舞踏会、それは飲んだり食ったりしたついでに踊る会そんなに優雅なもんじゃあないのですよ、みんな手掴みでくっちゃくっちゃ言わせながら食べますし舞踏会、それは集積と集中の賜物貴族に富を集中させるからこそ、このような豪華な宴も可能となります舞踏会、それは要するに合コン結局何するかっていえば、出会いなのですよ、恋愛なのですよ、ええいこの恋愛至上主義者どもがっ!「うにゃーっ!?」スレイプニィルの舞踏会の準備の最中、ルイズの部屋から叫び声が聞こえたのでした。「ど、どうしたのですか?」慌ててルイズの居る部屋に駆け込んだのですが…。「思い切り締め付けたら、コルセットが弾けたわ…。」ルイズの周辺に落ちているのは、バラバラに砕けたコルセットの残骸のようです。「肉体強化が、腹筋にまで及んでいるのですか。」ルイズのお腹周りにモヤっとしたオーラみたいなものが…。「…どうしたらいいかしら?」「お腹周りにディスペルをかけてみては?」たぶん虚無の魔法効果なので、ディスペルで消える筈なのですよ。「うぅ…なんか情けない…。」ルイズはごにょごにょとディスペルの呪文を唱え始めます…しっかし、相変わらず無暗矢鱈と長いですね、虚無の呪文ってのは。落語の『寿限無』(じゅげむ)じゃあるまいし、もう少し圧縮すれば良かったのに。「ディスペル。」ルイズがそう言ってお腹周りにディスペルをかけると、オーラみたいな光が消えたのでした。「おお、まさか本当に消えるとは…。」「半信半疑だったの…これで、大丈夫かしら? ふんっ!」ルイズがお腹に力を入れると、オーラ再び…。「お、おなかに力が入れられないわ…。」「力を入れたら、服が弾けますね…。」舞踏会の最中に何処かの北斗神拳伝承者のように、ドレスの上半身部分がバリバリっと逝ってしまったら、色んな意味で悲劇なのですよ。んー?何か違和感が…ああ、なるほど…。「…じゃなくて、踊っている最中にお腹に思い切り力を入れる必要は無いでしょう?」「…よく考えたら、そうね。」ルイズはポンと相槌を打ってから、コクリと頷いたのでした。「そもそも、どうしてコルセットが弾けるくらい力を入れたのですか?」「目いっぱいおめかししようと思ってね…思い切り締め付けたらやり過ぎちゃって、危うく口から体の中身が出そうになったのよ。 それで、思わず腹筋に力を入れたら、バチーンって弾けたの。」怪力で締め付けたら酷い事になったので、怪力でコルセットを破壊したのですか…。「わかりました、私が締めましょう。 代わりのコルセットはありますか?」「うん、ありがとう。 今持ってくるわね。」やれやれ~なのですよ。ルイズのコルセットをつけ終わり、部屋に戻って一人で髪を梳いていたら、ノックの音が。「はい、どうぞー。」「ういーっす。」入って来たのは、貴族っぽい上等な服に身を包んだ才人です。「なあケティ、仮装はどうするんだ?」「はぁ…?」才人が、部屋に入ってきて私を見るなりそう言ったのでした。「仮装舞踏会なのに、なんで誰も仮装してねえの? こういう時って、変な仮面をつけたりとかするんだろ?」「そんな事しませんよ。 そもそも、スレイプニィルの舞踏会は魔法で変装する舞踏会なのですから、仮面などでわざわざ仮装する必要はありません。」何だか、才人が物凄い誤解をしていたようなので、訂正しておきます。「えっ?」「えっ?」私、何か変な事を言いましたか?「知らなかった…。」「知らなかったのですか…。」アンチョコにも書いていない事でしたが、思い出しました…そういえば才人って、この舞踏会でルイズに変装した姫様に、それと知らずにキスしてしまうのでしたっけ?「単なる偶然ですが…不穏なフラグを一つ潰せましたね。」男女関係がごちゃ混ぜになったら、私には対処しきれません。元々、対処する為の能力もありませんし。「んぁ?何か言ったか?」「いいえ、ちょっとした独り言ですよ。 しかし才人、誰にも教えて貰わなかったのですか?」才人の意識を逸らすために、話題を転換…と。「いやまあ、仮装パーティーだとは聞いてたんだけど…そういや詳しくは聞いていなかったな。 つーか去年、こんな行事あったっけ?」「ありましたよ、才人が呼ばれる前に。」去年のスレイプニィルの舞踏会は、召喚の儀式の前だったのですよね。何故に2年生が使い魔を召喚して2年生になった事をきちんと確定する前にやったのか?これって結局《使い魔を呼べないわけが無い》という、メイジの常識故なのですよ。使い魔を呼べないわけが無いので、2年生になる事は召喚の儀式をやらなくても確定事項。使い魔召喚の儀式は確かに規則ですが、ルイズみたいになかなか呼べないメイジというのはまあまず居ないので、実のところ有名無実と言いますか。…そもそも、この学院自体が貴族の子弟のモラトリアムを主眼に置いているので、実は学習自体にウエイトを置いていないというのが何と言って良いものやら?魔法の勉強自体は子供の頃から家で勉強しているわけですし、貴族なのですから政治学や、領地経営の為にマネジメントなども勉強した方が絶対良い筈なのですが。いやまあ、マネジメントはまだ概念自体がありませんが、うろ覚えで良いなら私が書いたって構わないのですよ…本当にうろ覚えもいいところなので、たぶん偽マネジメント本になりますが。「それじゃあ知らなくても仕方がないか…。」「仕方ない仕方ない。」なんだかとっても言い訳がましい話ですが、そういう事にしておいてください。「じゃあ、おれも魔法で仮装するわけ?」「そういう事になりますね、あれは別に魔法の才能云々に関係ありませんから。」才人はどんな姿になるのでしょうねえ?「あ、サイト、いたいた。 あんたケティの所で何サボってんのよ?」「サボるも何も、仕事がねえだろ、今日は…。」ドアを開けてルイズがひょこっと現れました。「ケティに仮装舞踏会なのに、なんで皆変装していないのか聞いたんだよ。」「何でそんな事をいちいちケティに聞きに行くわけ? そのくらい、わたしでも答えられるわよ…。」ルイズが才人をジト目で見たのでした。「いやルイズ、そうは言ってもケティに質問するのは既に癖になっていてだな…なんつーの、ケティペディアっつーか…お前もだろ?」「ケティペディアってのがよくわからないけれども…まあ、おおむね同意するわ。」人をネット百科事典みたいな呼び方しないでください…。「まあ、仕方がないわね…で、あんた誰に変身しちゃうのかしらね?」ルイズも気になるようで、話に入って来たのです。「なりたいと思う姿に変身出来るのか? …何か、私に答えさせろオーラをプンプンさせてるルイズ君?」」「何そのルイズ君って…まあいいわ。 そうね…ううん、出来るというか、そうでもないというか。 真実の鏡っていうマジックアイテムを使って、変身するのよ。 何ていうかね、自分の理想をガーッと思い描くの、そしたらその理想の姿に変身出来る事もあるわ。」実はあんまし意味が無いらしいですがね、それ。まあ結局、自分が一番なりたい理想の姿に近い人に変身するので、極端に違う姿になる事は滅多に無いのですが。「ならない事もあるのか?」「うん、漠然としたイメージしかないと、それに一番近い人になるらしいけど。」この真実の鏡は、高度な柔軟性を維持しつつ臨機応変に対処できる、素晴らしいマジックアイテムなのですよ。「才人はどんな人になりたいの?」「う~ん…特に無いな。 強いて言えば、イケメン? 一度でいいからイケメンになってみたい、爆発しろとか言われたい。」イメージが滅茶苦茶漠然としているのですね。「いったい誰に変身するのか、見物なのですね…。」「そうね、面白そうだわ。」才人はいったい誰になるのやら~?「ミス・ロッタ…。」そんな話をしていると、一人のメイドが私の近くに寄ってきたのでした。「…大丈夫ですよ、ルイズと才人は。」「はい。」私がそう言うと、メイドはコクリと頷いたのでした。このメイド、実は姫様の諜報機関の工作員だったりします。マントをつけていませんが、杖を隠し持っているメイジなのです。ちなみに名前は知りません…シエスタは兎に角、いちいちメイドの名前を覚えていたら却って不自然ですからね。メンヌヴィルの一件があって以来、こんな工作員が男女合わせて数十人程、常に学院内に潜伏するようになりました。「公女殿下と黒髪の怪しげな女が、学院内で接触中の模様です。」公女殿下…つまりタバサと、黒髪の女…たぶんミョズニトニルンが、学院内で何かやっているみたいですね。原作通りルイズの誘拐でしょうか?水の秘薬を使えば、割とあっさり成功しそうではありますが…。「成程…まあ、親を人質にとられているのですから、仕方がありませんよね。」タバサをどうこうするわけにはいきませんし、ミョズニトニルンをここで消しても新しいのが召喚されるだけでしょうから…さて、どうすれば丁重にお帰り願えますかね?「取り敢えず今のうちは、極力見つからないように見張っておきなさい。 天下の北花壇騎士にちょっかいをかけたら、いくら貴方達が手練れとはいえ死は免れ得ません。」彼らは飽く迄も諜報員ですからね。荒事もこなせますが、それで貴重な耳を失うわけにはいきませんから。「はい、かしこまりました。 ただちにそのように致します。」私の言っている事は、彼女を通じて全ての工作員に流れる手はずになっています。実は魔法を駆使すれば、近代的な諜報網を作る事が出来るのですよね…ガリアの諜報網なんか、現状こちらなんか問題にならないレベルなのですよ。ロマリアに至っては各教会やら何やらが殆ど休眠工作員(スリーパー)だと思っておかないといけないという…。ちなみにゲルマニアは外向きは兎に角、内部向けの諜報組織が矢鱈と充実しているのが、あなおそロシア。姫様から聞いた話だと、ゲルマニア皇帝は変態らしいのですが…国内工作において有能な変態とか、どんな悪夢ですか。「あー…ひょっとして真っ黒な話か?」「つか、公女殿下って誰よ? わたしも公女だけど、わたしじゃあ無いわよね…。」タバサの身分、完全に忘却していますね二人とも…。「わからないなら、その方が良いのですよ。 この世の中、知らない方が良い事というのは、いっぱいあるものなのです。 知るなら知ったで、覚悟が要りますからね…覚悟、しますか?」「うーん…分かった、覚悟する。」ルイズがコクリと頷いたのでした。「分かりました…誘拐計画があります。 対象はルイズ、たぶん貴方です。」「な、何ですって~…って、それってわたしが一番知っておくべき事じゃあ?」ルイズが首を傾げているのです。「だって、ルイズも才人も演技がド下手じゃありませんか。 こっちがマークしているのがばれてしまいかねません。」「それは確かに、反論できないな。」私の言葉に、才人がうんうんと頷いたのでした。この二人、基本的に自分に嘘吐ける性格じゃありませんからね。「ええい例え反論出来なくても、根性で反論しなさい!」「無茶言うなよ!? つかルイズ、自分でもそういうの苦手なのわかってんだろ?」「自分がアホみたいに感じて嫌なのよ!」頭の良し悪しでは無く、単なる性格の問題なのですが…。「ルイズ、人には向き不向きってのがあります。 私は才人やルイズのように敵を薙ぎ払いながら前進するとかそんな芸当は無理な代わりに、口八丁手八丁を駆使して後方から支援するのが役割です。 そもそも、皆が皆私のように狡っからい事ばかり考えていたら、世の中が世知辛くってしょうがありません。 ルイズや才人のような真っ直ぐな心根の人間も、世の中にとっては欠かせない大切な人間なのですよ。」いやホント、私みたいなのだらけだったら、社会がモラルハザードで崩壊しますよ、ええ。「そんなものかしら?」「そんなものなのです。」私はルイズの問いにこっくりと頷きます。「それでは、そろそろ真実の鏡の間に行きましょうか?」「そうね、早めに行かないと混むだろうし、早めに行きましょ。」私たちは真実の鏡の間に向かおうとしたのですが…。「ミス・ロッタ!ミス・ロッタはいらっしゃいますか!?」シエスタが慌ててやってきたので、部屋から出られません。「どうしました、シエスタ?」「陛下が…陛下がお呼びです!」あー、こっそり来たのですね、姫様。最近ふっくらしてきて『鳥の骨』から『鶏』と呼ばれるようになったマザリーニ枢機卿が、またげっそりやつれなきゃいいのですが。「わかりました…そんなわけで、先に行っていてください。」「わかったわ、会場で会いましょ。」ルイズがコクリと頷きます。「男子三日会わざれば括目して見よ、ってな。 なるぞ、イケメン!」「ただの変装でしょうに…。」私がそうツッこむと…。「野暮な事は言いっこなしだろ。 サリュ~、会場で会おう!」をや?今トリステイン語で話しましたね、才人。徐々にですが、翻訳魔法の影響なども相まって、こちらの言葉も話せるようになっていくのでしょうかね?「それではシエスタ、連れて行ってください。」「はい、ミス・ロッタ。」実はシエスタって、才人の身の回りの世話が中心になっただけで学院の仕事の手伝いもやっているのですよね。才人の使用人という事もあってか、貴賓が来た時の案内などもするようになりました…要するに、使用人として出世したのですよ。まあ兎に角、姫様の所に行きましょう。「じゃーん、どうかしら?」「…はぁ。」シエスタに案内されたのは私の部屋で、私の目の前に居るのは…私。正確に言うと、真実の鏡で変身した姫様なのです…黒い恰好をしているから一発でわかります。何だか黒系の服を着るの趣味になってきていませんか、姫様?「微妙な反応ね。」「私になりたいだなんて、また奇特な…。」美人でグラマラスで頭脳明晰、ワーカホリックなのが玉に瑕という、基礎スペックは間違いなく私よりも上な人が何故に私みたいなのに?「え~?ケティ可愛いじゃない。 背はあまり高くないけど、胸もまだ成長中だし。」姫様はうへへへへへとか笑いつつ、私の胸をじーっと見たのでした。「姫様姫様、目つきが駄目な感じですよ~?」男が居ないと女性はどんどんおっさん化していきます。この美女一歩手前系美少女の姫様でも、それは免れえません。「あら…おほほほ。」「…まあ、なってしまったものはしょうがないですね。」変えられるものでもありませんしね。「ケティはまだなのね。」「ルイズ達と一緒に行こうとした時に、姫様に呼ばれましたから。」今頃、才人とルイズは真実の鏡で変身しているのでしょう…ルイズはカトレアになっているとして、才人はいったいどんな姿になったのやら?「ケティはどんな姿になるのかしらね?」「取り敢えず『姫様になれ~姫様になれ~』と、念じながら鏡の前に立つとしましょう。」姫様ほどの美貌の持ち主には、一度なってみたかったのですよ。「良いわね、そのまま城に行って仕事してくれたらもっと良いわね。」「私を殺す気ですか…?」あの仕事量は、そのまま拷問に採用できますよ、ええ。「そうか…そうね、どうせ年に一回しか使わないわけだし、借りていこうかしら…? いざって時には私の替え玉にケティを据えて…。」「いくら王でもやって良い事とそうじゃない事があるのですよ、姫様…?」ばれたら大スキャンダルなのですよ、それは。王としてやっちゃいけない事なのです。「う…笑顔が怖いわケティ、冗談よ冗談。 何でこの娘は笑顔ひとつでこの私すらも脅せるのかしらね…じゃあ気を取り直して、一緒に鏡の間まで行きましょうか? 久々に、のんびり舞踏会を楽しめそうね、特に注目されないのって初めてだろうから、わくわくしちゃうわ。」「物凄く強引に誤魔化しましたね。 まあ良いですけれども。」キコエテマスヨー。姫様は人前で注目されるのが普通の状態ですから、注目されないという体験は確かに新鮮でしょう。「さあ、行きましょう。」「わ、わわ、姫様引っ張らないでください!?」私は姫様に引きずられて部屋を後にする事になったのでした。「…私じゃないじゃない。」「…成程、そっちに行きましたか。」鏡に映っているのは、ピンク色の長い髪の華奢な少女、すなわちピンクワカメ。わかりやすく言うとルイズなのです…まあ、確かに私はルイズの立場を無意識に欲しているのかもしれませんが、何というかあからさまな。「ムゥ…それにしても、中身がケティになっただけで、見掛けが同じでも結構印象が変わるものね。」見かけがルイズになった私をじーっと見ながら、姫様が頷いています。「具体的にはどう変わっていますか?」「まず特徴的なところから言うと、目が半開きになったわ。」それはいけません…と言うことで、目をくわっと見開いたのでした。「開け過ぎ開け過ぎ、もうちょっと戻してー…うん、そんな感じね。」「いつも目を開けるのにそんなに力を使っていませんから…迂闊でした。」ぶっちゃけ、見えりゃあ良いですしねぇ…。「あと、表情が輝いていないわね、ぼんやりしている感じ。」「ううむ…素がボケ面だと、変身した相手の表情にまで影響するのですね。」ポリゴンのデータ差し替えただけって感じですか…という事は、普段の私は今の姫様みたいに活き活きとした表情ではないという事ですか、そうですか。「でもまあ、大人しそうでちょっとぼんやりとしたルイズというのもなかなか可愛いわね。 …違和感が酷いけれども。」「どう考えても褒められているようには感じないのですがー?」目は死んでるわ表情はボケてるわ、駄目駄目ではありませんか。「ああっ、違和感はあるけどやっぱりキュート。」姫様は私にひしっと抱きついたのでした。「…姫様もルイズ好きですか。」「あの娘は何ていうか、人馴れしない猫みたいな感じで可愛いのよね。」「同感なのです。」黙って立っているだけで輝くように映える美少女というのは、探したってなかなかいません。あっちの世界でならば、間違いなく芸能界に引っこ抜かれるでしょう。「中身がケティのちょっとぼけーっとしたルイズも、これはこれで可愛いわ。 抱きついても撫でても、されるがままで文句言わないし。」「あざーっすなのです。」姫様相手に抵抗しても無意味ですからね~、同化してきたりはしませんが。今回の舞踏会は仮装舞踏会なので、誰が誰だとかいう紹介は一切ありません・・・どう考えても新歓コンパに向いていないだろうと思う人もいるかもしれませんが、今まで自領の事しか知らなかった貴族の子女が学院の空気をとりあえず味わうのに一番手っ取り早いのが、誰が誰だかわからなくした上で放り込むといういささか乱暴な方法なのです。スキーの時にボーゲンだけ覚えさせて、後はスキー場の一番天辺に置き去りにすれば、どんな運動音痴でも降りてくる頃には取り敢えず滑れるようになっているのと同じ理屈なのですよ。「アルマン様ーっ!」「ひぃ!ミス・クルデンホルフ!?」…我が弟は、変身もせずにいったい何をやっているのやら~?追いかけている金髪のちみっこい娘が、ベアトリス公女ですか。「ベアトリス様ー!?」「お待ちを~!?」「まちお~…まちお?」そんでもって、それを追いかけているのが公女の学友兼護衛であるアーデルハイド・フォン・アンファング、ベルンハルデ・フォン・バウムガルデン、コンスタンツェ・フォン・クルッツェンの通称アーベーセー娘ですか。ああ見えてあの三人、三人ともトライアングルクラスで尚且つ空中装甲騎士団(ルフトパンツァーリッター)に所属する騎士(シュヴァリエ)なのですよね。ですから、三人とも空中装甲騎士団(ルフトパンツァーリッター)の制式杖である剣杖(フルーレ)を杖にしています。「あれ、ケティの弟じゃなくて?」「ええ…何だってベアトリス公女に追いかけられているのやらさっぱりですが、その通りなのです。」ベアトリス公女には確か、母親の違うかなり年の離れた弟が居た筈です…まあ、さすがに一国の王女が田舎の木っ端貴族に嫁ぐなどという事は有り得ませんが。「…もし嫁いで貰えるなら、家が家だけに持参金が美味しいですね。」「確かにそれは素敵ねぇ…。 それにしても、前に会った時は大人しい娘だと思ったのだけれども、恋に落ちると情熱的なのね。 人の多面性というのは、面白いものだわ。」姫様はそう言いながらホホホと笑ったのでした。「さて、才人達は誰に変装したのでしょうか…?」カトレア嬢も確かルイズと同じピンクブロンドなので、ピンクの髪を探せば良いのですよね、どれどれ…?「あり~?」全体がよく見える位置に立ってはいるのですが、ピンク色が無い…つーか、私だけピンク?「わ、わたしがいる、わたしが居るわサイト!」「おー…随分と大人しそうなルイズだな…ぐふぉ。」矢鱈と気が強そうな表情をした私が私を指さし、それを見て一言感想を述べた金髪の青年が腹を押さえて蹲ったのでした。「…どう見ても、才人とルイズなのですね。」「ルイズもケティなの…。」姫様が才人の方を見て、固まったのでした…にょにょ?「をや?見覚えのある金髪美男子かと思ったら、ウェールズ殿下ではありませんか。」「イケメーン、イケメーン、爆発しろイケメ~ンと祈りながら鏡を覗き込んだら、ウェールズ殿下になったんだ。」まあ確かに今まで見た男性の中で一番イケメンでしたが、何も本当に爆発したイケメンにならなくても…。「でも才人、もう少し顔を引き締めないと…全体的に緩んだ感じなのです。」「ルイズにも言われたよ、それ…そんなに普段緩んだ顔してるのか、俺は。」そう言って、ウェールズ殿下の顔をした才人はガクリと肩を落としたのでした。「まあ、適度に緩んだ顔も、才人の良い所ではありますよ。 …ところで、そちらの私は、矢張りルイズですね。」「う、うん。」ルイズを見ていると、確かに普段鏡で見る私の表情と大幅に違うのですよ、何と言うか目がキラキラしています。外見がいかに変わろうが、内面の輝きが目に出ているのですね。ムゥ…絶世の美少女は、魂の輝きまでもが違うってことでしょうか?「で、でも、ケティが私になるだなんて…。」「だって、ルイズ物凄く可愛いですし。」現在進行形で、おずおずと私に尋ねるルイズが可愛いのですよ…私の見かけなのに。うう…何かキモいです、私。「わ、わたしって可愛いの?」「そういうピュアな所が可愛いのですよっ。」ああもう、何でこんなに可愛いかなー…自分の姿でなければ、もっと可愛いのですが。「…ケティって、そういう趣味あるの?」「燃やしますよ、才人。」何か、軽く引いている才人ににっこりとガンを飛ばしつつ、ルイズを抱き締めたのでした。「そういう趣味って?」「ルイズは清いままで良いのですよ、はい。」ルイズを抱き締めたまま、いいこいいこと頭を撫でます。「むが、むが、何か仲間外れだわ、知りたいわ。」「ルイズルイズ…私が教えてあげる。」姫様がにししと笑いながら、ルイズをちょいちょいと手招きしています。アレコレ吹き込むつもりですね、わかります。「…そういや気になっていたけれども、そっちのケティは姫様か?」「才人、あのオーラは姫様以外にありえないわよ。」オーラでばれているのですよ、姫様。「あら、ケティになっても案外あっさりとばれるものなのね。」「まあ、見知った相手であれば、雰囲気でわかってしまうのは仕方が無いでしょう。 私と一緒に来た事で、大体見当がついていたでしょうしね。」見当がついていれば、後は雰囲気である程度は推察できてしまうものです。「まあいいわ、教えて姫様。」「うふふ…ごにょごにょごにょ…。」姫様に何を教えて貰っているのかは大体見当がつきます。ルイズの顔がどんどん赤くなっていっていますから。「あう…あうあうあう。」「ごにょごにょごにょごにょ…。」をう、ルイズの顔が茹蛸みたいなのですよ。成る程、私が恥らうと、あんな感じの表情になるのですね。自分が恥ずかしがる姿を見る事なんてあるものじゃあありませんから、なかなか興味深いのですよ。「あうあうあうあうあうあう…。」「おほほほほほほ…。」顔を真っ赤にして目をぐるぐる回しているルイズを、姫様が楽しそうに笑いながら見ています。「ケティ、そっちに行っちゃダメッ!」「…何を言いたいのか大体わかりますが、そっちには行きませんから安心してください。」わたわたと腕を振り回して、必死に何かを伝えようとするルイズの肩をポンポンと叩き、落ち着いてもらうように宥めたのでした。それにしても、狼狽する自分を宥めるというのは変な気分なのです。「それにしても、サイト殿…。」「うぉ!?」『あーっ!?』姫様が才人の腕を取って絡めたのでした。私とルイズの声が、思わずハモります。「ウェールズに憧れていたの?」「うーん、まあ、そんなに話したわけじゃあないけれども、カッコいいなぁとは思っていたぜ。 あれだけイケメンで男気もあるなんてチートキャラは、なかなかいるもんじゃあねえし。」ウェールズ殿下の姿でウェールズ殿下を褒めると言うのは、なかなか不思議な光景ではあります。まあそれはそうと、ウェールズ殿下と私が腕を組んでいるというのもなかなか珍妙な光景なので、離れて欲しいのですが。「…で、何で腕を組んでるんだ?」「んー…ウェールズ愛好会?」何時の間に出来たのですか、そんな組織。それはそうと、離れなさいと。「せっかく舞踏会なんだし、踊りましょう?」「…本音は?」何故ですか、何故中身が私だと地味なのに、中の人が姫様になるとあれほど色気が出ますか?まあそれは兎に角、離れなさいっての。「ちょっとだけ私の心の底に残っていた未練よ…これが晴れれば、真っ新に出来るかもね?」「うーん…よくわかんねえけど、このままだとルイズに殺されそうなんで、離して貰えると嬉しいなと。」才人、でかした、よく言ったッ!さあさあ姫様、とっとと離れるのですよ、とっとと。「ルイズ…一回だけ、良いでしょ?」「え?え?あう、あう…。」そこでルイズに聞くとか、鬼ですね姫様。「駄目です。」仕方がない、私が助け舟を出しましょう。「そうでしょう、ルイズ?」「え?えと、あの。」まあ…姫様の未練ってのもよくわかりますから、ルイズとしては揺れているんでしょうが。「ケティ…お願い、一回だけだから、ちょっとだけ、ちょっとだけだから。」「ぬ…。」頼み込まれると…弱いですねえ。姫様の気持ちもわかりますし。「ルイズ、どうしますか?」「うーん…うーん…はぁ、わかりましたわ。 ウェールズ殿下に見えるだけのこのバカ犬で良いなら、お貸しいたします。」をう、ルイズってば太っ腹なのです。「ありがとう! さささ、行きましょうサイト殿。」「おわ、よく考えたら俺踊れな…。」才人は姫様に引っ張られて、踊っている人々の中に飛び込んでいったのでした。「…早まったかしらね?」「まあ、キスの一つや二つは覚悟しておいてくださいね。」それで、姫様のウェールズ殿下への未練が完全に終わるのならば、それはそれで良い事なのでしょう。腹立ちますがね!きーっ!「…やっぱり、早まったような気がしてきたわ。」「姫様自体はウェールズ殿下の思い出にちょっとの間だけ浸りたいだけですから、今晩だけ。 しかも姫様が見ているのは才人ではありませんから、大丈夫ですよ。」テーブルに置いてあったケーキを切り分けて口に運んでみると…おお、美味しい。「ルイズルイズ、このケーキ美味しいですよ、流石マルトーさんです。」「どれどれ…うん、確かにおいしいわね。」私達は女二人でひたすらもっきゅもっきゅケーキを食べ始めたのでした。「…虚しいわね。」「…そうなのですね。」ケーキを食べまくって、お腹がパンパンなのですよ。そもそも、コルセットでがっちり締め付けているのに、ケーキやけ食いするとか大失敗だったのです。「何か、気持ち悪くなってきたわ…って、姫様とサイトは何時になったら戻ってくるのかしら?」「うぷ…そういえば、何処に行ったのでしょうか?」延々と踊りっぱなしとか、そんなスポ根漫画みたいな展開は無いでしょうし、はて?「私たちが止めなかったから…ひょっとして、流されているでしょうかね?」「殴って止めるわよ。」殴ってでも止めるではなく、すでに殴る事が前提なのですね、ルイズ。「あー、どうもどうも~。」私が肩を叩いたのは一人のウエイター。「姫様は、どちらにいらっしゃいますか?」「現在、トライトンの間にいらっしゃいます。」もちろん、この学院にいる潜入工作員の一人なのです。「ワインはいかがですか?」「ありがとう、いただきます。」ウエイターからワインを受け取り、ルイズにも渡します。「それじゃあ、行きましょうか?」「え?え?」ウエイターが姫様の居場所を知っていたら、そりゃ戸惑いますか。「何?ひょっとしてさっきの人と…。」「それは、き・み・つ☆」唇の前で人差し指を立て、ルイズに黙ってもらったのでした。「さて…と。」控室に、スネーク、スネーク…。「…っと、流されちゃいましたか。」そこにいるのは、もがくウェールズ殿下in才人に覆い被さってキスをしている、私の姿の姫様。「むがーっ!?むーっ!?」「…って、人の姿で何していやがりますかーっ!?」私が叫んだ途端、全ての蝋燭の火が一瞬にして消えたのでした。そして…。「見つけた!あの御方には攫って来いって言われたけれども、腹立つから死ねぃ!」部屋の隅に置いてあった甲冑がいきなり動き出し、私に向かってハルバードを振り下ろしたのでした。