才人は生きています原作主人公ですから才人は生きていますそれが運命ですから才人は生きています彼の隣に私の居場所なんか無いとわかっていても、私は彼と彼の関係者が幸せになってくれるのを望むのみなのです「この後どうするの? デ・ハヴィランドに何時までも留まっているわけには行かないわよ?」何とか調子を取り戻したルイズが、腕を組みながらそう訊ねてきたのでした。それにしても、何度聞いても家具・建具職人の熟練の技が光る木製戦闘機しか連想できないのですよ、この《デ・ハヴィランド》って響きは…。「才人のいる場所ならば、目星はついています。 カムランというなだらかな丘陵地帯の西にある森、そのまんま『西の森(ウエストウッド)』と言われる森のどこかに居るのは間違いないのです。」「サイトさんが居る場所の目星は着いているんですね!? だったら、早く行かないと!」何時の間にやらメイドさん。私達の世話をするだの何だのと理由をつけて、シエスタも私達に着いて来てしまったのですよね。まあ、アルビオンやタルブで修羅場を潜った仲間の一人ですから、何とかなるとは思いますが。「ええ、馬車の調達が終わったら、直ちに向かいます。 まさか、一国の首都で馬車の調達にすら困る事態になるとは思いもよりませんでしたが。」港湾地帯の破壊が、アルビオン全体の経済活動を完全に麻痺させているのです。これは気を引き締めないと、街道に盗賊がうようよしているのはほぼ間違いないのですよ。進路を妨害されて怒ったルイズによって、盗賊が酷い目に遭わされかねないのですよ。「才人が怪我しているなら、私がしっかり治してあげる…勿論有料だけど。」才人への借金をそれで返すつもりですね、モンモランシー。「ま、僕にどーんとまかせたまえ、はっはっは。」その能天気さに、焦る心が癒されます、ギーシュ。「ぼ…。」そしてその他。「おいィ?心の中でこっそり黙殺とか、僕の怒りが有頂天になりそうなんだが?」心の声にツッ込むとか何者ですか、マリコルヌ?「では、行きましょうか?」才人を見つけにレッツらゴー。「それにしても、森の中にいるサイトを見つけるアテなんて、あるの?」シエスタが御者を務める馬車の中、モンモランシーが薬の瓶を整理しながら私に訊ねて来たのでした。見える薬の瓶のラベルが《記憶を消去する薬》とか、《新しい人生が拓ける薬》とか、何でやたらと物騒なのですか?借金棒引きの為に、才人を処理する目論見はまだ消えていないのですか、そうですか。いいのですよ、そんな目論見を未だに持ち続けているというのなら、そんな幻想はこの私がブッ壊します。…私がブッ壊すまでも無いような気もしますが。「んっふっふっふ、それに関しては姫様からアルビオンに放ってあった間諜を好きに使っていいとの許可が出ましたから、諜報網を使ってガッチリ調べておいたので抜かりないのです。」内乱によって経済が完全崩壊しているので、うちの商会のコネが無いのですよね、この国。姫様に諜報網を貸して貰えなかったら、何で才人の居る場所を知っているのかの説明をつけるのが面倒臭くなる所だったのですよ。「しかし、サイトに再会したとして…その、どうするのかね? 彼はもう使い魔じゃあなくなっているんだろう? もし召喚の門を開いて、別の使い魔が出てきたら彼の立場が…。」ギーシュが、ルイズにそう訊ねたのでした。「ほへ?何でサモン・サーヴァントを使わなきゃいけないの? もう一度コントラクト・サーヴァントすれば済む話じゃない。」「え!?ええと、召喚はしないのかね?」別に何でもない事かの様に返事をしたルイズに、ギーシュが慌てています。「いやでも、使い魔召喚の儀式は、召喚しないと…。」「ギーシュ…貴方は隣の部屋に行くのに、わざわざ馬車を使うの? 才人を見つけたなら、そのまま契約し直せば済むだけの話でしょ。 だいたい召喚なら一度やったんだから、もう一度しなくてもいいじゃない。 召喚する魔法と、契約する魔法は別なんだから。」おお、そう言えばそうですね。私も、もう一度召喚し直すのかと思っていたのですよ。「それはいけないよルイズ、召喚と契約は一つの儀式だ…って、ギギギギギギ。」「…召喚して、何処の馬の骨かもわからないのが出てきたら、どうすんのよ?」ルイズ、何故にマリコルヌにベアクローを…。「ギギギ、顔が、顔が割れる!?」「不安なのよ、わたし。 あまり不安になる事を言わないでよ、お願いだから。」不安そうな顔で言うのは良いのですが、このままだとマリコルヌの顔が柘榴みたいに弾けそうなのですよ。「ルイズ、マリコルヌを離してあげて下さい。 大丈夫、大丈夫なのです。」「う、うん…。」私はルイズの頭を抱きしめたのでした。「た…助かった。」ルイズを抱きしめながら横目でチラ見すると、マリコルヌの広い顔に紅葉のような小さな手の跡が残っています。…何故にこんなにグラップラーに成長したのでしょうか、謎なのです。「落ち着きましたか?」「うん…ふかふか。」落ち着いたのは良いのですが、何故に私の胸を揉みますか。「何かを触って落ち着きたいのはわかりますが、胸を揉まないで下さい。」「だって、落ち着くんだもん。 ケティの胸やわらかーい。」ええと…ギーシュとマリコルヌがガン見しているので、勘弁して欲しいのですが。あと、ちょっと痛いですし。「すりすりすりすり…。」「わひゃ!?ちょ、ちょっと、ルイズ、甘え過ぎなのですよ!?」な、なんだかルイズの目的が変わっているような?「戯れる美少女達…ふつくしい。」「眼福、眼福。」野郎二人の視線が…モンモランシーなら、モンモランシーなら何とか…って…。「うふふ、仲良き事は美しき哉。」「モンモランシーまで一緒になって、生温かい目で見ていないで助けて下さい!」見捨てられたー!?西の森の入口について、一言。「衝撃!人跡未踏の大密林に、幻の巨乳エルフを追え!!」西の森(ウエストウッド)を直前に、ひとことそう言っておかねばいけないでしょう、川○浩探検隊的に言って。「…何を言っているのかね、ケティは?」「時々妙な事口走るわよね、この娘は。」ギーシュやモンモランシーにはわかりませんよね、ええ。ううっ、才人が居ないとツッコミが…。「わけわかんない事言っているケティは置いておいて、さっさと行くわよ。」「はい、意味不明なミス・ロッタは置いて行きましょう!」ルイズまで相手にしないで、同じく酷い事言ったシエスタを引き連れて森に入って行ったのでした。「もう邪魔よ、この木!」バキッという音とともに、メキメキと音を立ててルイズの前にあった大木が倒れ…。「私の進路を邪魔しないで!」もう一本…。「邪魔!」ええと、ルイズの進路と思しき場所にある木が、次々と倒れて行っているのですが…。「…貴方は戦車か何かですか、ルイズ?」思わずそんな言葉が口から漏れる私なのでした。「ああ…ルイズの前に道は無く、ルイズの後に道は出来るのだね。」「なんで、あの珍奇な光景をそんなうっとりと詩的に語っているのよ、ギーシュ?」確かに、何でうっとりしているのですか?「だって、なんだかとっても漢らしいじゃないか!」貴方は何を言っているのですか、ギーシュ。そう言われると確かにそんな感じもしますが。「いや、どう見ても女の子でしょ、あの娘。 黙って座っていれば、学院いちの美少女だと思うけど。 飽く迄も、黙って座っている場合に限るけれどもね。」モンモランシーの意見には同意ですが、口には出さないのです。「いや男らしいだろう胸とか。」相変わらずチャレンジャーなのですね、マリコルヌ。「エクスプロージョン!」「ごぶぁ!?」遠くから聞こえたルイズの声と共にマリコルヌの足元が不意に爆発して、ぽっちゃりした体が天高く舞い上がったのでした。「そのまま死になさい。」「女の子の身体特徴を口に出すのは、最低よマリコルヌ。 そのまま這い蹲って痙攣していなさい。」私とモンモランシーがマリコルヌに蔑みの視線を送ると…。「うヒん!?すんません!」御褒美でしたか…間違えました。「あー…気を取り直して…それにしてもケティ、あのまま放っておくと何処までも直進して行くわよ、あの娘。」流石はトリステインいちの直線思考娘と言いますか…。いやまさか、本当に森に直進で入って行くとは思ってもみませんでしたが。「僕もそう思う。 このままだと、ルイズが西の森(ウエストウッド)を真っ二つに割りかねないのだよ。」確かにギーシュの言う通りなのですよ。「さあ、ルイズを止めに行きましょうか…西の森(ウエストウッド)が完膚なきまでに破壊される前に。」私達はルイズが作った《道》に向かって走って行ったのでした。「ふむ、ここがウエストウッド村ですか。」え?あっさり見つかり過ぎだろって?いや、そうは言われてもあっさり見つかってしまったものはしょうがないじゃあありませんか。ルイズが木を薙ぎ倒しながら直進したら、何故かついてしまったのですから。「あ、貴方達何者!?」金髪をポニーテールに纏めたローティーンの女の子が、私達に杖を向けているのです。木を薙ぎ倒しながら直進してきたら、普通は警戒しますよね、ええ。「あー…安心して下さい。 微妙に怪しい者なのです。」「安心出来ないわよ、それ!?」ナイスツッコミなのですよ、金髪の少女。「冗談はさて置き…ここに、サイト・ヒラガがいますね? 私達は彼の友人で、戦場で行方不明になった彼を探しに来たのです。」「あんたたち、誰?」ううむ、最初におちょくったのがまずかったでしょうか?場を和ませる為のちょっとした冗談だったのですが。「私はケティ・ド・ラ・ロッタと申します。 貴方のお名前は?」「ラ・ロッタって、トリステイン貴族!?」金髪の少女は、びっくりしたようにこちらを見たのでした。「おおぅ、どマイナーな当家の名前を知っているとは、なかなかやりますね。」「私のお父さん、トリステイン空軍の兵士だったから。 お姉さん、本当にあの蜂のラ・ロッタ領主の一族なの?」「え、ええ…。」…謎の大魔境ラ・ロッタですか、そうですか。「そうなんだー。 私の名前はニノン・リシェよ、よろしくね蜂のお姉さん。」「よろしく、ニノン。」蜂のお姉さんとはまた斬新な呼び名に…。「で、さっき大木を蹴り倒してたそこのキミは?」「キミって…私、ケティよりも年上なんだけど?」流石に初見の年下の娘に怒る事は出来ないのか、ルイズは怒りを抑えつつ返します。「あ…ごめんなさい。 てっきり同年代かなって。」「すまなさそうに謝られると、余計心にグッサリくるわね…。 まあいいわ、私の名前はルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールよ。」 ニノンの正直すぎる感想にちょっと肩を落としながら、ルイズは名乗ったのでした。「ヴァリエール!?ヴァリエールって、あのヴァリエール?大貴族の!? しかもルイズって、貴方がサイトのご主人様!?」「持ち上げすぎだけど、たぶんそのヴァリエール。 そして確かに私がサイトのご主人様よ、サイト居るんでしょ?」驚くニノンに、ルイズはそう訊ねます。でもニノンは、持ち上げているつもりは全く無い筈なのです。「あー…サイト? サイトなら、木が村に向かって次々と倒れて行くのを見て『あの直進ぷりはルイズだーッ!?』とか言って逃げてったわよ? 何か、ルーン失ったのがバレたら、あわせる顔が無いとかで…。」「あんのバカ犬は…わたしの居ない場所でも、いちいち失礼な奴ね。 …でも、生きていてよかった。」さすがは才人、あの怪獣みたいな前進の仕方を見て、一発でルイズの仕業だと看破しましたか。「それにしても、やっぱりルーンを失っていたのね。 ケティの言う通りだったわ。」ぬぅ…私の場合は話の大方の流れを覚えているという、単なるチートなのですが。そんなに褒められると心苦しくなってしまいます。「僕の名前はギーシュ・ド・グラモン。 ニノンとは、可憐な君にぴったりの…ごはぁ!?」ニノンの手を取って挨拶しているギーシュの後頭部を、モンモランシーが蹴り飛ばしたのでした…パンツ見えてるパンツ見えてる。「こいつは女の子と見ると条件反射的に口説くから、相手にしなくていいわ。 私の名はモンモランシー・マルガリタ・ラ・フェール・ド・モンモランシ、よろしくね。」「うわ、うわ、グラモンにモンモランシって、名門ばっかりじゃない。 サイトって、意外と凄い人?」いや、普通に変な人なのですよ。「ぼ、僕は…。」「マリコルヌ・ド・グランドプレ、流しの変態なのです。」「うがー!人の台詞を勝手に取った上に、変態とかいうなぁ! つーか、流しの変態って何だよ!僕はドサ回りする変態なのか!? はぁ…はぁ…何だか、屈辱で気持ちよくなってきたよ…。」変態ではありませんか。「うわぁ…。」ニノンもドン引きなのです。「変態は置いておいて…才人が何処に逃げたか、心当たりは?」「んー…まあ、テファお姉ちゃんが追いかけていったから、待っていれば帰ってくると思うよ?」ティファニアですか…革命的巨乳エルフがついに現れるのですね…うふ、うふふふふふふふふ。「わたし、探しに行くわ。」ルイズが適当な方向に向かってずんずん進んでいきます。「え!?待っていた方が良いと思うのですが?」「才人を探しに行ったの女の子なんでしょ? あいつの事だから、コケて偶然胸触るとかパンツ脱がせるとか、想像出来過ぎるのよ。」才人がそんな事…滅茶苦茶ありますね。私自身にも心当たりが有り過ぎて困るのです。「ああもう…まどろっこしい。 我が名はルイズ、五つの力を司るペンタゴン。 我の運命に従いし使い魔を召喚せよ!」いきなりルイズはサモン・サーヴァントの呪文を唱え始めたのです。「サモン・サーヴァント!」唱え終わったと同時にルイズは…ゲートの中に手を突っ込んだ!?「いた…フィィィィッュ!」「おわああああああぁぁぁぁぁぁぁっ!?」ええと…ルイズがゲートの中から才人を引きずり出したのでした。「な…なんという出鱈目。」召喚の門って、こっちから手を突っ込む事が出来たのですね、初めて知りました…。「ひぅ!?何?何が起こったの?」ついでにゆったりとした服を着た金髪の娘も引き摺り出されたようなのですが…耳が尖がっているのを見るに、あの娘がティファニアのようなのです。「おわ、何でルイズが!?」「逃げるから喚んだのよ!」さっきまで才人が喚べるか自信無かったくせに…頭に血が上って、その事を完全に忘却しましたねルイズ?「俺を喚んだって、俺はもうガンダールヴじゃねえぞ!?」「うっさい、こっち向く! 我が名はルイズ、五つの力を司るペンタゴン。 この者に祝福を与え、我の使い魔となせ!」才人に抗弁の暇を与える事無く、ルイズは一気に才人の唇をうば…わかっちゃいますが何で目を逸らしますか、私は。「あだだだだだだだっ! またか、二度目でも痛いのかよ! これ、なんか痛みを少なくする方法はねーのか!?」才人は崩れ落ちると、のた打ち回って使い魔契約時に発生する痛みに耐えているようなのです。「無い無い、使い魔の契約ってのは痛いもんなんだ。 我慢しろ相棒。」「いだだだだだ!理不尽だなオイ! …ふぃー…やっと終わったか、下手糞なタイ式マッサージ受けたような気分だぜ。」やっとルーンが刻まれ終えたのか、才人は全身の力を抜いてぐったりと地面に横たわったのでした。それにしても才人、タイ式マッサージしてもらった事があるのですか…?「サイト…大丈夫?」のた打ち回る才人を見て正気に戻ったのか、ルイズは少し青い顔になって才人を見ています。「ルイズお前な、使い魔の契約やり直すんならそう言えよ、俺にも心の準備ってもんがあってだな…。 でもまあ、大丈夫…お、すげー、ガンダールヴのルーンもきちんと刻まれてら。 これなら逃げる必要なかったなぁ…。」倒れたまま左手の甲を見て、才人が満足そうに頷いているのです。「ひぅ…さ、サイト、この人達は?」おずおずと才人に近づいていったティファニアが、私達を見ながら訊ねたのでした。「ああ、ごめんテファ。 こいつが俺のご主人様で、ルイズ。」「ご主人様をこいつ呼ばわりするたぁ、どういう了見よ…って、貴方エルフ!?」ティファニアをしげしげと見つめたルイズが、びっくりして目を剥いたのでした。「え、エルフだってぇ!?」「ちょ、本当にエルフ!?」ギーシュとモンモランシーが仰け反ってびっくりしているのです…まあ、当たり前の反応ではあるのですが…。「ひぅ!?」ティファニアにはいやな事を思い出させる反応だったらしく、びくびくと怯え始めたのでした。「あー…、ルイズ、ギーシュ様、モンモランシー、あと声も出せないマリコルヌ、友人の恩人に対して警戒するのは無礼ですよ? 私はケティ・ド・ラ・ロッタと申します。 このたびは我々の友人であるサイト・ヒラガを助けて頂き、本当に有り難うございました。 貴方の御名前は?」私は自分のとぼけ面を精一杯活用して、友好的に挨拶したのでした。ここでティファニアをびっくりさせて、記憶を消去されたりしたら全てがおじゃんですからね。「あ…貴方は怯えないんですか?」「怯えている人に怯える趣味は無いのです。 それで、貴方のお名前、教えて頂けますか?」まあ実際この状況を知らなくても、ティファニアが怯えているのは、よく見ればわかりますしね。「あ、はい、ティファニアです。」ふう、矢張りこの娘がティファニアですか。胸元を見ると、ゆったりしたデザインの服を着ているのであまり目立ちませんが、あの膨らんでいる部分が胸だとすると…矢張り物凄くでかいのですよ。「ティファニア殿ですか。 この森にいらっしゃるという事は、貴方が王弟モード大公のご息女ですね?」「え!?な、何でその事を…?」ティファニアが慌てて私を見ています。「この娘、エルフだろう? なんでモード大公の娘なのかね?」ギーシュが不思議そうに訊ねてきたのでした。「モード大公は、エルフの女性と事実婚状態にあったのですよ。 その間に生まれたのがこの御方、ティファニア殿なのです。 この西の森に隠れているという不確定情報までは知っていましたが、まさか才人の命の恩人になっているとまでは思いもよりませんでした。」「なるほどね、あの何年か前に何故かよくわからないけど討伐されたモード大公の娘…って事は、姫様の従姉妹!?」ルイズが驚いていますが、そういう事なのです。「ええ、流石にエルフとの混血では、王族として表に出ることは適わないでしょうが。」ティファニアには気の毒な話ですが、たとえこの後エルフと和解したとしても、6000年もの間続いた確執が数年で簡単に解消できる筈が無いのです。一時的に解消したかのように見えても、それは後々の火種にしかならないでしょう。ですからたとえティファニアが虚無の系統であったとしても、エルフの容姿を持つ彼女がアルビオンの王になる事は、余程の事でも無い限りは避けた方が良いのです。そうしないと、ティファニア自身が不幸になってしまいます…。「ついでに言うとだ、そのエルフの娘っ子な、虚無だ。」『ええええええええええええぇぇぇぇぇぇぇぇぇッ!?』私と才人と当人のティファニア以外の全員が、驚愕の絶叫。こちらの常識に於いてエルフなのに虚無っていうのは、空を飛ぶのが得意なモグラみたいなものですからね。ぶっちゃけ有り得ない存在なのです。「…って、ケティはびっくりしないの?」モンモランシーーが、驚愕で目を泳がせながら私に訊ねて来ます。…迂闊、知っていたので驚き損ねてしまったのですよ。「いや、びっくりしているのですが、脳味噌があまりの衝撃について行かないと言いますか…その、本当なのですか、デルフリンガー?」「ああ、間違いなくこの嬢ちゃんは虚無だ。」「はう、あう。」私達の驚愕の視線を受けて、ティファニアはひたすらうろたえています。「落ち着いてくださいティファニア殿。」「あ…はい、あと、テファで良いです。」有り難い、何時舌を噛むかとひやひやしていたのですよ。「ではテファ、貴方は虚無の遣い手なのですか?」 「ええっと、確かにデルフリンガーにそう言われたけれども、そうなのかしら?」ティファニア自身にはあまり自覚が無いようなのです。「だいいち、私は記憶消去っていう魔法しか使えないのよ?」「ふむ…それは何処で覚えたのですか?」周囲の人にもわかるように話してもらうなら、1つずつ聞いていったほうが良いでしょう。「テファの話によると、テファの家にあったものから覚えたらしいんだけど、それが水のルビーと始祖の祈祷書みたいな関係だったらしいんだよ。 だよな、テファ?」をう?今日は才人にインテル入ってる?「う…うん、指輪をはめて箱を開くと、私にしか聞く事が出来ない音楽とルーンが聞こえてくるオルゴールがあったの。 私の母が王軍に殺されてね、私も見つかって殺されそうになった時に思わずそのルーンを唱えたら、唱えたら…ぜ、全員床に倒れて、変な呻き声しか出さなくなってしまったの。 私、記憶消去の魔法で、追っ手の人達の記憶を何もかも根こそぎ消してしまったのよ…。」「なんと…。」自分に関する記憶どころか、勢い余って追っ手の脳を初期化してしまったのですか。魔法をかけられた相手は、生きてはいますが文字通り生きているだけ。手加減無しでかけると、とんでもない魔法なのですね、記憶消去…。「だから、怖くて、恐ろしくて、本当は二度と使いたくなかったの。 でも、私を見る人は私の姉みたいな人と彼女がここに連れて来た子供を除いて皆、顔を強張らせて私を殺そうとするのよ。 だから、何度も使って、そのうち手加減の仕方も覚えて、私とこの村に関する記憶だけを消すとか、そういう事も出来るようになったわ。 でも、手加減出来るようになるまで、私は結果として何人かの人を死なせてしまったの…。」そう語るテファの目から、ポロポロと涙が零れ落ちます。「…もっと早く力をうまく使えるようになっていれば、死なせずに済んだのに。」ティファニアは、誰かを傷つけるのとかにはとことん向いていない性格っぽいですしね。そんな彼女が身を守る為とは言え、襲ってきた相手の記憶を初期化して衰弱死させるなどというのは、とても辛い事だったでしょう。「ティファニア、貴方は貴方自身の身を守るという、生き物として必要最低限度の自衛を行ったに過ぎません。 それは責められる類のものではありませんし、それによって自分を責める事も無いのです。」相手が集団で殺す気でかかってきて、ティファニア自身は逃げようが無かったのでしょうから、正当防衛なのですよ。「それは、俺も似たような事を言ったんだけどな…テファ的には納得出来ないらしい。」日本人の才人よりも、ハルケギニア人であるティファニアの方が殺人に対する抵抗がありますか…。男と女の違い?それとも持って生まれた資質の違いでしょうか?「不名誉は名誉で雪ぐものです。 自責の念があるのであれば、これからの行動で示せば良いと思いますよ、私は。」「……………。」私の言葉が、ティファニアの心に届けばいいのですが…。「はぁ…月を見ていると和みますねー。」感動の再会も終わり、夜も更けたのですが、あまりにもあっさり見つかったせいか、さっぱり疲れていないのですよ。才人とルイズは兎に角、ギーシュとモンモランシーは今頃ちゅっちゅいちゃいちゃくんずほぐれつですか…リア充爆発しろ、なのです。「あら、ミス・ロッタ?」村の広場でボケーっと月を見ていた私に、シエスタが声をかけて来たのでした。「おや、シエスタ。 才人の所には行かないのですか?」「まあ、あの二人がせっかく再開できたことですし。 サイトさんに本格的に甘えるのは、明日からにしますわ。」流石は先祖が日本人…空気読みますねシエスタ。「良いのですか? こうしている間にも才人とルイズが再開した勢いそのままに結ばれたりしたら…。」私はシエスタを取り敢えず煽ってみたのですが…。「フッ…あのサイトさんがミス・ヴァリエールに手を出せると思います?」シエスタは全く心配していないといった風に、鼻で笑って見せたのでした。「…まあ確かに、欠片も心配する必要はありませんね。」お前は不能かってくらい、才人は自分からは女の子に手を出しませんからね。…多分、召喚直後の頃にルイズに手を出そうとして、かなり酷い目にあわされたのが原因だとは思いますが。首輪に鎖に『ワン』以外は言ってはいけない…ですからね、あれは相当酷いトラウマになったでしょう。あの事件以来、ルイズは生徒の間でこっそりと『ドS』だと言われており、才人みたいに鎖に繋いで欲しいだとか、踏んづけて欲しいだとか、罵って欲しいだとか、そういう願望を持つ人々によって『ルイズ様に鎖に繋がれて細い御足で蹴られて踏んづけられて罵られたい会』なるものが密かに結成されているのだとか。確かにルイズは確かに黙って座っていれば比類なき美少女ですが…ド変態の巣窟ですか、うちの学院は。「それにしても、女二人で月見とか…寂しいですねー。」「いや、私は月を見ていると、とても和むのですが。」和んでいる最中に寂しいですねーとか、言われても…。さすがは殆どハルケギニア人、中途半端に空気読めないのですね。「サイトさん、貧乳が好きなんでしょうか?」「それはたぶん無いと思うのですが…。 ただ、才人にとって何処からが好みの大きさなのかは、はっきりとしないのです。」才人の場合、大きいのも小さいのも全部好きとか言い出しそうなのが怖いです。「ティファニアさん…でしたっけ? 大きかったですねえ…。」「ゆったりした服を着ても、アレだけ大きいと無駄なのですね。 あの華奢な体にあの胸は、どう考えても反則でしょう。」『何その巨大ロケットおっぱい、シリコンでも入れたの?』とか、小一時間問いつめたくなるくらい大きいですからねぇ。「私もあのくらいにならないかなぁ…。」十分あると思うのですがね、シエスタは…。「肉体はだいたい18歳あたりで成長の限界点を迎えるのです。 シエスタは17歳ですし、もう無理でしょう。 私はあともう少しなら伸び代がありますが。」そう、私はまだ肉体年齢15歳ですから、あと3年くらいは伸び代がある筈なのです。これ以上でかくなっても後で矢鱈と垂れるだけなのですが、『若さって何だ?』問われれば『振り向かない事さ!』と答えるのが鉄則ですし、どうせ自分でコントロールできる事ではありませんからこの際でかくなるならなりやがれって感じではあるのですが。「ムキー!今、何気に勝ち誇りましたね!? 若さを、若さを勝ち誇りましたね? 18歳が限界だと言うなら、あと1年でもっともっとばいんばいんになるのみです!」「何もせずに、自然の営みに任せるのみなのです。」努力で何とかなるなら、努力と根性の塊なルイズがとっくに何とかしているのですよ。「ムキー!自分には成長の余地があるからって、なんて余裕! これが持たざる者の妬みなんですね、ミス・ヴァリエールの気持ちが何だか分かったような気がします。」「いや、サイズだけなら貴方の方が大きい筈ですが…。」私だって、これから88サント(アハトアハト)まで成長するのは至難の業でしょう。「ミス・ロッタは私より背が低いから、バランス的には私と一緒です!」チビ言うなー、微妙に気にしているのですから。「貴方より、たかだか7サント低いだけではありませんか。」「十分低いじゃありませんか。 戦わなきゃ、現実と。」認めたくないものです、シビアな現実は。「あ痛っ!?」「どうしました…おや、アルヴィー?」不意に、シエスタが足を抑えて飛び上がったのでした。足元には、針を細工して作ったと思しき剣を持った人形が。アルヴィーという、魔法人形…ジョゼフ王のお凸が光る使い魔(ミョズニトニルン)の差し金ですね。こっそり始祖の祈祷書を奪いに来ましたか。「ふふふ…おいたをした人形には、御仕置きをしませんとね。」取り敢えず踏み潰しておきましょう…というわけで、踏んづけてグリッと踏み躙ったのでした。「きゃあ!? ミス・ロッタ、何でいきなり人形を踏み躙っているんですか!?」「いや、人様に迷惑をかけるような魔法人形は成敗しておかないと。 ファイヤーボール。」踏み潰しても壊れないので、小さく集束させたファイヤーボールで蒸発して貰ったのでした。ふふふ、私は私より弱い相手には強いのですよ!当たり前ですが。「ふぅ…悪は滅びたのです。」「結構可愛いお人形だったのに…。」複製シエスタを作られても大して怖くありませんが、破壊しておいて悪い事はありませんしね。…いやしかし、デコが光る使い魔(ミョズニトニルン)が来ていますか。シエスタの複製には失敗しましたが、他の誰かの複製には成功しているかもしれません。私を狙っているわけでは無く、目的は始祖の祈祷書をこっそり奪う事にあるのでしょうが、身内に少し甘い私にも有効な策でもあります…厄介な。「いや、ぷすっとやられたのですから、ちょっとは怒って下さいシエスタ。」「でも、可愛かったですよ?」確かにちょっと可愛かったのは事実ですが、針でプスッと刺してくる人形なんか御免被ります。いやまあ、ナイフでブスッと刺してくる殺人鬼の魂が入った人形よりは、遥かにましかも知れませんが。「でも、何でこんな所に魔法人形が?」「さあ?御主人様から密命を受けて何かを探しに来たとか?」そう言いながら周囲を警戒してみますが、この段階では大っぴらに攻撃してきませんか…誰かの血の採取に成功しましたか?ルイズとかだったらわけがわからなくなって面白そうですが、まあそれは無いでしょう。「きゃああああああああぁぁぁぁぁぁぁっ!?」ルイズ達が泊まっている家から、とっても珍しいルイズの絹を裂くような悲鳴が聞こえてきたのでした。「な、何が起きたというのですか!?」「行きましょう!」私とシエスタは、ルイズたちの居る家めがけて全力で駆け出したのでした。ルイズに悲鳴を上げさせるとか、一体何事が!