犯罪者は何時の世もいます人は手っ取り早く稼ぎたいという誘惑に、なかなか勝てないものなのかもしれません犯罪者は狡猾ですですから、細心の注意を払って、相対しなければいけません犯罪者は捕縛され裁かれるべきですたとえどのような複雑な事情があれども、なのです「ミセス・シュヴルーズ、昨夜の当直は貴方だったそうですが、あの時何をしていたのですかな?」「申し訳ありません。 昨晩は執筆の神様が降ってきて夢中で…。」ミセス・シュヴルーズが、教師たちに囲まれてしょぼーんと縮んでいます。ちなみに実は彼女は土のスクウェアメイジという、とんでもない人物です。もしも当直していれば、ゴーレムを作って対抗は出来たかも知れません。けれども、そんな事したら巨大ゴーレム同士のガチバトル、まさに怪獣大戦争状態になってしまうのです。そんな事になれば学園の施設に甚大な被害が出ていた事は間違いありませんから、むしろ居ないで大正解なのですよ。「確かに貴方の魔法概論の著述は素晴らしいが、仕事を疎かにして貰っては困りますな。 だいたい…。」そう言っているのはミスタ・ギトー一年生唯一のトライアングルだった私を『風が最強であることの証明をしてあげよう、撃ってきなさい。』とか名指してきたので、貫通力と直進性を最大限まで引き上げたファイヤーボールのアレンジ魔法で風の結界を撃ち抜いて派手に燃やしてあげたのも良い思い出なのです。スクウェアでも格下を舐めると酷い目に会うという良い教材になりましたから、あれはあれで良い授業となりましたが…あれ以来、先生は私と目を合わせてくれません。『そこまで跡形もなくアレンジしたなら、発動ワードを変えないと卑怯者のそしりを受けますよ?』とか、コルベール先生にも怒られました。全力でやれと言うから本気でやったのに、酷いのです…。「もうそれくらいでいいじゃろう、ミセス・シュヴルーズも反省しておるようだし、そのくらいにしておきなさい。」オスマン校長が厳かな声で仲裁に入りました。「責任を彼女一人に押し付けても仕方がない、そもそも当直をサボるのは常態化しておったし、わしも特にそれを咎めなかった。 まさかあの宝物庫を破壊できるほどの巨大ゴーレムを作れるものがおるとは、わしも思っておらなんだ。 今回の件の最大の責任はわしにある。 責められるのはわしじゃろう。」「オールド・オスマン!申し訳ありません、そしてありがとうございます!」オスマン校長にミセス・シュヴルーズが抱きついて感謝しています…で、この鼠は私の足元から上を眺めていったい何をしているのでしょう?「レビテーション。」「ちゅ?ちゅちゅ!?ちゅー!?!?」じたばたと鼠が暴れながら宙に浮いています。「鼠さん鼠さん、貴方は何をしていたのですか?」「ちゅちゅっちゅちゅ~♪」私が笑顔で訪ねると、しらねーよといった感じで、鼠はそっぽを向きました。しかし、鼠の癖にそっぽ向きながら口笛吹くとはやりますね。「そうですか、答えないのであれば、答えたくしてあげます。 鼠さん、寒くありませんか?」「ちゅ?ちゅちゅちゅ?」私の笑顔の質が変わったのに気付いたのか、鼠はぴたっと動きを止めました。「そうですか寒いですか、それは可哀想ですから暖めてあげます。」「ちゅ?ぢゅ!?ぢゅぢゅぢゅ!?ぢゅぢゅぢゅぢゅぢゅぢゅ!!!!!!」命の危機を感じて再び暴れだした鼠を、炎の繭ですっぽり覆ってあげました。「もももモートソグニル!? ミス・ロッタ、その鼠はわしの使い魔のモートソグニルじゃ! 何か失礼をしたなら、許してやってくれんかの? そのままでは蒸し焼きになってしまう。」「オールド・オスマン、実は私は破廉恥なのが大嫌いなのです。 特に私の横に立っている、ミス・ヴァリエールのエロ使い魔とか。」私の横には私と同じく昨日の事件の目撃者であるルイズ、エロ使い魔、キュルケ、タバサが立っています。「エロ使い魔…。」所々煤けたエロ使い魔がガックリと肩を落としています。「今後、こういう事は起きないと誓っていただけるなら、開放することもやぶさかではありません。」「わかった、わかった誓うでの、もうこんな事はさせんから放してやってくれ!」わかって貰えたようなので、モートソグニルを開放してオスマン校長の掌の上に乗せてやりました。「おお大丈夫かモートソグニル、熱かったのう、苦しかったの…げふっ!?」「ちゅー!ぢゅ!ぢゅぢゅぢゅ!ちゅぢゅ!」モートソグニルの頭突きがオスマン校長の顎にヒットしました。モートソグニルは『てめーいつもいつも俺ばかりを死地に向かわせやがって、いい加減にしねえと殺すぞ』と言っているようです。いや、ただの脳内翻訳なのですが。「おおおおおお…。」「ちゅっちゅちゅぢゅ!ぢゅーちゅちゅ!」顎を押さえながら呻くオスマン校長を尻目に、モートソグニルは肩を怒らせながら巣穴に入ると、小さなドアをバタンと閉めました。「…ジェ○ー?」さすがオスマン校長の使い魔、器用な鼠なのです…。「…で、犯人は誰かわかったのかの?」顎をさすりながらオスマン校長は周囲に尋ねます。「はい、壁のサインの他に、こんなものが宝物庫に置いてありましたから。」コルベール先生の取り出したカードには《破壊の杖は確かに領収いたしました。土くれのフーケ》と、書いてありました。貴方は何処の怪盗の三代目ですか、どれだけ自己顕示欲強いのですか、フーケ。「随分と律儀な盗賊ね。」「気に入らねえな、人を踏み潰そうとしておいて怪盗気取りかよ。」ルイズは呆れるを通り越して感心しているようですが、踏み潰されそうになったエロ使い魔は馬鹿にされたような気分になっているようです。「踏み潰されそうになりながら私に破廉恥なことをしようとするエロ使い魔もいるくらいですから、人を踏み潰そうとする怪盗気取りのお馬鹿さんも、当然居るに決まっているのですよ。」「ぐっ…それまだ言うのか?」エロ使い魔にはエロ使い魔以外の呼び名などありません。取り敢えず、あっかんベーで答えておきます。「…で、オスマン校長、破壊の杖とはいったい何なのですか? 名前を聞けば、取り敢えず物騒な代物なのはわかりますが。」「うむ、破壊の杖とはのう、わしが若かりし頃に命を助けてもらった恩人の持っていたアイテムなのじゃ。 わしは若い頃、あちこちを放浪して修行に明け暮れていたのじゃが、たまたま運悪く飢えたワイバーンの群れに出くわしてしまってのう。 わしも奮闘したが多勢に無勢、精神力は尽き、もはやこれまでかと思った時に颯爽と現れた男に助けられたのじゃ。 頭に細い布を巻き後ろで縛り、見慣れぬ装束をまとった男でのう、確か《蛇》とか名乗っておった。」…何なのですか、その生身でハインド墜としたり、戦車を撃破しそうな人は?「その男が見た事も無い銃のような武器を駆使してワイバーンを全滅させた後、『念のために持っておけ、若いの』と言い、破壊の杖と簡単に組み立てられる頑丈な紙の箱をくれたのじゃ。」どう見ても某伝説の傭兵です。本当にありがとうございました。「彼はわしにそれを渡してくれたあと、颯爽と立ち去っていった。 紙の箱は旅の途中で失われたが、破壊の杖は学院に持ち帰り、宝物庫で大事に保管しておいたのじゃ。」オスマン校長はとんでもない人から、破壊の杖をもらったのですね。破壊の杖よりも、むしろそちらの方がびっくりです。「あの破壊の杖は、使い方はさっぱりわからんがわしの恩人がくれた大事なもの。 何とかして取り返せないものかのう…。」「オールド・オスマン…気をしっかり持ってください。」肩を落とすオスマン校長をコルベール先生が慰めています。「おおコンビナート君、わしを慰めてくれるのかね?」「コルベールですオールド・オスマン。」今度はコルベール先生がガックリと肩を落としました。「しかし一体どこに行ったのやら…。」「オールド・オスマン!盗人の居場所と思しき場所を知っている者がおりました!」バンッとドアが開いて、ミス・ロングビルが入ってきました。「おおミス・ロングビル、まさか盗人の居場所を探ってきてくれたのかね?」「はい、塔から破壊の杖を盗んだという盗人のサインを見れば、天下の大怪盗土くれのフーケじゃありませんか。 これの居場所を見つけることが出来ればお給金も弾んでもらえるかなと思いまして、徹夜で行方を探しておりましたの。 こういう事は早く調べるに限りますから。」フーケとして隠し場所まで行って、使い方が分からなかったから帰ってきた…の間違いでしょう?と言いたい気持ちをぐっとこらえて、ミス・ロングビルを見つめます。「フーケと名乗る盗賊と思しき黒いローブの男が、近くの森の中にある廃屋に入っていくところを見かけたものがおりました。」「おおそれは素晴らしい、流石ミス・ロングビルじゃ!」見事に騙されていますね、オスマン校長…。美人の言う事はすべて正しいのですね、わかります。「それで、そこは近いのかの?」「はい、王都とは逆方向ですが、徒歩で半日、馬車で4時間位の場所です。」王都からだと7時間くらいかかる場所を選んだわけなのですか、なるほど。「すぐに王都に報告し、討伐隊を向かわせるように連絡しましょう。」「コルホーズ君、いまから王都に早馬を出しても2時間半はかかる。 王都に救援を請うても、その間にフーケは逃げてしまうだろうて。」ミス・ロングビルの色香に迷っている割にはまともな事言いますね、オスマン校長。「少し惜しい、私はコルベールです。 それはそうとして、王都から救援を請うても遅きに失するのであれば、どうすれば良いと?」「忘れたのかの?我らもメイジじゃ。 我らで破壊の杖の捜索隊を結成し、破壊の杖を取り戻せば良い。 別にフーケと正面から対峙する必要は無い。 盗まれたなら、盗み返せばよいのじゃ。 フーケの目を盗んで破壊の杖を手に入れたら、とっとと逃げれば良いのじゃよ。 あんな巨大なゴーレムと、いちいち戦う必要は無いでのう。 フーケと戦うのは討伐隊に任せよう。 コンキスタドール君、王都に討伐隊の派遣要請をしてきてくれるかの?」本当に冴え渡っていますね、オスマン校長。その話を全部目の前にいるフーケが聞いてしまっていなければ、なのですが。「わかりました、では早速行って参ります! あと、私の名前はコルベールなのでお忘れなく!」コルベール先生は慌てて走り去っていきました。「それでは早速、破壊の杖の捜索隊を結成する事にする。 我はと思うものは杖を掲げよ。」誰も杖を掲げようとはしません。「なんじゃなんじゃ情け無いのう、フーケから盗み返したともなれば愉快痛快な話の立役者として名を上げられるというのに。」いやホント、これだけトライアングルやスクウェアのメイジが集まっていながら誰も杖を掲げようとしないとは、困ったものなのです。「ギトー先生、風系統最強理論を実証するなら今なのですよ?」「ぐっ…その私の自信と理論を粉々に打ち砕いたのは、いったい誰かね?」あの程度の事で自信が無くなってしまったのですか…風メイジは動いてなんぼなのに、私は動いていないギトー先生に対して貫通力と直進性を強化したファイアーボールを放っただけなのですよ?「…惰弱なのですね。」「今何と言ったのかね!?」ギトー先生が私を睨みつけます…と、同じくらいに一人が杖をすっと掲げました。「オールド・オスマン、私が行きます。」「き、君がかの?」杖を掲げたのはやはりルイズなのでした。「ミス・ヴァリエール! 貴方は生徒じゃありませんか、こういう危険な事は教師に任せて…。」「先生達は誰も杖を掲げようとしないじゃないですか。 皆、私よりも魔法が上手なくせに。 皆、私よりも力も才能もあるくせに。 誰一人として杖を掲げようとしないじゃないですか!」ミセス・シュヴルーズはルイズを止めようとしますが、ルイズはそういってから教師達を睨みつけます。「私も行きますわ、オールド・オスマン。」続いて杖を掲げたのはキュルケです。「キュ、キュルケ!?」びっくりした表情を浮かべて、ルイズがキュルケを見ます。「わわ、私を助けるつもりなの?」「勘違いしないで欲しいわね、貴方を助ける気なんて更々無いわ。 ただね、ヴァリエールが勇気を見せたこの場で、ツェルプストーの私が杖を掲げなかったとあれば家名の名折れ。 恥ずかしくて二度とツェルプストーを私は名乗れなくなるわ、それが嫌なだけよ。 …それとも、助けて欲しかったのかしら?」ニヤリと笑って、キュルケがルイズを見下ろします。「冗談言わないで、ツェルプストーに助けられたりなんかしたら、ヴァリエールの名折れだわ。 つまり貴方と私はたまたま目的が一緒なだけ、そうね?」「ふん、わかっていれば良いのよ、ヴァリエール。」なんと言うか、随分と複雑なツンデレなのですね。「私も行く。」その次杖を掲げたのはタバサ。「タバサ、貴方も来てくれるの?」「ん、二人が心配。」コクリと頷くその仕種が勇ましいながらも超ラブリー。「オールド・オスマン、私も行くのですよ。」「ケティまで!?」予定通り、私も杖を掲げます。「毒食らわば、皿までなのですよ。 あの時、フーケのゴーレムに最初に遭遇したメンバーの皆が行くと言っているのに、私だけ行かないのも妙な話なのです。」「え?ちょっと待て、他のメンバーが皆って、ひょっとして俺も行くのか!?」自分を指差して、エロ使い魔が急に慌てだします。「貴方はミス・ヴァリエールの使い魔ですから、もとより選択権などありません。 行くのか?ではなく、行くのですよエロ使い魔。」「え、選択肢無いの俺? つーか、剣一本であんなでかいのとどう戦えってんだよ?」エロ使い魔が頭を抱えます。「どうやって戦うかではなく、戦えなのです。 無茶でも無理でも無謀でも、あのゴーレムに飛び掛っていきなさいエロ使い魔、デルフリンガー持って。」「俺に死ねって言うのかよ! あと、エロ使い魔呼ばわりはいい加減やめてくれ。」才人が涙目で迫ってきます。そろそろ可哀想になってきたからやめますか。「貴方の生殺与奪権は、私ではなくミス・ヴァリエールにあるのですよ才人。 ミス・ヴァリエールを守るのです。 使い魔は主人の命を守る時にこそ、最大の力を発揮するのですよ。」そう言いながら、才人の耳元に口を近づけます。「生き残って任務を果たせたら、一つだけ貴方の聞きたい事に答えてあげるのです。 私に聞きたい事があるのでしょう、才人?」「お…おう、わかった絶対だぞ。」まあ、これで才人もやる気になってくれるでしょう。「他にはおらんのか?仕方が無いのう…。 では、お主らに任せるとするか。」オスマン校長は大きく頷きました。「ミス・タバサはその若さでシュヴァリエの称号を持つ騎士であるし、ミス・ツェルプストーはゲルマニアの優秀な軍人を数多く排出している名門で、なおかつ彼女自身がトライアングルじゃ。」「ん。」「任せて頂戴。」こっくり頷くタバサと、髪をかきあげながらウインクするキュルケ。「…って、え?タバサってシュヴァリエなの!?」「ん。」いいノリツッコミです、キュルケ。「聞いた事無いわよ!?」「聞かれなかった。」まあ、私達と同い年で騎士爵位を持っている人なんてまず居ないですから、びっくりするのは当たり前なのですね。「ミス・ヴァリエールは優秀なメイジを数多く輩出したヴァリエール公爵家の息女で座学は常にトップ、何よりその使い魔がメイジをものともせぬ強力な剣士じゃ。」「あれ?よく考えたら私自身にちっとも戦える要素が無いような気が…。」「強力な剣士か、へへっ。」まあ、現状のルイズは戦力外ですよね、はっきり言って。「ミス・ロッタは代々トリステインの軍人を輩出してきた家系に生まれ、その歳で既にトライアングル。 学院の西に覗きがあれば行って焼き滅ぼし、東に夜這いが現れれば炎で薙ぎ払う。 ロマンを求める男達を業火で蹂躙する、まさに地獄からの使者じゃ!」「誰が地獄からの使者ですかっ! そもそも、そんな事はしていないのですよっ!!」何時の間にそんな恐ろしげなものに成り果てていたのですか私は!?「老い先短い爺のちょっとしたお茶目じゃ。」「お茶目で私の経歴を捏造しないで欲しいのです…。」モートソグニルに制裁を加えた仕返しなのですね、このくそじじい。「この4人が向かう事に異議があるものは一歩前に出るのじゃ。」一歩前にでたら、じゃあ手前が行けと言う話になるので、勿論誰も出ません。「…居らんのか、つくづく情けないのう。 まあ良い、では魔法学院は諸君らの努力と高貴なる義務に期待する。」『杖に賭けて!』私達が礼をすると、才人がきょろきょろしながら真似していて、吹き出しそうになったのは秘密です。「では馬車を用意するから、それで行くが良いじゃろう。 ミス・ロングビル、道中の案内は任せたぞい。」「はい、かしこまりましたわ。」彼女の口が弓の弧の如き笑みを浮かべていたのに気付いたのは、私だけだと思うのですよ。「てっきだーてっきだー戦場だー! 闘いがおれをーまってーいるー!」「歌う剣ですか、め、珍しいですね。」下手糞な歌をがなりたてるデルフリンガーに、ミス・ロングビルが話しかけているのです。「デルフリンガー様だ、よろしくな美人の姉ちゃん!」「は、はあ、宜しくお願いします。」剣に話しかけられる体験など滅多に無いせいなのか、それともこれから起こす事に緊張しているせいなのか、ミス・ロングビルの態度は少しぎこちないのです。「デルフリンガー。」「おうなんだ、娘っ子?」確か、鞘にしまえば静かになる筈なのに、何で話せるようにしているのでしょうか?そろそろ目的地ですが、彼の下手糞な歌を強制的に聞かされ続けた私達は、既に精も根も尽きかけています。音量が低いとはいえ、ジャイアンリサイタルみたいなものでした…。「そろそろ目的地に着きますから、静かにしてください。」「おう、わかったぜ。」デルフリンガーの歌がやんだ途端に、周囲が静かになりました。「あと、デルフリンガーは歌がとても下手なのですね。」「ガーン、それを早く言ってくれ。」デルフリンガーは傷ついたのか、鞘の中に引っ込んでしまいました。「さて、この先は小道になるので馬車では入れそうもありません。 徒歩で進みますから、皆馬車から降りてくださいまし。」『はーい。』皆馬車から降りて、先を急ぐのでした。学院の広場くらいの開けた場所の真ん中に、朽ちかけた小屋が一軒あります。「あれが、フーケのアジトかしら?」「たぶん、隠れ家の一つ。」不思議そうに呟くルイズにタバサが答えています。「複数の拠点を用意しておいて、そこを転々としているという事なのですか。」「おそらく。」さすがはガリア王国特殊部隊の北花壇騎士団ですね、こういうのには詳しいみたいです。「天下の大怪盗が、あんなあばら家にねえ…。」「ああいう朽ちかけた建物のほうが、身を隠すにはうってつけ。」呆れたようなキュルケの言葉にも、丁寧に返答するタバサが凄くラブリーなのです。「私が聞いた情報から察するに、あの建物なのでしょうね。」最後にミス・ロングビルの一言。「じゃあ、作戦会議を始める。」タバサがさらさらと木の棒で地図を書きはじめました。「まずは斥候を向かわせて、フーケが中に居るか居ないかを確認する。 必要なのは素早さ。」「俺か…。」ガンダールヴになると早いですからね、才人は。「居たら、外で騒いでから、向かって右側に逃げて。 出て来た所を私達が魔法で片付ける。 居ない場合は中に入って皆で探索する。 外に見張りが一人必要になる。」「私がやりますわ。」じゃないと、ゴーレム作って私達に襲い掛かれませんからね、ミス・ロングビルは。「作戦開始。」『おー。』才人が慎重に小屋に駆け寄りますが、当然の如く誰も居ないので、誰も居ないというサインを送ってきました。「じゃあ、行きましょう。」「私は外で見張りをしておきます。」頑張って、せいぜい大きなゴーレムでも作っていれば良いのです。中に入って探索すると、破壊の杖はすぐに見つかりました。「ジャベリン?」アメリカ製の対戦車ミサイルで私の記憶が確かなら最新式です。原作で出て来たのはM72だった筈ですが…まあ、オスマン校長助けたのも某伝説の傭兵だったみたいですし、気にするだけ無駄ですか。「何でケティがそれの名前を知って…まあいいや、あとで聞くさ。」「私、ミス・ロングビル呼んでくるわね。」そう言って外に飛び出したルイズが、すぐに中に戻ってきました。「ごごごごゴーレム!ゴーレムが来たわ!」「何ですって!?」同時に轟音とともに小屋の屋根が吹き飛びました。「こりゃまたまあ、随分と張り切っているのですね、フーケ。」前回と同様か、それ以上の大きさですよ、このゴーレム。「アイシクルブリッド!」タバサの氷の弾丸がゴーレムに直撃しますが、勿論効きません。「ファイヤーボール!」キュルケもファイヤーボールを複数生成してぶつけますが、やはり効きません。「無傷。」「はあ、駄目だわこりゃ。」まあ、土の塊ですから、対人魔法じゃなかなか効きませんよね。「ファイヤーボール!」でも収束率を上げたファイヤーボールなら、結果は違うのですよ。ゴーレム自体の動きは鈍いですから、いい的なのです。私のファイヤーボールが当たったゴーレムの足が一瞬で蒸発して爆発を起こしました。そのままゴーレムは横倒しに倒れそうになりますが、すぐさま足を構成しなおして復活します。「凄い!一瞬だけどゴーレムの足が消えたわ!」「別に凄くありませんよキュルケ、私と詠唱を合わしてくれれば貴方にも使えます。」呪文をいじって収束率と回転を加えてエネルギーを高めただけですから、同じトライアングルであればキュルケも使うことは出来るのですよ。「ファイヤーボール!」「ファイヤーボール!」私が右足を、キュルケが左足を狙い、足を失ったゴーレムはばったり倒れました。「タバサ、いまのうちに破壊の杖を持って行くのです!」なんだか、何度撃っても再生しそうな気配がするのですよね。「わかった。 シルフィード!」「きゅいきゅいいいぃぃ!」タバサは鳴きながら降下してきたシルフィードの背に、破壊の杖を乗せます。「飛んで。」「きゅい!」そのまま一気に上昇していきました。「私も手伝う!」ルイズも先ほど私とキュルケがしていた詠唱を唱え始めました。「ファイヤーボール!」当然ながら、魔法は素っ頓狂な位置で爆発しました。「ああっ!昨日は命中したのに!?」流石に昨夜のデルフリンガーみたいなラッキーショットはそうそう望めるものでもありませんし、仕方がありません。「…相変わらず失敗するのね、ルイズの魔法は。」「前々から思っていましたが、あれは失敗は失敗でもただの失敗じゃありませんよ、キュルケ。 まあ、戦闘中の軽口と思って、これから言う事は聞き流してくださればありがたいのです。」ファイヤーボールでゴーレムの動きを止めながら、キュルケをちょっと驚かせてみるのです。「たとえば私たち火メイジが対極属性である水メイジの《治癒》を使った場合、どうなります?」「そりゃあ、魔法が発動しないか、または火が出て火傷させるだけだわ。」そう、メイジの魔法には対極属性というものがあって、火メイジは水属性の魔法が絶対に使えませんし、その逆も然り。風メイジは土属性の魔法が絶対に使えませんし、その逆もまた然りなのです。決まった属性のないコモンスペルというのもありますが、それ以外で誰もが使える魔法というものはありません。ですからタバサのように風と水が使えるメイジは居ても、風と土が使えるメイジはいないのです。「そこで一つの仮定が浮かぶのですよ。 全ての魔法の結果が爆発に帰結するルイズは、いかなる魔法を失敗しているのでしょう?」「え?あれ?た、確かにそうだわ! ルイズの魔法は必ず爆発する。 あれが確かに私達が水魔法を使おうとして失敗しているのと同じだと仮定すると…どうなるのかしら?」ええいこの色ボケメイジ。私に最後まで言わせるつもりですか。「…つまり、これはおそれおおい事なので、あまりにもおそれおおい事なので、飽く迄も仮定なのですが。 ルイズが全ての属性で対極属性を使用した時と同じ失敗を起こしているのだと仮定するのならば、私たち4属性のメイジが絶対に使えない魔法の属性を持っている可能性があるという事なのですよ。」「おそれおおい…? 私達が使えない属性の魔法って、まさか!?」キュルケも流石に血の気が引きますよね、それは私達メイジにとって最もおそれおおいものなのですから。「おそらくキュルケが今思い描いている事と、私が仮定した事は同じなのです。 つまり、始祖の血は直系の王家ではなく、傍系のヴァリエール公爵家により多く受け継がれたという可能性があるという事なのです。 私が跪くべき相手は王家ではなく、彼女であるかも知れないのですよ。」「な…なんて事なの。」王家の権威は始祖ブリミルの子孫である事にかなりの比重が置かれています。虚無が傍系のヴァリエール家から出たという事になれば、ヴァリエール家の方が王家よりもブリミルの血が濃いという事になり、トリステインの東南部一帯を支配し、領地面積においてはクルデンホルフ大公国をも上回るヴァリエール公爵家の規模から言っても、王家の権威を上回る事になりかねません。ですからこの件が公表された場合、トリステインは良くて王位の禅譲、最悪内乱なのです。「それにしても、何で私にそんな事を? 私はゲルマニア貴族なのよ?」「キュルケ・アウグスタ・フレデリカ・フォン・アンハルツ・ツェルプストーは、己の趣味をおろそかにしない女だと信じているからなのですよ。 彼女が国王なんて野暮な仕事を始めてしまったら、あなたの趣味である彼女をからかう事もままなりませんよ?」快楽主義者の彼女は、であればこそ趣味はおろそかにしない人です。それ以上に、ああ見えてルイズをかなり大事にしていますしね、正面から言っても否定するだけなので言いませんが。「確かにそうなったら私の趣味が阻害されるわね。 それは最悪な事だわ、私は趣味を奪われるのが一番嫌いな女なのよ。 確かに、この事は胸に仕舞っておいた方がよさそうね。」「まあ戦闘中の軽口なのです、所詮は戯言なのですよ。」さすがキュルケ、いい女なのです。「馬鹿、早く下がれ、危ないだろっ!」「サイトも前に見た事があるでしょ? 錬金なら、対象を百発百中で爆発させる事が出来るのよ。 だから、触れる場所に近づく事さえできれば、あのゴーレムにダメージを与える事だって不可能じゃないわ!」いつの間にかゴーレムに突撃しようとし始めたルイズを、才人が必死になって止めています。「あの決闘の時、サイトだって引き下がらなかったじゃない、私が何度やめてって言っても引き下がらなかったじゃない! 平民の男に引き下がれない事があるように、貴族の女にだって引き下がれない時があるのよ。」だからって『保身無き零距離射撃』を敢行しようとしなくても良いと思うのですよ。ルイズは確かに運動神経良いですが、華奢ですからゴーレムに軽く撫でられただけで間違いなく死にますし。「貴族の地位は血によって購われるの。 国家と領民の為に血を流すのが貴族の務めなのよ。 どうしても無理だというのであれば、名誉ある撤退もできるわ。 だけど、私にはまだ手段が残っている。 ここで逃げれば、私は戦う手立てがまだあるのに逃げたことになる。 貴族である私がここから逃げるということはすなわち、貴族足り得ないということ。 貴族足り得ないのであれば、そんな人間はヴァリエール家には不要なの!」そう言ってルイズは才人の拘束から逃れると、自分に向かってくるゴーレムの拳を紙一重で交わし、杖をゴーレムの右腕に向けます。「魔法が使えるものを貴族と呼ぶのじゃないわ! 敵に後ろを見せないものを貴族というのよ!」そして発動ワードを唱えました。「錬金!」途端にゴーレムの右腕が大爆発しました。「見たか土くれ、ざまあ見なさい!」ルイズは大爆発の中心にいたのに、多少煤けている他は見事に無傷です。しかもルイズの錬金で吹き飛ばされた部分は、なぜか再生する気配がありません。学校では固定化の効果を破壊していましたし、これが虚無の威力なのでしょうか?しかし、ルイズにはゴーレムの左腕が既に向かってきています。「くっ、しまった油断したわ!」ルイズは何とかよけましたが、衝撃で倒れてしまいました。「ルイズうううぅぅぅぅぅぅぅぅっ!」そこに疾風の如き勢いで駆け寄った才人が、ルイズを小脇に抱えて走り去っていきます。ナイスコンビネーションなのです。「馬鹿野郎!死ぬ気かお前は!」「やってやったわ、サイト!」ルイズがサムズアップしています。才人に教わったのですね、そのジェスチャー。「ファイヤーボール!」問題は、腕以外は再生しまくりだって事でしょうか?トライアングルが二人がかりで対応しているのに、そんなに燃費いいのですか、このゴーレム?「ケティ!あのゴーレムどうやれば倒せる?」いつの間にか才人が私の後ろにやってきていました。「私は土メイジでは無いので詳しくはわかりませんが、ゴーレムの体には確か魔力のコアがある筈なのです。 そこを破壊すれば何とかなるかもしれません。 私もちょくちょくやってはいますが、どうにもうまくいきません。 そうですね、ジャベリンの威力ならあれの上半身くらい破壊し切れるかもしれないのです。 あれは第三世代型主力戦車を破壊できるだけの威力がありますから。」「あ、あれを使っちまうのか? まあ確かに使い方はわかるけど…。」」才人がびっくりしたような表情で私を見ます。「使ってしまったほうがいいのですよ、どうせこちらの人間では原理の理解すらできない代物です。 あなたはあれが使えるのでしょう?」「ああ、何故かわからないけれども使い方がわかる。」さすがガンダールヴ、武器なら何でも使えるというのは、伝説の傭兵顔負けです。「私たちはもう少し持ちますから、才人は発射可能ポジションまで移動して、準備してください!」「なんだかよくわからないけど、あいつを倒せるんなら任せたわよ、ダーリン!」私たちは足を重点的に攻撃し続けてゴーレムの動きを止めているのです。しかし、なんと言う再生力なのでしょうか。「タバサ!破壊の杖をこっちにくれ!」「ん。」タバサがジャベリンを空中から投げ落とし、レビテーションをかけてふわりと着地させました。「よし、これで決めるぜ!」「わ、凄い、これこうやって使うの?」才人はジャベリンを受け取ると、すばやく発射体制を整え始めました。それを感心したようにルイズが見ていますジャベリンは完全自動誘導方式の携行型打ちっ放し対戦車ミサイルなのです。ロックオンすれば命中精度は95%以上、まあまず外す事など無いのです。「往生せいやああああぁぁぁぁぁ!」圧縮ガスによってミサイルが射出され、その後ロケットモーターに点火、トップアタックモードを使ったのか凄まじい勢いで上昇していき、一気にゴーレムの頭上から襲い掛かったのです。『きゃああああああぁぁぁぁぁっ!?』凄まじい音と炎が周囲を蹂躙し、近くにいた私たちも衝撃で数メイル吹き飛ばされました。「…きゅ、キュルケ、生きているのですか?」「何とか…生きているわよぉ。」まさかあんなに凄まじいとは…うかつだったのです。「さすがのゴーレムも粉々に吹き飛んだみたいだけれども…火メイジが焼け死んだりしたら、末代までの恥だったわ。 でも、なんて凄まじい火魔法だったのかしら。」「さすがは8.4Kgタンデム成型炸薬弾頭なのです…。」いい加減立ち上がらなくては…。「おーい!大丈夫か、キュルケ、ケティ!」才人達が走ってきました。ミス・ロングビルも茂みの中から出てきます。「凄いわダーリン、あのゴーレムを一撃だなんて痺れちゃう!」「おわっ!?」そう言いながら、キュルケが才人に抱きつきました。ゆっくり立ち上がろうとしていた私よりも、立ち上がるのが遅かったのに、なんという神速。「才人、ご苦労様なのです。」「お…おう。」抱きつくキュルケを横目で見ながら、才人は怯えた視線をこちらに向けます。「そんなに怯えなくても、私自身に破廉恥なことをしなければ、私は怒ったりはしないのですよ、才人。」「え?あー、そうだよな、うん。 あー安心した。 あははははは…。」昨日の折檻が効き過ぎたのでしょうか?少し可哀想な事をしてしまったかもしれません。「私は怒っていませんが、ルイズは怒っているようですね。」「なにツェルプストーにでれでれしているのよ、この駄犬! それとケティ、いつの間に上級生の私達の事を呼び捨てするようになったのかしら?」ドサクサ紛れに言い方変えたのですが、だめでしたか。「いいじゃない、いちいち敬称で呼んでいたら面倒くさいわよ、ルイズ。 だいたい私たち『戦友』じゃない。」「戦友…わ、わかったわ、特別許してあげる。 戦友、戦友ね、へへへ。」うれしそうなのですね、ルイズ。「皆様、ご苦労様でした。」ミス・ロングビルがジャベリンの発射機を拾ってこちらに来ました。「ミス・ロングビル無事だったのですね。」「ええ、おかげさまで。」ミス・ロングビルいえ、土くれのフーケはそう言いながら、ジャベリンの発射機をこちらに向けました。「全員、杖を捨てなさい。」「な…何故ですか、ミス・ロングビル!?」ルイズは混乱した表情でフーケを見ています。「何故か、見たらわからないのかい? フーケは見つからない、私が破壊の杖をあんた達に向けている。 さて、あたしは誰でしょう?」「まさか、あんたがフーケなのか!?」サイトがフーケを睨みつけます。「こんな形でどんでん返しとか、有り?」「迂闊…。」キュルケとタバサは杖を構えました。「杖を捨てなって言っている! 早く捨てな!」ルイズとキュルケとタバサは杖を捨てましたが、私と才人は捨てません。「何で捨てないのさ、こいつの餌食になりたいのかい!?」「いいえ土くれのフーケ、私は貴方のしている事が滑稽で、今にも笑ってしまいそうなのを堪えていただけなのです。 ねえ、才人?」口を押さえながら、才人に視線を送ります。「ああ、その武器の特性を理解していたなら、十人中十人が、あんたの事を指差して笑うだろうさ、フーケ。 そいつはな、単発式だ。 中のミサイルを込めなおさないと撃てやしない。 そして、中のミサイルはもう無いんだ。」「つまりですね、貴方は空の筒を抱えて私たちを脅しているのですよ、フーケ。 …才人、やってしまうのです。」才人はデルフリンガーを抜き放ちました。「なっ!?ぐぅ…。」そして柄の部分でフーケの鳩尾を強打しました。「少し、眠ってろ。」「そ…そん…な、テファ、ごめ…。」そのまま、フーケは昏倒しました。「ええと、おれの出番、こんだけ?」「貴方にはふさわしいのですよ、デルフリンガー。」だって、今回切るものなんてありませんでしたし。本来出番なんてなかったのに、出してもらえただけ感謝して欲しいものなのです。「ひどっ!剣は切って何ぼなんだ、ええいそこの美人の姉ちゃんでも良いから俺に切らせてくれ! ザックリでもブスッとでも良いから。」「血に飢えた妖刀か、お前は!?」才人が堪らずツッコミを入れます。「せっかく戦場に来たのに何も出来なかったのでは、俺の存在意義が、アイデンティティーがっ!」「ええい黙れこの妖刀!」デルフリンガーはガチンと鞘に収められて静かになりました。「さあ…帰るか。」なんというか、どっと疲れました…。「しかしまさか、ミス・ロングビルが土くれのフーケであったとはのう。」翌日、学院長室で今回の件の一部始終を報告しました。「彼女をどうやって採用したのですか?」「町の居酒屋で給仕をしておったところを採用した。 わしのところに何度も何度もやってくるし、酒も注いでくれるし、隣に座ってしな垂れかかってくる。 学院長の御髭が痺れますとわしの髭を触りながら何度も褒めてくれるし、尻を撫で回しても笑顔のまま。 これはわしに惚れておるのだなと思ってつい…。」知ってはいましたが、このエロ爺が学院長で良いのでしょうか、この学院?「そ、そうですな、美人はそれだけでいけない魔法使いですな!」「そのとおり、うまい事言うのう、コルベール君。」「いえ、私はコルベールではなく…ああいや、それでいいんです。」独身中年男の悲哀ですね、わかるような気はしますが、わかりたくありません。「あれ?ケティ怒らないのか?」「ここまで救いようがないと、もはや怒る気すら起きません…。」「ぢゅ!?ぢゅぢゅぢゅー!?」性懲りもなくやってきたモートソグニルを踏み躙りながら、溜息を吐きました。「…さて、今回はご苦労であったの、諸君。」『はい。』気を取り直して仕切り直しです。ちなみにモートソグニルには逃げられました。「土くれのフーケから破壊の杖を取り返してきただけではなく、捕縛までやってのけるとはまさに天晴れじゃ。 フーケは城の衛士に引き渡したが、おそらく死罪は免れぬじゃろう。 あんな美人が死罪とは勿体無いが、仕方がない。 それと、今回の功績を王室に報告した結果、そなたら四人にはシュヴァリエの爵位が授けられる事になった。 …まあ、ミス・タバサはシュヴァリエを既にもっておるでの、精霊勲章になるようじゃが。」「本当ですか?」「ありがとうございます。」これで、赤貧学生生活ともおさらばできるのですね。ジゼル姉さまに奢らされまくりそうな未来が、容易に想像できて嫌ですが。「オールド・オスマン、才人には何も無いのですか?」「残念ながら、彼は平民じゃからのう。 表立った褒賞は出来ぬが、慰労金として2000エキューが出たぞい。」おお、なんか太っ腹ですね、王室。「さて、今夜はフリッグの舞踏会じゃ。 破壊の杖も戻ってきたことでもあるし、予定通り執り行うでの、皆着飾ってくるのじゃぞ?」そんな嫌イベントもありましたね、そういえば。コルセットは苦しいし、化粧は面倒臭いし、男がいっぱい群がってきてウザいしで何一つ良い事がありませんが、学校行事ですから出ないと駄目なのですよね。ああ、中止になればよかったのに。「エトワール・ド・ラ・ロッタ男爵令嬢、ジゼル・ド・ラ・ロッタ男爵令嬢、ケティ・ド・ラ・ロッタ男爵令嬢のおなぁーりぃー!」恥ずかしいからいちいち入場する時に名前を叫ばなくて良いのですよ、しきたりですからしょうがない事ではありますが。あと、私はかつてないぐらい徹底的にめかし上げられて、今回の舞踏会に出る羽目に陥りました。真っ赤で胸の開いたドレスとか、私には挑戦し過ぎな格好なのですよ!それというのも、遡ること数時間前の事なのです。「はぁ…まさかケティが私達の預かり知らないところで大冒険していたとはね。」ジゼル姉さまが目を抑えて天を仰いでいます。「ケティ、あなたは確かにトライアングルで頭も回るけれども、私達の妹なのよ?」エトワール姉さまの心配に潤む瞳がひたすら心に痛いのです。「も、申し訳ございません、姉さま達。」姉さま達の心配する心が染みるのです…。「まあ、無事で帰ってきてくれてよかったわ。 でも、今後はこんな事があるなら、私達に言ってよ?」「そうよ、今回の件も全てが終ってから聞いたから、心臓が止まるかと思う程びっくりしたわ。」姉さま達に何も言わずに行ったのは本当に失態でした。心の中では既に土下座モードに入っています。「本当に、本当に申し訳ございませんでした。 今回の件の罰は何であろうが謹んで受けるのみなのです。」「罰は何でも受けるのね?」…えーと、エトワール姉さまの微笑みが何となく黒いのですが、気のせいですか?「え?エトワール姉さま、罰なんか与えなくたって…。」「ジゼルちょっと耳を貸しなさい。 ゴショゴショゴショ…。」エトワール姉さまに耳打ちされるジゼル姉さまの困惑の表情がイイ笑顔に変わるのはあっという間の事でした。「確かに罰は必要ですわね、エトワール姉さま。」「そうよ、必要よジゼル。」わ…私はいったいこの先生きのこれるのでしょうか?…という事があって、何をされるのかと思ったら、風呂に放り込まれて徹底的に磨き上げられ、髪をセットされ、着せ替え人形にさせられ、化粧を塗ったくられて舞踏会に出る羽目になったわけです。『ケティは洒落っ気が薄いから、罰として今回はフル装備で出てもらう。踊りの誘いは一切断らない事。』と言われ、目の前が真っ暗になりました。確かにこれは、間違いなく罰ゲームです。「ラ・ロッタ嬢、私と踊っていただけますか?」「はい、よろこんで!」この「はい、よろこんで!」は、居酒屋のそれです。もう、何かのアルバイトだと思って粛々と受け入れるしかありません。何せ、ご飯を食べる暇もなく、くるくるくるくるくるくるくるくる男の子にとっかえひっかえ回転させられるのですから。このままだとバターになってしまうので、何とか会場を抜け出すと、才人がいました。「ルイズはどうしたのですか?」「さっきまで一緒に踊っていたけど、疲れたみたいだから、一足先に部屋に帰ってもらった。 ケティは?」ぐーとお腹が鳴りましたが、もはや恥ずかしさを感じる気も起きないほど疲れています。「聞いての通り、一切休みを入れずに踊り続けていたので、とても空腹です。 もう一つ言えば、休まずに踊り続けていたので疲労困憊です。」足もへろへろなので、才人の座っているベンチに腰掛けました。「はぁ、癒されるのです。」「何でそんな事したんだよ、踊るの好きなのか?」才人が不思議そうに尋ねてきました。そりゃ不思議ですよね、こんな派手な格好で踊りまくっていたともなれば。「舞踏会で踊るのは大嫌いです。 収穫祭に領民と収穫祭の踊りを踊るのはとても楽しいのですが。」 「じゃあなんで?」才人の疑問ももっともなのです。「姉さま達に黙って破壊の杖探索隊に加わり心配させてしまいましたから、これはその罰ゲームなのです。」「罰ゲーム…ね。」才人は苦笑を浮かべています。「なんていうかさ、口調からも感じるけど、律儀だよなケティ。」「本当に律儀なら、心配をかける前に姉さま達に話して出かけています。 私は別に律儀ではないのですよ。」ああ、今日は本当に疲れました。お腹が減っていますが、だるくて食べに行こうという気が湧きません。「…そうだ、話は変わるけど、ケティ。 言っていたよな、この任務が成功して無事に帰れたら、ひとつだけ俺の質問に答えてくれるって。」「良いですよ、好きな事を聞いてください。 答えられることなら、何でも答えてあげるのです。 破廉恥な事を聞いても答えてあげますが、後日制裁するのでお忘れなく。」まあ、さすがにそんな事には使わないとは思いますが。「そんな事聞かねえよ。 おれが聞きたいのはさケティ、おまえはなんで俺の世界の事を知っているのかって事だよ。 おまえは小学校の事も知っていたし、俺の世界の武器の事にも詳しかった。 おれは…さ、ここに来るまでは武器の事なんかまるで知らなかったけど、ガンダールヴとかいう使い魔なせいで、武器の事なら何でもわかるらしい。 でもケティは使い魔じゃないし、魔法も使える。 なのに俺の国の学校の事も、俺の世界の武器の事も知っていた。 何でだ? ひょっとして、俺と同じ世界から来た人に知り合いがいるとかじゃないのか?」思った通りの質問ですね、まあ当たり前ですが。だから、サイトには日本語で答えてあげました。「知り合いじゃないよ、俺の前世が日本人だったんだ。」日本語を話すと、何故か言葉が男っぽくなるのですよね。たぶん、前世の頃の残滓なのでしょう。「前世? っていうか、今日本語でしゃべった!?」「日本語で喋れるよ、前世の記憶があるからな。」それから私は私が生まれ変わった経緯を才人に語りました。「怪獣に喰われた…って。 おまえ、あの事件の犠牲者だったのかよ。 TVでやっていてまるで実感なかったけどさ。」「結局あれは何だったんだ?」わけも分からず逃げ惑っているうちに化け物に喰われてしまったので、結局あれが何だったのかはわからずじまいでした。「いや、俺もニュースよく見ていないからあまり分からないんだけど、宇宙人だとか、未知の生物だとか、突然変異だとか色々言われてた。」「結局何だかわからないって事かよ。」いったい前世の私は何者に喰われたのでしょうね、はぁ…。「ところで何で兵器に詳しかったんだ?」「軍事オタクだったんだよ、俺。」自慢じゃありませんが、兵器のスペックなら今でも結構そらで言えますよ。全く何の役にも立ちませんが。「なるほどね…軍事オタクだったんだ、ケティ。」何で目を逸らすのですか、失礼ですよ才人。「そんなわけで、才人が帰る為の助けにはなれそうにないのですよ。 まさか、死ねとは言えませんし、死んだからって記憶を持ったまま生まれ変わるだなんて保障もないのですし。」トリスタニア語に戻して、才人に話しかけます。「こっちの方が、もはや違和感ないな。」「こちらで赤ん坊の頃から15年も生きているのですから、慣れるのは当たり前なのです。」そして、15年も女性として生きれば、元の記憶が男であろうが、殆ど女の子になってしまうものみたいなのです。「才人が元の世界に帰りたいのであれば手助けはしますよ、元日本人のよしみで。」「ケティには今回も結構助けられたし、今後も協力してくれるなら助かる。 この国に来てホームシックにかかっていたけど、元日本人がいてくれて嬉しいよ。」私も久しぶりに会う日本人ですから、実は嬉しかったりするのです。そういうちょっとした気の緩みが、才人に疑われる原因になってしまったのでしょうね。「まあ、話し相手になるくらいなら、いつでもどうぞなのですよ。 それでは体もだるいですし、そろそろ帰るのです。 おやすみなさい、才人。」「ああ、お休みケティ、また明日。」ああ、眠い。さっさとドレス脱いで化粧落として今日は寝てしまう事にしましょう。