズされているのですか!?」皆の為に頑張ったのにも関わらず、悪人扱いされるとか…気分はすっかりダークヒロインなのです。「嘘嘘、ケティがわたしたちの為に一生懸命なのはわかっているわよ。」「やり口がゴッドファーザーチックだけどな。」まあ確かに、私は身内とそれ以外をきっちり分けるという、どっちかというとコーサ・ノストラ向きな性質ですが…。「取り敢えず、才人を処刑するのは置いておいて…。」「処刑!?何で!?ホワーイ!?」自分の胸に聞きやがれなのですよ。「…これで5000人くらいは削れるかもしれません。 まあ少なくとも、指揮官の貴族の幾人かは死体に戻るでしょうし、そもそも部隊の半数近くが崩壊したら指揮系統を維持する事など出来ない筈なのです。」ゲルマニア兵が正気に戻れば、瞬時にして損耗率43%。戦争においてこれは『壊滅』という評価になります…アルビオン軍にゲルマニア軍の叛乱勢力を加えただけという、実質二つの軍隊なのでそう言い切るには不安はあるのですが。「なるほど、それなら追い返すことは出来るかも知れねえな。 ついでに洗脳されたゲルマニア軍を救出する事で、ゲルマニアに恩も売れるか。」「そういう事なのです。」ゲルマニア軍が壊滅したままでも別に良かったのですが、恩を売れるならそれに越した事はありませんか。「それに賭けてみるしかないわね…って、私のせいなんだけど。」「まあ、何とかなるだろ、うん。」才人は肩を落とすルイズの頭をぽふぽふ撫でながら、のんびりと頷いているのです。「例え私達が敵に飲まれても、ロサイスの防御陣地があればある程度は持つでしょうし…まあ、気楽にいきましょう、気楽に。」ルイズのディスペルが効けば、取り敢えず3万人は減りますし。何とかなります、何とか…なれば良いのですねえ、ハハ…。「おおお、壮観なのですねー。」「流石に7万も集まると凄まじいの一言だな、ついでにそれが味方で無くて全部敵だと。」大地を埋め尽くす7万のアルビオン軍…半分くらいゲルマニアの叛乱軍ですが。7万対3…数的には圧倒的に不利とか、そういうレベルじゃない状況ですが、これを何とかしないとどうにもなりませんからねえ。「うはははは!戦場だ!斬り放題だ!血湧き肉躍るなあ!血も肉も無いけど!」デルフリンガーが喜びに身を震わせているのです。「おやデルフリンガー、いたのですか? てっきり岩に刺さったままで、そのまま『選定の剣』とか崇められているものと。」「ひでえ!そりゃまあ確かに台詞無かったけど! 俺は無事ですよ、抜く時に『ピキッ!』とか、ちょっと嫌な音がしたけど無事ですよ! みんなのアイドル、デルフリンガー様は健在ですよ!?」台詞って何なのですか、台詞って。「メタな莫迦剣は置いておいて…それではボチボチ始めましょうか? 才人、口上を。」「おう、しかし貴族同士の戦ってのは面倒臭いんだな?」才人はすうっと息を吸い込み、その間に私は才人に『拡声』の呪文をかけたのでした。「やあやあ、遠からん者は音に聞け、近くば寄って目にも見よ! 我こそは神の左手にして神の盾ガンダールヴ!虚無の剣を担うものなり! 偽虚無クロムウェルに従いし背教者どもよ!虚無の裁きの光を受けるが良い!」大音響で響き渡った才人の口上が、アルビオン軍の進軍を止めたのでした。「…時代がかってんなぁオイ。」拡声の呪文を解いた後、才人はぼそっとそう呟いたのでした。「仕方が無いでしょう、時代劇な世界なのですから。」「戦も喧嘩も政治もまずはハッタリが大事か。 まあ、ビビらせた方が優位に立てるのは何となくわかるけどさ。」凛々しく敵を見つめつつ、愚痴るというのもなかなか無い光景なのです。「えーと…時代劇って、何?」「時代劇というのは、昔の世界を再現した劇の事なのです。 才人にとって、私達の世界は才人の世界の大昔にそっくりなのですよ。」小首を傾げて尋ねてきたルイズに、そう返してみたのでした。「ところでルイズ、呪文の詠唱は?」「終わったわ、後は発動ワードだけ。」弾は込められたので、後は引き金を引くだけですか。「ふむ、それでは、ちゃっちゃとやっちゃいましょうか?」「うん、それじゃあ行くわよ…はああああああああっ!『ディスペル』!」ルイズの掌から眩い光が放たれ、7万のアルビオン軍を包み込んだのでした。「…前見たディスペルは『か○は○波』じゃ無かったぞ、取り敢えず杖は使ってた、間違いなく。」「ひょっとして、ツッ込んだら負けなのかもしれないのです。」日に日に出鱈目生物っぷりが上昇して行くのですね、ルイズ…。「ど…どうかしら?」魔力を振り絞ったせいか、肩で息をしながらルイズが訊ねて来ます。「見た感じ混乱しているのですね、どれどれ…?」『拾音』の魔法で、アルビオン軍の音を盗み聞き…。「うわ、何でお前アルビオンの旗なんか持ってんだ!?」「しらねーよ!?つか、あっちにいるのひょっとしてアルビオン軍!?」「なあ、あのピンク胸無くね?つか平原じゃね?」「バーカ、あれは着痩せしてんだよ、俺には分かるね。」「指揮官殿、どうなさいましたか指揮官殿…って、死んでるー!?」「うわ、何でこの人全身ズタズタになって死んでんだー!?」ふむ、大混乱なのですね…一部、全然関係無い話している人もいましたが。「この混乱で撤退してくれれば、何とかなるか…?」「恐らくは…。 遠目に見ても大混乱していますから、もう一度攻め寄せるにしても一旦退却して体勢をたてなお…。」「ぎゃあ!」「ひぎゃ!?」その時、アルビオン軍の後方から、悲鳴が聞こえてきたのでした。「な、何をなさるか!?」「前進せよ!勝利は目前である!」そんな声が、『拾音』の魔法で強化された私の耳に入ってきたのでした。「クロムウェル皇帝陛下よりの命令は『進撃し、敵を殲滅し、勝利せよ』である! ここまで散々待ったのだ!我らの革命に後退は許されませんぞ、ホーキンス将軍!」「貴官は何を言っておるのだ!? ここまで混乱した状態で進軍など…。」ホーキンス将軍は敵軍の総指揮官の筈なのに、彼の決定にしかも上から目線で反論している人がいるのですか?「皇帝陛下に選ばれた我ら『聖地奪還委員会』の決定に逆らうと仰るか? 反革命罪に問われますぞ?」「き、貴様ら…っ!」な、何なのですか、このどっかの共産主義国家みたいなやり取りは…?私達がこういう事をやるというのを、ある程度予測していた?「『聖地奪還委員会』は、これよりこの戦場を督戦する! 逃げる者は我らの魔法にて焼かれ、切り裂かれ、轢き潰されると知れ!」と、督戦隊…?拙い、拙いのですよ。私達はたったの三人、正気に戻ったゲルマニア兵は逃げ散り始めていますが、それでも4万近い兵が敵側には居るのです。「な、何だ!?敵が急に進み始めた!?」「まさか、督戦してまで部隊を収拾させるとは…。」こっちがこうやれば、あちらはああやる…徐々に、徐々にですが、私の介入がトリステインの外にも影響を及ぼしつつあるとでもいうのですか…?「どういう事…?」ルイズがよろめきながら、私に訊ねて来ます。「思惑が強引な手法で外されました。 敵軍は時期に統制を取り戻します…完全に失敗なのです。」「そんな…。」全く考えられない話では無かったのです。ただ、そこを考慮するとどう考えても失敗するので、敢えて無視していた部分でしたが。「敵は常に自身の最悪を突いてくるというわけですか。 すいませんルイズ、これは完全に私の失態なのです。」極端に分の悪い賭けって程では無かったのですが…。「じゃあ、わたしとサイトが頑張るしか無いってわけね…あぅ。」「…無理すんなって、3万以上無力化しただけで十分だよ。」「うう、でも、でも…。」「良いから、お前は寝てろ。」才人はルイズの頭をぽふぽふと撫でます。「ケティもそんなに気に病むなって、どんなに考えたって駄目な時なんかいくらでもあらぁな。」「才人…。」続けて才人は私の頭を撫でたのでした。「おーいデルフ、斬り放題だぞ?」そう言いながら、才人はデルフリンガーを鞘から抜き放ったのでした。「斬り放題!なんて素敵な言葉! とうとう俺の出番というわけだな。 今宵の俺は血に飢えておる、飢えておるぞ!」おおう、デルフリンガーが漲っているのです。「今宵って…お天道様が頭上でめっさ元気に光っているわけだが。 あと黙れ妖刀。」「ひでえ!それっぽい事を振っといて、この扱い!」才人ってば、デルフリンガーに対しては結構Sなのですね。「いやー、デルフといえば『黙れ妖刀』だろ。 一回くらい言ってやらないと、調子が出ないかなぁと思ったんだよ。」「ひでえ!相棒が鬼畜過ぎる!この鬼畜!鬼畜眼鏡!」「俺の何処に眼鏡要素があるってんだよ!?」何処にも無いのですねえ…BL要素も何処にも無いのです。「…とまあ、冗談はこれくらいにして…だ。」才人は剣を構えたのでした。「ケティはルイズをつれて、ロサイスまで逃げてくれ。 俺はあのアルビオン軍片付けたら戻る。」「か、片付けたらって、あんたねえ…。」そう言いながら、ルイズはよろよろと立ち上がったのでした。「わたしも一緒にアルビオン軍ぶっ飛ばすから、ケティだけロサイスに戻って。」「いやルイズ、今の貴方は魔力を失って普通の女の子に戻ってしまっているのですよ?」おまけに体力まで魔力に変換したのか、よれよれのよろよろなわけで。「バカ犬だけ残して、ご主人様だけが先に帰れるわけ無いでしょ? 無理でも無茶でも気合でぶっ飛ばすのみよ。」「はぁ…俺が物凄く珍しく気を利かせてんのに無茶苦茶言いやがるな、このご主人様は。」そう言いながら、才人はルイズの胸をぺたりと触ったのでした。「んー…胸?」「死になさい。」そう言いながら放たれたルイズの拳は、へろへろーっと才人の胸に当たったのでした。「パイタッチ返しか、やるな。 その発想は無かったぜ。」「違う…わよ、ああもう、どうして力が出ないのよぅ…。」才人、キモいから胸抑えて顔を赤らめるのはやめてください。「だからケティが言ってたろ、魔力切れだって。 おとなしくロサイスで待ってろっての。」「嫌よ…あんた一人置いてだなんて。 使い魔と…その主人は…死ぬまで一緒なの!」普通に考えれば、1対7万でも1対4万でも絶望的な数字には変わりありませんからね。「ああもう、かわいいなあ俺のご主人様はっ!!」「ぐっ!?」才人は素早くルイズに当身をして気絶させ、胸に抱きしめたのでした。「まあ、抱きしめたし、胸も触ったし、とりあえずこんなもんで良いか。」「いや、せめて抱きしめてから気絶させたほうがよかったのでは?」逆だとなんだか変質者チックなのですが…。「良いんだよ、そういう事すると暴れるだろ、こいつ。 何つーか、懐いてんだか懐いてないんだかよくわからない猫?」「言いたい事は、何となくわからないでもないですが…。」時々そういう猫っていますよね。「死ぬ気なのですか、才人?」その割には飄々としているというか…。「ん?死ぬつもりは無いぜ。 ギーシュに全部手に入れろとか偉そうに説教しておいて、俺が死んだら馬鹿みたいだろ?」「そうですね、まるっきり莫迦なのです。」私がそう言うと、才人は軽くよろけたのでした。「そこはなんかフォローが欲しかった…え!?」そのよろけた才人の頬に、私は軽くキスをしたのでした。「乙女のキスなのですよ。 この魔法上等なファンタジー世界でおまじないも何も無いような気もしますが、験担ぎ位にはなるような気がしませんか?」我ながら、なんという臭い台詞…思わず頬が赤くなってしまいます。「センキュー、有難く受け取っておくぜ。 じゃあ、そろそろ逃げないと敵に追いつかれそうだし…な。」「確かに、そうですね。」もうそろそろ時間切れですか。。「レビテーション。」ルイズの体を浮かべて馬の背に乗せ、私もその馬に飛びったのでした。「才人、敵を総崩れにしたいのであれば、敵陣最後方にいる督戦隊を倒すのです。 彼らが急激に統制を取り戻した原因は、前に進まなければ味方に後ろから撃たれるという恐怖があるからなのですよ。 逆に言えば、それを叩き潰せば後ろからの圧力が無くなり、敵軍は逃げる事が出来るようになるのです。」「敵の最後方ねえ…わかった、やってみるな。 それじゃあまた会おうぜ!」「ええ才人、また会いましょう!」笑顔で手を振る才人に私も手を振り替えし、私は馬をロサイスに向けて走らせたのでした…絶対に振り返らずに。「お帰りなさいミス・ロッタ、作戦はどうなりましたか?」「おおむね成功しました…。」私はロサイスに戻ると屋敷にルイズを置いてロサイスの作戦司令部に行き、そこで事の次第を斥候たちから受け取ったのでした。作戦の結果は、成功といえるでしょう。敵軍の半数近くが正気に戻ったり死体に戻ったりして失われ、残り半分も督戦まで行ったにも拘らず、その督戦隊が才人によって全滅。再び統制を失ったアルビオン軍は壊乱状態に陥って撤退していったのでした。対してこちらの被害は数人の斥候と一人の少年が行方不明になったのみ。…そう、才人は行方不明なのです。無事にティファニアに拾われていればいいのですが…。「サイトさんは…?」「やはり、行方不明なのです。」私の言葉を聞くと、シエスタは泣き始めたのでした。「そんな、そんな、サイトさんが…。」「行方不明は行方不明なのであって、戦死ではありません。 そもそも才人の格好は特徴的で目立ちますから、死んでいればわかるでしょう。」この世界で青いパーカーとジーンズの少年なんて、目立つにも程があるのですよ。だから、戦場で見かけなかったというのであれば、大丈夫…大丈夫…大丈夫…。「それじゃあ、すぐ探しに…。」「ミス・ロッタ、最終便の準備が終わりました。」シエスタがそう言いかけた直後に、伝令兵が私達の元にやってきたのでした。「時間切れなのです…行きましょう。」「そんな…ッ!?」才人が本当に無事かなんて、私だってわかりません。死んでいる筈の人が生きている以上、生きている筈の人が死んでいる可能性は多分にあるのですから。ティファニア、才人を見つけてあげてください、どうか、どうか、お願いします。「ミス・ロッタの権限で、もうちょっと、もうちょっと待ちましょう!?ね!?」「不可能なのです。 ロサイスに少数のアルビオン軍が迫っていますが、既に全ての軍が撤収してしまった現状では、この船自体が危うくなります。」そう、正気に戻ったゲルマニア軍を精一杯収容して、待って、待って、これが本当に最後の便。これを逃したら、トリステインには帰れなくなってしまいます。「ミス・ロッタの人でなし!こんな薄情な人だとは思いませんでした! サイトさんの事なんか、どうでも良いんですね!?」シエスタはもうどうにもならない事なんかは重々招致で、それでもやり切れない無念さとかを私にぶつけているのはわかります。それをぶつけられるべき立場なのが私なのもわかります。それでも…。「私だって…私だって…出来る事なら…それが許されるなら…ううっ…。」「ミス・ロッタ…申し訳ありませんでした。」それでも、それを受け止めて平気でいられる事と、そうではない事だってあるのですよ。「あ…あの…。」戸惑ったように立ち尽くす伝令兵を見て、泣いている場合ではない事を思い出しました。「伝令の任務、ご苦労でした…さあシエスタ、船に行きましょう。」「は、はい!」ルイズにも恨まれるでしょうね。ですが、それが才人と最後に話した者の義務なのです。「う…ん?」半日近く時間が経ち、ラ・ロシェールの明かりが見えてきたあたりで、ルイズが目を覚ましたのでした。「ここは…。」「アルビオンから脱出した船の中なのです。」ルイズは多分、私が言う前に気づくでしょうね。「私、今まで…え?」ルイズが驚いた顔で周囲をキョロキョロと見回します。「え?え?え?」更に、混乱した表情で周囲を見回します。「サイト、サイトは、サイトは何処?」「才人は…。」私は説明しようとしますが、ルイズは私の言う事など耳に入っていないようなのです。「何でサイトの気配がしないのよ!何で繋がりが切れているのよ!? どういうこと?ねえケティ、あんた何か新しい魔法でも開発して、サイトを隠しているだけなんでしょ!?」「ルイズ…。」ルイズは私をがくがくと揺さぶり続けます。「早く出しなさいよ、何で何も感じないのよ、不安なのよ、お願いだから、早く、出して!サイトを!早く!!」「才人は…行方不明なのです。」その事をルイズに伝えたのでした。「ゆく…え、ふめい…?」「はい、敵が撤退したので斥候に才人を捜索させましたが、生きている才人も死んでいる才人も発見できませんでした。 よって、行方不明なのです。」本当に…ティファニアに拾われていてください、貴方が主人公ならば、そうなってくれる筈…。「戻る…アルビオンに戻るわ。」「もうすぐ、ラ・ロシェールなのです。 ですからすぐに戻るのは無理な…きゃッ!?」私がそう言い切る前に、私はルイズに押し退けられたのでした。「才人を探すの、戻って早く探すのよ!」「戻れません!戻ろうにも、この船にはもうそんな風石は残っていないのです!」やはりルイズには何時もの無茶苦茶な怪力はありません。おそらく大魔法を使った後で、完全に魔力が枯渇しているのでしょう。「嫌よ探すの!才人が感じられないの!不安なの!不安で死んでしまいそうなの! お願いケティ、戻って、戻って探すの手伝って!お願いよ!」「トリスタニアに戻ったら、すぐにでも捜索隊を結成しましょう。 ですから、ですから落ち着いてください!」「サイト、サイト、サイトサイトオオオオオオオオォォォォォォォォッ!!!!!!」ルイズの魂から搾り出されたかの如くの絶叫が、船の中に響き渡ったのでした。