騎士団とは、専業の志願兵部隊志願兵であるが故に、指揮・錬度を常に高めに保っておく事が可能となるのです騎士団とは、爵位を持つ者で構成される部隊貴族が自ら志願し名誉と責任を負う事、それによって騎士団は団結します騎士団とは、時に国家の威信をも背負う部隊国家の象徴たるものをその名に刻む騎士団には、勝利し続ける事が求められるのです「わわわっ、なにこれなにこれ、胡散くさ~い♪」久々に泥棒通りの闇市に来てみたのですが…ついてきたルイズがおおはしゃぎなのです。「…意外と馴染んどるな。」「風景とルイズで持っているオーラが違いすぎて、違和感バリバリですけれどもね。 なんという掃き溜めに鶴状態。」しみじみと呟く才人に、私はゆっくりと頷きながら同意したのでした。はしゃいでいるルイズは可愛いのですがね、通りのどんより殺伐とした雰囲気に合わない合わない…。「いや、風景に馴染んでいないのはケティも似たようなものなんだが。」「…貴方の目は節穴ですか、才人?」私みたいなモブキャラ系は、大体どんな場所でも違和感無く馴染める筈なのです。地味な髪色に何処にでも居る顔、何処からともなく漂う普通オーラ…まさにモブ、何処から見てもモブ…フフフ、モブやらせて私の右に出るものがいるでしょうか、いや居ない。「最近どこかの誰かさんに貴族に関して教えてもらった限りでは、男爵家っていうのは貴族の中でもそこそこ良い家な筈なんだが? 俺から見りゃケティもお嬢様だよ。 しかも可愛いし、十分掃き溜めに鶴だな。」「ぬぅ…おだてても、手加減はしませんよ?」そういうおだてられ方をされたら、顔が赤くなるではありませんか…。「おだてて無いっての。 ケティはなんだかんだ言って育ちが良いから、ここの空気からは浮くって。」「それを言うなら、貴方だって日本の中流家庭で生まれ育っただけあって、育ちは良いのですが。 …って、ここの空気から浮いている度を競ってもしょうがありませんか。」ルイズが幾ら強いとは言え、水の秘薬等で眠らされたらどうにもなりませんし、しっかり見張っておかないと。「ねえケティケティ、これ何?何?」「おおルイズ、すんごいモノを握り締めていますね。 それ、何かの動物の雄の生殖器なのです。」あの店、何故だか古今東西の生き物の雄の生殖器の干物だけを揃えているのですよね。私も昔あの店で売っているものを聞いて真っ赤になった事があります。「雄の生殖器…? えっと、それってつまり…ふぎゃー!?」ルイズは思わず生殖器を放り投げたのでした。生殖器がくるくると宙を舞っています。「うわ、うちの売り物に何てことしやがる!?」「レビテーション。」このままだと揉めそうなので、ルイズの放り投げた生殖器をレビテーションで受け止めたのでした…手で受け止めるの嫌ですし。「お騒がせしてすいません。 お返ししますね…で、それは?」「…聞きたいのか?」店主、何故にそこでニヤリと笑いますか?「何だか、凄く嫌な予感がするので遠慮しておきます。」「そうか、残念だぜお嬢さん。」ええい、このセクハラ商店めが。「嫁入り前の清い身で、とんでもないものを触ってしまったわ…ごしごし。」「俺のパーカーで、あんな物触った手を拭くんじゃねえ!?」ルイズが謎の生き物の生殖器を触った手をパーカーに擦り付けたので、才人は悲鳴を上げたのでした。いやまあ、私も同じ事されたら全力で抗議しますね、うん。「ところでケティ、いったいどの店に向かっているの? …ごしごし。」「だから、拭くのをやめれ!」「もうちょっと行った所にある店です。 聖護符とかも売っていますよ。」才人がちょっと可哀相ですが、とばっちりに遭いたくないのでスルー。「何で聖護符が武器屋に…?」「いや、別に武器屋ではないのですよ、武器は売っていますが。 私たちがこれから行く店は、ロマリアからの横流し品を売る店なのです。」可愛らしく小首を傾げるルイズに答えを教えてあげると、案の定仰天したのでした。「ちょ、横流し品ですって!? そんな非合法なものを…もが。」「ここはそういう非合法品ばかりを取り扱う場所だから《闇市》と呼ばれているのです。 ついでに言うと、ここの人たちは騒がれるのが苦手ですから、お静かに。」そんな事を話ながら歩いていたら、いつもの店の前に着いたのでした。「どうも店主、お久し振りです。」「お、久し振りですな御嬢。 今日は何をお買い上げになりやすか?」店に並んでいるのは武器類などもあるのですが、聖護符やら司祭や司教や尼僧の服なんかも置いております…勿論、全部ロマリア本国からの横流し品なのです。「銃を見せていただけますか?」「今回入っているのは、これですな。」そう言って店主が取り出したのは…。「またこれですか…。」皆知ってるカラシニコフ、ゲリラ御用達のAK-47。しかも世界の紛争地域で大活躍な中国のノリンコ製、56式自動歩槍というやつなのです。「これ中国が作りまくって、世界中に安価にばら撒きましたからねー。 商会の倉庫にも既にどっさりありますが…幾らですか?」「4丁纏めて買って頂けるなら、一丁3エキューで構いやせんぜ。」激安…ロマリアの倉庫に溢れ返っているから、わざと流出させていませんか、これ?「買いましょう…これの弾薬は?」「箱丸々一つありやすけど、錆びていやすぜ?」あちゃー、拾うのが遅くて弾が錆びちゃいましたか…。でもまあ、錬金で錆を取れば何とかなりますね。「そっちは?」「じゃあ、1エキューでかまいやせん。 どうせ俺らに取っちゃゴミでさ。」錆びている7.62×39㎜弾は商会に頼んで、ラ・ロッタの工房に運ばせて修復させましょう。その方が、作るよりも楽ですし。「では、それは後で商会の方に運んで置いてくださいね、代金はあちらで請求なさいな。」「闇市の作法を、良くわかってらっしゃる。」先払いは不可というか、無かった事にされるのがここでのルールなのです。「掘り出し物は、ありますか?」「ふむ…これなんかどうで御座いましょう?」またまたこれは素敵なものを…。「な、何だこのでかい拳銃!?」「銃士隊が使っているものよりも小さいじゃない?」それはライフルなのですよ、ルイズ。「いやルイズ、アレは小銃だよ、こっちは拳銃。」「同じ鉄砲じゃない。」まあ、一般的なメイジの感覚としては、こんな感じでしょうね。「パイファー・ツェリスカとは、また色物を召還しましたねぇ…。 しかしこれを持って行かれた人、今頃涙目なのでしょうね。」パイファー・ツェリスカとは、オーストリアのパイファー社という会社が作った象撃ち用ライフル弾を使用するトンデモリボルバーの事。全長55㎝、重さ6㎏…こんなでかくて重い銃を普通に使う人なんていうのは当然居らず、趣味人用の完全受注生産品なのです。ちなみに、一丁200万円もします。「…弾は?」「ありやせん、それに装填されている分だけでさ。」一応、数発くらいは複製しておいて貰いますか、弾。とはいえ私じゃ持てませんし、撃ったとしても反動で立っていられない筈なのです。「才人、これ買ってください。」「え…これ!?」才人が嫌そうな顔で私を見たのでした。「だってこれ、使えなくね?」「風雅というものをわかっていませんね…こういうトンデモ銃は、飾って眺めてうっとりするのが良いのではありませんか。」これが私の部屋に飾ってある姿を想像すると…思わずうっとりします。「薄暗い部屋の暖炉の上にでかくて黒光りする実用性皆無な拳銃…私はそれを眺めつつ本を読み、そしてワイン。 ああ…なんて素敵な風景なのでしょう…ああ、さ・い・こ・う。」「女の子として、完全に間違った方向に走っているわよ、ケティ。」「つか、銃飾ってうっとりするのは、どう見ても風雅じゃねえ。」酷い事を言われているような気もします…うふ…うふふふふふのふ。「ささ、買ってくださいまし。」「おう…仕方がねえ。 いくらっすか?」才人はパーカーのポケットから、ガマ口財布を取り出したのでした。何時も何時も思うのですが、財布のチョイスが渋い…。「2000エキューで。」「この前のでかいライフルと一緒かよ。」この前のでかいライフル…というのは、PTRD1941通称デグチャレフ対戦車ライフルの事です。「そういや、あのでかいライフルどうなったんだ?」「当家領にて分解、解析中なのです。 報告によると、半年に一丁くらいで良いなら何とかなるのだとか。」銃士隊に配備されたら、魔法の射程距離を遥かに上回る距離から狙撃が出来る殆ど悪夢みたいな兵器と化しますが…。「半年に一丁って…。」「勿論、製作コストも激高でして、PTRD1941一丁を製作する手間とお金で、カルバリン砲が200門くらい作れちゃいます。」ぶっちゃけ、コスト的に割に合わないというのが現状なのですよね。魔法で作る限りは、これ以上の効率化は望めないでしょう。そして魔法抜きだとこの世界の技術は、鉄器時代の初歩程度。色々な技術の概念はありますから、基礎技術さえそろえばブレイクスルーは可能でしょうが、それでも現状まで持っていくのに最短でも一世紀近くはかかる筈なのです。「そりゃ、大砲作った方が安上がりだな。」「ええ、一発必中の砲一門よりも、百発一中の砲百門なのです。 戦いは数が物言う世界ですから、そんな特殊装備は後回しにした方が賢明でしょう。」一応、予備用含めて二丁発注されましたが、出来上がる頃には色んな事が既に終わっているでしょうね。「…んで、買うのか、買わないのか?」「買う買わないの前に、絶対的に金が足りねえ…。」家一軒普通に建ちますからねえ…。「御嬢、こいつひょっとして貧乏人ですかい?」「おや店主、サイト・ド・ヒラガを知りませんか?」私がそう言うと、店主は訝しげに才人を見たのでした。 「まさか、この薄らぼんやりしたのが、あのサイトーン・ド・ヒリガールだと?」「薄らぼんやりしているのは確かですが、やる時はやる男ですよ、才人は。」「ひでえ事言われているな、おい。」才人はがっくりと肩を落とし、ルイズにポンポンと肩を叩かれているのです。「そんな事言っても、その顔は変わらないから仕方が無いわ。」「ルイズにまで言われた!? 安西先生…イケメンになりたいです。」安西信行先生なら、イケメンに書いてくれるかもしれないですね、ええ。たぶん書いてくれませんが。「こいつがあの《4万殺しのド・ヒリガール》ねえ…。」「いやいやいや、ちょっと待て。 アルビオン軍の4万を蹴散らしたってだけで、皆殺しにはしてないんだが…。 斬ったのは、せいぜい千人ちょいってとこだぞ? 後、ヒリガールじゃなくて、ヒラガだよ、HI☆RA☆GA! りぴ~とあふたみ~?」自分の読み方直して貰う為に、草の根運動ですか…。あと《HI☆RA☆GA》やめい。 「千人ちょいを一人で斬り捨てている時点で、人としてかなり出鱈目な戦果なのですよ~。」「わたしが言うのもなんだけど、よく考えると無茶苦茶よね。」ルイズが私の言葉に同意して、うんうんと頷いていますが…確かにお前が言うな状態なのですよ。つーか、デルフリンガー頑丈過ぎなのです。四万の軍は才人の勢いで大混乱になった挙句、潰走したのでしょう。数を圧倒する質だなんて、戦争の常識的に悪夢そのものですからね。「ふーん…よし、200エキューにしてやる。」「いきなり十分の一かよ?」滅茶苦茶な値引きっぷりなのですね…。「おう、残りの1800エキューはあんたへの賄賂ってこった。 その代わり、俺の店に何か起きた時は頼むぜ?」「え…?いや…。」才人が私をチラチラ見ているのです…どうしようかって事ですか。「ここの店主はロマリアにとっては犯罪者ですが、ここはトリステインですしね。 犯している法は、露店を開く許可くらいですか。」「へ?露店って、開くのに許可居るの?」ルイズがびっくりして、私に聞き返してきたのでした。「勿論、要りますよ。 王城で半年に1エキュー支払って、露天商の許可を貰う必要があります。」「1エキューも払わないの?ずいぶんケチね。」ジト目で自分を睨みつけるルイズに、店主は苦笑いを浮かべます。「いやいや御嬢様、露天商の許可には何処の通りで売るのか、主にどういったものを売るのかというのを申請しなければいけないんでさ。 まさかうちが売るものを、おおっぴらにトリステインが許可するわけにはいかんで御座いましょう?」「あー…成る程。 まあ確かに、ロマリアからちょろまかしてきた物を売るとか、許可するわけには行かないわね。」 ルイズはぽりぽりと頬を掻いているのです。「ここはそういうものを流通させる為にある必要悪の治外法権地域なのです…好き好んで治外法権にしているわけじゃないらしいですが。 この泥棒通りでは例え殺されても死体が勝手に消えて事件になりませんし、勝手に露店を開いて盗品を売っても犯罪にはならないと、まあそういうわけで。」「意外とおっかない場所ね。 攻撃仕掛けてくるなら、速やかにぶっ飛ばすまでだけど。」むしろ暴漢が現れてくれ的な感じですね、わかります。「おし、じゃあ200エキューな…給料どころか、貯金まで無くなっちまった…トホホ。」「毎度あり。 それじゃ4万殺しの旦那、いざって時は頼みやすぜ?」二百エキューを受け取った店主が、ニヤリと笑ってパイファー・ツェリスカを才人に手渡したのでした。「だから、その大仰な二つ名はやめれっちゅうに。」「二つ名ってのは、たいてい大仰なもんでさ。」苦い表情を浮かべながらパイファー・ツェリスカを受け取る才人に、店主は曲者な笑顔を浮かべるのでした。「あと御嬢、こんなモンも入っていますが。」「ロケット弾…?」流石にこれはパッと見だけでは…って。「うーん…この字はアラビア文字ですかね?」ひょっとしてこれは、パレスティナ御用達のカッサム・ロケットでしょうか?アレの写真とか見た事が無いので、良くわかりませんが。「才人、ちょっとこれに触ってみてください。」「このロケットか? どれどれ…ええと、ハマスって何?」やっぱりですか…これまたすんごいモノが。パレスティナ人が怨念を込めて丁寧に作ったロケット弾で、主な効果はイスラエル人をイラッ☆とさせる事…時々まぐれ当たりして人が死んだりもしますが。射程10㎞ですがハンドメイド品なので、何処に飛んでいくかは風の吹くまま気の向くまま、着弾地点がさっぱりわからないのが玉に瑕なのです「レアですけど…危ないですよ、これ。」「危ない…と、申しますと?」まあ、これ見ても知識がなけりゃわかりませんよね。「取り扱いを間違えると爆発します。 とっても危険がデンジャラスです。」「…だから寄越せと?」ああ、私が吹っ掛けていると思っていますね?「いえ、危ないから即急にトリスタニアから持ち出して、何処かの谷底にでも投げ落として下さい。 信管のつくりがチャチなので、衝撃を受ければ結構簡単に爆発する筈なのです。」「…まさか、本当に危ない?」ううむ、ここの店主には同類だと思われているせいか、説得が難しいのですね。「本当に危ないですよ。 早いところ、何処かに捨ててきてください。」「わかりましたぜ。 今日の店が終わったら、適当な場所に捨てに出かける事にしまさぁ…こりゃ、大損だ。」店主、ドンマイ。中力粉と塩と水と、あと打ち粉として少量の薄力粉を器にかけてから、混ぜて混ぜて捏ねるべし、混ぜて混ぜて捏ねるべし!「うどんとはッ!パァゥワァァァァァァ!」「ええと、ケティ…サイト様の好きなものって、こんな力を込めて作るものなの?」私の級友であるクロエ・ド・エノーが、ちょっと引いた表情で私を見ているのです。「はぁ…才人が食べたがりそうなものを教えてと言って来たのは貴方ではありませんか、クロエ?」「焼き菓子か何かを作ろうと思ったのだけれども…このうどんって、なんなの?」関東人の才人の場合、蕎麦の方が好きそうなのですが、今回は蕎麦粉を用意していないので、うどん。まあ私が蕎麦よりもうどん派だというのもありますが。「麺料理という!東方の料理なのですよ! スープに!入れて食べる!才人の故郷の料理です! もっとも!スープの材料が!手に入らないので!それはこちらで!作れるもので!間に合わせますがっ!」鰹節も昆布も無いし、何より醤油が無いので鶏ガラスープに入れる事になりますが、試しに食べてみたらあれはあれで乙でしたし何とかなります。「そ、それにしても、凄く力を使う料理なのね。」「力を使うというよりも!私が非力なのが!原因なのですっ…っと。 よし、これで第一段階終了。」次は羊の皮で作られた袋に打ち粉を入れてくっつかないようにして、ある程度捏ねたうどんタネを放り込み、ぎゅっと口を絞ります。「さ、ここからがクロエの出番なのです。 己の全体重を駆使して、これを踏んでください。」「踏むのっ!?」クロエがびっくりしていますが、足踏みやらないとうどんのコシは出ませんからねえ。「踏むとはいっても、丁寧に、丁寧に、愛情を込めて均等に伸ばすように踏むのです。 グルテン同士をくっつかせて、密度を上げて、うどんを噛んだ時に素敵なコシがありますようにと祈りながら。」「祈るの?祈りながら踏むの? 何?何なの?この儀式?」頭の上にはてなマークを浮かべながら、クロエはうどんを踏み続けます。そんな足捏ねをしては丸め、足捏ねをしては丸めを3回ほど繰り返し、2時間ほど寝かせてから最後に足で踏んでうどんを延ばしたものを台の上に乗せたのでした。「ふっふっふ、伸ばし工程なわけですが…。」よく足捏ねされたうどんはコシが凄まじい為、ぶっちゃけ全体重をかけながらでないと、上手く延ばせません。「ふんんにゅにゅにゅにゅにゅ!」「ケティ、頑張って!」真ん中から徐々に延ばして、延ばして…。「にゅにゅにゅにゅにゅにゅ!」「がんばれー。」延ばして、延ばして、伸ばして…。「にゅにゅにゅにゅにゅにゅにゅ!」「あら、この鶏ガラスープ、さっぱりしてて美味しい!」伸ばしてのば…。「つまみ食い禁止!」「ちぇー。」全く、油断も隙もない…。ちなみにうどんを延ばす時は、徐々に四角形っぽく広げていくのがコツなのです。「よし、あとは切るだけなのですね。」「おおお~。」たっぷり打ち粉をかけて、畳んで畳んで、包丁で切るべし、切るべし。「完成です!」うどん完成!いやー、やれば出来るものなのです…明日は全身筋肉痛でしょうけれどもね。それにしても、疲れのせいで全身がだる重い…。「おお、やったわねケティ。 私がやったの踏む事だけだけど。」「それがないと、うどんはうどん足り得ません。 クロエはいわばうどんに魂を吹き込んだのですよ。」普段使わない筋肉を、全力全開で駆使しましたからねえ。男手があれば良かったのですが、才人に食べさせてあげるうどんを男の人に延ばしてもらうというのもアレですし。「私はうどんを茹でていますから、才人を呼んで来て貰えますか? そこそこ量もあるので、何人かついて来ても構いません。」「ええ!?才人様以外にもあげるの?」クロエはびっくりしていますが…。「まずルイズが確実について来ます。 珍しい食べ物という事で、ギーシュ様もついてくるかもしれません。 ギーシュ様がついてくると、モンモランシーも来ます。」その時、ちょいちょいと制服の背中が引っ張られたのでした。「タバサが…既に来ていましたか。」「ん。」鶏ガラスープの匂いに釣られてきましたね…。「じゅる…。」タバサはじーっと鶏ガラスープの方を眺めています。「えーと、鶏ガラスープはまだ飲んじゃ駄目ですよ。」「…残念。」心なしか、タバサの表情がしょぼ~んとした感じになったのでした。 「ケティ、サイト様を連れて来たわよ。」才人を呼びに行っていたクロエが、戻って来たのでした。「ちーっす、うお良い匂い。」「見事にわたしを無視したわね、この一年生…。」ルイズが向ける怒気を完全無欠にスルー…やりますねクロエ。「で、何でタバサがハシバミ草を食んでんだ?」「もしゃもしゃ…。」テーブルに座って一心不乱に皿に山盛りになったハシバミ草サラダを食べている自分を見て首を傾げる才人に、タバサがくいっと顔を向けます。「…食べる?」「結構でございます。」悶絶するほど苦い生のハシバミ草を美味しい美味しいと食べられるのは、ハルケギニアではたぶんタバサだけなのです。「うどんを食べる前のスペシャルメニューですけど、ルイズはいかがですか?」「出したら絶交よ。」タバサが本気で食べ始めたら、この程度の量のうどんなんて瞬時に無くなりますから、とりあえず腹ごなしという事で。「…本当に、見た感じはうどんそのものだな。」才人の前に出されたうどんを見て、才人はポツリとそう言ったのでした。「食感もうどんそのものですよ。 醤油が無いので、スープの味までは再現出来ませんでしたが。」しょっつる使うと、臭いが強過ぎるのですよね…タルブから取り寄せましたが、慣れない人にアレはお勧め出来ません。矢張り大豆が無いと、色々無理なのですね。例え大豆があっても、土壌に根粒菌が無いと育ちませんけれども。「鶏ガラスープなのか。 なんか、ラーメンっぽいな。」「ハーブを駆使して、さっぱりした味には仕上げましたよ。 まあ、今回は麺を楽しむという事で。」私はそこそこ気に入ったのですが、さて才人が気に入るのか…?「おお…うどんだ。 スープも鶏の出汁が効いてるのに、あまり違和感ねえのがすげえな。」うどんを口の中に啜り込んだ才人が、感激した表情でそう呟いたのでした。鶏の臭いがし過ぎないように、ハーブ等で抑えてみたのが上手くいきましたか。「ちなみに、うどんの麺を作ったのは、今才人たちを連れてきたクロエです。」そう言いながら、私はクロエの肩を叩いたのでした。「え?で、でも、私やったのって、踏んだだけ…。」「先程も言ったでしょう、うどんにおいて一番大切なのはその工程だと。」作りたいと言ったのもクロエならば、工程の大半の時間で一生懸命踏んでくれていたのもクロエですから、麺を作ってくれたのはクロエなのです。「美味いぜクロエ、ありがとな。」「あ、は、はい!」顔を真っ赤にして俯くとか、乙女ではありませんか。「くぅーっ…クロエ、可愛い~。」「ちょ、ちょっと、ケティ!?」ああ、矢張り恥らう乙女は美しいっ。「…ケティ、ケティ。」「おやルイズ、何ですか?」ルイズにマントをちょいちょぃと引っ張られたのでした。「あの娘、サイトの事好きなの?」「憧れって感じですかね? ま…思春期にはよくある話なのです。」アイドルにキャーキャー言っているのと、大して変わり無いのです。擬似恋愛って奴ですよ、ええ。「れ…冷静ね、ケティ。」「彼女はエノー家の一人娘ですからね。」「成る程ね…。」ルイズは納得したといった具合にコクリと頷いたのでした。クロエは調べていないから相手が誰だか知りませんが、ガリアの名家から入り婿が来る予定なのです。「許婚がいる身で、他の男に色目使うってどうなのよ?」「そんなの、この学院には幾らでもある話ではありませんか。 いちいち気にしていたら、胃に穴が開きますよ?」魔法学院は貴族の子弟が青春という名のモラトリアムを楽しむ場ですから、擬似恋愛くらいは多めに見ない…と?「サイト様サイト様、私が食べさせて差し上げますわ。」「いいっ!? いや、ちょ、一人で食えるって。」をう、クロエってば意外と大胆なのですね。「あれってアリ? わたしは今からサイトを殴りに行こうかと思ってんだけど。」「よく見れば才人困っていますから、ここから生暖かい目で見つめ続ける方が楽しいと思いますよ?」おー…困ってる困ってる。ルイズが見ている前で他の女の子に食べさせてもらうとか、どう考えても死亡フラグですし。「そうですの…? ミス・ヴァリエールの視線なんか、気にしなくても良いのに。」「気にして下さい、ついでに私ども使用人の視線もっ!」二人の間にシエスタが割って入ったのでした。ちなみにここは学院食堂の厨房であり、本来は使用人たちの領域なのです。「あら、殿方と話すのに、いちいち使用人の視線を気にする必要があるだなんて、知らなかったわ。」「私(わたくし)、シエスタは、サイト・ド・ヒラガ卿専属のメイドで御座います。 私には貴族になって間もない主が、行きずりの恋などに惑ったりしないようにしっかり管理する義務もありますの。」マルトーさんにうどんの作り方と味を見せる代わりに、貸してもらったのでした。マルトーさんも味皇様の弟子だった筈なのですが、うどんの作り方は伝えて貰えなかったのでしょうか…?「あらあら、それは大変ね。 でも気にする事は無いわ、行きずりの恋が駄目だというなら結婚を前提にした本気の恋でも構いませんもの。」「な、なななななっ!?」醤油も鰹節も昆布も無い状況では、仕方が無かったとも言えますが。実際に私が作ったスープも、うどんにわりと合うってだけでうどん用の汁には程遠いですし。「ミス・ロッタも、面白がって傍観していないで止めて下さい!」「およ、怒られましたか。 まあそんなわけでクロエ、その程度にして置いてあげてください。 現実に引き戻すようで悪いですが、才人をエノー家の入り婿にする事は出来ませんよ?」姫様的には《ド・ヒラガ》の家名は残したいでしょうし。まあ…その点に関しては、ルイズの場合も後々問題になってきそうではありますけれども。「うーん、それは残念。 ではサイト様、また今度。」「お、おう。」クロエは才人にクスリと笑いかけてから、私の方を見て笑ったのでした…悪かったですね、意気地なしで。「《水精霊騎士団》(オンディーヌ)、整列!」学院内での第一次募集も終わり、水精霊騎士団(オンディーヌ)の主なメンバーが揃ったのでした。「しっかし全員上級貴族の子弟とか、滅茶苦茶打たれ弱そうな騎士団ね。」演壇の上から腕組みして整列する騎士団員達を見下ろしつつ、ルイズがボソッと呟いたのです。「上級貴族の中でも極めつけの上級貴族出身である貴方がそれを言いますか、ルイズ?」「わかっているわよ、わたしだって最初の頃は口ほど打たれ強くなかったもの。 要するにわたしの家を使ってでも逃げられないように雁字搦めにした上で、死なない程度に加減して徹底的に鍛えりゃいいんでしょ?」むすっとした顔のまま、ルイズはそう返してきたのでした。「おや、ルイズが家を使うとか始めて聞いたのです。」「自分の為なら家を盾に脅すとか、そういう事は誇りにかけても絶対にしないわよ。 でも、今回の件は騎士団員の命に関わる話でしょ? どーせ結構な数の団員がヘタレて、抜けようだなんて甘っちょろい事考えるでしょうしね。 当家にはそういう甘い考えが大嫌いな人が居るから、ラ・ヴァリエール家経由で圧力をかけるのは割とたやすく了承される筈よ。」あー…烈風カリンあたりは、そういうの大嫌いでしょうねえ。ま、そういうのは死んだ魚みたいな目みたいになるまで鍛えてあげた方が、両親も喜ぶでしょう。「いっそ、《無断で団を脱する事許さず、背けば斬首に処す》とか、団規を作りますか?」「いいわねそれ。」新撰組の局中法度をパクってみましたが、内容の厳しさがルイズ好みだったのか快い承諾が帰ってきたのでした。「あ、あのぅ…ラ・ヴァリエール副団長にラ・ロッタ副団長補佐代理心得、勝手に騎士団の規律を決めないでくれないかね?」団長に就任したギーシュが、おずおずと私達に声をかけてきたのでした。ちなみに私の副団長補佐代理心得は、才人たちに何か役職をつけてくれと頼まれて、仕方なくつけたものなのです。「グラモン団長、何か文句あんの?」「いえ、無いですハイ。 レイナール君、団規に《無断で団を脱する事許さず、背けば斬首に処す》と付け加えてくれたまえ。」ルイズの視線に一瞬で敗北したギーシュが、そう言ったのでした。「はい、わかりました。 《無断で団を脱する事許さず、背けば斬首に処す》っと。」ギーシュのいう通りに団規を追記しているのは書記のレイナール・ド・コルナス伯爵公子、物凄く美味しい赤ワインが名産であるド・コルナス領主の息子さんなのです。是非とも仲良くなって、ワインを譲ってもらわねば…そこ、酒だけかとか言わない。「グラモン団長弱っ!」「弱…ってヒラガ副団長、君はラ・ヴァリエール副団長とラ・ロッタ副団長補佐代理心得に逆らえるのかねっ!?」「俺がルイズとケティの言う事に逆らえるわけが無いじゃん。 お前は何を言っているんだと。」何故にそんな情けない事を堂々と言うのですか、才人…。「例え、ルイズを何とか言い負かせたとしてだぞ…あのケティに口で勝とうってのか? ケティとの口論で勝てとか言われるんなら、アルビオンの時の倍と一人で戦えと言われた方がまだ勝算があって気が楽だぞ。」「ああ…いやまあ、うん、それはそうかもしれないが。」二人とも酷い事を言っていませんか?「無駄な戦いはしないに限る。 常勝の軍は、勝算の無い戦いはしないもんだって、ケティが言ってたぜ?」「それがわかっていて、何故に《団長弱っ!?》とか口走るのかね、君は?」こめかみをピクピクいわせながら、ギーシュが才人に聞き返します。「フッ…それでも言わずにいられない時があるんだよ、男ってのはさ。 人間誰しも自分はさておき、人の事は言いたくなるものじゃん?」「そんな格好悪い事を格好良く言ったって、僕は誤魔化されるもんかぁぁぁぁっ!」ギーシュが泣きながら才人に殴りかかったのでした。「おー…じゃれてるじゃれてる。」「男同士のスキンシップって奴よね、あれ。」殿方は殴り合って親睦を深める生き物…ってわけでもないのですが、まあアレで不思議と仲悪くなったりしませんし、放って置きましょう。「あの…ラ・ロッタ副団長補佐代理心得、どうしましょうか?」レイナールが、何故か私に訊ねてきたのでした。「コルナス書記、何故に私に聞きますか。 ラ・ヴァリエール副団長に聞かれては?」「ああいえ、ラ・ヴァリエール副団長に先程尋ねたら、《わたしの考えはラ・ロッタ副団長補佐代理心得の考えだから、彼女に指示を仰ぎなさい》って…。」なんという豪快な丸投げ…私がいる限りは、考えるの止めてますねルイズ?「…じゃあ、殴り合っている団長と副団長は放って置いて、訓示とかやっちゃいますか?」「えっ!?ええと、それ勝手にやっちゃっていいんですか?」レイナールはびっくりしています。「いえ、全然全く欠片も良くありませんが、殴りあいながら訓示は出来ませんから。 …ってェわけで、ルイズ頑張って下さい。」私はそう言って、ルイズの方をポンポンと叩きます。「え?ケティがやってくれるんじゃないの?」「いや、副団長補佐代理心得なんて、わけのわからない肩書きの人間が訓辞を行ったら、いよいよもってカオス過ぎるでしょう。」どんな騎士団ですか、それは。「副団長なら、まあまだ何とか団長の代理として顔が立ちます。 ついでに言えば、ヴァリエール家なら箔もつくでしょうし。」「話下手な私が訓示とか、どんな罰ゲームなのよ…。」ぶつくさと文句を言いながら、ルイズは《拡声》の魔法を自分にかけたのでした。「えー…あー…水精霊騎士団の召集に応じてやってきてくれた猛者達よ!」おお、結構まともな訓辞が始まったのですね。「我々水精霊騎士団は水のトリステインを象徴する名をつけられた騎士団でありながら、一旦不名誉な事件と共に消滅した騎士団よ。 よって我々はその不名誉を雪ぎ、名誉を積み重ね、水のトリステインにとって名誉ある位置に登りつめねばならないの。 そしてその崇高なる任務は貴官らの頑張りにかかっているのよ!」ルイズってば、やろうと思えばまともな訓辞が出来るじゃあありませんか、見直したのです。「だから、私達はバーッと頑張って、ガーッと敵を倒して、キラキラッと輝ける騎士団になるの!」ああっ、やっぱり長嶋語になった~。この後、水精霊騎士団は、擬音交じりの訓示を延々30分くらい聞く羽目になったのでした…。ルイズのボキャブラリー、どうにか増やさなきゃいけませんね。