「皆さんは二年生となりました。」ヴェストリの広場にて、火の魔法を担当しているアンヌ・ド・ピスルー・デイリー先生が、そう一言。「わお、いつの間にやら二年生になっていたのですよ。」「ケティはお城や騎士団の仕事が忙しいものね。」ジェラルディンがそう言って、私に少し同情の視線を向けたのでした。姫様の仕事やら騎士団のアレコレやら、確かに16歳の乙女がやるこっちゃ無いのです。「ああ、自分で首を突っ込んだとはいえ、たかだか3年間のモラトリアムさえままならないとは…。」「ま、頑張んなさい。 私はケティが灰色の青春送っている間に、私はいい男見つけて青春するわ。」頑張って下さいね。あとたったの2年しかないのですよ、クロエ。私は見守っていますよ、勿論見守るだけでなーんにもしてあげませんが。「そこ、私語をしない!」デイリー先生が杖を振ってそう言うと同時に、パァンという爆竹の破裂音みたいなのが私たちの眼前で響いたのでした。『うひゃあ!?』あう…あう…耳が、耳が。爆竹程度の小規模な爆発を起こし、大きな破裂音を発生させる魔法のようですが…『私語をしない』が、発動ワードですか。流石は先生というか、対私語制裁専用魔法なのですか…問題は、叱る対象以外も耳を押さえて悶絶しているという事でしょうか。範囲が下手に広い分、叱られた対象がとばっちりを食らった生徒からも恨まれるという…楽しい学生生活を送れなくなるのはまずいですから、黙りましょう。「今日は、皆さんお待ちかねの使い魔召喚の儀です。 では皆さん、準備を始め次第召喚をはじめなさい。」さて、では私もさっそく使い魔を召喚するとしますか。まあ心配しなくても、例の悪夢のようにランランルーやら鬼畜王やらが出てくる事は無いでしょう。さあ、魔方陣を書いて…と。「我が名はケティ! 五つの力を司るペンタゴン。 我の運命に従いし使い魔を召喚せよ!」 私の前に召喚の門が開き、現れたのは…。「しゃぎゃー。」「おやまあ…。」全長10メイルほどある飛行特化型の亜竜…その昔、学院長がフルボッコにされて危うく死ぬ所をダンボール好きな伝説の傭兵に助けられた話に、敵として出て来たワイバーンですね。亜竜は竜の下等種であり、竜よりはそこそこ多い幻獣ですが、おおむねレアな生き物ではあります。飛行に特化した亜竜なだけあって飛行能力は高いのですが、竜の中でも割とおとなしい風竜と違い、ワイバーンは火竜並みに獰猛な事で有名な種族です。とは言え、群れで生活するせいか知能やコミュニケーション能力は割と高く、また竜と違って火のブレスは吐けません。ちなみに姿は、昔見たケツァルコアトリスとかいう翼竜にそっくりなのです。「我が名はケティ…五つの力を司るペンタゴン…この者に祝福を与え、我の使い魔となせ」それでは私の可愛い使い魔にキ…ス?何でしょう、このぬちゃっと感は?「何していやがりますか、貴方は?」「しゃぎゃ?」私の上半身を口の中にぱくっと入れやがりましたよ、この飛竜。おかげでキスをしたのは口ではなく、舌…まあ、コントラクト・サーヴァントはどこに触れようが契約は成立するらしいので、どうでもいいのですが。「契約が成立しなかったら、これ幸いと私をそのまま食らうつもりでしたね?」「しゃぎゃぎゃ。」そっぽ向いてしらばっくれるつもりですか、そうですか。「言っておきますが、当家の家訓の一つには《仇には惨たらしい死を》という条項があるのです。 水の秘薬で死に難くした上で生きたまま解剖されたくないのであれば、そういう悪ふざけは止めておきなさい…良いですね?」「しゃぎゃ!?」ワイバーンはガタガタ震え始めたのでした。ラ・ロッタ領は一族の繋がりが滅茶苦茶濃いですからね…基本のほほんとした当家にも、物騒な家訓の一つくらいはあるのですよ。「ガタガタガタ。」「ブルブルブル。」…はて、何故に周囲の生徒や使い魔まで震えているのやら?「…良いですね?」「しゃぎゃ、しゃぎゃ。」ワイバーンはコクコクと縦に首を振ったのでした。初めから、そうやって素直に頷けばいいのです。「では、貴方に名前を与えなくてはいけませんね。 じー…。」「しゃぎゃ。」何故かワイバーンが口を開け、さっきキスしてしまった舌が見えます。アレはネチョっと来ました…。「じゃあ、ぺロ。」「ケティ。」ポンポンと肩を叩かれたので振りかえると、クロエとジェラルディンが居ます。「そのネーミングは、無いわ。」「無いわね。」クロエの言葉にジェラルディンもコクコクと頷いています。「…じゃあ、フェリックス(タマ)で。」「猫じゃないんだから。」ジェラルディンが首を横に振っているのです。「私の使い魔はこの鷲よ。 名前はフレースヴェルグ。」「おおう、風の神様なのですか。」ジェラルディンの肩にとまる鷲…頭が白いとか、何でハクトウワシ召喚しているのですか。この世界のアメリカ大陸相当な場所から召喚したのでしょうが、これまたこっそり凄いものを。「それはそれとして…肩、痛くありませんか?」「…実は爪が軽く突き刺さっていて結構痛いのだけれども、良いわ。 そんな事よりも嬉しいもの。」ジェラルディン、何と雄々しい事を。「私はこの子。」そう言って、クロエが差し出したのは…。『しゃー。』ぶっとい胴体に9つの首を持ち、切ればどんどん生えてくる事で有名な幻獣ヒドラなのですよ。もっとも幼生なのか、1メイルありませんが。「ええと…どれとキスしたのですか?」「さあ…?」わしゃわしゃ…どれがどれなのやら?脳は胴体にあり、首の部分は目と口の機能しか無いみたいなので、どれでも良いっちゃ良いのですが。「そういえば、首を切り落としてもどんどん生えてくるという事は…いざって時の非常食に出来ますね…。」「しゃ!?」蛇も調理次第で意外といけますよ、はい。なぜかハルケギニアにある生姜で臭みを消しつつ鶏肉や茸や野菜と一緒に煮込めば、結構美味しいスープの具になりますし。「しゃ、しゃー…。」「怯えるから、私の使い魔を食欲全開の目で見ないで。 あと、ヒドラの首に対してそういう反応が返ってくるとは予想外だったわ…。」クロエからのじとーっとした視線が痛いのですよ…。「おおっと、すいません。 …ところで、この子の名前は?」「エルキュールよ。」ヒドラにエルキュール(ヘラクレス)とか、どう見ても天敵の名前なのです。「ケティも、もう少し名前を捻りなさい。」「そうは言われましても…。」ネーミングセンスには、昔から自信が…。「プリッシュ(ぬいぐるみ)。」「どこがどう縫い包みなのよ…。」「こんな縫い包みがあったら、子供が泣くわ。」駄目ですか…。「ああもうじゃあ、スブティルで。 うん、これでよし。」ピッタリなのですよ、うん。「狡猾(スブティル)とか、何気に酷いわね。」「いやいや、名目上は利発(スブティル)なのですよ。」人の隙をついて上半身パックンチョしやがりましたし、狡猾(スブティル)でぴったりだと断言します。「そんなわけでよろしく、スブティル。」「しゃぎゃ。」スブティルは、大きな頭をぶんぶんと振って応えてくれたのでした。「…というわけで、この子がスブティルなのです。」「しゃぎゃ。」放課後、騎士団の面々にスブティルを見せに来たのでした。「きょ、恐竜!?」才人が目を輝かせています。良いですよね、恐竜は男のロマンですものね、わかります。「いいえ、ワイバーンなのです。」確かに図鑑や博物館に乗っていそうな生き物ですが、あちらは早くても時速50~60㎞なのに対し、こちらは全力を出せば時速400㎞くらいは出せます。何だかんだで竜の眷族なのですよ。「これがワイバーン…タバサのシルフィードみたいに、乗れるのよね? わくわく、わくわく。」ルイズは乗る気満々なのですね…あと、口で『わくわく』言うとか、ア○レちゃんですか貴方は。「シルフィードみたいにぎゅうぎゅう詰めで乗って、更に口に大モグラ咥えても全然平気という風にはいきませんが、3~4人なら行けますよ。」「大きいのに、意外と少ないのね。」ルイズはそう言いますが…地球の生物的には無茶でもファンタジー世界的にはなんとかありな生き物と、ファンタジー世界でも規格外な生物の差というのは凄まじいものがあります。特にシルフィードみたいな韻竜ともなると、もはや絶望的な格差なのです。風韻竜であるシルフィードには、風竜としての強力な風の精霊の加護の上に、先住魔法の行使者としての力もあるので倍率ドン。幼生にもかかわらず巡航速度で零式艦戦(ゼロセン)の最大速力に匹敵します。全力出せば時速700㎞近くは出せる筈…伝承で聞いた話から推察するに、成体になると超音速巡航(スーパークルーズ)が出来るらしいデタラメ生物の風韻竜としてはまだまだですが、存在そのものが反則級なのですよ。「竜と亜竜の間には、深くて暗い川があるのです。 残念な話ですが、ワイバーンでは風竜にはありとあらゆる点で敵いません。」「妙な例えだけど、何となくわかったわ。」分かってもらえてよかったのです。「もう、飛んだ?」タバサがスブティルをぺたぺた触りながら、私に訊ねて来ます。「いいえ、シルフィードと違って風の精霊に守られているわけでは無いので、この恰好のまま飛んだら凍えてしまいます。」「残念。」風竜は風の精霊の加護で人が乗っている個所を防護する事が出来ますが、竜である風竜と違って亜竜であるワイバーンにはそこまで強力な風の加護はありませんから…何せゆっくり飛んでも時速100㎞近くは出るので、冬に不用意に普段着でバイクに乗って寒過ぎて酷い目にあう人みたいな感じになります。「用意が出来たら、今度一緒に飛びましょう。」「ん。シルフィードも喜ぶ。」シルフィードからすると、わりとゆっくりめな空中散歩になるとは思います。とはいえ、この学院には一緒に飛べる生き物はあまりいませんからね。「ねえ、この子…。」「何かの薬の実験台にしようとするのであれば、ロビンを躊躇い無くスブティルの口の中に放り込みますから、そのつもりで。」モンモランシーが顔を輝かせながら何かを言おうとしたので、取り敢えず予防線を張っておきました。「ゲッ…ま、まさか、そんな事を言ったりはしないわよ。」「今、『ゲッ』とか言いましたよね?確かに聞きました。」確かにワイバーンは珍しいですが、可愛い使い魔を実験台にさせたりはしないのですよ。「いやまあ、確かに薬関係ではあるけれども…。 薬の材料にしたいから、数滴血を取らせてもらえないかなーって。 ほら、竜族の血って薬の材料の一つだから。 タバサにシルフィードの血が欲しいって頼んだけど、無言で首を横に振られちゃったから…。」シルフィードの血なんか使ったら、韻竜だって一発でばれるでしょうからね。タバサが断るのも当たり前でしょう。「まあ、数滴くらいなら、構いませんよ。」その程度なら、何の問題も無いでしょうし。「ありがとうケティ、やっぱり持つものは親友よね!」「むぎゅ…。」ああ、やはり胸が薄いのですね、モンモランシー。「しゃぎゃ…。」「ぎゅっ!?」「な…何故僕のヴェルダンデを食欲全開な目で見るのかね?」ギーシュの大モグラがスブティルに狙われています。ああ、そう言えばまだ餌をあげていませんでしたね。ちなみにワイバーンは肉食性の強い雑食であり、羊くらいまでの大きさの生き物ならひと飲みにしてしまいます。「あとでたっぷり肉あげますから、学院内にいる生き物を食べないように。」「しゃぎゃ♪」やれやれ…学院から生徒が徐々に消えて行ったりしたら困りますからね。「しかし…頭でかいわね。」「あはは、それは確かに。」スブティルを見上げるジゼル姉さまは、ぽかんと口を開けているのです。まあ頭だけで3メイル、これだけ大きいと私の体がほぼ全てすっぽりと口の中に入ってしまいます。「しゃぎゃ。」「ぎゃー、御主人様の言った事聞かないのかこいつ!?」ポカーンとしているジゼル姉さまに何故か近づいてきていたマリコルヌを、スブティルが嘴で咥えあげていますが…。マリコルヌの事だから、何か良からぬ事を考えていたので問題無しなのです。「ああスブティル、マリコルヌなんか食べたら変態を拗らせますよ。 やめるのです。」「しゃぎゃ。」「僕を食べたら変態拗らせるとか、酷い!? だ が そ れ が 良 い !」相変わらず処置無しですね。「スブティル、今すぐその変態を何処かに放り捨てなさい。 出来れば事象の地平の彼方へ。」「しゃぎゃ!」私の命令を聞いて、スブティルは首をブンと振りマリコルヌを放り投げ捨てました。「あひゃあああああああああぁぁぁぁぁぁ…。」悲鳴を上げながら、マリコルヌは虚空へと消えたのですが…まあ、しばらくしたら何事もなく変態しているでしょう。「…変態は滅びました。」「しゃぎゃ、しゃぎゃ。」ワイバーンなのに合の手入れるとはやりますね、スブティル。「ケティの使い魔の事はわかったんだが…。」「さっきから厩舎の壁でカチンコチンに固まってこっち見ている新入生、誰? 男子の制服着ているけど、顔は女の子みたいだし。」才人とルイズが不思議そうに尋ねてきたのでした。そういえば、紹介しようと思って連れてきていましたね。「おお、そうでした。 アルマン、おいでおいで~。」「あ、はい、ケティ姉さま。」私の呼びかけにてくてくと歩み寄ってくる栗色の髪とジゼル姉さまに似た印象の顔をした華奢な体躯の少年…今年入学したのですよね、アルマン。「この子はアルマン。 ラ・ロッタ家の嫡子です。」「皆様お初にお目にかかります、アルマン・ド・ラ・ロッタです。 姉がいつもお世話になっております。」そう言って、アルマンは緊張しながらも優雅にさっと礼をして見せたのでした。「おう、よろしく。」「よ、宜しくお願いします。」おー、アルマンてば、才人に緊張しているのです。「…ケティ、お前の弟何でこんなに緊張してんの?」「才人…貴方は現在、このトリステインきっての英雄なのですよ? 私にとっては、着替え中にノックもせずに入ってくるエロ使い魔だとしても、この子にとっては凄い人なのです。」最近はさすがに学習したのか、ノックしてから入ってきてくれるようになりましたが。「ケティ姉さまの着替えを…。」アルマンの才人に向ける視線が、直後にじとーっとしたものに変化したのでした。「ちょ、ケティおま、弟の視線が軽蔑の籠った物に変わったぞ!? つか、最近はきちんとノックするようにしているだろ!」「おほほほ!嫌な思い出というのは、印象として残りやすいものなのですよ。 それにそのくらいの方が、緊張せずに話せて良いでしょう?」緊張を程好く抜く、ジョークという事で。「緊張感どころか、むしろ虫ケラを見る目つきになっただろうが!」「ケティの着替えを除くようなバカ犬には、虫ケラを見る目つきで十分よ。」犬なのか虫なのか、どっちなのでしょうかルイズ?「んでもって、私がこのバカ犬の主人。 ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールよ、よろしくね。」「この人が、手加減一発岩をも砕くルイズさん…。」うわ、それをここでつぶやきますか、アルマン。「ケティ、あんた人の事を弟にどうやって話していんのよ?」「いやでも、実際事実じゃ…げふぅ!」ツッ込もうとした才人を裏拳一発で沈めて、ルイズが私に尋ねます。「…この光景から、アルマンにどういう説明をしろと?」「え?ええと、優しく御淑やかなとても貴族らしい貴族のお姉さんだって言えば良いじゃない?」『優しく御淑やかなとても貴族らしい貴族のお姉さん』が使い魔を裏拳一発で沈める世界って、どうなんでしょう?私はそういうのは普通、手加減一発岩をも砕く存在だと感じるのですが。「だそうですアルマン。 納得しなさい…この世の中にはどうにもならない不条理もあるのです。」「ハイ姉サマ、納得シマシタ。」カクカクしたぎこちない動きで、アルマンはこくこくと頷いたのでした。人生釈然としない事があっても、曖昧にしておいたままな方が良い事というのは沢山あるものなのです。「何か、釈然としない…ギーシュも挨拶しなさいよ?」「やあアルマン君。 僕の名はギーシュ・ド・グラモン、水精霊騎士団の団長をやっている。 以後お見知り置きを。」ルイズに促されて、ギーシュがにこやかに挨拶したのでした。「ああ、ジゼル姉さまの手紙に書いてあったタラシの偽王子…。」「た、タラシの偽王子…?。」アルマンの言葉に、ギーシュが固まったのでした。「おほほほほほほほ!」ちなみに、アルマンの後ろでジゼル姉さまが意地悪そうに笑っています。未だに根に持っているのですか、ジゼル姉さま。「ちなみにギーシュ、アルマンはこう見えてもれっきとした男の子だからね。 ナンパしちゃ駄目よ?」「そのくらいわかるよ! 僕にそっちの趣味は無いから、安心したまえ。」ジゼル姉さま系の顔って、女につくと男っぽく、男につくと女っぽく見えるのですよね…どっちみち美形なのですが。…何故に私は、狸系の丸顔なのでしょう?「アルマン君、私はモンモランシー・マルガリタ・ラ・フェール・ド・モンモランシ、宜しくね。」「モンモランシー先輩って、あの畑を謎の密林に変えた…。」一年生にも既に伝わっていますか、あの話。たぶん、やっちゃいけない事として教えられているのでしょうね。モンモランシーのマッド水メイジ伝説は、今後も学院の伝説として伝わっていくのでしょう…あの変な密林と一緒に。「はう…もうあの話が一年生の間に。 ちなみに私は回復系の水の秘薬なら安心とも言われているから、傷ついた時や疲労困憊な時には言って頂戴。 特別に安く売ってあげるから、その代りモンモランシー先輩は良い人ですよーって宣伝してね。」「あはははは、わかりました。」アルマンは笑って頷いたのでした。「そういえば姉さま、うちのクラスに凄い人が入ってきたよ。 ベアトリス・イヴォンヌ・フォン・クルデンホルフって言って、クルデンホルフ大公国のお姫様。」「なんとまあ、ベアトリス様と一緒のクラスになったのですか。」まさか、アルマンと一緒のクラスになるとは。これは、何かに利用出来るかも知れませんね…。