英雄とは生まれるもの本人が望むと望まざるに関わらず、英雄になる才能がある人間が、英雄にならざるを得ない事態に陥る時それは生まれます英雄とは作られるもの本人が望むと望まざるに関わらず、英雄とは国家に利用され、しゃぶり尽くされる運命にあります英雄とは祀られるもの本人が望むと望まざるに関わらず、英雄は伝承となり、人々に語り継がれ祀られて行きます…例えばイーヴァルディのようにラ・ロシェール港に整然と並ぶトリステイン軍。それを見物に来ている見物客。そして…。「何じゃこりゃーっ!?」窓の外に広がる尋常ではない歓待っぷりに慌てふためく才人。「何って、そりゃ才人の出迎えなのですが?」「ちょ、ちょっと待て、俺の出迎え?何でこんな大仰な事になっちゃってんの?」何でも何も無いと思うのですが…。「4万の軍勢を一人で蹴散らしたとんでもない英雄(ワンマンアーミー)を出迎えるのですから、この程度は当然かと。」「…ひょっとして、位打ち?」何処の平安貴族ですか、貴方は?よく覚えていましたね、《位打ち》だなんて。「ふと思ったのですが、才人ってひょっとして日本史が得意だったりしますか?」「得意って程では無いけど、日本史で80点以下は取った事無いぞ。」なるほど、苦手ではないという事ですか。「成る程…まあ、才人の今の器には大き過ぎる歓待かも知れませんね、これは。 今の気持ちを忘れぬように、舞い上がっていい気にならないように自重してください。」「きっついな、ケティ。」私の言い方に棘を感じたのか、才人がちょっとびっくりした表情で私を見ています。「まあ、私もちょっとやりすぎじゃあないのかとは思っていますし。 …才人、貴方は姫様に骨までしゃぶられる事になりますから、覚悟しておいてください。」「そういう時は、骨までしゃぶられない様に気をつけろじゃねーの?」姫様、才人を政治的に思い切り利用するつもりですね…つまり、才人の面倒もきっちり見やがれという事ですか、やれやれ。「才人、忘れてもらっては困りますが、私は貴族…つまり権力の側に属する人間です。 姫様のしている事に政治的な合理性があると判断する限りは、それを止める事など起こり得ないと考えてください。 東トリステインの政治的奪還こそなりましたが、アルビオン遠征による国力へのダメージが癒えるにはもう暫くかかるでしょう。 その間のつなぎ的な娯楽として、未来への夢として、平民には才人という名の英雄を見せる必要があるのです。」「俺が…英雄?」まあ、つい数ヶ月前まで日本でただの学生をやっていた才人に、この急激な状況の変化への対応をしろと言うのはいささか無茶なのかもしれません。「そう…貴方という英雄の登場によって、平民でも手柄を立てれば貴族に叙せられて領地を貰い、貴族の娘を娶って魔法学院に子供を通わせる事が出来るほどの貴族になれる『かもしれない』という夢を見る事が出来るようになります。 才人にわかりやすく言うとあれですよ、豊臣秀吉。 万人がそうなれるわけがないというのもわかっていますが、今までそんな事は絶対に起こり得ない事であったこのトリステインで、それが絶対であるかないかの壁が崩れたというのは、とてもとても大きな出来事なのですよ。」「で、でも、俺の前にアニエスがいるじゃん?」才人は首を傾げますが…。「銃士隊は実は軍ではありません。 彼女達の身分は、正式には実質将軍待遇であるアニエス殿を含めて国王付侍女です。 姫様が制度を誤魔化し騙し隙を突いて作り上げた部隊の長として、これまた制度の隙を突いてシュヴァリエを叙勲させたのがアニエス殿なのです。 トリステインの法には、平民の軍人や文官を貴族に叙してはいけないという法はあったのですが、侍女を貴族に叙してはいけないなどという法は無かったのですよ。」「…そりゃまあ、普通は侍女をシュヴァリエにしたりはしないわな。」まあつまり、法の網目というか常識の網目を掻い潜ってでっち上げた部隊なのですよね、銃士隊って。身分が国王付侍女なので、国王以外からの統制を一切受け付けない、独立した権限を保有する部隊。親衛隊は貴族同士のしがらみとかがあるので、何だかんだ言って完全に自由とは言い難いのですよね。魔法衛士隊だった頃は、そこそこ自由だったみたいですが。「そんなわけで、身分の壁を正面突破して貴族に叙せられるというのは、才人が最初というわけなのです。 よっ、平民の星!憎いねーこのこの!…と言う訳で、一部の貴族には本当に殺したいほど憎まれていると思うので、気をつけてくださいね。 いわば貴方は姫様の国家改革の広告塔ですから、それに反感を持つ人間に取っては格好の的に見える筈なのです。」「命狙われているって…マジかよ?」才人はげんなりした表情になります。暗殺というのがピンと来ないのか、それとも度胸が据わっているのか…。「唯才令…後漢末期、三国志の時代に活躍した曹操という小さいおっさんがやった事と一緒ですよ。 能力さえあれば、生まれも性格も問わない…この小国には、生まれや性格で人を選り好みしている余裕はないのです。 才人は武の方面で傑出していると見なされた稀有な例ですが、文官には魔法の才能すら要りませんから…姫様は、才人を突破口にして平民に主に足りない文官方面への門戸を開くつもりなのですよ。 領地持ちになれる程の才能の持ち主は一握りでしょうが、そうなる事により平民は更に夢見る事が出来ます。 もちろんこれはメイジの既得権益に土足で踏み込む事になりますから、それを潰したい貴族はそれこそ腐るほど…頑張って下さいね、才人。」「なあ、シュヴァリエになるの辞退したくなってきたんだが?」ようやく事の重大さがわかってきたのか、才人は滅茶苦茶嫌そうな表情を浮かべたのでした。「姫様の構想に遅滞を来たす発想なので、それは受け付けられません。 どんな地位にも名声にも、相応の重荷が付き纏うものです。 今のそのうんざりした気持ちさえ忘れなければ、貴方は道を踏み外したり暗殺されたりはしませんよ。」「ねえねえ、二人で何の話をしているの?」ルイズが話しかけてきたのでした。「外の歓待に対する気構えと心得を才人に教えていたのですよ。」「あー…確かに、調子に乗りそうよね、こいつ。」ルイズは才人を突っつきながら、感慨深げに頷いたのでした。「だいたい、敵の半分近くは私のディスペルで正気に戻したってのに、そっちはあんまし宣伝せずに『サイト様ーサイト様ー』って何なのよ、外のアレは?」「ルイズはヴァリエール家ってだけで、かなり箔がついていますからね。 この時点で虚無で才人の主人で烈風カリンの娘だって知れたら、姫様が空気みたいな存在になっちゃいますから。」それこそ反改革派がありとあらゆる手を使って、ルイズを神輿として祀り上げようとしかねません。ルイズにその気が無くても、そういう流れが起きると敵に付け込まれる隙を作りかねませんからね。「そうなると、私に国王になれとか言われるようになるって事ね…面倒臭いわ。 普通に栄達を望んだら即国王って、私の人生って何でこんなに起伏が激しく出来ているのよ…。」「人生だけじゃなくて、体にも起伏が欲しいよね、ルイズの場合。」いつの間にやらマリコルヌ…。「吹っ飛べ!」「ありがとうございま~す!」ルイズにぶん殴られて、マリコルヌは壁に突き刺さったのでした…。「…俺が失言する隙すら与えねぇな、あの変態(マリコルヌ)。 パーフェクトだ、パーフェクト過ぎる。」…ひょっとして、ちょっぴり感心していますか才人?「それにしてもサイトの為だけに、これほどの出迎えか…まさか陛下はサイトに惚れている!?」「無い無い。」驚愕の表情で自分を見るギーシュを、才人は軽くいなしたのでした。「つーか、そんなホイホイと女の子に惚れられてたまるか。 女の子に夢見過ぎだ莫迦、現実見れ。」「…君は、自分をわかっていないな。」才人は至極まっとうな事を言ったのですが、ギーシュはそんな才人をジト目で見ています。「これだけ無自覚に女の子引っ掛けまくっといて…なんと言うか、やれやれだわ。」モンモランシーまで才人を半眼で見ているのです。「…ま、確かに。」取り敢えず、私も呆れた視線を送っておきましょうか。「な、何、何なの!? 俺が無自覚に女の子引っ掛けているって何よ!?」才人はわけもわからずにキョロキョロと周囲を見ています。「うん、あんたに悪気が無いのは、実はわたしも知ってる。 無自覚…なのよねぇ。」ルイズも額を押さえて眉をしかめています。「…惚れちゃったら惚れさせるしかないんですけれどもね、はい。」何時でも前向きですね、シエスタ。「女にモテる奴は尽く死ね。」知っていますか、マリコルヌ?モテない男はどんな状況になろうが、絶対にモテないのですよ~?…女にだって、選ぶ権利はあるのです。「僕の希望を奪うなぁ!?」「私の思考を読まないでください!」スパーンと爽快に響き渡る音。こんな事もあろうかと、予め用意しておいたハリセンでマリコルヌの頭を引っ叩いたのでした。「うヒん!新感覚あざーっす!?」厚めの羊皮紙製のハリセンって、ほとんど皮の鞭なのですね。何だか、物凄く大失敗したような感触が…。「…ま、まあこれは放って置いて話を続けますが、才人はもう少し己の言動に注意を払うべきかと。」たぶん才人は、この段階で既にテファを落としている筈…テファの才人に対する好意も無自覚状態なのでしょうが。ひょっとして、日本にいた頃も無自覚に女の子を口説いていて、本人がそれに気づいていなかっただけじゃあ…?「げ、言動に気をつけろといわれても、何が何だかさっぱりだ。」「才人の場合、それが素ですからねえ…。」変わってしまったら、それは才人ではないというジレンマ。「そのあたりはすっぱり諦めて、前向きに攻め続けるのが一番だと私は思います。」貴方の場合は攻め過ぎですシエスタ。「…ま、才人にそのあたりの気遣いを求める事自体が無駄だというのは同意なのです。」「ああ、それはわたしも同意。」私とルイズはほぼ同時に頷く事になったのでした。「…何だかわからんが、俺を莫迦にしているだろ?」「いや、普通に莫迦にされるレベルだと思うぞ、相棒の場合。」出番の落差が激しいデルフリンガーにまで言われるとか、才人が可哀相な事になっています。「うがー、俺には誰も味方がいないのか!?」残念ながら誰も居ないのです。「準備は出来たかな、サイト殿?」ポワチエ卿が私達の居る部屋に入ってきたのでした。「え、ええ…でもこの格好は…。」才人はいつもの青いパーカーに黒ジーンズという姿ではなく、マントこそありませんが貴族や富裕層の人間が着る上質な服を着ているのです。「この青と黒の服がボロボロなんだからしょうがないでしょ。 腕のいい土メイジに頼んで跡が残らないように修復してあげるから、暫くはその格好で居なさい。」原作で才人の服がボロボロの状態じゃ無かったのって、結構高いお金を払って才人の服を元通りに修復していたおかげだったというわけです。才人の服、ズタズタのボロボロでしたからね…ガンダールヴじゃ無かったら、数十回は死んでいたであろう状態でした。「へーい…でもこの格好、窮屈でなぁ…。」「まあ、そういう服は往々にして窮屈なものですよ、才人。」そういいながら、私は才人の背中を叩きました。「あいた!」「さあ、馬車に乗って民衆に手を振っておやりなさい。 トリスタニアに着くまで、長いですよ?」そして、ニヤリと微笑んであげます。「げ!あんなのがトリスタニアまで続くのかよ!?」「…まあ、そんな感じです。」流石にそんな事は無いでしょうが、最悪な事態を想定させておけば、それより良かった時に人はホッとするものです。「ぐはぁ…死にそう。」才人は肩をガックリ落として、ドアを開けたのでした。『トリステイン万歳!アンリエッタ陛下万歳!英雄サイトーンよ祖国を守りたまえ!』「な、何だこりゃ!? つか、サイトーンって、またサイトーさんか俺は!? そんなに呼びにくいかよ、才人って。」私たちの船室には音声遮断効果のある魔法が付与されていたようですね。流石は最新鋭の大型戦列艦なのです。「こりゃまた大騒ぎなのですね…貴方がアルビオンで起こした奇跡は、これだけの人間が賞賛する事だという事ですよ。 胸を張って行きなさい。」「わたし達は後ろの馬車に乗って着いていくから、くれぐれも莫迦な事とかしないように。 わたしがキレると周りが見えなくなる性格なの知っているでしょ?」パレード中に女の子に殴り倒される英雄とか、えらい事になるのですよ「ケティ、ルイズをあやしておいてくれ。」「わたしは赤ちゃんかっ!?」どっちかというと、なかなか人馴れしない猫?「ルイズ、落ち着くのです。」取り敢えず、ルイズの頭を胸元に引き寄せたのでした。「はう、これがあったわね…サイト、行っても良いわよ。 しっしっ、どっか行きなさい。」「ケティのおっぱいは犠牲となったのだ…。」そんな不吉な言葉を残して、才人は一際大きな馬車に乗り込んだのでした…。あとルイズ、人の胸にスリスリしないでください。「け、ケティが帰ってきたわ…ガク。」竜籠にてひとっ飛び、魔法学院にギーシュ達を降ろした後、トリスタニアの王城に帰還の報告をしにやって来たのですが…何故か姫様の執務室に銃士隊の制服を着込んだジゼル姉さまが居て、疲労困憊といった感じの状態で私に抱きついたのでした。「ええと、何故ジゼル姉さまが銃士隊…って、まさかまさかですが姫様に銃の腕前を見せたのですか?」メイジにとって銃はあまりイケていない事を知って、拗ねてラ・ロッタ領以外ではその腕前を封印したジゼル姉さまが?「くー…。」「質問に寝息で答えないでください…。」瞬時に熟睡って、の○太じゃあるまいし…。「全くもう、ジゼル姉さま起きてください、ジゼル姉さまー…って、ちょ、おも、重い!? ああもう仕方が無い、レビテーション。」「私が試しに銃士隊の教練に付き合ってもらったのよ。 まさか、箒に片足で逆さまにぶら下がりながら、300メイル先の的のど真ん中をほぼ百発百中で撃ち抜くとは思わなかったわ…。」ソファにジゼル姉さまを投棄しようとレビテーションで持ち上げる途中に、姫様がそう言ったのでした。「ジゼル姉さまの射撃術は、箒の上に乗ったりぶら下がったり、半分曲芸みたいですからね。」羽布団に使うためにケワタガモ狩りをしていたら、何時の間にやら凄まじい腕の持ち主になっていたのですよね。カモ撃ちを散弾銃ではなくライフルで行うと、銃の腕が凄まじく上がるらしいですが…まさか我流でやっていたらあそこまで変な打ち方になるとは思いもよらなかったのです。学院に入ってからは恥ずかしがって人前で使うのを控えていたようですが、腕は全く衰えていませんでしたか。「何でそんな撃ち方出来るんだって聞いたら、『練習です』の一言で済まされてしまったんだが。 ジゼルに銃の撃ち方を教えたのは、ケティ殿なのだろう?」「あっという間に追い抜かされましたが、ジゼル姉さまに銃の使い方を教えたのは確かに私です。 言っておきますがアニエス殿、期待はしないで下さいよ? ジゼル姉さまの撃ち方は、私が教えた基本以外徹頭徹尾我流なのですから。」箒からぶら下がって撃つとか、私には無理なのです。「そうか、ケティ殿が出来るなら、詳しく解説して貰えるかと思ったのだが…。」「私は運動音痴という程ではありませんが、そっち方面の能力は平凡なのです。 アニエス殿の期待には応えられそうにもありません。」腕を曲げて力を入れてみますが、力瘤らしきものは出ません。「ふにふにだな。」アニエスが私の腕を突っつきながら、しみじみと呟きます。「ええ、残念ながらふにふにです。」何でもかんでも出来れば楽なのですが、身体能力は鍛えないとどうにもなりませんから。正直な話、こちらの政治や経済状況の把握と魔法の練習でいっぱいいっぱいで、体を鍛える暇はありませんでした。田舎育ちなので、そこらの貴族の娘よりはマシですが、逆に言うとその程度でしかないのです。「ところで姫様、仕事はどうなりましたか?」「大方片付いたわ、そこに倒れているモット伯とパーガンディ伯に感謝なさいな。」姫様の視線を辿ってみると…。「リュビ、何度も言うようにこれは浮気じゃない…。」「エターナルフォースブリザード…。」リュビ姉さま登場の悪夢に魘されるモット伯と、おかしな夢を見ているパーガンディ伯なのでした。「それで、何で姫様はそんなにケロリとしているのですか?」「慣れよ慣れ…くー。」話している最中に睡眠…矢張り痩せ我慢でしたか。いかなデスマーチ女王アンリエッタとはいえ、限界を突破すれば脳が強制的に睡眠モードに突入するのは当たり前なのです。「寝てるじゃねーか!?」「はっ!?寝てなどいないわ。」才人のツッコミに目を覚ましたのでした。姫様よだれよだれ。「くー…。」しかし、抵抗空しく睡魔に脳を占領されたようです。まあ、どんな人間だって限界はあるという事でしょう。「やれやれ…レビテーション。」姫様をレビテーションで浮かし、仮眠用…とは言っても、結構豪華なベッドに寝かしつけたのでした。「皆駄目だな、こりゃ。」「確かに、これじゃあ報告は無理よね。」才人とルイズは、そういって溜息を吐いたのでした。「仕方がありませんね。 私たちも疲れていますし、今日は城に泊まりましょう。 誰か、誰かある!」私がそう呼ぶと、数人の使用人がやってきたのでした。「お呼びでしょうか、ミス・ロッタ?」城の皆さんにもすっかり顔を覚えられてしまいましたか…。「そこの床に転がっているモット伯とパーガンディ伯を、どこかゆっくり休める部屋に運んであげてください。 それと、陛下の眠りを妨げぬように。 あと、宿泊する為の部屋を用意願えますか?」「はい、かしこまりました。 少々お待ちくださいませ。」このお城は貴賓室から地下牢まで、泊まる場所には事欠きませんからね。「姫様も寝たか…正直な話、私もそろそろ限界だな。」「銃士隊長である手前、姫様の傍らでずーっと起きていたわけですか…お疲れ様です。」よく見ると、アニエスの目の下にもくまが出来ています。「このくらい、気合で何とかするさ。」「流石は銃士隊長…ちなみに私は、今まで眠気に勝てた例が無いのです。」体が極端に眠気に弱く出来ているらしく、眠気に耐えていた筈が何時の間にか眠気に耐えている夢に変わっているのですよね。ジゼル姉さま曰く、《怪奇!立ったまま意味不明の言語でぶつぶつ呟きながら眠る女!》なのだそうで…。「ふふふ、ケティ殿はいつも眠たそうだものな。」「このボケ顔は、たぶん生まれつきなのです。」ちょっぴり気にしているのですから、放って置いてください。「今日は貴公らもゆっくり休め。 特にサイト、卿は数日間トリスタニアで行事が目白押しだ。」「うげぇ…。」騒がれるのが面倒臭いのはラ・ロシェールの一件で十分にわかったらしく、才人が心底嫌そうな表情で首を振りました。ま、私も騒がれたくない気持ちは良くわかります。期待と羨望の視線って、重いですものね。「とほほ…もう骨までしゃぶられている感じがするぜ。」「フッ、生きていようが死んでいようが、英雄というのは国家に利用されるものだ。 生きていれば、その分の見返りが貰えるだけマシ…まあ、騒がれるのもせいぜい数ヶ月だろうから、騒がれるうちに騒がれておけ。 その分だけ、老後に孫に語って聞かせる話のネタがが増えるというものだ。」アニエスはニヤリと笑って、才人の肩をポンポンと叩いたのでした。数時間後、王城の図書館で借りてきた本を読みながら、ベッドでうつらうつらし始めた私の部屋にコンコンとノックの音が響いたのでした。「どなたですか?」「私よ、ルイズ。」ドアの向こうからそう声がしたので、ベッドから降りて鍵を外しドアを開けたのでした。「…ケティ、眠れないわ。」「いやルイズ、突然部屋に枕を抱き締めながらやって来られても…。」部屋の外には、ネグリジェに身を包んだルイズの姿…色っぽいといえば、色っぽい?。ちなみに私は黄色のパジャマにナイトキャップで、色気の欠片もありません。「あのね、サイトが居ない間に寝られなかったのって、あいつが居なくて心配なせいだと思っていたのよね、わたし。」「私もそう思っていましたが、それが何か?」ルイズは才人が見つかるまで、ずーっと寝不足気味でしたから。「それが、どうやら違うみたいなのよね。 そりゃ、サイトが居なかったのが心配だったのは事実なんだけれども、わたしって何時の間にか隣に誰か寝ていないと眠れない体になったみたい。」「そりゃまた、難儀な事になっているのですね。 …それならば、才人の部屋に行けば良いのでは?」しかしそれならば、何で私の所に来たのでしょうか?いやまあ、才人の所に行ったらと考えると、ちょっと腹が立つのも事実ですが。「ケティ…わたしだってね、分別はあるの。 いくらなんでもこんな人目につく場所で、とととととと殿方のへへ部屋に行くなんてででででで出来ないわ。」「ああなるほど、部屋を別々にしたせいで、かえって意識してしまったのですね? そんな事など気にせずに、堂々と才人の部屋に…むが。」顔を真っ赤にしたルイズに、口を押さえられてしまったのでした。「それに、それによ? ヴァリエール家の娘が男の部屋に入って行って泊まった…なんて噂が立って、もしも家にまでそれが届いたら…わたしはお母様に木っ端微塵にされるわ。」「赤くなった後は真っ青に…そう言えば、ルイズの母上は烈風殿でしたね。」ガタガタ震え始めたルイズに、そう話しかけてみたのでした。「ケティに知ってたのって聞く事自体が愚問よねー…でもまあその通りよ、お母様を怒らせるような事はしたくないの。」ま、何歳になろうがどんなに強かろうが、自分をまっとうに育ててくれた親は殴れませんよね、育ててもらった恩を考えると。「それで、代わりに私と一緒に寝たいと? 別にジゼル姉さまと一緒でも良いではありませんか? どーせ殆ど気絶しているみたいなものですし、無抵抗ですよ?」「ジゼルは私が莫迦にされていた時にも、気にせず話しかけて来てくれた一人だけれども…。 ジゼルの部屋に行ったら、別の方向で噂が立ちそうなのよね。」ああ成る程と妹である私にサラッと思われてしまう程、男装のジゼル姉さまの格好良さは半端無いのです。だからこそ、その気の全く無いジゼル姉さまは嫌がっているのですが。「そんなわけで、ケティお願い一緒に寝て。」「良いですよ、どうぞ。」客間のベッド広いですし、ちみっこい女子二人であれば余裕の広さ。やろうと思えばプロレスごっこだって出来ちゃいます…ルイズとプロレスごっこやったら、私が惨殺されてしまいますが。「いやー、やっぱしケティと言えば胸よね、もふ。」ルイズがいきなり私の胸に顔をうずめたのでした。「な、何故に私の胸に顔をうずめますか、ルイズ?」ルイズって女もいけましたっけ?力では逆立ちしたって敵いませんし、性的な危機感を感じるわけですが。「もふもふ、こうして寝ていると、ちい姉さまと一緒に寝ている時の事を思い出すのよね。 心臓の音、落ち着くわー。」「ああ、そういう事ですか。」私はルイズよりも年下で、しかも末娘なのですが…まあ、21年分の人間の記憶もプラスされていますからね。精神的に老けているのは否めませんか…はう。「それじゃあ、おやすみ…。」「はい、おやすみなさい、ルイズ…。」私は目を閉じ…。「ふぇっくしょい!」そして翌朝、寒さと共に目を覚ましたのでした。「うー…?」ぼやけた視界には毛布に包まったルイズの姿…庇を貸して母屋を取られた気分なのです。「道中、ご苦労でありました。」「え?あ、はい。」謁見の間で私達は公式な形での姫様との謁見を行っている最中です。昨日は姫様達が力尽きてしまったので、後にやる筈だったこちらのイベントが前倒しされたのでした。「ラ・ロシェールに集まった人の多さに、びっくりしました。」まあ、トリステイン中から人が集まったのじゃあないかと思うくらいの量でしたからね。「人が沢山居たと?」「はい、トリステインにこれだけの人が居たのかと思うくらいの見物客で、自分がちょっとした見世物になったかのような気分になりました。」まあ、実際殆ど見世物の珍獣みたいな扱いだったとは思いますが…。「その人だかりは、臣民もそなたに大変感謝しているという事で表れですわよ、サイト殿。 素晴らしい事ですわ、そなたの活躍はまさにトリステインの剣、一個の軍団に匹敵する偉業でありました。」そう言いながら、姫様はマントを侍女から受け取ったのでした。「国家の為に力を尽くしてくれた者に報いる事は、すなわち国家と国家元首たる私の義務であります。 よって我が国は国法を改正して、そなたをシュヴァリエに叙する事に決めましたの。 少ししゃがんで頂けるかしら?」「は、はい!」姫様は跪いた才人に、手ずからマントを着せたのでした。「サイト・シュヴァリエ・ド・ヒラガ、そなたはこれからシュヴァリエとなり、我が国の剣となります。 いっそう精進し、私に尽くしなさい。」「はい!」緊張しまくって、もはや姫様が何言っているか理解していませんね、才人。「たかだか知り合いにマントつけてもらうだけで、何故にここまで緊張しますか?」「場に飲まれてるわねー、でもケティの物言いはぶっちゃけ過ぎ。」ルイズも私の隣で苦笑しています。「ところで、姫様がさりげなく『私に尽くせ』とか言いやがったんだけど?」「…言いやがりましたねえ。」そりゃまあ姫様だって女の子ですから、英雄に憧れるなとは言いませんが…正直姫様とルイズの恋の鞘当ては蛇足ですし、フラグは早急に叩き折りましょう。ええ、ええ、どうせ私の都合ですよ、こんなこじつけはただの誤魔化しですよね、はぁ…。「さてはて、どういうおつもりなのやら?」そんなこんなで儀式は終わり、再び執務室…。「おほほほ、サイト殿に対して他意は無いわよ、《朕は国家なり》って奴。 私に尽くすという事は、すなわち国家に尽くすって事でしょ?」「何という王様発言。」「そりゃまあ王様ですもの。」そうでした。「確かに私も相手は居ないけど、片思いの相手が死んでしまって数ヶ月で次の相手を探す気にはならないわ。 …でもそのうち、そういう火遊びも良いかもね。」「うぉう…何かゾクッと来た。」姫様の視線を受けて、才人が軽く身震いしたのでした。やだなにこの姫様、色っぽい…。「あでっ!?」「姫様に鼻の下伸ばさない!」早速、ルイズに尻を蹴っ飛ばされる才人なのでした。「…とまあ、戯言はこのくらいにしておいて、皆御苦労さま。 サイト殿は暫らく意識が戻らなかったってケティの報告で聞いたけれども、もう大丈夫なのかしら?」「ああ、すっかり傷は癒えた。 姫様こそ、寝不足は解消したか?」姫様は才人の事を『自分に無礼に接してくれる数少ない人材』だとか言っていましたが、確かに言葉づかいは無礼ですね。ただ、それでもしっかりと気遣う所は気遣えてしまうのが才人の良い所であり、姫様は才人のそういう所を大事にしているのでしょう。「目が覚めたら太陽が天高く昇っていた、なんていうのは久し振りだったわ。 おかげで気分爽快よ。」「そりゃよかった…ところで、ケティが言っていたんだが、俺って骨までしゃぶり尽くされるの?」それを本人に言いますか、才人。器がでかいというか、天衣無縫というか…。「ええ、英雄っていうのは、国にしゃぶり尽くされる運命にあるのよ。 それこそ死んでも利用されるから、覚悟してね★」そして姫様も平然と言い切りますか。流石というかなんというか、星まで黒いのは伊達じゃないのです。「うへぇ、覚悟しときます。」「そうよ、覚悟して。 国は貴方を死後もしゃぶり尽くす代わりに、相応の対価を払うわ。 それが貴方の価値に見合うかどうかは、後世の歴史家任せだけれどもね。」頭をポリポリと掻く才人に、姫様は柔らかく微笑みかけるのでした。「それじゃあサイト・ド・ヒラガ殿、早速だけれども国として貴方をしゃぶる第一段。」そう言いながら姫様は、さらさらと羊皮紙に何かを書き込んでいます。「卿に騎士団結成の命令と権限を与えます。 卿が団長になるも良し、他の者を団長に立てるも良し、好きになさい。 騎士団の名前は《水精霊騎士団》(オンディーヌ)よ。」「ちょ、ちょっと待って下さい姫様!? 《水精霊騎士団》って、永久欠番にされていた筈じゃあ?」ルイズが悲鳴のような抗議の声を上げます。水のトリステインの象徴を頂いた騎士団である《水精霊騎士団》は、かつてはトリステイン最大最強の騎士団だったのですが…色々あって騎士団丸ごとオクセンシェルナと一緒に独立してオクセンシェルナ国軍になってしまったのですよね。なので、オクセンシェルナ国軍は通称《水精霊騎士団》(オンディーヌ)と呼ばれているのです。そんな不名誉かつ間抜けな事件があったせいで、永久欠番扱いだったのですが。「水のトリステインに水精霊騎士団が何時までも無いままじゃあ、何か収まりが悪いじゃない。 サイト殿の名声で不名誉を打ち消して、なおかつ騎士団が武名を上げる事が出来れば、不名誉は雪がれるわ。」まあ、確かに色々と格好悪かったですよねえ、水のトリステインに水精霊騎士団が無いのは。「で、でもそれだと、オクセンシェルナ国軍(オンディーヌ)が文句を言ってきませんか?」「オクセンシェルナ国軍はオクセンシェルナの水精霊騎士団であって、トリステインの水精霊騎士団では無いわ。 もう我が国とは縁もゆかりも無いのよ。 だいたい自分達で望んで我が国から抜けたのだから、却ってせいせいするんじゃないかしら?」姫様は完全に分かった上で言っているのだとは思いますが、オクセンシェルナ国軍の紋章はトリステイン国軍と同じ百合になっています。白地に百合がトリステイン国軍、青地に百合がオクセンシェルナ国軍ですが、完全にトリステインから切られるとなると文句は言わないながらも内心複雑だと思うのですが…。「何だか良くわからんが、すごい由来の名前なのは分かった。」「…聞いていませんでしたね?」「うん。」私の問いに、才人はゆっくりと頷いたのでした。「まあ、知らなくても問題ないわ。 兎に角サイト殿、騎士団の編成を貴方に任せるわ。 …ああでも、ケティを団長にしちゃ駄目だからね?」「読まれてた…でも、何でだよ?」よりにもよって私を団長にしようとしていたのですか、才人。「ケティは基本的に俺達の行動を仕切っているんだけど?」「それだからよ。 ケティに頼りっきりじゃあ、困るわ。 彼女には他にもしてもらう事があるのだもの。 それにね、トリステインの国法では女性の貴族を軍人にする事を原則禁止しているのよ。」話しているだけに飽きたのか、姫様は手元の書類を読み始めたのでした。「どうしてだよ?」「女が死ねば、その分だけ子供が生まれなくなるから。 ぶっちゃけた言い方をするとね、女の命は生まれる子供の分もあるから、男よりも数倍重いという考えなのよ。 それが女性の貴族が軍人になる事を原則禁止している最大の理由。 ま、他にも男が格好つけたいからとか、色々とあるのだけれどもね。」制度的には実は女尊男卑なのですよね、この軍人の女人禁制って。「酷い話だけど、一理あるか…。」「まあ、困った時には手伝いますから、団長は他の人でお願いします。」正直な話、騎士団の団長なんて御免被りたいですし。「分かった…けど、他に誰が居たっけ?」「才人はやらないのですか?」正直な話、これだけの名声があるなら才人がやっても大きな問題はおこら…無いと良いなぁといった感じではあるのですが。「出る杭は打たれるって言うだろ。 あと、そういうの純粋に面倒臭い。 つーか、戦術とか考えるの面倒臭い。」「あんたね…。」やる気無さそうな才人を、ルイズは半眼で睨んでいます。「そうだ、ギーシュが居たな。 あいつ派手なの好きそうだから、きっと喜ぶぞ。」「たしかに、ギーシュなら目立つの大好きだし、適任ね。 あいつ、ああ見えてグラモン家だし、家格も十分だわ。」二人とも、ギーシュに統率力とか欠片も期待していませんね。ああ見えて一応、アルビオンでの戦ではいち部隊を率いて手柄を上げているのに、不憫な…。「戦いになったら俺とルイズが正面から吶喊して、騎士団が後からついてくる。 これで万事オッケーだな。」「そうね、それが一番犠牲が出無さそうで良いわね。」それは騎士団の戦いじゃないと思うのです。だいいちそれでは騎士団はルイズ達の後にぞろぞろ着いて行くだけの集団になってしまうのですよ。「アニエス…サイト殿に戦いのイロハを教えてあげて。」才人とルイズの常識外れな物言いに額を押さえつつ、姫様はアニエスにそう言ったのでした。「はっ…その方が良さそうですな。」アニエスは苦笑を浮かべながら頷きます。「取り敢えず、この二人の特性を最大限利用出来て、なおかつあんまり考えずに運用できる部隊運用からですか。 …まあ、おのずと限られてきますね。」水精霊騎士団は錐行陣でひたすら突撃する部隊になりそうな予感がひしひしとするのです。…黒色槍騎兵(シュワルツランツェンレイター)とかに名前を変えたほうが良いのかも知れません。「爵位って本当に国家公務員なんだな…。」数日後の給料日、給料が入った麻袋を抱えた才人が、しみじみと呟いています。「よし、じゃあ馬を買うわよ! 月毛のかっこいいやつ!」ルイズがわくわくしながらそんな事を言っていますが…。「却下。」私は即座に却下したのでした。「何でよ!?」「才人の初月給は、私のモーゼルを壊した弁償に回される事で決まっているのです。 ですよね、才人?」才人ににっこり微笑んでみたのでした。 「う…実はそういう約束してる。」「ううっ…月毛の馬…。」どうせ月毛ったって黄色くて小さい変な馬しか買えないのですよ、ダルタニャン物語的に。「月毛の馬…つーきーげー。」何故にそんなに月毛にこだわるのですか、ルイズ。「仕方がありません…月毛の馬は私が買ってあげます。」「じゃあ最高級の馬具も。」成る程、ルイズが乗り回したいのですね、分かります。「軍用の兎に角頑丈な奴で我慢してください。」それなら、商会の倉庫に転がっていますし。「頑丈なら、それで良いわ。」ルイズはこくりと頷いたのでした…最高級って、頑丈なやつって意味だったのですね。「まあ兎に角これで、才人の初月給ゲット…と。」目的の為に手段を選んでいないような気がしますが…まあよし。「…ねえケティ、何でそこまでして才人の初月給に拘るの?」「えっ?」不思議そうに訊ねてくるルイズに、私は内心少し慌てています。「えーと…先程話したではありませんか。 才人に初月給で弁償して貰う約束をしたと。」「うん、だから試してみたんだけど。 わたしに馬と馬具を買ってくれるって、殆どトントンになるじゃない?」そういやそれなりに勘は良いし頭も回るのですよね、ルイズ。最近すっかりアホの子モードだったので、気を抜き過ぎていましたか?「いや、それはルイズが欲しがるので、つい。 泣く子とルイズには勝てないといいますか…。」「本当に?」ルイズは鳶色の瞳で私をじーっと見つめています。「本当ですよ~。」「ふにゃ?」ルイズの目の前で指をぐるぐる回すと、指先を追って瞳がぐるぐると回り始めたのでした。「ぐるぐるぐるぐるぐるぐる~。」「ふにゃ~…あにするのよう~。」指先を追い続けて目を回すとか、貴方は仔猫ですかルイズ。「はぅん、可愛いですルイズ。」「ふにゃ~。」ふっふっふ、何はともあれ誤魔化すの成功。「ふにゃ~、才人が弁償するなら、わたしも付いて行くわよ~。」誤魔化せて無かったー!?あの闇市に、泥棒通りのあの悪所に公爵令嬢…掃き溜めに鶴とかいうレベルじゃねえぞ―なのですよ。