「どっせぇい!」才人は薪を割る。「俺は斧でも鉈でもねえ、剣だ!」デルフリンガーで。「良いじゃねえか、鉈代わりでも斬れるんだから。」「斬ってねえ割ってんだ、これは!薪の繊維に沿って割ってんの! 今まで剣として生きてきたけど、こんな酷い扱いは初めてですよ。 スタ○フサー○ス、ス○ッフ○ービスは無ぇのか!?」おーじんじ、おーじんじ。どうやら、デルフリンガーは目的外使用されているのが気に入らないらしい。「じゃあ、お前は今日から鉈な。 喋る鉈、インテリジェンス・マチェット。 良かったな、これで作られた目的通りだぞ?」「良いわけあるかああぁぁぁぁぁぁっ! つーかお前の命の恩人その2に対して、あんまりな扱いじゃねえか?」デルフリンガーは抗議の声を上げていた。「あのなデル公、俺はガンダールヴじゃ無くなっちまったんだ。 もうお前を握っても、身体能力が劇的に上がったりしないの。」才人はデルフリンガーに対して、諭すように話しかける。「それとこの扱いに、何の繋がりがあんだよ?」「つまりだな、俺は剣のスキルを以前と同じまでは行かなくても、そこそこ戦えるレベルにしたいわけよ。 ガンダールヴ無しでも、まともな剣士になりたいってわけ。」ガンダールヴとして戦っていた時の体の動きは、先日のアルビオン軍相手の戦いでしっかり覚えている。だから才人にとって強い剣士のイメージは、既にある程度出来ていたのだ。才人に足りないのは、そのイメージへと到達する為に足りない、武器への異様に馴染んだ感覚や単純な筋力だった。「まずは筋肉が足りない。」特に筋力は二週間も寝込んでいたのが祟って、かなり落ちている。才人としては早急に立て直すべきものだった。「あとデルフ、お前を自在に振り舞わすには、お前をなるべく多くの時間振り回す必要があると思ったんだよ。 俺はお前を自由自在に扱えるようになりたいんだ。」」「くーっ、泣かせる事を言うじゃねえか。 成る程、そういう事なら仕方ねえな…薪でも何でも割りやがれ!」デルフリンガーとしても、自分をより上手く使う為だと言われれば嫌とは言えないというか、むしろ感動したのだった。「おう、それじゃ行くぜ…。」「サイトー!」声のした方に才人が振り向くと、そこには男の胴回りをも軽く上回るであろう大きさの立派な丸太を担いだティファニアがいた。『ええええええええええええええええええええええぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!?』一人と一振りの声が、驚愕で思わずハモる。「ひぅ!?ど、どうしたの?」二人の驚愕の声を聞いたティファニアは、丸太を担いだままビクリと怯えてあとずさる。「い、いや、テファ、その丸太。」才人は口をパクパク言わせつつも、何とかティファニアに質問する事に成功した。「えっ?ああ、これ? 私、ちょっとだけ人より力持ちなのよ。」テヘッと笑って、開いているもう片方の腕で力瘤を作るような仕草をするティファニアだが、開いていない方の腕には巨木の丸太がほぼそのまま一本の状態で担がれていた。『ちょっとだけじゃナーイ!?』今度はツッコみがハモる一人と一振り。「な…なあデルフ、エルフってみんなあんなバカぢ…じゃなくて、力持ちなのか?」「俺の知ってるエルフと違う。」違うらしい。「いやまあ、相棒を担いでいる時も、やけに軽々と担ぐなぁとは思っていたんだが…。」「ひぅ…。」自分を時々チラ見しながら、ひそひそ話す才人たちにティファニアは涙目になる。「わ…私、やっぱり何処かおかしいのかしら? え、エルフだから?ハーフだから?」「いや、エルフとか、ハーフとか、そんなチャチなもんじゃ決して…。」才人はデルフリンガーが余計な事を口走る前に、鞘の中に収めた。「大丈夫だって、人よりちょっと力持ちなくらい何だってんだ。 テファはテファ、可愛い素敵な女の子だよ。」そして、笑顔で全力でフォローする。才人としても、命の恩人で可愛くて気が優しくて革命的な胸を持つ少女を泣かせるのは、絶対に避けたかった。ルイズを怒らせればフルボッコにされて体が猛烈に痛いし、テファを泣かせたら罪悪感で心が痛くなる。才人は痛いのは嫌いなのだ…台詞は何となく痛々しいが。「う…うん、有り難うサイト。」そしてそんな才人にぽっと頬を赤らめるテファ。…って、だからニコポすんじゃねえ、爆発しろ。「ところで、その木どうすんの?」「え、ええとね、薪にするの。」そう言って、ティファニアは丸太を地面に置いた。ズシンという地響きと共に、丸太が地面に軽く沈み込む。ティファニアはその丸太の端を持って…。「えいっ!」可愛らしい掛け声と共に、真っ二つに引き裂いて見せた。「オゥ、ゴッド。」何故か英語で神に祈る才人。「おでれーた…。」お前はそれ以外に何か台詞はないのかデルフリンガー。「え、えっとね、これにはコツがあってね…。」コツとかいうレベルじゃねえと、一人と一振りはツッコみたいのを必死で抑えている。「ひぅ…私、やっぱり変なのかしら?」「あ…いや、そんな事無いデスヨ?」はっきり言って変なんてレベルでは無いというか、ヘラクレスかお前はというツッ込み入れたいくらいなのだが、涙目の女の子に正面切って変だとは言えない。才人の目が物凄い勢いで泳ぎ始めた、今なら世界を獲れるかもしれない。「何で目を逸らすの?」「空が綺麗だから?」空は今にも雨が降って来そうな曇天である。「相棒、はっきり言ってやれ。」「いや、でもだな?」泣きそうなティファニアに、はっきり言えない才人。まさに絶体絶命だった。「へぇ、こんな所に村がありやがる!」「言ったっしょ親分、この前逃げている最中に見かけたんスよ!」その時、広場の方から、そんな声がした。「ちょ、あんた達何よ!?」警戒するような、ニノンの声もする。「ひぅ、何!?」ティファニアは、怯えた表情でそ広場の方角を向いた。「何かやばそうだ…行くぜデル公!」「お…これは斬れるか? けけけけけけけけ!」気を取り直した才人がデルフリンガーを握り直し、広場に向かって走って行った。この気まずい空気を誤魔化す大チャンスと思ったかどうかは定かではない。「俺達か? 俺達は…何だろうな?」「取り敢えず、ついこないだまではアルビオンの傭兵だったなぁ。」アルビオンの軽装鎧に身を包んだ男たちを睨みつけ、怯える子供達を背後に庇うニノン。傭兵団というのは決まった収入がある主の居ない武装集団なので、結構容易に盗賊団と化す。実際、戦争が少なくて収入が滞ったりすると、小さな町を襲ったりする傭兵団も結構あるのだ。「出て行って!この村には金品は無いわ!」「食料でも良いから寄こせ。 あと、女もだ。」そう言いながら、傭兵たちは剣を抜いて見せた。「ああお嬢ちゃん、お前でも構わねえぜ、俺たちはよ?」「お断りよ!」ニノンは顔を真っ赤にして怒っている。「ロリコンだー! やべえ、ロリコンがいる!」「膨らみかけ大好きな傭兵団かよ、オワットルな。」ガンダールヴの時のように加速できないもどかしさを感じつつも、一人と一振りは広場へ向かっている。「ふん、私だって代々エスクァイアの家系なんだから! 我が名はニノン・リシェ、この村に手を出すなら私を倒してからいくのね。」ニノンは懐から杖を取り出し構える。「このガキ、メイジかよ!?」「め、メイジといってもガキだ、どうとでもなる!」杖を構えるニノンに、傭兵たちが浮き足立つ。歴戦の傭兵団が動揺するくらい、メイジと平民の差は歴然としているとも言える。「おっとっとっとと、やっと着いたぜ。」「かーっ、短期間に斬っていい奴がこんなに現れるだなんて、俺ってばなんて幸運。」才人は軽く息を切らしながら、ニノンと盗賊の間に立った。「置いてかないでー!?」遠くからティファニアが走って向かってきてはいるが、まだ着きそうに無い。パワーはあるが、スピードはあまり無いらしい。「このロリコンどもめが!」才人はそう言って、傭兵たちにデルフリンガーの切っ先を向けた。「ズバッと参上!ズバッと斬殺! 快傑デルフリンガーたぁ俺様の事だ!」「黙れ妖刀。」変な事を口走るデルフリンガーに、冷たくツッコむ才人。「ひでえ!?」「…で、あんたら誰?」才人はデルフリンガーを構えると、傭兵達を睨み付ける。「こいつらは盗賊よ、傭兵崩れのね。」ニノンは傭兵改め盗賊たちを睨み付けつつ、才人にそう言った。「お前、メイジだったのな?」「親がメイジだったのよ、エスクァイアだったの。」戦った経験が無いニノンの手は、小刻みに震えている。「…相棒、やれんのか?」「さて、どーだろ? 筋力も落ちちまったし、実際どれだけ動けるかはわかんね。 …でもさ、俺より年下の女の子が戦おうとしているんだぜ? ここでやれなきゃ男じゃねえだろ?」デルフリンガーが心配そうに尋ねてきた通り、ガンダールヴの頃と違って筋力強化が無い上に勇気も湧いて来ない。だが才人はそれが当たり前なんだと開き直る事にした。デルフリンガーはガンダールヴの頃に何度も振ったので、デルフリンガーを使った戦い方なら体が覚えている。「つまり、やれるかじゃなくて、やるってこった。」才人は恐れを捻じ伏せ、更に殺気を込めて盗賊を睨み付ける。殺さなければ殺されるのだ、殺す気で行かねば勝てない。「良い事を教えてやるよ、この前近所で四万に突っ込んで片っ端から切り捨てたのは俺だ。」殺気を込めつつ、精一杯のハッタリを飛ばす。「何だと…?」「嘘だ。」「いやでも確かに、あの血塗れの真紅の悪魔と背格好は似ているぞ!?」ハッタリが少しは効いたのか、盗賊達に動揺が走る。「さあ、死にたい奴は誰だ?」「ほらほら、ズバッと斬ってやるから早く来いよ? うけけけけけけけけ!」才人のハッタリに乗っかって、デルフリンガーも挑発を始める。「ぐっ…お前、行け。」「そ、そんな殺生な!?」明らかに盗賊達は浮き足立っている…このまま逃げてくれれば万々歳だと才人は思っていた。「あ、あの、何の用ですか?」そんな彼らに、ようやく追いついたティファニアは進み出るとおずおずと声をかける。「ちょ、テファ、待てって!?」才人は慌てて声をかけるが、既に手遅れだった。「うお、すっげえ別嬪だな…。」「盗賊なのであれば、帰って下さい。 ここには貴方がたにあげられる金品はありません。」不安な様子を隠せないながらも、ティファニアは気丈に言いきる。「…いや、あんたが金品だ。 こんな別嬪早々いるもんじゃねえ。」盗賊の親玉らしき男が、そう言ってティファニアを舐めるように見つめた。「ひぅ!?」その視線に怯えて、ティファニアは後ずさろうとしたが、盗賊の親玉に片手を掴まれて引き寄せられてしまった。「テファに何しやがる!?」「話し合いで何とかしようだなんて甘いんだよ、こいつは人質兼戦利ひ…。」盗賊の親玉はそういうと、ティファニアの首筋に剣の刃の部分を当てて、乳房を鷲掴みにしようとしたが…。「ひぅ!?いやあああああああぁぁぁぁぁぁぁっ!」胸を触られると同時に、ティファニアは盗賊の親玉を天高く放り投げた。「んだあああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ…。」盗賊の親玉は空に向かって落ちていくが如き速度で上昇を続け、そのまま視界から消えた。「…んだあぁぁぁって悲鳴は新しいな。」「たぶん、戦利品だって言おうとしたんだろ。 急に言っている事変えるのって、結構難しいしな。」才人とデルフリンガーは、そんな間抜けな感想を述べている。「ひぅ、思わず放り投げちゃったけど、大丈夫かしら?」ティファニアは心配そうに空を見ているが、ひょっとすると今頃は低軌道衛星の軌道に乗っているかもしれない。まあどっちみち、カ○ズとは別の理由で考えるのを止めている頃だろう。「ひいいいいいぃぃっ!」「親分が、親分が空に消えた!?」「どどどど、どうかお助けを!?」盗賊達は空に向かって凄まじい速さですっ飛んで消えた自分たちの親玉を見て完全に戦意喪失してしまい、次々と武器を捨てて降参のポーズをとり始めた。「じゃ、じゃあ、これから私が唱える魔法を黙って受けてください。」ティファニアはそう言って、小さな杖を取り出した。「魔法!?」「もう駄目だ、死ぬんだ!?」「おかーちゃーん。」盗賊達はおいおいと泣き始めてしまった。「ひぅ、そんな、こ、殺しません。 ここに関する記憶を消して、帰ってもらうだけよ。」ちょっと涙目になったティファニアが、慌ててそう言った。「そ、そういう事なら黙って受けまさぁ。」「ちょっと怖いが、仕方ねえ。」ティファニアの訴えが効いたのか、盗賊達はおとなしくなった。「それじゃあ行きます。 ナウシド・イサ・エイワーズ…ハガラズ・ユル・ベオグ…ニード・イス・アルジーズ…ベルカナ・マン・ラグー…。」 「お…あの魔法は…。」ティファニアが唱え始めた魔法に何か気づいたのか、デルフリンガーがぼそっと呟いた。「知っているのか雷電!?」「ムゥ、あれは…って、誰が雷電だコラ。 知っているも何も、ありゃ虚無だな。」才人の問いに、デルフリンガーはあっさりと答える。「何だ虚無か…って、虚無ぅ!?」「《忘却》!」才人が驚いた声を上げるのと同時に、ティファニアの放った魔法が盗賊たちを包み込んだ。「ほへ?」「はれ?俺は何処?ここは誰?」盗賊達は呆けた表情になって、ティファニアに尋ねる。「貴方たちは道に迷ったのよ。」「そうなんだ、知らなかったぜ。」ティファニアの言葉に、盗賊達は呆けた表情のままコクコクと頷く。「そこの茂みを抜けてまっすぐ歩くと街道に抜けるから、そこからお帰りなさい。」「へえ、有り難うございやす。」盗賊達はふらふらとした足取りで、茂みの中に消えて行った。「きょ、虚無って、ルイズ意外にも居るのか?」「そりゃまあ『虚無の系統』なんて言うくらいだから、他にもいるだろうよ。」才人の問いにデルフリンガーが、何を今更といった感じで返している。「テファ、君は虚無なのか?」才人はティファニアの方に向き直ると、そう訊ねたが。「虚無?私が?」ティファニアはきょとんとして首を傾げている。「おーい、デル公?」才人はすかさず、デルフリンガーに疑いの眼差しを向けた。「いや、虚無なのは間違いないから。 つーか、自覚が無い虚無か…どう説明したもんかね? うーん…。」今のデルフリンガーに首があれば、間違い無く180度くらい捻っていたに違いない。「ふぇ?」唸るデルフリンガーを見て、ティファニアが不思議そうに首を傾げたのだった「やっぱり、良い材料と良い料理人を使っているだけあって、美味しいですわね。」金がある国は違うわねーとか思いながら、アンリエッタはジョゼフが用意した料理に舌鼓を打つ。いつも仕事しながら食べているサンドウイッチやガレットと違って、久し振りに手間隙をかけて作られた料理を食べた彼女だった。財政が常に自転車操業状態のトリステインにとって、贅沢は敵だ。だから贅を尽くして作られた料理を無駄にするなどという贅沢をするつもりは、アンリエッタには無かった。「ふん…腹が立つが、美味いものは美味いな。」ジョゼフが大嫌いなアルブレヒト三世も、美味いものには敵わないらしい。「どうかね?御国の料理には劣るとは思うが、我が国の料理もなかなか美味でありましょう?」何を考えているのやら、いまいちわからないジョゼフが満面の笑みで各国の代表者を見回している。「ふむ、確かに美味ですな。 ロマリア本国でも、これほどの料理は滅多に食べられぬ。」ロマリア全権大使のフランチェスコ・トデスキーニ・ピッコロミーニ枢機卿も、神に祈るのも忘れて食べ続けている。「…これが、国力という事ですかな。」ホーキンス将軍が、噛み締めるようにそう呟く。彼は実はあの時に胸を衝かれ倒れていたせいで才人に斬られずに済み、何の因果か一命を取り留めて現在このアルビオンの最高責任者となっていた。因果というのはどういう結果を生み出すのか、つくづくわからないものだ。「さて、そろそろ会議を始めましょうか? 先ほども言いましたが、食べながらでも会議は出来ますわ。」「食べながら会議など、はしたなくはありませぬか、陛下?」アルブレヒト三世はそう言って窘めるが…。「あら、はしたない事は楽しい事ですわよ、閣下。」「はい、その通りですな。」アンリエッタが嫣然とした笑みを浮かべると、一瞬で意見を翻した。「ジョゼフ閣下もそうは思いません?」「ハハハ!そうですな!禁じられている!事!ほどっ!楽しいのかもっ!しれませぬなぁっ!」ジョゼフの手元では、葡萄の実がフォークから何度もつるりつるりと逃げ続けていた。「それでは、会議を始めましょうぞ。」そんなわけで、飯のついでに会議が始まったわけだが…。「早速ですが、アルビオンの話をする前に、我が国とゲルマニア帝国の話をさせていただきます。 我が国はゲルマニア帝国に対し、先の戦で被った被害における賠償を要求しますわ。」会議の冒頭でアンリエッタは、アルブレヒト3世に静かに微笑みかけながらそう言ったのだった。「ば、賠償ですと!?」何かをパイ生地で包んだ料理を頬張っていたアルブレヒト三世は、それを軽く噴き出した。「ええ、謝罪は要りませんわ、感謝の言葉も要りません。 ただただ賠償を求めますわ。」そう言いながら、アンリエッタは軽くワインを口に含む。そして、口だけ微笑みながら、睨みつけて見せたのだった。「あヒん!?じゃなくて…いやしかし、我が軍と貴軍は…。」「私の軍を守ると豪語なさったのに、壊滅いたしましたわ。 むしろ我が軍は貴軍の生き残りを拾うのに犠牲を払う事になりました。 賠償を要求するには十分な理由では無くて?」そう、ゲルマニア軍は壊滅しトリステイン軍によって生き残りが救われた事で、ボロボロになりながらも何とか帰ってきている。「貴軍を救ったのは我が軍…感謝だけではなくて、《ご褒美》を戴かなくては割が合わぬと思いませぬか?」賠償を御褒美と言い変えつつ、目も微笑んで見せるアンリエッタ。「…して、御褒美とは?」アンリエッタの凄味と色気に気圧されつつ、アルブレヒト三世は訊ねる。「東トリステイン(オストラント)の返還を。 300年前に不幸な行き違いによって貴国の一部となった、あの土地を返して戴きたいのです。」東トリステインとは、かつては七州連合と名乗りトリステインから独立した国家連合の名残りである。独立後にゲルマニアの工作によって切り崩され、内乱状態に突入した挙句その大半がゲルマニアになってしまった為、現在残るのは親トリステインのクルデンホルフ大公国とオクセンシェルナ大公国の二国のみである。特にオクセンシェルナ大公国はもともとトリステイン王家の傍流でもある。オクセンシェルナ公王家は代々始祖の血を引く王家としてゲルマニア皇帝よりも家格は上であり、かつては七州連合の事実上の君主であった事もある家なのだ。「低地領土(ネーデルラント)を? しかし、それは…。」「どうせあの地は反乱が頻発するせいで、領主が居着かずに皇帝直轄領のままなのでしょう。 見栄よりも実を取るのが、ゲルマニア人の気風だと思っておりましたが、違いましたの?」 確かに東トリステインでは叛乱が頻発しているが、その大半はトリステイン、クルデンホルフ、オクセンシェルナの三国のどれかが仕掛けているものであるのは殆どバレバレであり、アルブレヒト3世も『何を白々しい』といった視線を向けているが、アンリエッタはそれをサラッと無視して微笑んだ。「しかし、領土の割譲は…。」言い淀むアルブレヒト三世の元に、アンリエッタは近づいて行き耳元に唇を寄せる。「…その代わりに、アルビオンを差し上げますわ。」アンリエッタの甘い吐息がアルブレヒト三世の鼻孔にも侵入し、彼はその香りと感触に身を震わせる。、「ふヒ…ま、まことか!?」アルビオンは現在荒廃しているとはいえ、元はトリステインに匹敵する国であり、東トリステインを上回る規模を持つ土地である。しかも、この場でアルビオン王家の血を受け継ぐ唯一の者であるアンリエッタに、その取り分の大半があるとみられていた。そのアンリエッタが、アルビオンをくれてやると言うのである。「…ええ、私はアルビオンを欲しませんわ。 何なら、証文を書いても宜しくてよ?」「し、しかし…。」そう言いながら、アルブレヒト3世はホーキンス将軍らの方をちらちらと見ている。彼らがアルビオンとトリステインの同君連合を望んでいるのは、明らかだからである。「…彼らは私が説得いたしますわ。 閣下は安心してアルビオンを手にすれば宜しいの。」身も心も蕩かされそうな笑みを浮かべたアンリエッタが耳元で囁き続ける…その香りや美貌によってアルブレヒト3世は目が眩みつつあった。ちなみにアンリエッタとしては、自らの美貌で騙しているつもりはあまり無かったりする。「よ…よろしい、我が国は我が国の将兵を助けてくれた大恩あるトリステインに低地領土(ネーデルラント)を割譲する。」「有り難うございます、感謝いたしますわ。」アンリエッタはにっこり微笑むと、すっと身を引く。「おぉ…行ってしまわれるのか?」「用は済みましたもの。 安心なさって、約束はお守りいたしますわ。」名残惜しそうなアルブレヒト三世にくすっと微笑んで、アンリエッタは元の席に戻った。「つれないのぅ…だがそれがイイ!」本気でゲルマニアはもう駄目かもしらんね。「話は済んだかね? では、早速アルビオンをどうするか話し合おうではないか。」ジョゼフが満面の笑みを浮かべてそう言った。「まず我がガリアはアルビオンのような小島を欲さぬと宣言しておこう。 我が国は飽く迄も義憤に駆られて出兵したのであって、領土欲しさに出兵したわけではない。」そう言うジョゼフを見て、アンリエッタは少しがっかりする。思惑通りとは言え、深読みし過ぎてアルビオンを欲しがるという展開も楽しいかなと思っていたのだ。「トリステインもアルビオンを欲しませぬ。 情けない話ですが、我が国の国力で我が国と同等の広さを持つ領域を二つも統治するのは無理ですわ。 我が国は、統治者としてゲルマニアを推薦いたします。」既定路線に沿って、アンリエッタは発言する。実際、国政を立て直す真っ最中である上に東トリステインまで取り込むとなると、アルビオンの復興に回す余力が無い。放って置くのも良いが、それだとトリステインへのアルビオン人の反感が大きくなるだけで、まるで得をしない。アルビオンの復興は、余力がある国に任せるのが一番なのだ。「では、我が国が…。」と、アルビオンを総取りしようと手を上げたアルブレヒト三世の声を、ロマリアのピッコロミーニ枢機卿が遮った。「ほっほっほ、我が国はポート・オブ・サウスゴーダの領有を主張いたしますぞ。 アルビオンに為す術も無く敗れ去ったゲルマニアが全土を主張するのであれば、そのくらいは許されるでしょう?」そう言って、ほっほっほと笑うピッコロミーニ枢機卿。総崩れになっただけのゲルマニアがアルビオンを総取りするのは気に入らないらしい…が、今回ロマリアは義勇軍をちょっぴり送っただけなので、せめて港の一つも持って行ってやろうというちょっとした嫌がらせのようだ。「ぐっ…よろしい、我が国に異論は無い。」「ほっほっほ、有り難うございます、閣下。 ポート・オブ・サウスゴーダをアルビオンにおける正しき教えの起点といたしましょう。」顔を引き攣らせて頷くアルブレヒト3世と、笑顔のピッコロミーニ枢機卿。「アンリエッタ陛下、申し上げたき事がありまする!」ホーキンス将軍が顔を真っ赤にしてアンリエッタの前に進み出た。「何故に、我がアルビオンの権利を主張してくれませなんだか? 陛下にはアルビオン王家の血が流れているのですぞ!?」アルビオンの貴族達はクロムウェルのカリスマが無い以上、新たな統合の象徴を求めるしか無かった。それがゲルマニア皇帝ではあまりに権威不足なのだ、変態だし。「先程申し上げた筈ですわよ? 我が国の国力でアルビオン統治は無理ですわ。」あー来た来た暑苦しいのがとか思いつつ、アンリエッタは困惑したような表情を浮かべて見せた。「ゲルマニアであればそれが可能だと?」「東トリステイン統治に回していた人員を回せば、我が国よりは遥かに余裕を持って統治できますわ。」事実ではある。事実ではあるが、アルビオン人の代表がこんな感じである以上、統治には滅茶苦茶苦慮するのもまた間違いのない事実である。つまり、ゲルマニアのアルビオン統治は、短期的にはお先真っ暗だった。「そもそも、王家を滅ぼした国がその滅ぼした王家に縋るなど、虫が良い話だとは思わないんですの?」「くっ…それはそうでありますが…。」ホーキンスは悔しそうに俯く。「であれば、下がりなさい。 無理な事を求められても困りますわ。」「は…。」アンリエッタの冷たい言葉に、ホーキンスは肩を落として立ち去った。こうして会議は殆ど揉める事無く終了し、その後は豪奢な食事会が続いたのだった。その夜の事、アンリエッタの部屋にホーキンスが尋ねてきたのだった。「矢張りいらっしゃいましたのね、将軍。」「矢張り…とは?」門前払いを喰らうかと思っていたホーキンスだったが、アンリエッタの部屋にあっさり通されたので驚いていた。「私に考え直すようにいらっしゃったのでしょう?」「その通りではありますが…。」何故にアンリエッタがニコニコしているのか、さっぱりわからないホーキンスだった。「私は考えを変えるつもりは無いわよ?」アンリエッタの口調がガラッと変わる。「私は、ね…。」「どういう事でありますか?」ホーキンスは、アンリエッタの意味深げな言葉に、質問を続ける。「ホーキンス将軍、貴方は我が国の複雑な事情をご存知かしら? …とは言っても、まだ公表していないのだけれども。 まあ、かけなさい。」「複雑な事情…でありますか?」ホーキンスは椅子にかけながら、そう訊ねる。「ええ、我が国の次の国王はね、私の子供じゃないのよ。」「子供といいましても、陛下はまだ…。」「私には確かにまだ子供は居ないし、男性とそういう関係になった事も無いけれども、そう決めたのよ、私が。」アンリエッタは《え?子供居るの?》ってな感じの表情になったホーキンスに、無い無いと手を振り否定した。「貴方も見たでしょ? 我が国には虚無の系統を持つメイジが居るのよ、私の親戚にね。」そう言いつつ、アンリエッタは唇を湿らせる為にワインを軽く口に含む。「ああ、はっきりとは見えませなんだが、ピンク色の髪の毛の娘ですな?」「ええ、虚無の系統を発現させた以上、あの娘の家系が我が国の正統よ。 私と私の血統は傍流に引っ込むのが筋というものよ…だから。」そう言って、アンリエッタはにっこりと微笑んだ。「私の子供が王になりたいというのであれば、アルビオンの王になるしか無いというわけ。 私はアルビオンの王になるつもりはないし、トリステイン国王がアルビオン国王を名乗る事はないとゲルマニア皇帝に約束したけれども、トリステイン王になれない私の子供がアルビオン王になろうと言うのであれば、それは約束の範囲外だわ。 ついでに言えば、その頃になればゲルマニアがある程度アルビオンを復興してくれている頃でしょう? つまり、貴方達は来たる時まで牙を研いでおけば良いのよ、ゲルマニアに従うフリをしながらね。」「な、なんと…。」つまりアンリエッタは、ゲルマニアにアルビオンを渡すつもりも全く無かったわけである。「待ちなさい、そして適度に従いなさい。 貴方達の王は、いずれ来るわ。」「はっ、来るべき王の為に。」ホーキンスはそう言うと、深々と礼をしたのだった。